説明

人工硬膜

【目的】 本発明は、脳外科分野における硬膜欠損の補填に用いる人工硬膜の提供に関し、人工硬膜に必要とされる液漏れがないこと、十分な縫合強力を有すること、脳表を傷つけないような柔らかさ、及び、生体硬膜に近い弾性率を有すること、生体適合性に優れていること、組織の修復にともない分解吸収されて消失し得ること等、従来の課題を解決した新規な人工硬膜を提供するものである。
【構成】 本発明は、その構成において、生体内分解吸収性合成高分子のシートより成ること、かかる生体内分解吸収性合成高分子が乳酸とカプロラクトンとの共重合体であること、生体内分解吸収性合成高分子より成るシートの中間に該シート構成素材と異なる生体内分解吸収性高分子を補強材として介在させ、これを一体化して成ること、補強材が繊維構成物から成ることに特徴を有する人工硬膜の提供に関する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、脳外科分野における硬膜欠損の補填に用いる人工硬膜の提供に関する。
【0002】
【従来の技術】頭蓋骨と脳との間に介在する硬膜は、主として脳の保護と脳髄液の漏出を防止する機能を果すが、脳外科領域における手術に際しては、欠損、拘縮等により補填する必要があり、従来はこれにヒト硬膜の凍結乾燥物が使用されてきた。しかしながら、かかるヒト硬膜は製品の均一性や供給源に問題があり、また、ウイルス感染の報告(脳神経外科;21(2),167−170,1993)や使用に際し硬いため組織表面になじみ難いという欠点が指摘されている。
【0003】かかる欠点を解消するものとして、例えば、シリコーンを素材とする人工硬膜も開発されたのであるが、非分解性であるため体内に永久に残留し、周辺組織への慢性的な刺激源となって肉芽組織を肥大化させ、皮膜内出血を起こしやすいという症例が報告されてから使用されなくなった。一方、生体内分解吸収性素材を用いた試みとしてコラーゲン(Journalof Biomedical Materials Research;Vol.25267−276,1991)やゼラチン(脳と神経;21,1089−1098,1969)を素材とする人工硬膜の作製も試みられたが、強度的な問題、即ち生体硬膜と一体縫合する際に必要な縫合強力が得られないことなどから実用に供されていない。従って、現状では種々の問題を有しながらもヒト硬膜凍結乾燥物を使用せざるを得ない状況にある。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、かかる人工硬膜に必要とされる液漏れがないこと、十分な縫合強力を有すること、脳表を傷つけないような柔らかさ、及び、生体硬膜に近い弾性率を有すること、生体適合性に優れていること、組織の修復にともない分解吸収されて消失し得ること等、従来の課題を解決した新規な人工硬膜を提供するものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】しかるに、本発明は、生体内分解吸収性合成高分子のシートより成ること、かかる生体内分解吸収性合成高分子が乳酸とカプロラクトンとの共重合体であること、生体内分解吸収性合成高分子より成るシートの中間に該シート構成素材と異なる生体内分解吸収性高分子を補強材として介在させ、これを一体化して成ること、補強材が繊維構成物から成ることに特徴を有する人工硬膜の提供に関する。
【0006】
【作用】本発明は、生体内において加水分解、或は、酵素的な分解を受けて吸収され、加えて安全性が保証されている脂肪族ポリエステルであるポリグリコール酸,ポリ乳酸、及び、ヒドロキシカルボン酸の一つであるポリカプロラクトン等の合成高分子をその素材とし、これを適宜組み合わせて構成したことに特徴を有する。例えば、第1の構成例として力学的性質と分解速度をコントロールすることが可能な乳酸とカプロラクトンの共重合体を用い、これを熱プレス或はジオキサンなどの溶媒に溶解後風乾或は凍結乾燥することにより薄いフィルム状のシートに加工して構成する。かかる乳酸とカプロラクトンとの共重合モル比率は、乳酸成分が25〜60%の割合となるよう、より好ましくは、50:50の比率となるよう重合したものが弾性率が低く柔らかいため人工硬膜として好適である。即ち、その共重合モル比率において、乳酸の比率が高まると弾性が高く、硬い素材となり、カプロラクトンの比率が高まると同様に弾性率が高まり、脳表を傷つける可能性があるため共に当該用途に適さない。一方、形成するフィルム状シートの厚さは溶液の濃度、キャスト量、熱プレス時の圧力により容易に制御できるが、人工硬膜として用いる場合薄すぎると強度が足りず液漏れなどを起こす可能性があり、逆に厚過ぎると剛性が高まり、脳表を傷つけることになる。従って、十分強度を保てる最低限の硬膜に調整することが望ましく、その膜厚は50〜800μmの範囲にあることが望ましい。
【0007】また、第2の構成例として、前記構成のシート間に生体吸収性高分子から成るメッシュ、編物、織物、不織布などを補強材として介在させ、一体化するものがあり、かかる構成においては、前記共重合体より融点が高く、同じ溶媒に溶解しない、例えば、ポリグリコール酸などから成る厚さ50〜200μmの補強材を用いるのが一体化において好ましい。尚、かかる構成によるものは第1の構成例に比べ、補強材により縫合強力が増し、また、縫合時の針穴の拡張が少ないという特徴がある。以上のように構成した本発明人工硬膜は、当該用途に必要とされる液漏れがないこと、十分な縫合強力を有すること、脳表を傷つけないような柔らかさ、生体硬膜に近い弾性率を有すること、生体適合性に優れていること、組織の修復にともない分解吸収されて消失し得ることと等の機能を全て満足させるものであり、加えて他の特徴として透明性を有するため補填操作中、或は、補填後にかかる膜を通して内部の状況が観察でき、トラブルを早期に発見できる特徴も有する。更に、工業的生産が可能であるためヒト硬膜乾燥物に比べはるかに安価に、しかも品質的にも安定したものが得られる利点がある。以下、実施例を挙げて説明する。
【0008】
【実施例1】重量平均分子量が37万である乳酸−カプロラクトンの共重合体(50:50のモル比率)を110℃,160kg/cmでプレスし、水中で急冷して厚さ250μmのフィルム状シートより成る本発明人工硬膜を得た。
【実施例2】重量平均分子量が37万である乳酸−カプロラクトンの共重合体(50:50のモル比率)を110℃,190kg/cmでプレスし、水中で急冷して厚さ100μmの共重合体のフィルム状シートを得た。このシートの間に生体分解吸収性高分子である15デニールのポリグリコール酸糸で天竺編し、これをニードルパンチングして不織布化した生地を挟み、再び110℃,190kg/cmの条件で熱プレスし、一体化して複合した厚さ220μmの本発明人工硬膜を得た。
【0009】<性能評価>1.物性評価試験実施例1及び、2で作製した本発明人工硬膜とヒト生体硬膜、ヒト凍結乾燥硬膜について物性比較した。尚、各試験区、各試験当りのn数はそれぞれ5で行い、その平均を求めた。
(1)引張強力試験試験区をそれぞれ5mm×60mmに切断し、チャック間距離10mm、引張速度100mm/minで引張試験を行った。
(2)縫合強力試験7mm×10mmに切り取った試験区の両端から3mmの部分に3−0号の縫合糸を通し、縫合糸を双方から引っ張った際の破断強力を記録した。
(3)曲げ硬さ試験5cm×8cmに切り取った試験区を純曲げ試験機(KES−FB2)を用いて曲げ硬さを測定した。以上の結果を表1に示したが、本発明品に係る人工硬膜は、特に、当該用途に必要とされる強力、柔らかさを備え、特に、実施例2で得たものは補強材の存在により縫合強力が高く、これは液漏れのない確実な縫合ができることを示唆し、また、曲げ硬さにおいても従来品に比べその値が低く、柔らかいことを示している。尚、かかる評価の対照として用いたヒト生体硬膜は手術時に人体から切除したもの、ヒト凍結乾燥硬膜は市販の商品名LYODURA(B.Braun社製)に係る製品である。
【0010】
【表1】


【0011】2.In vitroによる分解性試験実施例2で得た人工硬膜を5mm×80mmに切り、生理食塩水に浸漬し、37℃に保温した。これを1,7,15,21,30日後に取り出し、実施例2と同様の引っ張り試験を行った。その結果を表2に示すが、生理食塩水中では約14日(2週間)程度で初期の半分程度の強力となることから生体内でも加水分解されると考えられる。尚、生体内では通常ほぼ1ヵ月で皮膜が形成され、液漏れが発生することがなくなり、更に、この皮膜を足場に硬膜が再生されてくるため、特に問題を生じることはない。
【0012】
【表2】


【0013】3.In vivoによる分解性試験実施例2で得た人工硬膜を5×80mmに切断し、ラット背部の皮下組織内に埋入し、1,2,3,4週間後に取り出し、前記In vitro劣化試験と同様の引っ張り試験を行った。その結果は表3に示すようにIn vitro劣化試験の結果とほぼ同様の結果を示した。
【0014】
【表3】


【0015】
【発明の効果】以上、実施例の結果からも明らかなように、本発明人工硬膜は、従来のヒト硬膜に代わるものとして、当該用途に必要とされる液漏れがないこと、十分な縫合強力を有すること、脳表を傷つけないような柔らかさ、生体硬膜に近い弾性率を有すること、生体適合性に優れていること、組織の修復にともない分解吸収されて消失し得ることと等の機能を全て満足させるものであり、加えて透明性を有するため補填操作中、或は、補填後にかかる膜を通して内部の状況が観察できる特徴も有する。また、工業的生産が可能であるためヒト硬膜乾燥物に比べはるかに安価であり、品質的にも安定したものが提供できる利点がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 生体内分解吸収性合成高分子のシートより成ることを特徴とする人工硬膜。
【請求項2】 生体内分解吸収性合成高分子が乳酸とカプロラクトンとの共重合体であることを特徴とする請求項1記載の人工硬膜。
【請求項3】 生体内分解吸収性合成高分子より成るシートの中間に該シート構成素材と異なる生体内分解吸収性高分子を補強材として介在させ、これを一体化して成ることを特徴とする人工硬膜。
【請求項4】 補強材が繊維構成物から成ることを特徴とする請求項3記載の人工硬膜。