説明

付着微生物の不活化方法

【課題】ヒトを含む動物を待避させることなく、広範囲に適用可能であり、かつ手間の掛からない付着微生物の不活化方法を提供する。
【解決手段】物品の外表面に付着する大腸菌、黄色ブドウ球菌、インフルエンザウイルス、及びネコカリシウイルスからなる群より選ばれた少なくとも1種の微生物を不活化する方法であって、当該物品を、濃度0.1ppm以下の低濃度二酸化塩素ガスに曝露する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は付着微生物の不活化方法に関し、詳しくはヒトを含む動物(以下、単に「動物」ともいう)の生活環境に存在する全ての物品の外表面に付着した細菌、真菌またはウイルスなどの微生物(すなわち付着微生物)を、当該動物をその生活空間より待避させることなく不活化(殺菌)する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
病原性微生物の中には、環境表面を介して動物に感染する可能性のあるものが存在する。感染を阻止するためには、当然のことながら環境表面への除菌や殺菌が必要となるが、これまで数多くの環境表面の殺菌方法が考案されており、二酸化塩素ガスを用いて殺菌する方法も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、従来の殺菌方法は、その方法を用いて殺菌を行う場合、毒性作用が強いため当該環境(生活空間)に居る(生活する)動物を待避させなければならなかった。また、高濃度の二酸化塩素ガスを用いる場合、そのガスが保有する強い酸化作用のため、金属物品の種類によっては表面を錆びさせたり、合成樹脂製の物品の種類によっては劣化させたりすることが知られており、問題となっていた。現在のところ、動物を待避させることなく、広範囲に適用可能であり、かつ手間の掛からない方法は見当たらず、世界的に新興感染症や再興感染症が問題となる中で、これら感染症に対して動物の生活空間で使用可能な新しい殺菌方法が切望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−192377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
[発明の目的]
本発明者は、動物の生活空間において広範囲で利用可能な環境表面殺菌の方法について研究を重ね、鋭意検討した結果、ついに、動物の待避が不要な低濃度二酸化塩素ガスにより、環境表面に存在する微生物の不活化(殺菌)が可能であることを発見し、そして本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る付着微生物の不活化方法の特徴構成は、物品の外表面に付着する微生物を不活化する方法であって、当該物品を、濃度0.1ppm以下の低濃度二酸化塩素ガスに曝露する点にある。
【0007】
本構成によれば、動物に対して害のない低濃度(0.1ppm以下)の二酸化塩素ガスを動物の生活空間(居住空間)に供給するので、動物を待避させることなく環境表面に存在する病原性微生物(微生物)を殺菌することができる。特に食品や医療分野など特定環境下における付着微生物に対する制御が容易となる。
【0008】
本発明に係る付着微生物不活化方法において、前記微生物は、大腸菌(Escherichia coli)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、インフルエンザウイルス(Influenzavirus)、およびネコカリシウイルス(Feline calicivirus)からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0009】
本構成によれば、感染率の高い感染症や日常的によく発生している食中毒などといった広範囲の疾患の予防が、動物に対する有害リスクを最小限に抑えながら可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】低濃度二酸化塩素ガスによる付着微生物(大腸菌)の不活化を示したグラフである。
【図2】低濃度二酸化塩素ガスによる付着微生物(黄色ブドウ球菌)の不活化を示したグラフである。
【図3】低濃度二酸化塩素ガスによる付着微生物(インフルエンザウイルス)の不活化を示したグラフである。
【図4】低濃度二酸化塩素ガスによる付着微生物(ネコカリシウイルス)の不活化を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
二酸化塩素ガス
本発明で用いる二酸化塩素ガスは、低濃度二酸化塩素ガスであり、具体的には濃度0.1ppm以下の二酸化塩素ガスであり、好ましくは濃度0.1ppm〜0.01ppmの二酸化塩素ガスである。0.1ppmを超えると、動物への影響が懸念され、使用時に待避させる必要が生じる。また、二酸化塩素ガスの酸化力が無視できなくなり、金属物品の表面を錆びさせたり、合成樹脂物品を劣化させたりする恐れが高まる。二酸化塩素ガス濃度が0.01ppm未満であれば、付着微生物の不活化(殺菌)効果が十分に発揮しなくなるおそれがある。なお、付着微生物を死に至らしめ、かつ動物がより安全にその空間に生活・生存することができるという点で、0.1ppm〜0.05ppmであることが好ましく、0.03ppm〜0.05ppmであることがさらに好ましい。被処理物である物品(物体)を15分〜5時間、好ましくは30分〜3時間、低濃度二酸化塩素ガスに暴露する。但し、当該動物の待避が不要のため、5時間以上の長時間暴露による付着微生物の低減効果も実用上期待できる。
【0012】
二酸化塩素ガスの供給方法(発生方法)
本発明において、二酸化塩素は、従来公知の化学反応を利用して発生させたものを利用すればよい。例えば、亜塩素酸塩と酸性物質の混合により起こる反応生成物(二酸化塩素ガス)をそのまま、あるいは一旦、水に溶かして溶存二酸化塩素ガスとしたのちバブリングなどの方法で取り出す方法、または前記の溶存二酸化塩素ガスを徐放剤(デンプン系吸水性樹脂、セルロース系吸水性樹脂、合成ポリマー系吸水性樹脂などの高吸水性樹脂や焼成骨材あるいは多孔質材料など)に吸着させてから少しずつ有効成分である二酸化塩素を放出(徐放)する方法、空気中に湿分が存在する雰囲気中にて固形の亜塩素酸塩に紫外線を照射した際に発生する二酸化塩素ガスを使用する方法などがあり、これら二酸化塩素ガスを空間(人の居住空間)内に定期的にあるいは不定期に放出する。
また、市販の二酸化塩素発生装置、例えばLISPASSシリーズ(登録商標 大幸薬品社製)などの発生装置を用いることもできる。
【0013】
生活環境空間
本発明を適用し得る生活環境空間(本発明における「物品」が存する空間)は、例えば家屋、乗用車や電車、バス、タクシーなど移動交通手段の車内や駅構内、劇場や映画館、病院(診察室、手術室、待合室など)、介護施設、飲食店、空港のロビー、公衆銭湯などの浴場、公衆トイレ、事務所、教室などヒトが出入りする空間、あるいはマウスケージ、ビニールハウスなどの動物を飼育又は植物を栽培する空間が挙げられる。しかし、これらに限定されるものではなく、閉鎖状態又は開放状態を随時とり得るような空間であるならば任意の空間に適用することが可能である。低濃度の二酸化塩素ガスを使用する本発明により、このような生活環境空間における全ての物品に付着した微生物を、ヒトなどそこに居住する動物を待避させることなく殺菌・不活化することができる。
【0014】
付着微生物
本発明でいう付着微生物としては特に限定はなく、細菌としてはグラム陽性菌あるいはグラム陰性菌、例えば、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、大腸菌、連鎖球菌、淋菌、梅毒菌、髄膜炎菌、クレブシエラ(肺炎桿菌)、サルモネラ菌、ボツリヌス菌、プロテウス、百日咳菌、セラチア菌、腸炎ビブリオ菌、シトロバクター、アシネトバクター、カンピロバクター、エンテロバクター、マイコプラズマ、クラミジア、クロストリジウムなどが挙げられる。また、真菌としては、例えば、白癬菌、マラセチア菌、カンジダなどが挙げられる。さらに、ウイルスとしてはエンベロープのあるウイルスあるいはエンベロープのないウイルス、例えば、水痘・帯状疱疹ウイルス、インフルエンザウイルス(ヒト、鳥、豚など)、単純性疱疹ウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルス、ヒトパピローマウイルス(ヒト乳頭種ウイルス)、ボックスウイルス、コクサッキーウイルスなどが挙げられる。単純ヘルペスウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルス、アデノウイルス、パピローマウイルス、JCウイルス、パルボウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、ラッサウイルス、ネコカリシウイルス、ノロウイルス、サポウイルス、SARSウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルス、麻疹ウイルス、RSウイルス、ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、マールブルグウイルス、エボラウイルス、黄熱病ウイルス、デング熱ウイルス、ブンヤウイルス科のウイルス、狂犬病ウイルス、レオウイルス科のウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、ヒトTリンパ好性ウイルス、サル免疫不全ウイルス、STLV等が挙げられる。
【実施例】
【0015】
実施例1(低濃度ガスによる大腸菌の不活化効果)
温湿度(22±2℃、52±2%)の制御されたバイオセーフティ施設の部屋(39m3)で、二酸化塩素ガス発生装置を稼働させたのち、その部屋内にガラスシャーレを設置し、大腸菌<Escherichia coli(NBRC 3972)>の細菌懸濁液(1×108cells/ml、D-PBS中)100マイクロリットルを滴下した。そのガラスシャーレを空気または二酸化塩素ガス(加重平均濃度0.05ppm)に曝露した。所定時間(0時間、1時間、2時間、3時間、4時間、及び5時間)曝露後、大腸菌を回収し、生菌数CFU(Colony forming unit、以下同様)/dish)を希釈平板法により測定した。結果を[図1]に示す。生菌数が2log10(タテ軸)以上に減少している場合は*印1つ(*)を、5log10(タテ軸)以上に減少している場合は*印2つ(**)を、図中のグラフに併記した。
[図1]の結果より、低濃度二酸化塩素ガス(0.05ppm、0.14mg/m3)で物品の表面における付着微生物(大腸菌)が不活化(殺菌)されていることがわかる。
【0016】
実施例2(低濃度ガスによる黄色ブドウ球菌の不活化効果)
温湿度(22±2℃、52±2%)の制御されたバイオセーフティ施設の部屋(39m3)で、二酸化塩素ガス発生装置を稼働させたのち、その部屋内にガラスシャーレを設置し、黄色ブドウ球菌<Staphylococcus aureus(NBRC 13276)>の細菌懸濁液(1×108cells/ml、D-PBS中)100マイクロリットルを滴下した。そのガラスシャーレを空気または二酸化塩素ガス(加重平均濃度0.05ppm)に曝露した。所定時間(0時間、1時間、2時間、3時間、4時間、及び5時間)曝露後、大腸菌を回収し、生菌数(CFU/dish)を希釈平板法により測定した。結果を[図2]に示す。生菌数が2log10(タテ軸)以上に減少している場合は*印1つ(*)を、図中のグラフに併記した。
[図2]の結果より、低濃度二酸化塩素ガス(0.05ppm、0.14mg/m3)で物品の表面における付着微生物(黄色ブドウ球菌)が不活化(殺菌)されていることがわかる。
【0017】
実施例3(低濃度ガスによるインフルエンザAウイルスの不活化効果)
温湿度(22±2℃、52±2%)の制御されたバイオセーフティ施設の部屋(39m3)で、二酸化塩素ガス発生装置を稼働させたのち、その部屋内にガラスシャーレを設置し、インフルエンザAウイルス<Influenza A virus(H1N1, New Caledonia/20/99)>のウイルス浮遊液(108 TCID50 (50% tissue culture infectious dose、以下同様)/50マイクロリットル、D-PBS中)100マイクロリットルを滴下した。そのガラスシャーレを空気または二酸化塩素ガス(加重平均濃度0.05ppm)に曝露した。所定時間(0時間、1時間、2時間、3時間、4時間、及び5時間)曝露後、ウイルス浮遊液を回収し、常法に従ってウイルス感染価(TCID50/50マイクロリットル)を測定した。結果を[図3]に示す。ウイルス感染価が5log10(タテ軸)以上に減少している場合は*印2つ(**)を、図中のグラフに併記した。
[図3]の結果より、低濃度二酸化塩素ガス(0.05ppm、0.14mg/m3)で物品の表面における付着微生物(インフルエンザAウイルス)が不活化されていることがわかる。
【0018】
実施例4(低濃度ガスによるネコカリシウイルス<ノロウイルス代替ウイルス>の不活化効果)
温湿度(22±2℃、52±2%)の制御されたバイオセーフティ施設の部屋(39m3)で、二酸化塩素ガス発生装置を稼働させたのち、その部屋内にガラスシャーレを設置し、ネコカリシウイルス< Feline calicivirus(F9)>のウイルス浮遊液(108 TCID50/50マイクロリットル、D-PBS中)100マイクロリットルを滴下した。そのガラスシャーレを空気または二酸化塩素ガス(加重平均濃度0.05ppm)に曝露した。所定時間(0時間、1時間、2時間、3時間、4時間、及び5時間)曝露後、ウイルス浮遊液を回収し、常法に従ってウイルス感染価(TCID50/50マイクロリットル)を測定した。結果を[図4]に示す。ウイルス感染価が2log10(タテ軸)以上に減少している場合は*印1つ(*)を、図中のグラフに併記した。
[図4]の結果より、低濃度二酸化塩素ガス(0.05ppm、0.14mg/m3)で物品の表面における付着微生物(ネコカリシウイルス)が不活化されていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品の外表面に付着する微生物を不活化する方法であって、
当該物品を、濃度0.1ppm以下の低濃度二酸化塩素ガスに曝露することを特徴とする付着微生物の不活化方法。
【請求項2】
前記微生物が、大腸菌(Escherichia coli)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、インフルエンザウイルス(Influenzavirus)、およびネコカリシウイルス(Feline calicivirus)からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の付着微生物の不活化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−188405(P2012−188405A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54655(P2011−54655)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本防菌防黴学会 刊行物名 日本防菌防黴学会 第37回年次大会要旨集 発行年月日 平成22年9月27日 〔刊行物等〕研究集会名 日本防菌防黴学会 第37回年次大会 主催者名 日本防菌防黴学会 開催日 平成22年9月28日〜29日
【出願人】(391003392)大幸薬品株式会社 (20)
【Fターム(参考)】