人工授精装置および人工授精用のプローブ
【課題】目視形態検査以外の方法で卵の評価を可能にすること。
【解決手段】卵(53)が浸漬されたチェンバー(11)内の溶液に接触する第1の電極(42)と、プローブ本体(27)と、卵(53)の細胞内に注入可能な精子(52)を含む溶液が収容可能な精子収容部(27a)と、卵(53)の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部(28a)と、精子収容部(27a)に一端が配置された第2の電極(32)と、前記第2の電極の他端を精子収容部(27a)の外に導出する電極導出部(29b)と、プローブ本体(27)に形成され且つ精子を開口(28b)から押し出す圧力を付与するインジェクタ(21)に接続される接続部(29c)と、を有するプローブ(26)と、を備えた人工授精装置(1)。
【解決手段】卵(53)が浸漬されたチェンバー(11)内の溶液に接触する第1の電極(42)と、プローブ本体(27)と、卵(53)の細胞内に注入可能な精子(52)を含む溶液が収容可能な精子収容部(27a)と、卵(53)の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部(28a)と、精子収容部(27a)に一端が配置された第2の電極(32)と、前記第2の電極の他端を精子収容部(27a)の外に導出する電極導出部(29b)と、プローブ本体(27)に形成され且つ精子を開口(28b)から押し出す圧力を付与するインジェクタ(21)に接続される接続部(29c)と、を有するプローブ(26)と、を備えた人工授精装置(1)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵と精子とを人工的に受精させる人工授精装置および人工授精時に精子を卵に注入する人工授精用のプローブに関する。
【背景技術】
【0002】
人の不妊治療や動物(例えば、牛等)の繁殖において、人工的に授精(配偶子の細胞融合、換言すれば卵への精子遺伝子導入)が行われることが広がっており、人工授精に利用されるART(Assisted Reproductive Technology:生殖補助医療技術)の研究も盛んに行われている。前記ARTにおいて、卵に精子を導入する技術として、下記の特許文献1記載の技術が従来公知である。
【0003】
特許文献1としての特開2003−125750号公報には、卵子(O)に対して精子(S)を接触あるいは注入するためのマイクロピペット(1)が記載されている。特許文献1記載の技術では、まず、培養液(6)内の卵子(O)をホールド用マイクロピペット(H)で保持した状態で、培養液内に精子(S)を加え、内部が中空なマイクロピペット(1)の先端部(12)を精子(S)に近づけて、マイクロピペット(1)に接続されたシリンジ(23R)によりマイクロピペット(1)内の圧力を調整して精子(S)を培養液(6)とともにマイクロピペット(1)内に吸引する。そして、マニピュレータ(3R)を操作して、マイクロピペット(1)の先端を卵子(O)に近づけて、マイクロピペット(1)内の空気(A)の圧力をシリンジ(23R)により高くして、精子(S)を卵子(O)に接触、あるいは卵子(O)内に注入している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−125750号公報(「0012」〜「0014」、図1〜図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
(従来技術の問題点)
前記特許文献1に記載の技術のような従来のARTが利用される体外受精(IVF:In Vitro Fertilization)や顕微授精(ICSI :Intra-cytoplasmic Sperm Injection)等の人工授精において、人工授精を行うために各個体から得られる精子、卵子は、機能的に均一ではなく、良好なものも不良のものも存在する。精子、卵子の質が受精、発生ひいては生まれた児の長期予後に至るまで大きく影響することは言を待たず、精子、卵子共に機能的に良好であることが望まれる。
人の不妊治療の場合、一度に取得できる精子は、100万匹以上であり、抜き取り検査による複数項目の観察が可能であり、複数の指標に基づいて良好と評価される精子を使用することが可能になりつつある。
【0006】
一方で、一般的なART臨床においては、得られる卵は10個程度と比較的少数であり、これらを侵襲的に検査、評価することは困難である。これまで卵の品質については顕微鏡下における目視形態検査(すなわち、卵の「外形」が良さそうかどうか)が唯一の方法であった。しかしながら、顕微鏡観察による受精卵(胚)の形態のみでは、胚の質、すなわち、着床して発生を継続する能力等を判定することは困難である。
特に、長年、妊娠率の向上を目的として、複数胚を子宮に移植する方法が取られてきたが、形態のみでは胚の質の判定が困難であるため、しばしば、双胎、品胎等の多胎が発生した。多胎妊娠は、母子に負担があり、初産年齢の上昇も相まって、ハイリスク妊娠の発生頻度を上昇させることになる。このため、日本産科婦人科学会では、移植胚の個数を原則1個とするように求められており、このような現状では、移植される胚の品質評価の要求が高まってきている。
【0007】
本発明は前記事情に鑑み、目視形態検査以外の方法で卵の評価を可能にすることを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明の人工授精装置は、
卵が浸漬された導電性の溶液が収容されるチェンバーと、
前記チェンバー内の溶液に接触する第1の電極と、
プローブ本体と、前記プローブ本体の内部に形成され且つ前記卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、前記精子収容部に一端が配置された第2の電極と、前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与するインジェクタに接続される接続部と、を有するプローブと、
前記電極導出部から導出された前記第2の電極と前記第1の電極とに接続されて各電極の間の電位差を測定可能な電位差測定計であって、前記プローブの前記刺し入れ部が前記卵の細胞内に刺し入れられた状態における前記卵の細胞外と細胞内の電位差を測定可能な前記電位差測定計と、
前記電位差測定計で測定された電位差を表示する表示器と、
を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記技術的課題を解決するために、請求項2に記載の発明の人工授精用のプローブは、
中空筒状のプローブ本体と、
前記プローブ本体の内部に形成され且つ卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、
前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、
前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、
前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与可能なインジェクタが接続される接続部と、
前記精子収容部に一端が配置され、且つ、前記卵が浸漬された導電性の溶液に接触する第1の電極との間で電位差を測定可能な第2の電極と、
前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1、2に記載の発明によれば、刺し入れ部が卵に刺し入れられた状態で、第1電極と第2電極との間で膜電位を測定して、卵を評価しつつ、人工授精が可能であり、目視形態検査以外の方法で卵の評価が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は実施例1の人工授精装置の説明図であり、図1Aは全体説明図、図1Bはチェンバー部分の要部説明図である。
【図2】図2は実施例1の人工授精装置のインジェクション用のプローブ部分を分解した状態の要部説明図である。
【図3】図3は実施例1の人工授精用のインジェクション用のプローブの説明図であって、図3Aは正面図、図3Bは図3Aの要部断面図、図3Cは図3BのIIIC部分の拡大図である。
【図4】図4はホールド用のプローブの説明図であり、図4Aは正面図、図4Bは図4Aの要部断面図、図4Cは図4BのIVC部分の拡大図である。
【図5】図5は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図5Aはインジェクションプローブに精子が吸引される前の状態の説明図、図5Bはインジェクションプローブに精子が吸引された後の状態の説明図、図5Cはホールディングプローブに卵が保持される前の状態の説明図、図5Dは卵がホールディングプローブに保持された状態の説明図である。
【図6】図6は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図6Aは図5Bに示すインジェクションプローブが図5Dに示す状態のチェンバーに浸漬された状態の説明図、図6Bはインジェクションプローブが卵に刺し入れられた状態の説明図、図6Cは精子が注入された状態の説明図である。
【図7】図7は膜電位の概略説明図である。
【図8】図8は膜電位の実験例の実験結果の説明図であり、横軸に膜電位[mV]をとり、縦軸に個数をとったヒストグラムである。
【図9】図9は膜電位測定中に薬物を投与する実験の実験結果の図であり、横軸に時間をとり、縦軸に膜電位[mV]をとったグラフである。
【図10】図10は実施例2のインジェクションプローブの説明図であり、実施例1の図3Bに対応する図である。
【図11】図11は実施例3のインジェクションプローブの説明図であり、図11Aは実施例1の図1Bに対応する図であり、図11Bは実施例1の図3Bに対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0013】
図1は実施例1の人工授精装置の説明図であり、図1Aは全体説明図、図1Bはチェンバー部分の要部説明図である。
図1において、本発明の実施例1の人工授精システムSでは、テーブルT上に人工授精装置1が配置されている。人工授精装置1は、観察装置の一例としての倒立顕微鏡2を有する。倒立顕微鏡2は、顕微鏡本体3と、顕微鏡本体3の中央部に配置されたステージ4とを有する。前記ステージ4の上方には、光源部6および集光レンズ7が配置されており、ステージ4の下方には、図示しない対物レンズを有する観察部8が配置され、観察部8には、ユーザが目視で観察するための接眼レンズ9が支持されている。
【0014】
前記ステージ4の中央部には、底の浅い平皿(シャーレ)状のチェンバー11が支持されると共に、ステージ4の左右両側には、操作部材の一例としての左右一対のマニピュレータ12,13が支持されている。前記チェンバー11には、導電性の液体の一例としてのバース(Barth)変法溶液が収容可能であり、人工授精を行う際には、バース溶液中に卵や精子を浸漬、放出可能である。
前記マニピュレータ12,13は、ホルダ支持部12a,13aを有し、ユーザの操作に応じて前後、左右、上下方向に移動可能に構成されている。なお、前記マニピュレータ12,13は、従来公知の市販の装置を使用可能であり、例えば、特許文献1や特開平11−347972号公報、特開2001−330781号公報等にも記載されているため、詳細な説明は省略する。
【0015】
前記ホルダ支持部12a,13aには、それぞれ、中空円筒棒状のホルダ16,17が支持されている。前記ホルダ16,17の外端には、可撓性のチューブ18,19が接続されており、チューブ18,19は、それぞれ、テーブルT上に配置されたインジェクタ21,22に接続されている。前記インジェクタ21,22は、ユーザの操作に応じてチューブ18,19およびホルダ16,17内の圧力を調整可能に構成されている。
なお、前記インジェクタ21,22は、従来公知の市販の装置を使用可能であり、例えば、特許文献1や特開2000−4869号公報、特開2001−314503号公報等にも記載されているため、詳細な説明は省略する。
【0016】
(インジェクション用のプローブの説明)
図2は実施例1の人工授精装置のインジェクション用のプローブ部分を分解した状態の要部説明図である。
図3は実施例1の人工授精用のインジェクション用のプローブの説明図であって、図3Aは正面図、図3Bは図3Aの要部断面図、図3Cは図3BのIIIC部分の拡大図である。
図2において、各ホルダ16,17の内端には、ネジ山16a,17aが形成されており、右側のホルダ16には、インジェクションプローブ26が支持されている。図2、図3において、前記インジェクションプローブ26は、内部に精子収容部の一例としての気体や液体等の流体が収容可能な収容空間27aが形成された中空のプローブ本体27を有する。前記プローブ本体27は、チェンバー11側のピペット部28と、チューブ18側のピペット支持部29とを有する。
【0017】
実施例1のピペット部28は、中空円筒状のガラス製で構成されており、先端部には先細に形成された刺し入れ部28aが形成されている。実施例1の刺し入れ部28aの先端は、マニピュレータ12の操作に応じて、卵の細胞壁を貫通して刺し入れ可能な程度の細さ(5μm〜7μm)に形成されているが、差し入れ対象の細胞壁の強度等に応じて、細さは任意に変更可能である。図3Cにおいて、前記刺し入れ部28aの先端には、精子が通過可能な径を有する開口28bが形成されている。
前記ピペット支持部29は、ピペット部28の右部を支持する筒状の支持部本体29aと、筒状の支持部本体29aから斜め方向に分岐した筒形状の電極導出部の一例としての電極支持部29bとを有する。前記支持部本体29aの右端部には、接続部の一例として、ホルダ16のネジ山16aに対応するネジ溝部29cが形成されており、ネジ溝部29cにホルダ16のネジ山16aがネジ嵌合することで、ピペット部28およびピペット支持部29の内部空間、すなわち収容空間27aと、右側のホルダ16やチューブ18の内部空間とが接続され、右側のインジェクタ21により収容空間27a内の圧力が調整可能になっている。
【0018】
前記電極支持部29bには、電極支持体の一例としてのコネクタ31が支持されている。前記コネクタ31には、コネクタ31を貫通して、第2の電極の一例としての右側電極32が支持されている。右側電極32は、電極支持部29bに沿って収容空間27a内を伸びて途中から折れ曲がって、内端32aがピペット部28の先端近傍まで延びると共に、外端32bがコネクタ31を貫通して外部に伸びている。
なお、実施例1の右側電極32は、銀(Ag)の表面が、電位測定の安定化のために塩化銀(AgCl)処理された線状の電極を使用している。なお、電極の材料は、銀に限定されず、使用可能な任意の材料を使用可能であるが、細胞に対して影響の少ない金(Au)やプラチナ(Pt)等の材料を使用することが望ましい。なお、塩化銀処理のように電圧を安定化させる処理をしない場合には、電圧が安定しなかったりオフセット電圧が発生することが予想されるが、後述する電圧計(46)の方に補償回路を設けることで対応することも可能である。
【0019】
(ホールド用のプローブの説明)
図4はホールド用のプローブの説明図であり、図4Aは正面図、図4Bは図4Aの要部断面図、図4Cは図4BのIVC部分の拡大図である。
図1、図4において、左側のホルダ17のネジ山17aには、卵保持部材の一例としてのホールディングプローブ36が支持されている。図4において、ホールディングプローブ36は、インジェクションプローブ26のプローブ本体27、ピペット支持部29、コネクタ31および右側電極32と同様に構成されたプローブ本体37、ピペット支持部39、コネクタ41および第1電極の一例としての左側電極42を有する。そして、実施例1のホールディングプローブ36では、インジェクションプローブ26のピペット部28に替えて、先端部に卵を吸着した状態で保持可能なホールディングピペット部38が支持されている。図4Cにおいて、ホールディングピペット部38の先端の保持部38aには、卵の外形よりも小径で卵が通過不能な開口38bが形成されている。また、左側電極42の内端は、ホールディングピペット部38の先端近傍まで延びている。
【0020】
図1において、前記各電極32,42の外端には、電位差測定計の一例としての電圧計46が接続されており、電圧計46は、電極32,42間の電位差が測定される。
前記電圧計46には、接続用のケーブルCbを介して、端末の一例としてのクライアントパソコンPCが接続されている。実施例1の前記クライアントパソコンPCは、いわゆる、コンピュータ装置により構成されており、コンピュータ本体H1と、表示器の一例としてのディスプレイH2と、キーボードH3やマウスH4等の入力装置、図示しないHDドライブ(ハードディスクドライブ)等により構成されている。そして、電圧計46で測定された電極32,42間の電位差が、ディスプレイH2に表示されるように構成されている。
【0021】
(実施例1の作用)
図5は実施例1の顕微授精システムの作用説明図であり、図5Aはインジェクションプローブに精子が吸引される前の状態の説明図、図5Bはインジェクションプローブに精子が吸引された後の状態の説明図、図5Cはホールディングプローブに卵が保持される前の状態の説明図、図5Dは卵がホールディングプローブに保持された状態の説明図である。
前記構成を備えた実施例1の顕微授精システムSでは、人工授精を行う場合、各プローブ26,36では、まず、インジェクタ21,22からオイルを注入して、図5Aに示すように、プローブ26,36の収容空間27a,37aの先端までオイルで満たされた状態にしておく。なお、インジェクタ21,22から注入せず、収容空間27a,37aの先端側から吸引するようにして、先端までオイルで満たされた状態にすることも可能である。なお、オイルを使用することが望ましいが、オイルを使用せずに、流動パラフィンやシリコン、水銀等の液体や、気体(空気や窒素等の不活性ガスやその他のガス)等の流体を使用することも可能である。なお、先端部分の溶液(バース溶液)と混ざらなければ、任意の流体を使用可能であり、使用する溶液によっては生理食塩水や水を使用することも可能である。また、溶液と使用する流体との間にオイルを挟むことも可能である。
【0022】
そして、導電性の電解質溶液の一例としてのバース溶液51中に尾部を切断または挫滅した精子52が放出された液体が収容されたチェンバー11を、ステージ4に設置し、右側のマニピュレータ12の操作により、オイルが注入されたインジェクションプローブ26の先端部分を、図5Aに示すように、チェンバー11内に浸漬する。なお、このとき、ホールディングプローブ36は左側のマニピュレータ13の操作により、チェンバー11から退避させている。
そして、右側のインジェクタ21を操作して、インジェクションプローブ26の収容空間27内を負圧にして、図5Bに示すように、精子52を含むバース溶液51を吸引する。このとき、図5Bに示すように、バース溶液51が、右側電極32の先端部分に接触するように吸引する。
【0023】
図5C、図5Dにおいて、次に、右側のマニピュレータ12を操作して、インジェクションプローブ26を上方に退避させた後、バース溶液51に卵53が浸漬された別のチェンバー11をステージ4に設置し、左側のマニピュレータ13を操作して、図5Cに示すように、ホールディングプローブ36の先端部分をバース液51に浸漬させる。そして、左側のインジェクタ22を操作して、収容空間37内を負圧にして、図5Dに示すように、ホールディングピペット部38の開口38bからバース液51を吸引しながら、ホールディングピペット部38の先端に卵53を吸着、保持する。なお、このとき、図5Dに示すように、バース溶液51が左側電極42の先端部分に接触するように吸引する。
【0024】
図6は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図6Aは図5Bに示すインジェクションプローブが図5Dに示す状態のチェンバーに浸漬された状態の説明図、図6Bはインジェクションプローブが卵に刺し入れられた状態の説明図、図6Cは精子が注入された状態の説明図である。
図6Aにおいて、次に、右側のマニピュレータ12を操作して、インジェクションプローブ26の先端をチェンバー11内に浸漬させる。
そして、右側のマニピュレータ12を操作して、図6Bに示すように、インジェクションプローブ26の先端を、ホールディングプローブ36に保持された卵53に刺し入れる。この状態では、ホールディングピペット36の左側電極42は、卵53の外部のバース溶液51に接触している状態であり、インジェクションプローブ26の内部の右側電極32は、卵53の内部に電気的に接続された状態となる。よって、この状態で、電極32,42間の電位差を測定することで、卵53の細胞外の電位を基準とした細胞内の電位、すなわち、膜電位が測定され、ディスプレイH2に表示される。
【0025】
図7は膜電位の概略説明図である。
図7において、卵53の内部には、カリウムイオン(K+)や、マイナスにチャージしたアミノ酸、たんぱく質、リン酸イオン、塩素イオン等のさまざまな陰イオン(総称して、「A−」と表記)が含まれている。前記膜電位は、細胞内と細胞外のイオン勾配によって形成されるネルンスト電位やナトリウムポンプによって細胞外へくみ出されるナトリウム電流等によって発生し、通常、マイナスの電位をもつ。卵53の細胞膜は、図7に示す電気的等価回路54によって表現される。図7において、等価回路54における電気抵抗R1は細胞膜の持つイオン透過性を反映し、抵抗R1に並列に接続されたコンデンサC1は、細胞膜が有する電気的な容量成分を示す。そして、起電力Emが膜電位を示す。
仮に、細胞膜に何らかの傷が付くと、傷を通じて、イオンのシャント(あるべきルートとは別の流れ)が発生すると共に、細胞内外のイオン濃度勾配に変化が生じて膜電位Emの値がゼロに近づくことになる。また、細胞が障害を受けて細胞内のATP(アデノシン三リン酸)産生が低下した場合でも、ナトリウムポンプの機能不全により、細胞内カリウムイオン濃度が低下し、細胞内電位がゼロに近づく。
【0026】
したがって、電極32,42間の電位差を測定することで、卵53が傷ついていたり、障害を受けていたりしないか否かを判定することができる。例えば、実験や統計データ等により予め設定された閾値以上の電位差Emが測定された場合に、良好な卵53と判定し、閾値未満の場合に、不良な卵53と判定することが可能である。
そして、良好な卵53であると判定された場合、右側のインジェクタ21を操作して、インジェクションプローブ26から精子52を押し出して、卵53の内部に精子52を放出して、受精させる。
【0027】
したがって、従来の技術では、一度に得られる個数が少なく、侵襲的な検査(結果的に卵を傷つける検査)や薬品等を使用した検査が困難であり、卵53の外形を目視でしか判定ができなかったが、実施例1の顕微授精システムSでは、膜電位を基準として卵53の良・不良を判定することが可能となった。したがって、倒立顕微鏡2による卵53の外的な形状の良・不良に加えて、内的な良・不良を基準として判定することが可能になった。そして、卵53の良・不良を判定すると共に、良好である場合には、そのまま続けて、精子52を注入することも可能であり、侵襲的な検査を行いながら人工授精の作業を効率的に行うことができる。
【0028】
また、実施例1の各プローブ26,36は、ネジ溝部29c,39cにより、容易に着脱可能に構成されており、使い捨て可能(ディスポーザブル)な構成となっており、滅菌操作が容易である。その結果、衛生的な使用が可能となっている。
さらに、実施例1の各プローブ26,36では、電極支持部29b,39bが、支持部本体29a,39aから斜め方向に分岐しており、電極支持部29b,39bが後述する実施例2のように90度の方向に分岐している場合に比べて、プローブ26,36の作製時に、電極32,42を電極支持部29b,39bを通じて支持部本体29a,29b内に挿入する作業が容易になっている。すなわち、プローブ26,36の作製や、メンテナンス(保守作業)が容易になっている。
【0029】
(実験例)
次に、実施例1の効果を確かめるために、両生類(アフリカツメガエル)のメスから酵素的に単離した卵母細胞について実験を行った。
実験は、実施例1の構成のインジェクションプローブ26を作製して、市販の倒立顕微鏡およびマニピュレータ(ナリシゲ社製)と、細胞内電位測定用のアンプとしてワーナー社製TEV−2000と、データ記録装置としてPowerLab社製のAD Instrumentsを使用した。なお、実験は全て室温でおこなった。
【0030】
また、アフリカツメガエルの卵母細胞は、次のようにして単離した。
(i)アフリカツメガエル(メス)を氷冷水にいれて麻酔する。
(ii)腹部を切開し、卵胞をピンセットにより取り出す。
(iii)取り出した卵胞をコラゲナーゼ10mg/mlを含んだCa2+freeMBS溶液に漬け、30分〜60分かけて、ゆっくり震盪する。
(iv)ばらばらになった卵母細胞をコラゲナーゼを含まないMBS溶液にいれ、17℃インキュベータにて保存する。
なお、MBS溶液は、バース変法溶液であり、88mMのNaClと、1mMのKClと、0.41mMのCaCl2と、0.33MのCa(NO3)2と、0.82mMのMgSO4と、2.4mMのNaHCO3と、7.5mMのTris−HClとを含むpH7.6の溶液を使用した。また、Ca2+freeMBS溶液は、88mMのNaClと、1mMのKClと、2mMのMgSO4と、2.4mMのNaHCO3と、7.5mMのTris−HClとを含むpH7.6の溶液を使用した。
【0031】
実験は、酵素処理後のダメージの少ない細胞の膜電位と、一日経過してダメージを受けた細胞の膜電位とを測定し、それらを比較した。実験結果を図8に示す。
図8は膜電位の実験例の実験結果の説明図であり、横軸に膜電位[mV]をとり、縦軸に個数をとったヒストグラムである。
図8に示すように、酵素処理後(「Day0」)に対して、一日経過後(「Day1」)の卵の方がゼロに近い膜電位を持つことがわかった。
【0032】
次に、障害を有する卵の膜電位がどのように変化するかを確認する実験を行った。実験は、薬物を含まないMBS溶液において、インジェクションプローブ26を卵に刺し込んで、連続的に膜電位を測定中に、細胞に障害を与える薬物を投与することで、膜電位がどのように変化するかを測定した。投与する薬物は、ATPポンプを阻害することにより細胞障害性をもつ薬物であるOuabain 10μMを投与した。実験結果を図9に示す。
図9は膜電位測定中に薬物を投与する実験の実験結果の図であり、横軸に時間をとり、縦軸に膜電位[mV]をとったグラフである。
図9に示すように、細胞に障害を与える薬物を投与した後は、急激に膜電位がゼロに近づくことが確認され、障害のある卵は、障害のないものに比べて、膜電位が低下することが確認された。
図8、図9の結果から、膜電位を指標として、障害を受けた卵と正常な卵の区別が可能であり、実施例1のインジェクションプローブ26を使用することで、卵の良、不良を、人工授精中にリアルタイムで判別しつつ、精子の注入も可能であることが確認された。
【実施例2】
【0033】
次に、本発明の実施例2の説明を行うが、この実施例2の説明において、前記実施例1の構成要素に対応する構成要素には同一の符号を付して、その詳細な説明を省略する。
この実施例2は、下記の点で前記実施例1と相違しているが、他の点では前記実施例1と同様に構成されている。
図10は実施例2のインジェクションプローブの説明図であり、実施例1の図3Bに対応する図である。
図10において、実施例2のインジェクションプローブ26′では、電極支持部29b′が、実施例1の電極支持部29bに替えて、筒状の支持部本体29aに対して、直交する方向に延びている。
【0034】
(実施例2の作用)
前記構成を備えた実施例2のインジェクションプローブ26′では、電極支持部29b′が、支持部本体29aに対して直交する方向に延びており、電極32から延びるケーブルがマニピュレータ12等に干渉しないように配線することが容易になっている。
なお、インジェクションプローブ26′だけでなく、ホールディングプローブ36側も、実施例2のインジェクションプローブ26′の電極支持部29b′と同様に構成することも可能である。また、インジェクションプローブ26,26′と、ホールディングプローブ36,36′とを設計や配線しやすさ等に応じて、例えば、インジェクションプローブは実施例1の構成としてホールディングプローブは実施例2の構成にするというように任意の組み合わせとすることも可能である。さらに、設計に応じて実施例1,2とは異なる角度方向に延びる電極支持部を有する構成とすることも可能である。
【実施例3】
【0035】
次に、本発明の実施例3の説明を行うが、この実施例3の説明において、前記実施例1の構成要素に対応する構成要素には同一の符号を付して、その詳細な説明を省略する。
この実施例3は、下記の点で前記実施例1と相違しているが、他の点では前記実施例1と同様に構成されている。
図11は実施例3のインジェクションプローブの説明図であり、図11Aは実施例1の図1Bに対応する図であり、図11Bは実施例1の図3Bに対応する図である。
図11において、実施例3のプローブ26″,36″では、ピペット部28″,38″の先端の刺し入れ部28a″や保持部38a″の部分が、ピペット部28″,38″の基端部分に対して折れ曲がるように傾斜している。なお、実施例3では、刺し入れ部28a″や保持部38a″は、基端部分に対して30度傾斜するように設定されているが、傾斜角度は用途や設計等に応じて、任意の角度に変更可能である。
【0036】
(実施例3の作用)
前記構成を備えた実施例3のプローブ26″,36″では、ピペット部28″の刺し入れ部28a″が傾斜している。図1Bに示すように、実施例1,2では、チェンバー11の側壁が妨げとなって、卵53に対して斜め方向からホールディングプローブ36で保持した状態で、別の斜め方向からインジェクションプローブ26を刺し入れる作業となり、インジェクションプローブ26を刺し入れる方向とホールディングプローブ36が吸引する方向が異なっていた。したがって、卵にインジェクションプローブ26を刺し入れる際に、卵53が動いたり、ずれたり、最悪の場合には卵53が損傷する恐れがあった。
これに対して、実施例3では、図11Bに示すように、プローブ26″,36″が、卵53を挟んで対向するように配置可能であり、インジェクションプローブ26を刺し入れる方向からホールディングプローブ36が保持可能になっている。よって、インジェクションプローブ26を刺し入れる際に、卵53が動く等が低減される。
【0037】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)〜(H05)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、ホールディングプローブ36,36′,36″内に左側電極42を内蔵する構成を例示したが、左側電極42は、不関電極または参照電極としての機能を実現可能な形態であればどのような形態であっても構わないため、例えば、電極42を単独でチェンバー11内に浸漬することで溶液に接触させておき、ホールディングプローブは、従来公知のホールディングピペットを使用することも可能である。
【0038】
(H02)前記実施例において、右側電極32および電極支持部29b,29b′は、支持体本体29aに一体的に構成されたが、これに限定されず、例えば、ピペット部28に電極支持部を設けて右側電極32を外部に導出する構成とすることも可能である。
(H03)前記実施例において、ホルダ16,17と、プローブ26,26′,26″,36,36′,36″と、を別体で構成したが、一体構成として、1つのプローブとすることも可能である。この場合、電極支持部29b,29b′は、ホルダ16,17から分岐する構成とすることも可能である。また、ホルダ16,17に加えてチューブ18,19も一体構成として、1つのプローブとすることも不可能ではない。
【0039】
(H04)前記実施例において、使用する溶液は、実施例に例示したものに限定されず、卵や精子等に応じて、使用可能な任意の溶液を使用可能である。
(H05)前記実施例において、ピペット部とピペット支持部とを別体の構成としたが、一体構成とすることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の人工授精システムSは、人間の不妊治療において、妊娠率の向上に寄与するだけでなく、動物(牛等)の人工授精にも使用可能である。よって、例えば、牛に使用した場合には、障害が少なく、肉質のよい肉牛や、牛乳の質のよい乳牛を安定して生産することに寄与することが期待される。
【符号の説明】
【0041】
1…人工授精装置、
11…チェンバー、
21…インジェクタ、
26,26′,26″…プローブ、
27…プローブ本体、
27a…精子収容部、
28a…刺し入れ部、
28b…開口、
29b、29b′…電極導出部、
29c…接続部、
32…第2の電極、
42…第1の電極、
46…電位差測定計、
51…溶液、
52…精子、
53…卵、
H2…表示器。
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵と精子とを人工的に受精させる人工授精装置および人工授精時に精子を卵に注入する人工授精用のプローブに関する。
【背景技術】
【0002】
人の不妊治療や動物(例えば、牛等)の繁殖において、人工的に授精(配偶子の細胞融合、換言すれば卵への精子遺伝子導入)が行われることが広がっており、人工授精に利用されるART(Assisted Reproductive Technology:生殖補助医療技術)の研究も盛んに行われている。前記ARTにおいて、卵に精子を導入する技術として、下記の特許文献1記載の技術が従来公知である。
【0003】
特許文献1としての特開2003−125750号公報には、卵子(O)に対して精子(S)を接触あるいは注入するためのマイクロピペット(1)が記載されている。特許文献1記載の技術では、まず、培養液(6)内の卵子(O)をホールド用マイクロピペット(H)で保持した状態で、培養液内に精子(S)を加え、内部が中空なマイクロピペット(1)の先端部(12)を精子(S)に近づけて、マイクロピペット(1)に接続されたシリンジ(23R)によりマイクロピペット(1)内の圧力を調整して精子(S)を培養液(6)とともにマイクロピペット(1)内に吸引する。そして、マニピュレータ(3R)を操作して、マイクロピペット(1)の先端を卵子(O)に近づけて、マイクロピペット(1)内の空気(A)の圧力をシリンジ(23R)により高くして、精子(S)を卵子(O)に接触、あるいは卵子(O)内に注入している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−125750号公報(「0012」〜「0014」、図1〜図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
(従来技術の問題点)
前記特許文献1に記載の技術のような従来のARTが利用される体外受精(IVF:In Vitro Fertilization)や顕微授精(ICSI :Intra-cytoplasmic Sperm Injection)等の人工授精において、人工授精を行うために各個体から得られる精子、卵子は、機能的に均一ではなく、良好なものも不良のものも存在する。精子、卵子の質が受精、発生ひいては生まれた児の長期予後に至るまで大きく影響することは言を待たず、精子、卵子共に機能的に良好であることが望まれる。
人の不妊治療の場合、一度に取得できる精子は、100万匹以上であり、抜き取り検査による複数項目の観察が可能であり、複数の指標に基づいて良好と評価される精子を使用することが可能になりつつある。
【0006】
一方で、一般的なART臨床においては、得られる卵は10個程度と比較的少数であり、これらを侵襲的に検査、評価することは困難である。これまで卵の品質については顕微鏡下における目視形態検査(すなわち、卵の「外形」が良さそうかどうか)が唯一の方法であった。しかしながら、顕微鏡観察による受精卵(胚)の形態のみでは、胚の質、すなわち、着床して発生を継続する能力等を判定することは困難である。
特に、長年、妊娠率の向上を目的として、複数胚を子宮に移植する方法が取られてきたが、形態のみでは胚の質の判定が困難であるため、しばしば、双胎、品胎等の多胎が発生した。多胎妊娠は、母子に負担があり、初産年齢の上昇も相まって、ハイリスク妊娠の発生頻度を上昇させることになる。このため、日本産科婦人科学会では、移植胚の個数を原則1個とするように求められており、このような現状では、移植される胚の品質評価の要求が高まってきている。
【0007】
本発明は前記事情に鑑み、目視形態検査以外の方法で卵の評価を可能にすることを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明の人工授精装置は、
卵が浸漬された導電性の溶液が収容されるチェンバーと、
前記チェンバー内の溶液に接触する第1の電極と、
プローブ本体と、前記プローブ本体の内部に形成され且つ前記卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、前記精子収容部に一端が配置された第2の電極と、前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与するインジェクタに接続される接続部と、を有するプローブと、
前記電極導出部から導出された前記第2の電極と前記第1の電極とに接続されて各電極の間の電位差を測定可能な電位差測定計であって、前記プローブの前記刺し入れ部が前記卵の細胞内に刺し入れられた状態における前記卵の細胞外と細胞内の電位差を測定可能な前記電位差測定計と、
前記電位差測定計で測定された電位差を表示する表示器と、
を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記技術的課題を解決するために、請求項2に記載の発明の人工授精用のプローブは、
中空筒状のプローブ本体と、
前記プローブ本体の内部に形成され且つ卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、
前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、
前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、
前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与可能なインジェクタが接続される接続部と、
前記精子収容部に一端が配置され、且つ、前記卵が浸漬された導電性の溶液に接触する第1の電極との間で電位差を測定可能な第2の電極と、
前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、
を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1、2に記載の発明によれば、刺し入れ部が卵に刺し入れられた状態で、第1電極と第2電極との間で膜電位を測定して、卵を評価しつつ、人工授精が可能であり、目視形態検査以外の方法で卵の評価が可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は実施例1の人工授精装置の説明図であり、図1Aは全体説明図、図1Bはチェンバー部分の要部説明図である。
【図2】図2は実施例1の人工授精装置のインジェクション用のプローブ部分を分解した状態の要部説明図である。
【図3】図3は実施例1の人工授精用のインジェクション用のプローブの説明図であって、図3Aは正面図、図3Bは図3Aの要部断面図、図3Cは図3BのIIIC部分の拡大図である。
【図4】図4はホールド用のプローブの説明図であり、図4Aは正面図、図4Bは図4Aの要部断面図、図4Cは図4BのIVC部分の拡大図である。
【図5】図5は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図5Aはインジェクションプローブに精子が吸引される前の状態の説明図、図5Bはインジェクションプローブに精子が吸引された後の状態の説明図、図5Cはホールディングプローブに卵が保持される前の状態の説明図、図5Dは卵がホールディングプローブに保持された状態の説明図である。
【図6】図6は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図6Aは図5Bに示すインジェクションプローブが図5Dに示す状態のチェンバーに浸漬された状態の説明図、図6Bはインジェクションプローブが卵に刺し入れられた状態の説明図、図6Cは精子が注入された状態の説明図である。
【図7】図7は膜電位の概略説明図である。
【図8】図8は膜電位の実験例の実験結果の説明図であり、横軸に膜電位[mV]をとり、縦軸に個数をとったヒストグラムである。
【図9】図9は膜電位測定中に薬物を投与する実験の実験結果の図であり、横軸に時間をとり、縦軸に膜電位[mV]をとったグラフである。
【図10】図10は実施例2のインジェクションプローブの説明図であり、実施例1の図3Bに対応する図である。
【図11】図11は実施例3のインジェクションプローブの説明図であり、図11Aは実施例1の図1Bに対応する図であり、図11Bは実施例1の図3Bに対応する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0013】
図1は実施例1の人工授精装置の説明図であり、図1Aは全体説明図、図1Bはチェンバー部分の要部説明図である。
図1において、本発明の実施例1の人工授精システムSでは、テーブルT上に人工授精装置1が配置されている。人工授精装置1は、観察装置の一例としての倒立顕微鏡2を有する。倒立顕微鏡2は、顕微鏡本体3と、顕微鏡本体3の中央部に配置されたステージ4とを有する。前記ステージ4の上方には、光源部6および集光レンズ7が配置されており、ステージ4の下方には、図示しない対物レンズを有する観察部8が配置され、観察部8には、ユーザが目視で観察するための接眼レンズ9が支持されている。
【0014】
前記ステージ4の中央部には、底の浅い平皿(シャーレ)状のチェンバー11が支持されると共に、ステージ4の左右両側には、操作部材の一例としての左右一対のマニピュレータ12,13が支持されている。前記チェンバー11には、導電性の液体の一例としてのバース(Barth)変法溶液が収容可能であり、人工授精を行う際には、バース溶液中に卵や精子を浸漬、放出可能である。
前記マニピュレータ12,13は、ホルダ支持部12a,13aを有し、ユーザの操作に応じて前後、左右、上下方向に移動可能に構成されている。なお、前記マニピュレータ12,13は、従来公知の市販の装置を使用可能であり、例えば、特許文献1や特開平11−347972号公報、特開2001−330781号公報等にも記載されているため、詳細な説明は省略する。
【0015】
前記ホルダ支持部12a,13aには、それぞれ、中空円筒棒状のホルダ16,17が支持されている。前記ホルダ16,17の外端には、可撓性のチューブ18,19が接続されており、チューブ18,19は、それぞれ、テーブルT上に配置されたインジェクタ21,22に接続されている。前記インジェクタ21,22は、ユーザの操作に応じてチューブ18,19およびホルダ16,17内の圧力を調整可能に構成されている。
なお、前記インジェクタ21,22は、従来公知の市販の装置を使用可能であり、例えば、特許文献1や特開2000−4869号公報、特開2001−314503号公報等にも記載されているため、詳細な説明は省略する。
【0016】
(インジェクション用のプローブの説明)
図2は実施例1の人工授精装置のインジェクション用のプローブ部分を分解した状態の要部説明図である。
図3は実施例1の人工授精用のインジェクション用のプローブの説明図であって、図3Aは正面図、図3Bは図3Aの要部断面図、図3Cは図3BのIIIC部分の拡大図である。
図2において、各ホルダ16,17の内端には、ネジ山16a,17aが形成されており、右側のホルダ16には、インジェクションプローブ26が支持されている。図2、図3において、前記インジェクションプローブ26は、内部に精子収容部の一例としての気体や液体等の流体が収容可能な収容空間27aが形成された中空のプローブ本体27を有する。前記プローブ本体27は、チェンバー11側のピペット部28と、チューブ18側のピペット支持部29とを有する。
【0017】
実施例1のピペット部28は、中空円筒状のガラス製で構成されており、先端部には先細に形成された刺し入れ部28aが形成されている。実施例1の刺し入れ部28aの先端は、マニピュレータ12の操作に応じて、卵の細胞壁を貫通して刺し入れ可能な程度の細さ(5μm〜7μm)に形成されているが、差し入れ対象の細胞壁の強度等に応じて、細さは任意に変更可能である。図3Cにおいて、前記刺し入れ部28aの先端には、精子が通過可能な径を有する開口28bが形成されている。
前記ピペット支持部29は、ピペット部28の右部を支持する筒状の支持部本体29aと、筒状の支持部本体29aから斜め方向に分岐した筒形状の電極導出部の一例としての電極支持部29bとを有する。前記支持部本体29aの右端部には、接続部の一例として、ホルダ16のネジ山16aに対応するネジ溝部29cが形成されており、ネジ溝部29cにホルダ16のネジ山16aがネジ嵌合することで、ピペット部28およびピペット支持部29の内部空間、すなわち収容空間27aと、右側のホルダ16やチューブ18の内部空間とが接続され、右側のインジェクタ21により収容空間27a内の圧力が調整可能になっている。
【0018】
前記電極支持部29bには、電極支持体の一例としてのコネクタ31が支持されている。前記コネクタ31には、コネクタ31を貫通して、第2の電極の一例としての右側電極32が支持されている。右側電極32は、電極支持部29bに沿って収容空間27a内を伸びて途中から折れ曲がって、内端32aがピペット部28の先端近傍まで延びると共に、外端32bがコネクタ31を貫通して外部に伸びている。
なお、実施例1の右側電極32は、銀(Ag)の表面が、電位測定の安定化のために塩化銀(AgCl)処理された線状の電極を使用している。なお、電極の材料は、銀に限定されず、使用可能な任意の材料を使用可能であるが、細胞に対して影響の少ない金(Au)やプラチナ(Pt)等の材料を使用することが望ましい。なお、塩化銀処理のように電圧を安定化させる処理をしない場合には、電圧が安定しなかったりオフセット電圧が発生することが予想されるが、後述する電圧計(46)の方に補償回路を設けることで対応することも可能である。
【0019】
(ホールド用のプローブの説明)
図4はホールド用のプローブの説明図であり、図4Aは正面図、図4Bは図4Aの要部断面図、図4Cは図4BのIVC部分の拡大図である。
図1、図4において、左側のホルダ17のネジ山17aには、卵保持部材の一例としてのホールディングプローブ36が支持されている。図4において、ホールディングプローブ36は、インジェクションプローブ26のプローブ本体27、ピペット支持部29、コネクタ31および右側電極32と同様に構成されたプローブ本体37、ピペット支持部39、コネクタ41および第1電極の一例としての左側電極42を有する。そして、実施例1のホールディングプローブ36では、インジェクションプローブ26のピペット部28に替えて、先端部に卵を吸着した状態で保持可能なホールディングピペット部38が支持されている。図4Cにおいて、ホールディングピペット部38の先端の保持部38aには、卵の外形よりも小径で卵が通過不能な開口38bが形成されている。また、左側電極42の内端は、ホールディングピペット部38の先端近傍まで延びている。
【0020】
図1において、前記各電極32,42の外端には、電位差測定計の一例としての電圧計46が接続されており、電圧計46は、電極32,42間の電位差が測定される。
前記電圧計46には、接続用のケーブルCbを介して、端末の一例としてのクライアントパソコンPCが接続されている。実施例1の前記クライアントパソコンPCは、いわゆる、コンピュータ装置により構成されており、コンピュータ本体H1と、表示器の一例としてのディスプレイH2と、キーボードH3やマウスH4等の入力装置、図示しないHDドライブ(ハードディスクドライブ)等により構成されている。そして、電圧計46で測定された電極32,42間の電位差が、ディスプレイH2に表示されるように構成されている。
【0021】
(実施例1の作用)
図5は実施例1の顕微授精システムの作用説明図であり、図5Aはインジェクションプローブに精子が吸引される前の状態の説明図、図5Bはインジェクションプローブに精子が吸引された後の状態の説明図、図5Cはホールディングプローブに卵が保持される前の状態の説明図、図5Dは卵がホールディングプローブに保持された状態の説明図である。
前記構成を備えた実施例1の顕微授精システムSでは、人工授精を行う場合、各プローブ26,36では、まず、インジェクタ21,22からオイルを注入して、図5Aに示すように、プローブ26,36の収容空間27a,37aの先端までオイルで満たされた状態にしておく。なお、インジェクタ21,22から注入せず、収容空間27a,37aの先端側から吸引するようにして、先端までオイルで満たされた状態にすることも可能である。なお、オイルを使用することが望ましいが、オイルを使用せずに、流動パラフィンやシリコン、水銀等の液体や、気体(空気や窒素等の不活性ガスやその他のガス)等の流体を使用することも可能である。なお、先端部分の溶液(バース溶液)と混ざらなければ、任意の流体を使用可能であり、使用する溶液によっては生理食塩水や水を使用することも可能である。また、溶液と使用する流体との間にオイルを挟むことも可能である。
【0022】
そして、導電性の電解質溶液の一例としてのバース溶液51中に尾部を切断または挫滅した精子52が放出された液体が収容されたチェンバー11を、ステージ4に設置し、右側のマニピュレータ12の操作により、オイルが注入されたインジェクションプローブ26の先端部分を、図5Aに示すように、チェンバー11内に浸漬する。なお、このとき、ホールディングプローブ36は左側のマニピュレータ13の操作により、チェンバー11から退避させている。
そして、右側のインジェクタ21を操作して、インジェクションプローブ26の収容空間27内を負圧にして、図5Bに示すように、精子52を含むバース溶液51を吸引する。このとき、図5Bに示すように、バース溶液51が、右側電極32の先端部分に接触するように吸引する。
【0023】
図5C、図5Dにおいて、次に、右側のマニピュレータ12を操作して、インジェクションプローブ26を上方に退避させた後、バース溶液51に卵53が浸漬された別のチェンバー11をステージ4に設置し、左側のマニピュレータ13を操作して、図5Cに示すように、ホールディングプローブ36の先端部分をバース液51に浸漬させる。そして、左側のインジェクタ22を操作して、収容空間37内を負圧にして、図5Dに示すように、ホールディングピペット部38の開口38bからバース液51を吸引しながら、ホールディングピペット部38の先端に卵53を吸着、保持する。なお、このとき、図5Dに示すように、バース溶液51が左側電極42の先端部分に接触するように吸引する。
【0024】
図6は実施例1の人工授精システムの作用説明図であり、図6Aは図5Bに示すインジェクションプローブが図5Dに示す状態のチェンバーに浸漬された状態の説明図、図6Bはインジェクションプローブが卵に刺し入れられた状態の説明図、図6Cは精子が注入された状態の説明図である。
図6Aにおいて、次に、右側のマニピュレータ12を操作して、インジェクションプローブ26の先端をチェンバー11内に浸漬させる。
そして、右側のマニピュレータ12を操作して、図6Bに示すように、インジェクションプローブ26の先端を、ホールディングプローブ36に保持された卵53に刺し入れる。この状態では、ホールディングピペット36の左側電極42は、卵53の外部のバース溶液51に接触している状態であり、インジェクションプローブ26の内部の右側電極32は、卵53の内部に電気的に接続された状態となる。よって、この状態で、電極32,42間の電位差を測定することで、卵53の細胞外の電位を基準とした細胞内の電位、すなわち、膜電位が測定され、ディスプレイH2に表示される。
【0025】
図7は膜電位の概略説明図である。
図7において、卵53の内部には、カリウムイオン(K+)や、マイナスにチャージしたアミノ酸、たんぱく質、リン酸イオン、塩素イオン等のさまざまな陰イオン(総称して、「A−」と表記)が含まれている。前記膜電位は、細胞内と細胞外のイオン勾配によって形成されるネルンスト電位やナトリウムポンプによって細胞外へくみ出されるナトリウム電流等によって発生し、通常、マイナスの電位をもつ。卵53の細胞膜は、図7に示す電気的等価回路54によって表現される。図7において、等価回路54における電気抵抗R1は細胞膜の持つイオン透過性を反映し、抵抗R1に並列に接続されたコンデンサC1は、細胞膜が有する電気的な容量成分を示す。そして、起電力Emが膜電位を示す。
仮に、細胞膜に何らかの傷が付くと、傷を通じて、イオンのシャント(あるべきルートとは別の流れ)が発生すると共に、細胞内外のイオン濃度勾配に変化が生じて膜電位Emの値がゼロに近づくことになる。また、細胞が障害を受けて細胞内のATP(アデノシン三リン酸)産生が低下した場合でも、ナトリウムポンプの機能不全により、細胞内カリウムイオン濃度が低下し、細胞内電位がゼロに近づく。
【0026】
したがって、電極32,42間の電位差を測定することで、卵53が傷ついていたり、障害を受けていたりしないか否かを判定することができる。例えば、実験や統計データ等により予め設定された閾値以上の電位差Emが測定された場合に、良好な卵53と判定し、閾値未満の場合に、不良な卵53と判定することが可能である。
そして、良好な卵53であると判定された場合、右側のインジェクタ21を操作して、インジェクションプローブ26から精子52を押し出して、卵53の内部に精子52を放出して、受精させる。
【0027】
したがって、従来の技術では、一度に得られる個数が少なく、侵襲的な検査(結果的に卵を傷つける検査)や薬品等を使用した検査が困難であり、卵53の外形を目視でしか判定ができなかったが、実施例1の顕微授精システムSでは、膜電位を基準として卵53の良・不良を判定することが可能となった。したがって、倒立顕微鏡2による卵53の外的な形状の良・不良に加えて、内的な良・不良を基準として判定することが可能になった。そして、卵53の良・不良を判定すると共に、良好である場合には、そのまま続けて、精子52を注入することも可能であり、侵襲的な検査を行いながら人工授精の作業を効率的に行うことができる。
【0028】
また、実施例1の各プローブ26,36は、ネジ溝部29c,39cにより、容易に着脱可能に構成されており、使い捨て可能(ディスポーザブル)な構成となっており、滅菌操作が容易である。その結果、衛生的な使用が可能となっている。
さらに、実施例1の各プローブ26,36では、電極支持部29b,39bが、支持部本体29a,39aから斜め方向に分岐しており、電極支持部29b,39bが後述する実施例2のように90度の方向に分岐している場合に比べて、プローブ26,36の作製時に、電極32,42を電極支持部29b,39bを通じて支持部本体29a,29b内に挿入する作業が容易になっている。すなわち、プローブ26,36の作製や、メンテナンス(保守作業)が容易になっている。
【0029】
(実験例)
次に、実施例1の効果を確かめるために、両生類(アフリカツメガエル)のメスから酵素的に単離した卵母細胞について実験を行った。
実験は、実施例1の構成のインジェクションプローブ26を作製して、市販の倒立顕微鏡およびマニピュレータ(ナリシゲ社製)と、細胞内電位測定用のアンプとしてワーナー社製TEV−2000と、データ記録装置としてPowerLab社製のAD Instrumentsを使用した。なお、実験は全て室温でおこなった。
【0030】
また、アフリカツメガエルの卵母細胞は、次のようにして単離した。
(i)アフリカツメガエル(メス)を氷冷水にいれて麻酔する。
(ii)腹部を切開し、卵胞をピンセットにより取り出す。
(iii)取り出した卵胞をコラゲナーゼ10mg/mlを含んだCa2+freeMBS溶液に漬け、30分〜60分かけて、ゆっくり震盪する。
(iv)ばらばらになった卵母細胞をコラゲナーゼを含まないMBS溶液にいれ、17℃インキュベータにて保存する。
なお、MBS溶液は、バース変法溶液であり、88mMのNaClと、1mMのKClと、0.41mMのCaCl2と、0.33MのCa(NO3)2と、0.82mMのMgSO4と、2.4mMのNaHCO3と、7.5mMのTris−HClとを含むpH7.6の溶液を使用した。また、Ca2+freeMBS溶液は、88mMのNaClと、1mMのKClと、2mMのMgSO4と、2.4mMのNaHCO3と、7.5mMのTris−HClとを含むpH7.6の溶液を使用した。
【0031】
実験は、酵素処理後のダメージの少ない細胞の膜電位と、一日経過してダメージを受けた細胞の膜電位とを測定し、それらを比較した。実験結果を図8に示す。
図8は膜電位の実験例の実験結果の説明図であり、横軸に膜電位[mV]をとり、縦軸に個数をとったヒストグラムである。
図8に示すように、酵素処理後(「Day0」)に対して、一日経過後(「Day1」)の卵の方がゼロに近い膜電位を持つことがわかった。
【0032】
次に、障害を有する卵の膜電位がどのように変化するかを確認する実験を行った。実験は、薬物を含まないMBS溶液において、インジェクションプローブ26を卵に刺し込んで、連続的に膜電位を測定中に、細胞に障害を与える薬物を投与することで、膜電位がどのように変化するかを測定した。投与する薬物は、ATPポンプを阻害することにより細胞障害性をもつ薬物であるOuabain 10μMを投与した。実験結果を図9に示す。
図9は膜電位測定中に薬物を投与する実験の実験結果の図であり、横軸に時間をとり、縦軸に膜電位[mV]をとったグラフである。
図9に示すように、細胞に障害を与える薬物を投与した後は、急激に膜電位がゼロに近づくことが確認され、障害のある卵は、障害のないものに比べて、膜電位が低下することが確認された。
図8、図9の結果から、膜電位を指標として、障害を受けた卵と正常な卵の区別が可能であり、実施例1のインジェクションプローブ26を使用することで、卵の良、不良を、人工授精中にリアルタイムで判別しつつ、精子の注入も可能であることが確認された。
【実施例2】
【0033】
次に、本発明の実施例2の説明を行うが、この実施例2の説明において、前記実施例1の構成要素に対応する構成要素には同一の符号を付して、その詳細な説明を省略する。
この実施例2は、下記の点で前記実施例1と相違しているが、他の点では前記実施例1と同様に構成されている。
図10は実施例2のインジェクションプローブの説明図であり、実施例1の図3Bに対応する図である。
図10において、実施例2のインジェクションプローブ26′では、電極支持部29b′が、実施例1の電極支持部29bに替えて、筒状の支持部本体29aに対して、直交する方向に延びている。
【0034】
(実施例2の作用)
前記構成を備えた実施例2のインジェクションプローブ26′では、電極支持部29b′が、支持部本体29aに対して直交する方向に延びており、電極32から延びるケーブルがマニピュレータ12等に干渉しないように配線することが容易になっている。
なお、インジェクションプローブ26′だけでなく、ホールディングプローブ36側も、実施例2のインジェクションプローブ26′の電極支持部29b′と同様に構成することも可能である。また、インジェクションプローブ26,26′と、ホールディングプローブ36,36′とを設計や配線しやすさ等に応じて、例えば、インジェクションプローブは実施例1の構成としてホールディングプローブは実施例2の構成にするというように任意の組み合わせとすることも可能である。さらに、設計に応じて実施例1,2とは異なる角度方向に延びる電極支持部を有する構成とすることも可能である。
【実施例3】
【0035】
次に、本発明の実施例3の説明を行うが、この実施例3の説明において、前記実施例1の構成要素に対応する構成要素には同一の符号を付して、その詳細な説明を省略する。
この実施例3は、下記の点で前記実施例1と相違しているが、他の点では前記実施例1と同様に構成されている。
図11は実施例3のインジェクションプローブの説明図であり、図11Aは実施例1の図1Bに対応する図であり、図11Bは実施例1の図3Bに対応する図である。
図11において、実施例3のプローブ26″,36″では、ピペット部28″,38″の先端の刺し入れ部28a″や保持部38a″の部分が、ピペット部28″,38″の基端部分に対して折れ曲がるように傾斜している。なお、実施例3では、刺し入れ部28a″や保持部38a″は、基端部分に対して30度傾斜するように設定されているが、傾斜角度は用途や設計等に応じて、任意の角度に変更可能である。
【0036】
(実施例3の作用)
前記構成を備えた実施例3のプローブ26″,36″では、ピペット部28″の刺し入れ部28a″が傾斜している。図1Bに示すように、実施例1,2では、チェンバー11の側壁が妨げとなって、卵53に対して斜め方向からホールディングプローブ36で保持した状態で、別の斜め方向からインジェクションプローブ26を刺し入れる作業となり、インジェクションプローブ26を刺し入れる方向とホールディングプローブ36が吸引する方向が異なっていた。したがって、卵にインジェクションプローブ26を刺し入れる際に、卵53が動いたり、ずれたり、最悪の場合には卵53が損傷する恐れがあった。
これに対して、実施例3では、図11Bに示すように、プローブ26″,36″が、卵53を挟んで対向するように配置可能であり、インジェクションプローブ26を刺し入れる方向からホールディングプローブ36が保持可能になっている。よって、インジェクションプローブ26を刺し入れる際に、卵53が動く等が低減される。
【0037】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)〜(H05)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、ホールディングプローブ36,36′,36″内に左側電極42を内蔵する構成を例示したが、左側電極42は、不関電極または参照電極としての機能を実現可能な形態であればどのような形態であっても構わないため、例えば、電極42を単独でチェンバー11内に浸漬することで溶液に接触させておき、ホールディングプローブは、従来公知のホールディングピペットを使用することも可能である。
【0038】
(H02)前記実施例において、右側電極32および電極支持部29b,29b′は、支持体本体29aに一体的に構成されたが、これに限定されず、例えば、ピペット部28に電極支持部を設けて右側電極32を外部に導出する構成とすることも可能である。
(H03)前記実施例において、ホルダ16,17と、プローブ26,26′,26″,36,36′,36″と、を別体で構成したが、一体構成として、1つのプローブとすることも可能である。この場合、電極支持部29b,29b′は、ホルダ16,17から分岐する構成とすることも可能である。また、ホルダ16,17に加えてチューブ18,19も一体構成として、1つのプローブとすることも不可能ではない。
【0039】
(H04)前記実施例において、使用する溶液は、実施例に例示したものに限定されず、卵や精子等に応じて、使用可能な任意の溶液を使用可能である。
(H05)前記実施例において、ピペット部とピペット支持部とを別体の構成としたが、一体構成とすることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の人工授精システムSは、人間の不妊治療において、妊娠率の向上に寄与するだけでなく、動物(牛等)の人工授精にも使用可能である。よって、例えば、牛に使用した場合には、障害が少なく、肉質のよい肉牛や、牛乳の質のよい乳牛を安定して生産することに寄与することが期待される。
【符号の説明】
【0041】
1…人工授精装置、
11…チェンバー、
21…インジェクタ、
26,26′,26″…プローブ、
27…プローブ本体、
27a…精子収容部、
28a…刺し入れ部、
28b…開口、
29b、29b′…電極導出部、
29c…接続部、
32…第2の電極、
42…第1の電極、
46…電位差測定計、
51…溶液、
52…精子、
53…卵、
H2…表示器。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵が浸漬された導電性の溶液が収容されるチェンバーと、
前記チェンバー内の溶液に接触する第1の電極と、
プローブ本体と、前記プローブ本体の内部に形成され且つ前記卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、前記精子収容部に一端が配置された第2の電極と、前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与するインジェクタに接続される接続部と、を有するプローブと、
前記電極導出部から導出された前記第2の電極と前記第1の電極とに接続されて各電極の間の電位差を測定可能な電位差測定計であって、前記プローブの前記刺し入れ部が前記卵の細胞内に刺し入れられた状態における前記卵の細胞外と細胞内の電位差を測定可能な前記電位差測定計と、
前記電位差測定計で測定された電位差を表示する表示器と、
を備えたことを特徴とする人工授精装置。
【請求項2】
中空筒状のプローブ本体と、
前記プローブ本体の内部に形成され且つ卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、
前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、
前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、
前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与可能なインジェクタが接続される接続部と、
前記精子収容部に一端が配置され、且つ、前記卵が浸漬された導電性の溶液に接触する第1の電極との間で電位差を測定可能な第2の電極と、
前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、
を備えたことを特徴とする人工授精用のプローブ。
【請求項1】
卵が浸漬された導電性の溶液が収容されるチェンバーと、
前記チェンバー内の溶液に接触する第1の電極と、
プローブ本体と、前記プローブ本体の内部に形成され且つ前記卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、前記精子収容部に一端が配置された第2の電極と、前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与するインジェクタに接続される接続部と、を有するプローブと、
前記電極導出部から導出された前記第2の電極と前記第1の電極とに接続されて各電極の間の電位差を測定可能な電位差測定計であって、前記プローブの前記刺し入れ部が前記卵の細胞内に刺し入れられた状態における前記卵の細胞外と細胞内の電位差を測定可能な前記電位差測定計と、
前記電位差測定計で測定された電位差を表示する表示器と、
を備えたことを特徴とする人工授精装置。
【請求項2】
中空筒状のプローブ本体と、
前記プローブ本体の内部に形成され且つ卵の細胞内に注入可能な精子を含む導電性の溶液が収容可能な精子収容部と、
前記プローブ本体の端部に形成され且つ前記卵の細胞内に刺し入れ可能な刺し入れ部と、
前記刺し入れ部に形成され且つ前記精子収容部からの前記精子が通過可能な開口と、
前記プローブ本体に形成され且つ前記精子収容部の精子を前記開口から押し出す圧力を付与可能なインジェクタが接続される接続部と、
前記精子収容部に一端が配置され、且つ、前記卵が浸漬された導電性の溶液に接触する第1の電極との間で電位差を測定可能な第2の電極と、
前記第2の電極の他端を前記精子収容部の外に導出する電極導出部と、
を備えたことを特徴とする人工授精用のプローブ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−193771(P2011−193771A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−62827(P2010−62827)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(510075550)
【出願人】(599002607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(510075550)
【出願人】(599002607)
【Fターム(参考)】
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