説明

位相板および透過電子顕微鏡

【課題】位相差像におけるアーティファクトを低減することが可能な位相板を提供する。
【解決手段】位相板100は、第1面10aと、第1面10aとは反対側の第2面10bと、を有する第1電極層10と、第2面10bと対向する第3面12aと、第3面12aとは反対側の第4面12bと、を有する第2電極層12と、第4面12bと対向する第5面14aと、第5面14aとは反対側の第6面14bと、を有する第3電極層14と、少なくとも第1電極層10の第1面10aに形成された被覆層20と、を含み、第1電極層10、第2電極層12、および第3電極層14は、透過波W1の上流側から第1電極層10、第2電極層12、第3電極層14の順に配置され、貫通孔2を有する積層体として形成され、被覆層20の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位相板および透過電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、位相差像を観察できる透過電子顕微鏡は、生物や高分子などの軽元素を多く含む試料を高コントラストで観察できるため期待されている。例えば、特許文献1には、対物レンズの後焦点面に位相板を組み込むことで位相差像を観察できる透過電子顕微鏡が提案されている。特許文献1に記載された位相板は、貫通孔を有する非晶質の薄膜からなり、対物レンズの後焦点面において、透過波が貫通孔を通過し散乱波が薄膜を通過するように配置されている。そのため、貫通孔を通過した透過波の位相に対して薄膜を通過した散乱波の位相をπ/2ずらすことができる。そして、特許文献1に記載された透過電子顕微鏡では、互いに位相がπ/2ずれた透過波と散乱波を干渉させて、位相コントラスト伝達関数が余弦型の位相差像を観察することができる。
【0003】
また、非特許文献1に示される様に、後焦点面の中心部分に電圧を印加した電極を挿入することにより透過波の位相をπ/2ずらす方法も提案されている。どちらの方法においても、透過波と散乱波の位相をπ/2または(2n+1/2)πずらすことが位相差像を得る主とした条件となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−273866号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Electron Microscopy 2006 55(6)273-280
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような位相板を組み込んだ透過電子顕微鏡では、位相板自体の帯電や位相板の大きさが適正でないことや位相板の電極の帯電等の影響によって、方位角方向に依存した位相変化を起こし、または、全体の位相変化量がπ/2よりも大きく異なったりし、観察された位相差像にアーティファクトが生じてしまうことがあった。そのため、位相差像におけるアーティファクトを低減することが可能な位相板が望まれている。
【0007】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明のいくつかの態様によれば、位相差像におけるアーティファクトを低減することが可能な位相板および電子顕微鏡を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明に係る位相板は、
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち前記透過波を通過させるための貫通孔を有し、前記透過波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
第1面と、前記第1面とは反対側の第2面と、を有する第1電極層と、
前記第2面と対向する第3面と、前記第3面とは反対側の第4面と、を有する第2電極層と、
前記第4面と対向する第5面と、前記第5面とは反対側の第6面と、を有する第3電極層と、
少なくとも前記第1電極層の前記第1面に形成された被覆層と、
を含み、
前記第1電極層、前記第2電極層、および前記第3電極層は、前記透過波の上流側から前記第1電極層、前記第2電極層、前記第3電極層の順に配置され、前記貫通孔を有する積層体として形成され、
前記被覆層の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。
【0009】
このような位相板によれば、少なくとも第1電極層の第1面に、二次電子を放出しにくい材質からなる被覆層が形成される。これにより、電子線が照射されることによって位相板から放出される二次電子の数を低減することができるため、帯電を抑制することができる。したがって、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0010】
(2)本発明に係る位相板において、
前記第2面と前記第3面との間に形成された第1絶縁層と、
前記第4面と前記第5面との間に形成された第2絶縁層と、
をさらに含み、
前記第1絶縁層の前記貫通孔側の側面は、前記第1電極層の前記貫通孔側の側面、および前記第2電極層の前記貫通孔側の側面に対して後退しており、
前記第2絶縁層の前記貫通孔側の側面は、前記第2電極層の前記貫通孔側の側面、および前記第3電極層の前記貫通孔側の側面に対して後退していてもよい。
【0011】
このような位相板によれば、第1絶縁層を、第1電極層および第2電極層よりも電子線の経路から遠ざけることができる。さらに、第2絶縁層を、第2電極層および第3電極層よりも貫通孔を通過する電子線の経路から遠ざけることができる。そのため、第1絶縁層および第2絶縁層は、帯電を起こしにくくなる。さらに、第1絶縁層および第2絶縁層が帯電したとしても、帯電した第1絶縁層および第2絶縁層が、貫通孔を通過する電子線に与える影響を低減することができる。
【0012】
(3)本発明に係る位相板において、
前記被覆層は、さらに、前記第3電極層の前記第6面に形成されていてもよい。
【0013】
このような位相板によれば、より帯電を抑制することができる。
【0014】
(4)本発明に係る位相板において、
前記積層体は、前記貫通孔が形成されたレンズ部と、前記レンズ部から互いに反対方向に向かって延出する第1支持部および第2支持部と、を含んで構成されてもよい。
【0015】
(5)本発明に係る位相板において、
透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域を囲む枠状部材をさらに含み、
前記枠状部材は、前記透過波の通過位置に対応する位置に前記貫通孔を位置させた状態で、前記積層体を前記第1支持部の端部および前記第2支持部の端部で支持し、
前記積層体と前記枠状部材との間には、前記散乱波が通過する空間部が形成されてもよい。
【0016】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が、枠状部材によって散乱または吸収されることなく、空間部を通過することができるため、位相差像における散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0017】
(6)本発明に係る位相板において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域であってもよい。
【0018】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が、枠状部材によって散乱または吸収されることなく、空間部を通過することができるため、位相差像における散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0019】
(7)本発明に係る位相板において、
前記第2電極層に電位を印加するための第1電位印加部を有していてもよい。
【0020】
(8)本発明に係る位相板は、
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波が入射する入射面と、前記散乱波を射出する射出面と、を有する基板と、
少なくとも前記入射面に形成された被覆層と、
を含み、
前記基板および前記被覆層には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記被覆層の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。
【0021】
このような位相板によれば、入射面に二次電子を放出しにくい材質からなる被覆層が形成されている。これにより、電子線が照射されることによって位相板から放出される二次電子の数を低減することができるため、帯電を抑制することができる。したがって、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0022】
(9)本発明に係る位相板において、
前記基板の外縁は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する前記散乱波が通過する領域を囲んでもよい。
【0023】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板を通過することができるため、位相差像における散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0024】
(10)本発明に係る位相板において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域であってもよい。
【0025】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板を通過することができるため、位相差像における散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0026】
(11)本発明に係る位相板において、
前記被覆層は、さらに、前記射出面に形成されてもよい。
【0027】
このような位相板によれば、より帯電を抑制することができる。
【0028】
(12)本発明に係る位相板において、
前記被覆層に電位を印加するための第2電位印加部を有してもよい。
【0029】
このような位相板によれば、位相板における電荷のバランスをとることができるため、帯電を抑制することができる。
【0030】
(13)本発明に係る位相板は、
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波の位相を変化させる基板を含み、
前記基板には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記基板の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。
【0031】
このような位相板によれば、基板の材質が、二次電子を放出しにくい材質である。したがって、電子線が照射されることによって位相板から放出される二次電子の数を低減することができるため、帯電を抑制することができる。したがって、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0032】
(14)本発明に係る位相板は、
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波の位相を変化させる基板を含み、
前記基板には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記基板の外縁は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域を囲む。
【0033】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板を通過することができるため、位相差像での散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0034】
(15)本発明に係る位相板において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域であってもよい。
【0035】
このような位相板によれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板を通過することができるため、位相差像での散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0036】
(16)本発明に係る透過電子顕微鏡は、
本発明に係る位相板を有する。
【0037】
このような透過電子顕微鏡によれば、本発明に係る位相板を有しているため、アーティファクトの低減された良好な位相差像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】第1実施形態に係る位相板を模式的に示す斜視図。
【図2】第1実施形態に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図3】第1実施形態に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図4】第1実施形態の第1変形例に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図5】第1実施形態の第2変形例に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図6】第2実施形態に係る位相板を模式的に示す斜視図。
【図7】第2実施形態に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図8】第2実施形態の変形例に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図9】第3実施形態に係る位相板を模式的に示す斜視図。
【図10】第3実施形態に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図11】第4実施形態に係る位相板を模式的に示す斜視図。
【図12】第4実施形態に係る位相板を模式的に示す断面図。
【図13】散乱限界径と試料厚みとの関係を示すグラフ。
【図14】第5実施形態に係る透過電子顕微鏡を説明するための図。
【図15】枠状部材を有する位相板を透過波の進行方向からみた平面図。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0040】
1. 第1実施形態
まず、第1実施形態に係る位相板について説明する。本実施形態に係る位相板は、静電型の位相板である。図1は、本実施形態に係る位相板100を模式的に示す斜視図である。図2および図3は、位相板100を模式的に示す断面図である。なお、図2は、図1のII−II線断面図であり、図3は、図1のIII−III線断面図である。
【0041】
位相板100は、図1〜図3に示すように、第1電極層10と、第2電極層12と、第3電極層14と、被覆層20と、を含む。位相板100は、さらに、第1絶縁層30と、第2絶縁層32と、を含むことができる。位相板100は、透過電子顕微鏡において、対物レンズの後焦点面に配置される。
【0042】
第1電極10は、図2に示すように、第1面10aと、第1面10aとは反対側の第2面10bと、を有している。
【0043】
第2電極12は、第1電極10の第2面10bと対向する第3面12aと、第3面12aとは反対側の第4面12bと、を有している。第2面10bと第3面12aとは、図示の例では、第1絶縁層30を介して対向している。
【0044】
第3電極14は、第2電極12の第4面12bと対向する第5面14aと、第5面14aとは反対側の第6面14bと、を有している。第4面12bと第5面14aとは、図示の例では、第2絶縁層32を介して対向している。
【0045】
第1電極層10、第2電極層12、および第3電極層14は、図2に示すように、透過波W1の上流側から第1電極層10、第2電極層12、第3電極層14の順に配置され、貫通孔2を有する積層体として形成されている。第1電極層10は、貫通孔2を通過する透過波W1の入口側の電極であり、第3電極層14は、貫通孔2を通過する透過波W1の出口側の電極である。
【0046】
第1電極層10、第2電極層12、および第3電極層14は、静電レンズを構成する。位相板100は、第1電極層10と第3電極層14の電位を等しくし、第2電極層12の電位を変えることでレンズ作用を調整することができる。すなわち、位相板100は、アインツェルレンズである。第2電極層12の電位は、例えば、貫通孔2を通過する透過波W1の位相をπ/2だけ変化させるような電位に調整される。第1電極層10および第3電極層14は、例えば、接地されている。電極層10,12,14の材質は、例えば、金である。第1電極層10と第3電極層14との間は、図3に示すように、電極層接続部16を介して電気的に接続されていてもよい。図示はしないが、第1電極層10と第3電極層14との間は、電気的に接続されていなくてもよい。
【0047】
位相板100は、第2電極層12に電位を印加するための電位印加部(第1電位印加部)8を有している。電位印加部8は、第2電極層12に、例えば、貫通孔2を通過する透過波W1の位相をπ/2だけ変化させるような電位を印加する。なお、図示の例では、第1電極層10および第3電極層14は、接地されているが、電位印加部8が、第1電極層10および第3電極層14に、基準電位(接地電位)を印加してもよい。
【0048】
被覆層20は、位相板100の表面側、すなわち、第1電極層10の第1面10aに形成されている。図示の例では、被覆層20は、第1面10aの全面を覆うように形成されている。被覆層20は、さらに、位相板100の裏面側、すなわち、第3電極層14の第6面14bに形成されている。図示の例では、被覆層20は、第3電極層14の第6面14bの全面を覆うように形成されている。被覆層20は、第1電極層10、第3電極層14、および絶縁層30,32の露出したすべての面を覆っていてもよい。被覆層20は、例えば、接地されている。被覆層20は、例えば、スパッタ法やCVD法により形成される。
【0049】
被覆層20の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。これらの物質は、金、銀と比べて、二次電子を放出しにくく、かつ電子線でスパッタされにくい物質である。したがって、第1電極層10の第1面10aや第3電極層14の第6面14bに被覆層20を形成することにより、位相板100に電子線が照射されることによって位相板100から放出される二次電子の数を低減することができる。さらに、これらの物質は、電子線でスパッタされにくいため、被覆層20の機能を劣化させないことができる。
【0050】
第1絶縁層30は、第1電極層10の第2面10bと第2電極層12の第3面12aとの間に形成されている。第1絶縁層30は、第1電極層10と第2電極層12との間を絶縁分離することができる。
【0051】
第2絶縁層32は、第2電極層12の第4面12bと第3電極層14の第5面14aとの間に形成されている。第2絶縁層32は、第2電極層12と第3電極層14との間を絶縁分離することができる。
【0052】
第1絶縁層30および第2絶縁層32の材質は、例えば、酸化シリコンである。第1絶縁層30と第2絶縁層32とは、図3に示すように、絶縁接続部34を介して接続されていてもよい。
【0053】
位相板100は、貫通孔2を有している。貫通孔2は、被覆層20、第1電極層10、第1絶縁層30、第2電極層12、第2絶縁層32、第3電極層14を貫通するように形成されている。貫通孔2は、例えば、透過波W1の進行方向からみて円形である。貫通孔2の直径は、例えば1μm程度である。
【0054】
位相板100(積層体)は、図2に示すように、レンズ部100aと、レンズ部100aから互いに反対方向に向かって延出する第1支持部100bと第2支持部100cと、を有している。レンズ部100aには、貫通孔2が形成されている。レンズ部100aは、アインツェルレンズとして機能する。支持部100b,100cは、レンズ部100aを対物レンズの後焦点面に位置させるように支持することができる。レンズ部100aには、支持部100b,100cを介して、電位印加部8から電位が印加される。レンズ部100aの層構造と、支持部100b,100cの層構造とは、例えば、同じである。
【0055】
位相板100は、対物レンズの後焦点面において、透過波W1が位相板100の貫通孔2を通過し、散乱波W2が貫通孔2の外側を通過するように配置される。これにより、透過波W1の位相をπ/2変化させて、貫通孔2を通過しなかった散乱波W2の位相を変化させないことができる。すなわち、貫通孔2を通過しなかった散乱波W2の位相に対して透過波W1の位相をπ/2ずらすことができる。透過電子顕微鏡では、この互いに位相がπ/2ずれた透過波W1と散乱波W2とを干渉させることにより、位相差像を観察することができる。
【0056】
位相板100は、例えば、以下の特徴を有する。
【0057】
位相板100では、第1電極層10の第1面10aに、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンからなる被覆層20が形成されている。すなわち、第1電極層10の第1面10aに、二次電子を放出しにくい材質からなる被覆層20が形成されている。これにより、位相板100では、帯電を抑制することができる。さらに、位相板100では、位相板に付着した絶縁汚れの帯電を抑制することができる。位相板100では、位相板の帯電や位相板に付着した絶縁汚れの帯電を抑制することができるため、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。以下にその理由について詳細に述べる。
【0058】
位相板や位相板に付着した絶縁汚れに帯電が生じた場合、得られる位相差像には、コントラストの変化や像が歪むなどのアーティファクトが生じる。したがって、位相板の帯電や絶縁汚れの帯電を抑制することにより、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0059】
ここで、位相板の帯電のメカニズムについて説明する。後焦点面に配置された位相板には、電子線(散乱波または透過波)が照射される。位相板に電子線が照射されると、照射された電子線と位相板との間の相互作用により、電子が位相板に吸収されたり、位相板の表面から二次電子が放出されたりする。この位相板に吸収された電子(吸収電子)や、二次電子を放出することによって生成された正孔によって、位相板における電荷のバランスがくずれ、位相板が帯電する。
【0060】
なお、単位時間あたりの吸収電子の数と、単位時間あたりに生成される正孔の数と、が同数であれば、位相板は帯電しない。また、過剰な吸収電子や過剰な正孔が短時間で中和されれば、位相板は帯電しない。
【0061】
位相板の帯電を抑制する手段のひとつとして、位相板から放出される二次電子の数を低減することが挙げられる。位相板100では、上述のように、第1電極層10の第1面10aに被覆層20が形成されている。これにより、位相板100から放出される二次電子の数を低減することができるため、帯電を抑制することができる。ここで、第1電極層10は、位相板100を構成する3つの電極層10,12,14のうち最も電子線(透過波W1)の上流側に位置する電極層である。そのため、第1電極層10は、他の電極層12,14と比べて、照射される電子線の量が多い。この電子線の照射量が多い第1電極層10の第1面10aに被覆層20を形成することにより、位相板100から放出される二次電子の数を効率よく低減することができる。したがって、位相板100では、効率よく帯電を抑制することができる。
【0062】
また、位相板そのものが帯電するだけでなく、位相板の製造工程で電極層に付着した無機物や金属酸化物などの絶縁汚れが帯電する場合がある。具体的には、絶縁汚れに電子線が照射されることによって、絶縁汚れに電荷が誘起されて帯電が生じる。
【0063】
位相板100では、例えば、電極層10,12,14や絶縁層30,32を積層し、この積層された電極層10,12,14および絶縁層30,32に貫通孔2を形成した後、被覆層20が形成される。すなわち、被覆層20を形成する工程は、位相板100の製造工程の最後に行われる。そのため、位相板100の製造工程で付着した絶縁汚れを被覆層20で覆うことができる。これにより、絶縁汚れに電子線が照射されても、絶縁汚れに誘起される電荷を電気的に封じ込めることができる。この封じ込められた電荷は、例えば、被覆層20の接地により中和される。したがって、位相板100では、絶縁汚れの帯電を抑制することができる。
【0064】
位相板100では、被覆層20がさらに第3電極層14に形成されている。したがって、より帯電を抑制することができる。
【0065】
2. 第1実施形態の変形例
次に、本実施形態に係る位相板の変形例について説明する。以下、上述した図1〜図3に示す位相板100の構成と同様の構成については、同一の符号を付しその説明を省略する。
【0066】
(1)第1変形例
まず、第1変形例に係る位相板ついて説明する。図4は、第1変形例に係る位相板200を模式的に示す断面図である。図4は、図2に対応している。
【0067】
位相板200では、図4に示すように、第1絶縁層30の貫通孔2側の側面30cは、第1電極層10の貫通孔2側の側面10c、および第2電極層12の貫通孔2側の側面12cに対して後退している。また、第2絶縁層32の貫通孔2側の側面32cは、第2電極層12の貫通孔2側の側面12c、および第3電極層14の貫通孔2側の側面14cに対して後退している。ここで、第1絶縁層30の貫通孔2側の側面とは、貫通孔2を規定する第1絶縁層30の側面をいうことができる。このことは、他の層10,12,14,32においても同様である。
【0068】
言い換えると、第1電極層10の側面10cおよび第2電極層12の側面12cは、第1絶縁層30の側面30cよりも貫通孔2の中心軸Cに向かって延出している。また、第2電極層12の側面12cおよび第3電極層14の側面14cは、第2絶縁層32の側面32cよりも中心軸Cに向かって延出している。これにより、第1絶縁層30および第2絶縁層32を、電極層10,12,14よりも貫通孔2を通過する電子線(透過波および散乱波)の経路から遠ざけることができる。そのため、貫通孔2を通過する電子線が、第1絶縁層30および第2絶縁層32に衝突しにくくなり、第1絶縁層30および第2絶縁層32は、帯電を起こしにくくなる。さらに、第1絶縁層30および第2絶縁層32が帯電したとしても、帯電した第1絶縁層30および第2絶縁層32が、貫通孔2を通過する電子線に与える影響を低減することができる。
【0069】
第1絶縁層30の側面30cの後退量aは、例えば、第1絶縁層30の膜厚bよりも大きい。第2絶縁層32の側面32cの後退量は、例えば、第1絶縁層30と同様に、第2絶縁層32の膜厚よりも大きい。
【0070】
位相板200によれば、絶縁層30,32の帯電およびその帯電の影響を抑制することができるため、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0071】
(2)第2変形例
次に、第2変形例に係る位相板について説明する。図5は、第2変形例に係る位相板300を模式的に示す断面図である。図5は、図2に対応している。
【0072】
位相板300は、被覆層20に電位を印加するための電位印加部(第2電位印加部)310を有している。電位印加部310は、例えば、被覆層20に電気的に接続された配線312を含んで構成される。電位印加部310は、配線312を介して外部電源308から被覆層20に電位を印加することができる。これにより、吸収電子などに起因する負の電荷と、二次電子を放出することにより生じる正孔などに起因する正の電荷とのバランスをとることが可能となり、帯電を抑制することができる。電位印加部310が被覆層20に印加する電位は、位相板300の帯電の程度によって制御される。
【0073】
被覆層20と第1電極層10および第3電極層14との間は、電気的に接続されている。したがって、位相板300では、電位印加部310から被覆層20を介して第1電極層10および第3電極層14に印加される電位、および電位印加部8から第2電極層12に印加される電位を制御することにより、透過波の位相を適切な位相に変化させつつ、帯電を抑制することができる。
【0074】
3. 第2実施形態
次に、第2実施形態に係る位相板について説明する。本実施形態に係る位相板は、薄膜型の位相板である。図6は、本実施形態に係る位相板400を模式的に示す斜視図である。図7は、位相板400を模式的に示す断面図である。なお、図7は、図6のVII−VII線断面図である。
【0075】
位相板400は、図6および図7に示すように、基板410と、被覆層420と、を含む。位相板400は、透過電子顕微鏡において、対物レンズの後焦点面に配置される。
【0076】
基板410は、散乱波W2が入射する入射面410aと、散乱波W2を射出する射出面410bと、を有する。基板410は、例えば、非晶質炭素および非晶質金を含む伝導性の非晶質物質、またはその複合体からなる薄膜である。位相板400は、基板410の厚さを制御することで、基板410を通過する散乱波の位相の変化の程度を決めることができる。基板410には、透過波W1を通過させるための貫通孔402が形成されている。貫通孔402は、図6に示すように、透過波W1の進行方向から見て円形であり、貫通孔402の直径は、例えば1μm程度である。図示の例では、貫通孔402の内部は空洞であるが、透過波W1の位相を2nπ変化させるための非晶質物質が埋め込まれていてもよい。
【0077】
被覆層420は、入射面410aに形成されている。図示の例では、被覆層420は、入射面410aの全面を覆うように形成されている。被覆層420は、さらに、射出面410bに形成されている。図示の例では、被覆層420は、射出面410bの全面を覆うように形成されている。被覆層420は、図示はしないが、基板410の全体を覆うように形成されていてもよい。被覆層420と基板410との間は、電気的に接続されている。被覆層420は、例えば、スパッタ法やCVD法により形成される。
【0078】
被覆層420の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。これらの物質は、金、銀と比べて、二次電子を放出しにくく、かつ電子線でスパッタされにくい物質である。したがって、入射面410aや射出面410bに被覆層420を形成することにより、位相板400に電子線が照射されることによって位相板400から放出される二次電子の数を低減することができる。さらに、これらの物質は、電子線でスパッタされにくいため、被覆層420の機能を劣化させないことができる。
【0079】
位相板400は、対物レンズの後焦点面において、透過波W1が位相板400の貫通孔402を通過し、散乱波W2が基板410を通過するように配置される。これにより、透過波W1の位相を変化させずに、基板410を通過した散乱波W2の位相をπ/2だけ変化させることができる。すなわち、貫通孔402を通過した透過波W1の位相に対して、基板410を通過した散乱波W2の位相をπ/2ずらすことができる。透過電子顕微鏡では、この互いに位相がπ/2ずれた透過波W1と散乱波W2とを干渉させることにより、位相差像を観察することができる。
【0080】
位相板400は、例えば、以下の特徴を有する。
【0081】
位相板400では、入射面410aに、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンからなる被覆層420が形成されている。すなわち、位相板400では、入射面410aに二次電子を放出しにくい材質からなる被覆層420が形成されている。これにより、電子線が照射されることによって位相板400から放出される二次電子の数を低減することができる。そのため、位相板400においても、上述した位相板100と同様に、帯電を抑制することができる。
【0082】
さらに、位相板400では、例えば、基板410となる部材を用意し、当該部材に貫通孔402を形成した後に、被覆層420が形成される。すなわち、被覆層420を形成する工程が、位相板400の製造工程の最後に行われる。そのため、位相板400の製造工程で付着した絶縁汚れを被覆層420で覆うことができる。したがって、位相板400においても、上述した位相板100と同様に、絶縁汚れの帯電を抑制することができる。
【0083】
このように、位相板400では、位相板100と同様に、位相板の帯電や絶縁汚れの帯電を抑制することができるため、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0084】
位相板400では、さらに射出面410bに被覆層420が形成されている。したがって、より帯電を抑制することができる。
【0085】
4. 第2実施形態の変形例
次に、第2実施形態に係る位相板の変形例について説明する。図8は、第2変形例に係る位相板500を模式的に示す断面図である。以下、上述した図6およぶ図7に示す位相板400の構成と同様の構成については、同一の符号を付しその説明を省略する。
【0086】
位相板500は、被覆層420に電位を印加するための電位印加部(第2電位印加部)510を有している。電位印加部510は、例えば、被覆層420に電気的に接続された配線512を含んで構成される。電位印加部510は、配線512を介して外部電源508から被覆層420に電位を印加することができる。これにより、吸収電子などに起因する負の電荷と、二次電子を放出することにより生じる正孔などに起因する正の電荷とのバランスをとることが可能となり、帯電を抑制することができる。電位印加部510が被覆層420に印加する電位は、位相板500の帯電の程度によって制御される。
【0087】
被覆層420と基板410との間は、電気的に接続されている。そのため、被覆層420に電位を印加すると基板410にも電位が印加され、基板410の電位が変化する。基板410の電位が変化すると基板410での散乱波の位相の変化量も変化してしまい、散乱波に適切な位相変化を与えられなくなることが考えられる。しかしながら、位相差像を観察するためには、散乱波の初期位相に対して基板410を通過した後の散乱波の位相を、π/2+2nπ(nは整数)だけ変化させればよい。したがって、例えば、電位印加部510が被覆層420に印加する電位がある値以上で帯電を防ぐことが可能であれば、その電位以上であって、かつ散乱波の位相をπ/2+2nπだけ変化させる電位を、電位印加部510が被覆層420に印加する電位とする。これにより、位相板500では、散乱波の位相を適切な位相に変化させつつ、帯電を抑制することができる。
【0088】
5. 第3実施形態
次に、第3実施形態に係る位相板について説明する。本実施形態に係る位相板は、薄膜型の位相板である。図9は、本実施形態に係る位相板600を模式的に示す斜視図である。図10は、位相板600を模式的に示す断面図である。なお、図10は、図9のX−X線断面図である。
【0089】
位相板600は、図9および図10に示すように、散乱波W2の位相を変化させるための基板610を含む。位相板600は、透過電子顕微鏡において、対物レンズの後焦点面に配置される。
【0090】
位相板600では、基板610の厚さを制御することで、基板610を通過する散乱波W2の位相の変化の程度を決めることができる。基板610には、透過波W1を通過させるための貫通孔602が形成されている。貫通孔602は、図9に示すように、透過波W1の進行方向から見て円形であり、貫通孔602の直径は、例えば1μm程度である。図示の例では、貫通孔602の内部は空洞であるが、透過波W1の位相を2nπだけ変化させるための非晶質物質が埋め込まれていてもよい。
【0091】
基板610の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである。これらの物質は、金、銀と比べて、二次電子を放出しにくく、かつ電子線でスパッタされにくい物質である。したがって、位相板600に電子線が照射されることによって位相板600から放出される二次電子の数を低減することができる。さらに、これらの物質は、電子線でスパッタされにくいため、基板610の機能を劣化させないことができる。
【0092】
位相板600では、基板610の材質が、二次電子を放出しにくい材質である。したがって、位相板600は、帯電を抑制することができる。そのため、位相板600では、位相差像におけるアーティファクトを低減することができる。
【0093】
6. 第4実施形態
次に、第4実施形態に係る位相板について説明する。本実施形態に係る位相板は、薄膜型の位相板である。図11は、本実施形態に係る位相板700を模式的に示す斜視図である。図12は、位相板700を模式的に示す断面図である。なお、図12は、図11のXII−XII線断面図である。
【0094】
位相板700は、図11および図12に示すように、散乱波W2の位相を変化させるための基板710を含む。位相板700は、透過電子顕微鏡において、対物レンズの後焦点面に配置される。
【0095】
基板710は、例えば、非晶質炭素および非晶質金を含む伝導性の非晶質物質、またはその複合体からなる薄膜である。また、基板710には、図示はしないが、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンからなる被覆層が形成されていてもよい。また、基板710は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンからなる薄膜であってもよい。位相板700は、基板710の厚さを制御することで、基板710を通過する散乱波の位相の変化の程度を決めることができる。基板710には、透過波W1を通過させるための貫通孔702が形成されている。貫通孔702は、図11に示すように、透過波W1の進行方向から見て円形であり、貫通孔702の直径は、例えば1μm程度である。図示の例では、貫通孔702の内部は空洞であるが、透過波W1の位相を2nπ変化させるための非晶質物質が埋め込まれていてもよい。
【0096】
基板710は、透過波W1の進行方向からみて円形であり、基板710の中心と貫通孔702の中心は、一致している。基板710の直径Dは、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波W2が通過する対物レンズの後焦点面の領域の直径よりも大きい。基板710の直径Dは、例えば、300μm以上である。これにより、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板710を通過することができるため、位相差像での散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。以下にその理由について詳細に述べる。
【0097】
まず、位相コントラストに対する散乱コントラストの寄与に関して説明する。位相板が配置される対物レンズの後焦点面は、試料のフーリエ空間になっている。つまり、光軸からの距離rが大きいほど空間周波数が高く、距離rが小さいほど空間周波数が低い。距離rと焦点距離fと電子の波長λと分解能dの間には次の関係がある。
【0098】
【数1】

【0099】
例えば、焦点距離f=4mm、加速電圧200kVの透過電子顕微鏡で1nmの分解能が得られる位相板の半径は、以下のとおりである。
【0100】
【数2】

【0101】
つまり、半径10μmの位相板を用意すれば良いことになる。
【0102】
しかし、半径10μmの位相板を用いた場合、その外側に散乱される電子波は結像に寄与せずに散乱コントラストの成因となる。位相差像において、散乱コントラストは像解釈を複雑にする。例えば、散乱コントラストでは、物体が存在する領域は物体を構成する原子番号や密度に依存して黒いコントラストを生成する。一方で、位相コントラストでは、位相板による位相シフトの量によっては、物体が存在する領域であっても白いコントラストを生成することがある。このように、位相コントラストと散乱コントラストが共存すると、コントラストの打ち消しや重なりが起こり、像解釈が複雑になる可能性がある。
【0103】
したがって、位相板の径は、散乱コントラストを生成しにくいように大きさにしなければならない。一般的な透過電子顕微鏡では、対物レンズポールピースの下極に開けられた穴径などに依存して、電子波の最大の散乱角が決まる。そこで、位相板の径を、最大散乱角の電子波が通過できる大きさに規定すれば、散乱コントラストを小さく抑えることができる。仮に、最大散乱角が10度で焦点距離がf=4mm、加速電圧が200kVの条件で考えると、最大散乱角の電子波が通過できる位相板の直径は以下のとおりである。
【0104】
【数3】

【0105】
つまり、直径1.4mmの位相板を設けると問題が生じないが、このような大口径の位相板は作成するのが困難となる。したがって、実用的には位相差像の対象になる軽元素、特に炭素や水の散乱限界から見積もるのが妥当と考えられる。例えば、理論的には単原子の微分散乱断面積から見積もることができる。
【0106】
単原子の微分散乱断面積は、原子の静電ポテンシャルをV(r)としてWentzel atom modelを使用し、Born近似の範囲で次のように表される。
【0107】
【数4】

【0108】
(4)式は単一散乱を表している。
【0109】
単一散乱の角度分布S(θ)に対してn回散乱の角度分布S(θ)は、S(θ)とSn−1(θ)のコンボリューションで表す。
【0110】
【数5】

【0111】
各次数の散乱が起こる確率は、ポアソン分布の次数に従う。つまり、全散乱の角度分布S(θ)は、試料厚さtと平均自由行程Λを用いて、次式のようにポアソン分布を用いて表される。
【0112】
【数6】

【0113】
この(7)式に、以下の式を代入する。
【0114】
【数7】

【0115】
【数8】

【0116】
そして、(7)式に原子番号、質量数、質量密度、試料厚さを与えることにより散乱波の角度分布を求めることができる。計算上全散乱電子の99%を通過させることができる後焦点面上の領域の直径(散乱限界径)を、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する後焦点面の領域の直径とする。そして、炭素に関して、元素番号Z=6、質量数12、質量密度1g/cmを代入して、全散乱電子の99%が通過する取込角αを(7)式から求め、これと焦点距離f=4mmから(3)式を用いて試料厚みに対する散乱限界径を求めた。この結果を図13に示す。図13に示すように、500nmの厚さの炭素試料で散乱限界径は、後焦点面上で270μmとなる。透過電子顕微鏡では、一般的に試料の厚さは、500nm以下である。本理論計算結果から位相板の直径を300μm以上に設定すれば、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が位相板を通過することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストの影響を低減することができる。
【0117】
7. 第5実施形態
次に、第5実施形態に係る透過電子顕微鏡について説明する。本実施形態に係る透過電子顕微鏡は、本発明に係る位相板を有している。ここでは、本実施形態に係る透過電子顕微鏡が、本発明に係る位相板として、位相板100を有する場合について説明する。図14は、本実施形態に係る透過電子顕微鏡1000の構成を説明するための図である。
【0118】
透過電子顕微鏡1000は、図14に示すように、電子線源101と、照射レンズ系102と、偏向器104と、試料105を保持する試料保持台106と、対物レンズ108と、投影レンズ110と、検出器112と、位相板100と、位相板支持部130と、鏡筒114と、を含む。
【0119】
電子線源101、照射レンズ系102、偏向器104、試料保持台106の一部、対物レンズ108、位相板100、位相板支持部130の一部、投影レンズ110、検出器112は、鏡筒114の内部に収容されている。鏡筒114の内部は、排気装置(図示しない)によって減圧排気されている。
【0120】
電子線源101は、陰極から放出された電子を陽極で加速し電子線を放出する。電子線源101の例として、公知の電子銃を挙げることができる。
【0121】
照射レンズ系102は、電子線源101の後段に配置されている。照射レンズ系102は、複数の集束レンズ(図示しない)で構成されている。照射レンズ系102は、試料105に照射される電子線(入射電子線)の量を調整する。
【0122】
偏向器104は、照射レンズ系102の後段に配置されている。偏向器104は、試料105に対する入射電子線の入射角度を変えることができる。偏向器104によって、入射電子線を対物レンズ108の光軸に一致させるための軸合わせを行うことができる。
【0123】
試料保持台106は、試料105を偏向器104の後段に位置させるように保持している。
【0124】
対物レンズ108は、試料105の後段に配置されている。対物レンズ108は、試料105を透過した電子線を結像させる。
【0125】
位相板100は、対物レンズ108の後焦点面に配置されている。位相板100は、透過波の位相を散乱波の位相に対してπ/2だけ変化させる。
【0126】
投影レンズ110は、位相板120の後段に配置されている。投影レンズ110は、対物レンズ108によって結像された像をさらに拡大し、検出器112上に結像させる。
【0127】
検出器112は、投影レンズ110の後段に配置されている。検出器112は、投影レンズ110によって結像された透過電子顕微鏡像を検出する。検出器112の例として、2次元的に配置されたCCD(Charge Coupled Device)で形成された受光面を有するCCDカメラを挙げることができる。検出器112が検出した透過電子顕微鏡像の像情報は、計算装置150に出力され、計算装置150のモニター152には、透過電子顕微鏡像(位相差像)が表示される。
【0128】
ここで、透過電子顕微鏡1000の動作について説明する。電子線源101から放出された電子線は、照射レンズ系102で集束された後、偏向器104を介して試料105に入射する。試料105に入射した入射電子線は、試料105で散乱せずに入射電子線と同じ方向に進行する透過波と、試料105で散乱を受けて入射電子線と異なる方向に進行する散乱波と、に分けられる。透過波および散乱波は、対物レンズ108でレンズ作用を受けて、対物レンズ108の後焦点面に到達する。ここで、位相板100は、当該後焦点面において、透過波が貫通孔を通過し散乱波が貫通孔の外側を通過するように配置される。このため、位相板100は、貫通孔の外側を通過した散乱波の位相を変化させずに、貫通孔を通過した透過波の位相をπ/2だけ変化させる。そして、位相板100の後段において、互いに位相がπ/2ずれた透過波と散乱波とが干渉して、検出器112上に結像する。
【0129】
互いに位相がπ/2ずれた透過波と散乱波とが干渉して得られる透過電子顕微鏡像は、位相コントラスト伝達関数が余弦型である。したがって、透過電子顕微鏡1000は、位相差像を得ることができる。位相差像とは、透過電子顕微鏡像のうち位相コントラスト伝達関数が余弦型である像をいう。
【0130】
透過電子顕微鏡1000によれば、位相差像におけるアーティファクトを低減することが可能な位相板100を有することができる。したがって、透過電子顕微鏡1000は、アーティファクトの低減された良好な位相差像を得ることができる。
【0131】
なお、本発明は上述した実施形態や変形例に限定されず、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【0132】
例えば、上述の例では、位相板が対物レンズの後焦点面に配置される場合について説明したが、位相板は、対物レンズの後焦点面の共役面に配置してもよい。対物レンズの後焦点面の共役面は、例えば後焦点面の後段に配置されたレンズにより作成される。また、位相板は、後焦点面の近傍に配置されてもよい。
【0133】
また、例えば、上述した位相板100〜300は、さらに、枠状部材50を有していてもよい。図15は、枠状部材50を有する位相板100を透過波W1の進行方向からみた平面図である。枠状部材50は、図15に示すように、透過波W1の通過位置に対応する位置に貫通孔2を位置させた状態で、積層体(100a,100b,100c)を第1支持部100bの端部および第2支持部100cの端部で支持している。積層体と枠状部材50との間には、散乱波W2が通過する空間部52が形成されている。
【0134】
枠状部材50は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域Vを囲んでいる。領域Vは、具体的には、上述したように、透過電子顕微鏡の後焦点面において、貫通孔2(貫通孔2の中心)を中心とする直径300μmの円(仮想円)で規定される領域である。これにより、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が、枠状部材50によって散乱または吸収されることなく、空間部52を通過することができるため、位相差像での散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。その理由については、第4実施形態と同様である。
【0135】
また、例えば、上述した位相板400〜700において、基板410,610,710が、透過波W1の進行方向からみて円形である場合について説明したが、基板410,610,710の形状は、特に限定されず、例えば、透過波W1の進行方向からみて多角形や楕円であってもよい。また、位相板700において、基板710が円形でない場合であっても、基板710の外縁が、対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域を囲むことができればよい。すなわち、位相板700において、基板710の外縁が、貫通孔702(貫通孔702の中心)を中心とする直径300μmの仮想円を囲むことができればよい。これにより、位相板700の基板710が円形である場合と同様に、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波の大部分が基板710を通過することができるため、位相差像での散乱コントラストの影響を低減することができる。したがって、位相差像における散乱コントラストに起因するアーティファクトを低減することができる。
【0136】
また、例えば、各実施形態および各変形例を適宜組み合わせることも可能である。また、必要に応じて、上述した実施形態にもこれらの変形例を適用できる。
【0137】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0138】
2 貫通孔、8 第1電位印加部、10 第1電極層、12 第2電極層、
14 第3電極層、16 電極層接続部、20 被覆層、30 第1絶縁層、
32 第2絶縁層、34 被覆層接続部、50 枠状部材、52 空間部、
100 位相板、101 電子線源、102 照射レンズ系、104 偏向器、
105 試料、106 試料保持台、108 対物レンズ、110 投影レンズ、
112 検出器、114 鏡筒、130 位相板支持部、150 計算装置、
152 モニター、200 位相板、300 位相板、310 第2電位印加部、
308 外部電源、312 配線、400 位相板、402 貫通孔、410 基板、
420 被覆層、500 位相板、510 電位印加部、512 配線、
508 外部電源、600 位相板、602 貫通孔、610 基板、700 位相板、
702 貫通孔、710 基板、1000 透過電子顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち前記透過波を通過させるための貫通孔を有し、前記透過波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
第1面と、前記第1面とは反対側の第2面と、を有する第1電極層と、
前記第2面と対向する第3面と、前記第3面とは反対側の第4面と、を有する第2電極層と、
前記第4面と対向する第5面と、前記第5面とは反対側の第6面と、を有する第3電極層と、
少なくとも前記第1電極層の前記第1面に形成された被覆層と、
を含み、
前記第1電極層、前記第2電極層、および前記第3電極層は、前記透過波の上流側から前記第1電極層、前記第2電極層、前記第3電極層の順に配置され、前記貫通孔を有する積層体として形成され、
前記被覆層の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである、位相板。
【請求項2】
請求項1において、
前記第2面と前記第3面との間に形成された第1絶縁層と、
前記第4面と前記第5面との間に形成された第2絶縁層と、
をさらに含み、
前記第1絶縁層の前記貫通孔側の側面は、前記第1電極層の前記貫通孔側の側面、および前記第2電極層の前記貫通孔側の側面に対して後退しており、
前記第2絶縁層の前記貫通孔側の側面は、前記第2電極層の前記貫通孔側の側面、および前記第3電極層の前記貫通孔側の側面に対して後退している、位相板。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記被覆層は、さらに、前記第3電極層の前記第6面に形成されている、位相板。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記積層体は、前記貫通孔が形成されたレンズ部と、前記レンズ部から互いに反対方向に向かって延出する第1支持部および第2支持部と、を含んで構成されている、位相板。
【請求項5】
請求項4において、
透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域を囲む枠状部材をさらに含み、
前記枠状部材は、前記透過波の通過位置に対応する位置に前記貫通孔を位置させた状態で、前記積層体を前記第1支持部の端部および前記第2支持部の端部で支持し、
前記積層体と前記枠状部材との間には、前記散乱波が通過する空間部が形成されている、位相板。
【請求項6】
請求項5において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域である、位相板。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、
前記第2電極層に電位を印加するための第1電位印加部を有する、位相板。
【請求項8】
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波が入射する入射面と、前記散乱波を射出する射出面と、を有する基板と、
少なくとも前記入射面に形成された被覆層と、
を含み、
前記基板および前記被覆層には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記被覆層の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである、位相板。
【請求項9】
請求項8において、
前記基板の外縁は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する前記散乱波が通過する領域を囲む、位相板。
【請求項10】
請求項9において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域である、位相板。
【請求項11】
請求項8ないし10のいずれか1項において、
前記被覆層は、さらに、前記射出面に形成されている、位相板。
【請求項12】
請求項1ないし11のいずれか1項において、
前記被覆層に電位を印加するための第2電位印加部を有する、位相板。
【請求項13】
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波の位相を変化させる基板を含み、
前記基板には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記基板の材質は、タンタル、タングステン、レニウム、またはモリブデンである、位相板。
【請求項14】
電子線が試料を透過して得られる透過波および散乱波のうち少なくとも前記散乱波の位相を変化させて位相差像を得るための位相板であって、
前記散乱波の位相を変化させる基板を含み、
前記基板には、前記透過波を通過させるための貫通孔が形成され、
前記基板の外縁は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域を囲む、位相板。
【請求項15】
請求項14において、
前記散乱コントラストに実質的に寄与する散乱波が通過する領域は、透過電子顕微鏡の対物レンズの後焦点面において、前記貫通孔を中心とする直径300μmの仮想円によって規定される領域である、位相板。
【請求項16】
請求項1ないし15のいずれか1項に記載の位相板を有する、透過電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−16308(P2013−16308A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−147313(P2011−147313)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(501008945)国立清華大学 (8)
【出願人】(596118493)アカデミア シニカ (33)
【氏名又は名称原語表記】ACADEMIA SINICA
【住所又は居所原語表記】128 Sec 2,Academia Road,Nankang,Taipei 11529 TW
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】