説明

低エネルギーイオン照射による導電体物質からの特性X線発生方法とその装置

【課題】 高額・大型の設備が必要なく、小型、低コストの設備で低エネルギー特性X線を効率良く発生させることが可能な新規な特性X線発生方法を提供する。
【解決手段】 2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少なくともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットへ照射することにより、導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から4keV以下の低エネルギー特性X線を発生させることとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は、低エネルギーイオン照射による絶縁された導電体物質からの特性X線発生方法とその装置に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、低エネルギーイオンを用いて絶縁された導電体物質の特性X線を高効率にかつ小型、低コストの設備で得ることができる新規な特性X線発生方法とその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
X線は工業、医学、科学研究などの分野で広く利用されており、そのなかでも特性X線は、各種材料の分析、評価、測定、観察などの種々の用途に用いられている。今まで、特性X線は、加速した電子線や高エネルギーイオンをターゲット材料に衝突させることにより発生させていた。その加速エネルギーは電子線で数keV〜数MeVのオーダー、高エネルギーイオンで数100keV〜数MeVのオーダーである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来の加速電子線及び高エネルギーイオンを照射する方法では、高額で大型の設備を必要とすることや、低エネルギー特性X線の発生効率が低いという問題があった。
【0004】
この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたもので、高額・大型の設備が必要なく、小型、低コストの設備で低エネルギー特性X線を効率良く発生させることが可能な新規な特性X線発生方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この出願の発明は、上記課題を解決するものとして、第1には、2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少なくともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットへ照射することにより、導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から4keV以下の低エネルギー特性X線を発生させることを特徴とする特性X線発生方法を提供する。
【0006】
また、第2には、上記第1の発明において、軽元素が原子番号4番から17番の元素であることを、第3には、上記第1の発明において、重元素が原子番号18番以上の元素であることを、第4には、上記第1から第3のいずれかの発明において、正イオンビームを電場及び磁場の少くともいずれかの印加により集束させることを特徴とする特性X線発生方法を提供する。
【0007】
そして、第5には、上記第1から第4のいずれかの発明において、正イオンビームを電場及び磁場の少くともいずれかの印加により導電体材料ターゲット上で走査させることを、第6には、上記第1から第5のいずれかの発明において、導電体材料ターゲットの温度を変化させることを特徴とする特性X線発生方法を提供する。
【0008】
さらに、この出願の発明は、第7には、2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少なくともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットに照射するイオン発生源と、導電体材料ターゲットを載置する絶縁体ステージと、正イオンの照射により導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から発生する特性X線を検出するX線検出器とを備えていることを特徴とする特性X線発生装置を提
供する。
【0009】
また、第8には、上記第7の発明において、軽元素が原子番号4番から17番の元素であることを、第9には、上記第7の発明において、重元素が原子番号18番以上の元素であることを、第10には、上記第7から第9のいずれかの発明において、正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により集束させることを特徴とする特性X線発生装置を提供する。
【0010】
さらに、第11には、上記第7から第10のいずれかの発明において、正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により導電体材料ターゲット上で走査させることを、第12には上記第7から第11のいずれかの発明において、導電体材料ターゲットの温度を変化させることを特徴とする特性X線発生装置を提供する。
【発明の効果】
【0011】
この出願の発明によれば、低エネルギーの正イオンを、軽元素及び重元素の少くともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットに照射させることにより、従来の電子線照射励起により特性X線を発生する方法に比べ、低エネルギーの特性X線を高効率で発生することができ、また従来の高エネルギーイオン照射励起により特性X線を発生する方法に比べ、イオンの加速電圧は1桁から数桁低く、設備の小型化、低コスト化ができる。
【0012】
従来は、低エネルギーの正イオンを導電体材料ターゲットに照射して、導電体体材料ターゲットに含まれる軽元素あるいは重元素の低エネルギー特性X線を発生できることは知られていなかった。この出願の発明の技術は、低エネルギーの正イオンを用いて軽元素あるいは重元素の低エネルギー特性X線(特にX線エネルギー約4keV以下)を高効率で発生させるという今までの常識を破る斬新な方法であり、物理、化学、生物、医薬などの分野においても、基礎的な研究及びX線を利用する新方法、低エネルギー単色X線発生装置、新しい材料分析・評価装置などの開発に大きく寄与するものと期待される。この出願の発明は基本技術として非常に大きな効果を持つものと期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
この出願の発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0014】
この出願の発明は、2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少くともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットへ照射することにより、導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から4keV以下の低エネルギー特性X線を発生させることを特徴とする。
【0015】
正イオンとしてはいずれの正イオンも使用可能であるが、好ましいものとしては、Gaイオンや、周期表18族元素の正イオンであるHe、Ne、Ar、Kr、Xe等が例示される。これらの正イオンはターゲット物質と化学反応しないなどの利点がある。
【0016】
正イオンのエネルギー(加速電圧)は2から100keVであるが、そのエネルギーは正イオンの種類によって変わる。正イオンのエネルギーが上記範囲より高くなると、大型の設備が必要なく小型、低コストの設備で軽元素あるいは重元素の低エネルギー特性X線を効率良く発生させるという所期の目的を達成することができない。正イオンのエネルギーが上記範囲より低くなると、軽元素あるいは重元素の低エネルギー特性X線を効率良く発生させることができなくなる。
【0017】
この出願の発明により発生する特性X線のエネルギーは4keV以下の低エネルギーのものであり、その下限値は0.1keV程度である。
【0018】
この出願の明細書において、軽元素とは原子番号4番から17番までのものをいう。軽元素を含む導電体材料を例示すると、C、Al、Si、あるいは導電性合金、導電性化合物などを挙げることができる。また、この出願の明細書において、重元素とは原子番号18以上のものをいう。重元素を含む導電体材料を例示すると、Cu、In、Au、あるいはこれらを含む導電性合金、導電性化合物などを挙げることができる。導電性合金の例としてはステンレス鋼、TiAlなど、導電性化合物の例としてはSiC、GaAsなどがある。
【0019】
そして、上記の導電体材料は、例えば、SiO、NaCl、MgOなどの絶縁体ステージに導電体材料を蒸着して、電気的に孤立した絶縁状態にする。導電体材料を絶縁状態とする理由は、入射低エネルギー正イオンは絶縁された導電体材料表面と衝突し、その表面と物理的に、化学的に相互作用し、導電体材料に含まれる元素の特性X線を励起するからである。導電体材料の絶縁体ステージへの蒸着方法としては、真空蒸着法、スパッター法などがあるが、これに限定されることはない。
【0020】
この出願の方法による元素特性X線発生の原理を模式的に図1に示す。上記の範囲の低エネルギー正イオンを導電体材料ターゲットに照射すると、照射イオンは導電体材料と相互作用をし、導電体材料に含まれる原子の内殻電子空孔を生成させ、外側電子殻からその空孔への電子遷移により、特性X線が発生する。
【0021】
また、表1に、この出願の発明による特性X線発生方法と既存の代表的な特性X線発生方法を比較して示す。
【0022】
【表1】


この出願の発明では、特性X線の発生させる際に、発生効率を制御する目的で、導電体
材料ターゲットの温度を変化させてもよいし、導電体材料ターゲットを真空中に配置してもよい。温度を変化させる場合には、実験装置に実現できる、導電体材料ターゲットを絶縁体ステージに保てる温度範囲の間であれば任意の温度とすることができる。たとえばAlに対しては−269℃(Heの液化温度)〜660℃(Alの融点)、Cuに対しては−269℃〜1084℃(Cuの融点)とすることができる。また、導電体材料ターゲットは、希ガス中に配置してもよい。
【0023】
また、導電体材料ターゲットの照射位置の制御のために、イオンビームに、磁場及び電場の少くともいずれかを印加して収束させたり、走査させたりしてもよい。
【実施例】
【0024】
次に、この出願の発明による実施例を示す。もちろん、この出願の発明は前述の実施の形態及び以下の例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることは言うまでもない。
【0025】
<実施例1>
低エネルギー正イオンとして10keVのGaイオン、導電体材料ターゲットとしてAlを真空蒸着法でSiO製の絶縁体ステージ上に蒸着した。チャンバーの真空度は1×10−5Paより高真空にした。X線の検出はSi(Li)X線エネルギー分光検出器を用いた。
【0026】
室温で低エネルギー正イオンGaをターゲット材料に照射すると、X線エネルギー分光検出器により、ターゲット材料の特性X線が検出された。図2(a)にこの実施例において低エネルギーイオン照射により励起されたX線スペクトルを示す。また、比較のために、同じ導電体ターゲットを用い10keVの高加速電子ビーム照射により励起されたX線スペクトルを示す。この図に現れたスペクトルを比較すると、電子線に比べ、低エネルギーイオンにより励起された特性X線では、導電体材料(Al)の特性X線の励起効率が高いことが確認された。
【0027】
実施例2
低エネルギー正イオンとして30keVのGaイオン、導電体材料ターゲットとしてInを真空蒸着法でSiO製の絶縁体ステージ上に蒸着した。チャンバーの真空度は1×10−5Paより高真空にした。X線の検出はSi(Li)X線エネルギー分光検出器を用いた。
【0028】
室温で低エネルギー正イオンGaをターゲット材料に照射すると、X線エネルギー分光検出器により、ターゲット材料の特性X線が検出された。図2(b)にこの実施例において低エネルギーイオン照射により励起されたX線スペクトルを示す。この図に現れたスペクトルから、低エネルギーイオンにより励起された導電体材料(In)の特性X線が効率的に励起されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】この出願の発明の方法による特性X線発生の原理を示す模式的に示す図である。
【図2】(a)は実施例1において低エネルギー正イオン照射により励起されたX線スペクトル及び電子ビーム照射により励起されたX線スペクトルを示す図、(b)は実施例2において低エネルギー正イオン照射により励起されたX線スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少なくともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットへ照射することにより、導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から4keV以下の低エネルギー特性X線を発生させることを特徴とする特性X線発生方法。
【請求項2】
軽元素が原子番号4番から17番の元素であることを特徴とする請求項1に記載の特性X線発生方法。
【請求項3】
重元素が原子番号18番以上の元素であることを特徴とする請求項1に記載の特性X線発生方法。
【請求項4】
正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により集束させることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の特性X線発生方法。
【請求項5】
正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により導電体材料ターゲット上で走査させることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の特性X線発生方法。
【請求項6】
導電体材料ターゲットの温度を変化させることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の特性X線発生方法。
【請求項7】
2から100keVの低エネルギーを有する正イオンを、軽元素及び重元素の少なくともいずれかの元素を含む絶縁された導電体材料ターゲットに照射するイオン発生源と、
導電体材料ターゲットを載置する絶縁体ステージと、
正イオンの照射により導電体材料ターゲット中に含まれる軽元素又は重元素から発生する特性X線を検出するX線検出器とを備えていることを特徴とする特性X線発生装置。
【請求項8】
軽元素が原子番号4番から17番の元素であることを特徴とする請求項7に記載の特性X線発生装置。
【請求項9】
重元素が原子番号18番以上の元素であることを特徴とする請求項7に記載の特性X線発生装置。
【請求項10】
正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により集束させることを特徴とする請求項7から9のいずれかに記載の特性X線発生装置。
【請求項11】
正イオンビームを電場及び磁場の少なくともいずれかの印加により導電体材料ターゲット上で走査させることを特徴とする請求項7から10のいずれかに記載の特性X線発生装置。
【請求項12】
導電体材料ターゲットの温度を変化させることを特徴とする請求項7から11のいずれかに記載の特性X線発生装置。

【図1】
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【図2】
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