説明

人工ナノ材料の安全性を評価する方法

【課題】人工ナノ材料が投与された培養容器内の細胞集団のうち、該人工ナノ材料を取り込んだままの細胞について、安全性を評価する方法を開発すること。
【解決手段】本発明は、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性を解析するステップを含む、人工ナノ材料の安全性を評価する方法を提供する。本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、前記人工ナノ材料は磁性ナノ粒子であり、前記人工ナノ粒子を取り込んだ細胞は、磁力によって該人工ナノ粒子を取り込まない細胞から分離され、特定される場合がある。前記細胞は培養細胞の場合がある。前記培養細胞は多能性幹細胞の場合がある。前記培養細胞は、胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞の場合がある。本発明は、本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法を実行する、人工ナノ材料の安全性を評価するシステムを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工ナノ材料の安全性を評価する方法に関し、より具体的には、培養細胞を用いる人工ナノ材料の安全性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノテクノロジーの医療分野での応用が注目されるに伴って、人工ナノ材料が健康や環境に及ぼす影響に対する関心が高まっている。金属を利用する人工ナノ材料と、非金属を利用する人工ナノ材料とに関係なく、人工ナノ材料の細胞毒性には酸化ストレスにつながる活性酸素種の発生が関係することが知られている(非特許文献1)。また、人工ナノ材料のうち、磁性ナノ粒子では、磁性による生物学的材料の分離、薬物送達及びMRIの造影剤への応用とともに、交流磁場によるがんの発熱療法への応用が提唱されている(非特許文献2、3)。実験動物を用いるin vivoの安全性評価試験では、同じ化学組成の人工ナノ材料であっても、粒径、アスペクト比等の物理的パラメータの相違で肺における炎症反応誘発性が異なることが報告されている(非特許文献4)。培養細胞によるin vitroの安全性評価試験でも、人工ナノ材料の化学組成及びサイズと、安全性評価に用いられた培養細胞の種類との違いが、安全性評価の結果に影響を与えることが報告されている(非特許文献5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Shubayev, V.I.ら、Adv.Drug Deliv. Rev.、61:467 (2009)
【非特許文献2】Gordon, R.T.ら、Med.Hypothesis、5:83 (1979)
【非特許文献3】Shinkai,M.、J. Biosci. Bioeng.、94:606 (2002)
【非特許文献4】Medina, C.ら、Br. J. Pharmacol.、150:552 (2007)
【非特許文献5】Sohaebuddin, S.K.ら、Particle and Fibre Toxicology、7:22 (2010)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
細胞に取り込まれた人工ナノ材料の一部又は全部は該細胞から排出される場合がある。例えば、本明細書の実施例に説明されるとおり、マウスES細胞では磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞を磁性ナノ粒子を取り込んでいない細胞から分離して24時間培養したところ、前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞の数がほぼ4分の1に減少する。このように人工ナノ材料の排出活性の高い細胞では、該人工ナノ材料を投与した培養容器内の細胞集団全体について安全性を評価しても、前記人工ナノ材料を排出した細胞のほうが多いため、前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性が十分に評価できない。そこで、人工ナノ材料が投与された培養容器内の細胞集団のうち、該人工ナノ材料を取り込んだ細胞について、安全性を評価する方法を開発する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性を解析するステップを含む、人工ナノ材料の安全性を評価する方法を提供する。
【0006】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、該人工ナノ材料を取り込んだ細胞は、該細胞に照射された光の散乱特性に基づいて特定され、前記細胞の特性が解析される場合がある。また、前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞は、該細胞に照射された光の散乱特性に基づいて分離される場合がある。
【0007】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、該人工ナノ材料は磁性ナノ粒子であり、前記人工ナノ粒子を取り込んだ細胞は、該人工ナノ粒子を含まない細胞から磁力によって分離され、特定され、前記細胞の特性が解析される場合がある。
【0008】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、前記細胞は培養細胞の場合がある。
【0009】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、前記培養細胞は多能性幹細胞の場合がある。
【0010】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、前記多能性幹細胞は、胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞の場合がある。
【0011】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法において、前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性は、細胞数と、細胞生存率と、マーカー分子の発現と、DNA量とからなるグループから選択される1種類又は2種類以上の特性の場合がある。
【0012】
本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法は、人工ナノ材料の安全性を評価するシステムを用いる場合がある。前記人工ナノ材料の安全性を評価するシステムは、ラボラトリーオートメーション装置と、クリーンベンチと、インキュベータと、光学顕微鏡と、フロー・サイトメトリー装置とを含む。
【0013】
本発明において、人工ナノ材料とは、1つ又は2つ以上の次元がナノスケールを持つものとして作製された粒子、繊維、物質及び/又は素材をいう。製造時、投与時及び生体内への取り込み後のうち少なくともいずれかの時点での前記人工ナノ材料の粒径、長さ、断面径の少なくともいずれかが、1nmから100nmまでの範囲に属するものをいう。本発明の人工ナノ材料は、いかなる化学組成のものであってもよい。代表的な人工ナノ材料は、酸化鉄その他の磁性金属の酸化物と、セレン化カドミウム/亜鉛その他の発光金属材料と、その他の金属化合物と、シリコン化合物と、ポリスチレンその他の炭化水素ポリマーと、ポリ酪酸、ポリカプロラクトン、ポリシアノアクリレート等の有機ポリマーと、これらのブロックコポリマーと、デキストラン、キトサン、ゼラチン、デンプン、アルギン酸ポリマー等の天然ポリマーと、フラーレン、カーボンナノチューブその他のナノ構造炭素材料と、これらの複合材料とを含むが、これらに限られない。また、本発明の人工ナノ材料は、単一の化学組成のものに限らず、複数の材料が、層状構造その他の構造を形成する場合がある。さらに、本発明の人工ナノ材料は、その表面に官能基が結合される等の化学処理が施されて、疎水性、親水性及び/又は生体適合性が付与されたり、特定の生体分子との特異的結合能が付与される場合がある。
【0014】
本発明において、細胞とは、真核生物又は原核生物のいずれかの生物種の細胞をいい、好ましくは、動物又は植物の細胞をいい、さらに好ましくは、ヒトを含む哺乳動物の細胞をいう。本発明の細胞は、生体内の細胞の場合と、培養細胞の場合とがある。前者には、赤芽球、白血球、樹状細胞、マクロファージその他の血液細胞と、皮膚及び消化器の上皮細胞と、線維芽細胞と、骨及び軟骨細胞と、横紋筋、平滑筋及び心筋の筋肉細胞と、神経細胞と、グリア細胞又はシュワン細胞と、肺細胞と、腎細胞と、肝細胞と、脳下垂体、甲状腺、膵臓、副腎その他の内分泌細胞と、汗腺、唾液腺、涙腺その他の外分泌腺細胞と、呼吸器及び血管の内皮細胞と、感覚器細胞と、卵巣、精巣等の生殖腺細胞と、色素細胞と、体毛の毛母細胞と、これらの細胞の幹細胞とを含むが、これらに限らない。本発明の細胞が培養細胞の場合には、本発明の細胞は、前記生体内の細胞と同じ細胞タイプの細胞であって、試験管内で増殖できる細胞か、これらの細胞タイプに分化する能力を有する幹細胞かを含む。前記培養細胞の幹細胞には、造血幹細胞、間充織幹細胞その他の単一の胚葉由来の細胞タイプに分化しうる幹細胞と、成体幹細胞、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞等の複数の胚葉由来の細胞タイプに分化しうる多能性幹細胞とが含まれる。
【0015】
本発明において、細胞が人工ナノ材料を取り込むのは、細胞の食作用及び/又は飲作用による場合がある。本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞は、該人工ナノ材料を排出することにより、前記人工ナノ材料を含まない細胞となる場合がある。また、少なくとも一度細胞に取り込まれた人工ナノ材料が、排出された後、別の細胞に取り込まれる場合がある。
【0016】
本発明において、前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞は、該人工ナノ材料を含まない細胞と比較して、単離細胞懸濁液のフロー・サイトメトリーにおける側方散乱光強度が強いことを利用して特定される場合がある。あるいは、フロー・サイトメトリーにおいて、側方散乱光強度と、前方散乱光強度及び/又は蛍光強度との組合せに基づいて設定されたゲートを通過する細胞が、前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞として特定される場合がある。
【0017】
本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性のうち細胞数は、ヘモサイトメーター、フロー・サイトメトリーその他の光学的方法で計測される場合がある。あるいは、いわゆるコールターカウンターのような電気的方法で計測される場合がある。
【0018】
本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性のうち細胞生存率は、細胞膜に損傷があるときにのみ細胞核のDNAと結合できる蛍光色素ヨウ化プロピジウムが発する蛍光を検出して、蛍光を発する細胞を死細胞とし、蛍光を発しない細胞を生細胞として、それぞれ計測され、全体のうち生細胞の割合が算出される。
【0019】
本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性のうちマーカー分子の発現は、被験細胞が通常発現するマーカー分子か、通常は発現しないマーカー分子かの発現の有無又は量の変化として計測される。マーカー分子の検出方法には、該マーカー分子と特異的に結合する抗体を用いる免疫学的方法と、酵素反応産物の局在を発色により検出する細胞化学的方法と、マーカー分子のmRNAの局在を検出するin situハイブリダイゼーション法とが含まれるが、これらに限られない。免疫学的方法で検出される多能性幹細胞の分化状態のマーカーとしては、SSEA(stage-specific embryonic antigen(発生段階特異的胚抗原糖鎖抗原))−1、3及び4が有名である。これらは細胞表面の糖鎖抗原で、それぞれ異なるモノクローナル抗体によって検出される。マウスの多分化能幹細胞では、未分化状態ではSSEA−1は発現するが、SSEA−3及4は発現しない。しかし、前記多分化能幹細胞が分化すると、SSEA−1の発現は消失し、SSEA−3及び4が発現するようになる。ところがヒトの多分化能幹細胞では、未分化状態ではSSEA−3及び4は発現するが、SSEA−1は発現しない。そして前記多分化能幹細胞が分化すると、SSEA−3及び4の発現は消失し、SSEA−1が発現するようになる。細胞化学的方法で検出されるマーカー分子としては、未分化状態の多能性幹細胞で発現するアルカリフォスファターゼが有名である。in situハイブリダイゼーション法で検出できるマーカーには、未分化状態の多能性幹細胞で発現するNanog、Lin28、Dnmt3l等が知られている。
【0020】
本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性のうち、DNA量は、ヘキスト33342、DAPI(4',6-Diamidine-2'-phenylindole dihydrochloride)等の蛍光色素を用いて計測することができる。これらの蛍光色素は、細胞膜に損傷のない生細胞でも核内DNAと結合して蛍光を発する。被験細胞のDNA量は、前記細胞が正常に増殖中であれば、染色体DNA2倍体に相当する大きいピークと、4倍体に相当する小さいピークと、これらの2つのピークをつなぐ連続的な稜線とからなる分布パターンを示す。このDNA量の分布パターンからの逸脱によって、被験細胞が、細胞周期のいずれかの段階で停止しているか、アポトーシスを起こしているか、DNA複製異常を起こしているかを判断することができる。フロー・サイトメトリーで、側方散乱光強度を利用して人工ナノ材料を取り込んだ細胞を特定し、該細胞でのDNA量を計測することで、前記人工ナノ材料による細胞周期への影響を特異的に検討することができる。
【0021】
本発明において、人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性には、該人工ナノ材料を取り込んだ細胞の分化能が含まれる。例えば、人工ナノ材料を取り込んだ未分化状態の多能性幹細胞を実験動物に移植して固形腫を形成させ、該固形腫の組織学的観察を行うことにより、3つの胚葉由来の細胞タイプが分化するかどうかを調べることができる。あるいは、疎水性、生体適合性等の培養容器の基質の細胞接着特性を制御したり、基質の立体形状を改変したりして、未分化状態の多能性幹細胞を集合させて胚様体を形成させ、該胚様体にさまざまなサイトカインを作用させて、免疫細胞、神経細胞等の特定の細胞タイプに分化させ、細胞表面マーカーの発現パターンと、サイトカイン分泌、細胞傷害活性その他の機能とを調べることができる。
【0022】
培養細胞について本発明の人工ナノ材料の安全性を評価する方法を実行するためには、クリーンベンチと、インキュベータと、光学顕微鏡と、フロー・サイトメトリー装置とが用いられる。場合により、遠心分離器と、可視光−紫外線領域の分光光度計とが用いられる場合がある。さらに、これらの装置を用いて、細胞を培養し、継代し、試験対象の人工ナノ材料を添加し、蛍光色素その他により検出するために、培養容器、培地、染色液等をハンドリングするラボラトリーオートメーション装置が用いられる。磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞を分離するときには、例えば、MiniMACS Separation Unit(ミルテニーバイオテク株式会社)のような磁気粒子分離器が用いられる。培養容器をハンドリングするラボラトリーオートメーション装置としては、例えば、BioStation CT(株式会社ニコン)が商業的に入手可能である。また、培地、染色液等をハンドリングするラボラトリーオートメーション装置としては、例えば、Biomek NX又はFX(ベックマン・コールター株式会社)が商業的に入手可能である。これらの装置は、培養容器を把持して移動させるための手段と、ディスポーザブルピペットチップにより培地、染色液その他の液体をハンドリングする手段と、前記手段のそれぞれを作動させるためのプログラム可能な中央制御装置とを含む。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1−1】磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞の位相差顕微鏡写真。
【図1−2】対照実験のES細胞のベルリン青染色顕微鏡写真。
【図1−3】磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞のベルリン青染色顕微鏡写真。
【図2】磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞の透過型電子顕微鏡写真。
【図3】マウスES細胞との共培養に供された磁性ナノ粒子の量と、前記ES細胞に取り込まれた前記磁性ナノ粒子の細胞1個あたりの量との関係を示すグラフ。
【図4】マウスES細胞と共培養された磁性ナノ粒子の量と、該磁性ナノ粒子を取り込んだ前記マウスES細胞の24時間後の生存率との関係を示すグラフ。
【図5】マウスES細胞について、前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞のうち、該磁性ナノ粒子を含む細胞の割合(白い四角)と、細胞の総数(黒い丸)との経時変化を示すグラフ。
【図6】ヒト臍帯静脈内皮細胞について、前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞のうち、該磁性ナノ粒子を含む細胞の割合(白い四角)と、細胞の総数(黒い丸)との経時変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例1】
【0025】
1.材料及び方法
1.1 磁性ナノ粒子
磁性ナノ粒子はIida,H.ら(J Colloid Interface Sci. 314:274(2007))に説明されるとおりに、塩化第2鉄4水和物(カタログ番号16033−00、関東化学工業株式会社)、及び、1,6−ヘキサンジアミン(カタログ番号18033−30、関東化学工業株式会社)を用いる水酸化鉄の脱水反応で合成された。調製された磁性ナノ粒子の形状及び粒径は、透過型電子顕微鏡を用いて計測された。また、磁性ナノ粒子は、超音波(42kHz)で5分間処理した後に用いられた。
【0026】
1.2 細胞
マウスES細胞株CCEは、StemCell Technologies, Inc.(バンクーバー、カナダ)から入手され、ES細胞用培地(15%のウシ胎仔血清(カタログ番号SH30070.30、ロット番号APA20504、HyClone、フナコシ株式会社)と、0.1mMのMEM非必須アミノ酸(カタログ番号11140、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)と、1mMのピルビン酸ナトリウム(カタログ番号S8636、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、2mMのL−グルタミン(カタログ番号25030、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)と、Antibiotic−Antimycotic(15240−096、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)と、100μMの1−チオグリセロール(モノチオグリセロール、カタログ番号M6145、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)と、10ng/mLのLIF((ESGRO、カタログ番号ESG1106、日本ミリポア株式会社)とが添加された高グルコースDMEM培地(カタログ番号D5796、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社))を用いて、使用直前に0.1%のゼラチン(カタログ番号G2500−100G、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)でコーティングされた6穴プレート(カタログ番号353046、BD Falcon、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)上で培養された。細胞の継代には、PBS(14190、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で10倍希釈したトリプシン−EDTA溶液(カタログ番号25200−056、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)をウェル1個あたり0.3mL添加後、37°CでインキュベーションしてES細胞が解離され、0.6mLの前記ES細胞用培地でトリプシン消化反応を停止させ、ピペッティングによりES細胞を単離した後、細胞濃度が計測され、1.5×10個/cmの密度で新たな6穴プレートに播種された。培地交換は1日ごとに行われた。CCE細胞の入手時は継代20回で、実験には継代26回ないし36回の間の細胞が用いられた。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、内皮細胞培地キット(EGM(登録商標)−2 BulletKit(登録商標)、カタログ番号CC−3162、Lonza、タカラバイオ株式会社)を用いて培養された。両方の細胞ともに、37°C、5%COを含む飽和水蒸気雰囲気中でインキュベーションされた。
【0027】
1.3 細胞内に取り込まれた磁性ナノ粒子の定量測定
1.5×10個の前記細胞が、それぞれの細胞用の培地1mLと、0μg、125μg、250μg、500μg、750μg又は1000μgの前記磁性ナノ粒子とともに、使用直前に0.1%のゼラチン(カタログ番号G2500−100G、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)でコーティングされた6穴プレート(カタログ番号353046、BD Falcon、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)の1個のウェルに播種された。同一の条件について3個のウェルが用意され、実験結果が統計処理された。24時間培養後、前記細胞に取り込まれなかった磁性ナノ粒子はPBSにより除去された。前記細胞は、500μLの12N塩酸で溶解され、2.5mLのトリクロロ酢酸が添加され、4°C、30分間静置された。各ウェルの細胞溶解物は15mLの試験管に回収され、1500rpm、室温、3分間の遠心分離された。得られた遠心上清のうち400μLが分取され、10mLのHと、4mLの1Mチオシアン酸カリウムとが添加された混合溶液が作成された。前記混合溶液の1mLが2mLの超純水と混合され、480nmでの吸光度が測定された。細胞数が、前記12N塩酸で溶解される前に、細前記細胞を単離した懸濁液の一部を採取し、細胞計測器を用いて計測された。
【0028】
1.4 磁性ナノ粒子を取り込んだES細胞の生存率の測定
0μg、125μg、250μg、500μg、75μg0又は1000μgの前記磁性ナノ粒子とともに6穴プレートの1個のウェルで1mLのES細胞用培地とともに24時間培養されたマウスES細胞株CCEは、PBS(14190、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で10倍希釈したトリプシン−EDTA溶液(カタログ番号25200−056、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で解離された。遠心分離後のペレットは6%のウシ胎仔血清が添加されたPBS(以下、「FACS用培養液」という。)2mL中でピペッティングにより単離され、ES細胞の懸濁液が得られた。前記懸濁液2mLに4.3mMのヨウ化プロピジウム水溶液2μLが添加され、フロー・サイトメトリー用サンプルが調製された。前記サンプルは、BD FACS Canto(商標)フロー・サイトメーター(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用いて、前記懸濁液中の細胞集団のヨウ化プロピジウム蛍光の強度分布が解析された。死細胞は核内DNAがヨウ化プロピジウムで染色されるが、生細胞は、細胞膜に損傷がないため核内DNAがヨウ化プロピジウムで染色されないからである。
【0029】
1.5 磁性ナノ粒子を取り込んだES細胞の割合の測定
マウスES細胞株CCEは上記のとおり単離され、9.0×10個/mLの濃度でES細胞用培地に懸濁され、使用直前にゼラチンでコーティングされた10cmディッシュに10mL播種された。培養1日後に、1mgの磁性ナノ粒子が前記ES細胞用培地1mLに懸濁され、3.0×10個のマウスES細胞に添加され、培養された。前記磁性ナノ粒子とともに24時間培養された前記ES細胞は、解離され、PBSでリンスされた後、磁石により前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞が分離され、別のゼラチンコーティングされた培養容器に播種された。前記磁性ナノ粒子を取り込んだマウスES細胞は、分離後の培養開始時(0時間)と、培養開始から4、8、12、16、24、48及び72時間目とに、PBS(14190、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で10倍希釈したトリプシン−EDTA溶液(カタログ番号25200−056、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で解離され、単離細胞の懸濁液が得られた。前記懸濁液は、ヘモサイトメーター(KA126−00、ミナトメディカル株式会社)による細胞濃度の計測と、前記(3)節で説明された磁性ナノ粒子の定量測定とに供されるとともに、BD FACS Canto(商標)フロー・サイトメーター(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用いて側方散乱光(SSC)の強度分布が解析された。前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞は、該粒子を取り込まない細胞より側方散乱光が強いからである(Osaka,T.ら、Colloids Surf. B,71:325(2009))。ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、9.0×10個/mLの濃度で前記内皮細胞培地に懸濁され、10cmディッシュに10mL播種された。培養1日後に、1mgの磁性ナノ粒子が前記ES細胞用培地1mLに懸濁され、3.0×10個のヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)に添加され、培養された。前記磁性ナノ粒子とともに24時間培養された前記ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、解離され、PBSでリンスされた後、磁気粒子分離器(MiniMACS Separation Unit、ミルテニーバイオテク株式会社)により前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞が分離され、別の培養容器に播種された。前記磁性ナノ粒子を取り込んだ前記ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)は、分離後の培養開始時(0時間)と、培養開始から4、8、12、16、24、48及び72時間目とに、PBS(14190、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で10倍希釈したトリプシン−EDTA溶液(カタログ番号25200−056、GIBCO、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で解離され、単離細胞の懸濁液が得られた。
【0030】
1.6 磁性ナノ粒子を取り込んだES細胞の光学顕微鏡観察
前記(4)又は(5)節で説明された手順で磁性ナノ粒子が取り込まれたES細胞は、培養容器の底から倒立位相差顕微鏡で観察されるか、培養容器から解離され、集細胞遠心装置(サイトスピン4、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いて遠心力によりスライドガラス上に戴置された。前記スライドガラス上に戴置されたES細胞は、風乾の後、フェロシアン化カリウムを用いるベルリン青染色で前記磁性ナノ粒子が検出された。核染色はパラローズアニリン塩酸塩溶液で行われた。
【0031】
1.7 マウスES細胞未分化マーカーのフロー・サイトメトリーによる定量
前記(4)又は(5)節で説明された手順で500μgの磁性ナノ粒子とともに培養された1.5×10個のマウスES細胞は、培養24時間後に、解離され、Block FC(ミルテニーバイオテク株式会社)でFcレセプターがブロックされ、その後、抗SSEA−1抗体(カタログ番号FAB2155P、R&D Systems,Inc.、フナコシ株式会社)で染色され、BD FACS Canto(商標)フロー・サイトメーター(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用いてSSEA−1抗原を発現する細胞の割合が解析された。
【0032】
2.結果
2.1 磁性ナノ粒子の特徴付け
透過型電子顕微鏡による解析の結果、前記1.1節に記載のとおり調製された磁性ナノ粒子は、球状で粒径40±16.8nmであった。
【0033】
2.2 磁性ナノ粒子を取り込んだマウスES細胞の光学顕微鏡観察の結果
解離されたES細胞は、使用直前にゼラチンでコーティングされた培養容器を用いて磁性ナノ粒子と24時間共培養されたとき、数個ないし数十個の細胞が接着して、島状のコロニーが形成された。図1−1は前記磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞の位相差顕微鏡写真である。図1−1の右下のスケールは50μmである。コロニーの周囲の培養容器の基質上には、前記磁性ナノ粒子の凝集塊が散在した。前記ES細胞のコロニーの形状は、磁性ナノ粒子を含まない培地で培養されたES細胞のコロニーと差がなかった。未分化ES細胞は互いに密着して細胞間の境界が明確でないため、磁性ナノ粒子の細胞内への取り込みの有無は培養基質上のES細胞の観察では判断できなかった。そこで、前記ES細胞は、培養基質から解離され、前記1.6節に記載のとおり集細胞遠心装置を用いてスライドガラス上に戴置され、ベルリン青染色が施されて、光学顕微鏡で観察された。図1−2及び2−3はともにES細胞のベルリン青染色顕微鏡写真であり、図1−2は対照実験のES細胞で、図1−3は前記磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞である。図1−2及び1−3の右下のスケールはともに50μmである。その結果図1−3でのみ、前記ES細胞の一部の細胞の中にベルリン青陽性の粒状体が観察された。
【0034】
2.3 磁性ナノ粒子を取り込んだマウスES細胞の透過型電子顕微鏡観察の結果
図2は、磁性ナノ粒子と24時間共培養後のES細胞の透過型電子顕微鏡写真である。矢印に示されるのは、前記ES細胞内に取り込まれた前記磁性ナノ粒子である。図1−1の右下のスケールは2μmである。図2に見られるとおり、前記磁性ナノ粒子はES細胞の細胞質に取り込まれていた。
【0035】
2.4 ES細胞に取り込まれた磁性ナノ粒子の定量的分析
図3は、前記1.3節に説明されたとおりに測定された、マウスES細胞との共培養に供された磁性ナノ粒子の量と、前記ES細胞に取り込まれた前記磁性ナノ粒子の細胞1個あたりの量との関係を示すグラフである。図3の縦軸はES細胞1個あたりの磁性ナノ粒子の量(単位:pg)で、横軸は共培養に供された前記磁性ナノ粒子の量(単位:μg)である。図3から明かなとおり、1.5×10個の前記ES細胞とともに24時間共培養された前記磁性ナノ粒子の細胞1個あたりの取り込み量は、共培養された量に応じて増大したが、500μgでピークに達し、共培養された量が750μg及び1000μgのときには、共培養された量が多いほど取り込み量は減少した。
【0036】
2.5 磁性ナノ粒子を取り込んだマウスES細胞の生存率
図4は、前記1.4節で説明されたとおりに測定された、マウスES細胞と共培養された磁性ナノ粒子の量と、該磁性ナノ粒子を取り込んだ前記マウスES細胞の24時間後の生存率との関係を示すグラフである。図4の縦軸は、フロー・サイトメトリーで磁性ナノ粒子を含み、かつ、ヨウ化プロピジウム陰性の細胞の割合(単位:%)で、横軸は共培養に供された前記磁性ナノ粒子の量(単位:μg)である。図4から明かなとおり、培養24時間では、共培養に供された磁性ナノ粒子の量の如何に関わらず、ES細胞の生存率はほぼ100%であった。
【0037】
2.6 取り込まれた磁性ナノ粒子の排出
前記1.5節で説明されたとおり、マウスES細胞及びヒト臍帯静脈内皮細胞のそれぞれについて、磁性ナノ粒子との24時間の共培養の後、前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞が磁石により分離され、別の培養容器に播種され、経時的に磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞の割合と、全細胞数とが計測された。図5及び図6は、それぞれ、マウスES細胞及びヒト臍帯静脈内皮細胞について、前記磁性ナノ粒子を取り込んだ細胞のうち、該磁性ナノ粒子を含む細胞の割合(白い四角)と、細胞の総数(黒い丸)との経時変化を示すグラフである。図5及び6ともに、縦軸は、細胞総数(単位:10個)、又は、磁性ナノ粒子を含む細胞の割合(単位:%)で、横軸は分離後の培養時間(単位:時間)である。図5から明かなとおり、マウスES細胞では、播種後24時間までは細胞総数はほぼ同じだが、前記磁性ナノ粒子を含む細胞の割合がほぼ4分の1に減少する。そこで、マウスES細胞との24時間の共培養で取り込まれた磁性ナノ粒子は、その後の24時間で細胞外に急速に排出されたことを示す。また、48時間及び72時間では、磁性ナノ粒子を含むマウスES細胞の割合は、細胞総数に対して反比例して減少する傾向が認められる。そこで、48時間以後では磁性ナノ粒子を含むマウスES細胞は、排出によって減少するよりも、むしろ、磁性ナノ粒子を含まない細胞の増殖により希釈化していることが示唆される。これに対し、図6では、細胞総数がほぼ同じ培養開始から24時間までの期間にはあまり変化せず、その後72時間までの間は細胞総数に対して反比例して減少する傾向が認められる。そこで、ヒト臍帯静脈内皮細胞については、マウスES細胞のように取り込まれた磁性ナノ粒子は排出されることはなく、むしろ、磁性ナノ粒子を含まない細胞の増殖により希釈化していることが示唆される。
【0038】
2.7 マウスES細胞未分化マーカーの定量結果
前記1.7節で説明されたとおり、未分化状態のマウスES細胞で発現する細胞表面マーカーSSEA−1抗原について、磁性ナノ粒子との共培養の影響がフロー・サイトメトリーで解析された。以下の表1は、その結果を示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1から明かなとおり、磁性ナノ粒子と24時間共培養されたマウスES細胞は、共培養されないマウスES細胞とほぼ同じ割合でSSEA−1抗原を発現していた。
【0041】
以上のとおり、マウスES細胞を用いて、鉄を利用する磁性ナノ粒子について、共培養による細胞内への取り込み及び排出の解析と、前記磁性ナノ粒子を含む細胞の分離及び培養と、該細胞の生存率の計測と、前記細胞に取り込まれた磁性ナノ粒子の定量とは、いずれも実施可能であることが示された。そこで、マウスについては、多能性幹細胞である点でES細胞と共通するiPS細胞でも同様にこれらの安全性に関する事項の評価が可能である。また、マウスでは多能性幹細胞の未分化状態のマーカーとしてはSSEA−1抗原が著名であるが、ヒトでは、SSEA−3又はSSEA−4抗原が未分化な多能性幹細胞のマーカーである。これら以外にも、多能性幹細胞が未分化状態か分化状態かを判別できるマーカーは多数知られている。そこで、以上に説明された実施例と、本願の出願時の技術常識とから、本願発明が実施可能であることは当業者に理解される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性を解析するステップを含むことを特徴とする、人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項2】
前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞は、該細胞に照射された光の散乱特性に基づいて特定されることを特徴とする、請求項1に記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項3】
前記人工ナノ材料は磁性ナノ粒子であり、前記人工ナノ粒子を取り込んだ細胞は、磁力によって該人工ナノ粒子を含まない細胞から分離され、特定されることを特徴とする、請求項1に記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項4】
前記細胞は培養細胞であることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1つに記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項5】
前記培養細胞は多能性幹細胞であることを特徴とする、請求項4に記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞は、胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であることを特徴とする、請求項5に記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項7】
前記人工ナノ材料を取り込んだ細胞の特性は、細胞数と、細胞生存率と、マーカー分子の発現と、DNA量とからなるグループから選択される1種類又は2種類以上の特性であることを特徴とする、請求項1ないし6のいずれか1つに記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。
【請求項8】
ラボラトリーオートメーション装置と、クリーンベンチと、インキュベータと、光学顕微鏡と、フロー・サイトメトリー装置とを含む、人工ナノ材料の安全性を評価するシステムを用いることを特徴とする、請求項4ないし7のいずれか1つに記載の人工ナノ材料の安全性を評価する方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−94135(P2013−94135A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241230(P2011−241230)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】