説明

人工血液

【課題】
新規な人工血液を提供することを目的とする。
【解決手段】
グロビンと結合した下記式(1)で示される鉄コルフィセンを含む人工血液とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工血液に関する。
【背景技術】
【0002】
輸血の際、血液型等の検査をしなければならないが、好ましくない成分が輸血の際に、混入するリスクがあるため、本物の血液に代わって輸血できる人工成分に対する世界的需要がある。人工血液の導入がうまくいけば、エイズもしくは黄疸などその他の病気が手術中に(輸血により)拡散するようなリスクを根本的に減らすことが可能となると考えられる。また、合成血液は血液型を問わず輸血が可能であるため、生死を左右する輸血を、事故発生直後に現場や救急車の中で行うことが可能になると考えられる。
【0003】
従来の人工血液に関する技術としては、ヘモグロビンやパーフルオロ炭化水素を用いる技術が下記特許文献1乃至3に記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2000−51322号公報
【特許文献2】特表2003−522094号公報
【特許文献3】特表2002−507185号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記ヘモグロビンを用いる技術においては、有機リン酸などのアロステリックエフェクタが分解して、時間とともに正常な酸素運搬能力を徐々に失うという課題を有する。またヘモグロビンの酸素親和性はpHによっても変動するので、人工血液として利用するには溶液条件の設定が難しいといった課題がある。
【0006】
また、体内に酸素を供給する目的として、上記のように酸素を高濃度に溶存できるパーフルオロ炭化水素が用いられるが、パーフルオロ炭化水素を用いる技術においても、過膨張非虚脱性肺症候群を発現しやすく、また、投与後の体内滞留時間のコントロールの困難さ、また、酸素運搬に最も適しているパーフルオロ炭化水素の、単独異性体形態の抽出が容易でない、また、パーフルオロ炭化水素を用いる場合には、人工呼吸器をつけなければならない場合もあり、パーフルオロ炭化水素を用いて呼吸をする患者のQOLの低下も示唆されるといった課題を有する。またパーフルオロ炭化水素は地球温暖化ガスでもあり、その使用が地球環境の保護の立場から制限されつつあるといった状況もある。
【0007】
上記課題を鑑み、本発明は新規な人工血液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、上記課題を解決する一手段に係る人工血液は、グロビンと結合した下記式(1)で示される鉄コルフィセンを含む。
【化1】

ただし、上記式(1)R〜Rは、水素原子又は置換基を有してよいアルキル基、アリール基、エステル基、エーテル基、カルボニル基若しくはカルボキシル基である。R〜Rは、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。
【0009】
また、本発明の他の一手段にかかる人工血液は、グロビンと結合した下記式(2)で示される鉄コルフィセンを含む。
【化2】

【0010】
また、本発明の他の一手段にかかる人工血液は、グロビンと結合した下記式(3)で示される鉄コルフィセンを含む。
【化3】

【0011】
また本発明にかかる人工血液は、限定されるわけではないが、pHが7以上8以下の範囲内であることが望ましい。また、限定されるわけではないが、人工ミオグロビンは1mM以上50mM以下の範囲内で含まれていることが望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、新規な人工血液を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0014】
本実施形態に係る人工血液(以下「本人工血液」という。)は、グロビンと配位結合した下記式(1)で示される鉄コルフィセンを含む。下記式(1)で示されるように鉄コルフィセンは、ピロールと呼ばれる5員環4つが台形状に配置した構造を有し、その中心近傍に鉄原子を配置した鉄錯体となっている。下記式(1)記載の鉄コリフェリンはグロビンの疎水性のポケットにおいて当該グロビンと結合される。なお下記(1)で示される鉄コルフィセンは、限定されるわけではないが、例えば合成によって得ることができる。
【化4】

ただし、上記式(1)R〜Rは、水素原子又は置換基を有してよいアルキル基、アリール基、エステル基、エーテル基、カルボニル基若しくはカルボキシル基である。R〜Rは、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。R〜Rの炭素の数は、限定されるわけではないが、1以上20以下の範囲内にあることが好ましい。
【0015】
グロビンは、哺乳動物由来である限りにおいて限定されることなく、食肉や動物臓器から抽出することができる。例えば動物体内にあるミオグロビン又はヘモグロビンを既知の方法(例えばBiochim.Biophys,Acta、1959、35、543)で取得し、これからヘムを取り除くことで得ることができる。本人工血液は、グロビンと結合させることで得ることができる。
【0016】
また、本人工血液は、限定されるわけではないが上記グロビンと結合した鉄コルフィセンはリンゲル液や生理食塩等の溶液に含ませたものとすることが好ましく、更に、当該溶液には薬学的に許容できる範囲で酸素運搬機能を阻害しない他の物質(pH調整剤、無機塩類、アミノ酸、ビタミン剤、還元剤等)を含ませることも好ましい。鉄コルフィセンの濃度としては、下記に限定されるわけではないが1mM以上50mM以下の範囲内にあることが望ましい。更に本人工血液は、限定されるわけではないがpHが7以上8以下の範囲内にあることが好ましい。
【0017】
また本人工血液は、複数の上記グロビンと結合した鉄コルフィセンをリン脂質等の脂質の膜に内在させておくことも好ましい。
【0018】
本人工血液では、上記式(1)に記載のコルフィセンを用いることで従来酸素親和性が高すぎて血液として用いることができないと考えられるミオグロビンの酸素親和性を調整し、人体に使用が可能な程度まで好適に調整することができ、適切な酸素運搬能を付与できるようになる。また本人工血液は、pH等の要因による酸素親和性の変動も少なく、従来のヘモグロビンやパーフルオロ炭化水素等を用いた人工血液に対しても非常に調整しやすい。なお、上記式(1)中のR〜Rを適宜調整することにより、より酸素親和性の細かい調整が可能となる。
【0019】
以上、新規な人工血液を提供することができる。
【0020】
(実施例1)
(鉄コルフィセンの合成)
下記式(I)の化合物を、炭酸水素ナトリウム2.5gを溶かしたエタノール25mlと水25mlを混合した溶液に溶かした。そしてこの溶液の温度を45℃とし、この溶液にヨウ素1.1gとヨウ化カリウム2.0gを水20mlに溶かした溶液を15分かけて滴下した。その後、45℃で、90分間撹拌した。そして沈殿物を集め、大量の水で洗い乾燥させた。この結果(II)を得た。
【化5】

【化6】

【0021】
次に、(II)の化合物5.0gを10滴のトリエチルアミンと炭素により賦活化した10%パラヂウムカーボン0.70gを滴下したテトラヒドロフラン100mlに溶かし、水素存在下で一晩反応にかけた。そしてその後ろ過し、溶媒をエバポレートした後、生成物の再結晶化を水とエタノールの混合溶液を用いて行った。この操作により(III)を得た。
【化7】

【0022】
そして(III)の化合物10.00gをN,N−ジメチルホルムアミド100mlに溶かし、リン酸化物を5℃以下の温度の状態にし、窒素存在下で加えた。混合溶液を室温で湿気が入らないように気をつけながら一晩反応させ、その反応溶液を水500mlに加えた。その後、アミンの匂いがするまで、水酸化ナトリウムを加え、その生成物を水で洗い、水とエタノールの混合溶液で再結晶化を行った。この操作により(IV)を得た。
【化8】

【0023】
そして(IV)の化合物10.00gを酢酸90mlに溶かした溶液に3、4−ジメチルピロール4.90gと30%の臭化水素酸を酢酸20mlに溶かした溶液に、60℃の温度下で加えた。その後、1時間熱を加えながら反応をかけ、冷やした。その後、1時間氷浴上で冷やして結晶を析出させ、その析出物を集め、水とエタノールの混合溶液を用いて再結晶化を行うことで(V)を得た。
【化9】

【0024】
(V)の化合物2.70gと塩化第二鉄の二水和物5.70gをジメチルホルムアミド230mlに溶かし、撹拌しながら1時間加熱還流した。その後、冷ました溶液を500mlのクロロホルムに混ぜ、500mlの水で4回洗い込み、その後、エバポレートをして乾燥させた。その後、溶媒にクロロホルムを用いて、シリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーを行った。黒緑色のバンドを集めて、エバポレートした。更にエバポレートした後に得た化合物を、硫酸50mlとエタノール50mlの混合溶液100mlに溶かし、一晩撹拌し、クロロホルム300mlに溶かした。その混合溶液を水400mlで2回洗い、0.5Mの水酸化ナトリウム溶液400mlで2回洗い、その後水400mlで1回洗った。その後溶液をエバポレートして、クロロホルムを用いて、シリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーを行った。この操作により、下記式(V)のコルフィセンを得て、更に鉄を配位させ、下記(2)の鉄コルフィセンを得た。
【化10】

【化11】

(人工血液の作製及び評価)
クジラのミオグロビンから天然ヘムを抜き取り、下記式(3)で示されるコルフィセン鉄錯体に入れ替えた。この人工ミオグロビンに対し、酸素輸送能を定量的に表す尺度であるP50値を測定したところ、37.0mmHgであった。従来の天然ミオグロビンでは1.0mmHgと報告されており(Chem.Rev.、1994年、94巻、699)、本人工ミオグロビンの酸素運動能力が格段に向上していること確認できた。人体内での肺と末梢組織での酸素分圧差を考慮すれば、本人工ミオグロビンでは酸素運搬能力を21倍程度向上させることができると考えられる。このミオグロビンの酸素運搬能力はヘモグロビンの酸素運動能力の80%程度にまで肉薄している(参考:ストライヤー「生化学」、第4版、第7章)。
【0025】
(実施例2)
実施例1において、(I)に代わり下記(I’)を用いた以外はほぼ同じ方法によって下記(3)で示される鉄コルフィセンを得た。
【化12】

【化13】

【0026】
まず、クジラのミオグロビンから天然ヘムを抜き取り、上記式(2)で示されるコルフィセン鉄錯体に入れ替えた。この人工ミオグロビンに対し、酸素輸送能を定量的に表す尺度であるP50値を測定したところ、7.0mmHgであった。従来の天然ミオグロビンでは1.0mmHgと報告されており(Chem.Rev.、1994年、94巻、699)、本人工ミオグロビンの酸素運動能力が格段に向上していること確認できた。人体内での肺と末梢組織での酸素分圧差を考慮すれば、本人工ミオグロビンでは酸素運搬能力を8倍程度向上させることができる。
【0027】
なお上記実施例の結果から、コルフィセン分子の置換基位置や置換基を調整することで、ミオグロビンの酸素運搬能力を制御できることがわかる。即ちコルフィセンの分子設計上きわめて重要である。以上、上記実施例により、コルフィセン鉄錯体で再構成したミオグロビンはより調整が容易な人工血液となり、優れた人工血液材料をとして機能することを確かめることができた。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、人工血液として利用することができ、産業上の利用可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グロビンと結合した下記式(1)で示される鉄コルフィセンを含む人工血液。
【化1】

(ただし、R〜Rは、水素原子又は置換基を有してよいアルキル基、エステル基若しくはアリール基である。R〜Rは、それぞれ同じであっても異なっていてもよい。)
【請求項2】
グロビンと結合した下記式(2)で示される鉄コルフィセンを含む人工血液。
【化2】

【請求項3】
グロビンと結合した下記式(3)で示される鉄コルフィセンを含む人工血液。
【化3】

【請求項4】
pHが7以上8以下の範囲にある請求項1乃至3の何れかに記載の人工血液。
【請求項5】
前記鉄コルフィセンを1mM以上50mM以下の範囲内で含む請求項1乃至3の何れかに記載の人工血液。

【公開番号】特開2007−290982(P2007−290982A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−118249(P2006−118249)
【出願日】平成18年4月21日(2006.4.21)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】