説明

代謝物解析用データ処理装置

【課題】被検試料に含まれる様々な代謝物の同定に関わる作業の効率化を図るとともに、代謝物の同定状況などを一目で把握できるようにして結果の検証の効率化も図る。
【解決手段】代謝マップ記憶部20に複数の代謝マップデータを記憶し、代謝物情報記憶部21に検出可能な代謝物毎に分析条件や標準試料の分析結果などを記憶し、被検試料分析結果記憶部22に被検試料毎に同定された代謝物やその分析条件、標準試料の分析結果などを記憶する。分析者の指示により表示処理部27は、代謝マップに掲載されている各代謝物の検出可否を明示した代謝マップを表示部5の画面上に表示し、分析者が所望の代謝物を選択すると、メソッド作成処理部26が代謝物毎に分析条件を含むメソッドファイルを作成し、分析制御部25はこのメソッドファイルに従ってGC/MSの動作を制御する。これにより、分析条件設定の作業が容易になり、効率向上と信頼性向上が図れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)などの分析装置を用いて収集した分析データに基づいて被検試料中の代謝物の同定を行う代謝物解析用データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
代謝異常を伴う疾患の診断や治療、或いは、こうした疾患に対する治療薬の研究・開発などのために、GC/MSやLC/MSを利用した代謝物解析が行われている。例えば特許文献1には、尿などの体液を対象とする代謝異常スクリーニング診断装置が開示されている。また、医薬品、健康食品、薬物などの安全性や毒性に関する薬理の検討、動植物のメタボローム解析などにも、GC/MSやLC/MSを利用した代謝物解析が行われている。
【0003】
ところで、代謝を扱う分野では、ヒトや他の生物の生体内における代謝の経路を記した代謝マップと呼ばれるチャートがよく利用されている。一般に、代謝マップには、代謝の過程で生成される各種の化合物(代謝物)、化学反応、代謝に関与する酵素、などが掲載されており、一目で代謝の流れが理解できるようになっている。こうした代謝マップによれば、例えば、摂取した食物から連鎖的に生体内で生成される代謝物が網羅的に把握可能であるため、尿などの体液中にどのような代謝物が存在する筈であるのかなどを容易に知ることができる。従来より、様々な代謝に関する代謝マップが各種の研究機関などにより作成され、例えばインターネットなどを介して公開されている。
【0004】
例えば、GC/MSを用いて、或る代謝マップに記載されている様々な代謝物が被検試料に含まれているか否かを調べたい場合には、次のような手順で解析を行うのが一般的である。即ち、ます対象とする代謝マップを基に検出される可能性のある代謝物を選定し、各代謝物の検出に適切であると考えられる分析条件やデータ処理条件などを調べる。例えば非特許文献1などに記載のデータベースが提供されている物質については、こうしたデータベースを利用してその代謝物の分析に適切な分析条件を調べることができる。そうして調べた分析条件をGC/MSに設定して被検試料に対する実分析を実行する。そして、その分析結果により得られたクロマトグラムピークに対応したマススペクトルやマスクロマトグラムと、NISTやWillyなどの代謝物が登録された上述したようなデータベース上のマススペクトルやマスクロマトグラムとを比較することにより、代謝物を同定してその存在を確認する。
【0005】
しかしながら、上記のような解析作業は面倒であって効率があまり良好ではない。それは主として次のような理由による。
(1)代謝マップに掲載されている様々な代謝物は全てがGC/MSで測定可能なわけではなく、GC/MSでは測定できない(検出できない)化合物もある。また、GC/MSでは測定できなくても、別の分析装置、例えばLC/MSでは測定可能な化合物もある。しかしながら、従来提供されている代謝マップでは、GC/MSやLC/MSといった分析装置で測定可能な代謝物であるか否か、或いは、どのような分析装置で測定可能であるのか、といったことを確認することはできない。
【0006】
(2)代謝物解析の効率を上げるには、できるだけ少ない回数の分析作業で、目的とする化合物由来の様々な代謝物を測定できることが望ましい。しかしながら、或る分析条件を設定したGC/MSやLC/MSにより、代謝マップ上のどの代謝物の測定が可能であるのかを一目で確認することはできず、複数の代謝物に対する共通の適切な分析条件・データ処理条件を決めることが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−330599号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「GC/MS代謝成分データベース(アミノ酸・脂肪酸・有機酸)」、[online]、株式会社島津製作所、[平成21年3月17日検索]、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/products/gcms/metabo.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その主な目的とするところは、被検試料に含まれる1乃至複数の代謝物の同定を効率よく実行することができる代謝物解析用データ処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された第1発明は、被検試料に対し1乃至複数の分析装置により収集された分析データを利用して該被検試料中の代謝物を同定する代謝物解析用データ処理装置であって、
a)掲載されている代謝物の中で前記分析装置により分析可能な代謝物について、少なくとも分析条件と標準試料の分析結果とを含む分析関連情報が代謝物に対応付けて登録された代謝マップを記憶しておく記憶手段と、
b)前記記憶手段に記憶されている代謝マップを表示画面上に表示する表示処理手段と、
c)前記表示画面に表示されている代謝マップ上でユーザが1乃至複数の代謝物を選択指示するための選択指示手段と、
d)前記選択指示手段により指示された代謝物に対応した前記分析関連情報を取得し、該情報に基づいてその代謝物を前記分析装置により分析するためのメソッドを作成するメソッド作成手段と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
上記課題を解決するために成された第2発明は、被検試料に対し1乃至複数の分析装置により収集された分析データを利用して該被検試料中の代謝物を同定する代謝物解析用データ処理装置であって、
a)1乃至複数の代謝マップを構成する代謝マップデータを記憶しておく第1記憶手段と、
b)前記分析装置により得られた分析データに基づいて同定された代謝物について、その分析結果と分析条件と標準試料の分析結果(マススペクトル、保持指標等)とを含む分析関連情報を記憶しておく第2記憶手段と、
c)前記第1記憶手段に記憶されている代謝マップを表示画面上に表示する際に、前記第1記憶手段から代謝マップデータを読み出すとともに、その代謝マップに掲載されている代謝物の中で前記分析装置により分析可能な代謝物について前記第2記憶手段から対応する分析関連情報を取得し、代謝マップ上に少なくともその分析関連情報の一部を反映させた表示情報を作成する表示処理手段と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
第1及び第2発明に係る代謝物解析用データ処理装置において、分析データを収集するための分析装置の種類は特に限定されないが、一般的には、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)や液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)である。
【0013】
分析装置がGC/MSを含む場合、上記分析結果は、保持指標(又は、保持指標と同様に、カラム温度、キャリアガス種類などのGC分析条件の影響を殆ど受けない相対保持比などの別の指標値)、マススペクトル、及び、当該代謝物を特徴付ける1乃至複数のイオンの情報、を含むものとすることができる。イオンの情報とは、例えば、同定に利用できるイオンの質量電荷比(m/z値)、複数のイオンの強度比など、である。
【0014】
また、分析装置がGC/MSやLC/MSを含む場合、上記分析条件は、クロマトグラフの分析条件、質量分析装置の分析条件、及び、分析装置により収集された分析データのデータ処理条件、を含むものとすることができる。例えば、ガスクロマトグラフの分析条件としては、使用するカラムの種類やサイズ(内径及び長さ)、カラム温度やその温度プロファイル、キャリアガス流量又は線速度、などが挙げられる。一方、質量分析装置の分析条件としては、イオン源の温度、インターフェイスの温度、質量分析モード(スキャンモード、SIMモードなど)、スキャンモード時の質量範囲などが挙げられる。
【0015】
第1発明に係る代謝物解析用データ処理装置では、例えばユーザが所定の操作を行うと、表示処理手段は、記憶手段に記憶されている代謝マップを読み出し、表示画面上に表示する。この代謝マップ上に掲載されている代謝物の中で、分析装置により分析可能な代謝物については分析関連情報が登録されているため、分析関連情報が登録されない代謝物は分析装置で分析が不可能なものであるか或いは分析の可否が不明なものである。そこで、表示処理手段は、分析装置による分析の可否(可否が不明なものは否とする)を代謝物毎に明示する。
【0016】
ユーザは表示画面に表示されている代謝マップ上で分析の可否を確認した上で、分析可能な代謝物の中で被検試料中に含まれるか否かを確認したい1乃至複数の代謝物を選択指示手段により指示する。選択指示手段は、例えばマウス等のポインティングデバイスやキーボードなどの操作部と、該操作部による操作を受けて、表示画面上に表示されているいずれの要素(代謝物名)が選択されたのかを認識する認識処理部とを含むものとすることができる。
【0017】
上記選択指示操作により分析対象である1乃至複数の代謝物が確定すると、メソッド作成手段は記憶手段から各代謝物に対応した分析関連情報を取得し、該情報に基づいて各代謝物を分析するための分析条件やデータ処理条件を含むメソッドを自動的に作成する。メソッドが作成されたならば、そのメソッドを分析装置に設定し、該メソッドに従って被検試料に対する分析を実行させればよい。分析対象の代謝物毎に保持指標、マススペクトル、特徴的なイオン情報などの同定に必要な情報も確定しているので、分析遂行の結果として得られる分析データに基づいて容易に、目的代謝物を検出することができる。
【0018】
特に分析装置がGC/MSである場合に、分析関連情報から得られる保持指標からは保持時間を推測可能であるから、この保持時間に基づいてクロマトグラム上で対象の代謝物を検出する保持時間範囲を限定することができる。それにより、マススペクトルのみを用いた検出と比較して、誤検出や検出見逃しを減らすことができ、検出に要する処理時間も短縮することができる。
【0019】
一般にGC/MSやLC/MSでは多成分一斉分析が可能である。したがって、ユーザにより選択された複数の代謝物が同じ分析条件の下で分析可能なものであれば、まとめて、つまり1回の試料注入により同時に分析することができる。或る代謝物を分析可能な分析条件は1つとは限らないから、代謝マップに掲載されている或る1つの代謝物に対して複数の分析関連情報が対応付けられている場合もあり得る。そこで、第1発明に係る代謝物解析用データ処理装置において、メソッド作成手段は、選択指示手段により複数の代謝物が指示された場合に、各代謝物に対応した分析関連情報に基づいて、その複数の代謝物を最小の分析実行回数で分析するようにメソッドを作成することが好ましい。
【0020】
即ち、複数の代謝物が選択指示された場合で、それら代謝物に複数の分析関連情報が対応付けられている場合に、できるだけ共通の分析関連情報を用いるようにメソッドを作成すればよい。これにより、少ない分析の繰り返しにより、ユーザが所望する代謝物に対する分析データを収集することができるので、分析効率やスループットが向上し、より短い時間で多数の代謝物の有無の確認や多数の被検試料に対する同定処理を行うことができる。
【0021】
第2発明に係る代謝物解析用データ処理装置では、第2記憶手段に、実際に被検試料を分析して得られた結果、つまり被検試料に含まれる同定された代謝物の情報が格納され、表示処理手段は、代謝マップ上にその代謝物の情報が反映されるように表示を行う。具体的には、例えば、代謝マップに掲載されている代謝物名について、同定された代謝物名の表示色を他と変えたりその文字体を他と変えたりするとよい。これにより、ユーザがこの代謝マップを表示画面上で見たときに、例えば本来は検出されるべき代謝物が検出されていない、又は逆に検出されるべきでない代謝物が検出されている、といったことを即座に認識することができる。
【0022】
また、代謝マップを見たときに、GC/MSやLC/MSなどの分析装置で分析可能な化合物であるか否かも直ぐに分かるようにしておくことにより、例えば本来検出されるべき代謝物が検出されていないとしても、それが元々、分析装置で分析可能なものであるかどうかも直ぐに把握できる。それにより、使用している分析装置でそうした代謝物の有無の判断が適切に行えるか否かを正確に判断することができる。
【発明の効果】
【0023】
以上のように第1発明に係る代謝物解析用データ処理装置によれば、被検試料に含まれる代謝物を同定しようとする際に、その分析条件・データ処理条件の決定などの作業を効率良く行うことができる。また、誤った分析条件・データ処理条件の設定を防止することができるので、同定結果の信頼性を高めることができる。
【0024】
第2発明に係る代謝物解析用データ処理装置によれば、被検試料に含まれる代謝物を同定しようとする際に、同定された代謝物が代謝マップ上に明示されるため、検出されない代謝物に基づいて例えばストレスや代謝異常などの疾患を容易に確認することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係る代謝物解析用データ処理装置を用いた代謝物解析システムの一実施例の概略構成図。
【図2】図1中の制御・処理用PCで実現される代謝物解析用データ処理装置の要部の機能ブロック構成図。
【図3】本実施例の代謝物解析システムを用いて被検試料に含まれる代謝物の同定を行う際の手順の一例を示すフローチャート。
【図4】被検試料分析前の代謝マップ表示の一例を示す図。
【図5】被検試料分析後の代謝マップ表示の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る代謝物解析用データ処理装置を用いた代謝物解析システムの一実施例について、図面を参照して説明する。
【0027】
図1は本実施例による代謝物解析システムの全体概略図である。この代謝物解析システムは、分析装置としてGC部11とMS部12とからなるGC/MS1を備え、GC/MS1の動作を制御するとともにGC/MS1で収集された分析データを処理するための制御・処理用パーソナルコンピュータ(PC)2を備え、制御・処理用PC2にはユーザインターフェイスとして入力部4及び表示部5が接続されている。制御・処理用PC2は汎用のパーソナルコンピュータにアプリケーションソフトウエアとして専用の制御・処理ソフトウエアが搭載されたものであり、このソフトウエアがPC上で実行されることで、GC/MS1の通常の制御やデータ処理のほか、後述するような特徴的な制御・処理を遂行する。即ち、制御・処理用PC2が本発明に係る代謝物解析用データ処理装置に相当する。
【0028】
図2は制御・処理用PC2で実現される代謝物解析用データ処理装置の要部の機能ブロック構成図である。即ち、この装置は、代謝マップ記憶部20、代謝物情報記憶部21、被検試料分析結果記憶部22、記憶制御部23、データ処理部24、分析制御部25、メソッド作成処理部26、表示処理部27、情報登録部28、上記入力部4に含まれる代謝物選択部41、及び、上記表示部5、を備える。代謝マップ記憶部20は1乃至複数(通常は複数)の代謝マップを構成するデータを記憶するものである。代謝物情報記憶部21はGC/MS1で分析可能な代謝物について、データ処理条件を含む分析条件と、既知の標準試料の保持指標、マススペクトル、特徴的なイオン情報(イオンの質量電荷比や複数のイオンの強度比など)などの分析結果とを含む分析関連情報を代謝物毎に記憶するものである。また、被検試料分析結果記憶部22は、標準試料ではなく含有成分が未知である被検試料をGC/MS1により分析した結果である保持指標、マススペクトルなどの分析結果と、その分析を実行した際の分析条件と、標準試料の分析結果(マススペクトル、保持指標等)と、その被検試料に対応する代謝マップを示す情報とを、被検試料毎に記憶するものである。なお、記憶部20、21、22は1つのメモリ装置(例えばHDDやSSDなど)の中で異なる記憶領域に設けられていてもよいし、別々のメモリ装置に設けられていてもよい。
【0029】
この実施例において、代謝物情報記憶部21に格納される代謝物毎の分析関連情報に含まれる分析条件としては、GC部11の分析条件として、カラムの種類、カラムの長さや内径などのサイズ、カラムの液相の膜厚、カラム温度やその温度プロファイル、試料注入時のスプリット比、試料気化室の温度、キャリアガスの種類や流量(又は線速度)、などがある。また、MS部12の分析条件としては、イオン源の温度、GC/MSインターフェイス部の温度、イオン化法、質量走査範囲(又は対象とする質量)、質量走査間隔、などがある。分析装置がLC/MSやそのほかの分析装置の場合には、それぞれの分析装置に必要なパラメータが分析条件となる。
【0030】
また、代謝物毎の分析関連情報に含まれる標準試料の分析結果(マススペクトル、保持指標等)は、このシステムに含まれるGC/MS1(又はそのほかのGC/MS)を用いて当該代謝物を含む標準試料を実際に測定して求めるようにしてもよいし、既存の学会論文などに発表されている情報を利用してもよい。なお、或る1つの代謝物に対しGC/MS1を用いて、異なる分析条件の下で測定されることがある。したがって、1つの代謝物に対応付けられている分析関連情報は1つであるとは限らず、複数である場合もある。
【0031】
上記構成を有する本実施例の代謝物解析システムを用い、被検試料に含まれる代謝物の同定を行う際の分析手順の一例を図3のフローチャートに従って説明する。
【0032】
まずユーザ(分析者)は入力部4で目的とする代謝経路が記載された代謝マップの表示を指示する(ステップS1)。この指示に応じて表示処理部27は、記憶制御部23を介して代謝マップ記憶部20から対応する代謝マップデータを読み出すとともに、代謝物情報記憶部21からその代謝マップに掲載されている代謝物に対応した分析関連情報を読み出して取得する。なお、代謝マップが複数存在する場合には、例えば代謝マップ名などにより、分析者が所望の代謝マップを選択できるようにしておくとよい。所望の代謝物マップに掲載されている代謝物に対応する情報が代謝物情報記憶部21に存在しない場合、その代謝物はGC/MS1で検出できないか或いは検出されることが保証されない。そこで、表示処理部27は代謝マップデータに基づいて代謝マップを作成するとともに、その代謝マップに掲載されている全ての代謝物についてGC/MS1で検出可能か検出不可であるかを明示し、その代謝マップを表示部5の画面上に描出する(ステップS2)。
【0033】
分析者は表示部5の画面上に表示された代謝マップ上で、代謝物選択部41により、被検試料に含まれているか否かを確認したい1乃至複数の代謝物を選択指示する(ステップS3)。図4はこのときに表示される表示画面の一例を示す図である。この分析前表示画面6では上段に代謝マップが表示され、下段に分析条件の詳細が表示されている。代謝マップには、左側に代謝経路が表示され、右側に代謝経路の各段階での具体的な尿中代謝物の名称61、その代謝物を分析するための分析条件62が表示されている。また、この例では、ユーザにより選択指示された代謝物の名称61及び分析条件62は斜体字で表示され、そうでない、つまりユーザにより選択指示されなかった代謝物の名称61及び分析条件62は標準字体で表示されている。実際には、前者と後者との表示色を変える等により、より明瞭に両者を識別可能とするのが好ましい。
【0034】
分析条件62は、「GCMS−1」、「GCMS−2」の2種であり、その詳細は下段に表示されたものである。一部の代謝物については「GCMS−1」及び「GCMS−2」のいずれでも検出が可能であり、そのほかの代謝物については「GCMS−1」又は「GCMS−2」のいずれかでのみ検出が可能である。また、この例では、代謝経路中の下から2つの物質に対応する尿中代謝物は記載されていない。これは、対応する尿中代謝物が検出できない(代謝物情報記憶部21中にその代謝物の情報が存在しない)ことを意味している。このように代謝マップ上に各代謝物の検出の可否が明示されているため、分析者は所望の代謝物が検出可能であるか否かを直ぐに知ることができる。
【0035】
分析者により選択指示された1乃至複数の代謝物が確定すると、メソッド作成処理部26は選択指示された代謝物に対応した分析関連情報を取得し、GC/MS1により分析を実行する際に必要な各種の分析パラメータやデータ処理パラメータを含むメソッドファイルを作成する(ステップS4)。
【0036】
GC/MS(又はLC/MSも)の特徴は被検試料に含まれる多成分を一斉に(1回の試料注入により)分析できることであり、複数の代謝物が選択指示された場合に、できるだけ少ない回数の分析でデータを収集できるほうが効率がよい。そこで、メソッド作成処理部26は、図4で示したように複数の代謝物が選択指示されたとき、それら代謝物に対応付けられている分析条件を比較し、同一の分析条件の下で分析可能な代謝物をまとめるようにする。具体的に図4の例では、選択指示された5種の代謝物はいずれも「GCMS−1」という分析条件が対応付けられているから、分析条件をこれに決定することで5種の代謝物を同時に検出できることが分かる。そこで、この分析条件に基づいてメソッドファイルを作成すればよい。これにより、多数の代謝物が選択指示された場合でも、分析の実行回数を最小限に抑えることができ、分析時間を短縮することができる。
【0037】
なお、この実施例の代謝物解析システムでは、GC/MSの分析条件は電子ファイル(メソッドファイル)で取り扱われるため、メソッド作成処理部26は、代謝物の分析関連情報中の分析条件をそのままメソッドファイルにコピーすればよい。
【0038】
メソッド作成処理部26は上記のようにして作成したメソッドファイルを分析制御部25に送る。分析制御部25は分析開始の指示を受けると、このメソッドファイルに従ってGC/MS1を制御し、被検試料に対する分析を実行する(ステップS5)。なお、被検試料に含まれる未知成分の保持時間から保持指標を算出するために、被検試料の測定の直前(又は直後)に、保持指標の基準物質(通常、n−アルカンの混合試料)を測定してその保持時間を求めておくことが好ましい。
【0039】
GC/MS1により収集された分析データはデータ処理部24に入力され、データ処理部24はメソッドファイルに記載されたデータ処理条件に基づいてデータ処理を実行する。このメソッドファイルでは、保持指標、マススペクトル、特徴的なイオン情報などが代謝物毎に確定しているので、これらを用いることで、代謝物を容易に検出することができる。例えば、保持指標から保持時間が推測可能であるから、推測される保持時間の前後に適度な時間的余裕を見込んだ保持時間範囲を設定し、クロマトグラム上でこの保持時間範囲に絞って目的の代謝物に対応すると思われるピークを抽出する。そして、そのピーク付近の実測によるマススペクトルと標準試料のマススペクトルとのパターン比較を行って、その類似性を判断することにより、目的の代謝物であるか否かを高い確度で判断することができる。また、データ処理部24は、同定された代謝物に対応した質量電荷比のマスクロマトグラム上のピーク面積などを用いて、その代謝物の定量値を算出することができる。上記のように同定にクロマトグラムを併用することで、マススペクトルのピークパターンのみを用いた代謝物の検出に比べて検出が容易であり、しかも高い信頼性をもって検出を行うことができる。
【0040】
データ処理部24により被検試料に含まれる代謝物が順次同定され定量値が求まると、その分析結果は記憶制御部23を介して被検試料分析結果記憶部22に格納される(ステップS6)。この際に、被検試料分析結果記憶部22に、代謝物情報記憶部21に格納されていた標準試料の分析結果(マススペクトル、保持指標等)や分析条件自体も被検試料毎に保存するようにしてもよいが、代謝物情報記憶部21に格納されている情報との対応関係のみを記録するようにしてもよい。
【0041】
その後、分析者が入力部4から代謝マップの表示を指示すると(ステップS7)、表示処理部27は記憶制御部23を介して代謝マップ記憶部20から代謝マップデータを読み出すとともに、その代謝マップに関連付けられた被検試料の分析結果などを被検試料分析結果記憶部22から読み出す。そして、その分析結果を代謝マップ上に明記する。図5はこのときに表示される表示画面の一例を示す図である。この分析後表示画面7では分析前表示画面6と同様に、上段に代謝マップが表示され、下段に分析条件の詳細が表示されている。代謝マップには、左側に代謝経路が表示され、右側に代謝経路の各段階での具体的な尿中代謝物の名称71、その代謝物を分析するための分析条件72が表示されている。さらに、その分析条件72の右方には、分析結果として定量値73が表示されている。選択指示されたものの検出されなかった代謝物については、定量値の代わりに「ND」74が表示されている。
【0042】
このような分析後表示画面7を見れば、代謝マップに掲載された代謝経路の中でGC/MS1で検出可能な代謝物が一目で分かり、自らが選択指示した代謝物の中で、被検試料中に存在した代謝物と存在しなかった代謝物とが一目で分かる。これにより、例えば本来は検出されるべき代謝物が検出されなかったことや、逆に本体は検出されるべきでない代謝物が検出されたことなどを、即座に認識することができる。
【0043】
なお、上記実施例の代謝物解析システムは分析装置としてGC/MSのみを備えていたが、この分析装置の種類は特にこれに限るものではなく、LC/MSなどの他の分析装置に置き換えることが可能であるほか、同種又は異種の複数の分析装置を併用するものでもよい。例えば、GC/MSとLC/MSとを併用すれば、GC/MSでは検出不能であるがLC/MSでは検出可能である代謝物を代謝マップ上に明示して、分析者が選択指示するようにすることができる。また、複数のGC/MSを併用すれば、各GC/MSに異種のカラムを接続したり異なる分析条件で同時並行的な分析を行ったりすることができ、分析時間の短縮に寄与する。
【0044】
また、上記実施例は本発明の単に一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正を行えることも明らかである。
【符号の説明】
【0045】
1…GC/MS
11…GC部
12…MS部
2…制御・処理用パーソナルコンピュータ(PC)
20…代謝マップ記憶部
21…代謝物情報記憶部
22…被検試料分析結果記憶部
23…記憶制御部
24…データ処理部
25…分析制御部
26…メソッド作成処理部
27…表示処理部
28…情報登録部
4…入力部
41…代謝物選択部
5…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料に対し1乃至複数の分析装置により収集された分析データを利用して該被検試料中の代謝物を同定する代謝物解析用データ処理装置であって、
a)掲載されている代謝物の中で前記分析装置により分析可能な代謝物について、少なくとも分析条件と標準試料の分析結果とを含む分析関連情報が代謝物に対応付けて登録された代謝マップを記憶しておく記憶手段と、
b)前記記憶手段に記憶されている代謝マップを表示画面上に表示する表示処理手段と、
c)前記表示画面に表示されている代謝マップ上でユーザが1乃至複数の代謝物を選択指示するための選択指示手段と、
d)前記選択指示手段により指示された代謝物に対応した前記分析関連情報を取得し、該情報に基づいてその代謝物を前記分析装置により分析するためのメソッドを作成するメソッド作成手段と、
を備えることを特徴とする代謝物解析用データ処理装置。
【請求項2】
被検試料に対し1乃至複数の分析装置により収集された分析データを利用して該被検試料中の代謝物を同定する代謝物解析用データ処理装置であって、
a)1乃至複数の代謝マップを構成する代謝マップデータを記憶しておく第1記憶手段と、
b)前記分析装置により得られた分析データに基づいて同定された代謝物について、その分析結果と分析条件と標準試料の分析結果とを含む分析関連情報を記憶しておく第2記憶手段と、
c)前記第1記憶手段に記憶されている代謝マップを表示画面上に表示する際に、前記第1記憶手段から代謝マップデータを読み出すとともに、その代謝マップに掲載されている代謝物の中で前記分析装置により分析可能な代謝物について前記第2記憶手段から対応する分析関連情報を取得し、代謝マップ上に少なくともその分析関連情報の一部を反映させた表示情報を作成する表示処理手段と、
を備えることを特徴とする代謝物解析用データ処理装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の代謝物解析用データ処理装置であって、
前記分析装置は少なくともクロマトグラフと質量分析装置とを接続した複合分析装置を含み、
前記分析結果は、保持指標、マススペクトル、及び、当該代謝物を特徴付ける1乃至複数のイオンの情報、を含むことを特徴とする代謝物解析用データ処理装置。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の代謝物解析用データ処理装置であって、
前記分析装置は少なくともガスクロマトグラフ又は液体クロマトグラフと質量分析装置とを接続した複合分析装置を含み、
前記分析条件は、クロマトグラフの分析条件、質量分析装置の分析条件、及び、分析装置により収集された分析データのデータ処理条件、を含むことを特徴とする代謝物解析用データ処理装置。
【請求項5】
請求項1に記載の代謝物解析用データ処理装置であって、
前記メソッド作成手段は、前記選択指示手段により複数の代謝物が指示された場合に、各代謝物に対応した分析関連情報に基づいて、その複数の代謝物を最小の分析実行回数で分析するようにメソッドを作成することを特徴とする代謝物解析用データ処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−216981(P2010−216981A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−63934(P2009−63934)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】