説明

人工染色体ベクター

本発明によれば、真核細胞株中にタンパク質を生産するにあたり、
a)人工染色体の骨格を提供する工程、
b)前記タンパク質をコードする核酸を前記骨格中に組み換えて、発現ベクターを作製する工程、
c)前記発現ベクターを真核性宿主細胞株中に導入して、真核性発現細胞株を得る工程、
d)前記発現細胞株を培養して、前記タンパク質を生産する工程、及び
e)前記タンパク質を単離する工程
を含む生産方法が提供される。本発明は更に、それぞれのベクター及びトランスジェニック細胞株に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳類宿主細胞株中でタンパク質を生産する方法に関する。
【0002】
哺乳類細胞システムにおける組み換えタンパク質生産は、バイオテクノロジーにおいて重要なトピックである。組み換えタンパク質の生産における重要の工程の1つは、興味がもたれるタンパク質を高レベルに発現する細胞の作製及び細胞分裂周期及び時間にわたり安定な発現を有するこの単一細胞クローンの単離である(Wurm, F. M. Nature Biotechnology 22, 1393-1398 (2004))。産業規模での細胞培養において分泌されたタンパク質の高い収量を、安定に、安全に、信頼性を有しつつ、かつ再現可能に発現する細胞株の作製方法について要求がある。この要求は特に、製薬学的産業により療法のために開発されかつ生産された生物学的製剤(biologicals)の増加する量とともに増加している。
【0003】
一般に、これはプロモーター、興味のもたれる遺伝子及び選択可能なマーカーを含む発現ベクターの、確立された生産細胞株の染色体DNA中へのランダムなゲノム組み込みにより達成される。
【0004】
しばしば使用される生産細胞株は、哺乳類又は昆虫の細胞由来である。細胞株は、無期限に(indefinitely)与えられた適した新鮮培地及び空間で増殖する、永続的に確立された細胞培養物である。細胞株(Cell line)は、これらがハイフリック限定(Hayflick L. (1965) 「The limited in vitro lifetime of human diploid cell strains.」、Exp. Cell Res. 37 (3): 614-636)を逃れており、かつ、不死化している点で、細胞系列(cell strain)とは異なる。確立された生産細胞株の例は、CHO、NS0、COS、又はSf9細胞、又はヒト細胞株、例えばPerC−6及びHEK293である。
【0005】
哺乳類細胞並びに細胞株の遺伝子エンジニアリングのためには、通常プラスミドがベクターとして使用される。プラスミドは、染色体DNAとは別個の非染色体DNA分子であり、これは、細菌中の染色体DNAとは独立して複製できる。多くの場合に、これは環状であり、かつ二重鎖である。増殖する哺乳類細胞においては、このプラスミドは、宿主細胞のゲノム中へのランダム組み込み後に宿主細胞中で無期限に維持されることができ、かつ、興味のもたれる遺伝子/生成物、一般的にはタンパク質の生産を、そのプロモーターを介して生じることができる。
【0006】
この遺伝子エンジニアリングの方法は単純でかつ直接的であるが、これは再現性がない。この種のベクターからのタンパク質の発現は、この組み込み部位の周囲のクロマチンにより大幅に影響され、これは時間にわたりサイレンス発現する傾向がある(Wurm, F. M. Nature Biotechnology 22, 1393-1398 (2004))。このことは、適したクローンの選択を、冗長な、かつ時間を消費する手順にする。
【0007】
幾つかの戦略が、この隣接するクロマチンの位置的な作用を克服するために開発されている。例えば、このベクターに隣接する「アンチ−リプレッサー」要素が使用されているか、又はベクターが、オープンクロマチンを有する染色体座中に特異的に組み込まれている(Kwaks, T. H. et al. Nature Biotechnology 21, 553-558 (2003), Huang, Y. et al. Journal of Immunological Methods 322, 28-39 (2007))。
【0008】
人工染色体が、トランスジェニックな宿主、例えば動物又は植物を提供するためにこの分野において使用されている。
【0009】
WO2002/097059A2は、部位特異的な、組み換え−指向したDNA組み込みのために利用可能な部位を含むようにエンジニアリングされている人工染色体を説明し、これは特にトランスジェニック動物のエンジニアリングのために有用である。
【0010】
US2008/0060093A1は、自律的ミニ染色体で形質転換された植物の作製方法を開示する。
【0011】
Moralli et al (EMBO reports 2006 VoI 7 (9) 911-918) は、発現及び相補性研究のための遺伝子輸送システムとして使用されるべきヒト人工染色体(HAC)ベクターを開示する。
【0012】
適したタンパク質発現ベクターの開発は、真核細胞株中の組み換えタンパク質生産における1つの重要な工程を構成する。細胞培養における組み換えタンパク質生産のためには、一般的には以下の特徴を示すベクターが求められている:
1)発現は、このゲノム中の組み込み部位とは独立してなくてはならない、
2)発現は、組み込まれた導入遺伝子(transgene)のコピー数と相関しなくてはならない、
3)発現は、時間にわたり維持されなくてはならない、及び
4)この発現レベルは高くなくてはならない。
【0013】
本発明の課題は、安定な細胞クローンの作製が真核性生産細胞株において組み換えタンパク質生産を改善することを可能にする方法及びベクターを提供することである。
【0014】
この課題は、本発明の主題により解決された。
【0015】
本発明によれば、真核細胞株中にタンパク質を生産するにあたり、
a)人工染色体の骨格を提供する工程、
b)前記タンパク質をコードする核酸を前記骨格中に組み換えて、発現ベクターを作製する工程、
c)前記発現ベクターを真核性宿主細胞株中に導入して、真核性発現細胞株を得る工程、
d)前記発現細胞株を培養して、前記タンパク質を生産する工程、及び
e)前記タンパク質を単離する工程
を含む生産方法が提供される。
【0016】
このようにして、本発明により使用される発現細胞株は、人工染色体を基礎とする組み込まれた発現ベクターを有する。
【0017】
本発明により使用される細胞株は、無期限に与えられた適当な新鮮培地及び空間で増殖し、したがって不死化している、永続的に確立された細胞培養物として理解される。以下では、本発明により使用される細胞株は、「宿主細胞株」又は「宿主細胞」とも呼ばれる。
【0018】
本発明による方法は、特に、外来核酸配列を含む人工染色体コンストラクト及びこれらコンストラクトをタンパク質、例えば分泌タンパク質のex vivo生産のために使用する方法に関する。
【0019】
本発明によれば、人工染色体は、組み換えタンパク質の大規模生産のために生産細胞株において使用されてよい。この人工染色体は好ましくは、細菌由来であり、例えば細菌人工染色体であり、「BAC」とも呼ばれ、例えば、Fプラスミドからの要素を有するか、又はP1プラスミドからの要素を有する人工染色体であり、これは「PAC」と呼ばれる。人工染色体は、例えば「コスミド」の場合には、バクテリオファージからの要素を有することもできる。本発明により好ましく使用される更なる人工染色体は、酵母由来であり、例えば酵母人工染色体であり、これは「YAC」とも呼ばれ、そして、哺乳類由来であり、例えば哺乳類人工染色体であり、これは「MAC」とも呼ばれ、例えばヒト由来であり、ヒト人工染色体、「HAC」と呼ばれる。
【0020】
これら人工染色体は、これらがDNA増幅のために使用されるそれぞれの細胞において細胞分裂にわたり複製及び保存のために必要とされる複製起点配列を含む共通点を有する。コスミド、BACs及びPACsは、細菌からの複製起点を有し、YACsは酵母からの複製起点を有し、MACsは哺乳類細胞の複製起点を有し、HACsはヒト細胞の複製起点を有する。加えて、本発明により使用される人工染色体は、選択マーカー、通常は抗生物質抵抗性を有してよく、これにより、人工染色体を有する細胞の選択が可能になる。
【0021】
これら人工染色体は、それぞれの生物において複製及び維持を担い、かつ、大きいゲノムDNA断片を安定に維持することができる染色体由来の要素を含むベクターである。これら大きいゲノムDNA断片は通常は、コスミドについては30〜50kb、PACs及びBACsについては50〜350kb、YACsについては100〜3000kb、そしてMACs及びHACsについては>1000kbの範囲内にある。
【0022】
好ましい一実施態様によれば、本発明により使用される人工染色体は、BAC、YAC、PAC及びコスミドからなる群から選択され、この群は「微生物人工染色体」とも呼ばれる。この微生物人工染色体は通常は、最大で5000kbpの小染色体である。本発明による人工染色体のサイズは好ましくは100〜350kbpであるが、しかし、350kbpよりも大きいこともできる。
【0023】
本発明により使用される好ましい人工染色体骨格は、細菌、バクテリオファージ又は酵母起源である。これらは、微生物人工染色体と一緒に極めて類似のベクター特徴を有すると考慮されることができるが、しかし挿入されたDNA座については異なる容量を有する。その他に、BAC、コスミド、PAC、YAC由来の人工染色体、また同様に、哺乳類(MAC)又はヒト(HAC)由来の人工染色体も使用されてよい。BAC骨格としては、Rosa26BACコンストラクトが好ましくは本発明により使用される。またオープンクロマチンとして考慮される他の座、例えば、b−アクチン、Gapdh、Hprt、リボソームタンパク質も使用されてよい。
【0024】
本発明により使用される人工染色体の付加的要素は、DNA含有遺伝子座の大断片の要素である。これら遺伝子座は、好ましく、かつ、それぞれの真核性生産細胞株中に人工染色体が導入された後に機能的である。これら遺伝子座は、クロマチン構造及び転写因子に対するアクセス性を調節する要素、及びこの転写レベルを決定する要素、例えばエンハンサー及びプロモーター配列を、興味をもたれる遺伝子産物の発現のために含む。
【0025】
人工染色体においては、これらの前述した要素のいくつかが、DNAの適当な増幅のためにだけ要求される。これら要素は、複製起点であり、かつ、例えば細菌及び酵母における選択のためのマーカー遺伝子、例えば抗生物質抵抗性である。このようにして、これら要素を有する人工染色体の一部が骨格と呼ばれる。
【0026】
人工染色体は、大きい、DNAベースのベクターであり、これは、複雑なゲノムマッピング及び分析のためにDNAライブラリーの構築において広く使用されている。BACsは、大規模配列決定プロジェクト、例えばヒトゲノムプロジェクトにおいて、生物のゲノムの配列決定のため使用されている。この生物のDNAの短い小片は、BACsにおいてインサートとして増幅され、次いで配列決定される。最後に、この配列決定された部分は、in silicoにおいて再配列され、この生物のゲノム配列を生じる。
【0027】
BACsは、トランスジェニックマウスの作製のための大ベクターとしても使用されている(Giraldo, P. & Montoliu, L. Transgenic research 10, 83-103 (2001))。この例において、このマウスの初代細胞は、BACにおいてこのそれぞれの座を介して調節される興味をもたれる遺伝子を発現する。
【0028】
人工染色体が、改善された特性を有する真核性発現細胞株の生産において使用されることができることが判明した。例えば、意外なことに、本発明によるBACベースのベクターが、真核性細胞株をトランスフェクションするために、そして、高度に効率的に細胞培養において細胞株において組み換えタンパク質を発現するために、適用されることができることが実証された。本発明の好ましい一実施態様によれば、本発明によるBACベースのベクターは、ヒトのIgG1の定常領域の断片を生産するために使用された。慣用ベクターを用いて又はBACベースのベクターを用いて作製されたバルクHEK293細胞培養物の直接的比較は、このBACベースのベクターが意外なことに、このタンパク質収量を10倍だけ改善したことを示した。BACベースのベクターを宿す安定な細胞クローンの更なる分析は、このタンパク質生産が、組み込まれたBACコピーの数に直接的に比例し、かつ、このタンパク質生産が30代後にさえ安定であることを示した。
【0029】
本発明によれば、したがって、分泌タンパク質及びポリペプチドの発現を概して改善することが可能であり、特に、通常大規模での生産を伴う、組み換えタンパク質の工業的生産の目的のために改善することが可能であり、これは例えば、少なくとも1リットルの発酵体積、より好ましくは少なくとも5リットルを使用して行われ、より一層好ましい発酵は少なくとも100リットルの発酵ブロスを使用して実施される。発酵は好ましくは、バッチ又は連続発酵技術を用いて使用される。
【0030】
分泌タンパク質は、タンパク質又はポリペプチドであって、真核性宿主細胞からその細胞外環境へと生産及び分泌されるものである。通常、これはシグナルペプチドにより支持され、これは、短い、例えば2〜100アミノ酸長のペプチド配列であってタンパク質の翻訳後の輸送を指示するものと理解される。シグナルペプチドは一般的には、生産細胞から分泌されるタンパク質の生産のために使用される。これらシグナルペプチドは通常は、成熟した分泌されたタンパク質を形成するために切断される。分泌されたタンパク質を生じるシグナルペプチドの一例は、「MELGLSWIFLLAILKGVQC」であり、これはヒトのカッパ軽鎖について見出される(Felgenhauer,M., Kohl,J. and Ruker,F; Nucleotide sequences of the cDNAs encoding the V-regions of H- and L-chains of a human monoclonal antibody specific to HIV-1 -gp41 ; Nucleic Acids Res. 18 (16), 4927 (1990))。シグナルペプチドは、ターゲッティングシグナル、シグナル配列、トランジットペプチド、又は局在シグナルとも呼ばれてよい。
【0031】
シグナルペプチドのアミノ酸配列は、タンパク質(これは、細胞質で合成される)を特定のオルガネラ、例えば核、ミトコンドリアマトリックス、小胞体、クロロプラスト、アポプラスト及びペルオキシソームへと指向させる。発現ベクターにおいて使用されるシグナルペプチドは通常は、タンパク質が輸送された後にシグナルペプチダーゼによりタンパク質から切断される。
【0032】
本発明によるベクターはこのようにして、分泌タンパク質をコードしてよい遺伝子を含む人工染色体を基礎とし、好ましくはシグナルペプチドを、例えば分泌タンパク質との関連において利用する。このシグナルペプチドは好ましくは、発現すると分泌タンパク質から切断され、かつ、細胞培養上清中へと輸送する。
【0033】
本発明による方法は、好ましくは、血清タンパク質(免疫グロブリン、免疫グロブリン断片又は誘導体)、アルブミン、血液因子、ポリペプチドホルモン、サイトカイン、ケモカイン、酵素及び成長因子、及びこの誘導体からなる群から選択される組み換えタンパク質を提供するために使用される。
【0034】
誘導体は、分泌タンパク質を起源とするか又はこれに類似する、ポリペプチドの、任意の断片、コンジュゲート、融合体、核酸又はホモログを含む。
【0035】
本発明によるタンパク質の生産のために、この発現細胞株は、タンパク質を生産するために培養され、そして、このタンパク質は単離される。したがって、この分野で使用される単離又は分離方法が利用されてよく、これは例えば、定量的にこの生成物を単離するためのクロマトグラフィによる分離方法である。
【0036】
真核性宿主細胞として、必要な場合に、真核性タンパク質グリコシル化を提供してよい任意の宿主細胞が使用される。好ましくは哺乳類又は昆虫の単一細胞又は細胞株のヒト、霊長類、マウス、ハムスター細胞が使用される。好ましい例は、HEK細胞、例えばHEK293、CHO、COS、NS0細胞、マウスリンパ芽球細胞、PerC6、又はSf9細胞である。
【0037】
前記組み換えタンパク質をコードする核酸は好ましくは、人工染色体骨格遺伝子と、組み換え技術、例えば相同組み換え又はカセット交換により組み換えられ、例えばこれはインテグラーゼにより媒介され、例えばφC31インテグラーゼ媒介カセット交換である。
【0038】
本発明によるベクターは好ましくは、宿主細胞の染色体、好ましくは哺乳類又は昆虫の染色体、より好ましくはヒト、マウス又はハムスター起源の染色体中に安定に組み込まれて、トランスジェニック宿主を提供する。
【0039】
本発明によるトランスジェニック細胞株は、単一細胞、安定な単一細胞クローンとして、細胞株又は類似物として提供される。しかし、本発明は、トランスジェニックヒトを明示的に除外する。好ましくはこのトランスジェニック宿主細胞は、その染色体の遺伝子マップ内にベクターを、通常は、アバンダントに発現される遺伝子又はタンパク質(アバンダントタンパク質とも呼ばれる)の座と関連して又はこの中に直接的に連結されて、宿す。
【0040】
アバンダントタンパク質は、本願明細書においては、宿主細胞によりmRNA及びポリペプチドのレベルで高度に発現されるタンパク質、例えばリボソームタンパク質、細胞骨格タンパク質及びDNA合成のためのタンパク質、例えばDNAポリメラーゼであると理解される。このようなアバンダントタンパク質は通常は、宿主細胞により高度に発現される天然タンパク質である。アバンダントタンパク質の座の使用は通常は、高度に、人工染色体によりコードされる分泌タンパク質の安定な発現を容易にする。やはり、この座が哺乳類又は昆虫の起源であることが好ましい。
【0041】
この選択された座は好ましくは、オープンクロマチン形成又はタンパク質発現一般のために調節要素を含む。特に、抗凝縮(anticondensation)エンハンサーが、天然のエンハンサーとしてこの座中に含まれる要素を介して、又は、外因性の、異種の(heterologous)又は合成の調節要素(これは発現クロマチン構造を提供する)を介して、利用されることが好ましい。これにより、この座は転写因子に対してアクセス可能である。
【0042】
この「オープンクロマチン」又は「活性クロマチン」又は「真正クロマチン」領域は、構造変化に供されることができ、このことは凝縮が少なくかつ高度に転写される構造を生じる。真正クロマチンの形成は、クロマチン媒介された遺伝子調節の根底をなす機構を提示すると考えられており、遺伝子を活性状態に維持し、このことは、タンパク質発現のために設計された人工染色体を基礎とするベクターを獲得するために好ましい。
【0043】
遺伝学及び進化計算(evolutionary computation)の分野においては、座は、1又は複数の遺伝子により占められてよい染色体上の固定された位置として理解される。タンパク質の座は、前記タンパク質の少なくとも一部での発現に捧げられる遺伝子位置であると理解される。所定の座でのDNA配列の変異体は、トランスジェニック染色体と呼ばれる。特定のゲノムのために知られている座の順序立ったリストは、遺伝子マップと呼ばれる。
【0044】
好ましくは、本発明により使用される座は、生産細胞株の配列に由来する。例えば、哺乳類宿主のためには、哺乳類タンパク質の座(哺乳類座とも呼ばれる)が使用される。昆虫細胞のためには、昆虫タンパク質の座が好ましくは使用され、これは昆虫座とも呼ばれる。好ましくはヒト又はマウスの座が本発明によれば利用される。例示的な座は、Rosa26又はアバンダントに発現されかつ本質的な遺伝子の座、例えば、β−アクチン及び細胞骨格の他のタンパク質並びにリボソームタンパク質である。
【0045】
アロゲニックな座を提供する、宿主細胞と同じタイプ又は種の座を使用することがより一層好ましい。例えば、哺乳類座は、哺乳類宿主細胞生産のためのベクター中に組み込まれ、例えば、本発明によるベクター中に組み込まれるヒトの座は、ヒト細胞株中に導入される。このアロゲニックなシステムは好ましくは、ヒトタンパク質の生産のために使用される。更に好ましいのは、マウスの座を有するベクターが好ましくはマウスの宿主細胞株中に組み込まれ、ハムスターの座を有するベクターが好ましくはハムスターの宿主細胞株中に組み込まれ、そして、昆虫の座を有するベクターが昆虫の細胞株中に組み込まれることである。
【0046】
本発明により使用される調節要素は、好ましくはプロモーターを含み、これは、天然の座において含まれる天然のプロモーターであるか、又は、異種の要素、例えば真核性及び/又は原核性プロモーターであり、又は二重(dual)プロモーターさえも使用されてよい。例示的なプロモーターは、ジェネリックなものであり、好ましくはCMV、Caggs、Tk(チミジンキナーゼ)、ユビキチンC又はEF2であり、これはトランスフェクションのために一般に使用される。この人工プロモーターの他に天然のプロモーター、例えばβ−アクチン又はリボソームタンパク質も使用されることができる。好ましくは強力プロモーター(strong promoter)が選択される。
【0047】
この収量を改善するために1より多いコピー、好ましくは少なくとも2のコピー、より好ましくは少なくとも3のコピー、より一層好ましくは少なくとも5又は10コピーの人工染色体を宿主細胞中に導入することが好ましいことが証明されており、50までのコピーが好ましくは宿主細胞中に組み込まれてよい。しかしながら、より多数の、500までのコピーの人工染色体を利用することさえも、特に、このタンパク質を発現するために1より多い座が利用される場合には有利であってよい。ゲノム中の人工染色体の組み込まれたコピーのこの増加した数は、興味のもたられる遺伝子の増加した発現と直接的に相関し、このようにして、このそれぞれのコードされたタンパク質の増加した収量と相関する。これは、ノックイン戦略の使用に比較して明白な改善であり、ここでは、興味のもたれる遺伝子は、1又は2のコピーの、宿主細胞株の染色体の座中に、人工染色体の使用なしに挿入される。
【0048】
このようにして、本発明による人工染色体の使用は、高収量のタンパク質発現を支持する。本発明によるこの生産方法は好ましくは、少なくとも1pg/細胞/日、好ましくは少なくとも3、5、10、30、50pg/細胞/日の、100pg/細胞/日までの収量を提供する。この収量は、適した増幅により前記宿主細胞の密度が増加すると改善されてよい。
【0049】
本発明によるクローンが、複数の継代後にさえ安定にタンパク質を生産することが判明した。意外なことに、この収量は顕著に減少せず、すなわち、10、20又は30継代の後でさえ30%以下であることが示され、このようにして安定な発現システムを実証する。
【0050】
本発明によるベクターは、慣用の発現ユニットと組み合わせた組み換えタンパク質生産を容易にするための発現道具として、又は好ましくは自体で完全な発現ユニットとして提供されてよい。このようにして、本発明によるベクターが、周囲のクロマチンによる影響なしに、安定な細胞株における人工染色体のランダム組み込みを可能にするために遺伝子の調節要素を宿すことが好ましい。
【0051】
特定の一実施態様において、本発明によるベクターは、安定なタンパク質発現を提供するための全ての調節要素を含む完全な発現ユニットとして提供される。このようにして、本発明によるベクターは、染色体組み込みとは無関係に宿主細胞中に導入されてよい。
【0052】
例えば、本発明によるBACベースのベクターが、慣用のベクターと比較した場合に明白な利点を提供することが判明した。このことは、高レベルの発現、例えば少なくとも10倍の発現を提供し、かつ、このことは、不所望なクロマチン作用によりあまり影響されず、このようにして、興味のもたれるタンパク質を高レベルで発現する単一細胞クローンの単離を簡易にする。更に、人工染色体を基礎とするベクターは、内因性調節要素を利用することができ、このようにして、長期間培養における発現のサイレンス化を回避する。
【0053】
本発明による人工染色体、特に小人工染色体、例えば微生物人工染色体、例えばBACを基礎とするベクターの使用は、ノックイン戦略の利点全てを提供する。さらに、これらベクターは、高コピー数でもって宿主ゲノム中に組み込まれることができ、その一方で、ノックインベクターは多くとも1又は2のコピーとして組み込まれる。このベクターの発現は組み込まれたコピーの数に比例しており、このようにして、人工染色体を基礎とするベクターは、ノックイン戦略よりもより高い発現レベルを提供する。さらに、本発明による安定な細胞株の作製は、特にBACを基礎とするベクターの使用の場合に、ノックイン戦略に比較して、単純なプロセスでありかつ時間の消費が少ない。上述のとおり、慣用のベクターを使用する、興味のもたれる遺伝子の発現は、不所望なクロマチン作用に高度に供せられる。この問題を克服するために、慣用のベクターは、クロマチンアイソレーターと呼ばれる短いDNA配列により隣接される。クロマチンアイソレーターと考えられるDNA要素の長いリストが存在し、例えば、座コントロール領域(ocus control region)、マトリックスアタッチメント要素、アンチリプレッサー要素、遍在的クロマチン要素(ubiquitous chromatin element)、境界要素(boundary element)、その他である(Wurm, F. M. Nature Biotechnology 22, 1393-1398 (2004))。これら全ての要素は、変動可能な成功率でもって慣用のベクターにおいて使用されている。これらクロマチンアイソレーターは、その本当のゲノムの文脈から使用される短いDNA配列であり、このため、真のクロマチン環境を提供しない。
【0054】
他方では、特定の座(vg Rosa 26)を含む、本発明により使用される人工染色体を基礎とするベクターは、定義によればクロマチンユニットである。これらは、全てでなければ、大抵の、定義された座のクロマチン調節要素をこの本当の内在性ゲノムの文脈において含む。このようにして、本発明により使用されるベクターは、クロマチンアイソレーターだけでもって隣接される慣用のベクターに比較して、より良好なクロマチン調節又は環境を提供する。好ましい一実施態様によれば、本発明による方法はクロマチンアイソレーターを使用しない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1A】図1Aは、タンパク質生産のために使用されるコンストラクトの図示を示す。CAGGS Fcは、CAGGSプロモーター、この後にIgG1遺伝子のFc領域が続くシグナルペプチド、IRES−eYFP−SV40 ポリAレポーター要素及びPGKネオマイシンカセットを含む慣用の発現ベクターである。Rosa 26 BAC CAGGS Fcコンストラクトは、Rosa26座を含むBAC中にCAGGS Fcを組み換えることにより作製された。CAGGS Fcベクターは、100kb上流及び下流の配列でもってRosa26座のアンチセンス転写物のエキソン2中に配置されている。
【図1B】図1Bは、慣用のベクター及びBACベースのベクターの間のタンパク質生産における効力の比較を示す。このFc収量は、CAGGS Fc及びRosa26 BAC CAGGS Fcベクターでもって作製されたHEK293バルク培養物(bulk culture)(細胞プール)中で分析された。このCAGGS Fcベクターは、0.5pg/細胞/日の収量を生じ、その一方で、このBACベースのベクターは5.7pg/細胞/日の収量を生じた。測定をトリプリケートで実施した。エラーバーは、標準偏差を示す。
【図1C】図1Cは、タンパク質生産及び組み込まれたBAC導入遺伝子コピーの間の相関を示す。12個の単一クローンの分析は、Rosa 26 BAC CAGGS Fcベクターについて1〜55の範囲のコピー数をFc収量5.5〜30pg/細胞/日でもって示した。このタンパク質生産は、BAC導入遺伝子コピー数に直接的に比例していた。
【図1D】図1Dは、培養継代の間にタンパク質生産が安定に維持されることを示す。1代及び30代で測定したFcタンパク質の収量を、Rosa26 BAC CAGGS Fc培養物から単離した6つのサブクローンにおいて測定した。明らかな差異は見出されなかった。エラーバーは、標準偏差を示す。
【0056】
本発明は更に、以下の実施例により説明される。
【0057】
実施例1:ヒトFcの発現
組み換えタンパク質の生産におけるBACsの効力を試験するために、我々は、2つの発現ベクターを作製した:CAGGS Fcベクターは、CAGGSプロモーター(Niwa, H., Yamamura, K. & Miyazaki, J.. Gene 108, 193-199 (1991))、興味をもたれる遺伝子(Fc)としてのヒトIgG1のFc断片(すなわち、ヒンジ、CH2及びCH3)が後に続くシグナルペプチド、IRES/eYFPレポーター及びPGK−ネオマイシンカセットからなる。第2のベクター、Rosa26 BAC CAGGS Fcは、CAGGS Fcベクターからなり、これは、Rosa26座を含むBAC骨格中に組み換えされている(図1A)。
【0058】
HEK293細胞は、このCAGGS Fc及びRosa 26 BAC CAGGS Fcベクターでトランスフェクションされていた。G418選択の14日後に、2つのバルク培養物(細胞プール)がCAGGS Fc及びRosa26 BAC CAGGS Fcのために確立された。この上清中のFcタンパク質生産の分析は、0.5及び5.7pg/細胞/日の収量をCAGGS Fc及びRosa 26 BAC CAGGS Fcバルク(細胞プール)培養物中でそれぞれ示し(図1B)、このことは、BACベースのベクターの使用がタンパク質生産を実質的に改善することを実証する。
【0059】
次に我々は、導入遺伝子コピーの数及びFcタンパク質収量の間の相関を分析した。12個のサブクローンを、導入遺伝子の1〜55コピーを宿すRosa26 BAC CAGGS Fc培養物から確立した。これら培養物の上清におけるタンパク質収量は、導入遺伝子コピー数と相関し、かつ、5.5〜30pg/細胞/日の範囲に及んだ(図1C)。このBACベクターのコピー数とタンパク質生産の間の相関係数R2は0.88であった。このことは、このタンパク質生産が、BACベースの発現ベクターを使用する場合に、組み込まれた導入遺伝子のコピー数に比例することを示唆する。
【0060】
最後に、我々は、時間にわたる長期間タンパク質生産及び増加する継代数を調査した。Rosa26 BAC CAGGS Fc培養物からの6個のサブクローンを、30代にわたり成長させ、タンパク質生産を分析した。このFcタンパク質の収量は、1代から30代へと有意に減少せず(図1D)、このことは、BACベースのベクターが時間にわたる組み換えタンパク質の安定な生産を提供することを示す。
【0061】
この研究において、我々は、発現ユニットを遮断するためにRosa26座を含むBACを使用した(CAGGS Fc)。このアプローチでもって、我々は、BACを基礎とするベクターが、組み換えタンパク質生産について慣用ベクターよりもより良好な結果を生じることを示した。組み換えタンパク質生産のためのBACベースのベクターの更なる改善は、生産者細胞において高度に活性がある内在性/天然プロモーターの使用を含んでよい。例えば、HEK293細胞の転写プロファイリングは、リボソームタンパク質をコードするRpl23a遺伝子の強力な発現レベルを同定した。したがって、HEK293細胞におけるRpl23aを含むBACの使用は組み換えタンパク質生産を更に改善してよい。
【0062】
材料及び方法
プラスミド及び細胞培養
このCAGGS Fc発現ベクターを、慣用のクローニング法により組立て、2つのattB部位により隣接されている(phiC31 インテグラーゼ認識部位)。Rosa26 BAC CAGGS Fc BACベクターを、以前説明されているように作製した(Blaas, L., Musteanu, M., Zenz, R., Eferl, R. & Casanova, E. BioTechniques 43, 659-660, 662, 664 (2007))。簡単にいうと、このCAGGS Fcベクターを、Rosa26アンチセンス転写物のエキソン2中へのphiC311媒介したカセット交換を使用して、Rosa26座を含むBAC中に組み換えた。
【0063】
このバルク培養物を確立するために、24μgのCAGGS Fc及びRosa26 BAC CAGGS Fc BACベクターをNotIを用いて線形にし、リポフェクタミン2000(Invitrogen)を使用してHEK293中にトランスフェクションした。トランスフェクション2日後に、G418(800μg/ml)をこの培地(DMEM高グルコース、10%FCS、グルタミン、ピルベート及び可欠アミノ酸で補給してある)に添加した。選択を14日間にわたり実施した。この後で、培養物をG418の非存在下で成長させ、このバルク培養物中のFcタンパク質生産を1週間後に測定した。
【0064】
このFcタンパク質は、クロマトグラフィ法により単離されることができた。
【0065】
Fcタンパク質決定
5×105細胞を2mlの培地中の6mlのウェルプレートの各単独ウェル中に播種した。播種72時間後に、このFcタンパク質濃度を、ELISAアッセイを使用して上清中で測定した。ELISAのために、ヒツジ抗−ヒト−IgG(Fc特異的)F(ab′)2断片(Sigma I-3391)を、1μg/mlでMaxisorpプレートのマイクロウェルに一晩4℃で吸着させ、この後に5%BSA(PBS中)で1h25℃でブロッキングした。洗浄後に、この試料及び標準それぞれを、希釈系列においてこのブロッキングしたマイクロウェルに添加し、1h25℃でインキュベーションした。このプレートを洗浄し、結合したFcをタンパク質A HRP(SIGMA P-8651)(PBS/BSA中に1:70000で希釈されている)により検出し、この後にTMB基質溶液(Sigma T0446)で染色した。このELISAを、450nmで、参照波長360nmでもって測定した。
【0066】
Rosa26 BAC CAGGS Fcコピー数分析
Rosa26 BAC CAGGS Fc培養物からの安定なサブクローンを、eYFP FACS選別を使用して確立した。単一細胞クローン中の導入遺伝子のコピー数を、テンプレートとしてゲノムDNAを用いてリアルタイムPCRにより定量化した。Rosa26 BACを、オリゴ(oligos)RosaF 5′ TCTTGTCCTTTTACCTCCCTTGTA(配列番号1)RosaR 5′ GAACATATTCAAAACACCAGGATTT(配列番号2)を用いて増幅した。これらオリゴは、BAC及び内在性ROSA26座を認識する。このβ−アクチン座をオリゴ、アクチンF5′ TCATGTTTGAGACCTTCAACACC(配列番号3)及びアクチンR5′ GATCTTCATGAGGTAGTCAGTCAGGT(配列番号4)を内部コントロールとして増幅した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真核細胞株中にタンパク質を生産するにあたり、
a)人工染色体の骨格を提供する工程、
b)前記タンパク質をコードする核酸を前記骨格中に組み換えて、発現ベクターを作製する工程、
c)前記発現ベクターを真核性宿主細胞株中に導入して、真核性発現細胞株を得る工程、
d)前記発現細胞株を培養して、前記タンパク質を生産する工程、及び
e)前記タンパク質を単離する工程
を含む生産方法。
【請求項2】
前記組み換えが、相同組み換え又はインテグラーゼ媒介したカセット交換から選択される、組み換え技術を用いて実施される請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ベクターの2〜500コピーが、前記宿主細胞株中に導入される、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
分泌タンパク質をコードする遺伝子を含む人工染色体を基礎とする、請求項1から3のいずれか1項記載の方法における使用のためのベクター。
【請求項5】
前記分泌タンパク質が、シグナルペプチドを含む、請求項4記載のベクター。
【請求項6】
前記分泌タンパク質が、血清タンパク質(免疫グロブリン、免疫グロブリン断片又は誘導体を含む)、アルブミン、血液因子、ポリペプチドホルモン、サイトカイン、ケモカイン、酵素及び成長因子、及びこの誘導体からなる群から選択される、請求項4又は5記載のベクター。
【請求項7】
前記人工染色体が、細菌、バクテリオファージ、酵母又は哺乳類由来である、請求項4から6のいずれか1項記載のベクター。
【請求項8】
前記人工染色体が、BAC、PAC、YAC及びコスミドからなる群から選択される、請求項4から7のいずれか1項記載のベクター。
【請求項9】
オープンクロマチン形成のための調節要素を含む、請求項4から8のいずれか1項記載のベクター。
【請求項10】
天然の又は異種のプロモーターを含有する、請求項4から9のいずれか1項記載のベクター。
【請求項11】
アバンダントタンパク質の座を含む、請求項4から10のいずれか1項記載のベクター。
【請求項12】
哺乳類又は昆虫起源の座を含む、請求項4から11のいずれか1項記載のベクター。
【請求項13】
請求項4から12のいずれか1項記載のベクターを宿すトランスジェニック細胞株。
【請求項14】
前記ベクターがアロゲニック座を含む、請求項13記載の細胞株。
【請求項15】
請求項4から12のいずれか1項記載のベクターを含む染色体。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【公表番号】特表2012−511307(P2012−511307A)
【公表日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−537935(P2011−537935)
【出願日】平成21年11月18日(2009.11.18)
【国際出願番号】PCT/EP2009/065410
【国際公開番号】WO2010/060844
【国際公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(506130610)オーストリア ヴィルトシャフツゼルヴィース ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (2)
【氏名又は名称原語表記】Austria Wirtschaftsservice Gesellschaft mbH
【住所又は居所原語表記】Ungargasse 37, A−1030 Wien, Austria
【出願人】(511130645)
【氏名又は名称原語表記】Anton Bauer
【住所又は居所原語表記】Getreidegasse 2, A−3470 Kirchberg/Wagram, Austria
【出願人】(511130656)
【氏名又は名称原語表記】Emilio Manuel Casanova Hevia
【住所又は居所原語表記】Alserstr. 34, A−1090 Wien, Austria
【Fターム(参考)】