説明

二酸化炭素からの有用物質の生産方法

【課題】環境面及びエネルギー効率に優れる二酸化炭素からの有用物質であるギ酸の生産方法を提供する。
【解決手段】二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と、1,1’−ジメチル−4,4’−ピピリジニウムなどの両親媒性の電子供与剤と、前記多孔性金属錯体と複合化された[(C5H5Co)3S2]などの三核遷移金属硫黄クラスター触媒と、を含む水性媒体中において、二酸化炭素を電解還元してギ酸を生成させる工程を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化炭素からの有用物質の生産方法及びこの生産方法に好適に用いうる触媒組成物に関する
【背景技術】
【0002】
大気中の二酸化炭素濃度の抑制や炭素系材料の不足を解決するために、二酸化炭素を還元して有用物質へ変換することが期待されるようになってきている。二酸化炭素を還元するための触媒は種々検討されているが、Co錯体触媒によってシュウ酸に還元することが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
上記報告では、溶媒としてアセトニトリルなどの有機溶媒を用い、二酸化炭素中の水分の還元による水素発生を抑制するために、少量のプロトン源を加えている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1995, 12, 1223
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、有機溶媒を用いることは、環境及びエネルギー効率の観点から必ずしも望ましくない。また、プロトン源の添加もエネルギー効率を考慮すると回避されることが好ましい。さらに、本来の還元反応の平衡電位よりも正電位側での電極電位を実現できれば、エネルギー効率を向上させることができる。
【0006】
そこで、本発明は、環境面及びエネルギー効率に優れる二酸化炭素からの有用物質の生産方法及びそれに好適に用いうる触媒組成物を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、種々検討したところ、三核遷移金属硫黄クラスター触媒を用いた二酸化炭素の還元反応において、水をプロトン源として利用可能であるという知見を得た。さらに、還元反応の媒体及びプロトン源として水を有効に機能させうるための条件を種々検討した結果、電子供与剤と多孔性金属錯体を共存させることで、省エネルギーに二酸化炭素を還元できるという知見を得た。本発明は、これらの知見に基づいて提供される。
【0008】
本発明によれば、以下の手段が提供される。
(1)二酸化炭素を還元して有用物質を生産する方法であって、
二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と電子供与剤と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを含む水性媒体中において、二酸化炭素を電解還元してギ酸を生成させる工程、
を備える方法。
(2)前記水性媒体は、実質的に水のみからなる、(1)に記載の生産方法。
(3)前記電子供与剤は、両親媒性の電子供与剤である、請求項1又は2に記載の生産方法。
(4)前記電子供与剤は、1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム(メチルビオローゲン)である、(1)〜(3)のいずれかに記載の生産方法。
(5)前記三核遷移金属硫黄クラスター触媒は、[(XM)32](ただし、XはC55、C54CH3及びC5(CH35のいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す三核遷移金属硫黄クラスター触媒から選択される1種又は2種以上である、(1)〜(4)のいずれかに記載の生産方法。
(6)二酸化炭素を電解還元するための触媒組成物であって、
二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と、[(XM)](ただし、XはC、CCH及びC(CHのいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを備える、触媒組成物。
(7)前記多孔性金属錯体と前記三核遷移金属硫黄クラスター触媒とは複合化されている、(6)に記載の触媒組成物。
(8)前記Mは、Coである、(6)又は(7)に記載の触媒組成物。
(9)三核遷移金属硫黄クラスター触媒は、[(C54CH3Co)32]である、(6)〜(8)のいずれかに記載の触媒組成物。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の生産方法における又は本触媒組成物による二酸化炭素の還元機構の推論を示す図である。
【図2】本発明の生産方法に用いることのできる電解還元装置の一例の概略を示す図である。
【図3】水性媒体中における二酸化炭素の還元反応のスキームを示す図である。
【図4】水中における二酸化炭素の還元反応の平衡電位を示す図である。
【図5】水中で三核遷移金属硫黄クラスター触媒のみで二酸化炭素の還元反応を実施するための電流-電位曲線(ボルタモグラム)を示す図である。
【図6】水中で三核遷移金属硫黄クラスター触媒と電子供与剤のみで二酸化炭素の還元反応を実施するための電流-電位曲線(ボルタモグラム)を示す図である。
【図7】水中で三核遷移金属硫黄クラスター触媒と電子供与剤と多孔性金属錯体で二酸化炭素の還元反応を実施するための電流-電位曲線(ボルタモグラム)を示す図である。
【図8】水中における二酸化炭素還元反応における圧力依存性を検討結果を示す図である。
【図9】三核遷移金属硫黄クラスター触媒と多孔性金属錯体との複合体におけるこれらの分布についての透過型電子顕微鏡による評価結果(写真)示す図である。
【図10】三核遷移金属硫黄クラスター触媒と多孔性金属錯体との複合体の三次元トモグラフィーの結果(写真)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、二酸化炭素を還元して有用物質を生産する方法及び二酸化炭素を還元するための触媒組成物に関する。本発明の有用物質の生産方法によれば、二酸化炭素を水性溶媒中で水をプロトン源として利用して電解還元することができる。したがって、有機溶媒や別途プロトン源も用いることなく、環境の観点及びエネルギー効率の観点の双方において望ましい形態で二酸化炭素を還元し有用物質に変換することができる。また、本方法によれば、二酸化炭素を低エネルギーで還元することができるため、エネルギー効率において一層望ましい形態で二酸化炭素を有用物質に変換することができる。
【0011】
また、本発明の触媒組成物によれば、水性媒体中で水をプロトン源として用いてかつ温和な条件で二酸化炭素を電解還元することができる。すなわち、環境の観点及びエネルギー効率の観点において望ましい状態で二酸化炭素を有用物質に変換することができる。
【0012】
本発明の有用物質の生産方法における、多孔性金属錯体、三核遷移金属硫黄クラスター触媒及び電子供与剤による二酸化炭素の還元機構は必ずしも明らかではないが、本発明者らによれば、図1に示す推論が可能である。
【0013】
図1に示すように、多孔性金属錯体は、その多孔質構造体内等に二酸化炭素を吸蔵して濃縮する一方、その表面に三核遷移金属硫黄クラスター触媒を吸着・集積して触媒との会合体を形成するものと考えられる。二酸化炭素は水に溶解しにくいが多孔性金属錯体により濃縮されるため、反応効率が向上するものと考えられる。また、多孔性金属錯体には、三核遷移金属硫黄クラスター触媒も吸着されて会合するため、二酸化炭素と触媒との存在確率の高い反応場が形成されている。すなわち、多孔性金属錯体は、二酸化炭素と触媒との良好な反応場を提供しているものと考えられる。また、電子供与剤が、電極と反応場との間の電子の授受を促進しているものと考えられる。なお、以上の機構は推論であって本発明を限定するものではない。
【0014】
(触媒組成物)
本触媒組成物は、二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と、[(XM)32](ただし、XはC55、C54CH3及びC5(CH35のいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す)、三核遷移金属硫黄クラスター触媒と、を備えることができる。
【0015】
多孔性金属錯体は、遷移金属カチオンと、遷移金属カチオンを連結する有機架橋配位子とによって構成された複数の細孔が、規則的に配列されてなる3次元構造を有する細孔材料である。
【0016】
多孔性金属錯体は、二酸化炭素を吸蔵可能であればよい。遷移金属カチオンとしては、例えば、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、パラジウム(Pd)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、カドミウム(Cd)、及びマンガン(Mn)、クロム(Cr)等が挙げられる。これらの中でも、金属イオンの配位様式の観点から、Co、Zn, Al及びCrが好ましい。なかでも、Znが好ましい。
【0017】
有機架橋配位子としては、特に限定しないが、多孔性金属錯体が二酸化炭素を吸蔵可能となるように選択される。多孔性金属錯体の有機架橋配位子は、種々公知であり適宜選択される。好ましくは2座の有機架橋配位子が用いられる。こうした有機架橋配位子としては、イミダゾール又はその誘導体が挙げられる。イミダゾールは、その五員環上の二つの窒素原子を配位原子として、それぞれ遷移金属イオンを配位結合することができる。こうしたイミダゾール系の配位子としては、イミダゾール、2−メチルイミダゾールやベンズイミダゾール等が挙げられる。イミダゾール系配位子が用いられた場合、ゼオライトのSi−O−Siの結合を、M−IM−M(Mは遷移金属、IMはイミダゾール系の有機架橋配位子である。)で置換した骨格を有する多孔性金属錯体となる。
【0018】
また、有機架橋配位子としては、シュウ酸(ox)、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、アセチレンジカルボン酸の脂肪族ジカルボン酸類が挙げられる。さらに、シュウ酸(ox)、テレフタル酸(tp)、2,3−ピラジンジカルボン酸(pzdc)、テトラフルオロテレフタル酸、4,4’−ビ安息香酸、オクタフルオロ−4,4’−ビ安息香酸などの芳香族ジカルボン酸類が挙げられる。
【0019】
有機架橋配位子は、公知の配位子から1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0020】
二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体は多く知られている。例えば、MIL−53、MIL−101、ZIF−8等が挙げられる。MIL−53とZIF−8は商業的に入手可能(Aldrich)である。また、MIL−101は、Science, Vol..309, 2040(2005)等に基づいて製造することができる。
【0021】
多孔性金属錯体の製造方法は、公知であり、各種文献に基づいて製造することができる。典型的には、有機架橋配位子又はそのアルカリ金属塩水溶液と、遷移金属の無機塩を溶媒中に溶解し、得られた溶液を室温(例えば、25℃)〜200℃にて12〜36時間攪拌する方法が挙げられる。例えば、イミダゾール系有機架橋配位子を用いた場合、Znなど遷移金属の硝酸塩等の塩と2−メチルイミダゾールをDMF中で溶解し、例えば140℃程度にまで5℃/分程度で昇温後、24時間保持して、その後、0.4℃/分で室温まで冷却し、DMFを除去後、クロロホルムに溶解して結晶化させることにより多孔性金属錯体Zn(MeIM)2(ZIF8、C8124Zn))を得ることができる(PNAS, vol.103, 10186-10191)。このほか、特開2006−225579、特開2007−238874、特開2008−247884,特開2009−96722、特開2009−96723、特開2009−168513、特開2009−184970及び特開2010−209042等に基づいて各種多孔性金属錯体を製造することができる。
【0022】
2−メチルイミダゾールとZnとを用いた多孔性金属錯体(Zn(MeIM)2)の場合、開口部の細孔直径が約1.2nmとなっている。二酸化炭素の吸蔵の観点からは、細孔直径は、約1〜2nmであることが好ましい。
【0023】
なお、多孔性金属錯体の細孔直径を測定する方法としては、例えば、単結晶X線回折及び粉末X線回折によって構造を解析し、得られた構造から細孔径を求めることができる。また、窒素吸着測定によっても細孔径を測定することができる。
【0024】
三核遷移金属硫黄クラスター触媒は、[(XM)32](ただし、XはC55、C54CH3及びC5(CH35のいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す)で表される。こうした触媒としては、MとしてCoを用いることが好ましい。
【0025】
三核遷移金属硫黄クラスター触媒の製造方法は、公知であり、当業者であれば、J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 7398-7410等の適当な文献を参照してこの触媒を製造することができる。
【0026】
本触媒組成物は、多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを、複合体として備えていることが好ましい。多孔性金属錯体の表面に三核遷移金属硫黄クラスター触媒が吸着等して複合化されている。こうした本触媒組成物は、適当な媒体中に、多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを投入して混合することにより得ることができる。多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを複合化するには、水など、多孔性金属錯体及びクラスター触媒がいずれも溶解度が低い溶媒を用いてもよいが、速やかに複合体を得るには、多孔性金属錯体の溶解度が低い一方、クラスター触媒の溶解度が高い溶媒を適宜選択して、当該溶媒中でこれらを接触させればよい。例えば、こうした溶媒として、アセトニトリル、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール等あるいはこれらの2種以上の混液が挙げられる。一旦複合化された後は、溶媒中から、媒体留去や固液分離等、溶媒の種類に応じた分離方法により、複合状態で本触媒組成物を取得することができる。
【0027】
なお、本触媒組成物は、複合体の形態のほか、触媒混合物や触媒キットの形態を取ることもできる。すなわち、多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを、適用な媒体中等で複合化する前においては、これらは予め単に混合された混合物としての触媒組成物の形態であってもよく、あるいは用時に混合される2剤を備えるキットの形態であってもよい。
【0028】
本触媒組成物における多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒との配合比(質量比)は、特に限定しないが、例えば、多孔性金属錯体10〜45mgに対し、三核遷移金属硫黄クラスター触媒7〜25mgとすることができる。
【0029】
(有用物質の生産方法)
本発明の有用物質の生産方法は、二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒と電子供与剤とを含む水性媒体中において、二酸化炭素を電解還元してギ酸を生成させる工程、を備えることができる。
【0030】
本生産方法は、水性媒体中で行うことができる。水性媒体は、水を主体とする媒体である。したがって、水性媒体は、混入不可避な物質を除いては水のみからなる(実質的に水のみからなる)ほか、水を主体とし水と相溶する有機溶媒を含む混合液であってもよい。環境及び製造コストの観点からは、水性媒体は実質的に水のみからなることが好ましい。水性媒体は、pHを安定化するために緩衝液を使用してもよい。pHは、適宜調整されうるが、pH5〜pH8程度で還元反応は可能である。pH7程度の中性が操作の観点から最も効率的である。
【0031】
多孔性金属錯体と三角遷移金属/硫黄クラスターとは、既に説明した触媒複合体として、水性媒体に供給されてもよいし、水性媒体にそれぞれ投入されて、水性媒体内で複合化してもよい。
【0032】
電子供与剤は、公知の各種の電子供与剤を用いることができる。電子供与剤は、特に限定しないが、両親媒性であり、1又は2の電子を供与可能な電子供与剤を用いることができる。例えば、1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウム(メチルビオローゲン)が挙げられる。電子供与剤としては、この他有機アミン化合物が挙げられる。
【0033】
本生産方法では、水性媒体中で、多孔性金属錯体、三核遷移金属硫黄クラスター触媒及び電子供与剤の存在下で、水性媒体中の二酸化炭素を電解還元する。還元反応は、多孔性金属錯体と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とが触媒複合体を構成した状態で行われることが好ましい。多孔性金属錯体に吸蔵・濃縮された二酸化炭素が多孔性金属錯体の表面に吸着された触媒により効率的に還元される。
【0034】
例えば、図2に示すように、電解還元のための電極群がセットされた密閉容器中の水性媒体に、二酸化炭素が送り込まれるように電解還元装置が構成される。二酸化炭素は、常圧下で導入されてもよいが、加圧(高圧)下で導入されることが好ましい。用いる多孔性金属錯体の種類にもよるが、10気圧〜15気圧程度で反応速度が一定となる。好ましくは15気圧以上の加圧下で二酸化炭素を送り込むことが好ましい。
【0035】
還元反応においては特に加熱を要しない。この点において、エネルギー効率に優れている。
【0036】
水性媒体中における二酸化炭素の還元反応は、例えば、図3で説明することができる。図3には、三核遷移金属硫黄クラスター触媒として、[(C5H4CH3Co)32+を用いた場合を例示する。図3に示すように、電荷状態が+1の触媒に電子が供給されると、電荷が中和されCo間の結合状態が緩み、その結果、硫黄原子に二酸化炭素が結合し、Co間結合が一つ解裂する。そして、さらに、電子が供給されるとともに水性媒体から水素が供給されると、水素とともに二酸化炭素がギ酸イオンとして脱離する。同時に、触媒は、元の電荷状態(+1)に復帰する。
【0037】
この還元反応によれば、水性媒体、触媒錯体及び電子供与剤の相乗作用により、二酸化炭素から、効率的にギ酸を生成させることができる。図4に示すように、この還元反応においては、水中(pH7.0)における二酸化炭素のギ酸への還元の平衡電位である、−0.81Vよりも正の電位(対Ag/AgCl電極)で二酸化炭素をギ酸に還元することができる。また、この還元反応は、水性媒体を用い、水を水素供与剤として利用しているため、環境面及びエネルギー効率において優れている。
【0038】
還元反応においては、多孔性金属錯体、触媒及び電子供与剤の存在量は、適宜決定される。例えば、多孔性金属錯体としてZIF-8、触媒として[(C5H4CH3Co)32+等の三核Co系触媒、電子供与剤としてメチルビオローゲンを用い、20mlの水性媒体中で還元反応を行う場合には、多孔性金属錯体は30mg〜45mg、触媒は0.03mmol、電子供与剤は0.09〜0.15mmolの範囲で効率的な還元反応(ギ酸の収率が良好な還元反応あるいは電流密度の高い還元反応)が実現できることがわかっている。
【0039】
ギ酸は、それ自体、ガスである二酸化炭素が固定化されて得られる有用物質であるほか、工業的に使用あるいは変換可能な有用物質である。したがって、本生産方法は、大気中の二酸化炭素濃度を低減することができるほか、効率及び環境面において優れた有用物質の生産方法である。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を具現化した実験例について説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定するものではない。
【実施例1】
【0041】
(二酸化炭素還元反応における水、電子供与剤及び多孔性金属錯体の評価)
本実施例では、二酸化炭素を還元してギ酸を得る反応における、反応溶媒としての水、電子供与剤(メチルビオローゲン)、多
実験1では、水100%の状態で、触媒である[(C5H4CH3Co)32]BF4(0.03mmol)のみに電圧を印加した。実験2では、水100%の状態で、実験1に対孔性金属錯体(ZIF-8)について、触媒として[(C5H4CH3Co)32]BF4を利用して評価した。なお、ZIF-8は、Aldrich社より取得した。また、触媒はJ. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 7398-7410などに基づき製造した。
【0042】
いずれの実験でも、以下に示す、電気分解装置を用いた。電気分解装置は、水性媒体が導入され電極が浸漬された密閉状態の容器を備えており、当該容器中のヘッドスペースには二酸化炭素が導入されるようになっている。
(1)参照電極:Ag/AgCl、作用電極:ガラス質炭素、カウンター電極:プラチナ
(2)溶媒:水(H3PO4/NaOH緩衝液(pH7.0))、20ml
(3)電圧掃引速度:10mV/s
(4)容器内圧:1、20、および40気圧
【0043】
実験1では、水100%の状態で、触媒である[(CoCP)32]BF4(0.03mmol)のみに電圧を印加した。実験2では、水100%の状態で、実験1に対して、メチルビオローゲン(0.10mmol)を添加して電圧を印加した。実験3では、多孔性金属錯体(45mg)と触媒(0.03mmol)の混合物を予めアセトニトリル中に投入しよく混合して複合体を形成させて、溶媒を蒸発乾固させて複合体を分離した後、この複合体を水中に投入し、さらにメチルビオローゲン(0.10mmol)を添加して、電圧を印加した。結果を図5〜7に示す。
【0044】
図5に示すように、常圧〜加圧下であっても、水中に触媒のみ存在させただけでは、なんらピークが観察されず、二酸化炭素の還元反応は生じていなかった。この状態では、電子移動が困難であることがわかった。
【0045】
図6に示すように、水中に触媒に加えてメチルビオローゲンを添加することで、メチルビオローゲンの電荷変化(2+/1+及び1+/0)に対応するピークを確認できた。また、高圧下では、メチルビオローゲンの0種の酸化ピークが明らかに減少したのに対し、対応する還元ピークは増大していた。このことにより、メチルビオローゲンなどの電子供与剤が共存させることにより、電子移動が生じ、水中での二酸化炭素が還元されていることがわかった。
【0046】
図7に示すように、多孔性金属錯体と触媒とメチルビオローゲンを水中に存在させることで、−1.0V近傍の還元ピークを一層増大させることができた。このことは、複合化された多孔性金属錯体が、反応効率を改善したことを意味している。こうした改善は、多孔性金属錯体が大きな表面積を備えており、この表面に触媒が吸着することで、触媒適用効率が向上したこと、及び触媒が多孔性金属錯体に吸着された二酸化炭素と分子内反応的に反応することができたことに依拠するものと考えられた。
【0047】
以上のことから、水中における二酸化炭素の還元反応においては、触媒のほか、多孔性金属錯体及び電子供与剤が併存することによって、効率的に反応が進行することがわかった。
【実施例2】
【0048】
(水中における二酸化炭素還元反応における条件検討)
本実施例では、水中における二酸化炭素還元反応における、触媒量、多孔性金属錯体量、電子供与剤、pH等について検討した。触媒等の材料については、実施例1と同一のものを用いた。
【0049】
実験系としては、実施例1と同様の電気分解装置を用いて、以下の条件を固定する以外は、表1に示す条件で実験4〜14を実施した。反応時間は約20時間とした。いずれの実験においても、ギ酸の生成をキャピラリー電気泳動法により確認した。結果も併せて表1に示す。
【0050】
(1)印加電圧:−0.75V
(2)溶媒:水(H3PO4/NaOH緩衝液(pH7.0))、20ml
(3)容器内圧:15気圧
【0051】
【表1】

【0052】
表1に示すように、実験4では、優れた効率で還元反応を実施できた。同様に、実験7及び実験11でも、優れた効率で還元反応を実施できた。これらの結果から、この実験系においては、触媒は0.03mmol、メチルビオローゲンは0.09〜0.15mmol、多孔性金属錯体については、45mg程度が好ましい量であることがわかった。また、pHは中性である7で良好な結果が得られるほか、pH5でも良好な結果が得られることがわかった。
【0053】
一方、実験6から明らかなように、触媒量を0.02mmolに減らすと、反応効率が低下する傾向が明らかであった。また、メチルビオローゲンの量を0.09(実験7)及び0.06(実験8)にすると、メチルビオローゲン量の低下に伴って反応効率が低下することがわかった。さらに、実験9及び10から明らかなように、多孔性金属錯体の量を15mg、30mgとすると、効率が低下することがわかった。この系においては多孔性金属錯体が30mgでは十分な反応場を提供できないことがわかった。
【0054】
以上のことから、この系においては、触媒は、0.02mmol以上であることが好ましく、より好ましくは、0.03mmol以上であり、多孔性金属錯体は、30mg以上であることが好ましく、より好ましくは45mg以上であり、メチルビオローゲンは0.06mmol以上であることが好ましく、より好ましくは0.09mmol以上であることがわかった。
【0055】
また、実験5から明らかなように多孔性金属錯体なしでは、反応が進まないことも確認できたほか、実験12〜14から明らかなように、他の吸着材料である活性炭(実験12)、モレキュラーシーブ3A(実験13)及びアルミナ(実験14)でも、良好に反応を実施できないことがわかった。
【実施例3】
【0056】
(水中における二酸化炭素還元反応における圧力依存性の検討)
本実施例では、圧力条件について検討した。実施例1で用いた電気分解装置を用いて、以下の条件で圧力変化と反応効率について検討した。なお、多孔性金属錯体以外は実施例1で用いた材料(触媒及び電子供与剤)を用いた。多孔性金属錯体は、ZIF-8に加えて、MIL53(Aldrich社製、金属:Al)を用いた。結果を図8に示す。
【0057】
(1)印加電圧:−0.75V
(2)溶媒:水(H3PO4/NaOH緩衝液(pH7.0))、20ml
(3)触媒([(C5H4CH3Co)32]BF4):31μmol
(4)多孔性金属錯体(ZIF-8及びMIL-53):45mg
(5)電子供与剤(メチルビオローゲン):155μmol
【0058】
図8に示すように、ZIF-8を用いた場合、15気圧以上で効率(電流値)が安定化した。MIL53は10気圧以上で効率(電流値)が安定化した。これは、多孔性金属錯体の二酸化炭素の吸蔵しやすさの違いに依拠しているものと考えられた。
【実施例4】
【0059】
本実施例では、多孔性金属錯体(ZIF-8)と触媒([(C5H4CH3Co)32]BF4)との複合体における触媒の分散状態について透過型電子顕微鏡を用いて調べた。解析は、高分解能TEM、角度散乱暗視野走査型透過電子顕微鏡(HAADF STEM-EDX)、走査型透過電子顕微鏡によるエネルギー分散X線分析等の観察により行った。試料は、多孔性金属錯体と、触媒とをアセトニトリル中で混合して複合化し、超音波により均一に分散させた溶液をTEMグリットに滴下したものとした。結果を図9に示す。
【0060】
図9に示すように、多孔性金属錯体の構成元素と触媒の構成元素の両元素は局所的にそれぞれ独立して集まって存在しているのではなく、全体にわたって両元素が均一に分布していることがわかった。すなわち、得られた触媒の複合体では、多孔性金属錯体に触媒が均一に分散していることが明らかとなった。
【0061】
さらに、触媒が多孔質金属錯体の表面に存在するのか、細孔内部に存在しているのか検討するため、TEMを用いた三次元トモグラフィー測定を行った。すなわち、複合体試料を回転させながらTEM像を撮影して、複合体中でのZnイオンとCoイオンの3次元での分布状況の解析を行った。結果を図10に示す。
【0062】
図10の左図における白色部分は、多孔性金属錯体の構成金属イオンであるZnを示す。この図から明らかなように、Znイオンは、複合体粒子全体に三次元的に一様に分布していることがわかる。また、図10の右図における黄色部分は、触媒の構成金属イオンであるCoイオンを示す。この図から明らかなように、Coイオンは、多孔性金属錯体の表面には存在せず、触媒のレイヤーが多孔性金属錯体の表面に存在していることが明らかとなった。
【0063】
以上の結果から、この複合体においては、触媒が多孔性金属錯体の表面に薄い層として均一に担持されていることがわかった。すなわち、この触媒複合体は、多孔性金属錯体と触媒の相乗効果を十分に発揮できる構造を有していることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化炭素を還元して有用物質を生産する方法であって、
二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と電子供与剤と三核遷移金属硫黄クラスター触媒とを含む水性媒体中において、二酸化炭素を電解還元してギ酸を生成させる工程、
を備える方法。
【請求項2】
前記水性媒体は、実質的に水のみからなる、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記電子供与剤は、両親媒性の電子供与剤である、請求項1又は2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記電子供与剤は、1,1'-ジメチル-4,4'-ビピリジニウムである、請求項1〜3のいずれかに記載の生産方法。
【請求項5】
前記三核遷移金属硫黄クラスター触媒は、[(XM)32](ただし、XはC55、C54CH3及びC5(CH35のいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す三核遷移金属硫黄クラスター触媒から選択される1種又は2種以上である、請求項1〜4のいずれかに記載の生産方法。
【請求項6】
二酸化炭素を電解還元するための触媒組成物であって、
二酸化炭素を吸蔵可能な多孔性金属錯体と、[(XM)32](ただし、XはC55、C54CH3及びC5(CH35のいずれかを表し、Mは、Co、Rh及びIrからなる群から選択されるいずれかを表す三核遷移金属硫黄クラスター触媒と、を備える、触媒組成物。
【請求項7】
前記多孔性金属錯体と前記三核遷移金属硫黄クラスター触媒とは複合化されている、請求項6に記載の触媒組成物。
【請求項8】
前記Mは、Coである、請求項6又は7に記載の触媒組成物。
【請求項9】
三核遷移金属硫黄クラスター触媒は、[(C54CH3Co)32]である、請求項6〜8のいずれかに記載の触媒組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−255179(P2012−255179A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−127760(P2011−127760)
【出願日】平成23年6月7日(2011.6.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、グリーンサステイナブルケミカルプロセス基盤技術開発/副生ガス高効率分離・精製プロセス基盤技術開発/多孔性金属錯体を利用したCO2の高効率分離・精製プロセスの基盤技術開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【出願人】(000003160)東洋紡株式会社 (3,622)
【出願人】(000186762)昭栄化学工業株式会社 (55)
【Fターム(参考)】