説明

伝動ベルト

【課題】車両に搭載される無段変速機のプーリ間に巻き掛けられるプッシュ式の伝動ベルトに関し、多重構造となった帯状のリングに多数のエレメントが組付けられて環状に配列された伝動ベルトにおいて、各リングに掛かる張力の均等化を図ること。
【解決手段】環状に配列され、両側部にスリット3が形成された多数のエレメント2と、スリット3に挿入されて多数のエレメント3を支持する複数の帯状のリング4と、を備えるものを前提とし、各エレメント2において、スリット3が伝動ベルト1の厚さ方向に複数形成され、該複数形成されたスリット3のそれぞれに帯状のリング4が1枚又は少数枚挿入された、ことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される無段変速機のプーリ間に巻き掛けられる伝動ベルトに関する。特に、帯状のリングに多数のエレメントが組付けられて環状に配列された伝動ベルトであって、各エレメントが先行するエレメントを順次押圧することにより2つのプーリ間でトルクを伝達するプッシュ式の伝動ベルトに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の伝動ベルトは、例えば特許文献1に開示されている。図4に示すように、同文献の伝動ベルト51は、環状に配列された多数のエレメント52と、各エレメント52の両側に形成されたスリット53にそれぞれ挿入された複数の帯状のリング54とで構成されている。
【0003】
エレメント52の両側面61は、プーリのV溝に対応してテーパ状に形成されており、その両側面61がプーリのV溝の表面に接触してプーリとの間で動力を伝達する。この伝動ベルト61のエレメント52には、プーリに挟み付けられたときに外周側へ押し出される力が作用し、各エレメント52を束ねるリング54に張力が発生する。
【0004】
プーリとともに伝動ベルト51が回転すると、伝動ベルト51のリング54は、プーリの周囲を通過する際に円弧状に曲げられる。このときリング54には曲げ応力が発生する。この曲げ応力を極力小さくするように、リング54として板厚が薄い帯状材が使用される。また、リング54は引張力にも耐えられるよう、薄い帯状材を重ね合わせた多重構造とされる。
【0005】
重ね合わされた複数のリング54同士は、互いに圧入により嵌め合わされるのではなく、作業者により嵌め合わされる。このため、リング54同士を嵌め合わせる作業性を考慮して、リング54同士の間には所定の隙間が設けられる。また、リング同士で滑らせることで曲げ剛性を低減させたり、圧入による内側リングの内側への曲がり(たるみ)を回避するためにも隙間が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−149518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、各リング同士の間に隙間があると、各リングに作用する張力が均等にならず、内側に配設されたリングほど張力が大きくなってしまう。すなわち、伝動ベルトに張力が発生する際、まず最初に、最も内側のリング(以下「第1リング」という。)のみに張力が発生し、第1リングは、2番目に内側に配設されたリング(以下「第2リング」という。)との隙間を埋めるまで単独で伸びる。第1リングおよび第2リング間の隙間が埋まると、第2リングにも張力が発生し、第2リングは、3番目に内側に配設されたリング(以下「第3リング」という。)との隙間を埋めるまで第1リングとともに伸びる。第2リングおよび第3リング間の隙間が埋まると、第3リングにも張力が発生する。第3リングよりも外側にリングが配設されている場合は、さらにリング間の隙間を埋める動作と内外のリングの接触動作とが繰り返され、最後に、最も外側に配設されたリングに張力が発生する。このような動作が生じることにより、各リングに発生する張力は均等にならず、内側に配設されたリングほど張力が大きくなる。
【0008】
もし、各リングに発生する張力の均等化が可能となれば、リングに発生する最大応力を低下させることができる。その結果、リングの枚数低減、各リングの断面積低減等が期待でき、ひいては、製造コストの低減、ベルト軽量化なども期待できる。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、各リングに掛かる張力の均等化を可能とする伝動ベルトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の伝動ベルトは、環状に配列され、両側部にスリットが形成された多数のエレメントと、前記スリットに挿入されて前記多数のエレメントを支持する複数の帯状のリングと、を備えるものを前提とし、前記各エレメントにおいて、前記スリットが伝動ベルトの厚さ方向に複数形成され、該複数形成されたスリットのそれぞれに前記帯状のリングが挿入された、ことを特徴としている。
【0011】
かかる構成を備える伝動ベルトによれば、エレメントにおいて、伝動ベルトの厚さ方向に複数のスリットが形成され、各スリットにリングが挿入されているため、各スリットに挿入されるリングを1枚または少数枚とすることができ、これにより、張力が発生する際に、リング同士の間の隙間が詰められることに起因して発生する各リングでの張力の不均衡を是正することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の伝動ベルトによれば、従来のものと比較して、各リングに発生する張力が均等化され、リングに発生する最大応力を低減することができる。また、本発明の伝動ベルトによれば、エレメントの各スリットに1枚ずつ又は少数枚ずつリングが挿入できるため、従来例に係るものと比較して、各リングに対する潤滑性、冷却性の向上が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る伝動ベルトの断面図であって、エレメント同士の間で切断して表した図である。
【図2】本発明の変形実施形態に係る伝動ベルトの断面図であって、エレメント同士の間で切断して表した図である。
【図3】本発明の変形実施形態に係る伝動ベルトの断面図であって、エレメント同士の間で切断して表した図である。
【図4】従来例に係る伝動ベルトの断面図であって、エレメント同士の間で切断して表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る伝動ベルトについて図面に基づいて説明する。本発明の実施の形態に係る伝動ベルトは、車両に搭載されるベルト式無段変速機が備える複数のプーリに巻き掛けられる環状のものである。伝動ベルトは、プーリのV字溝に挟み込まれ、プーリとの間の摩擦力によって動力を伝達する。これにより、駆動プーリのトルクが伝動ベルトを介して従動プーリに伝達される。なお、以下の説明では、伝動ベルトがプーリの周囲を回転する際の回転中心側を「内側」といい、回転遠心側を「外側」という。
【0015】
図1は、伝動ベルト1をエレメント2間で切断して表した断面図である。この伝動ベルト1は、環状に配列された多数のエレメント2と、各エレメント2に形成されたスリット3に挿入された帯状のリング4とで構成されている。
【0016】
エレメント2は、略板状の金属片からなり、同じ形状およびサイズのものが環状に多数配列されている。各エレメント2は、最も内側に形成された基部6と、基部6の中央から外側(図1において上側)に延出したピラー部7と、ピラー部7の外側端部に形成された頭部8と、ピラー部7から左右両側に延出したサドル部9と、を有する。
【0017】
また、エレメント2の両側部には、サドル部9同士の隙間又はサドル部9と頭部8との隙間からなるスリット3が形成されている。つまり、スリット3は、伝動ベルト1の厚さ方向に複数形成されている。
【0018】
基部6の両側面11は、プーリのV溝に対応してテーパ状に形成されており、伝動ベルト1がプーリに巻き掛けられ、伝動ベルト1がプーリに挟まれると、リング4に張力を発生させ、伝動ベルト1とプーリとの間で動力が伝達可能となる。なお、サドル部9の両側面12もテーパ状とされているが、サドル部9の両側面12は、プーリのV溝の表面に接触させてもさせなくても何れでもよい。
【0019】
各サドル部9の外側面(図1において上側面)は、リング4の内周面が摺接するリング摺接面13となっている。このリング摺接面13は、リング4を幅方向所定位置に留めるために、クラウニング形状(この形状は図示していない。)とされている。
【0020】
ピラー部7は、内側から外側(図1において下側から上側)に向かって拡幅している。これは、リング4の生産性を優先して、複数のリング4の幅を統一したことによる。例えば図2に示す伝動ベルト1Aのように、ピラー部7Aの幅寸法を一定にしてリング4の幅寸法を内側から外側(図2において下側から上側)に向かって拡幅させたものとしてもよい。この場合リングの生産性は低下するものの、ピラー部7Aの最小幅寸法を大きくすることができ、ピラー部7Aの強度アップが図られる。なお、図2において、図1と同符号を付した部分は、図1の構成と同様のものである。
【0021】
図1に示すように、頭部8は、伝動ベルト1の幅方向に張り出しており、この頭部8と、複数あるサドル部9のうち、最も外側(図1において最も上側)に形成されたサドル部9との間にスリット3が形成されている。頭部8は、エレメント2がプーリに挟まれて回転した後、プーリから離脱して回転移動から直線移動に移行する際に、リングの外周面14に係合して、エレメント2がプーリから離脱することを補助する。また、直線部でのエレメントの脱落防止、整列の役割をも果たす。
【0022】
頭部8の表面16には、エレメント2の厚さ方向に突出した凸部17が形成され、頭部8の裏面には、エレメント2の厚さ方向に窪んだ凹部(図示せず)が形成されている。互いに隣接するエレメント2同士は、隣接する一方のエレメント2に形成された凸部17が隣接する他方のエレメント2に形成された凹部と嵌合する。これにより、エレメント2がプーリ間を直線移動する際の直進性が確保されている。
【0023】
リング4には、例えば、可撓性を有する金属製の帯状材が用いられる。本実施形態では、リング4は、エレメント2の両側部に形成された各スリット3に1本ずつ挿入されている。
【0024】
エレメント2の頭部8、ピラー部7、サドル部9およびロッキングエッジ21より外側(図1においてロッキングエッジ21より上側)は、何れも同じ厚さとされている。また、基部6のロッキングエッジ21より内側部(図1において下側部)は、図中下側ほど薄く形成されている。本実施形態では、基部6の表面(凸部17が形成された面)のみに、ロッキングエッジ21が形成され、基部6の裏面は、ほぼ平坦面となっているが、基部6の裏面にもロッキングエッジ21が形成される場合もある。
【0025】
上記ロッキングエッジ21は、エレメント回転半径上に形成されており、伝動ベルト1のプーリに対する巻き掛け半径がある値のときにエレメント2同士の接触部となる。本実施形態では、リング4の曲げ応力低減と、エレメント2に対する各リング4の摺動方向の均一化を図るために、何れのリング4およびスリット3もエレメント回転半径(ロッキングエッジ21)より外側に設けられている。
【0026】
以上のように構成された伝動ベルト1を複数のプーリに巻き掛けて、挟圧を掛けるとともに、何れかのプーリを駆動させると、その駆動プーリの動力が摩擦力を介してエレメント2に伝達される。プーリから直接動力を伝達されたエレメント2は、順次先行するエレメント2を押圧し、従動プーリのV溝に挟まれているエレメント2が摩擦力を介して当該従動プーリに動力を伝達する。
【0027】
このとき、伝動ベルト1がプーリに巻き掛かっている領域では、エレメント2に対して外側へ押圧力が働き、同時に、当該エレメント2のサドル部9がリング4を外側に押圧するため、リング4全体に張力が発生する。従来例に係る伝動ベルトでは、左右各1カ所に設けられたスリットに複数のリングが重ね合わせて挿入され、各リング間に、所定の隙間が設けられていたことから、各リングに作用する張力は一定ではなく、内側のリングほど張力が大きくなってしまった。しかし、本実施形態に係る伝動ベルト1では、エレメント2において、伝動ベルト1の厚さ方向に複数のスリット3が形成され、各スリット3に1本ずつリング4が挿入されているため、各サドル部9が同時に全てのリング4を均等に外側に押圧する。これにより、全てのリング4に対して均等に張力を発生させることができ、リング4に発生する最大応力を低下させることができる。その結果、リング4の枚数低減、各リング4の断面積低減などが期待でき、ひいては、製造コスト低減、伝動ベルトの軽量化なども期待できる。
【0028】
また、本実施形態に係る伝動ベルト1によれば、エレメント2の各スリット3に1枚ずつリング4が挿入されているため、従来例に係る伝動ベルトのように、多数のリングが多重構造となっているものと比較して、各リング4単体に対する潤滑性、冷却性が向上する。
【0029】
最後に、本発明の伝動ベルトのリングに発生する最大応力と、従来例に係る伝動ベルトのリングに発生する最大応力とを試算した結果について説明する。図1に例示した本発明の伝動ベルト1では、エレメント2の両側にスリット3がそれぞれ4カ所ずつ形成されており、各スリット3に1枚ずつリング4が挿入されていたが、本試算では、本発明に係る伝動ベルトとして、エレメントの両側にスリットが9カ所ずつ形成され、各スリットに1枚ずつリングが挿入されたものについて試算した。また、従来例に係る伝動ベルトにおける、リング同士の間の隙間を3.5μmとして試算した。これらの条件のもと試算した結果、従来例に係る伝動ベルトでの引張による最大応力は305MPaとなった。これに対し、本発明に係る伝動ベルトでの引張による最大応力は279MPaとなった。すなわち、本発明に係る伝動ベルトの方が従来例に係る伝動ベルトに対して26MPa(約9%)だけ最大応力が低くなった。
【0030】
<他の実施形態>
既述の実施形態に係る伝動ベルト1は、エレメント2の両側部に伝動ベルトの厚さ方向に複数のスリット3が形成され、各スリット3にリング4が1本ずつ挿入されたものであったが、例えば図3に示すように、スリット3の数を減らして、各スリット3にリング4を複数本(図3の例では2本)ずつ挿入した伝動ベルト1Bであってもよい。
【0031】
この伝動ベルト1Bの場合、同じスリット3に挿入されたリング4同士には、組付性を考慮して所定の隙間が設けられるため、当該リング4間での張力は均等にはならないものの、ベルト厚さ方向にスリット3が1つしかない従来例に係る伝動ベルトと比較すれば、リング4に発生する張力は比較的均等化され、リング4に発生する最大応力も低減される。なお、図3において、図1と同符号を付した構成は、図1に基づき説明した構成と同様のものであり、当該各構成についての説明は省略する。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、例えば、車両に搭載される無段変速機のプーリ間に巻き掛けられるプッシュ式の伝動ベルトに適用することができる。
【符号の説明】
【0033】
1,1A,1B 伝動ベルト
2 エレメント
3 スリット
4 リング
9 サドル部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状に配列され、両側部にスリットが形成された多数のエレメントと、前記スリットに挿入されて前記多数のエレメントを支持する複数の帯状のリングと、を備える伝動ベルトにおいて、
前記各エレメントにおいて、前記スリットが伝動ベルトの厚さ方向に複数形成され、該複数形成されたスリットのそれぞれに前記帯状のリングが挿入された、ことを特徴とする伝動ベルト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−96469(P2013−96469A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−238510(P2011−238510)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)