説明

亜リン酸系難燃剤および難燃性樹脂組成物

【課題】300℃を超えるような加熱条件であってもホスフィンの発生を効果的に抑制することができ、各種分野で幅広く使用できるような亜リン酸系難燃剤、およびこのような難燃剤と樹脂とを配合してなる難燃性樹脂組成物を提供する。
【解決手段】本発明の亜リン酸系難燃剤は、亜リン酸塩に、ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物を配合したものであり、こうした亜リン酸系難燃剤を、樹脂に配合することによって良好な難燃性を発揮する難燃性樹脂組成物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜リン酸塩を含む亜リン酸系難燃剤、およびこのような難燃剤と樹脂とを配合してなる難燃性樹脂組成物に関するものであり、特に亜リン酸塩からのホスフィン発生を抑制した亜リン酸系難燃剤、およびこのような亜リン酸系難燃剤を配合した難燃性樹脂組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
樹脂に難燃剤を配合することによって、樹脂の燃焼性を低減した樹脂組成物が、塗料、接着剤、電気電子部品、自動車、建築物内装品等、様々な分野において適用されている。このような樹脂組成物に配合される難燃剤としては、赤リンを含む赤リン系難燃剤や亜リン酸塩を含む亜リン酸系難燃剤、等が知られている。例えば、特許文献1には、亜リン酸系難燃剤として用いられる亜リン酸塩の代表的なものとしての亜リン酸アルミニウムを製造するための有用な方法が提案されている。
【0003】
これらの難燃剤では、加熱時にホスフィン(PH3)が発生することが知られている。このホスフィンは人体に害を及ぼすガス状危険物質であり、米国におけるTLV[ACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists)が勧告している曝露限界(Threshold Limit Values)]は、時間加重平均(Time Weighted Average)で0.3ppmと定められている。
【0004】
例えば、亜リン酸塩は、加熱によってホスフィンガスと縮合リン酸塩等を発生することが知られており(例えば、非特許文献1)、また、熱可塑性樹脂を用いた難燃性樹脂組成物については、作業性の向上などの要求から、加工成形温度を200℃以上、ときには300℃以上を超える温度で難燃性樹脂組成物を形成する場合が多くなっている。そのため、このような加工条件であっても、ホスフィンガスの発生が抑制されることが必要となる。
【0005】
しかしながら、いままで亜リン酸塩からのホスフィンガス発生に関して、低減若しくは抑制する技術については確立されておらず、亜リン酸系難燃剤を含む難燃性樹脂組成物の適用範囲が限られているのが実情である。
【0006】
一方、赤リン系難燃剤では、赤リンが室温雰囲気程度であってもホスフィンを放出して徐々に分解することが知られている(例えば、特許文献2)。こうした雰囲気で赤リンからホスフィンの発生を抑制するために、特許文献2の技術では、少なくとも1つの電子求引基に関しα位にある少なくとも1つの炭素−炭素二重結合を有する非環式脂肪族化合物を赤リンに添加する方法が提案されている。
【0007】
また、特許文献3には、粉末状赤リンの表面を、Zn,Ti,Al,Co等の水酸化物や酸化物等の無機化合物、或は熱硬化性樹脂等で被覆することによって、赤リンの安定化を図ると共に、微粒子赤リンを除去することによって、赤リンからのホスフィン発生を抑制できることが示されている。
【0008】
赤リン系難燃剤に関するこれらの技術は、室温〜250℃程度までの加熱処理でのホスフィンの発生を抑制することについては、有効なものといえる。しかしながら、熱可塑性樹脂に対して、作業性の向上などの要求から加工成形温度が300℃を超えるような熱処理を行なう場合に、こうした樹脂に配合する亜リン酸系難燃剤のホスフィンの発生を抑制する技術としては、不十分である。また粉末状赤リンの表面を、Zn,Ti,Al,Co等の水酸化物や酸化物等の無機化合物で被覆することは、赤リン系難燃剤の安定化を図るためには有効であるといえるが、亜リン酸系難燃剤ではそれほど有効であるとは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2899916号公報
【特許文献2】特許第3448075号公報
【特許文献3】特開2004−161924号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「無機化学全書 IV−6 リンP」大橋 茂 編第144−145頁:丸善株式会社 昭和40年7月25日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、300℃を超えるような加熱条件であってもホスフィンの発生を効果的に抑制でき、各種分野で幅広く使用できるような亜リン酸系難燃剤、およびこのような難燃剤と樹脂とを配合してなる難燃性樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成することのできた本発明の亜リン酸系難燃剤とは、亜リン酸塩に、ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物を配合したものである点に要旨を有するものである。本発明の亜リン酸系難燃剤において、ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物としては、バナジウム、鉄、ニッケル、銅、モリブデン、セリウムの酸化物、炭酸塩、水酸化物から選ばれる1種または2種以上の金属化合物などが挙げられる。また前記亜リン酸塩としては、亜リン酸アンモニウムが代表的なものとして挙げられる。
【0013】
上記ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物は、亜リン酸塩100質量部に対して、金属化合物として0.35〜20質量部を配合するものであることが好ましい。
【0014】
本発明の亜リン酸系難燃剤におけるホスフィン発生抑制の合格基準は、400℃で30分加熱したときのホスフィン発生量が、亜リン酸系難燃剤1g当り50ppm以下であることを目安とするが、用途や使用環境を総合的に考えて夫々の基準を設けても良く、より厳しい場合は1.5ppm以下、更に0.3ppm以下、逆により緩やかな場合は、10ppm以下、更に30ppm以下などと定めることができる。
【0015】
上記のような亜リン酸系難燃剤と樹脂を配合することによって、塗料、接着剤、電気電子部品、自動車、建築物内装品等、様々な分野で使用できる有用な難燃性樹脂組成物が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明では、亜リン酸塩に、ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物を配合することによって、300℃を超えるような加熱条件であってもホスフィンの発生を効果的に抑制することができる亜リン酸系難燃剤が実現でき、こうした亜リン酸系難燃剤を配合してなる難燃性樹脂組成物は様々な分野で使用できるものとなる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、前記課題を解決するために様々な角度から検討を重ねた。ホスフィンは、酸素と反応して、次リン酸、亜リン酸およびオルトリン酸等、種々のリンのオキソ酸を生成することが知られている(前記非特許文献1の第117〜118頁)。一方、様々な物質を酸化触媒する機能を有する金属化合物も知られている(例えば、「触媒化学概論」斯波忠夫ほか共著、共立出版株式会社、第221〜231頁:「Journal of the Ceramic Society Japan」 105[9]779−783(1977)等)。
【0018】
本発明者らが、酸化触媒する機能を有する金属化合物について、更に検討したところ、特定の金属化合物では、亜リン酸塩化合物が加熱分解するときに発生するホスフィンの発生を抑制できることを見出し、本発明を完成した。
【0019】
即ち、バナジウム、鉄、ニッケル、銅、モリブデン、セリウムの酸化物、炭酸塩および水酸化物から選ばれる1種または2種以上の金属化合物は、ホスフィン発生低減作用を有するものであり、これらの金属化合物を、亜リン酸塩に配合したものでは、亜リン酸塩化合物の加熱分解により発生するホスフィンの発生量を効果的に抑制できたのである。
【0020】
上記金属化合物は、その1種または2種以上を配合することによって、その効果が発揮されるが、このうち好ましい化合物はニッケル、銅の酸化物、炭酸塩、水酸化物である。尚、これらの金属化合物と亜リン酸塩との配合形態については、亜リン酸塩に上記金属化合物を含有させたものや、亜リン酸塩の表面を上記金属化合物で被覆したもの、或は両方の形態を混在させたもののいずれも含むものであり、その配合状態によって、様々な形態のものが得られることになる。
【0021】
本発明で用いる亜リン酸塩としては、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸カリウム、亜リン酸カルシウム、亜リン酸亜鉛、亜リン酸アンモニウム等も用いることもできるが、難燃性の観点からして最も好ましいのは、亜リン酸アルミニウムである。
【0022】
亜リン酸塩と金属化合物の配合割合は、配合される原料の種類によっても多少異なるが、亜リン酸塩100質量部に対して、金属化合物として0.35〜20質量部程度であることが好ましい。金属化合物の配合量が、亜リン酸塩100質量部に対して0.35質量部未満になると、金属化合物によるホスフィン発生抑制効果が発揮されにくくなる。また、20質量部を超えると、相対的に亜リン酸塩の配合量が少なくなって難燃剤としての特性が発揮されにくくなる。
【0023】
本発明の亜リン酸系難燃剤におけるホスフィン発生抑制の合格基準は、400℃で30分加熱したときのホスフィン発生量が、亜リン酸系難燃剤1g当り50ppm以下を目安としている。即ち、本発明の亜リン酸系難燃剤では、400℃に加熱したときにおいても、ホスフィン発生量は極めて低減されたものとなる。
【0024】
上記のような亜リン酸系難燃剤と樹脂を配合することによって、塗料、接着剤、電気電子部品、自動車、建築物内装品等、様々な分野で使用できる有用な難燃性樹脂組成物が得られるのであるが、用いられる樹脂としては、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、オレフィン樹脂、スチレン樹脂、ポリオレフィンオキシド樹脂、ビニル樹脂等の熱可塑性樹脂が挙げられる。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0026】
[実施例1]
(1)原料の亜リン酸アルミニウムの調製
まず特許文献1に示された方法によって、亜リン酸アルミニウムを調製した。即ち、50℃以上に加熱した40%亜リン酸2水素アルモニウム水溶液1000gに、含水水酸化アルミニウム161.2gを添加して反応させて得られた粘稠な亜リン酸アルミニウムスラリーを、50〜90℃で撹拌しながら微細な結晶を徐々に析出させて球状結晶に成長させて粉末状の亜リン酸アルミニウムを得た。
【0027】
(2)亜リン酸アルミニウムと金属化合物との混合物の調製
亜リン酸アルミニウムと金属化合物との混合物の調製は、湿式または乾式のいずれも採用できるが、この実施例では亜リン酸アルミニウム100質量部と下記表1に示した各種金属化合物を所定の割合で混合して各種難燃剤を得た(下記表1の難燃剤No.1〜15)。こうして得られた難燃剤は、亜リン酸アルミニウム粉末の表面が、金属化合物によって被覆された状態になっているものと考えられた。
【0028】
(3)ホスフィン発生量の測定
上記の方法で調製した各種難燃剤について、日本燃焼剤協会リン部会に示されている方法に従ってホスフィン発生量を測定した。即ち、下記(a)〜(c)の手順(変更点)以外は、JISC3666−2の「電気ケーブルの燃焼時発生ガス試験方法」に準拠し、ホスフィン発生量(試料1g当りの発生濃度)を測定した。
(a)燃焼管を出た後に、ガラスウールを設置し、燃焼時に発生する煤を除去した。
(b)乾燥剤として、シリカゲルの代りに塩化カルシウムを使用した。
(c)発生ガスをテドラバッグで直接サンプリングし、検知管でホスフィン濃度を測定した。
尚、各試料は約0.3gを秤量し、400℃に加熱した空気気流中で3分間ガスサンプリングを行い、採取した気体をホスフィン用検知管で測定した。また、このとき検知管は、ガステック社製のものを用いた(商品名:「No.7」、「No.7L」および「No.7LA」)。
【0029】
その結果(ホスフィン発生量)を、配合した金属化合物の種類および配合量と共に下記表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
この結果から明らかなように、本発明で特定する金属化合物を配合した難燃剤(難燃剤No.1〜15)では、ホスフィンガス発生量が効果的に低減されていることが分かる。
【0032】
[実施例2]
各種金属化合物を、亜リン酸アルミニウムを調製する段階で添加し、その形態による効果の違いについて確認した。まず反応一段目の第1亜リン酸アルミニウム水溶液に、下記表2の難燃剤No.16〜19に示した金属化合物を添加し、水溶液に対して十分に分散または溶解させた。これと、水酸化アルミニウムスラリーとを反応させ、亜リン酸アルミニウムを得た。得られた亜リン酸アルミニウムは、金属化合物を含有および/または被覆した状態になっているものと考えられた。
【0033】
また水酸化アルミニウムスラリーに、下記表2、3の難燃剤No.21〜35に示した金属化合物を添加し、これと反応一段目の第1亜リン酸アルミニウム水溶液とを反応させ、亜リン酸アルミニウムを得た。得られた亜リン酸アルミニウムは、金属化合物を被覆した状態になっているものと考えられた。
【0034】
上記で得られた各種難燃剤(難燃剤No.16〜35)について、実施例1と同様にしてホスフィン発生量を測定した。その結果(ホスフィン発生量)を、混合した金属化合物の種類および配合量と共に下記表2、3に示す。尚、下記表2に示した難燃剤No.20の例は、金属化合物を配合していない亜リン酸アルミニウム単体のものである。また、表2に示した、ホスフィン発生量が「<0.1」は測定限界以下であることを示している。
【0035】
【表2】

【0036】
【表3】

【0037】
この結果から明らかなように、本発明で規定する金属化合物を配合した難燃剤(難燃剤No.16〜19、21〜27)では、ホスフィンガス発生量が効果的に低減されていることが分かる。これに対して、金属化合物を配合していないもの(難燃剤No.20)や本発明で規定する以外の金属化合物を配合した難燃剤(難燃剤No.28〜35)では、ホスフィンガス発生量が効果的に低減されていないことが分かる。
【0038】
[実施例3]
上記表1〜3に示した各種難燃剤(難燃剤No.1〜35)について、ポリカーボネート樹脂(「ユーピロンS−2000」(商品名) 三菱エンジニアリングプラスチック社製)100質量部に対して、難燃剤20質量部となるように混合し、混合機にて混練し、熱間プレスを用いて厚さ4mmのUL−94試験片を作製した。この試験片を用いてUL−94による燃焼性試験を行なった。このUL−94による燃焼性試験は、規定された寸法の試験片にバーナの炎を当てて試験片の燃焼の程度を調査するものであり、難燃性の等級として、5VA、5VB、V−0、V−1、V−2、HB(難燃性の高いものから順に)に区別されている。
【0039】
本発明においては、上記等級でV−2以上を合格とした。その結果を、用いた難燃剤の種類と共に、下記表4、5に示す。
【0040】
【表4】

【0041】
【表5】

【0042】
この結果から、次のように考察できる。まず実験No.1〜19のものでは、難燃剤における亜リン酸塩の配合量が適切な範囲にあるので、良好な難燃性を示していることが分かる。これに対し、実験No.21〜27のものでは、難燃剤中の金属化合物の配合量が多くなっており(相対的に亜リン酸アルミニウムの配合量が少なくなっている)、良好な難燃性が発揮されていないことが分かる。また、実験No.28〜35のものでは、本発明で規定する金属化合物以外の金属化合物を配合したものであるが、このうち実験No.32〜35のものは難燃性に関しては良好な結果が得られている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜リン酸塩に、ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物を配合したものであることを特徴とする亜リン酸系難燃剤。
【請求項2】
前記ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物が、バナジウム、鉄、ニッケル、銅、モリブデン、セリウムの酸化物、炭酸塩および水酸化物から選ばれる1種または2種以上の金属化合物である請求項1に記載の亜リン酸系難燃剤。
【請求項3】
前記亜リン酸塩が、亜リン酸アルミニウムである請求項1または2に記載の亜リン酸系難燃剤。
【請求項4】
前記ホスフィン発生低減作用を有する金属化合物が、亜リン酸塩100質量部に対して、金属化合物として0.35〜20質量部を配合したものである請求項1〜3のいずれかに記載の亜リン酸系難燃剤。
【請求項5】
400℃で30分加熱したときのホスフィン発生量が、亜リン酸系難燃剤1g当り50ppm以下である請求項1〜4のいずれかに記載の亜リン酸系難燃剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の亜リン酸系難燃剤を樹脂に配合したものであることを特徴とする難燃性樹脂組成物。

【公開番号】特開2011−225723(P2011−225723A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97023(P2010−97023)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(591040557)太平化学産業株式会社 (7)
【Fターム(参考)】