説明

人工受粉方法並びにそのための花粉精製方法、花粉貯蔵方法及び花粉含有物

【課題】 花粉の発芽率を高く維持したまま、人工受粉及びその準備に要する作業を省力化することができる人工受粉方法並びに人工受粉用の花粉精製方法、花粉貯蔵方法、及び花粉含有物を提供する。
【解決手段】 人工受粉方法は、油に花粉を浸漬する工程と、この油に浸漬された花粉を、増粘剤が添加された水溶液中に分散させる工程と、この花粉が分散した水溶液を散布する工程とを含んでなる。人工受粉用の花粉精製方法は、粗花粉を油に入れる工程と、この油を濾して花粉と葯とを分離する工程とを含んでなる。人工受粉用の花粉貯蔵方法は、油に花粉を浸漬する工程を含んでなる。人工受粉用の花粉含有物は、花粉と、この花粉が浸漬されている油とを含んでなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工受粉方法並びに人工受粉用の花粉精製方法、花粉貯蔵方法及び花粉含有物に関する。
【背景技術】
【0002】
果樹の受粉は、多くの場合、ミツバチ等の訪花昆虫によってなされる。受粉効率を上げるために、活動半径が狭く飼育が容易なマメコバチを飼育して利用することもある。しかし、訪花活動中は農薬の使用が制限される上、鳥害や気侯的要因により訪花活動が阻害されて充分な結実を得られない可能性がある。
【0003】
そこで、リンゴ、梨、桃、キウイフルーツなどの果樹は、人工受粉によって結実量を確保している。人工受粉には、あらかじめ採取した花粉に粉末の花粉増量剤を添加して、花粉を希釈、増量した混合粉末が用いられる。また、人工受粉の作業では、竹棒の先に羽毛を付けた梵天といわれる棒が使われており、この羽毛に混合粉末を付け、花一つ一つに人が手で羽毛棒を優しく叩くようにして人工受粉が行われる。
【0004】
しかし、人工受粉は果樹の開花時期に行わなければならないため、花粉を採取してこれを人工受粉するという作業を短い期間に完了させる必要がある。そのため、多数の労働力を必要とする上、雨や強風のような荒天の場合は、その作業効率が著しく低下するという問題がある。
【0005】
花粉の採取は、一般に、先ず開花直前の蕾を摘み、この蕾を葯採取器などにかけて花びら等を除去して葯のみを取り出す。次に、この葯を開葯器に入れて葯を開き、中から花粉を取り出す。そして、花粉精製器などで葯を除去して花粉のみを得る。なお、作業を省力化するために、開葯後、葯と分離前の粗花粉をアセトンやキシレン等の有機溶剤に入れた後、この有機溶剤を濾して葯を除去し、さらに有機溶剤を揮発させて花粉を精製する方法もある。しかし、この方法は有機溶剤の取扱いが容易でない上、人体への影響も懸念される。
【0006】
また、ほとんどの果樹花粉は温度や湿度の変化に弱いので、採取した花粉を常温や直射日光に長時間晒すと、発芽率が低下して結実不良につながる。そのため、作業時以外は、乾燥状態で冷凍貯蔵しなければならず、採取した花粉の取扱いには細心の注意を要するという問題がある。
【0007】
人工受粉の作業を省力化するために、電動式の花粉交配機(特許文献1)も利用されている。これにより、作業時間は上述した手作業の1/2から1/3程度に短縮されるものの、花粉消費量が5〜18倍に増加することや、器材の購入費などのコスト面の問題がある。
【0008】
また、キウイフルーツの花粉を、寒天により粘度をもたせた水溶液に分散させて、これをスプレー散布して人工受粉を行う溶液受粉技術が開発されている(非特許文献1を参照)。本技術は、樹体や人体に与える影響はほとんどなく、取扱いは簡便且つ安全である。しかし、キウイフルーツでは既に実用化されているものの、それ以外の果樹花粉では、浸透圧の影響などによって水溶液中で花粉の発芽率が低下してしまい、これまで成功例は報告されていない。
【特許文献1】実開平7−44613号公報
【非特許文献1】矢野隆,「液体増量剤を用いたキウイフルーツの人工受粉」,果試ニュース,愛媛県立果樹試験場,平成15年3月,第18号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、花粉の発芽率を高く維持したまま、人工受粉及びその準備に要する作業を省力化することができる人工受粉方法並びに人工受粉用の花粉精製方法、花粉貯蔵方法、及び花粉含有物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明に係る人工受粉用の花粉貯蔵方法は、油に花粉を浸漬する工程を含んでなることを特徴とする。このように、油で花粉を浸漬しても、花粉管の伸長に何ら悪影響を与えないので、人工受粉に供することができる。それどころか、花粉を油に浸漬することで、花粉は外気中の水分から保護され、外気に対して不活性となる。したがって、室温でも高い発芽率を維持したまま花粉を長期貯蔵することができる。
【0011】
本発明は、別の態様として、人工受粉用の花粉精製方法であって、粗花粉を油に入れる工程と、この油を濾して花粉と葯とを分離する工程とを含んでなることを特徴とする。このように、粗花粉を油に入れた後、この油を、花粉は通過するが葯は通過しないガーゼ等の濾し器で濾すことで、人工受粉に必要な花粉を葯から容易に分離して精製することができる。また、濾した後の油の中に花粉が含まれていることから、このまま花粉を貯蔵することができる。したがって、作業が大幅に省力化される。さらに、有機溶剤を使用しないので安全性が高く、かつ有機溶剤と同等の回収率で花粉を精製することができる。
【0012】
本発明は、また別の態様として、人工受粉方法であって、油に花粉を浸漬する工程と、この油に浸漬された花粉を、増粘剤が添加された水溶液中に分散させる工程と、この花粉が分散した水溶液を散布する工程とを含んでなることを特徴とする。前記水溶液にはさらに界面活性剤が添加されていることが好ましい。このように、油に花粉を浸漬した後、この油に浸漬された花粉を水溶液中に分散させることで、水溶液中で花粉は油に被膜された状態となるので、花粉の発芽率低下を防止することができる。また、水溶液に増粘剤を添加することで、水溶液の粘度を高くし、花粉を水溶液に分散することができる。したがって、スプレー器材による花粉の散布が可能となり、作業の省力化及び作業時間の短縮化を図ることができる。
【0013】
本発明は、さらに別の態様として、人工受粉用の花粉含有物であって、油と、この油に浸漬されている花粉とを含んでなることを特徴とする。このように、花粉を油の中に浸漬した状態にすることで、上述したように、常温でも高い発芽率を維持したまま貯蔵できるとともに、水溶液に分散しても発芽率が低下することがないので、スプレー散布による人工受粉に用いることができる。また、この花粉含有物は、粗花粉を油に入れて濾すだけであるので、安価で容易に製造することができる。
【0014】
本発明で使用する前記油は、常温で液体であることが好ましい。また、前記油は、植物由来であることが好ましい。さらに、前記油は、炭素数12〜18の直鎖不飽和脂肪酸のグリセリドを主成分とすることが好ましい。さらにまた、前記油には、抗酸化剤が添加されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
このように、本発明によれば、花粉の発芽率を高く維持したまま、人工受粉及びその準備に要する作業が省力化された人工受粉方法並びに人工受粉用の花粉精製方法、花粉貯蔵方法、及び花粉含有物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る人工受粉方法の一実施の形態について説明する。人工受粉に用いる花粉を精製するために、本発明では、先ず、粗花粉を油に入れる。この際、粗花粉1gに対して油20〜100mlを用いることが好ましい。20ml以上であれば充分な回収率で花粉を精製することができる。また、100ml以下であれば受粉作業時に油を切る際のロスを抑えることができる。なお、本発明の人工受粉は、リンゴ、梨、桃、キウイフルーツなどの果樹に対して行うのが好ましいが、その他、蔬菜や花卉に対しても行うことができる。
【0017】
本発明で用いる油は、花粉を外気中の水分から保護して、花粉を外気に対して不活性にするものであれば特に限定されないが、取り扱いが容易であるという観点から、常温で液体のものが好ましい。また、植物由来の植物油や、動物由来の動物油、鉱物由来の鉱物油、化学合成により得られる合成油のいずれの油も使用することができるが、入手の容易さ、人体への安全性の面から、植物由来であるものが好ましい。
【0018】
植物油としては、外気との遮断性に優れているという面から、ヨウ素価が130以下のものが好ましい。このような植物油の具体例として、コーン油、菜種油、紅花油、ひまわり油、胡麻油、綿実油、大豆油、オリーブ油、ひまし油などが挙げられる。また、動物油の具体例として、魚油などが挙げられる。鉱物油の具体例として、流動パラフィンなどが挙げられる。合成油の具体例として、シリコーン油などが挙げられる。なお、合成油は、温度による粘度の変化が少なく、取り扱いに優れている。また、植物油、動物油、鉱物油、合成油の中で又は間で各種混合してもよい。
【0019】
なお、動植物油の主成分は、脂肪酸とグリセリンとのエステル(グリセリド)である。グリセリドとしては、上記と同様に、外気との優れた遮断性の面から、炭素数12〜18の直鎖不飽和脂肪酸のグリセリドが好ましい。このような脂肪酸の具体例として、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などが挙げられる。
【0020】
油の種類によっては、油の劣化を防ぐために、抗酸化剤を添加することが好ましい。抗酸化剤は、特に限定されるものではないが、具体例として、トコフェロール、オリザノール、リコピン、クエン酸エステル、エリソルビン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0021】
次に、粗花粉が入った油を濾して、葯と人工受粉に用いる花粉とに分離する。油を濾すための濾し器としては、花粉は通過するが葯は通過しないものであれば特に限定されないが、ガーゼなどを用いることが好ましい。葯は濾し器を通過せずに濾し器内に残るが、花粉は油とともに濾し器を通過する。すなわち、葯が除去されて花粉が精製される。このようにして、油の中に花粉が浸漬された状態の花粉含有物を得ることができる。
【0022】
得られた花粉含有物は、油によって花粉が外気から保護されているので、常温でも発芽率が低下せず、取扱いが簡便である。また、この花粉含有物は、そのままの状態で長期間にわたる貯蔵が可能である。その際、密封して暗所に保管することが好ましい。温度は室温でも良いが、0〜20℃の低温度で貯蔵することが好ましい。また、花粉含有物の花粉濃度は、25〜500倍(1g/25ml〜1g/500ml)にすることが好ましい。花粉濃度を25倍以上にすることで充分に花粉を外気から遮断することができる。また、500倍以下にすることで受粉作業時に油を切る際のロスを抑えることができる。
【0023】
次に、この花粉含有物を用いて人工受粉を行う方法について説明する。先ず、花粉含有物に後述する水溶液を加え、水溶液中に花粉を分散させる。この際、花粉含有物は、上澄みの油を切っておくことが好ましい。上澄みの油を切った沈殿物のみを使うことがより好ましい。水溶液中の花粉濃度は、100〜2000倍(1g/100ml〜1g/2000ml)にすることが好ましい。100倍以上にすることで広範囲に散布することができる。また、2000倍以下にすることで充分な結実率を確保することができる。
【0024】
本発明で用いる水溶液は、増粘剤が添加されたものである。増粘剤としては、水に溶解した際に高い粘度を有するものであれば特に限定されるものではない。増粘剤の具体例としては、寒天、ゼラチン、グリセリン、ポリアクリル酸塩などが挙げられる。増粘剤の添加量は、増粘剤の種類によって多少異なるが、寒天の場合であれば0.05〜0.5重量%の範囲が好ましい。寒天を0.05重量%以上添加することで、花粉を充分に分散することができる。また、寒天を0.5重量%以下添加することで、スプレー器材により容易に散布することができる。
【0025】
また、水溶液には、花粉管の伸長を促進するために、ショ糖(スクロース)やブドウ糖(グルコース)などの糖類を添加することが好ましい。糖類の添加量は、その種類によって多少異なるが、1〜20重量%の範囲が好ましい。1重量%以上にすることで、花粉管の伸長を充分に促進することができる。また、20重量%以下にすることで、葉焼け等の発生を防止することができる。
【0026】
さらに、水溶液には、油に浸漬された花粉を水溶液中により均一に分散させて、作業性向上を図るために、界面活性剤を添加することが好ましい。界面活性剤の種類は特に限定されず、アニオン系の硫酸エステル塩やスルホン酸塩、カチオン系のアミン塩類、両性イオン系のアミノ酸型界面活性剤、非イオン系のポリエチレングリコール類やショ糖エステルなどが使用できる。界面活性剤の添加量は、種類によって多少異なるが、0.01〜1重量%の範囲が好ましい。なお、油に界面活性剤を添加することもできる。
【0027】
このようにして花粉を分散させた水溶液は、スプレー器材による散布が可能となり、溶液受粉を行うことができるので、人工受粉に要する作業を省力化することができる。また、花粉を油に浸漬しても、受粉能力に悪影響を及ぼすことがないので、安定した結実量を得ることができる。さらに、果樹に薬害を出すこともなく、環境への影響もない。
【実施例】
【0028】
(花粉の採取及び貯蔵)
葯付きの状態のリンゴ花粉(品種:祝)1gをガーゼ上に敷き詰め、このガーゼの下に、密閉可能な容器を受器として用意した。そして、ガーゼ上にコーン油を50ml流し込んだ。ガーゼを絞って、ガーゼを通過して流出してくる花粉をコーン油ごと容器内に密閉した。この容器を、暗所にて室温(25℃以下)と家庭用冷蔵庫(5℃以下)とでそれぞれ1年間貯蔵した。
【0029】
一方、比較例として、葯付き状態の上記花粉を開葯器及び花粉精製器にて葯と花粉とを分離した。得られた花粉を乾燥させた状態で暗所にて室温(25℃以下)と冷凍室(−40℃以下)とでそれぞれ1年間貯蔵した。
【0030】
(花粉の発芽試験)
上記により油に浸漬し室温又は冷蔵庫にて貯蔵した花粉(実施例)と、室温又は冷凍室で乾燥貯蔵した花粉(比較例)とについて、発芽試験を行った。なお、実施例である油に浸漬した花粉については、油と混合した状態のまま綿棒を入れて花粉を付着させ、培地上に移した。培地は、寒天1重量%、ショ糖10%に調製し、この培地上に花粉をまいて、温度20℃で3時間培養した。そして、顕微鏡にて花粉の発芽状況を観察し、発芽率を測定した。
【0031】
その結果、実施例の冷蔵庫で貯蔵した花粉は約80%の発芽率が得られた。これは、比較例の冷凍室で貯蔵した花粉と同様の発芽率であった。すなわち、花粉を油に浸漬して冷蔵庫で1年間貯蔵した場合は、冷凍室で乾燥貯蔵した場合と比べて、発芽率の低下はまったく見られなかった。
【0032】
また、実施例では、室温貯蔵した場合でも約60%の発芽率が得られた。一方、比較例である室温で乾燥貯蔵した場合は発芽率が0%であった。すなわち、油に浸漬することで、室温においても花粉を貯蔵することが可能になった。
【0033】
(人工受粉)
上記の冷蔵庫で1年貯蔵した花粉(乾燥した状態で0.2g)を、今度は人工受粉に使用するために、上澄みの油を切った後、花粉濃度が500倍(1g/500ml)となるように、ショ糖3重量%及び寒天0.1重量%の水溶液100mlに懸濁した。これを山形県内の圃場にて、スプレー散布で溶液受粉に供した。なお、この溶液受粉に要した作業時間は、従来の梵天による作業時間の約1/2であった。また、上記の溶液受粉から2週間後に結実状況を調査した結果、結実率は75%であった。なお、花弁や葉に薬害は見られなかった。
【0034】
以上、本発明の一実施の形態並びに実施例について説明したが、本発明はこのような一実施の形態並びに実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、様々に実施することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油に花粉を浸漬する工程を含んでなる人工受粉用の花粉貯蔵方法。
【請求項2】
前記油が常温で液体である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記油が植物由来である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記油が、炭素数12〜18の直鎖不飽和脂肪酸のグリセリドを主成分とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記油には抗酸化剤が添加されている請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
粗花粉を油に入れる工程と、この油を濾して花粉と葯とを分離する工程とを含んでなる人工受粉用の花粉精製方法。
【請求項7】
油に花粉を浸漬する工程と、この油に浸漬された花粉を、増粘剤が添加された水溶液中に分散させる工程と、この花粉が分散した水溶液を散布する工程とを含んでなる人工受粉方法。
【請求項8】
前記水溶液にはさらに界面活性剤が添加されている請求項7に記載の方法。
【請求項9】
油と、この油に浸漬されている花粉とを含んでなる人工受粉用の花粉含有物。

【公開番号】特開2006−246702(P2006−246702A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−63211(P2005−63211)
【出願日】平成17年3月8日(2005.3.8)
【出願人】(593119527)白石カルシウム株式会社 (17)
【Fターム(参考)】