説明

五フッ化ヨウ素の製造法

【課題】従来の五フッ化ヨウ素の製造方法の問題点を可及的に回避して、フッ素とヨウ素との反応を穏やかに実施して、結果的に、より安全に、また、生産性により優れた五フッ化ヨウ素を製造できる方法を提供する。
【解決手段】フッ素とヨウ素とを反応させて五フッ化ヨウ素を製造する方法では、溶融ヨウ素相とそれに隣接して上方に位置する五フッ化ヨウ素相とを形成し、五フッ化ヨウ素相に隣接してその上方に位置する気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ素とフッ素とを反応させることによって五フッ化ヨウ素(IF)を製造する方法に関する。五フッ化ヨウ素は、反応性に富むフッ素化剤または含フッ素化合物の中間体製造の原料として有用である。
【背景技術】
【0002】
ヨウ素とフッ素との反応によって五フッ化ヨウ素を製造する方法としては、例えば、五フッ化ヨウ素中に溶解させたヨウ素とフッ素との向流接触法(特許文献1参照)、溶融ヨウ素またはスラリー状ヨウ素中へのフッ素のバブリング法(特許文献2および3参照)等がある。
【0003】
これらの方法では、フッ素は液相中に供給され、そのために希釈ガスとして使用している窒素、未反応フッ素等気体への同伴によってヨウ素の昇華が促進され、その結果、反応器の出口配管にヨウ素が固化・付着し、最終的には、配管が閉塞する危険性がある。また、それを回避するため温度を上げて運転することは困難である。
【0004】
また、五フッ化ヨウ素の生成熱は920kJ/molと大きく、配管に固化・付着したヨウ素がフッ素と反応することによって局所的に温度が上昇する危険性もあり、安全性の面からみて必ずしも工業的に有用な方法とはいえない。
【0005】
更に、フッ素とヨウ素は反応性が非常に高いため、溶融ヨウ素、スラリー状ヨウ素のような高濃度のヨウ素にフッ素を接触させると、これらが爆発的に反応する恐れがあり、その結果、フッ素供給配管側へヨウ素が逆流する危険性がある。ヨウ素がフッ素配供給管側へ逆流すると、フッ素供給配管内でフッ素とヨウ素とが激しく反応し、そこで、温度が急激に上昇し配管を損傷する危険性がある。
【0006】
特に、反応器において反応熱の除去に一般的に使用される間接的熱交換器(外側ジャケット等)を用いた顕熱による反応熱除去では、有効に除去可能な熱量が反応熱と比較し余りにも小さいため、反応温度の制御が困難であり、スケールアップした場合、反応の暴走、さらには爆発の危険がある。
【0007】
別の製造方法として、溶融ヨウ素の上にフッ素ガスを通じてこれらを反応させて五フッ化ヨウ素とヨウ素とを含む蒸気混合物を生成させ、既に生成している液状の五フッ化ヨウ素存在下で該蒸気混合物と新たなフッ素ガスとを反応させて更に五フッ化ヨウ素を生成させる方法がある(特許文献4参照)。
【0008】
この方法ではヨウ素を液体状態に維持するために反応熱を利用出来るという利点があるが、フッ素ガスは反応性に富むため、反応による激しい発熱による暴走反応、爆発を回避しうるだけの高度な反応制御技術が要求される。また、昇華性のあるヨウ素による配管閉塞の危険が伴うため、必ずしも工業的に十分満足しうる方法とは言えない。
【特許文献1】米国特許第3,367,745号公報
【特許文献2】特開昭54−65196号公報
【特許文献3】英国特許第1326130号公報
【特許文献4】特開昭58−145602号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、従来公知の五フッ化ヨウ素の製造方法は、工業的実用性の観点から必ずしも満足できるものとは言えない。従って、本発明が解決しようとする課題は、上述の種々の問題点を可及的に解決すべく、溶融ヨウ素を用いた従来の方法に代わり得る、より生産性の優れた五フッ化ヨウ素の新たな工業的製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、発明者らが鋭意検討を重ねた結果、溶融ヨウ素相とそれに隣接して上方に位置する(液相の)五フッ化ヨウ素相とを形成し、五フッ化ヨウ素相に隣接してその上方に位置する気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給する反応系を構成する反応器を用いることによって、本発明の完成に至った。
【0011】
尚、フッ素の反応器への供給は、通常、連続的に実施するが、反応によって消費されたフッ素の量に対応する量だけフッ素を間欠的に供給してもよい。また、反応器に存在する五フッ化ヨウ素相およびヨウ素相については、反応器にそのまま保持してもよく、あるいは反応によって消費されたヨウ素の量に対応する量のヨウ素を溶融ヨウ素相に連続的または間欠的に供給してもよい。更に、反応によって五フッ化ヨウ素が生成するので、生成した五フッ化ヨウ素の量に対応する量の五フッ化ヨウ素を反応器の五フッ化ヨウ素相から連続的または間欠的に除去してもよい。
【0012】
上述のようにフッ素を、五フッ化ヨウ素相および/またはそれに隣接してその上方に位置する気相に供給する場合、次のようにフッ素とヨウ素とが接触して反応して五フッ化ヨウ素が生成する:
(a)五フッ化ヨウ素液相中に存在していたヨウ素が液相から気相に移動して、気相に存在しているフッ素と接触して反応する、気相反応;
(b)気相に存在していたフッ素が気相から五フッ化ヨウ素液相中に移動して、五フッ化ヨウ素液相中に存在しているヨウ素と接触して反応する、液相反応;
(c)気相に存在しているフッ素が五フッ化ヨウ素液相中に存在しているヨウ素と接触して反応する、気相と液相との界面での反応。
【0013】
フッ素を気相に供給する場合、反応(a)が優先的に起こり、気相に供給されたフッ素が、好ましくはその大部分が、消費され、残りのフッ素の大部分は反応(b)および/または反応(c)によって消費される。
【0014】
フッ素を五フッ化ヨウ素相に供給する場合、最初に反応(b)が起こり供給されたフッ素が消費され、残りのフッ素は反応(a)により消費される。供給するフッ素の量と五フッ化ヨウ素相中に存在するヨウ素の量との相対的な関係に応じて、反応(a)および反応(b)のどちらが主として生じるかが決まる。加えて、反応(c)も起こる。
【0015】
尚、気相に存在していたフッ素が五フッ化ヨウ素液相中に移動するメカニズム、五フッ化ヨウ素液相中に存在していたヨウ素が気相に移動するメカニズムは特に限定されるものではなく、例えばフッ素またはヨウ素の拡散、蒸発、昇華等の結果として移動する。
【0016】
従って、本発明は、フッ素とヨウ素とを反応させて五フッ化ヨウ素を製造する方法を提供し、この方法は、溶融ヨウ素相とそれに隣接して上方に位置する五フッ化ヨウ素相とを形成し、五フッ化ヨウ素相に隣接してその上方に位置する気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給することを特徴とする。このようにフッ素を供給すると、上述の反応(a)〜(c)の内、少なくとも反応(a)および/または反応(b)によって、フッ素とヨウ素とが接触して反応し、五フッ化ヨウ素が生成する。勿論、他の反応(c)も同時に起こってよい。
【0017】
本明細書において、「気相」なる用語には、液相中に存在する気泡は含まれず、従って、バブリングによって液相中にフッ素を供給することは、「気相にフッ素を供給する」ことには相当しない。「気相にフッ素を供給する」とは、液相の上方にそれに隣接して存在する気相にフッ素を供給する、即ち、液相の上方の空間にフッ素を供給し、そのように供給されたフッ素が(必要な場合には、後述の不活性ガスと一緒に)気相を構成することを意味する。
【0018】
本発明の製造方法では、五フッ化ヨウ素相はそれに溶解しているヨウ素を含む。それは、五フッ化ヨウ素相が溶融ヨウ素相に隣接しているので、溶融ヨウ素相からヨウ素が拡散して五フッ化ヨウ素相に移動するからである。好ましい態様では、五フッ化ヨウ素相は飽和溶解度に実質的に対応する量、またはそれに近い量のヨウ素を含む。具体的には、五フッ化ヨウ素相は液相全体の質量基準で、好ましくは2.0〜5.0質量%、より好ましくは3.0〜5.0質量%、例えば4.0〜5.0質量%のヨウ素を含む。2.0質量%未満の場合、反応速度が低下するため生産性が低下する可能性があり、また、5.0質量%を超える場合、排ガス中に含まれる五フッ化ヨウ素が多くなる可能性がある。
【0019】
本発明の製造方法において用いる五フッ化ヨウ素は、五フッ化ヨウ素を生成するフッ素とヨウ素との反応に悪影響を与えず、溶融ヨウ素相からヨウ素を取り込む媒体、あるいは溶融ヨウ素相から気相へヨウ素を輸送する媒体として好適に使用できる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法によれば、五フッ化ヨウ素相中に溶解している量のヨウ素のみが、五フッ化ヨウ素相において、および/または気相において反応に関与する。このため、必要以上のヨウ素が反応に関与することが無く、反応制御を極めて効率的に実施できるという利点がある。また、反応温度をヨウ素の融点以上にすることにより、温度上昇の効果とヨウ素溶解度増の効果で反応速度を速くすることが出来る。そのように反応温度を高くしても上方に位置する五フッ化ヨウ素のため、反応器から気体を排出する配管へと未反応のヨウ素が流出するのが抑制され、ヨウ素が配管内で固化・付着する可能性が減少し、また、フッ素供給配管へのヨウ素の逆流、およびそれに付随する問題点も避けることができる。
【0021】
更に、反応によって生成する五フッ化ヨウ素は五フッ化ヨウ素相に含まれることになる。従って、目的とする五フッ化ヨウ素の規格に応じて、生成した五フッ化ヨウ素を含む五フッ化ヨウ素相をそのまま使用できる。その場合、生成した五フッ化ヨウ素を分離する精留装置を省略でき、その結果、本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法を実施する装置は、全体として簡易なものとなり、経済的にも有利である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の1つの態様では、下相である溶融ヨウ素相、およびその上に位置する五フッ化ヨウ素液相を上相として反応器に存在させておき、その上相および/またはそれに隣接する気相に(即ち、いずれか一方に、あるいは双方に)フッ素を、好ましくは連続的に、供給して、ヨウ素とフッ素とを反応させる。
【0023】
尚、反応器に一旦フッ素を供給した後で、フッ素を供給しなくてもよいが、一般的には、フッ素を連続的または間欠的に供給するのが好ましい。溶融ヨウ素相および五フッ化ヨウ素相については、一旦反応器に双方の相を存在させた後で、その後、これらの相を構成する成分を追加しなくてもよい。別の態様では、反応によって消費されるヨウ素(固体状態のもの、好ましくは溶融したもの)を、間欠的にまたは連続的に、ヨウ素相に追加してもよい。また、生成する五フッ化ヨウ素のために五フッ化ヨウ素相の量が増えるので、必要に応じて五フッ化ヨウ素相の一部分を連続的または間欠的に取り出してよい。取り出した五フッ化ヨウ素相を精製処理して製品としての規格を有する五フッ化ヨウ素を得ることができる。
【0024】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の1つの態様では、
1)混合槽において、溶融ヨウ素相およびそれに隣接して上方に位置する五フッ化ヨウ素相を形成する工程、
2)気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給する工程、および
3)必要に応じて、反応器に五フッ化ヨウ素が生成する量に対応して、溶融ヨウ素相にヨウ素を加え、生成した五フッ化ヨウ素の量に対応する量の五フッ化ヨウ素を五フッ化ヨウ素相から取り出す工程
を含んで成る。
【0025】
尚、五フッ化ヨウ素相の精製処理はいずれの適当な方法で実施してもよく、例えば
常圧下で精留することによって実施できる。
【0026】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法を、1つの態様では、フッ素の供給、およびヨウ素相を構成するヨウ素の供給についてバッチ式で実施してよく、別の態様では、フッ素の供給については連続式で実施し、ヨウ素の供給についてはバッチ式で実施してよく(いわゆるセミバッチ式)、反応が所定量進行した時点で、例えばフッ素ガスの供給を停止して、反応器から五フッ化ヨウ素相を取り出して五フッ化ヨウ素を回収することができる。
【0027】
更に別の態様では、全ての供給について連続式で実施してもよい。この場合、供給量は、ヨウ素に対して化学量論量またはそれ以上のフッ素を供給するのが好ましい。例えば、ヨウ素の1モルに対して少なくとも5モルのフッ素、好ましくは5〜6倍のフッ素を供給する。尚、五フッ化ヨウ素相を構成する五フッ化ヨウ素に関しては、生成物が五フッ化ヨウ素であるので、反応器内に存在する五フッ化ヨウ素の量が増える。従って、五フッ化ヨウ素相を反応器から取り出してもよく、あるいは五フッ化ヨウ素が増加することに問題が無いのであれば、五フッ化ヨウ素相を反応器から取り出す必要は必ずしも無い。取り出した五フッ化ヨウ素相を取り出して五フッ化ヨウ素を回収することもできる。
【0028】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の他の1つの態様では、溶融槽においてヨウ素を溶融させて溶融ヨウ素を予め調製し、調製した溶融ヨウ素を反応器の下相に、連続的または間欠的に、供給する。この溶融のために、溶融槽に撹拌機を設けてもよい。別の態様では、固体のヨウ素を反応器の下相に供給してもよい。
【0029】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の別の態様では、フッ素を供給する気相に隣接する五フッ化ヨウ素液相は、更にフッ化水素を含んでよい。五フッ化ヨウ素相がフッ化水素を含むことによって、溶融ヨウ素相から五フッ化ヨウ素相に溶解できるヨウ素の量を増やすことができ、反応がより効率的に進む。例えば、30℃で五フッ化ヨウ素に対するヨウ素の溶解度は0.6質量%であり、五フッ化ヨウ素相の全量基準(即ち、五フッ化ヨウ素、フッ化水素およびヨウ素の総量基準)でフッ化水素の濃度が1.0質量%の場合、ヨウ素の溶解度(飽和濃度)は2.0質量%である;他方、120℃で五フッ化ヨウ素に対するヨウ素の溶解度は2.7質量%であり、五フッ化ヨウ素相の全量基準(即ち、五フッ化ヨウ素、フッ化水素およびヨウ素の総量基準)でフッ化水素の濃度が1.0質量%の場合、ヨウ素の溶解度(飽和濃度)は4.0質量%となり、30℃の場合の約2倍に相当する。この場合、反応物濃度が増大するため、反応温度の高温化の効果と相まって反応効率が画期的に上昇する。尚、フッ化水素はいずれの適当な方法で反応系に供給してもよい。例えば、五フッ化ヨウ素液相に直接供給して溶解させてもよく、あるいは五フッ化ヨウ素液相に隣接する気相に、必要に応じてフッ素ガスと一緒に、気体として供給して液相に移行させることによって供給してもよい。
【0030】
本発明の製造方法において、五フッ化ヨウ素相についてバッチ式を採用する場合(従って、五フッ化ヨウ素相を抜き出さない)、反応が進むにつれて、五フッ化ヨウ素相中の五フッ化ヨウ素の量が増加するので、フッ化水素を途中で追加しない場合には、五フッ化ヨウ素相中のフッ化水素の濃度が徐々に減少する。この減少を考慮しても、反応期間中の反応器の五フッ化ヨウ素相に含まれるフッ化水素の濃度は、五フッ化ヨウ素相の全量基準(即ち、五フッ化ヨウ素、フッ化水素およびヨウ素の総量基準)で例えば1.0〜10質量%、特に3.0〜5.0質量%となるように維持するのが好ましい。フッ化水素の濃度が10質量%を超える場合は、5フッ化ヨウ素相に溶解し得るフッ素濃度が低下することがあり、その結果、反応性が低下するという問題があるため、好ましくない。尚、定常状態で製造方法を実施する場合には、フッ化水素の濃度は実質的に一定になるが、その場合であっても、反応器の五フッ化ヨウ素相に含まれるフッ化水素は、上述の範囲であるのが好ましい。
【0031】
尚、フッ素とヨウ素とを反応させる条件(例えば反応温度、圧力等の条件)は、特に限定されるものではなく、この反応に常套的に採用されている条件を本発明の製造方法においても採用できる。しかしながら、五フッ化ヨウ素が沸騰しない条件を採用するのが特に好ましい。
【0032】
具体的には、温度条件としては、ヨウ素が液体として存在できる温度以上であって、五フッ化ヨウ素相が沸騰する温度(通常、五フッ化ヨウ素の沸点付近)より低い温度を採用でき、例えば114℃〜130℃、好ましくは118℃〜125℃、より好ましくは120℃〜123℃の範囲内の反応温度を用いることができる。五フッ化ヨウ素が沸騰すると、反応器の気相排出配管にヨウ素が付着する可能性が大きくなる。反応圧力は、反応温度と関連して、五フッ化ヨウ素相の沸騰が生じないように選択するのが好ましい。従って、通常、反応器内において五フッ化ヨウ素が液相として存在できる圧力であればよい。例えば0.14〜0.30MPa(絶対圧)の圧力で実施でき、通常、大気圧より少し高い圧力下で実施してよい。
【0033】
採用できる反応温度/圧力の組み合わせは、例えば114℃〜130℃/0.14MPa〜0.30MPa(絶対圧)、好ましくは115℃〜130℃/0.16〜0.23MPa(絶対圧)、より好ましくは118℃〜125℃/0.17〜0.21MPa(絶対圧)、例えば120℃〜123℃/0.18〜0.20MPa(絶対圧)である。
【0034】
反応器において液相(溶融ヨウ素相および五フッ化ヨウ素相)を構成するヨウ素と五フッ化ヨウ素の質量比は、特に限定されるものではない。例えばヨウ素の量が少なくとも10質量%以上、好ましくは少なくとも30質量%以上、例えば40〜60質量%となるように操作するのが好ましい。
【0035】
本発明の製造方法において用いる反応器についても、先と同様に、この反応に常套的に採用されている装置を本発明の製造方法においても使用できる。通常、一般的に用いられる槽型の反応器、凝縮器付き反応器等を使用してよい。尚、反応器はその五フッ化ヨウ素相の混合を促進する撹拌装置を有するのが好ましい。この撹拌装置として、五フッ化ヨウ素相内部のヨウ素の濃度分布をより均一にできるような撹拌機であるのが好ましく、溶融ヨウ素相と五フッ化ヨウ素相との界面を更新する効果を有する撹拌機が特に好ましく、界面を大きく乱すタイプのものはそれほど好ましくない。
【0036】
本発明の製造方法において供給するフッ素は、反応に対して不活性であるガスによって希釈した状態で供給するのが好ましい。通常、窒素、ヘリウム、アルゴン、フッ化水素、四フッ化炭素、六フッ化イオウ、パーフロロエタン等によって希釈する。希釈倍率は、特に限定されるものではないが、例えば、供給するガスの全量基準でフッ素の体積%が10〜95%となるように希釈する。この範囲より小さい場合には、五フッ化ヨウ素やヨウ素の反応器からの流出という可能性があり、また、この範囲より大きい場合には、五フッ化ヨウ素やヨウ素のフッ素供給ラインへの逆流という可能性がある。好ましい態様では、供給する気体に含まれるフッ素の体積%が20〜90%であり、より好ましい態様では、供給する気体に含まれるフッ素の体積%が30〜90%、特に50〜90%である。
【0037】
尚、フッ化水素を希釈ガスとして用いると、五フッ化ヨウ素中へのヨウ素の溶解度が上がり、反応性が向上するので好ましいが、五フッ化ヨウ素相から目的生成物である五フッ化ヨウ素を回収するために、フッ化水素の分離/除去が必要となる。
【0038】
別の態様では、フッ素と不活性ガスとを別々に反応器の気相に供給して、反応器の気相においてフッ素が希釈されるようにしてもよい。この場合も、供給するフッ素と不活性ガスとの総量に対して、フッ素の割合が上記範囲となるように供給するのが好ましい。
【0039】
尚、不活性ガスによってフッ素を希釈して供給する場合には、反応器は、その気相を排出する配管の途中に冷却器を有するのが好ましく、冷却器は、反応器から排出される希釈ガス(未反応のフッ素も含む)に同伴される五フッ化ヨウ素を凝縮して回収する。排出される希釈ガスが含むフッ素の量に応じて、フッ素を含む希釈ガスをリサイクルして再使用するのが好ましい。
【0040】
更に別の態様では、反応器の底部に溶融ヨウ素相を存在させないで、ヨウ素が溶解した五フッ化ヨウ素相を別に予め調製して、それを反応器に供給して、五フッ化ヨウ素相および/または五フッ化ヨウ素相に隣接してその上方に位置する気相にフッ素を供給することによって実施することもできる。
【0041】
次に、本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の一例を模式的に示す、図1のフローシートを参照して、本発明の製造方法を更に詳細に説明する。本発明の製造方法は、反応器10に下相としての溶融ヨウ素相12およびその上の上相としての五フッ化ヨウ素相14を形成する。例えば、ヨウ素と五フッ化ヨウ素を所定量反応器に入れ、若干の加圧下で五フッ化ヨウ素の沸点より低い温度に加熱してヨウ素を溶融させる。
【0042】
ヨウ素の比重は五フッ化ヨウ素の比重より大きいので、五フッ化ヨウ素の飽和溶解度より多くのヨウ素を反応器に入れておくことによって、五フッ化ヨウ素相の下方に溶融ヨウ素相が形成される。双方の相が接触した状態を維持することによって、ヨウ素が五フッ化ヨウ素相14に移動して溶解し、その後、気相16にも移動する。また、若干の五フッ化ヨウ素も溶融ヨウ素相12に移動する。この時、五フッ化ヨウ素相14を撹拌機20で撹拌するのが好ましい。
【0043】
このように双方の相が分液した状態とした後に、五フッ化ヨウ素相14の上に位置する気相16にフッ素、好ましくは、図示するように、例えば窒素および/またはフッ化水素によって希釈されたフッ素を供給する。このようなフッ素の供給に加えて、あるいはそれに代えて、五フッ化ヨウ素相14にフッ素を供給してよい。気相および五フッ化ヨウ素相の双方にフッ素を供給する場合、供給するフッ素の全量基準で、気相に好ましくは10〜100%、より好ましくは50〜100%、例えば80〜100%を供給し、残りを五フッ化ヨウ素相に供給する。
【0044】
気相16に供給されたフッ素は、主として気相16中に存在するヨウ素と反応し、また、一部のフッ素は五フッ化ヨウ素相14中に移動して、そこに存在するヨウ素と反応し得る。加えて、気相16のフッ素と五フッ化ヨウ素相14のヨウ素とが気液界面18でも反応し得る。
【0045】
五フッ化ヨウ素相14に供給されたフッ素は、五フッ化ヨウ素相14中に存在するヨウ素と反応し、また、残りのフッ素は気相16中に移動して、そこに存在するヨウ素と反応し得る。加えて、気相16のフッ素と五フッ化ヨウ素相14のヨウ素とが気液界面18でも反応し得る。
【0046】
本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の1つの態様では、溶融ヨウ素相12を構成するヨウ素は、例えば溶融槽30にて調製してよい。溶融槽30に固体ヨウ素を加えて加熱する。得られた溶融ヨウ素を反応器10の溶融ヨウ素相12に仕込む(尚、図示するように五フッ化ヨウ素相14を経由しても、あるいは直接溶融ヨウ素相12に供給してもよい)。反応に先立って、このように予め調製した溶融ヨウ素を反応器10に下相として供給し、その後、反応器10に溶融ヨウ素を供給しなくてもよい。この場合、フッ素を連続的に気相に供給しているので、セミバッチ方式で五フッ化ヨウ素を製造することになる。フッ素を気相に最初に供給してその後に供給しない場合には、バッチ方式で五フッ化ヨウ素を製造することになる。
【0047】
他の態様では、フッ素および溶融ヨウ素を連続的または間欠的に反応器10に供給し、この場合は、連続式に五フッ化ヨウ素を製造することになる。この場合、反応系に含まれる五フッ化ヨウ素が漸次的に増加するので、反応器10から五フッ化ヨウ素相14の一部分をポンプによって抜き出して、それから生成した五フッ化ヨウ素を反応系から回収するのが好ましい。この回収についてはいずれの適当な方法で実施してもよい。例えば、
蒸留による分離/回収のような方法を採用できる。
【0048】
図示した態様では、供給すべきフッ素は、窒素によって希釈された状態で気相に供給される。反応器において、フッ素はできる限り、ヨウ素と反応するのが好ましく、実質的に、供給したフッ素の少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、例えば少なくとも99%がヨウ素と反応する。未反応のフッ素(通常、少量)および窒素は、気体排出配管24を経て反応器10から排出される。尚、配管24には、同伴される五フッ化ヨウ素を回収するために冷却器26が設けられている。
【実施例1】
【0049】
反応器として内容積10mLのフッ素樹脂(PFA)製のチューブを使用した。反応器に、ヨウ素を3.8gおよび五フッ化ヨウ素を6.25g仕込み、チューブ内の圧力が0.2MPa(ゲージ圧)となるように窒素で加圧した状態でチューブ内の温度が120℃になるようにチューブの外側に装着した金属管を加熱してヨウ素を溶融させ、溶融ヨウ素相の上に五フッ化ヨウ素相を形成した。
【0050】
次に、窒素で33vol%に希釈したフッ素ガスを10cc/minの流量でチューブの気相部に導入し、五フッ化ヨウ素相が無色透明になるまで反応させた。この反応は、0.2MPa(ゲージ圧)にて実施し、反応器内の液の沸騰を抑えた。
【0051】
反応器から気相排出配管を経て排出されるガスをアルカリと還元剤の混合液に通し、未反応のフッ素ガスを吸収除去した。チューブ内の五フッ化ヨウ素相を19F−NMRで分析したところ、五フッ化ヨウ素が100mol%であった。チューブの気相部の壁面には昇華ヨウ素による固化・付着はなく、気相排出配管が閉塞することはなかった。
【比較例1】
【0052】
フッ素ガスを溶融ヨウ素相に仕込んだ以外は同様にして実施例1を繰り返した。反応開始直後より、チューブ内の温度が急激に上昇し、チューブが破裂して反応を続行することができなくなった。
【比較例2】
【0053】
窒素によって0.1MPa(絶対圧)に加圧して0.1MPa(絶対圧)の圧力で反応を実施した以外は、実施例1を繰り返した。反応中、チューブ内の五フッ化ヨウ素相は沸騰状態であった。五フッ化ヨウ素相が無色透明になるまで反応させた。透明になるまでの時間は実施例1に比べて2倍に延びた。チューブ内の五フッ化ヨウ素相を19F−NMRで分析したところ、五フッ化ヨウ素が100mol%であった。チューブの気相部の壁面には、昇華して固化・付着したヨウ素が約0.1gあったが、気相排出配管が閉塞することはなかった。
【実施例2】
【0054】
本実施例では、金属製オートクレーブ(SUS316製、容量200mL)を反応器として使用して反応を行った。SUS316製コンデンサーをオートクレーブ装着した。反応器にヨウ素を70g、五フッ化ヨウ素を300g仕込み、コンデンサーに20℃の冷却液を流して冷却しつつ、反応器を加熱し、内温が約120℃になるように、窒素加圧により内圧が約0.2MPa(絶対圧)になるように、圧力制御バルブを制御した。
【0055】
窒素ガスで希釈したフッ素ガス(F濃度90vol%)を反応器の気相部に流量100Ncc/minで仕込んだ。コンデンサーの塔頂より排出される非凝縮ガスを除害塔に導き、水酸化カリウムおよび亜硫酸カリウムの混合水溶液で洗浄した。非凝縮ガスを紫外−可視分光光度計で分析したところ、フッ素ガスの転化率は95mol%であった。
【0056】
6時間反応を継続した後、フッ素ガスの供給を停止し、反応器に残った液を回収したところ、反応器内のヨウ素は全て消費されて無くなっており、無色透明の液であった。この液を19F−NMRで分析したところ、五フッ化ヨウ素が100mol%であった。
【実施例3】
【0057】
窒素で希釈したフッ素ガスを反応器の五フッ化ヨウ素相にバブリングしたことを除いて実施例2を繰り返した。五フッ化ヨウ素相に流量100Ncc/minでバブリングした。非凝縮ガスを紫外−可視分光光度計で分析したところ、フッ素ガスの転化率は98mol%であった。
【0058】
6時間反応を継続した後、フッ素ガスの供給を停止し、反応器に残った液を回収したところ、無色透明の液であった。19F−NMRで分析したところ、五フッ化ヨウ素が100mol%であることが判明した。昇華して固化・付着したヨウ素が反応器の上蓋の内側に約1g付着していた。
【実施例4】
【0059】
窒素で希釈したフッ素ガスに代えて、フッ化水素で希釈したフッ素ガス(F濃度90vol%)を反応器の気相部に供給したことを除いて、実施例2を繰り返した。非凝縮ガスを紫外−可視分光光度計で分析したところ、フッ素ガスの転化率は98mol%であった。
【0060】
6時間反応を継続した後、原料ガスの供給を停止し、反応器に残った液を回収したところ、反応器内のヨウ素は全て消費してなくなり、液は無色透明であった。この液を19F−NMRで分析したところ、五フッ化ヨウ素が100mol%であることが判明した。
【比較例4】
【0061】
本比較例では、金属製オートクレーブ(SUS316製、容量200mL)を反応器として使用して反応を行った。SUS316製コンデンサーをオートクレーブ装着した。反応器にヨウ素を70g、五フッ化ヨウ素を300g仕込み、コンデンサーに20℃の冷却液を流して冷却しつつ、反応器内温が約30℃になるように、反応器外部を冷却した。
【0062】
窒素ガスで希釈したフッ素ガス(濃度90vol%)を反応器の気相部に流量100Ncc/minで仕込んだ。コンデンサーの塔頂より排出される非凝縮ガスを除害塔に導き、水酸化カリウムおよび亜硫酸カリウムの混合水溶液で洗浄した。非凝縮ガスを紫外−可視分光光度計で分析したところ、フッ素ガスの転化率は85mol%であった。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明の五フッ化ヨウ素の製造方法の一例を模式的に示すフローシートである。
【符号の説明】
【0064】
10…反応器、12…溶融ヨウ素相、14…五フッ化ヨウ素相、16…気相、
18…気相−液相界面、20…撹拌機、24…気相排出配管、
26…冷却器(コンデンサー)、30…溶融槽。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素とヨウ素とを反応させて五フッ化ヨウ素を製造する方法であって、
溶融ヨウ素相とそれに隣接して上方に位置する五フッ化ヨウ素相とを形成し、五フッ化ヨウ素相に隣接してその上方に位置する気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給することを特徴とする、五フッ化ヨウ素の製造方法。
【請求項2】
五フッ化ヨウ素相が沸騰しない条件下で実施することを特徴とする、請求項1に記載の五フッ化ヨウ素の製造方法。
【請求項3】
フッ素を、不活性ガスによって希釈された状態で供給することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の五フッ化ヨウ素の製造方法。
【請求項4】
五フッ化ヨウ素相は液相全体の質量基準で2.0〜5.0質量%のヨウ素を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の五フッ化ヨウ素の製造方法。
【請求項5】
五フッ化ヨウ素相は、その全体の質量基準で1.0〜10質量%のフッ化水素を含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の五フッ化ヨウ素の製造方法。
【請求項6】
1)混合槽において、溶融ヨウ素相およびそれに隣接して上方に位置する五フッ化ヨウ素相を形成する工程、
2)気相および/または五フッ化ヨウ素相にフッ素を供給する工程、および
3)必要に応じて、反応器に五フッ化ヨウ素が生成する量に対応して、溶融ヨウ素相にヨウ素を加え、生成した五フッ化ヨウ素の量に対応する量の五フッ化ヨウ素を五フッ化ヨウ素相から取り出す工程
を含んで成る、五フッ化ヨウ素の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−100881(P2008−100881A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−285870(P2006−285870)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)