説明

亜鉛合金めっき部材からなる摺動部材および電気亜鉛合金めっき液

【課題】優れた耐食性を基材に付与するのみならず、摺動部材としても使用し得る亜鉛合金めっき部材およびその亜鉛合金めっきを製造するためのめっき液を提供する。
【解決手段】金属系表面を有する基材と、質量%で、2%以上8%以下のNiおよび0.1%以上3%以下のMoを含有し、残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有し、硬度が150Hv以上350Hv以下であって、厚さが0.1μm以上30μm以下である、前記基材上に設けられた亜鉛合金めっき皮膜とを備える亜鉛合金めっき部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛合金めっき部材および電気亜鉛合金めっき液に関する。
本発明において、水系酸性組成物とは、水を主たる溶媒とし、液性が酸性、つまりpHが7未満の液状組成物をいう。固体が分散および/または沈澱していてもよい。
また、基材とは、金属および合金の一種または二種以上からなる表面(金属系表面)を少なくとも一部に備える部材をいう。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車、家電製品さらには建材等の多様な分野において、各種の表面処理材が利用されてきた。こうした表面処理材の中でも、亜鉛またはその合金からなる亜鉛系材料(本発明において、亜鉛およびその合金の総称として用いる。)からなる亜鉛系めっきが基材上に施された亜鉛系めっき部材は、亜鉛系めっきが基材の金属表面に先んじて腐食することで基材の腐食を防止する犠牲防食機能により、基材に対して耐食性が付与される表面処理材としてよく知られている。
【0003】
亜鉛系めっき部材は広範な分野に使用されることから、用途によっては、亜鉛系めっきは単に基材に耐食性を付与するのみならずそれ自体の機械特性を高めることが要求される場合がある。
【0004】
例えば、特許文献1には、亜鉛めっき層中に、Ni、Co、Mo、Cu、Tiの内から選んだ1種または2種以上を総量で0.02〜0.5wt%を含有し、かつ、当該めっき層の硬度(Hv)が60〜120であることを特徴とする耐フレーキング性に優れた電気亜鉛めっき鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許2802118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示される手段により得られるめっき層の硬度はたかだかHvで120程度であり、鉄系材料などと直接的に接触して摺動する可能性がある用途(例えば、ヒンジ、スライド部品)に適用すれば、たちどころにこのめっき層は削れてしまい、その耐食性を付与する機能は失われてしまう。
【0007】
本発明は、このような技術背景を鑑み、優れた耐食性を基材に付与するのみならず、他の部材と摺動するための部材や他の部材との接触部が摺動する可能性のある材料(本発明において「摺動部材」と総称する。)としても使用し得る亜鉛合金めっき部材およびその亜鉛合金めっきを製造するためのめっき液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために提供される本発明は次のとおりである。
(1)水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で4g/L以上16g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で0.5g/L以上4g/L以下、水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.02g/L以上0.5g/L以下、および水溶性有機酸化合物を有機酸換算で0.1g/L以上40g/L以下含有する水系酸性組成物からなることを特徴とする電気亜鉛合金めっき液。
【0009】
(2)前記水溶性ニッケル含有物質のニッケル換算含有量の前記水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率が0.05以上0.5以下である上記(1)記載の電気亜鉛合金めっき液。
【0010】
(3)前記水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量の前記水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率が0.001以上0.05以下である上記(1)記載の電気亜鉛合金めっき液。
【0011】
(4)前記水溶性有機酸化合物の有機酸換算含有量の前記水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量に対する比率が2以上50以下である上記(1)記載の電気亜鉛合金めっき液。
【0012】
(5)前記水溶性有機酸化合物の有機酸がヒドロキシ多価カルボン酸である上記(1)記載の電気亜鉛合金めっき液。
【0013】
(6)金属系表面を有する基材と、質量%で、2%以上8%以下のNiおよび0.1%以上3%以下のMoを含有し、残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有し、硬度が150Hv以上350Hv以下であって、厚さが0.1μm以上30μm以下である、前記基材上に設けられた亜鉛合金めっき皮膜とを備えることを特徴とする亜鉛合金めっき部材。
【0014】
(7)前記亜鉛合金めっき皮膜が、上記(1)から(5)のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液により形成されたものである上記(6)記載の亜鉛合金めっき部材。
【0015】
(8)上記(6)または(7)に記載される亜鉛合金めっき部材からなる摺動部材。
【0016】
(9)上記(1)から(5)のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液と基材とを接触させ、当該基材を陰極として1A/dm以上20A/dm以下で電解処理を行って、上記(4)または(5)に記載される亜鉛合金めっき皮膜を前記基材上に形成することを特徴とする亜鉛合金めっき部材の製造方法。
【0017】
(10)上記(1)から(5)のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液を調製するための液状組成物であって、水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で20g/L以上320g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で2.5g/L以上80g/L以下、水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.1g/L以上10g/L以下、および水溶性有機酸化合物を有機酸換算で0.5g/L以上200g/L以下含有することを特徴とする液状組成物。
【発明の効果】
【0018】
上記の発明によれば、高い含有量でMoを含有する亜鉛合金めっきを有する亜鉛合金めっき部材が提供される。かかる部材は、その表面に備える亜鉛合金めっきが、亜鉛系めっきとしての基本機能である犠牲防食機能のみならず、優れた耐食性および高い硬度を有するため、高い耐食性を要求される摺動部材、具体的にはヒンジ、スライド部品の用途に好適に使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
1.亜鉛合金めっき
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、質量%で、2%以上8%以下のNiおよび0.1%以上3%以下のMoを含有し、残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有し、硬度が150Hv以上350Hv以下であって、厚さが0.1μm以上30μmである。
【0020】
(1)化学組成
Niが亜鉛合金めっきに含有されると、めっきの腐食生成物としてZnとNiとを含有する物質が亜鉛合金めっき上に形成される。この腐食生成物は、亜鉛のみからなる亜鉛めっきにおける腐食生成物に比べて緻密であり、亜鉛合金めっきを保護するバリア層として機能する。このバリア層としての機能を高める観点のみからは、Niのめっき中の含有量は高ければ高い方が好ましい。しかしながら、NiはZnに比べて貴な金属であるから、Niの含有量が高くなるとめっき皮膜の電位は高くなる。例えば、銀電極を基準電位として測定した亜鉛めっき皮膜の電位は−1.00mVであるが、Niを6質量%含有する亜鉛合金めっき皮膜の電位は同条件で測定して−0.93mVであり、Ni含有量が15質量%の場合には−0.83mVとなる。このため、基材、典型例として鋼材との電位差が小さくなり、犠牲防食機能が低下する。
【0021】
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、Niを2質量%以上8質量%以下で含有する。この程度のNi含有量の場合には、犠牲防食機能は亜鉛めっきの場合と対比して遜色ないため、亜鉛合金めっき皮膜の犠牲防食機能が低下して基材に対して十分な耐食性を付与できなくなることが抑制される。後述するように、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜はMoを含有し、このMoを追加的に含有させたことに由来してNi含有量が高い(10質量%以上)場合に得られるような強固な腐食生成物がバリア層として得られることから、Ni含有量の好ましい範囲は2質量%以上6質量%以下とすることが好ましく、3質量%以上5質量%以下とすることがさらに好ましい。
【0022】
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、Niに加えて、Moを0.1質量%以上3質量%以下で含有する。Moを含有させることにより、めっきの腐食生成物として、Zn,NiおよびMoからなる緻密な物質がめっき皮膜上に形成される。しかも、一例としてNi含有量が4質量%であってMoを上記の範囲で含有する本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の電位を前述の方法で測定すると、おおむね−0.95mV〜−0.93mVの範囲となることから、Ni含有量が4質量%の場合の亜鉛合金めっき皮膜と同等以上の犠牲防食機能を有していると期待される。すなわち、亜鉛合金めっき皮膜における合金成分としてNiに加えてMoを含有させることにより、合金成分がNiのみの場合に比べて少ない合金成分の総含有量で緻密な腐食生成物が形成されるため、Niのみの合金成分とする場合には本質的に二律背反であった、緻密な腐食生成物に基づくめっき皮膜の耐食性の向上と犠牲防食機能に基づく基材への耐食性の付与の程度の向上とを両立させることができる。
【0023】
Moの含有量が過度に低い場合にはこのMoを含有させた利益を享受することができない。一方、Moの含有量が過度に高い亜鉛合金めっき皮膜を電気めっき浴で得ようとすると浴が不安定になったり、めっき品質(特に膜厚の均一性など)を高いレベルで維持することが困難となったりする。したがって、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜におけるMo含有量は0.1質量%以上3質量%以下とする。Moを含有させたことの利益を安定的に得つつ、めっき皮膜の生産性や品質の低下を安定的に抑制する観点から、Mo含有量は0.5質量%以上2質量%以下とすることが好ましい。
【0024】
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、上記の含有量で含有するNiおよびMo以外の残部はZnおよび不純物である。したがって、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、不純物レベル以上に、つまり、実質的にPを含有しない。Pはめっき皮膜の結晶を緻密化させたり、Pと金属との化合物をめっき皮膜中に形成したりするため、めっき皮膜自体の耐食性を向上させる。しかしながら、Pはめっき皮膜の密着性を低下させるため、めっき皮膜のフクレや剥離が懸念される。
【0025】
(2)機械特性
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、硬度がHvで150(本発明において「150Hv」のように記載する場合がある。)以上、350Hv以下である。本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、一般的なステンレス鋼の一つであるSUS304(196Hv)と同等かそれ以上の硬度を有するため、そのような鋼からなる部材と摺動するための摺動部材として使用することが実現される。本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の硬度は200Hv以上であることが好ましい。
【0026】
一方、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の硬度が過度に高くなると、圧縮応力の高さゆえにめっき皮膜の密着性が低下し、めっき中またはめっき皮膜の使用中にめっき皮膜が剥離してしまうことが懸念される。このようなめっき皮膜剥がれによる不利益を回避する観点から本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の硬度は350Hv以下とする。
【0027】
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、Moを前述の範囲で含有することに由来して、優れた耐摩耗性を有する。例えば、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の一例として、Niを3質量%およびMoを1質量%含有する亜鉛合金めっき皮膜(厚さ:8μm)を摺動面とするディスク(材質:SKD11、以下同じ。)と、アルカリ浴により製造したNiを15質量%含有する亜鉛合金めっき皮膜(厚さ:8μm)を摺動面とするディスクとについて、次の条件でボールオンディスク摺動テストを行うと、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の摩耗幅は37.7μmであるのに対し、アルカリ浴による亜鉛合金めっき皮膜の摩耗幅は99.5μmとなり、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の方が高い耐摩耗性を示した。
【0028】
ボール材質:SUJ2
ボール径:6mm
ディスクの摺動径:半径7mm
荷重:1N
速度:5cm/秒
摺動距離:50m
潤滑:あり(摺動前のディスクとピンとの間に流動パラフィンを1mL滴下、以降追加の潤滑剤付与なし)
【0029】
上記の二種類の亜鉛合金めっき皮膜の硬度を別途測定すると、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の硬度はHv270であったのに対して、アルカリ浴による亜鉛合金めっき皮膜の硬度は450Hvであったことから、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜が優れた耐摩耗性を示したのは、合金成分として含有するMoが影響しているものと期待される。
【0030】
(3)めっき皮膜の厚さ
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の厚さは、0.1μm以上30μm以下である。めっき皮膜の厚さが過度に薄い場合には、犠牲防食や腐食生成物を形成するためにめっきが溶解することによってめっき皮膜が部分的に消失し、基材が露出してしまうことが懸念される。一方、めっき皮膜の厚さが過度に厚い場合には、その生産に要する時間が長く、材料費や製造コストが増大する割に、基材に耐食性を付与する機能はそれほど向上しないため、コストパフォーマンスの観点から問題がある。また、めっき皮膜の製造中に基材から剥離する可能性が高まり、得られためっき皮膜も基材に対する密着性が低下している可能性が高まる。したがって、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の厚さを0.1μm以上30μm以下とする。本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜を備える部材の使用環境により好ましいめっき皮膜の厚さの範囲は変動するが、通常の使用環境では0.5μm以上20μm以下の範囲で設定することが好ましく、摺動条件が特に厳しくなければ、その膜厚が8μm程度あれば十分である場合が多い。
【0031】
(4)外観
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、従来技術に係るNiを含有する亜鉛合金めっき、特にZn−Ni合金めっきとは異なり、黒色系の外観を有し、意匠性に優れる。本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の外観は、ベーキング(例えば200℃で二時間)を行うことによりさらに黒味を増した外観となる。
【0032】
このように本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は摺動特性に優れ、しかも意匠性に優れる黒色外観を有することから、使用時に摺動部分が露出する摺動部材に好適に使用することができる。例えば、自動車のエンジンルーム上のボンネットやドアを開閉するために使用される摺動部材、具体的にはヒンジやストライカーは、ボンネットやドアを開けたときに露出して使用者の目に留まることから、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜をこの摺動部材に適用することは、機械特性のみならず意匠性の観点からも好ましい。
【0033】
2.基材
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜の基材は、金属系表面を有している限り任意である。犠牲防食機能により基材に耐食性を付与することを求める場合には、基材の金属系表面は亜鉛合金めっき皮膜よりも貴であることが好ましい。なお、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、腐食生成物が緻密な物質からなり、この物質からなるバリア層がめっき皮膜上に形成されるため、基材の金属系表面が亜鉛合金めっき皮膜よりも卑であっても十分な耐食性を基材に付与することができる。基材を具体的に例示すれば、鋼材、アルミ系材料からなる部材、銅系材料からなる部材、およびニッケルなどのめっきが施された部材が挙げられる。
【0034】
基材の形状は任意である。平板、棒材、線材といった一次加工品でもよいし、これらの一次加工品に対して機械加工等を行って得られる二次加工品でもよい。そのような二次加工品を具体的に例示すれば、ねじなどの切削品、ばねなどの曲げ加工品、電気製品の筺体、ヒンジ、スライドなどのプレス加工品、ブレーキキャリパーなどの鋳造品および建材などの押し出し成型品が例示される。
【0035】
3.めっき液
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜は、上記の組成および機械特性を有する限りその製造方法は任意である。次に説明するめっき液を用いて電気めっきすることにより、本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜を安定的に製造することが実現される。
【0036】
本実施形態に係る亜鉛合金めっき皮膜を製造するためのめっき液の一実施形態は、水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で4g/L以上16g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で0.5g/L以上4g/L以下、および水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.02g/L以上0.5g/L以下含有する水系酸性組成物からなるめっき液である。
この本実施形態に係るめっき液の各成分およびめっき条件等について次に説明する。
【0037】
(1)水溶性亜鉛含有物質
本実施形態に係るめっき液は少なくとも一種の水溶性亜鉛含有物質を含有する。水溶性亜鉛含有物質は、亜鉛イオン(Zn2+)およびこれを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる。亜鉛イオンを含有する水溶性物質として、[Zn(HO)2+が例示される。
【0038】
水溶性亜鉛含有物質を化成処理液に含有させるために配合される物質、つまり水溶性亜鉛含有物質の原料物質として、水中で水溶性亜鉛含有物質を生成することが可能な水溶性化合物(以下「水溶性亜鉛化合物」という。)を用いることが好ましい。
水溶性亜鉛化合物を例示すれば、塩化亜鉛、炭酸亜鉛、酸化亜鉛、ホウ酸亜鉛、酢酸亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛等の化合物が挙げられる。水溶性亜鉛化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種類で構成されていてもよい。
【0039】
水溶性亜鉛含有物質の含有量は、前述の化学組成を備える本実施形態に係るめっき皮膜の形成のしやすさの観点から亜鉛換算で4g/L以上とし、6g/L以上であることが好ましく、8g/L以上であればさらに好ましい。水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量の上限はめっき皮膜の形成しやすさの観点からは特に限定されないが、水溶性亜鉛含有物質を過度に多く含有させると、後述する他の水溶性金属含有物質の含有量をも高めることが必要とされ、経済性の観点や廃液処理の観点から問題を生ずるおそれがあるため、亜鉛換算で16g/L程度を上限とすることが好ましい。
【0040】
(2)水溶性ニッケル含有物質
本実施形態に係るめっき液は少なくとも一種の水溶性ニッケル含有物質を含有する。水溶性ニッケル含有物質は、ニッケルイオン(Ni2+)およびこれを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる。ニッケルイオンを含有する水溶性物質として、[Ni(HO)2+が例示される。
【0041】
水溶性ニッケル含有物質を化成処理液に含有させるために配合される物質、つまり水溶性ニッケル含有物質の原料物質として、水中で水溶性ニッケル含有物質を生成することが可能な水溶性化合物(以下「水溶性ニッケル化合物」という。)を用いることが好ましい。
【0042】
水溶性ニッケル化合物を例示すれば、塩化ニッケル、スルファミン酸ニッケル、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル等の化合物が挙げられる。水溶性ニッケル化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種類で構成されていてもよい。
【0043】
水溶性ニッケル含有物質の含有量は、前述の化学組成を備える本実施形態に係るめっき皮膜の形成のしやすさの観点からニッケル換算で0.5g/L以上とし、1g/L以上であることが好ましく、2g/L以上であればさらに好ましい。水溶性ニッケル含有物質のニッケル換算含有量の上限はめっき皮膜の形成しやすさの観点からは特に限定されないが、水溶性ニッケル含有物質を過度に多く含有させると経済性の観点や廃液処理の観点から問題を生ずるおそれがあるため、ニッケル換算で4g/L程度を上限とすることが好ましい。
【0044】
前述の化学組成を備える本実施形態に係るめっき皮膜を安定的に得る観点から、水溶性ニッケル含有物質のニッケル換算含有量の水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率(以下、「Ni/Zn比」と記す場合もある。)は、0.05以上0.5以下とすることが好ましい。Ni/Zn比は0.1以上0.3以下とすることがさらに好ましい。
【0045】
(3)水溶性モリブデン含有物質
本実施形態に係るめっき液は少なくとも一種の水溶性モリブデン含有物質を含有する。水溶性亜鉛含有物質は、モリブデン、モリブデンイオンおよびこれらを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる。モリブデンイオンを含有する水溶性物質として、MoO2−が例示される。
【0046】
水溶性モリブデン含有物質を化成処理液に含有させるために配合される物質、つまり水溶性モリブデン含有物質の原料物質として、水中で水溶性モリブデン含有物質を生成することが可能な水溶性化合物(以下「水溶性モリブデン化合物」という。)を用いることが好ましい。
【0047】
水溶性モリブデン化合物を例示すれば、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウムが挙げられる。水溶性モリブデン化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種類で構成されていてもよい。
【0048】
水溶性モリブデン含有物質の含有量は、前述の化学組成を備える本実施形態に係るめっき皮膜の形成のしやすさの観点からモリブデン換算で0.02g/L以上とし、0.05g/L以上であることが好ましく、0.1g/L以上であればさらに好ましい。水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量の上限はめっき皮膜の形成しやすさの観点から、モリブデン換算で0.5g/L以下とし、0.3g/L以下とすることが好ましい。
【0049】
前述の化学組成を備える本実施形態に係るめっき皮膜を安定的に得る観点から、水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量の水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率(以下、「Mo/Zn比」と記す場合もある。)は、0.001以上0.05以下とすることが好ましい。Mo/Zn比は0.005以上0.025以下とすることがさらに好ましい。
【0050】
(4)水溶性有機酸化合物
本実施形態に係るめっき液は水溶性有機酸化合物を含有する。ここで、「水溶性有機酸化合物」とは、有機酸(典型的にはカルボン酸)ならびにそのイオン、塩、誘導体および配位化合物からなる群から選ばれる1種または2種以上からなり、水系の組成物であるめっき液に溶解した状態にある化合物を意味する。
【0051】
水溶性有機酸化合物に係る有機酸は、カルボキシ基(−COOH)を有するカルボン酸であることが好ましい。カルボン酸としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等のモノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、マレイン酸、フタル酸、テレフタル酸等のジカルボン酸;トリカルバミル酸等のトリカルボン酸;グリコール酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、アスコルビン酸等のヒドロキシカルボン酸;およびグリシン、アラニン、エチレンジアミン4酢酸(EDTA)等のアミノカルボン酸が例示される。これらのカルボン酸の中でも多価カルボン酸が好ましく、特に、クエン酸のようなヒドロキシ多価カルボン酸が好ましい。水溶性有機酸化合物を構成する有機酸は一種類の化合物で構成されていてもよいし、複数種類の化合物から構成されていてもよい。
【0052】
なお、水溶性有機酸化合物が有機酸の塩を含む場合において、その有機酸塩を構成する金属イオン(カウンターカチオン)の種類は特に限定されない。また、有機酸の誘導体および配位化合物についても、具体的な構造は特に限定されない。いずれの物質についても、水系の組成物であるめっき液中に溶解していればよい。
【0053】
本発明に係る水溶性有機酸化合物のめっき液中の有機酸換算含有量は0.05g/L以上40g/L以下である。水溶性有機酸化合物の含有量が過度に低い場合には水溶性有機酸化合物を含有させた利益を享受することができなくなる。さらに、水溶性有機酸化合物の含有量が過度に高い場合には経済性の観点から不利益が増大し、他の成分の含有量との関係で、液安定性が低下する、副生成物が生成しやすくなる、外観不良が生じるなどの不具合が発生する可能性が高まる。水溶性有機酸化合物に係る有機酸がクエン酸である場合における水溶性有機酸化合物のめっき液中のクエン酸換算含有量は、0.1g/L以上20g/L以下であり、0.2g/L以上10g/L以下とすることが好ましい。
【0054】
本発明に係る水溶性有機酸化合物は、化成処理液の調製にあたり、有機酸として添加されてもよいし、有機酸の塩や配位化合物として添加されてもよい。あるいは、エステルのような誘導体として添加されてもよい。
【0055】
水溶性有機酸化合物は、水溶性モリブデン含有物質のめっき液中の含有量を高めることに寄与している可能性がある。したがって、水溶性有機酸化合物の有機酸換算含有量の水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量の比率(以下、「OA/Mo比」ともいう。)は、2以上とすることが好ましい。OA/Mo比が過度に高い場合には、Mo含有量が過度に低いことにより、あるいは水溶性有機酸化合物以外の成分の含有量との関係により、めっき皮膜中のMo含有量が低下する場合がある。したがって、OA/Mo比は50以下とすることが好ましい。OA/Mo比の好ましい範囲は5以上30以下であり、7以上15以下とすればさらに好ましい。なお、めっき液の調製においても、水溶性有機酸化合物と水溶性モリブデン含有物質とが十分に相互作用するように、水溶性有機酸化合物を与える化合物と水溶性モリブデン化合物とが溶解した溶液をあらかじめ用意し、その溶液を用いてめっき液を調整したり、成分の配合順序において水溶性有機酸化合物を与える化合物および水溶性モリブデン化合物を最初にしたりすることが好ましい。
【0056】
(5)その他の成分
本実施形態に係るめっき液は、上記の物質に加え、無機酸およびその陰イオン、ならびにその他通常の電気亜鉛合金めっきにおいて使用されるレベラー、光沢成分(ブライトナー)、およびポリオール、ポリエーテル、アミン等界面活性剤からなる群から選ばれる一種または二種以上を含んでもよい。無機イオンはめっき液の導電性を高めるために無機塩として配合されてもよく、その場合の無機イオンとして硫酸イオンや塩化物イオンが例示される。この無機イオンのカウンターカチオンとしてはナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオンが例示される。無機塩の含有量はめっき条件に応じて適宜設定される。
【0057】
なお、本実施形態に係るめっき液はリンを含有する物質、例えばリン酸やその塩を含有しないことが好ましい。
【0058】
(6)溶媒、pH
本実施形態に係るめっき液の溶媒は水を主成分とする。水以外の溶媒としてアルコール、エーテル、ケトンなど水への溶解度が高い有機溶媒を混在させてもよい。この場合には、めっき液全体の安定性の観点から、その比率は全溶媒に対して10体積%以下とすることが好ましい。
【0059】
また、めっき液は酸性であり、したがってpHは7未満とされる。めっきを均一に進行させる観点から、pHは3.0以上7.0未満とすることが好ましい。浴の安定性を確保しつつ析出速度を低下させない観点から、pHは4.0以上6.0以下とすることがより好ましく、5.0以上6.0以下とすることがさらに好ましい。
【0060】
(7)めっき条件
めっき液温度、電流密度などのめっき条件はめっき液の組成、基材の形状、得られるめっき皮膜の特性などを考慮して適宜設定されるものである。その条件の一例を挙げれば、めっき液温度が40〜60℃、電流密度が0.3A/dm以上30A/dm以下である。形状が過度に複雑でない基材に対してめっきが安定的に行われる観点から、電流密度は1A/dm以上20A/dm以下とすることが好ましく、2A/dm以上10A/dm以下とすることがさらに好ましい。
【0061】
(8)めっき液を調製するための濃厚組成物
上記の本実施形態に係るめっき液の主要成分が5から20倍程度に濃縮された組成を有する液状組成物(以下、「めっき用濃厚液」という。)を用意すれば、各成分の含有量を個別に調製する手間が省ける上に、保管が容易であるから、好ましい。このめっき用濃厚液を調製する場合には、上記の各成分の溶解度も考慮してその含有量に上限が設定される。
【0062】
具体的には、水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で20g/L以上320g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で2.5g/L以上80g/L以下、水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.1g/L以上10g/L以下、および水溶性有機酸化合物を有機酸換算で0.5g/L以上200g/L以下含有する液状組成物を準備すれば、所定の溶媒、通常は水を用いて5から20倍の適切な倍率で希釈する工程を含む調製工程によって、上記の本実施形態に係るめっき液を容易に得ることが実現される。
【実施例】
【0063】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
(1)試験部材の準備
(試験1)
溶媒としての純水に、0.5g/Lのクエン酸、モリブデン換算で0.07g/Lの水溶性モリブデン含有物質をもたらすモリブデン酸ナトリウム、亜鉛換算で8g/Lの水溶性亜鉛含有物質をもたらす硫酸亜鉛・7水和物、ニッケル換算で2.0g/Lの水溶性ニッケル含有物質をもたらす硫酸ニッケル・6水和物、100g/Lの硫酸ナトリウム、100g/Lの硫酸アンモニウムを、10g/Lのテトラエチレンペンタミン(TEPA)、4.5g/Lのポリエチレンイミン、および5ml/Lの光沢成分(ユケン工業(株)製 メタスMZ−11GR)を添加して、pHが5.5に調整されためっき液1を用意した。
【0065】
続いて、鋼板(SPCC、10cm×5cm×t1mm、表面積100cm)を定法に従い脱脂および水洗した後、塩酸浸漬(35.5%塩酸10ml/L、液温は常温、浸漬時間10秒間)を行うことで表面を活性化させた。この活性化させた鋼板をさらに常温で10秒間水洗して前処理済み鋼板を得た。この前処理済み鋼板を、50℃に維持され攪拌されている上記のめっき液1に浸漬させ、電流密度4A/dmでめっき処理を行った。めっき液1から引き上げた鋼板に対して、水洗(常温、10秒間)および80±10℃で10分間の乾燥を施し、厚さ2μmの亜鉛合金めっきを備える試験部材1を得た。この亜鉛合金めっきの組成は、Niが3質量%、Moが1質量%、ならびに残部がZnおよび不純物であった。
【0066】
(試験2)
上記のめっき液1において、モリブデン酸ナトリウムおよびクエン酸を添加せずにpHが5.5に調整されためっき液2を用意した。
前処理済み鋼板に対してめっき液2を用いて試験1と同じ条件でめっき処理を行い、さらに得られた鋼板に対して上記の水洗および乾燥を施して、厚さ2μmの亜鉛合金めっきを備える試験部材2を得た。この亜鉛合金めっきの組成は、Niが4質量%、ならびに残部がZnおよび不純物であった。
【0067】
(試験3)
溶媒としての純水に、亜鉛換算で12g/Lの水溶性亜鉛含有物質をもたらす酸化亜鉛、ニッケル換算で1.5g/Lの水溶性ニッケル含有物質をもたらすユケン工業(株)製メタスANT−28N、120g/Lの水酸化ナトリウム、110ml/Lのキレート成分(ユケン工業(株)製 メタスANT−28M)、50ml/Lのレベラー(ユケン工業(株)製 メタスANT−28SR)、および5ml/Lの光沢成分(ユケン工業(株)製 メタスANT−28G)を添加してめっき液3を用意した。
前処理済み鋼板に対してめっき液3を用いて試験1と同じ条件でめっき処理を行い、さらに得られた鋼板に対して上記の水洗および乾燥を施して、厚さ2μmの亜鉛合金めっきを備える試験部材3を得た。この亜鉛合金めっきの組成は、Niが15質量%、ならびに残部がZnおよび不純物であった。
【0068】
(2)評価方法
(A)赤錆発生時間(塩水噴霧試験)
上記の試験部材1から3に対してJIS Z2371に準拠して塩水噴霧試験を行い、24時間ごとに停止して各試験部材の表面を目視で観察し、赤錆の発生が認められた時間を赤錆発生時間とした。
【0069】
(B)外観
上記の試験部材1から3、およびこれらを200℃で2時間ベーキングした後の部材について、外観を目視で評価した。
【0070】
(3)評価結果
(A)赤錆発生時間(塩水噴霧試験)
試験部材1の赤錆発生時間は504時間であって、そのときの赤錆面積率は0.1%であった。試験部材2の赤錆発生時間は264時間であって、そのときの赤錆面積率は0.3%であった。試験部材3の赤錆発生時間は240時間であって、そのときの赤錆面積率は0.4%であった。
【0071】
(B)外観
ベーキング前の試験部材の外観は次のとおりであった。
試験1:光沢のあるやや黒っぽいシルバー
試験2:シルバー
試験3:シルバー
【0072】
ベーキング後の試験部材の外観は次のとおりであった。
試験1:光沢のある黒っぽいシルバー
試験2:シルバー
試験3:シルバー
上記のように、Moを含有することにより、亜鉛合金めっき皮膜の外観は黒色化するとともに光沢を有し、その黒色化の程度はベーキングを行うことにより高まった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で4g/L以上16g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で0.5g/L以上4g/L以下、水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.02g/L以上0.5g/L以下、および水溶性有機酸化合物を有機酸換算で0.1g/L以上40g/L以下含有する水系酸性組成物からなることを特徴とする電気亜鉛合金めっき液。
【請求項2】
前記水溶性ニッケル含有物質のニッケル換算含有量の前記水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率が0.05以上0.5以下である請求項1記載の電気亜鉛合金めっき液。
【請求項3】
前記水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量の前記水溶性亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量に対する比率が0.001以上0.05以下である請求項1記載の電気亜鉛合金めっき液。
【請求項4】
前記水溶性有機酸化合物の有機酸換算含有量の前記水溶性モリブデン含有物質のモリブデン換算含有量に対する比率が2以上50以下である請求項1記載の電気亜鉛合金めっき液。
【請求項5】
前記水溶性有機酸化合物の有機酸がヒドロキシ多価カルボン酸である請求項1記載の電気亜鉛合金めっき液。
【請求項6】
金属系表面を有する基材と、
質量%で、2%以上8%以下のNiおよび0.1%以上3%以下のMoを含有し、残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有し、硬度が150Hv以上350Hv以下であって、厚さが0.1μm以上30μm以下である、前記基材上に設けられた亜鉛合金めっき皮膜とを備えることを特徴とする亜鉛合金めっき部材。
【請求項7】
前記亜鉛合金めっき皮膜が、請求項1から5のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液により形成されたものである請求項6記載の亜鉛合金めっき部材。
【請求項8】
請求項6または7に記載される亜鉛合金めっき部材からなる摺動部材。
【請求項9】
請求項1から5のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液と基材とを接触させ、当該基材を陰極として1A/dm以上20A/dm以下で電解処理を行って、請求項4または5に記載される亜鉛合金めっき皮膜を前記基材上に形成することを特徴とする亜鉛合金めっき部材の製造方法。
【請求項10】
請求項1から5のいずれか一項に記載される電気亜鉛合金めっき液を調製するための液状組成物であって、水溶性亜鉛含有物質を亜鉛換算で20g/L以上320g/L以下、水溶性ニッケル含有物質をニッケル換算で2.5g/L以上80g/L以下、水溶性モリブデン含有物質をモリブデン換算で0.1g/L以上10g/L以下、および水溶性有機酸化合物を有機酸換算で0.5g/L以上200g/L以下含有することを特徴とする液状組成物。