説明

交流電線の仕様決定支援方法および仕様決定支援装置ならびに仕様決定支援プログラム

【課題】高価なシミュレーション装置を利用することなく、更に計算処理に長い時間をかけることなく交流の大電流を流す必要のある電線の仕様決定を支援可能にする。
【解決手段】電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力する入力ステップS10と、各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得する計算ステップS20とを有する。素線径と電線の断面積と上限周波数との関係を表す予め定めた近似式に基づき、計算するか又は計算結果のデータを利用して最適な素線径Φを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は交流電線の仕様決定支援方法および仕様決定支援装置ならびに仕様決定支援プログラムに関し、交流の大電流を流す必要のある電気自動車(EV)や補助的な動力源として電気モータを使用するハイブリッド車(HEV)などの用途で使用するリッツ線等の電線の最適な仕様決定を支援するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電気信号の伝送や交流電流を流すために用いる電線については、周波数が高くなるにつれて電線の導体を通る電流が導体の表面に近い領域に偏って流れるようになる。この現象は表皮効果と呼ばれている。そのため、電線に高周波電流を流す場合には、周波数が低い場合と比べて電流が流れにくくなる。つまり、高周波領域では導線内の電流密度分布の偏りによって実質的に電気抵抗が増大するため、電力損失や発熱が増大する。
【0003】
リッツ線は、このような高周波電流を流すのに適した構造を有している。リッツ線は、それぞれの表面が絶縁層で覆われた細い導線(例えばエナメル線のようなマグネットワイヤ)を多数撚り合わせて構成した電線である。各々の導線は素線と呼ばれる。互いに隣接する素線同士が絶縁されているので、リッツ線を構成する導体全体の表面積は断面積が同じ一般的な導線と比べると非常に大きくなる。従って、リッツ線を流れる高周波電流が各素線の表面近傍に偏って流れる場合でも、比較的小さい抵抗で電流を流すことができる。つまり、高周波領域でも電力損失や発熱の増大を抑制できる。このようなリッツ線の構造や製造方法に関する技術が、例えば特許文献1に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−262712号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、動力源として電気モータを使用するEV、HEVなどの自動車においては、車両上の様々な箇所の配線に大電流の交流電流を流す必要が生じる。また、車両上のバッテリーに充電するために、あるいは車両が走行中に使用する電力を道路側の設備から直接給電するために、電磁誘導等を利用した非接触給電装置を自動車に搭載する可能性も考えられる。従って、今後の車両については、各部の電気配線(電線)に対して交流の大電流を流す必要性が高まると考えられる。
【0006】
しかし、電線に交流電流を流す場合には、特に周波数が高くなった時に、表皮効果の影響で電線自体に生じる電力損失が増大する。従って、交流の大電流を流す場合には電線の損失の大きさが大きな問題となる。
【0007】
そこで、交流の大電流を流す必要のある電線については、上述のリッツ線を採用し、高周波領域における損失を減らすことが考えられる。しかしながら、リッツ線等の電線に生じる損失については、電線全体の断面積や、リッツ線を構成する多数の素線の素線径の違いに応じて大きく変化する。しかも、素線径が細くなってリッツ線を構成する素線の数が増えると、材料のコストや製造のコストが大幅に上昇する可能性があり、想定する仕様に対して損失が十分に小さく、しかもコストの低い構造を有するリッツ線等の電線を採用しなければならない。
【0008】
一方、設計者がこれから作成しようとするリッツ線について損失の大きさを把握するためには、コンピュータを用いたシミュレーション装置により、高度なシミュレーションを行わなければならない。特に、リッツ線は複雑な3次元形状を有しているので、一般的には対象となる電線全体の3次元形状を模擬したモデルを作成し、このモデルに基づいて大量の計算処理を繰り返す必要がある。
【0009】
従って、高価なシミュレーション装置を利用し、しかも長い時間をかけて計算を行わないと、リッツ線の損失特性を把握できなかった。そのため、電線全体の断面積、素線径等の条件が異なる様々な仕様の中で、コストも考慮して最適な仕様の電線を選択するためには、更に膨大な計算を行う必要があった。また、例えば車両側の仕様変更に伴って電線に流す電流の大きさや周波数が変化すると、電線に要求される損失の大きさも変わるので、その都度計算をやり直す必要があった。
【0010】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、高価なシミュレーション装置を利用することなく、更に計算処理に長い時間をかけることなく、交流の大電流を流す必要のある電線の仕様決定を支援することが可能な、交流電線の仕様決定支援方法および仕様決定支援装置ならびに仕様決定支援プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述した目的を達成するために、本発明に係る交流電線の仕様決定支援方法は、下記(1)〜(5)を特徴としている。
(1) リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得るための交流電線の仕様決定支援方法であって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力する入力ステップと、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得する計算ステップと
を有すること。
(2) 上記(1)に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記既知パラメータとして入力された前記断面積に基づき、リッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の下限を表す下限周波数を取得する下限周波数取得ステップと、
前記既知パラメータとして入力された前記周波数と前記下限周波数とを比較して、前記リッツ線および単芯線のいずれか一方を選択する選択ステップと
を更に有すること。
(3) 上記(1)に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記上限周波数と、素線径と、電線全体の断面積との関係を表す予め定めた近似式を利用し、複数の素線径の電線について、前記上限周波数をそれぞれ算出すること。
(4) 上記(1)に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記上限周波数と、素線径と、電線全体の断面積との関係を表す予め定めた近似式に基づいて算出される複数の素線径の電線のそれぞれにおける前記上限周波数の情報を予め保持するテーブルを利用して、前記素線径の情報を取得すること。
(5) 上記(1)に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記特定周波数を前記上限周波数と同じ周波数に定め、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数に基づいて、対応する上限周波数の特性を有するリッツ線の素線径を取得し、前記素線径に基づいて算出した最適値を前記未知パラメータとして出力すること。
【0012】
上記(1)の構成の交流電線の仕様決定支援方法によれば、設計対象の電線の断面積および周波数を入力するだけで、必要な電気特性を有する電線を比較的低コストで製造するための条件として、適切な素線径を簡単に取得することができる。
上記(2)の構成の交流電線の仕様決定支援方法によれば、設計対象の電線に通電する電流の周波数が比較的低い場合に、最適な選択肢として、リッツ線よりも低コストの単芯線を選択することが可能になる。
上記(3)の構成の交流電線の仕様決定支援方法によれば、事前に計算した結果のデータを保持する必要がないので、容量の大きいメモリを搭載しない装置(コンピュータ等)であっても目的の素線径を算出することができる。
上記(4)の構成の交流電線の仕様決定支援方法によれば、事前に計算して求められたデータを保持するテーブルを利用するので、複雑な計算処理を繰り返す必要がなく、比較的処理能力の低い装置(コンピュータ等)であっても短時間で結果を得ることが可能になる。
上記(5)の構成の交流電線の仕様決定支援方法によれば、前記上限周波数に対応する素線径に比べて十分に小さい素線径を最適値として採用することができる。その結果、周波数が高い領域で電線の損失が増大するのを防止できる。
【0013】
前述した目的を達成するために、本発明に係る交流電線の仕様決定支援装置は、下記(6)を特徴としている。
(6) リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得る機能を有する交流電線の仕様決定支援装置であって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力するパラメータ入力部と、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得し、前記素線径を出力する計算処理部と
を有すること。
【0014】
上記(6)の構成の交流電線の仕様決定支援装置によれば、設計対象の電線の断面積および周波数を入力するだけで、必要な電気特性を有する電線を比較的低コストで製造するための条件として、適切な素線径を簡単に取得することができる。
【0015】
前述した目的を達成するために、本発明に係る仕様決定支援プログラムは、下記(7)を特徴としている。
(7) リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得るためのコンピュータが実行可能な仕様決定支援プログラムであって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力する入力ステップと、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得する計算ステップと
を有すること。
【0016】
上記(7)の構成の仕様決定支援プログラムを所定のコンピュータで実行することにより、設計対象の電線の断面積および周波数を入力するだけで、必要な電気特性を有する電線を比較的低コストで製造するための条件として、適切な素線径を簡単に取得することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の交流電線の仕様決定支援方法および仕様決定支援装置ならびに仕様決定支援プログラムによれば、高価なシミュレーション装置を利用することなく、更に計算処理に長い時間をかけることなく、交流の大電流を流す必要のある電線の仕様決定を支援することが可能である。特に、設計対象の電線の断面積および周波数を入力するだけで、必要な電気特性を有する電線を比較的低コストで製造するための条件として、適切な素線径を簡単に取得することができる。
【0018】
以上、本発明について簡潔に説明した。更に、以下に説明される発明を実施するための形態を添付の図面を参照して通読することにより、本発明の詳細は更に明確化されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、実施形態の交流電線の仕様決定支援方法の処理手順(1)を示すフローチャートである。
【図2】図2は、パラメータ入力画面の外観構成例を示す正面図である。
【図3】図3は、実施形態の交流電線の仕様決定支援方法の処理手順(2)を示すフローチャートである。
【図4】図4は、3種類のリッツ線及び単芯線の周波数−抵抗特性を示すグラフである。
【図5】図5は、図4の特性の周波数の低い領域を拡大して示すグラフである。
【図6】図6は、図4の特性の周波数の高い領域を拡大して示すグラフである。
【図7】図7は、各電線の上限周波数、下限周波数と断面積との関係を表すグラフである。
【図8】図8は、素線径とα、βとの関係を表すグラフである。
【図9】図9は、各電線の上限周波数と断面積との関係について近似式の計算結果とシミュレーションの結果とを対比して示すグラフである。
【図10】図10は、下限周波数と断面積との関係について近似式の計算結果とシミュレーションの結果とを対比して示すグラフである。
【図11】図11は、近似式の計算結果として得られた各電線の上限周波数、下限周波数と断面積との関係の一覧を表すグラフである。
【図12】図12は、リッツ線の断面構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の交流電線の仕様決定支援方法および仕様決定支援装置ならびに仕様決定支援プログラムに関する具体的な実施の形態について、各図を参照しながら以下に説明する。
<仕様決定支援のための基本原理>
【0021】
<リッツ線の構成例>
リッツ線は、例えば図12に示すような断面構造を有している。図12においては、リッツ線の長さ方向(Z方向)の互いに異なる位置におけるX,Y平面と平行な各々の断面を表しており、各々の素線の位置にそれを特定する番号を示してある。
【0022】
すなわち、多数の素線を撚り合わせてリッツ線を構成してある。各々の素線のX,Y平面内の位置は、リッツ線の長さ方向の位置の変化に伴って図12のように変化する。また、リッツ線を構成する多数の素線は外周面が電気的に絶縁されているので、互いに隣接する素線同士は電気的に独立している。そして、リッツ線の長さ方向の両端部で、全ての素線が互いに電気的に接続される。
【0023】
なお、一般的な電線(撚り線)の場合には、外周面が絶縁されていない普通の素線の集合により構成される。このような電線を、ここでは単芯線と呼ぶ。
【0024】
従って、リッツ線は単芯線と比べて材料コストや製造コストが高くなる。特に、素線径が非常に細いリッツ線の場合には、素線数が増えるだけでなく、リッツ線の両端部において多数の素線の全てを確実に電気接続しなければならず、製造コストが増大する。
【0025】
<電線の周波数特性>
3種類のリッツ線及び単芯線の周波数−抵抗特性が図4に示されている。すなわち、素線径が10μmの多数の素線で構成されたリッツ線と、素線径が50μmの多数の素線で構成されたリッツ線と、素線径が100μmの多数の素線で構成されたリッツ線と、単芯線(断面積が2mm)の特性が示されている。また、図4の縦軸は、各電線の等価直列抵抗Rs[Ω/m]を表している。また、図4の特性の周波数の低い領域(1kHz〜100kHz)を拡大した状態が図5に示されており、図4の特性の周波数の高い領域(100kHz〜100MHz)を拡大した状態が図6に示されている。
【0026】
<下限周波数の定義>
図5に示した例では、単芯線の抵抗Rsについては、直流から約7.6kHzまでの周波数範囲ではほぼ一定であり、約7.6kHz以上では周波数の上昇に伴って抵抗も増大する傾向が現れている。一方、素線径が異なる3種類のリッツ線のいずれについても、図5では抵抗はほとんど変化していない。
【0027】
つまり、約7.6kHz以上の周波数では、リッツ線を採用することにより、単芯線の場合と比べて確実に抵抗、すなわち電力損失の増大を抑制できる。しかし、約7.6kHz未満の周波数領域で電線を使用する場合には、リッツ線と単芯線のいずれを採用しても抵抗に違いは生じない。また、コストを考慮すると約7.6kHz未満の周波数領域では単芯線を採用する方が望ましい。
【0028】
そこで、図5における約7.6kHzの周波数のように、単芯線と比べてリッツ線の効果が現れる周波数範囲の下限の周波数を、ここでは「下限周波数」と定義する。
【0029】
<上限周波数の定義>
一方、図6に示すように、周波数が高くなると周波数の上昇と共にリッツ線の抵抗も急激に増大する傾向になる。そして、ある周波数を越えるとリッツ線の抵抗が単芯線の抵抗を上回る状態になる。つまり、単芯線に対してリッツ線の効果が得られる周波数の範囲には上限があることを意味している。
【0030】
そこで、リッツ線の抵抗が単芯線の抵抗と同等になる周波数を「上限周波数」と定義する。すなわち、通電する交流電流の周波数がこの「上限周波数」を越えると、リッツ線の優位性が失われることになる。また、図6に示すように、素線径が異なるリッツ線は、互いに異なる「上限周波数」になる。
【0031】
図6に示す例では、具体的な「上限周波数」は次のようになっている。
素線径が10μmのリッツ線: 約24MHz、
素線径が50μmのリッツ線: 約2.8MHz
素線径が100μmのリッツ線:約950kHz
【0032】
<上限周波数、下限周波数と断面積との関係>
各電線の上限周波数、下限周波数と断面積との関係をコンピュータシミュレーションにより求めた結果が図7に示されている。
【0033】
図7を参照すると、前記「上限周波数」は断面積に対して指数関数的に変化していることが分かる。従って、これらの関係を次の近似式で表現することができる。
f=α・S−β ・・・(1)
f:上限周波数[Hz]
S:断面積[mm
α,β:係数
【0034】
<係数α,βと素線径との関係>
上記係数α,βについては、次の表1に示すように、素線径毎に求めることができる。
【0035】
【表1】

【0036】
また、素線径と係数α、βとの関係をグラフで表すと図8のようになる。また、図8を参照すると前記係数α、βのそれぞれは素線径に対して指数関数的に変化している。従って、各係数α、βと素線径との関係を次の近似式で表現することができる。
α=(7.357e+8)Φ(−1.392) ・・・・(2)
β=(3.440e−1)Φ(−1.131e−2) ・・・・(3)
Φ:素線径[μm]
【0037】
従って、前記第(1)式〜第(3)式から前記「上限周波数」fは次式で表される。
f=(7.357e+8)Φ1(−1.392)・S−(3.440e−1 Φ1(-1.131e-2)) ・・・(4)
Φ:上限周波数fに対応する素線径[μm]
【0038】
各電線の上限周波数と断面積との関係について、近似式である前記第(4)式の計算結果とシミュレーションの結果とを対比したグラフが図9に示されている。図9の内容を参照すると、前記第(4)式の計算結果とシミュレーションの結果とがほぼ一致することが分かる。つまり、前記第(4)式の近似式を利用すれば、各電線の上限周波数と断面積との関係をほぼ正確に把握できる。
【0039】
<望ましい周波数と素線径との関係>
但し、図6の内容から分かるように、リッツ線の抵抗と単芯線の抵抗とが一致する前記上限周波数では、抵抗Rsは周波数の低い領域よりも増大している。つまり、前記上限周波数に対応する周波数の電流をリッツ線に通電すると、周波数の低い領域よりも大きな損失が発生する。
【0040】
そのため、使用するリッツ線における損失の増大を防ぐためには、前記上限周波数よりも十分に周波数が低い領域で使用する必要がある。逆に、前記上限周波数に対応する周波数の電流を通電しようとする場合は、前記第(4)式から算出される素線径Φよりも十分に径が細い素線を用いてリッツ線を構成する必要がある。従って、例えば次の関係式の条件を満たすような素線径を採用すればよい。
Φ≦Φ/2 ・・・(5)
Φ :上限周波数で使用する場合の望ましい素線径[μm]
Φ:第(4)式から求められる上限周波数に対応する素線径[μm]
【0041】
<下限周波数の計算>
前述の「下限周波数」は、単芯線の抵抗が増加する周波数であり、この変化は渦電流に起因する。つまり、「下限周波数」は表皮厚さδが単芯線の半径r以下になる周波数を意味する。従って、以下に示す計算により「下限周波数」を求めることができる。
【数1】

r:単芯線の半径[m]
δ:表皮厚さ[m]
ρ:抵抗率[Ω・m]
ω:角周波数(=2πf)
f:周波数[Hz]
μ:透磁率(=4π×10−7)[H/m]
【0042】
上記第(6)式、第(7)式を周波数fについて解くと次のようになる。
【0043】
【数2】

【0044】
ここで、電線の断面積Sは(πr)である。従って、上記第(10)式は次式のように変形できる。
f=ρ/(Sμ) ・・・・(11)
f:下限周波数[Hz]
ρ:抵抗率[Ω・m]
S:断面積[m
μ:透磁率(=4π×10−7)[H/m]
【0045】
上述の下限周波数fと断面積Sとの関係について上記第(11)式の計算結果とシミュレーションで得られた結果とを対比したグラフが図10に示されている。図10を参照すると、前記第(11)式の計算結果とシミュレーションの結果とがほぼ一致していることが分かる。すなわち、前記第(11)式を用いて正確な下限周波数fを求めることができる。
【0046】
<近似式から得られた上限周波数、下限周波数と断面積との関係>
前記第(4)式、第(11)式の近似式の計算結果として得られた各電線の上限周波数、下限周波数と断面積及び素線径の関係の一覧が図11に示されている。つまり、各素線径のリッツ線の効果が得られる周波数の範囲は、図11に示した下限周波数と上限周波数との間である。
【0047】
但し、図11に示す上限周波数以下の周波数であっても、周波数が高くなると低周波領域と比べて抵抗Rsが増大するので、抵抗Rsの増大を防止するためには、実際のリッツ線の素線径Φを、前記第(5)式の関係を満たすように、図11に示す素線径(Φ)よりも十分に小さくする必要がある。
【0048】
但し、素線径が細くなるに従って、抵抗Rsは小さくなるがリッツ線のコストが増大するので、次式の条件を満たす素線径Φを採用するのが適切である。
Φ/20≦Φ≦Φ/2 ・・・・(12)
【0049】
<交流電線の仕様決定支援方法の処理手順(1)>
本実施形態における交流電線の仕様決定支援方法の処理手順(1)が図1に示されている。すなわち、リッツ線の仕様である断面積、周波数、素線径に関する最適な値の決定を支援するための処理である。
【0050】
図1に示す処理手順は、大まかに分けると、設計対象の集合撚りされたリッツ線の仕様を定めるステップS10と、リッツ線の最適値を計算するステップS20とで構成されている。
【0051】
図1に示すステップS11では、設計対象の電線に流す電流の許容上限値(許容電流)と、この電線に流す交流電流の周波数の最大値(駆動周波数)に基づいて、リッツ線の断面積および周波数を決定する。断面積の値については許容電流と電線を構成する材料(銅など)の抵抗率などに基づいて計算で求めることもできるし、事前に決定した値を直接入力しても良い。
例えば、断面積として2[mm]、周波数として1[MHz]をステップS11で入力することが想定される。
【0052】
ステップS12では、前述の「下限周波数」を取得する。すなわち、前記第(11)式にステップS11で入力された断面積の値を代入しこれを計算することにより、「下限周波数」が得られる。また、断面積毎の下限周波数の計算結果が、例えば図11に示す直線L09のようなデータとして予め保持されている場合には、断面積に対応する下限周波数を直ちに取得することもできる。
例えば、ステップS11で決定された断面積が2[mm]の場合には、この断面積に対応する「下限周波数」として6[kHz]がステップS12で得られる。
【0053】
ステップS13では、ステップS12で得られた「下限周波数」とステップS11で決定した「駆動周波数」とを比較し、(「駆動周波数」>「下限周波数」)の条件を満たす場合はステップS15に進み、満たさない場合はステップS14に進む。
例えば、ステップS11で決定された断面積が2[mm]、周波数が1[MHz]の場合には、(1MHz>6kHz)なのでステップS13からS15に進む。
【0054】
ステップS14に進む時には、(「駆動周波数」≦「下限周波数」)であり、リッツ線を採用しても通常の単芯線と比べて損失を減らすことができない状況である。従って、ステップS14では、リッツ線の代わりに通常の電線(撚り線:単芯線)を使用することを決定する。
【0055】
ステップS15では、ステップS11で決定された断面積および周波数に基づき、前述の「上限周波数」に対応する素線径を取得する。
例えば、図11に示したグラフの内容に相当する計算結果のデータ群が所定のテーブル上に予め用意されている場合には、このグラフから素線径を求めることができる。すなわち、グラフ中の各リッツ線の「上限周波数」を表す直線L01〜L08の中で、既に決定された断面積、周波数と対応する直線を選択し、この直線に対応する素線径を取得する。
【0056】
例えば、ステップS11で決定された断面積が2[mm]、周波数が1[MHz]の場合には、グラフ横軸の「2[mm]」、縦軸の「1[MHz]」との交点と一致する、あるいは最も近い直線を選択する。図11の例では、前記交点にある直線L04を選択する。図11に示す直線L04は、素線径100[μm]のリッツ線について「上限周波数」を計算して得られたものである。従って、ステップS15で取得する素線径Φは100[μm]になる。
【0057】
また、計算結果のデータを保持するテーブルを用意していない場合であっても、計算を繰り返すことにより、同じ結果を得ることができる。すなわち、10,20,50,100,200,500,1000,2000[μm]の素線径のそれぞれ、及び様々な断面積のそれぞれについて、前記第(4)式の計算を繰り返すことにより、図11に示した直線L01〜L08の上限周波数と同じデータが得られるので、この計算結果を利用して素線径を決定できる。
【0058】
ステップS16では、設計対象のリッツ線の最適な素線径を、ステップS15の結果に基づいて決定する。
すなわち、ステップS15で得られる素線径Φは前記「上限周波数」に相当する素線径であるため、この「上限周波数」の交流電流を該当するリッツ線に流すと、周波数が低い領域に比べて損失が増大する。従って、損失が増えないようにするためには、「上限周波数」よりも低い周波数で使用する必要がある。逆に、「上限周波数」と同じ周波数で使用する時に損失の増大を防ぐためには、より細い最適な素線径Φを採用する必要がある。
【0059】
図1に示した処理においては、電線の仕様として使用する周波数を先にステップS11で指定する場合を想定しているので、この周波数における損失を十分に小さくしなければならない。そこで、ステップS16では、ステップS15で得られる素線径Φから最適な素線径Φを決定する。つまり、前述の第(5)式又は第(12)式の関係式を満足する素線径Φを求める。従って、例えばステップS15で得られたΦが100[μm]の場合には、最適な素線径Φを、Φの1/2の50[μm]に決定する。
【0060】
なお、図1に示した処理では、断面積および周波数を既知としてこれらに基づいて最適な素線径を決定する場合を想定しているが、素線径及び周波数を既知として断面積を決定したり、断面積及び素線径を既知として周波数を決定するような処理に変更することも可能である。
【0061】
また、図1に示した処理では、上限周波数に対応する素線径ΦをステップS15で決定してから最適な素線径Φを求める場合を想定しているが、最適な素線径Φを直ちに求めることも可能である。例えば、図11に示すグラフの「上限周波数」をそれよりも十分に低い「使用周波数」に換算して修正した素線径Φのデータをテーブルに保持しておけば、ステップS15で最適な素線径Φを得ることもできる。
【0062】
<交流電線の仕様決定支援方法の処理手順(2)>
図1に示したような計算処理を行う場合には、現実的には、例えばパーソナルコンピュータのような計算処理部(図示せず)を用いることにより、処理をある程度自動化することが可能であり、自動化により設計者等のユーザの負担を減らすことができる。また、このような計算処理部を用いる場合には、図2に示したパラメータ入力画面10のようなGUI(Graphical User Interface)を利用することにより入力操作が容易になる。
【0063】
図2に示したパラメータ入力画面10には、条件入力部10aと結果表示部10bが備わっている。条件入力部10aは、処理の条件を表す情報を入力するために用意されており、「断面積」、「周波数」、「素線径」の数値を入力できる。また、「断面積」、「周波数」、「素線径」のいずれか1つのチェックボックスをチェックすることにより、該当する数値を未知パラメータとして指定することができる。結果表示部10bには、計算処理の結果が表示される。結果表示部10bには「断面積」、「周波数」、「素線径」の各表示項目があるが、条件入力部10aで指定された未知パラメータの計算結果が表示される。
【0064】
図2のパラメータ入力画面10を使用する場合の交流電線の仕様決定支援方法の処理手順が図3に示されている。図3の処理には、設計するリッツ線の仕様を入力するステップS10Bと、リッツ線の最適値を自動計算するステップS20Bとが含まれている。図3の処理手順について以下に説明する。
【0065】
ステップS21では、計算処理部のコンピュータが条件入力部10aに対するユーザからの入力を受け付ける。すなわち、ここでは図2に示すように「素線径」が未知パラメータの場合を想定しているので、「断面積」及び「周波数」の数値を既知のパラメータとして入力する。
【0066】
ステップS22では、計算処理部のコンピュータが前述の「下限周波数」を取得する。すなわち、前記第(11)式にステップS21で入力された断面積の値を代入しこれを計算することにより、「下限周波数」が得られる。また、断面積毎の下限周波数の計算結果が、例えば図11に示す直線L09のようなデータとして予め保持されている場合には、断面積に対応する下限周波数を直ちに取得することもできる。
【0067】
ステップS23では、ステップS22で得られた「下限周波数」とステップS21で決定した「駆動周波数」とを比較し、(「駆動周波数」>「下限周波数」)の条件を満たす場合はステップS25に進み、満たさない場合はステップS24に進む。
ステップS24では、リッツ線の代わりに通常の電線(撚り線:単芯線)を使用することを決定する。
【0068】
ステップS25では、ステップS21で決定された断面積および周波数に基づき、前述の「上限周波数」に対応する素線径Φを取得する。更に、この素線径Φの1/2の値を計算し最適な素線径Φとして結果表示部10bに出力する。
【符号の説明】
【0069】
10 パラメータ入力画面(パラメータ入力部)
10a 条件入力部
10b 結果表示部
L01〜L08 上限周波数を表す直線
L09 下限周波数を表す直線
Φ 上限周波数に対応する素線径
Φ 最適な素線径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得るための交流電線の仕様決定支援方法であって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力する入力ステップと、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得する計算ステップと
を有することを特徴とする交流電線の仕様決定支援方法。
【請求項2】
請求項1に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記既知パラメータとして入力された前記断面積に基づき、リッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の下限を表す下限周波数を取得する下限周波数取得ステップと、
前記既知パラメータとして入力された前記周波数と前記下限周波数とを比較して、前記リッツ線および単芯線のいずれか一方を選択する選択ステップと
を更に有することを特徴とする交流電線の仕様決定支援方法。
【請求項3】
請求項1に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記上限周波数と、素線径と、電線全体の断面積との関係を表す予め定めた近似式を利用し、複数の素線径の電線について、前記上限周波数をそれぞれ算出する
ことを特徴とする交流電線の仕様決定支援方法。
【請求項4】
請求項1に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記上限周波数と、素線径と、電線全体の断面積との関係を表す予め定めた近似式に基づいて算出される複数の素線径の電線のそれぞれにおける前記上限周波数の情報を予め保持するテーブルを利用して、前記素線径の情報を取得する
ことを特徴とする交流電線の仕様決定支援方法。
【請求項5】
請求項1に記載の交流電線の仕様決定支援方法であって、
前記計算ステップでは、前記特定周波数を前記上限周波数と同じ周波数に定め、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数に基づいて、対応する上限周波数の特性を有するリッツ線の素線径を取得し、前記素線径に基づいて算出した最適値を前記未知パラメータとして出力する
ことを特徴とする交流電線の仕様決定支援方法。
【請求項6】
リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得る機能を有する交流電線の仕様決定支援装置であって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力するパラメータ入力部と、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得し、前記素線径を出力する計算処理部と
を有することを特徴とする交流電線の仕様決定支援装置。
【請求項7】
リッツ線およびそれ以外の電線に相当する単芯線のいずれかを選択可能な環境で、電線の断面積、電線を構成する各素線の外径、および使用する周波数の中のいずれか1つを電線仕様の未知パラメータとし、前記未知パラメータを得るためのコンピュータが実行可能な仕様決定支援プログラムであって、
電線全体の断面積および電線が使用される条件の周波数を電線仕様の既知パラメータとして入力する入力ステップと、
各素線径のリッツ線が単芯線に対して優位性を有する範囲の上限を表す上限周波数に基づき決定される特定周波数と、前記既知パラメータとして入力された前記断面積および周波数とに基づいて、未知パラメータであるリッツ線の素線径を取得する計算ステップと
を有することを特徴とする仕様決定支援プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−80441(P2013−80441A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221274(P2011−221274)
【出願日】平成23年10月5日(2011.10.5)
【出願人】(000006895)矢崎総業株式会社 (7,019)
【Fターム(参考)】