説明

人工ケラチン繊維、及び人工ケラチン繊維の製造方法

【課題】本発明は、ケラチン蛋白質を溶液化して溶液紡糸することで、人毛や動物毛と風合いが近似した人工ケラチン繊維を提供することにある。
【解決手段】(1)還元ケラチン溶液を溶液紡糸して得られる人工ケラチン繊維。
(2)還元ケラチン溶液がケラチン蛋白質を還元して溶液化したものである前記(1)に記載の人工ケラチン繊維。(3)ケラチン蛋白質が羽毛である前記(1)又は(2)に記載の人工ケラチン繊維。(4)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた頭髪装飾製品。(5)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた織物。(6)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた不織布。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウィッグ、ヘアーピース、ブレード、エクステンションヘアー、ドールヘアー等の頭髪装飾製品、織物、不織布に用いられる新規な人工ケラチン繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人毛や羊毛などは全てケラチンと呼ばれる蛋白質からなり、これらの動物毛からなる繊維は、形状を保持して加工して、例えば頭髪装飾製品や衣料に広範に使用している。これらの動物由来のケラチン繊維は保温性や透湿性に優れ、光沢や風合いなどの意匠性に優れるばかりでなく、強度や耐熱性、難燃性などの物性にも優れることから日常生活で広範に使用されている。しかし、動物毛として産出された繊維の形状を作り変えることはあまり行われていない。また、ケラチン繊維のもととなるケラチン蛋白質は、動物毛のほかに羽毛や哺乳類の爪や亀の甲羅などからも得られるが、これを原料にして人工的に繊維化することは行われていない。
【0003】
ケラチン蛋白質を水溶液化して抽出することは化粧品などへの応用を目的に古くから行われており、ケラチン蛋白質を還元処理して水溶液として抽出し、透析によって精製すると共に不溶化による析出を防止することを主体とするケラチン水溶液の製造方法(例えば、特許文献1を参照。)が提案されている。
【特許文献1】特開平08−92295号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人毛や羊毛などの動物毛は、ケラチン蛋白質に起因する、複層的らせん構造やキューティクル構造を有している。これらの動物毛は、毛を構成する繊維の断面形状が一定であり、用途が制約され、動物毛の入手源も制限されている。
【0005】
本発明は、ケラチン蛋白質を溶液化して溶液紡糸することで、人毛や動物毛と風合いが近似した人工ケラチン繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
即ち、本発明は以下の要旨を有する。
【0007】
(1)還元ケラチン溶液を溶液紡糸して得られる人工ケラチン繊維。
(2)還元ケラチン溶液がケラチン蛋白質を還元して溶液化したものである前記(1)に記載の人工ケラチン繊維。
(3)ケラチン蛋白質が羽毛である前記(1)又は(2)に記載の人工ケラチン繊維。
(4)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた頭髪装飾製品。
(5)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた織物。
(6)前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた不織布。
(7)還元ケラチン溶液を溶液紡糸する人工ケラチン繊維の製造方法。
(8)溶液紡糸が酸化反応を伴うものである前記(7)に記載の人工ケラチン繊維の製造方法。
(9)ケラチン蛋白質を50〜300℃の水共存状態で還元処理する前記(7)又は(8)に記載の人工ケラチン繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、人毛や動物毛と風合いや特性が近似した人工ケラチン繊維を容易に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の人工ケラチン繊維は、ケラチン蛋白質を溶液化した還元ケラチン溶液を溶液紡糸することで、人毛や動物毛と風合いが近似した人工ケラチン繊維が得られることを見出した。本発明は、鳥類の羽毛や哺乳類の動物毛などのケラチン蛋白質を還元反応によって架橋結合を一時的に切断して溶液化して抽出し、これを酸化反応による架橋結合の再生成によって溶液紡糸し、新規な人工ケラチン繊維を得るものである。ケラチン蛋白質は羽毛や動物毛の構成材料として広く大量に存在する蛋白質である。該ケラチン蛋白質は、アミノ酸成分としてシスチンを他の蛋白質と比べて10倍以上含有する。該シスチンは、S−S結合によって二量化して、該ケラチン蛋白質分子の主鎖を架橋する結合となる。該ケラチン蛋白質は多くの架橋結合により不溶不融である。
【0010】
前記S−S結合は還元反応によって2つのS−H結合となり、これを利用して頭髪のパーマネント加工などが行われる。また、羽毛や動物毛を水中で還元反応すると水溶液中に抽出できる。
【0011】
還元ケラチン溶液は、例えば特公平7−37480号公報に記載されたケラチン水溶液のように鳥類の羽毛や爪、山羊、羊、馬、牛などの哺乳類の動物毛などのケラチン蛋白質を含有する生物由来の原料を、例えばチオグリコール酸、メルカプトエタノール、メルカプトプロピオン酸などの水溶性チオール化合物;トリブチルホスフィン、トリフェニルホスフィン等のホスフィン系化合物;亜硫酸水素ナトリウムやチオ硫酸ナトリウムやロンガリット(ナトリウムホルムアルデヒドスルフォキシレート又はSFS)、ハイドロイサルファイト(亜二チオン酸ナトリウム)、水素化ホウ素ナトリウムなどの無機化合物;ブドウ糖や果糖、乳糖や異性化糖などの還元糖、などの還元剤によって水が共存する状態で反応させることによって製造できる。
【0012】
前記還元剤の量は、ケラチン蛋白質を含有する原料10gに対して0.01〜1モル、好ましくは0.05〜0.5モル、特に好ましくは0.1〜0.25モルの範囲である。還元剤が、ケラチン蛋白質を含有する原料10gに対して0.01モル未満であると、抽出される還元ケラチンの量が少なくなる場合がある。一方、還元剤が、ケラチン蛋白質を含有する原料10gに対して1モルを超えると、還元剤が多くなりすぎる場合がある。
【0013】
還元反応は通常水が共存する状態で行われるが、還元反応に安定な界面活性剤が共存する状態で行われることも可能である。前記界面活性剤としては、カルボン酸類、アルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類、アミド類などの有機溶剤、長鎖脂肪酸や長鎖アルキルベンゼンスルホン酸のナトリウム塩やカリウム塩、アンモニウム塩などのアニオン系や長鎖アルキル基を持つポリエーテルなどのノニオン系などの界面活性剤が挙げられる。しかし、これらに限定されるものではない。
【0014】
本発明において、還元反応は加温して行うことが好ましい。還元反応温度は50〜300℃、好ましくは70〜250℃、特に好ましくは100〜200℃である。該反応温度が50℃未満であると、該還元反応が遅くなって回収されケラチン蛋白質が減少する場合がある。一方、該反応温度が300℃を超えると、加水分解による分子切断が多くなりケラチン蛋白質が劣化する場合がある。
【0015】
本発明において、ケラチン蛋白質を溶液化した還元ケラチン溶液は、溶液紡糸によってケラチン繊維として繊維化される。溶液紡糸とは溶液状の繊維原料を連続的に細いノズルから押し出した直後不溶化させて細長い線状とする繊維の製造法である。前記不溶化の方法としては、溶媒を蒸発させる、異なる溶媒を加えて析出させる、架橋結合を形成させる、及び結晶化させるなどの方法がある。本発明において、前記方法から選ばれる1種または2種以上の方法が使用できる。前記ケラチン繊維は酸化反応によって新たな架橋結合を形成させることが好ましい。前記溶液紡糸において酸化反応を起こすには、これに限定されるものではないが、ノズルから押し出された還元ケラチン溶液を、酸化剤を含む液中に投入する方法がある。酸化反応による架橋結合形成で溶液化していたケラチン成分を不溶化させることも可能だが、酸化剤を含む液をケラチン成分が析出するものを用いることが特に好ましい。
【0016】
本発明で用いることができる酸化剤としては特に限定されるものではなく、一般的に用いられる公知の酸化剤を用いることができる。具体的には、過酸化水素、次亜塩素酸、過塩素酸、過硫酸、硝酸及びそのナトリウムやカリウムなどの塩などの水溶性酸化剤;酸素、オゾンなどの酸化性気体;t−ブチルハイドロパーオキシド、ベンゾイルパーオキシド、クメンハイドロパーオキシド、ラウロイルパーオキシドなどの有機過酸化物などが挙げられる。なかでも、酸化反応後の洗浄やコスト等などから水溶性の酸化剤が好ましく、特に過酸化水素、又は、t−ブチルハイドロパーオキシドが好ましい。
【0017】
本発明の人工ケラチン繊維とは、天然に産出されたケラチンの配列構造が溶液化によって完全に解消され、繊維状構造に再配列されたものである。基本的にケラチン蛋白質の分子構造において、架橋結合は切ったり繋いだりするが、一方で架橋結合の分子構造は変化させないことが好ましい。架橋結合以外は維持されることが好ましい。また、ケラチン蛋白質の原料が人毛や羊毛のような繊維上であっても、溶液化して再び繊維状に成型される場合も人工ケラチン繊維に含まれる。
【0018】
本発明において用いることができるケラチン蛋白質の原料は、鳥類の羽毛や爪、嘴、哺乳類の毛や爪、皮膚、亀類の甲羅などが含まれるが、養鶏産業などで大量に廃棄され、有効利用が困難とされている鳥類の羽毛が好ましく、特に羽毛の枝部分が特に好ましい。
【0019】
本発明における頭髪装飾製品、衣料、及び不織布とは、一般的に使用されている繊維加工製品を示す。頭髪装飾製品は、男性用、女性用を問わず全体頭髪装飾製品、部分頭髪装飾製品、及び付け毛など、個人本人の頭髪とは異なる装着頭髪を示す。また、衣料とは上着、下着など全て含み、手袋や靴下など部分的に身体に装着されるものを包含する。不織布は、布とは異なり、バインダーや熱圧処理によって繊維を平面化させたものを含む。前記人工ケラチン繊維から、頭髪装飾製品、衣料、及び不織布を製造する方法については特に限定されない。
【実施例】
【0020】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
(実施例1)
メラノ種の乾燥羊毛10g、イオン交換水50g、チオ硫酸ナトリウム1gを100mlのステンレス製オートクレーブに入れ、減圧/窒素導入による窒素置換を3回行った後に密封した。これを175℃に加熱したオイルバス中に10分入れて取り出した。室温まで冷却して開封したところ、羊毛は完全に形状が崩れていた。内容物を300メッシュの金網で濾過し、還元ケラチンを13重量%含む水溶液を45g得た。この水溶液を内径1mmの針を装着したシリンジに入れ、30%過酸化水素と工業用エタノールの1:5の混合液中に連続的に滴下して巻き取り、紡糸した。これを80℃の恒温槽で乾燥しながら2倍に延伸した。更に100℃の恒温槽中で1時間定長アニールし、6.3gのケラチン繊維を得た。得られた繊維は、引っ張り破断伸び60%、破断強度290N/mm、繊度50dtexと、人毛(引っ張り破断伸び45%、破断強度320N/mm)に近い数値が得られた。また、光沢、感触なども人毛と類似していた。
【0022】
(実施例2)
実施例1において、羊毛の代わりにブロイラーの乾燥羽毛10gを用いて同様の操作を行った。この結果、還元ケラチンを12重量%含む水溶液が47g得られ、溶液紡糸、乾燥・延伸、アニールの結果5.9gのケラチン繊維を得た。光沢、感触、などは実施例1とほぼ同様だったが、繊度50dtex、断伸び65%、破断強度280N/mmとなった。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の人工ケラチン繊維は、頭髪装飾製品、衣料、及び不織布に好適に用いることができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元ケラチン溶液を溶液紡糸して得られる人工ケラチン繊維。
【請求項2】
還元ケラチン溶液がケラチン蛋白質を還元して溶液化したものである請求項1に記載の人工ケラチン繊維。
【請求項3】
前記ケラチン蛋白質が羽毛である請求項1又は2に記載の人工ケラチン繊維。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた頭髪装飾製品。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた織物。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の人工ケラチン繊維を用いた不織布。
【請求項7】
還元ケラチン溶液を溶液紡糸する人工ケラチン繊維の製造方法。
【請求項8】
溶液紡糸が酸化反応を伴うものである請求項7に記載の人工ケラチン繊維の製造方法。
【請求項9】
ケラチン蛋白質を50〜300℃の水共存状態で還元処理する請求項7又は8に記載の人工ケラチン繊維の製造方法。


【公開番号】特開2009−144282(P2009−144282A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323179(P2007−323179)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】