説明

二酸化チタン複合体、その分散液および製造方法

【課題】生体に安全で、中性付近のpHの分散媒中においても良好な分散性を示す、二酸化チタンを含む担体を得て、これに有機化合物を複合化させ、該有機化合物を担体中の二酸化チタンの励起により活性型に変換し得る二酸化チタン複合体を提供する。
【解決手段】二酸化チタン微粒子と、その微粒子表面にイオン結合する、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とからなる担体に不活性型の有機化合物が複合化されてなる二酸化チタン複合体を得ることにより、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化チタン微粒子と、該微粒子の分散性を向上させる高分子とからなる担体に、所定の有機化合物が複合化された二酸化チタンの複合体に関する。より詳細には、この複合体に紫外線または超音波を照射したときに、該二酸化チタン微粒子の励起を介して有機化合物を不活性型から活性型に変換し得ることを特徴とする、生体に投与するための二酸化チタン複合体に関する。
また、本発明は、上記の二酸化チタン複合体の分散液および製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタンは、分散媒中において紫外線または超音波を照射されると、ヒドロキシラジカルや一重項酸素などの活性酸素種を発生する性質を有することが知られている。また、二酸化チタン自体は、生体に対して毒性がほとんどないことも知られている。そのため、二酸化チタン微粒子を生体に投与し、その活性酸素種を発生する性質を利用して、生体内の癌細胞や腫瘍組織など破壊することが試みられてきた。
【0003】
しかしながら、二酸化チタンの等電点はpH6前後であるので、中性付近のpHの分散媒中では、二酸化チタン微粒子は凝集し、沈殿してしまうという問題がある。このため、二酸化チタン微粒子自体を生体に投与することは困難であった。
【0004】
そのような二酸化チタン微粒子の中性付近のpHでの分散性を改善することを目的として、様々な方法がこれまでに研究および開発されてきた。例えば、特許第3775432号公報(特許文献1)には、二酸化チタン微粒子の表面に親水性高分子をエステル結合させることにより、二酸化チタン微粒子を分散媒中に安定に分散させる方法が開示されている。
また、特許第4169078号公報(特許文献2)には、二酸化チタン微粒子の表面にノニオン性の水溶性高分子を結合させることにより、二酸化チタン微粒子を分散媒中に安定に分散させる方法が開示されている。
さらに、特許第4423677号公報(特許文献3)には、二酸化チタン微粒子の表面に親水性の高分子アミンを結合させて該表面を正に帯電させることにより、二酸化チタン微粒子を分散媒中に安定に分散させる方法が開示されている。
【0005】
特開2007−63253号公報(特許文献4)には、上記のような親水性高分子を結合させた二酸化チタン微粒子に、該高分子の官能基を介して抗癌剤を結合させた二酸化チタン複合体が開示されている。なお、この二酸化チタン複合体においては、二酸化チタンの光励起により抗癌剤を分解して、その薬効を消失させることを目的としている。
【0006】
しかしながら、特許文献1および2に記載の方法により得られる二酸化チタン微粒子と高分子の複合体は、中性付近のpHの分散媒中において良好な分散性を示すものの、該複合体を得るための製造工程が煩雑であった。
特許文献3に記載の方法により得られる二酸化チタン微粒子と高分子アミンの複合体も、中性付近のpHの分散媒中において良好な分散性を示す。しかしながら、該複合体は、その表面の正電荷により、癌細胞のみならず正常細胞とも相互作用を起こし得るので、生体への安全性の点で懸念がある。
特許文献4に記載の二酸化チタン複合体も、その製造方法が煩雑である。また、該複合体においては、親水性高分子は二酸化チタン微粒子の表面にエステル結合により結合しているので、二酸化チタンの励起により該高分子が二酸化チタン微粒子から脱離するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3775432号公報
【特許文献2】特許第4169078号公報
【特許文献3】特許第4423677号公報
【特許文献4】特開2007−63253号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような事情に鑑みて、本発明は、生体に安全で、中性付近のpHの分散媒中においても良好な分散性を示す、二酸化チタンを含む担体を得て、これに有機化合物を複合化させ、該有機化合物を担体中の二酸化チタンの励起により活性型に変換し得る二酸化チタン複合体を提供することを目的とする。また、本発明は、該複合体を含む分散液および該複合体を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、中性付近のpHの分散媒中では、二酸化チタン微粒子の表面が負に帯電していることに着目した。そして、該二酸化チタン微粒子の表面に、生体適合性に優れた親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子をイオン結合させることにより、中性付近のpHの分散媒中で良好な分散性を示し、かつ生体に安全に投与できる担体を得られることを見出した。
さらに、本発明者は、この担体に不活性型の有機化合物を担持させることができ、該担体中の二酸化チタン微粒子の励起により発生する活性酸素種によって、該有機化合物を活性型に変換できることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明によれば、二酸化チタン微粒子と、その微粒子表面にイオン結合する、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とからなる担体に、不活性型の有機化合物が複合化されてなり、複合化された担体に紫外線または超音波を照射したときに、前記二酸化チタン微粒子の励起を介して前記有機化合物を活性型に変換し得ることを特徴とする、生体に投与するための二酸化チタン複合体が提供される。
また、本発明によれば、上記の二酸化チタン複合体の分散液および製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、中性付近のpHの分散媒中においても良好な分散性を示し、また、生体適合性親水性グラフト鎖を有するので、生体に対して安全に投与できる二酸化チタン複合体を提供することができる。また、本発明によれば、この二酸化チタン複合体の分散液および該複合体の簡便な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】pHの異なる分散媒中に、二酸化チタン微粒子または本発明の二酸化チタン複合体に用いられる担体を分散させたときの分散液の写真である。
【図2】塩濃度の異なる分散媒中に、本発明の二酸化チタン複合体に用いられる担体を分散させたときの分散液の写真である。
【図3】アミノフェニルフルオロセイン(APF)を含む、各担体の分散液に超音波を照射したときの、APFから生成されるフルオロセインの蛍光強度を示したグラフである。
【図4】各担体を培養細胞に投与したときの該細胞の生存率を示したグラフである。
【図5】本発明の二酸化チタン複合体をゲル浸透クロマトグラフィーにより測定したときの溶出チャートである。
【図6】二酸化チタン複合体(実施例1)を培養細胞に投与し、これに超音波を照射したときの細胞の写真である。
【図7】二酸化チタン複合体(実施例2)を培養細胞に投与し、これに超音波を照射したときの細胞の写真である。
【図8】二酸化チタン複合体(実施例3)または担体(製造例5)を培養細胞に投与し、これらに超音波を照射したときの各条件下での細胞の生存率を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において「担体」とは、有機化合物を担持させて、生体に投与するための担体を意味する。そのような担体には、当該技術において、ドラッグデリバリーシステム(DDS)として用いられる、投与対象の組織、器官または病変部位などの標的部位にのみ薬剤を送達させるための担体も含まれる。
【0014】
本発明の二酸化チタン複合体の構成要素の一つである担体は、二酸化チタン微粒子と、その微粒子表面にイオン結合する、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とからなることを特徴とする。
本明細書において、上記の担体には、二酸化チタン微粒子の表面に、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子がイオン結合してなる担体のみならず、該高分子により二酸化チタン微粒子の表面が被覆または修飾されてなる担体も含まれる。
【0015】
上記の担体に含まれる二酸化チタン微粒子は、分散媒中で紫外線または超音波の照射により励起されるもの、すなわち、紫外線または超音波の照射により活性酸素種を発生するものであれば特に限定されない。なお、二酸化チタンの結晶型は、アナターゼ型、ルチル型およびブルッカイト型のいずれであってもよい。
【0016】
二酸化チタン微粒子の体積平均粒径は特に限定されないが、本発明の二酸化チタン複合体の組織、器官または病変部位への蓄積を考慮すれば、1〜50 nm、好ましくは5〜20 nmである。なお、二酸化チタン微粒子は、1つの粒子であってもよく、複数の粒子からなる塊であってもよい。
【0017】
本明細書において、「生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子」とは、カチオン性高分子に生体適合性親水性グラフト鎖を結合させたグラフト共重合体を意味する。
また、本明細書において、「生体適合性親水性グラフト鎖」(以下、単に「グラフト鎖」ともいう)とは、生体の組織および細胞に対して低毒性であり、かつ生体において免疫反応や血栓形成反応などを引き起こさない親水性高分子で構成されるグラフト鎖を意味する。そのような親水性高分子の生体適合性は、当該技術においてそれ自体公知の方法や試験によって確認できる。そのような方法としては、例えば、該高分子の溶液を培養細胞に添加した後に、該細胞の生存数を計測すること、ELISA法により炎症性サイトカインなどの産生量を測定することなどが挙げられる。
【0018】
上記のカチオン性高分子は、複数のアミノ基を有する高分子であれば特に限定されないが、好ましくは、アミノ基を含む側鎖を複数有する水溶性高分子である。そのようなカチオン性高分子としては、例えばポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリビニルアミダゾール、またはカチオン性官能基を含む側鎖を有するポリアミノ酸、例えばポリリシン、ポリアルギニン、ポリヒスチジンなどが挙げられる。それらの中でも、ポリアリルアミンおよびポリリシンが好ましく、ポリアリルアミンがより好ましい。
【0019】
上記のカチオン性高分子の平均分子量は特に限定されないが、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した数平均分子量が1,000〜100,000、好ましくは、5,000〜50,000である。
また、本発明の二酸化チタン複合体中の担体において、カチオン性高分子と二酸化チタン微粒子との重量比(カチオン性高分子/二酸化チタン微粒子)は、好ましくは0.5〜5であり、より好ましくは1〜2である。
【0020】
上記のグラフト鎖に用い得る高分子としては、例えばエチレングリコール、グルコース、アクリルアミド誘導体、または2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンなどのメタクリルアミド誘導体をモノマー単位として有する(共)重合体が挙げられる。そのような(共)重合体の中でも、ポリエチレングリコール、デキストランおよびポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンが好ましく、ポリエチレングリコールがより好ましい。
【0021】
上記のグラフト鎖の平均分子量は特に限定されないが、例えば、GPCにより測定した数平均分子量が1,000〜20,000、好ましくは2,000〜10,000である。
【0022】
上記のグラフト鎖を有するカチオン性高分子は、例えば、カチオン性高分子に生体適合性親水性高分子をグラフト共重合させる方法によって得ることができる。そのような方法は特に限定されず、当該技術においてそれ自体公知の方法から適宜選択できるが、例えばGrafting-to法、Grafting-from法、Macromonomer法などが挙げられる。
【0023】
カチオン性高分子に対する生体適合性親水性グラフト鎖の導入比率は、通常1〜80%であり、好ましくは10〜40%である。
なお、本明細書において、「カチオン性高分子に対する生体適合性親水性グラフト鎖の導入比率」とは、1分子のカチオン性高分子を構成するモノマー単位のうち、生体適合性親水性グラフト鎖を結合しているモノマー単位の割合を百分率で示したものを意味する。
【0024】
上記のグラフト鎖を共有結合によりカチオン性高分子に結合させる場合は、カチオン性高分子のアミノ基が1つ失われることになる。そのため、1分子のカチオン性高分子において、グラフト鎖の数が過剰であると、二酸化チタン微粒子とのイオン結合に影響を与え得る。したがって、上記の場合では、カチオン性高分子に対するグラフト鎖の導入比率は、好ましくは1〜50%であり、より好ましくは1〜40%である。
【0025】
グラフト鎖を有するカチオン性高分子は、そのアミノ基が有する正電荷により、負に帯電している二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合することができる。両者のイオン結合は、当該技術においてそれ自体公知の分析方法により確認できる。
例えば、高濃度の塩化ナトリウムを含む、グラフト鎖を有するカチオン性高分子の水溶液と、二酸化チタン微粒子の酸性分散液とを混合し、得られた混合液のpHを中性に調整した際に、二酸化チタン微粒子の凝集および沈殿の発生を確認する方法が挙げられる。この方法では、高塩濃度の条件下に多量に存在するイオンにより、イオン結合の形成が阻害されるので、上記の高分子と二酸化チタン微粒子とがイオン結合していたことを確認できる。
【0026】
本発明の二酸化チタン複合体を構成する担体においては、上記のグラフト鎖の存在により、該担体の表面が電気的に中性となる。すなわち、本発明の実施形態においては、該担体の表面電位(ゼータ電位)は、通常+10 mV以下、好ましくは+5mV以下、より好ましくは+2mV以下である。
本発明の二酸化チタン複合体を構成する担体の体積平均粒径は特に限定されないが、細胞、組織、器官または病変部位への蓄積を考慮すれば、通常10〜400 nm、好ましくは50〜300 nmである。
【0027】
本発明の二酸化チタン複合体は、上記の担体に不活性型の有機化合物が複合化されてなることを特徴とする。ここで、「複合化」とは、上記の担体に不活性型の有機化合物が担持されている状態であれば特に限定されない。
本発明の二酸化チタン複合体において、不活性型の有機化合物が担体に複合化される原理は特に限定されない。例えば、該化合物は、その疎水性に起因する物理的吸着により担体の高分子層に複合化されていてもよく、また、担体の生体適合性親水性グラフト鎖を介して該化合物が保持されることにより複合化していてもよい。本発明の実施形態においては、不活性型の有機化合物がその疎水性に起因する物理的吸着により担体の高分子層に複合化されていることが好ましい。
【0028】
なお、本明細書において、有機化合物の疎水性については「第14改正 日本薬局方解説書」(東京廣川書店、A-14、通則23(2001))に記載される「溶解性」の定義を参照する。すなわち、本明細書において、疎水性(溶解性)は、有機化合物を粉末にして水中に入れ、20±5℃で5分後ごとに30秒間強く振り混ぜるとき、30分以内に溶ける度合として定義される。この定義において、該有機化合物を1g溶かすために必要な水の量が100 ml以上1,000 ml未満である場合を「水に溶けにくい」、1,000 ml以上10,000 ml未満である場合を「水に極めて溶けにくい」、10,000 ml以上である場合を「水にほとんど溶けない」と表現する。本発明の実施形態において、不活性型の有機化合物としては、水に溶けにくいか若しくは極めて溶けにくいか、または水にほとんど溶けない有機化合物が好ましい。
【0029】
本発明の二酸化チタン複合体に含まれる不活性型の有機化合物の量は、該化合物の種類や性質によって異なるが、通常、二酸化チタン1gあたり1〜300 mg、好ましくは5〜200 mgである。
【0030】
本発明において「不活性型の有機化合物」は、活性酸素種と反応することにより、そのままの分子構造では所定の活性を発現しない不活型の形態から、該活性を発現できる活性型の形態へと分子構造が変換され得る有機化合物であれば特に限定されない。本発明の実施形態において、不活性型の有機化合物としては、水に溶けにくいか若しくは極めて溶けにくいか、または水にほとんど溶けない有機化合物が好ましい。また、本発明の実施形態において、不活性型の有機化合物には、医薬化合物および試薬も含まれる。
不活性型の有機化合物としては、例えば、本体の有機化合物に所定の活性を発現しないようにするための修飾基が結合されており、該修飾基が活性酸素種の作用によって脱離されることにより、該活性を発現し得る化合物が挙げられる。当該技術において、活性酸素種はエステル結合およびエーテル結合を切断することが知られているので、不活性型の有機化合物においては、上記の修飾基がエステル結合またはエーテル結合を介して本体の有機化合物に結合されていることが好ましい。なお、有機化合物の所定の活性を発現しないようにするための修飾基は、本体の有機化合物の分子構造や性質などに基づいて、当該技術において公知のものから適宜選択できる。
【0031】
本発明の二酸化チタン複合体をDDSの手段として用いる場合、不活性型の有機化合物としては、紫外線または超音波による二酸化チタン微粒子の励起によって発生する活性酸素種と反応することにより、そのままの分子構造では生体内において所定の薬理活性を発現しない不活型の形態から、該薬理活性を発現できる活性型の形態へと分子構造が変換され得る医薬化合物(以下、「医薬化合物前駆体」ともいう)が好ましい。そのような医薬化合物前駆体は疎水性であることがより好ましい。
上記の医薬化合物前駆体は、本体の医薬化合物に、生体内で所定の薬理活性を発現しないようにするための修飾基が結合されており、該修飾基が活性酸素種の作用によって脱離されることにより、該薬理活性を発現し得る有機化合物であれば特に限定されない。医薬化合物前駆体においては、例えば、上記の修飾基がエステル結合またはエーテル結合を介して本体の医薬化合物に結合されていることが好ましい。そのような医薬化合物前駆体は、当該技術において公知の方法により、興味対象の医薬化合物に適当な修飾基を導入することにより合成してもよい。また、市販のプロドラッグを用いることもできる。
【0032】
具体的な医薬化合物前駆体としては、例えばカルモフール、テガフール、シンバスタチン、サラゾスルファピリジン、アシクロビル、インドメタシンファルネシル、オセルタミビル、カリソプロドール、エナラプリル、バラシクロビル、ホスアンプレナビル、レボドパ、クロラムフェニコールコハク酸エステル、シロシビン、コデイン、モルシドミン、パリペリドン、プリミドン、ジピベフリン、リスデキサンフェタミン、ドコサヘキサエン酸パクリタキセルなどが挙げられる。
【0033】
本発明の二酸化チタン複合体は、上記の不活性型の有機化合物が複合化された担体に紫外線または超音波を照射したときに、二酸化チタン微粒子の励起を介して上記の不活性型の有機化合物を活性型に変換し得ることを特徴とする。
すなわち、本発明の実施形態においては、本発明の二酸化チタン複合体に紫外線または超音波を照射することにより、該複合体中の二酸化チタン微粒子が励起されて活性酸素種が発生する。そして、この活性酸素種と、二酸化チタン複合体中の不活性型の有機化合物とが反応することにより、該化合物を活性型に変換することができる。
したがって、本発明の二酸化チタン複合体によれば、外部からの紫外線または超音波の照射により、複合化している有機化合物の活性を調節することができる。
【0034】
本発明の好ましい実施形態においては、ある疾患の患者に該疾患に対応する医薬化合物前駆体を複合化した本発明の二酸化チタン複合体を投与した場合、該患者の所定の部位に紫外線または超音波を照射することにより、その部位において該前駆体を本体の医薬化合物に変換できる。すなわち、該患者の特定の組織、器官または病変部位にのみ、医薬化合物の薬理活性を発現させることができる。
したがって、本発明の二酸化チタン複合体は、必要な部位でのみ薬理活性を発現させることができるので、上記の医薬化合物の副作用を低減し得る。
【0035】
本発明の二酸化チタン複合体を投与された生体において、該複合体中の不活性型の有機化合物が活性型に変換されたか否かは、当該技術においてそれ自体公知の方法により確認することができる。例えば、本発明の二酸化チタン複合体を培養細胞に投与した場合、該細胞に超音波を照射した後に該細胞の抽出液を調製し、この抽出液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に供することにより活性型に変換された有機化合物をより検出することができる。同様に、本発明の二酸化チタン複合体をヒトに投与した場合、該ヒトの特定部位に超音波を照射した後に該ヒトから血液を採取し、この血液をHPLCに供することにより活性型に変換された有機化合物をより検出することができる。
【0036】
本発明の二酸化チタン複合体は、中性付近のpHの分散媒中においても良好に分散し、また生体適合性高分子の存在により生体に安全であるので、水、生理食塩水または生理学的に許容される緩衝液などの分散媒中に均一に分散させた、生体に投与するための分散液の形態とすることができる(以下、「本発明の分散液」という)。
【0037】
本発明の分散液の投与方法としては、注射(静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、皮内、脊髄内、腹腔内など)、経口、局所塗布、点眼などのいずれであってもよいが、上記の医薬化合物前駆体が担体に複合化されている場合は、生体の病変部位に本発明の二酸化チタン複合体を蓄積し得る投与方法が好ましい。
【0038】
不活性型の有機化合物が医薬化合物前駆体である場合、本発明の分散液をそのままの形態で生体に投与できるが、該前駆体の種類、投与される対象が罹患している疾患および病変部位などを考慮して、種々の剤形から適宜選択される、本発明の分散液を含む製剤とすることもできる。この製剤は、本発明の二酸化チタン複合体の分散性を阻害しない限り、医薬的に許容される添加物をさらに含んでいてもよい。
【0039】
本発明の分散液またはこれを含む製剤を生体に投与し、本発明の二酸化チタン複合体が生体の組織、器官または病変部位への蓄積された後、これらの部位へ紫外線または超音波を照射することにより、複合体中の二酸化チタン微粒子を介して活性酸素種を発生させ、担持している不活性型の有機化合物を活性型に変換することができる。この場合において、紫外線または超音波を照射するための装置もしくは器具としては、紫外線または超音波を生体の表面および内部に照射できるものであれば特に限定されない。
本発明の二酸化チタン複合体をヒトに投与した場合は、紫外線の照射には、例えば紫外線ランプ、紫外線ファイバーを装着した内視鏡などを用いることができる。また、超音波の照射には、例えば局所的に超音波を照射するためのプローブを有する超音波診断装置などを用いることができる。
【0040】
照射する紫外線または超音波の強度および照射時間は、生体に悪影響を及ぼさず、且つ不活性型の有機化合物を活性型に変換することができる程度であれば特に限定されない。例えば、紫外線の波長としては、通常200〜400 nm、好ましくは240〜280 nmである。超音波の周波数としては、通常10 kHz〜3MHz、好ましくは40 kHz〜2MHzである。また、紫外線または超音波の照射時間は、通常5秒〜10分、好ましくは10秒〜5分である。なお、本発明においては、超音波の方が紫外線よりも生体組織透過性が高いことから、超音波を照射することが好ましい。
【0041】
本発明の二酸化チタン複合体の製造方法(以下、「本発明の製造方法」という)は、
(1)二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液とを、pH1〜4で混合する工程と、
(2)前記工程(1)で得られた混合液のpHを7〜8に調整し、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とをイオン結合させることにより、担体を得る工程と、
(3)前記工程(2)で得られた担体を精製する工程と、
(4)前記工程(3)で精製した担体と不活性型の有機化合物とを混合することにより、上記の担体と不活性型の有機化合物とを複合化させる工程と
を含む。
本発明の製造方法によれば、本発明の薬物送達用担体を簡便に得ることができる。
【0042】
本発明の製造方法に用いられる二酸化チタン微粒子の酸性分散液は、二酸化チタン微粒子が、酸性の分散媒中に均一に分散された液であれば特に限定されない。そのような酸性分散液は、例えば、四塩化チタン水溶液または硫酸チタン水溶液を加熱し、加水分解して得られた含水二酸化チタンを硝酸、塩酸などの無機酸により解膠することにより得ることができる。また、市販の酸性二酸化チタンゾルを用いてもよい。
【0043】
二酸化チタン微粒子の酸性分散液の濃度は特に限定されないが、該酸性分散液に含まれる二酸化チタン微粒子の体積平均粒径が5nmの場合、通常1〜50 mg/ml、好ましくは5〜30 mg/mlである。
【0044】
本発明の製造方法に用いる生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液は、該高分子を適切な水系溶媒で溶解した溶液である。そのような水系溶媒は、続く第2工程において該高分子と二酸化チタン微粒子との複合化(イオン結合)を妨げない塩濃度の水系溶媒であれば特に限定されない。そのような水系溶媒としては、例えば水、生理食塩水などが挙げられる。
【0045】
溶液中の生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の濃度は、特に限定されないが、カチオン性高分子と二酸化チタン微粒子との重量比(カチオン性高分子/二酸化チタン微粒子)が0.5〜5.0、好ましくは1.0〜2.0となる濃度であればよい。
【0046】
本発明の製造方法の第1工程においては、上記の二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、上記の高分子の溶液とを、pH2〜4で混合して原料の混合液を得る。
なお、この工程においては、pH範囲を2〜4に保つために、混合前および/または混合中に、塩酸や硝酸などの酸を、上記の混合液中に適宜添加してもよい。また、この工程は、常温および常圧の条件下で行うことができるので、上記の混合液を加熱および/または加圧することを必要としない。
【0047】
次いで、本発明の製造方法の第2工程においては、上記の第1工程で得られた混合液のpHを7〜8に調整し、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とをイオン結合させる。
【0048】
この工程においては、上記の混合液に、例えば水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリの固体または水溶液を適量添加して混合することにより、該混合液のpHを7〜8に調整する。これにより、混合液中の二酸化チタン微粒子の表面が負に帯電する。そして、グラフト鎖を有するカチオン性高分子が、イオン結合を介して該微粒子と複合化することにより、本発明の二酸化チタン複合体を構成する担体が形成される。
なお、第2工程は、常温および常圧の条件下で行うことができるので、pH調整の前後において、上記の混合液を加熱および/または加圧することを必要としない。
【0049】
本発明の製造方法の第3工程においては、上記の第2工程で得られた担体を精製する。精製方法としては、該担体を、二酸化チタン微粒子と複合化されなかった高分子から分離できる方法であれば特に限定されないが、例えば透析法、限外ろ過法、ゲルろ過クロマトグラフィー法などが挙げられる。
【0050】
本発明の製造方法の第4工程においては、上記の第3工程で精製した担体と不活性型の有機化合物とを混合することにより、該担体と該有機化合物とを複合化させて本発明の二酸化チタン複合体を得る。
この工程では、担体の分散液と不活性型の有機化合物の溶液とを混合することにより、両者を複合化させることが好ましい。
担体の分散液に含まれる二酸化チタンの濃度は特に限定されないが、通常0.01〜20 mg/ml、好ましくは0.1〜10 mg/mlである。また、不活性型の有機化合物の濃度は特に限定されず、適宜決定できる。なお、該有機化合物を溶解するため溶媒は、上記の複合化を妨げない性質のものであれば特に限定されない。本発明においては、上述のように、不活性型の有機化合物は疎水性の有機化合物であることが好ましいので、溶媒としては、例えばDMSO、エタノールなどの有機溶媒から適宜選択できる。
【0051】
第4工程において、不活性型の有機化合物の溶液の量と担体の分散液の量との割合は特に限定されないが、通常、体積比で1:1〜100であり、好ましくは1:2〜50である。
この工程においては、上記の担体と有機化合物は拡散により混合されるので、特に撹拌などを行う必要はないが、撹拌する場合の速度は特に限定されず適宜決定できる。また、混合時間は特に限定されないが、通常1〜10分であれば十分である。
第4工程においては、両者の混合が終了した後、得られた混合液を静置することが好ましい。静置する時間は特に限定されず、10分以上であれば充分である。また、一晩静置することもできる。
なお、第4工程は、常温および常圧の条件下で行うことができるので、混合および静置の際に混合液を加熱および/または加圧することを必要としない。
【0052】
第4工程の後、必要に応じて、得られた二酸化チタン複合体を精製してもよい。精製方法は、担体に複合化されなかった不活性型の有機化合物を除去できる方法であれば特に限定されないが、例えば透析法、限外ろ過法、ゲルろ過クロマトグラフィー法などが挙げられる。
【0053】
上記の精製方法のうち、透析法、限外ろ過法またはゲルろ過クロマトグラフィー法により精製した場合、二酸化チタン複合体は水または緩衝液中に均一に分散している。この分散液から分散媒を、凍結乾燥、再沈殿法などの方法を用いて除去することにより、本発明の二酸化チタン複合体の粉体を得ることができる。
得られた粉体を、水、生理食塩水または生理学的に許容される緩衝液などの生体に投与可能な分散媒中に均一に分散させることにより、本発明の分散液を得ることができる。
さらに、本発明の実施形態においては、上記の不活性型の有機化合物が医薬化合物前駆体である場合、上記のようにして得られた二酸化チタン複合体の粉体と、当該技術において公知の医薬的に許容される添加物とを混合することにより、本発明の二酸化チタン複合体を含む医薬組成物とすることができる。
【0054】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0055】
1.本発明の二酸化チタン複合体に用いられる担体(製造例1〜4)の製造
(1)ポリアリルアミン(PAA)の脱プロトン化
ポリアリルアミン塩酸塩(1g)(数平均分子量15000:日東紡績株式会社)を1M水酸化ナトリウム水溶液(16 ml)に加え、3時間撹拌してPAA溶液を得た。次いで、該溶液を透析膜Spectra/P Membrane(分子量分画2000:SPECTRUM社)に入れ、該溶液のpHが7〜8になるまで、純水中にて24時間透析を行った。その後、透析膜から内容液を回収し、これを凍結乾燥させて、脱プロトン化されたPAA(0.58 g)を得た。以下に、このPAAの1H NMR測定値を示す。
1H NMR (400 MHz, D2O) : d 1.22, 1.53 (s, -CH2CH-), 2.61 (s, -CH2NH2-)
【0056】
(2)ポリエチレングリコール(PEG)の活性化
アルゴン雰囲気下で、PEG(30 g)(数平均分子量2000:シグマアルドリッチ社)をTHF(400 ml)に溶解させて、PEG溶液を得た。また、アルゴン雰囲気下で、クロロギ酸(9.0
g)をTHF(20 ml)に溶解させて、クロロギ酸溶液を得た。上記のPEG溶液に、アルゴン雰囲気下でトリエチルアミン(9.4 g)を加え、さらに上記のクロロギ酸溶液を滴下した後、3日間静置した。その後、沈殿物をろ過し、得られたろ液から、溶媒を減圧留去させることにより濃縮し、クロロホルム(200 ml)に加えた後、飽和食塩水(600 ml)を用いて分液を3回行った。そして、クロロホルム層をジエチルエーテル(2000 ml)に滴下して、沈殿物を得た。この沈殿物を吸引ろ過し、ろ過物を真空条件下で乾燥させて白色固体を回収した。この固体をベンゼン(100 ml)に溶解させた後、凍結乾燥させて、再び白色固体(22.0 g)を得た。以下に、この固体の1H NMR測定値を示す。
1H NMR (400 MHz, CDCl3) : d 1.79 (s, THF), 3.38(s, -OCH3), 3.66 (t, -OCH2-), 4.44 (s, -CH2OCO-), 7.40 (t, -CHCNO2), 8.27 (t, -COOCCH-)
【0057】
(3)PEGグラフト鎖を有するPAA(PAA-g-PEG)の合成
塩化リチウム(265 mg)をメタノール(250 ml)に溶解させて、塩化リチウム溶液を得た。該溶液(110 ml)に、上記(1)で得たPAA(100 mg)を溶解させて、PAA溶液を得た。また、上記の塩化リチウム溶液(110 ml)に、上記(2)で得たPEG(535 mgまたは1070 mg)溶解させて、それぞれPEG溶液1およびPEG溶液2を得た。
【0058】
上記のPAA溶液に、PEG溶液1を滴下した後、3日静置した。この溶液を透析膜Spectra/R Membrane(分子量分画15000;SPECTRUM社)に入れ、純水に対して48時間透析を行った。その後、透析膜から内容液を回収し、これに1 M HClを添加してpHを4.5に調整した。そして、この溶液を陽イオン交換カラム(SP Sepharose;アマシャム・バイオサイエンス社製)に通した後、減圧蒸留によって溶媒を蒸発させ、さらに凍結乾燥を行ってPAA-g-PEGの固体(490 mg:以下「PAA-g-PEG1」という)を得た。また、上記のPEG溶液1に代えて、PEG溶液2を用いて、同様にしてPAA-g-PEGの固体(892 mg:以下「PAA-g-PEG2」という)を得た。ここで、PAA-g-PEG1およびPAA-g-PEG2における、PAAに対するPEGグラフト鎖の導入比率は、それぞれ20%および40%であった。
また、得られた各PAA-g-PEGの分子量分布をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定した。その結果、PAA-g-PEG1およびPAA-g-PEG2の数平均分子量は、それぞれ79000および143000であった。以下に、各PAA-g-PEGの1H NMR測定値を示す。
【0059】
(PAA-g-PEG1)
1H NMR (400 MHz, CD3OD) : d 1.18, 1.50 (s, -CH2CH-), 2.57 (s, -CH2NH2-), ,3.71 (t, -OCH2-), 4.21 (s, -CH2NHCOO-)
(PAA-g-PEG2)
1H NMR (400 MHz, CD3OD) : d 1.19, 1.38 (s, -CH2CH-), 2.97 (s, -CH2NH2-), ,3.71 (t, -OCH2-), 4.24 (s, -CH2NHCOO-)
【0060】
(4)二酸化チタン微粒子とPAA-g-PEGとの複合化
室温かつ大気圧下において、二酸化チタンゾルSTS-100(2.0 ml、平均粒径5nm、濃度25 mg/ml、pH1.5;石原産業株式会社製)と、各濃度のPAA-g-PEG1水溶液(23.0 ml)とを混合して、混合液を得た。なお、PAA-g-PEG1水溶液の濃度を、以下の表1に示す。
次いで、得られた混合液に0.02 M水酸化ナトリウム水溶液(5.0 ml)を滴下し、該混合液のpHを7〜8に調整することにより、担体(製造例1および2)を得た。
【0061】
上記のPAA-g-PEG1の水溶液にかえて、各濃度のPAA-g-PEG2の水溶液(23.0 ml)またはPAAの水溶液(23.0 ml)を用いて、上記と同様にして、それぞれ担体(製造例3および4)および比較用担体(比較例1および2)を得た。なお、用いたPAA-g-PEG2およびPAAの各水溶液の濃度を、以下の表1に示す。
【0062】
得られた各担体におけるPAAと二酸化チタン微粒子との重量比および各担体の平均粒径を、表1に示す。なお、各担体の平均粒径は動的光散乱法により測定した。また、各担体の分散液(2.0 ml)を凍結乾燥により粉体とし、これに水(2.0 ml)または生理食塩水(2.0 ml)を加えて再分散させた分散液についても平均粒径を測定した。また、製造例2および4の担体の表面電位(ゼータ電位)を測定した結果、それぞれ0.68 mVおよび0.93 mVであった。すなわち、これらの担体は、電気的に中性なPEGによってその表面が覆われていることが示された。
【0063】
【表1】

【0064】
2.中性のpHの分散媒における担体の分散性
上記の1.で用いた二酸化チタンゾルに純水を添加して、二酸化チタン微粒子自体の水分散液(pH2.5)を得た(図1のチューブ1)。この分散液に水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを7.4に調整すると、二酸化チタン微粒子が凝集して白濁を生じた(図1のチューブ2)。一方、上記の1.で得られた製造例1〜4ならびに比較例1および比較例2の各担体は、pH7.4の分散媒中においても良好に分散していた(一例として、製造例2の担体の分散液を、図1のチューブ3として示す)。
図1より、二酸化チタン微粒子のみでは、中性付近のpHの分散媒中において凝集するが、二酸化チタン微粒子を高分子で複合化して得た担体は、該分散媒中でも良好に分散できることがわかる。
【0065】
3.担体における二酸化チタン微粒子とグラフト鎖を有するカチオン性高分子とのイオン結合の確認
上記の製造例2の担体の製造において、二酸化チタンゾルと混合するPAA-g-PEG1溶液として、PAA-g-PEG1の水溶液(溶液Aという)を用いた場合と、PAA-g-PEG1を1M塩化トリウム水溶液に溶解させた溶液(溶液Bという)を用いた場合とを比較することにより、二酸化チタン微粒子とPAA-g-PEGとがイオン結合により複合化しているか否かを検討した。
各溶液と二酸化チタンゾルとを混合した後、24時間静置した。そして、各混合液に水酸化ナトリウム水溶液を加えて、pHを7.4に調整した。その結果、溶液Aを用いた場合は、担体は分散していたが、溶液Bを用いた場合は、二酸化チタン微粒子が凝集して白濁を生じた。この結果を図2に示す。
これは、高塩濃度ではPAA-g-PEGと二酸化チタン微粒子とのイオン性相互作用が遮蔽されることによる。したがって、本発明の二酸化チタン複合体に用いられる担体においては、二酸化チタン微粒子とPAA-g-PEGとがイオン結合を介して複合化していることがわかる。
【0066】
4.担体の活性酸素種の発生能の検討
上記で得た担体の活性酸素種の発生能を、アミノフェニルフルオレセイン(APF:積水メディカル株式会社製)を用いて検討した。APFはそのままの分子構造では蛍光を発しないが、活性酸素種のヒドロキシラジカルと反応することにより、その修飾基が脱離してフルオレセインに変換されて、その蛍光強度が増加することが知られている試薬である。
製造例2の担体の水分散液(2991μl、二酸化チタン濃度4.0 mg/ml)に、APFのDMF溶液(9μl、5mmol/l)を添加した。そして、分散液を撹拌しながら、遮光条件下で超音波(40 kHz;AS ONE社製、1MHz;ネッパジーン社製)を照射した後、分散液について485 nmで励起したときの515 nmでの蛍光強度をマルチプレートリーダー(ARVO SX;パーキンエルマー社製)により測定した。また、製造例2の担体にかえて、比較例2の担体の水分散液を用いて同様にして、蛍光強度を測定した。これらの結果を図3に示す。
【0067】
製造例2の担体の水分散液では、超音波の照射時間に依存した蛍光強度の増加が認められたことから、該担体は、超音波照射により活性酸素種を発生できることがわかる。また、この担体は、40 kHzおよび1MHzの超音波の照射により活性酸素種を発生できたことから、広い周波数範囲で活性酸素種を発生できると考えられる。
【0068】
5.担体の細胞に対する毒性の検討
上記で得られた担体の細胞に対する毒性の有無を、ヒト子宮頸癌細胞株HeLaを用いて検討した。
製造例2、製造例4および比較例2の各担体を生理食塩水に分散させて、二酸化チタン濃度が4.0 mg/mlの各分散液を得た。HeLa細胞を24ウェルプレート(NUNK社製)に5×104個/ウェルで播種し、10%ウシ胎仔血清(FBS)を含むDMEM培地(日水製薬株式会社)中で、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。24時間の培養後、調製した各分散液を、二酸化チタン終濃度が0.04 mg/mlとなるように各ウェルに添加して、さらに4時間培養した。そして、培地を除き、細胞を洗浄した後、10%FBSを含むDMEM培地を加え、さらに24時間培養した。その後、MTT Cell Proliferation Assay Kit(フナコシ株式会社)をキットに添付の使用説明書に従って用いて、各ウェルの吸光度を測定した。分散液を添加しなかった細胞の測定値との比較により、各担体の分散液を添加した場合の細胞生存率を算出した。この結果を図4に示す。
【0069】
図4より、比較例2の担体の分散液を添加した場合では、細胞の生存率は50%以下にまで低下することがわかる。すなわち、この結果は、カチオン性高分子であるPAAのみと複合化させた二酸化チタン微粒子の担体が生体に対して毒性を有することを示している。
これに対して、製造例2および4の担体の分散液を添加した場合では、細胞の生存率はほとんど低下していなかった。これは、生体適合性に優れた親水性高分子であるPEGグラフト鎖により、PAAの細胞毒性が低減されたためであると考えられる。
これらの結果より、本発明の二酸化チタン複合体に用いられる担体を、生体に対して安全に投与できることが示唆された。
【0070】
6.本発明の二酸化チタン複合体(実施例1および2)の製造
上記の製造例2の担体の分散液(200μl、二酸化チタン濃度4.0 mg/ml)に、0.5 mMのSinglet Oxygene Sensor Green(SOSG:Molecular Probes社製)メタノール溶液(40μl)を加えて一晩静置することにより、SOSGが担体に複合化されてなる本発明の二酸化チタン複合体(実施例1)を得た。なお、SOSGは通常、弱い青色蛍光を発する試薬であるが、一重項酸素と反応することにより、フルオロセインと同様の緑色蛍光を発することが知られている。
また、SOSG水溶液にかえて、5mMのアミノフェニルフルオレセイン(APF:積水メディカル株式会社製)DMF溶液(4μl)に生理食塩水(36μl)を混合して40μlとした溶液を用いて、同様にして、APFが担体に複合化されてなる本発明の二酸化チタン複合体(実施例2)を得た。
なお、これらの複合体において、SOSGおよびAPFが担体に担持されていることを、GPC測定を利用して確認した。具体的には、これらの分散液についてTSK Gel PW5000カラムを用いてGPC測定を行った。この測定において、二酸化チタンについては300 nm、SOSGについては514 nm、APFについては494 nmにおける吸収により検出した。この結果を図5に示す。
【0071】
図5に示されるように、二酸化チタンの検出チャート(300 nm)と各試薬の検出のチャート(SOSG:514 nm、APF:494 nm)において、同一溶出体積に各ピークが認められた。通常、SOSGおよびAPFをそれぞれ単独でGPC測定した場合には、このような溶出体積においてピークは認めらない。
したがって、図5より、実施例1および2の各複合体中の担体が、それぞれSOSGおよびAPFを担持していることが確認された。なお、SOSGおよびAPFは、水への溶解度が低い疎水性の試薬であるので、担体の高分子層と複合化することにより担持されていると考えられる。
【0072】
7.二酸化チタン複合体の細胞内への送達および超音波照射による細胞内での有機化合物の活性型への変換の検討
実施例1および2の二酸化チタン複合体を細胞内へ送達させ、該細胞への超音波照射によりSOSGおよびAPFが緑色蛍光を発する活性型に変換されるか否かを検討した。
実施例1および2の二酸化チタン複合体の分散液(240μl)と、DMEM培地(1760μl:日水製薬社製)とを混合して、混合液を調製した。ガラスボトムディッシュ(松並社製)にHeLa細胞(2×105個)を播種し、48時間培養した。そして、このディッシュに調製した混合液を添加して、さらに4時間培養した。その後、遮光条件下で細胞に超音波(1MHz:ネッパジーン社製)を10分間照射し、レーザー共焦点顕微鏡(ZEISS社製)により細胞を観察した。この結果を図6および図7に示す。
【0073】
図6および図7より、SOSGおよびAPFのいずれを含む二酸化チタン複合体も細胞に取り込まれ、超音波照射によって該細胞内で緑色蛍光を発することが観察された。このことから、SOSGおよびAPFは二酸化チタン複合体として細胞内へ送達され、超音波照射による二酸化チタン微粒子の励起を介して、SOSGおよびAPFが蛍光を発する活性型へと変換されたことが確認された。
【0074】
8.医薬化合物前駆体を含む二酸化チタン複合体(実施例3)の製造
医薬化合物前駆体と担体とを複合化した二酸化チタン複合体を製造し、これを細胞に投与して、該細胞に超音波照射した際の医薬化合物の薬効を検討する。医薬化合物前駆体として、抗癌剤の一種であるフルオロウラシルのプロドラッグである、カルモフール(1-ヘキシルカルバモイル-5-フルオロウラシル)を用いた。
(1)プロドラッグを含む本発明の二酸化チタン複合体の製造
室温かつ大気圧下において、二酸化チタンゾル(1.0 ml、平均粒径5nm、濃度2.675 mg/ml、pH1.5;石原産業株式会社)と、PAA-g-PEG1水溶液(4.0 ml、23.75 ml/ml)とを混合して、混合液を得た。得られた混合液に0.02 M水酸化ナトリウム水溶液を滴下して該混合液のpHを7〜8に調整することにより、担体(二酸化チタン濃度0.445 mg/ml)を得た。さらに、得られた担体を限外ろ過(ウルトラフィルターユニットUSY-20:東洋濾紙株式会社)に付して、溶媒をリン酸緩衝液に置換するとともに濃縮し、担体(製造例5:二酸化チタン濃度1.78 mg/ml)を得た。
【0075】
カルモフール(和光純薬株式会社)のDMSO溶液(3.56μl、10 mg/ml)を、上記の製造例5の担体(200μl)に加えて一晩静置することにより、カルモフールが担体に複合化されてなる本発明の二酸化チタン複合体(実施例3)を得た。
カルモフールは、リン酸緩衝液などの水性溶媒には溶けない化合物であるが、本発明の二酸化チタン複合体の形態とすることにより、カルモフールを水性溶媒中に分散させることができた。
【0076】
(2)二酸化チタン複合体を投与した細胞への超音波照射によるプロドラッグの薬効の検討
実施例3の二酸化チタン複合体と10%FBS含有DMEM培地とを1:9(体積比)で混合して、二酸化チタン複合体の分散液を調製した。6ウェルプレートにHeLa細胞(2×105個/ウェル)を播種して48時間培養した。培養後、ウェルから培地を除き、調製した分散液(2.0 ml/ウェル)を添加して、さらに4時間培養した。その後、細胞をリン酸緩衝液で2回洗浄して、10%FBS含有DMEM培地(5.0 ml/ウェル)加えて、細胞に超音波(1MHz、0.5 W/cm2)を1分間照射した。その後、細胞を48時間培養し、細胞をリン酸緩衝液で2回洗浄した後、MTT試薬(120μl/ウェル、10 mg/mL in PBS:和光純薬工業株式会社)と10%FBS含有DMEM培地(2.0 ml/ウェル)を加え、さらに3時間培養した。その後、細胞をリン酸緩衝液で2回洗浄し、ウェルに0.1N HCl含有イソプロパノール溶液(2.0 ml/ウェル)を加えた。そして、Wallac 1420 ARVOSXマルチラベルカウンタ(パーキンエルマーライフサイエンスジャパン株式会社)により各ウェルの吸光度を測定し、得られた測定値から細胞生存率を算出した。
また、上記の実施例3の二酸化チタン複合体に代えて、製造例5の担体を用いて同様の操作を行った。結果を図8に示す。
図8より、カルモフールを複合化させた二酸化チタン複合体を投与した細胞に、超音波照射することにより、照射しなかった場合よりも細胞生存率が減少することが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化チタン微粒子と、その微粒子表面にイオン結合する、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とからなる担体に、不活性型の有機化合物が複合化されてなり、
複合化された担体に紫外線または超音波を照射したときに、前記二酸化チタン微粒子の励起を介して前記有機化合物を活性型に変換し得ることを特徴とする、
生体に投与するための二酸化チタン複合体。
【請求項2】
前記不活性型の有機化合物が、前記二酸化チタン微粒子の励起により発生する活性酸素種と反応することにより活性型に変換される有機化合物である、請求項1に記載の二酸化チタン複合体。
【請求項3】
前記不活性型の有機化合物が、前記二酸化チタン微粒子の励起により発生する活性酸素種と反応することにより活性型に変換される医薬化合物である、請求項1または2に記載の二酸化チタン複合体。
【請求項4】
前記担体の体積平均粒径が50〜300 nmである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の二酸化チタン複合体。
【請求項5】
前記複合化された担体の表面電位が+10 mV以下である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の二酸化チタン複合体。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の二酸化チタン複合体を含む、生体に投与するための分散液。
【請求項7】
(1)二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液とを、pH1〜4で混合する工程と、
(2)前記工程(1)で得られた混合液のpHを7〜8に調整して、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とをイオン結合させることにより、担体を得る工程と、
(3)前記工程(2)で得られた担体を精製する工程と、
(4)前記工程(3)で精製した担体と不活性型の有機化合物とを混合することにより、前記担体と前記有機化合物とを複合化させる工程と
を含む、生体に投与するための二酸化チタン複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−116826(P2012−116826A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51810(P2011−51810)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年5月11日 社団法人 高分子学会発行の「第59回 高分子学会年次大会 予稿集」において発表
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】