説明

伝達性海綿状脳症に係る異常プリオン蛋白質の検出又は測定方法

【課題】伝達性海綿状脳症に係る異常プリオン蛋白質の検出又は測定のための新規な方法の提供。
【解決手段】伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定のための検体の前処理方法において、(1)予めプロテイナーゼKで処理しておいた検体をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の存在下で加熱して、当該試料中の蛋白質を溶解と同時に感染活性を不活化せしめ;(2)上記(1)で処理した検体を中性条件下で冷却して、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)を凝集せしめ;そして(3)上記(2)で生成した凝集塊を溶液から分離し、(4)その分離したPrPres凝集塊を超高感度化学発光法で検出する;ことを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPre)の検出又は測定方法、特に当該検出又は測定のための、検体の前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
伝達性海綿状脳症(TSE)は、通称プリオン病と呼ばれ、ヒトクロイッフェルトヤコブ病(CJD)、ウシBSE、ヒツジ・ヤギスクレイピー等を含む、哺乳動物に広く見られる病気である。これらの病気に共通した特徴は、発症により致死率100%とされていること、生前検査が極めて困難で、通常は死後剖検による病理診断によることである。しかし、変異型CJD(vCJD)が輸血により感染することが明らかになり、さらに最近その複数例が報告されるに至り、生前診断による患者の延命措置・治療及び血液等を介した水平感染による感染拡大阻止等のため、血液を用いるTSEの生前検査(Blood Test)の開発が急を要する課題となっている。
【0003】
このBlood Testの開発を困難にしている最大の問題点は、血中に最適なサロゲートマーカーを検出することができないことである。一般に、TSEの診断は、異常型構造を有するプリオン蛋白質(PrPsc又はPrPres)をサロゲートマーカーとして検出することである。このPrPresは病気の発症に伴い特徴的に検出される蛋白質分子で、正常型PrP(PrPc)が分子内に3箇所のα−へリックス部位を有するのに対し、このPrP分子のα−へリックス構造がβ−シート構造に構造変換したもの(Conformational Isotype)である。そのため、分子構造の大幅な安定性に加えて、蛋白質分解酵素の消化作用に抵抗性を示すという特徴を有する。
【0004】
この蛋白質の蛋白分解酵素に対する抵抗性は、殆どの蛋白質を消化してしまうという強力な蛋白質分解酵素であるプロテイナーゼK(PK)に対して特徴的に発揮され、他の殆どの蛋白質が消化されるなかで、異常型PrPはその分子内の小さい部分しか消化されないため、「PrP」の末尾に「res」を加えて、「PrPres」と表示される。
【0005】
しかしながら、このPrPresは、通常は発症した動物の感染確認部位(中枢神経系、あるいはvCJDの場合には細網内皮系組織でも認められる部位がある)でのみ認められ、血中存在量はごく微量であるため従来の方法では検出できない。このため、従来の検出法では検出不可能な数ng/mL〜数十ng/mLの検出ができる検出方法の開発が求められている。そして、この要求を満たすため、世界中で、新たな特異的結合物質の開発、あるいは新たな増幅方法の開発などが試みられている。
【0006】
この目的を達成するために開発されてきた従来の方法はいずいれも検出感度又は特異性の点でBlood Testを構築するまでに至っておらず、実用には至っていない。僅かに、PrPresを試験管内で検出可能な量に増幅し、検出可能とする方法(Peptide Misfolding Cyclic Amplification;PMCA)のみがBlood Test構築に望みをつなぐ方法として紹介されている(文献:Saa, P., Castilla, J., Soto, C. 2006 Science 313:92-94)。しかしながらこのPMCA法は、(1)増幅にかなりの時間を要すること(感染ハムスターの血液を用いた検出例では、21日間増幅の検出率60%)、(2)増幅時に必要なPrPresの前駆体として健康動物の脳乳剤を適宜追加しなければならないという、2つの大きな特徴を有する。(2)の特徴については、培養神経芽細胞乳剤により代用し得るという可能性が示されているが、これも大量培養を必要とし、実用化はかなり困難と思われる。このため、現在、Blood Testを実用化できる可能性は示されていないといえる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、伝達性海綿状脳症に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)を、血液検体中でも、高感度で、短時間に、且つ簡便な操作で検出でき、しかも同時に多数の検体を処理することも出来る方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、プロテイナーゼKのごとく強力な蛋白質分解酵素で検体を処理した場合、伝達性海綿状脳症に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)は部分的にしか分解されず、その他の蛋白質は分解されるという、異常プリオン蛋白質が本来備えている属性を利用することが最良であることを見出した。
従って、本発明は、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定のための検体の前処理方法において、当該検体を蛋白質分解酵素により処理することを特徴とする方法を提供する。
【0009】
本発明者はまた、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、検体をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の存在下で加熱処理することにより存在する全蛋白質を溶解すると同時に検体中に存在する感染性を不活化し、加熱処理された検体を中性条件下で冷却して伝達性海綿状脳症に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)を選択的に凝集させ、この凝集塊を酸性条件下で溶液から分離することにより、PrPresを濃縮・分離することが出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
従って、本発明は更に、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定のための検体の前処理方法において、
(1)検体をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の存在下で加熱して、当該試料中の蛋白質を溶解すると同時に検体中に存在する感染活性を不活化せしめ;
(2)上記(1)で処理した検体を中性条件下で冷却して、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)を凝集せしめ;そして
(3)上記(2)で生成した凝集塊を酸性条件下で溶液から分離する;
ことを特徴とする方法を提供する。
【0011】
前記工程(1)の前に、検体を蛋白質分解酵素により処理するのが好ましい。この蛋白質分解酵素は、好ましくはプロテイナーゼKである。
前記工程(1)におけるドデシル硫酸ナトリウムの濃度は、好ましくは、重量%である。
前記工程(1)における加熱は、好ましくは、100℃において10分間行われる。
【0012】
前記工程(2)における中性条件下での冷却は、好ましくは、pH7.27.3にて-80℃〜℃に冷却することにより行われる。
前記工程(3)における凝集塊の分離は、酸性条件、好ましくはpH4.5〜4.6とし、例えば遠心分離により行う。この前記遠心分離は、例えば、遠心加速度10,000xg〜20,000xgの高速遠心により行われる。
前記蛋白質分解酵素による処理は、好ましくは、単位/mLのプロテイナーゼK(比活性40mAnson u/mg蛋白;50μg/ml)により、pH7.27.337℃にて60分間行う。
【0013】
前記工程(3)において得られた凝集塊は、測定の前に、緩衝液中に溶解される。
前記検体は、例えば、脳乳剤、血液由来検体、伝達性海綿状脳症の感染因子の感染した組織・臓器乳剤、又は体液である。この血液由来検体は、例えば、血液、血漿、血清又は血球洗浄液である。
【0014】
本発明はまた、前記の方法により得られる処理済検体中の前記異常プリオン蛋白質(PrPres)を、免疫測定法により測定する、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定方法を提供する。
上記の方法において、超高感度化学発光法によりハムスターリコンビナントPrP分子を測定する場合、4.4×10-18モル以下の量で検出できる測定感度が得られる。また、同超高感度化学発光法により、10%非感染動物脳乳剤中のPrPを10-9g脳当量以下で検出できる検出感度、及び10%スクレイピー感染ハムスター脳乳剤中PrPresを10-7g脳当量以下で検出できる感度を可能とする検出感度が得られ、1ID50以下の感染因子を検出することが出来る。
【0015】
前記血液由来検体の使用量は、たとえば数μLである。上記の方法によれば、多数検体を同時に検出又は測定にかけることができ、検体中PrPres存在の有無を3日以内で判断し得る。
前記免疫測定法は、例えば、ELISPOT法による試験、又はウエスタンブロット法による精査である。
本発明の方法によれば、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の定量分析を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
検体
本発明の方法が適用される検体としては、例えば、脳乳剤、血液由来検体、伝達性海綿状脳症の感染因子の感染した組織・臓器乳剤、又は体液である。前記血液由来検体は、例えば、血液、血漿、血清又は血球洗浄液である。本発明の方法は、多数の検体と比較的短時間に検査することが出来る方法であるため、献血者からの血液検体の検査のための特に有用である。また、患者からの臨床検体としても、血液が有利である。
【0017】
検体の前処理
(1)蛋白質分解酵素の使用
血中には多種多様な蛋白質があり、このような蛋白質が集積する検体中に存在する特定の蛋白質を検出するためには、該当する蛋白質と他の蛋白質とを厳密に区別する手段を用いるのが好ましい。このための蛋白質分解酵素としては、殆どの蛋白質に対して分解作用を示すプロテイナーゼK(PK)が好ましい。PrPresは、強力な蛋白分解酵素であるPKにすら部分的にのみ感受性を示すという大きな特徴があるため、この特徴を最大限有効に利用するのが好ましいが、他面、PrPresもPKに対して完全に不反応性であるわけではない。
【0018】
このため、PrPresの分解が少なくその他の蛋白質が分解されるようなPK処理の条件設定が必要で有り、この条件として、単位/mL(比活性が40mAnson u/mg蛋白の酵素を用いる場合、50μg/mlとなる)のプロテイナーゼKにより、pH7.27.337℃にて60分間行うのが好ましい。このような条件下では、PrPresの若干の消失が起こるが、他の蛋白質が十分に分解されて、残ったPrPresを効率よく検出同定することができる。
【0019】
(2)SDSの使用
SDSは、生化学的には通常蛋白分子の高次構造を崩すために用いられる。このため、SDSを加えることにより、ほとんど全ての蛋白分子が高次構造を崩す結果可溶性になり、それぞれの蛋白分子特有の高次構造と無関係に分子量を測定することができるようになる。しかし、PrPres分子は、βシート構造を獲得することにより、強固な凝集塊を形成すると考えられている。この凝集性は、SDS存在下でも起こっており、この点で他の蛋白と大きな違いを持つ。本発明の方法では、この特徴を捉え、SDS存在下で他の蛋白を可溶性状態にし、凝集塊を形成しているPrPresを沈殿させるものである。
【0020】
伝達性海綿状脳症(TSE)病原体は普通の感染因子不活化条件でも尚不活化されず、最も有効な不活化法はSDS存在下でおよそ100℃加熱することとされる。この条件は、上記(2)による蛋白可溶化をさらに強力にするものである。この条件ではPrPresも他の蛋白の異なることなく高次構造が崩れると考えられるが、温度を室温〜より低温に戻すことにより、他の蛋白が可溶性を維持しているのに対し、PrPresは再度凝集性を獲得する。この性質により、PrPresは選択的に沈殿させることができる。
上記の目的を達成するための条件として、SDSの濃度を、重量%とし、そして加熱を、100℃において10分間行うのが好ましい。
【0021】
(3)PrPresの凝集
上記の工程により蛋白質を溶解したが、処理物を中性条件下で冷却することにより、感染動物由来PrPresは凝集・沈殿し、非感染動物由来のPrPc及び無関係の蛋白質は上清部分に溶解した状態で残る。この目的を達成するため、中性条件下での冷却を、pH7.27.3にて-80℃〜℃に冷却することにより行うのが好ましい。
【0022】
(4)PrPres凝集塊の分離
上記中性条件によるPrPres凝集塊を酸性条件にした場合の沈殿物を分離するためには、高速遠心による遠心加速度で十分であり、超遠心による遠心加速度を必要としない。この点で、超遠心でのみPrPres凝集塊が得られるとした従来の確信と大きな違いがある。さらに、超遠心ではなく、高速遠心でPrPresの凝集塊が得られることにより、検体処理が大きく簡便化される。当該酸性条件はpH4.5〜4.6とし、遠心分離は、遠心加速度10,000xg〜20,000xgの高速遠心により行うのが好ましい。
【0023】
(5)凝集塊の溶解
上記のようにして得た凝集塊は、検出・測定に先立って溶解する必要がある。凝集塊は通常、検出・測定を行う際の緩衝液に溶解される。このような緩衝液とその溶解条件としては、例えばLaemliのSDSサンプルバッファに懸濁して100℃10分間の加熱処理をすることが挙げられる。
【0024】
検出・測定
本発明はまた、上記の方法により得られる処理済検体中の前記異常プリオン蛋白質(PrPres)を、免疫測定法により測定する、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定方法に関する。
【0025】
rHaPrP(1μg/ml)を、繰り返し3の倍数希釈し、超高感度化学発光法による検出可能限界を測定し、4.4×10-18モル(rHaPrPの分子量を23,000gとして)以下の検出が可能であることが確認された。
非感染ハムスター脳乳剤を繰り返し3の倍数希釈し、抗PrPモノクローナル抗体を一次抗体・HRP標識抗マウスIgG抗体を二次抗体として脳乳剤中PrPの検出限界を検討すると、10-9g脳等量中のPrP分子に相当する分子を検出することができる。感染・非感染ハムスター脳乳剤を予めPK処理すると、明らかな両者の区別ができることを示しており、検出部分子がPrPres分子であることが確認される。
【0026】
血液を採取した後、血漿分離をし、PK前処理・SDS加熱までをすることにより、作業者と環境への安全性が確保できる。この段階で、当初採血血液から得られる血漿量は約5倍量に希釈される。この希釈血漿10〜20μLを通常用いる検体量とすることができる。これは、当初採血血液4〜8μLに相当することになる。
検体処理の律速段階は、同時処理検体数がどれだけになるかということである。同方法は、1検体当たり必用量が極微量であるため、同時多数検体をマイクロプレート上で取り扱うことにより、多数検体の同時解析が可能である。
【0027】
ウエスタンブロット又はドットブロットにより検体を膜上に固着させた後、一次・二次抗体処理、次いで化学発光をさせ、発光強度を解析するまでに要する時間は、一両日乃至二日であり、他の従来提案されている方法に比べ格段に短時間である。このため、ルーチンワークとして行う血液検査に最も適している。
PK処理・酸性SDS沈降法により得た検体をドットブロットあるいは電気泳動後ウエスタンブロットにより膜上に固着させ、ELISPOTあるいはウエスタンブロット解析が可能となる。
【0028】
ELISPOTの化学発光による発光強度を定量分析することにより、検体中PrPresの定量が可能となる。従来の方法が単にPrPresの有無を問題にすることに対して、大きな利点である。
PrPresは、凝集塊を作る傾向が強い。この凝集は、分子内糖鎖同士が相互作用をすることによるとみられる。また、この凝集は、同一分子同士で起こる可能性と、他の分子との相互作用である可能性とがある。分子内糖鎖を消化した後、本方法の超高感度化学発光法を用い、この凝集がなくなることが確認される。
【0029】
血中の異常型プリオン蛋白(PrPres)を検出するための要点は、(1)PrPresを選択的に濃縮または増幅すること、(2)高感度蛋白検出法を用いること、の2点になる。このために、本発明の方法では、酸性SDS沈降法と超高感度化学発光法を用いているのが好ましい。酸性SDS条件では、通常の蛋白はSDSにより溶解したままでいるがPrPresは複数分子あるいはいくつかの蛋白分子が凝集していると予想されているため、この条件で沈降すると考えられる。このため、選択的沈降ができると思われる。
【0030】
また、超高感度化学発光法は、高感度であるがためにバックグラウンドを抑えることが非常に困難である。しかし、バックグラウンドは、一次抗体及び二次抗体の膜面への非特異的接着により発現するため、バックグラウンドが十分抑制できれば非常に有効な方法となる。ここでは、そのバックグラウンドの十分な抑制が可能となったことが一つのポイントである。
【0031】
具体的な態様の例示
以下に、本発明の方法の具体的な態様の一例を示す。
(1)PrPresの選択的濃縮法
酸性SDS沈降法:
血漿検体を予めトリス緩衝食塩液(10mMEDTA含)で4倍に希釈して蛋白濃度を十分下げた後、プロテイナーゼK(PK)(2mAnson unit/ml;50μg/ml)で37℃60分の処理をし、PK感受性蛋白を消化する。この検体に1/10量の30%ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)及び1/10量の1モルのジチオスレイトール(DTT)を加え100℃10分の加熱をしてTSEの感染性を不活化する。
【0032】
冷却後、10℃において検体と等量の酸性生理的食塩液(acidicsaline;0.02M酢酸・10mMEDTA・0.15MNaCl)を加え、攪拌後さらに5分静置し、次いで15,000rpm10分遠心で沈降物を残して上清を廃棄する。沈降物はトリス緩衝食塩液(5mMEDTA・3%SDSを含む)で溶解し、再度酸性生理的食塩液を加え、遠心操作により沈降物を採取する。採取した沈降物は、メタノール沈殿法により、大量のSDSを除去した後、LaemliのSDSサンプルバッファで再度溶解する。
【0033】
この過程における要点は、酸性生理的食塩液とSDSを含む緩衝液に溶解した血漿検体との反応を10℃で行うことである。ただし、反応時間を10分以上長く取りすぎると、SDSが結晶化して不順蛋白の吸着が多くなる。このため、このステップの反応時間は、通常5分としている。トリス緩衝食塩液(5mMEDTA・3%SDSを含む)で再度溶解する場合のEDTA(濃度5mM)は副次的であるが、混入夾雑蛋白を除去するために有効である。
【0034】
(2)PrPresの高感度検出法
(i)
上記(1)で溶解した沈降物を、常法により15%ゲル電気泳動・PVDF膜上を用いたウエスタンブロットをする。ブロット膜をブロック材でブロックした後、一次抗体(3F4その他抗PrP抗体)・二次抗体(HRPヤギ抗マウスIgG)と反応させ、高感度化学発光試薬を用いて抗体と反応する蛋白部位を発光させ、発光シグナルをイメージアナライザーにより検出解析する。
【0035】
(ii)
上記(1)で溶解した沈降物を、PVDF又は他のブロット膜上をもちいてドットブロットを作製する。
この過程における要点は、高感度化学発光試薬を用いるため、バックグラウンドを抑えるためのブロックにある。ブロック法は、通常のBSA、カゼイン、その他メーカー指定のブロック材単独では不足であり、複数のブロック材を交互に用いる。この操作により、単独のブロック材でブロックできない膜部位がブロックでき、また、一次、二次抗体それぞれの異なる特性による非特異吸着を別々にブロックできることになる。高感度化学発光は、水溶性蛋白の場合10-21モル蛋白又はそれ以下を検出できるものを用いている。
【実施例】
【0036】
次に、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
実施例1. 超高感度化学発光法によるrHaPrPの検出限界
rHaPrP、即ちリコンピナントハムスタープリオン蛋白(アミノ酸23番〜231番、スイス、アリコン社製)をLaemli氏サンプルバッファに等量のスーパーブロックブロッキングバッファ(ピアス社製)を加えた緩衝液で、加熱しながら3倍段階希釈をし、その各段の希釈液10μlをSDS加15%アクリルアミドゲルを用いて電気泳動し、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)膜状にウエスタンブロットをした。あるいは、各段階の希釈液10μlをPVDF膜状にドットブロットした。ブロットしたPVDF膜に対し、一次抗体を抗PrPモノクローナル抗体3F4、二次抗体をペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG(HRPGAM)として、化学発光システムによりrHaPrPの検出限界を検定した。化学発光による発光シグナルは、イメージアナライザー(LAS3000;フジフィルム社製)で検出し、検出された発光シグナルをプリントアウトした。ここでは、希釈各段で電気泳動ゲルにチャレンジしたrHaPrPの蛋白量あるいはPVDF膜状にドットブロットした蛋白量を示している。結果を、図1の上方および図6に示す。
【0037】
スクレイピー(sc237株)を脳内接種により感染させたハムスターの10%脳乳剤を上記と同様の方法を用いて3倍段階希釈、電気泳動、ウエスタンブロットをし、一次抗体及び二次抗体を上記と同様のものを用いて、化学発光法により脳乳剤中のPrP蛋白の存在量を測定した。結果を図1の下方に示す。gBr.eqは、各希釈段階におけるサンプルの電気泳動による解析に用いた量を、脳当量で標示したものである。
【0038】
脳乳剤中のPrP蛋白は、糖鎖の存在により複数の蛋白バンド(主に2糖鎖・単糖鎖・無糖鎖の3本)として検出される(レーン1-4,19-35kDa付近)はずであるが、ここではその他にも糖鎖に依存したPrP以外の蛋白との凝集体(レーン1-3,37kDa以上)及び部分的に切断されて分子量が若干低くなっている分子(レーン1-2,16kDa前後)が同時に検出されている。
【0039】
実施例2. プロテイナーセK前処理によるハムスター脳乳剤における感染・非感染の区別
感染又は非感染ハムスターの10%脳乳剤を低速遠心し、プロテイナーゼK(PK)前処理サンプル(下段)(単位、37℃、60分間)あるいは非前処理サンプル(上段)を3倍段階希釈して、電気泳動・ウエスタンブロット・3F4-HRPGAMを用いた化学発光によりPrPの検出をした。図2に結果を示す。PK非処理サンプルでは、感染ハムスターサンプルと非感染ハムスターサンプルとの間に量的な違いは見られるが、双方に検出されるバンドが見られ、絶対的違いとは言い難い(上段)。
【0040】
しかし、PK処理サンプルでは、感染又は非感染ハムスターが、PrP存在の有無として明らかに区別できる(下段)。これは、従来から脳乳剤を用いて主張されている感染・非感染の違いであるが、この高感度化学発光法においても明らかにその区別が見られることを示している。(PK処理をした後に検出されるPrPは、PK抵抗性PrPという意味で、PrPresという)
【0041】
実施例3. ハムスター血漿検体における酸性SDS沈降法によるスクレイピー感染・非感染の区別
感染又は非感染ハムスター10%脳乳剤(scHaBrh・mcHaBrh)、あるいは感染又は非感染ハムスター血漿(scHaPl・cHaPl)につき、PK処理(単位、37℃、60分間)のみ(パネルA)又はPK処理−酸性SDS沈降法処理(SDS濃度%、10℃、分間)(パネルB)をした後、SDS電気泳動−ウェスタンプロットを行い、高感度化学発光法による蛋白バンドの検出をした。結果を図3に示す。
【0042】
パネルA
各検体をPK処理のみ(各サンプルにPK50と標示)で、電気泳動パターンを化学発光法で比較した。PK処理をしないサンプルでは、感染・非感染の区別はできない(レーン1-4)。PK処理をすると10%脳乳剤では感染・非感染の区別ができる(レーン5,6)が、血漿ではできない(レーン7,8)。
【0043】
パネルB
上記各サンプル全てをPK処理(単位、37℃、60分間)した後、酸性SDS沈降法(SDS %、10℃、分間)(1回又は2回;1stまたは2ndと標示)で処理し、SDS電気泳動パターンの比較をした。10%脳乳剤で酸性SDS沈降法により明らかな感染・非感染の区別ができる(レーン1-4)。血漿では、酸性SDS沈降法を加えることにより、明らかな感染・非感染の区別ができるが、1回目ではmcHaPlの>50kDa領域にバンドが見られる。しかし、このバンドも酸性SDS沈降法2回処理により消失する。したがって、血漿サンプルを用いた場合、PK処理と酸性SDS沈降法処理を組み合わせることにより感染・非感染の区別ができる(レーン5-8)。
【0044】
上記の結果は、PK処理のみでは、脳乳剤を用いた場合に感染非感染検体の区別ができるが、血漿を用いた場合には、PK処理に加え酸性SDS沈降法により、感染・非感染の区別が可能となる。
【0045】
実施例4. 複数のハムスター血漿検体における酸性SDS沈降法によるスクレイピー感染・非感染の区別
スクレイピー感染ハムスター(12匹)及び非感染ハムスター(6匹)の血漿を、PK処理(単位、37℃、60分間)及び酸性SDS沈降法処理(SDS濃度 %、10℃、分間)をした後、各サンプルの電気泳動パターンを一次抗体3F4、二次抗体HRPGAMとして、ウエスタンプロット膜の高感度化学発光検出法で比較した。比較として、感染ハムスター10%脳乳剤を同様の処理をして比較レーン(レーン1)に示した。結果を図4に示す。
【0046】
感染ハムスターの血漿では、いずれの血漿でもバンドが見られるが、非感染ハムスター血漿では、1番及び6番ハムスター血漿でかすかなバンドが見られるのみであった。ここでは、酸性SDS沈降法を1回のみとしているため、この1番及び6番mcHaPlに見られるかすかなバンドは、〔0043〕で示したと同様、酸性SDS沈降法2回処理により消失することが期待できる。従って、感染・非感染ハムスターを、PK処理・酸性SDS沈降法両者の組み合わせにより、血漿サンプルで区別できる。
【0047】
ここで、感染ハムスターの脳サンプルと血漿サンプルの電気泳動パターンが若干違う。このため、血漿中で見られている蛋白は、脳中のものと違う(従ってPrPresではないかもしれない)という若干の危惧があり、感染・非感染の区別が妥当であるか否か、多少の不安がある。
【0048】
実施例5. 感染ハムスター脳乳剤と非感染ハムスター血漿の混合による、感染ハムスター血漿類似パターンの出現
上記不安は、この実施例5のデータにより払拭できる。
感染ハムスター脳乳剤と非感染ハムスター血漿サンプルとを混合し、酸性SDS沈降法で操作した後、同様の検出法で電気泳動パターンの比較をした。結果を図5に示す。感染ハムスター脳乳剤の電気泳動パターン(レーン1)と感染ハムスター血漿の電気泳動パターン(レーン11)が全く違うことが判る。非感染ハムスターでは、脳乳剤・血漿いずれでも蛋白バンドは見られない(レーン8-10)。
【0049】
ところが、感染ハムスター脳乳剤と非感染ハムスター血漿とを混合すると、感染ハムスター血漿の電気泳動パターンときわめてよく似たパターンが得られる(レーン5-7)。従って、感染ハムスター血漿で見られたパターン(レーン11)は、PrPresと何らかの血漿蛋白とが凝集体を作っていることによると推測される。ここで、血漿蛋白と脳中PrPresとの混合比率が違うことにより、得られる電気泳動パターンが違うことが示され、感染ハムスター個体ごとに得られる電気泳動パターンが違う意味は、血中PrPresの存在量と凝集体を形成する血漿蛋白の量比の違いとして推定できる。
【0050】
実施例6. 超高感度化学発光法によるPrPの検出限界
(1)rHaPrPを3倍段階希釈し、ドットブロットをした。得られたスポットを、一次抗体3F4及び二次抗体HRPGAMを用いて、ELISPOTによる化学発光法検出法で各スポットの発光強度を検出した。結果を図6の右側に示す。この各スポットの化学発光強度を測定し、発光強度/蛋白濃度の二次元グラフを作製した。結果を図6の左側に示す。このグラフにより、この検出法では、少なくとも5pg/ml、絶対量0.1pg以下のPrPが検出可能であることが判る。
【0051】
(2)感染又は非感染ハムスター脳乳剤(scHaBrh・mcHaBrh)及びそれぞれのサンプルをPK処理(単位、37℃、60分間)したもの(PK50)を3倍段階希釈し、ELISPOTによる化学発光検出を行った。これにより、各脳乳剤中のPrP量を定量的に測定できる。結果を図7に示す。scHaBrhでは、脳中PrPの蛋白量は、図6のカーブを標準曲線とすると約1mg/g Brhと予想される。このほとんどがPK抵抗性PrP(PrPres)と見られる。一方、非感染ハムスター脳乳剤では、PrP量は感染ハムスター脳中存在量の約1/10程度で、その全てがPK感受性分子(PrPc)と見られる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、実施例1における、超高感度化学発光法によるrHaPrPの検出限界についての実験結果を示す電気泳動図である。
【図2】図2は、実施例2における、プロテイナーセK前処理によるハムスター脳乳剤における感染・非感染の区別についての実験結果を示す電気泳動図である。
【図3】図3は、実施例3における、ハムスター血漿検体における酸性SDS沈降法によるスクレイピー感染・非感染の区別についての実験結果を示す電気泳動図である。
【図4】図4は、実施例4における、複数のハムスター血漿検体における酸性SDS沈降法によるスクレイピー感染・非感染の区別についての実験結果を示す電気泳動図である。
【図5】図5は、実施例5における、感染ハムスター脳乳剤と非感染ハムスター血漿の混合による、感染ハムスター血漿類似パターンの出現についての実験結果を示す電気泳動図である。
【図6】図6は、実施例6における、超高感度化学発光法によるPrP(rHaPrPを使用)の検出限界についての実験結果を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例6における、超高感度化学発光法によるPrP(ハムスター脳乳剤を使用)の検出限界についての実験結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定のための検体の前処理方法において、当該検体を蛋白質分解酵素により処理することを特徴とする方法。
【請求項2】
伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定のための検体の前処理方法において、
(1)検体をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)の存在下で加熱して、当該試料中の蛋白質を溶解せしめ;
(2)上記(1)で処理した検体を中性条件下で冷却して、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrOres)を凝集せしめ;そして
(3)上記(2)で生成した凝集塊を酸性条件下で溶液から分離する;
ことを特徴とする方法。
【請求項3】
前記工程(1)の前に、検体を蛋白質分解酵素により処理する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(1)におけるドデシル硫酸ナトリウムの濃度が、重量%である、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記工程(1)における加熱を、100℃において10分間行う、請求項2〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程(2)における中性条件下での冷却を、pH7.27.3にて℃〜-80℃に冷却することにより行う、請求項2〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(3)において、酸性条件下における凝集塊の分離を遠心分離により行う、請求項2〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記酸性条件をpH4.5〜4.6により行う、請求項2〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記遠心分離を、遠心加速度10,000xg〜20,000xgの高速遠心により行う、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
前記蛋白質分解酵素が、プロテイナーゼKである、請求項1、及び3〜7に記載の方法。
【請求項11】
前記蛋白質分解酵素による処理を、単位/mLのプロテイナーゼKにより、pH7.27.337℃にて60分間行う、請求項1、及び3〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記工程(3)において得られた凝集塊を、緩衝液中に溶解する、請求項2〜11の何れか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記検体が脳乳剤、血液由来検体、伝達性海綿状脳症の感染因子の感染した組織・臓器乳剤、又は体液である、請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記血液由来検体が、血液、血漿、血清又は血球抽出液である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか1項に記載の方法により得られる処理済検体中の前記異常プリオン蛋白質(PrPres)を、免疫測定法により測定する、伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の検出又は測定方法。
【請求項16】
超高感度化学発光法によりハムスター由来リコンビナントPrP分子を測定する場合、4.4×10-18モル以下の量で検出できる測定感度を有する、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
同超高感度化学発光法により、10%非感染動物脳乳剤中のPrPを10-9g脳当量以下で検出できる検出感度、及び10%スクレイピー感染ハムスター脳乳剤中PrPresを10-7g脳当量以下で検出できる感度を可能とする検出感度を有し、1ID50の感染因子を検出することが出来る、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項18】
前記血液由来検体の使用量が数μLである、請求項15〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
多数検体を同時に検出又は測定にかける、請求項15〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
検体中PrPres存在の有無を3日以内で判断し得る、請求項15〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記免疫測定法が、ELISPOT法による試験、又はウエスタンブロット法による精査である、請求項15〜20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
伝達性海綿状脳症(TSE)に係る異常プリオン蛋白質(PrPres)の定量分析を行う、請求項15〜21のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−52906(P2009−52906A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−217203(P2007−217203)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(000231729)日本赤十字社 (7)
【Fターム(参考)】