説明

交流プラズマ溶接方法

【課題】良好な溶接ビードが得られる交流プラズマ溶接を効率よく行うことが可能な交流プラズマ溶接方法を提供すること。
【解決手段】交流アーク電流Iwを通電するとともに、シールドガスを噴出させる、交流プラズマ溶接方法であって、最大絶対値Ieppは、最大絶対値Ienpよりも大であり、電極マイナス極性期間Tenの時間率が80%〜95%である。このような交流プラズマ溶接方法により、板厚がたとえば12mm程度の比較的厚いアルミニウム板を突き合わせた溶接母材に対して、適度なクリーニング作用によって清浄な状態としつつ、その全厚にわたる良好な溶接ビードを形成可能である。しかも、このような深溶け込み溶接を、溶接トーチ1を1回走査させる、いわゆる1パス溶接によって達成することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特にアルミニウム板の突き合わせ溶接に適した交流プラズマ溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、アルミニウム板を突き合わせた溶接母材を対象とした交流プラズマ溶接方法が提案されている。特許文献1に記載の交流プラズマ溶接方法は、非消耗電極の溶融変形や消耗を抑制することを目的として、非消耗電極に対してその先端面が長方形を形成するように加工を施し、この先端面の長辺方向が溶接方向と一致する構成とされている。この方法は、非消耗電極の先端加工が困難であったり、非消耗電極の先端の方向を溶接方向と一致させることが煩雑であったりすることなどが懸念される。
【0003】
また、特許文献2には、チタンまたはチタン合金の厚板突合せ溶接を行う溶接方法が提案されている。この溶接方法においては、Y字形開先の開先形状となるように溶接母材を加工した後に、底面に対する仮付け溶接、開先表面を閉じるシーリング溶接、シーリング溶接ビードにキーホールを形成するプラズマキーホール溶接、さらにフィラーワイヤを用いた多層盛り溶接を行う。このような繰り返しの溶接を行う理由は、チタンまたはチタン合金の厚板を全厚にわたって適切に溶接するためである。厚板の全厚溶接が容易でないことはアルミニウム板を対象とした溶接においても同様である。しかし、複数の溶接を行うことが溶接作業の効率を低下させることとなっていた。
【0004】
【特許文献1】特開平3−81071号公報
【特許文献2】特開2002−224836号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、アルミニウムなどからなる厚板の突き合わせ溶接において、良好な溶接ビードが得られる交流プラズマ溶接を効率よく行うことが可能な交流プラズマ溶接方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によって提供される交流プラズマ溶接方法は、1対の金属板が突き合わされた溶接母材と非消耗電極との間に、上記非消耗電極が陽極となる電極プラス極性電流と上記非消耗電極が陰極となる電極マイナス極性電流とが交互に繰り返される交流アーク電流を通電するとともに、上記非消耗電極を囲うようにシールドガスを噴出させる、交流プラズマ溶接方法であって、上記電極プラス極性電流の最大絶対値は、上記電極マイナス極性電流の最大絶対値よりも大であり、上記交流アーク電流の1周期のうち、上記電極マイナス極性電流が流されている電極マイナス極性期間の時間率が80%〜95%であることを特徴としている。
【0007】
本発明の好ましい実施形態においては、上記シールドガスとして、ヘリウムガスとアルゴンガスとを含み、ヘリウムガスの比率が70%以上である混合ガスを用いる。
【0008】
本発明の好ましい実施形態においては、上記溶接母材を、鉛直方向と突き合わせ線とがなす角度が40度以下となるように傾斜させる。
【0009】
このような構成によれば、たとえば板厚が12mm程度の比較的厚いアルミニウム板を突き合わせた上記溶接母材に対して、適度なクリーニング作用によって清浄な状態としつつ、その全厚にわたる良好な溶接ビードを形成可能である。しかも、このような深溶け込み溶接を、溶接トーチ1を1回走査させる、いわゆる1パス溶接によって達成することが可能である。したがって、良好な溶接ビードが得られる交流プラズマ溶接を効率よく行うことができる。
【0010】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0012】
図1は、本発明に係る交流プラズマ溶接方法の一例に用いられる溶接装置を示している。図示された溶接装置Aは、溶接トーチ1および溶接電源4を備えており、たとえばアルミニウム板が突き合わされた溶接母材Pに対して突き合わせ線WLにそって交流プラズマ溶接を行うのに用いられる。
【0013】
溶接トーチ1は、ノズル2および非消耗電極3を備えており、たとえば多関節ロボット(図示略)によって保持されている。ノズル2は、たとえば銅などの金属からなる筒状部材であり、適宜水冷構造を有する。非消耗電極3は、たとえばタングステンからなる金属棒であり、溶接母材Pとの間に交流アーク電圧Vwを印加するための電極である。ノズル2からは、シールドガスSGが非消耗電極3を囲うように噴出される。シールドガスSGは、たとえばヘリウムとアルゴンとの混合ガスであり、本実施形態においては、ヘリウムの混合比率Rheが70%とされている。交流アーク電圧Vwが印加されることにより、シールドガスSGを媒体として非消耗電極3からプラズマアークPAが発生する。
【0014】
溶接電源4は、本発明に係る交流プラズマ溶接を実現しうる交流アーク電圧Vwおよび交流アーク電流Iwを発生させるものであり、電源主回路MC、ガス流量設定回路FS、およびガス流量調整器GCを有している。これとは異なり、ガス流量調整器GCが溶接電源4とは別の機器として構成されていてもよい。溶接電源4には2つの電極(図示略)が設けられており、その一方が非消耗電極3に、他方が溶接母材Pに、それぞれ導通している。
【0015】
電源主回路MCは、交流電源回路であり、交流アーク電圧Vwおよび交流アーク電流Iwの周波数や電圧値および電流値を設定し、これらを発生させる回路である。ガス流量設定回路FSは、たとえば電源主回路MCから送られた電流信号Idに応じてガス流量設定信号Fsを送信する。ガス流量調整器GCは、ガスボンベGBから供給されるシールドガスSGの流量をガス流量設定信号Fsにしたがって調整するものであり、たとえば流量調整弁である。
【0016】
次に、本発明に係る交流プラズマ溶接方法の一例について説明する。この交流プラズマ溶接方法においては、溶接母材Pを傾けた状態で溶接を行う。具体的には、突き合わせ線WLと鉛直方向VLとのなす角度θが40度となるように溶接母材Pを傾ける。本発明が意図する効果を奏するには、角度θを40度以下とすることが好ましい。この溶接母材Pに対して溶接トーチ1を鉛直方向VL下方側から上方側へと上記多関節ロボットによって移動させる。このとき、以下の要領で交流アーク電流Iwを発生させるとともに、シールドガスSGを噴出させる。
【0017】
図3は、非消耗電極3と溶接母材Pとを流れる交流アーク電流Iwを示している。交流アーク電流Iwを示す縦軸は、非消耗電極3が陽極となったときに流れる電流をプラスとしている。本図から理解されるように、交流アーク電流Iwは、周期Teにおいて電極プラス極性電流Iepと電極マイナス極性電流Ienとを1回ずつとる、交流電流である。電極プラス極性電流Iepは、非消耗電極3が陽極、溶接母材Pが陰極となった状態で流れる電流である。電極マイナス極性電流Ienは、非消耗電極3が陰極、溶接母材Pが陽極となった状態で流れる電流である。本実施形態においては、周期Teは、11ms程度とされている。周期Teは、電極プラス極性電流Iepが流れる電極プラス極性期間Tepと電極マイナス極性電流Ienが流れる電極マイナス極性期間Tenとを含む。本実施形態においては、電極プラス極性期間Tepが1ms程度、電極マイナス極性期間Tenが10ms程度とされており、周期Teに対する電極マイナス極性期間Tenの時間率が約91%となっている。電極プラス極性電流Iepの最大絶対値Ieppと電極マイナス極性電流Ienの最大絶対値Ienpとでは、の方が最大絶対値Ienpよりも大となっている。本実施形態においては、最大絶対値Ieppが500A程度、最大絶対値Ienpが380A程度とされている。
【0018】
電極マイナス極性電流Ienは、周期Te2を有するパルス電流となっている。周期Te2は、電極マイナス極性期間Tenよりも短く、本実施形態においては、5ms程度とされている。この周期Te2の間に、電極マイナス極性電流Ienは、電極マイナス極性ピーク電流Inpと電極マイナス極性ベース電流Inbとを1回ずつとる。電極マイナス極性ピーク電流Inpと電極マイナス極性ベース電流Inbとは、ともにマイナスの値をとり、本実施形態においては、電極マイナス極性ピーク電流Inpが380A程度、電極マイナス極性ベース電流Inbが280A程度とされている。電極マイナス極性電流Ienが電極マイナス極性ピーク電流Inpおよび電極マイナス極性ベース電流Inbをとる時間は、それぞれ1回あたり2.5ms程度である。
【0019】
次に、本実施形態の交流プラズマ溶接方法の作用について説明する。
【0020】
本実施形態によれば、電極マイナス極性期間TenにプラズマアークPAを発生させる電極マイナス極性電流Ienは、周期Te2を有するパルス電流とされている。この周期Te2は周期Teに対してさらに短いため、プラズマアークPAを緊縮させ、かつ突き合わせ線WLへの指向性を高めることが可能である。これにより、キーホールKHの断面寸法が過大に大きくなることを防止し、キーホールKHが溶接母材Pを十分に貫通するように形成することができる。したがって、溶接幅が過度に広くなることを防ぎ、溶け込み深さを深くすることができる。
【0021】
電極プラス極性期間Tepにおいては、溶接母材Pの表面に形成された酸化膜を除去するクリーニング作用がはたらく。これにより、突き合わせ線WL近傍を溶接に適した清浄な状態とすることができる。この電極プラス極性期間Tepが長すぎると、非消耗電極3の先端が溶融変形してしまう。本実施形態においては、電極マイナス極性期間Tenの時間率を約91%とすることにより、非消耗電極3が溶融変形することを抑制することができる。一方、電極マイナス極性期間Tenの時間率が95%以上になるとクリーニング作用が不十分となり、酸化皮膜を溶融池に巻き込んでしまい、溶接欠陥となる。したがって、このような抑制効果を得るには、電極マイナス極性期間Tenの時間率を80%以上95%以下とすることが好ましい。また、電極プラス極性期間Tepの時間率を相対的に少なくする一方で、電極プラス極性電流Iepの最大絶対値Ieppは、電極マイナス極性電流Ienの最大絶対値Ienpが380A程度であるのに対し、500A程度と相当に大きな値となっている。これは、比較的短い時間率であっても所望のクリーニング作用を発揮させるのに適している。
【0022】
シールドガスSGのヘリウムの混合比率Rheが高くなるほど、シールドガスSGの電位傾度が大きくなる。この電位傾度が大きいほど、プラズマアークPAのエネルギーを高めることが可能であり、より深い溶け込み深さが得られる。図3は、アルミニウム板を突き合わせた溶接母材Pに対して混合比率Rheを種々に変えて交流プラズマ溶接を行った実験結果を示している。図中の○印はキーホールKHが溶接母材Pを貫通するように適切に形成できたケースを示し、×印はキーホールKHが適切に形成できなかったケースを示す。本図から理解されるように、混合比率Rheが70%以上であれば、板厚thが15mmという比較的厚板の突き合わせ溶接であってもキーホールKHを適切に形成することが可能であった。
【0023】
さらに、図1に示すように、キーホールKHが形成されたときに生じる溶融金属は、溶接母材Pの裏面に付着し、これが図4および図5に示す裏ビードRBを形成する。この溶接金属の付着を確実とするには、図1の角度θを40度以下とすることが望ましい。本発明に係る交流プラズマ溶接と異なり、図6に示すように角度θを40度よりも大とした場合、溶融金属が重力によって落下してしまい、溶接母材Pの裏面に付着し得ない。すなわち、図7に示すように、裏ビードRBを形成すべき溶融金属が不足し、裏ビードRBがほとんど形成されないという事態を招く。このようなことでは、たとえ溶接母材Pを貫通するようにキーホールKHを発生させても、適切な溶接は成しえない。本実施形態によれば、溶融金属の不当な落下を防止し、図4および図5に示すように良好な裏ビードRBを形成することができる。
【0024】
以上に述べたように、本実施形態に係る交流プラズマ溶接方法によれば、板厚がたとえば12mm程度の比較的厚いアルミニウム板を突き合わせた溶接母材Pに対して、適度なクリーニング作用によって清浄な状態としつつ、その全厚にわたる良好な溶接ビードを形成可能である。しかも、このような深溶け込み溶接を、溶接トーチ1を1回走査させる、いわゆる1パス溶接によって達成することが可能である。したがって、良好な溶接ビードが得られる交流プラズマ溶接を効率よく行うことができる。
【0025】
本発明に係る交流プラズマ溶接方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る交流プラズマ溶接方法の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る交流プラズマ溶接方法の一例に用いる溶接装置を示すシステム構成図である。
【図2】本発明に係る交流プラズマ溶接方法の一例における交流アーク電流を示すグラフである。
【図3】ヘリウムガスの混合比率、および溶接母材の厚さとキーホール形成結果との関係を示すグラフである。
【図4】本発明に係る交流プラズマ溶接方法の一例によって溶接された溶接母材を示す裏面図である。
【図5】図4のV−V線に沿う断面図である。
【図6】参考例の交流プラズマ溶接方法を示す要部断面図である。
【図7】参考例の交流プラズマ溶接方法によって溶接された溶接母材を示す裏面図である。
【符号の説明】
【0027】
A 溶接装置
P 溶接母材
WL 突き合わせ線
1 トーチ
2 ノズル
3 非消耗電極
4 溶接電源
Iw 交流アーク電流
Iep 電極プラス極性電流
Ien 電極マイナス極性電流
Iepp,Ienp 最大絶対値
Inp 電極マイナス極性ピーク電流
Inb 電極マイナス極性ベース電流
Te,Te2 周期
SG シールドガス
PA プラズマアーク
MC 電源主回路
FS ガス流量設定回路
GC ガス流量調整器
GB ガスボンベ
Id 電流信号
Fs ガス流量設定信号
KH キーホール
RB 裏ビード
Rhe 混合比率
th 厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1対の金属板が突き合わされた溶接母材と非消耗電極との間に、上記非消耗電極が陽極となる電極プラス極性電流と上記非消耗電極が陰極となる電極マイナス極性電流とが交互に繰り返される交流アーク電流を通電するとともに、上記非消耗電極を囲うようにシールドガスを噴出させる、交流プラズマ溶接方法であって、
上記電極プラス極性電流の最大絶対値は、上記電極マイナス極性電流の最大絶対値よりも大であり、
上記交流アーク電流の1周期のうち、上記電極マイナス極性電流が流されている電極マイナス極性期間の時間率が80%〜95%であることを特徴とする、交流プラズマ溶接方法。
【請求項2】
上記シールドガスとして、ヘリウムガスとアルゴンガスとを含み、ヘリウムガスの比率が70%以上である混合ガスを用いる、請求項1に記載の交流プラズマ溶接方法。
【請求項3】
上記溶接母材を、鉛直方向と突き合わせ線とがなす角度が40度以下となるように傾斜させる、請求項1または2に記載の交流プラズマ溶接方法。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図1】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−5642(P2010−5642A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−165625(P2008−165625)
【出願日】平成20年6月25日(2008.6.25)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(591114847)赤星工業株式会社 (6)
【出願人】(302025992)財団法人 千葉県産業振興センター (3)
【Fターム(参考)】