説明

低コスト・低環境負荷型土壌中油分測定方法

【課題】土壌に含まれる油分の測定を簡単にまた低コストで行う方法、より好ましくは、本発明は土壌中に含まれる水分量による影響を抑えてより正確に土壌中の油分量を測定することのできる方法を提供する。また上記の方法の実施に有効に利用することのできる油分抽出方法を提供する。
【解決手段】油分含有土壌から油分を抽出する方法であって、当該土壌を、非極性溶媒及び少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出処理する工程を有する方法。
下記の工程を有する、土壌中の油分を測定する方法:
(1) 土壌中に存在する油分を、非極性溶媒及び少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出する工程、
(2) 上記で得られた抽出液を乳化破壊処理して、非極性溶媒相を回収する工程、及び
(3) 上記で得られた非極性溶媒相を被験試料として、油分を測定する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土壌から油分を効率よく高収率に抽出する方法に関する。また、本発明は土壌に含まれる油分を測定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、油で汚染された土壌に含まれる油分濃度の測定を行うために、幾つもの方法が提案されている。例えばノルマルヘキサンなど油分を溶解する溶媒を用いてソックスレー抽出を行うソックスレー方式(例えば、非特許文献1または2等参照)、四塩化炭素など、炭化水素を含まないクロロフルオロカーボン系の溶剤で抽出し、赤外光分光分析により定量する旧JIS方式(例えば、非特許文献3等参照)等が挙げられる。しかし、上記ソックスレー方式並びに旧JIS方式などでは、試料の含水率により抽出効率が大きく影響を受けるため、あらかじめ風乾などにより水分を除去する必要がある(例えば、非特許文献4または5参照)。一般的に風乾には数日を要するため、結果として油分濃度の測定に時間がかかり、調査コストが増大する要因となる。さらに旧JIS方式で使用されている四塩化炭素は環境負荷が大きいため、環境問題により規制が厳しくなった現在では使用することができず、また、クロロフルオロカーボン系の溶剤は高価であるという問題を持つ。
【0003】
一方、最近ではメタノールを含む溶媒で油を抽出した後に濁度を測定して土壌中の油分を定量するペトロフラッグ方式(例えば、非特許文献6等参照)、並びに試料に紫外線を照射して油成分の発光により土壌中の油分を定量する紫外線照射方式(例えば、特許文献1等参照)等、様々な手法が開発されている。しかしこれらの方式は、土壌中の油分全量を定量する技術であって、詳細な定性分析を行うことができないという問題を持つ。
【非特許文献1】「下水試験方法」(1997年)、下水道協会出版
【非特許文献2】「JISハンドブック環境測定2 2005」、日本規格協会出版
【非特許文献3】旧JIS K0102.25(1993)
【非特許文献4】「12.石油汚染土壌からの石油成分の簡易抽出方法とその分析」:「地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」第7回講演集(主催(社)日本水環境学会など、2000年12月12日・13日)
【非特許文献5】「37.油汚染土壌調査における石油系炭化水素簡易測定器の有効性の検討」:「地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会」第9回講演集(主催(社)日本水環境学会など、2000年12月12日・13日)
【非特許文献6】EPA SW−846 METHOD 9074〔米国環境保護庁(Environmental Protection Agency)のホームページ参照:http://www.epa.gov/SW-846/pdfs/9074.pdf〕
【特許文献1】特開2002−156331号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、油に汚染された土壌の油分濃度測定に関する従来の諸事情を考慮し、土壌に含まれる油分の測定を、簡単にまた低コストで、実施する方法を提供することを目的とする。より好ましくは、本発明は土壌中に含まれる水分量による影響を抑えて、より正確に土壌中の油分量を測定することのできる方法を提供することを目的とする。
【0005】
さらに、本発明は、上記の方法の実施に、有効に利用することのできる油分抽出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく日夜鋭意研究を重ねていたところ、土壌から油分を抽出するための溶媒として、非極性溶媒と1種以上の界面活性剤とを組み合わせて使用することによって、土壌からの油分の抽出効率が著しく改善されること、土壌中に含まれる水分量に影響されることなく、油分を短時間で効率よく高収率で抽出できることを見いだした。そして、かかる知見に基づいて、本発明者らは、この抽出方法を利用することによって、土壌中の油分含量を効率よく(短時間に)且つ精度良く測定することができることを確認した。本発明はかかる知見に基づいて完成したものである。
【0007】
すなわち、本発明は下記の実施態様を包含するものである。
項1.油分含有土壌から油分を抽出する方法であって、当該土壌を非極性溶媒および少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出処理する工程を有する方法。
項2.油分含有土壌が水を含有するものである、項1に記載する油分抽出方法。
項3.下記の工程を有する、土壌中の油分を測定する方法:
(1) 土壌中に存在する油分を、非極性溶媒及び少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出する工程、
(2) 得られた抽出液を乳化破壊処理して、非極性溶媒相を回収する工程、及び
(3) 得られた非極性溶媒相を被験試料として、油分を測定する工程。
項4.土壌が水を含有するものである、項3に記載する油分測定方法。
【0008】
以下に本発明を詳細に説明する。
(1)油分抽出方法
本発明は、油分を含有する土壌から油分を抽出する方法を提供する。
【0009】
なお、本発明が対象とする油分には、特に制限されないが、重油・原油などの重質油、灯油・軽油などの軽質油、鉱物油、植物油、動物油、機械油、石油系炭化水素類〔パラフィン系(脂肪族系)、ナフテン系(脂環族系)、芳香族系の炭化水素類が含まれる〕、または、これらが人為的または自然界において酸化分解、重合、縮合、水素添加等を受けて生成した成分が含まれる。
【0010】
また本発明が対象とする土壌は、油分を含有する土壌であれば特に制限されない。例えば砂質土壌、粘度質土壌、またはシルト質土壌等の別なく、本発明の抽出対象土壌とすることができる。
【0011】
本発明の方法は、上記土壌から油分を抽出するにあたり、界面活性剤及び非極性溶媒を含有する溶媒を抽出溶媒として使用することを特徴とする。なお、界面活性剤と非極性溶媒は、抽出に際して予め混合しておく必要は必ずしもなく、抽出対象とする土壌中(抽出する系の中)に、界面活性剤と非極性溶媒とが共存状態で存在していればよい。
【0012】
ここで非極性溶媒としては、特に制限されないが、例えばベンゼン、クロロホルム、ヘキサン、トリクロロエチレン、ジクロロメタン、及びトルエン等を挙げることができる。好ましくは、環境への負荷が少ないヘキサン(例えば、n−ヘキサン)または抽出効率の高いクロロホルムまたはジクロロメタンである。
【0013】
界面活性剤としては、好適には、陰イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、及びバイオサーファクタントを挙げることができる。
【0014】
なお、ここで陰イオン界面活性剤には、アルキル硫酸エステル塩(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸トリエタノールアミン、ラウリル硫酸アンモニウム、高級アルコール硫酸ナトリウムなど)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩(例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸トリエタノールアミン、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウムなど)、アルキルベンゼンスルホン酸またはその塩(ドデシルベンゼンスルホン酸、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなど)、アルキルナフタレンスルホン酸塩(例えば、アルキルナフタレンスルホン酸ナトリウムなど)、アルキルスルホコハク酸塩(例えばジアルキルスルホコハク酸ナトリウムなど)、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸塩(例えば、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリウムなど)、脂肪酸塩(例えば、半硬化牛脂脂肪酸ソーダ石けん、半硬化牛脂脂肪酸カリ石けん、ステアリン酸ソーダ石けん、オレイン酸カリ石けん、ヒマシ油カリ石けんなど)、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物(例えば、β−ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩、芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩など)が含まれる。好適には直鎖アルキルベンゼンスルホン酸またはその塩(別名:LAS)を挙げることができる。
【0015】
なお、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸は、一般に下式:
【0016】
【化1】

で示される炭素数10〜14の化合物であり、具体的にはデシルベンゼンスルホン酸(炭素数10)、ウンデシルベンゼンスルホン酸(炭素数11)、ドデシルベンゼンスルホン酸(炭素数12)(別名:ラウリルベンゼンスルホン酸)、トリデシルベンゼンスルホン酸(炭素数13)、テトラデシルベンゼンスルホン酸(炭素数14)を挙げることができる。塩としては、特に制限されないが、ナトリムなどのアルキル金属塩を好適に例示することができる。なお、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸またはその塩は、アルキル基の炭素数が異なる上記化合物の混合物であってもよい。
【0017】
また非イオン界面活性剤には、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(例えば、ポリオキシエチレンラウリルエーテル、ポリオキシエチレンセチルエーテル、ポリオキシエチレンステアリルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンミリステルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルドデシルエーテル、ポリオキシエチレン高級アルコールエーテルなど)、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン誘導体(例えば、ポリオキシエチレンジスチレン化フェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールなど)、ソルビタン脂肪酸エステル(例えば、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタントリステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート、ソルビタンセスキオレエートなど)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(例えば、ポリオキシエチレンソルビタンモノヤシ油脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリオレエート、ポリオキシエチレンソルビタントリイソステアレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノヤシ脂肪酸エステルなど)、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル(例えば、テトラオレイン酸ポリオキシエチレンソルビットなど)、グリセリン脂肪酸エステル(例えば、グリセロールモノステアレート、グリセロールモノオレエートなど)、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル(例えば、ポリエチレングリコールモノラウレート、ポリエチレングリコールモノステアレート、ポリエチレングリコールジステアレート、ポリエチレングリコールモノオレエートなど)、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルアルカノールアミドなどが含まれる。好適にはポリオキシエチレンラウリルエーテル、Tween20、Tween80、を挙げることができる。
【0018】
バイオサーファクタントには、例えばトレハロースリピッド、ラムノリピッド、ソホロリピッド、マンノシル−エリスリトールリピッド等の糖脂質型バイオサーファクタント;サーファクチンなどのペプチド型バイオサーファクタント;スピクルスポル酸などの脂肪酸型バイオサーファクタント;及びエマルザン等の高分子型バイオサーファクタントなどが含まれる〔D.Kitamoto, et al., Chem. Commun., 861-863 (2000):D.Kitamoto, et al., J. Biosci. Bioeng., 94(3), 187-201 (2002)〕。
【0019】
なお、界面活性剤として、レシチン、サポニン、ラムノリピッド、マンノシル-エリスリトール リピッド(MEL)等のような天然界面活性剤を使用することもできる。
【0020】
これらの界面活性剤は、界面活性剤として1種単独で使用することもできるが、2種以上を任意に組み合わせて使用することもできる。本発明では、界面活性剤として直鎖アルキルベンゼンスルホン酸またはその塩を好適に使用することができる。
【0021】
抽出溶媒中に占める界面活性剤の割合は、制限されないが、通常0.01〜1重量%、好ましくは0.01〜0.5重量%、より好ましくは0.01〜0.1重量%を挙げることができる。また、抽出溶媒中に占める非極性溶媒の割合としては、10〜100容量%、好ましくは10〜80容量%、より好ましくは30〜50容量%の範囲を挙げることができる。
【0022】
また、抽出溶媒の成分として、上記非極性溶媒及び界面活性剤に加えて、必要に応じてビルダーを用いることもできる。ここでビルダーとは、それ自身は界面活性を持たないが界面活性剤と一緒に使用することによって界面活性剤の能力を大きく高めるものであり、具体的には、硫酸塩、炭酸塩、アルミノケイ酸塩、及びキレート剤などを例示することができる。ここで塩としては、ビルダーの機能を有するものであれば特に制限されないが、ナトリウムなどのアルカリ金属塩を好適に例示することができる。好ましくは硫酸塩(硫酸ナトリウム)、炭酸塩(炭酸ナトリウム)、アルミノケイ酸塩(アルミノケイ酸ナトリウム)であり、より好ましくは炭酸塩(炭酸ナトリウム)である。
【0023】
なお、ビルダーを使用する場合、その抽出溶媒中に占める割合は、特に制限されないが、通常0.01〜1重量%、好ましくは0.01〜0.5重量%、より好ましくは0.01〜0.1重量%を例示することができる。
【0024】
後述する試験例に示すように、本発明の方法は、非極性溶媒と界面活性剤を組み合わせて使用することによって、抽出する系中への水存在による油分抽出効率の低下を顕著に改善することができる。すなわち、本発明の方法は、土壌を抽出する系の中に水が混在していても有効に使用できる方法である。従って、本発明によれば、処理する土壌が水を含む場合であっても、当該水含有土壌を乾燥させることなくそのまま抽出処理することができる。
【0025】
本発明の方法において、土壌を抽出する系(対象土壌と抽出溶媒との混合系)に含まれる水分量の許容割合は、特に制限されないが、土壌抽出系の液相部分〔対象土壌と抽出溶媒とを混合した系から固相部分(土壌分)を除いた部分〕を100容量%として0〜90容量%、好ましくは0〜25容量%、より好ましくは0〜10容量%を例示することができる。
【0026】
前述するように、本発明の方法は、土壌を抽出する系の中に水が混在していても有効に使用できる方法である。従って、本発明は、抽出溶媒の1成分として、非極性溶媒及び界面活性剤に加えて、さらに必要に応じて、水を用いることもできる。抽出溶媒の1成分として水を使用する場合、当該抽出溶媒中に占める水の割合は、土壌に含まれる水分量に応じて、上記に例示する土壌抽出系の水分量の許容割合に従って適宜設定することができる。
【0027】
抽出溶媒(土壌抽出系)の液性(pH)は特に制限されず、通常pH3〜11の範囲で適宜設定することができる。好ましくは、pH5〜9、より好ましくはpH6〜8、さらに好ましくはpH7〜8の範囲である。
【0028】
抽出は、処理する土壌を抽出溶媒と接触させることによって行うことができる。処理する土壌と抽出溶媒との割合は、土壌に含まれている油分量や水分量に応じて、適宜設定されるため、一該にその割合を規定することはできない。制限されないが、目安として、土壌1重量部に対する抽出溶媒の割合として、抽出溶媒に含まれる非極性溶媒との割合に換算して、通常10〜200重量部、好ましくは50〜150重量部、より好ましくは50〜100重量部となるような範囲を例示することができる。
【0029】
接触方法も特に制限されない。好ましくは、土壌が抽出溶媒によく分散して接触面積が大きくなるような条件での接触であることが好ましく、例えば振盪混合、攪拌混合、または超音波処理下での混合を挙げることができる。好ましくは攪拌混合である。なお、制限されないが、攪拌混合を行う場合は、攪拌速度を2,000rpm以上で行うことが望ましい。
【0030】
抽出温度も特に制限されず、通常4〜80℃の範囲で適宜設定することができる。好ましくは10〜40℃の範囲である。この温度範囲(10〜40℃)では、温度が高いほど短時間で効率よく油分を抽出することができる。このため、より好ましくは20〜40℃、25〜40℃、30〜40℃の範囲である。
【0031】
このように土壌を上記抽出溶媒と混合して接触させることで、土壌に付着した油分を効率よく剥離させて速やかに抽出溶媒へ移行させることができる。斯くして本発明の抽出方法によれば、通常0.5〜20分間、好ましくは0.5〜15分間、より好ましくは0.5〜10分間といった短時間で土壌から油分を抽出することが可能である。
【0032】
後述する試験例に示すように、抽出溶媒として環境負荷の低いヘキサン(n−ヘキサン)や抽出効率の高いクロロホルムなどの非極性溶媒を使用する場合、当該非極性溶媒と界面活性剤とを組み合わせて用いることにより、非極性溶媒だけを用いる場合に比して、抽出効率を有意に向上させて抽出時間を短縮することが可能であり、さらに非極性溶媒の使用量も低減させることが出来る。また土壌に水を含んでいても抽出回収率に殆ど影響がないため、乾燥工程を省略することができ、結果として効率よく且つ高収率に油分を抽出することもできる。
【0033】
従って、本発明の油分抽出方法は、例えばヘキサンなど、環境負荷の低い溶媒を用いて、油分で汚染された土壌から油分を効率よく且つ高収率に抽出回収することのできる方法であり(低コスト、低環境負荷)、土壌を清浄するために有効に利用することができる。また本発明の方法は、土壌に含まれる油分の測定(定性分析、定量分析)に際して、高効率、高収率、低コスト、低環境負荷な前処理として有効に利用することができる。
【0034】
2.土壌中の油分測定方法
また本発明は、土壌中の油分を測定する方法を提供する。当該測定方法は、上記本発明の抽出方法を用いて土壌から抽出した油分含有画分を、測定対象試料とすることによって行われる。なお、本発明の測定方法は、定性分析(油分の成分分析)及び定量分析(油分の定量、油分に含まれる各成分の定量)の一方または両方を行うことが可能であり、目的に応じて、適宜選択設定することができる。
【0035】
本発明の土壌中の油分測定方法は、基本的に下記の(1)〜(3)の工程を有する:
(1)土壌を、非極性溶媒および少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒で抽出処理する工程(抽出工程)、
(2)得られた抽出液から、非極性溶媒相を回収する工程(回収工程)、及び
(3)回収した非極性溶媒相を被験試料として、その油分を測定する工程(測定方法)。
【0036】
(1)の抽出工程は、試験対象とする土壌試料から油分を抽出する工程であり、先の1.で説明した方法(本発明の抽出方法)に従って実施することができる。当該抽出工程により、土壌に付着した油分を効率よく剥離させて速やかに抽出溶媒中に移行させることができる。
【0037】
土壌から抽出された油分は、非極性溶媒相に選択的に溶解する。すなわち、試験対象とする土壌試料が水を含んでいる場合や水を含む抽出溶媒を用いた場合などのように、土壌を抽出する系に水が存在している場合、土壌から抽出された油分は、土壌抽出の系(土壌+水+非極性溶媒+界面活性剤の混合系)中、非極性溶媒相に選択的に移行し存在することになる。
【0038】
従って、(2)の回収工程は、(1)の抽出工程で得られた抽出液から、油分を選択的に含む非極性溶媒相を回収する工程である。
【0039】
当該回収工程は、例えば(1)の抽出工程で得られた抽出液が水と非極性溶媒を含む混合液である場合、当該抽出液を水相と非極性溶媒相とに分離して、非極性溶媒相を回収することによって行うことができる。具体的には、(1)の抽出工程から得られた抽出液(水と非極性溶媒を含む混合液)を静置することによって水相と非極性溶媒相とに分離させて、得られた非極性溶媒相を回収する方法を挙げることができる。
【0040】
但し、かかる静置による水相/非極性溶媒相の分離には時間がかかるため、効率的な実施には乳化破壊技術または解乳化技術を採用することが好ましい。乳化破壊技術または解乳化技術は公知の技術であり〔例えば、「2.7乳化物の破壊と分離」乳化・可溶化の技術、工学図書(株)発行、(1976)〕、本発明ではこれら公知の方法を任意に使用することができる。
【0041】
具体的には、(1)の抽出工程から得られた抽出液に乳化破壊剤を配合して、必要に応じて攪拌し、静置または遠心分離処理する方法を挙げることができる。斯くして、抽出液を速やかに水相と非極性溶媒相とに分離することができる。より具体的には、抽出溶媒に陰イオン界面活性剤を用いた場合は、得られた抽出液に酸(例えば、塩酸、硫酸または硝酸などの無機酸)を添加してpHを7以下、好ましくはpH3〜5、より好ましくはpHを4程度に調整し、必要に応じて攪拌し、次いで静置または遠心分離処理する方法;また抽出溶媒に非イオン界面活性剤を用いた場合は、得られた抽出液に無機塩(例えば、硫酸ナトリウム等)を添加して、必要に応じて攪拌し、次いで静置または遠心分離処理する方法を例示することができる。
【0042】
斯くして水相と相分離した非極性溶媒相は、デカンテーションやろ過等の常法の固液分離手段により、水相並びに土壌等の固体成分(固相)から分離して、回収することができる。
【0043】
(3)の測定工程は、上記(2)の方法により回収した非極性溶媒相に含まれる油分を測定する工程である。上記で得られた非極性溶媒相は、当該測定工程において、そのまま被験試料として使用することもできるが、必要に応じて脱水処理を行った後、被験試料として使用することもできる。脱水処理は、例えば、非極性溶媒相に無水硫酸ナトリウムなどの脱水剤を添加することによって行うことができる。
【0044】
次いで斯くして得られた被験試料について油分を測定する。
【0045】
油分の測定は、一般に油分分析に使用される各種の機器分析方法〔GC−FID(ガスクロマトグラフ−水素炎イオン化検出器)、TLC−FID(薄層クロマトグラフ−水素炎イオン化検出器)、重量法等〕など、従来公知の方法を用いて行うことができる。また将来開発される方法であってもよい。油分の測定は、目的に応じて適宜選択して用いることができ、例えば、被験試料中に含まれる油分全量を定量分析する方法としては、TLC−FID(薄層クロマトグラフィー/水素炎イオン化検出法)または重量法を;被験試料中に含まれる油分の各成分を定性分析する方法としてはGC−FID(ガスクロマトグラフィー/水素炎イオン化検出法)またはTLC−FIDを;また被験試料中に含まれる油分の各成分を定性し且つ定量分析する方法としてはGC−FIDまたはTLC−FIDを用いることができる。好ましくは、油分の各成分の定性・定量分析を迅速にすることができる、TLC−FID法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
以下、試験例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの試験例に限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
(1)試験方法
[1]試験土壌(模擬汚染土壌)の調整
試験土壌には、真砂土に軽油を添加して作成した模擬汚染土壌を使用した。なお、模擬汚染土壌は、最終的な鉱物油含有量が1.25重量%(12,500mg/kg)となるように調整した。
【0048】
具体的には、まず、油の吸着を円滑にするために、真砂土を1週間程度天日干しして土壌に含まれる水分を取り除いた。この土壌を50Lモルタルミキサーで攪拌しながら、軽油を噴霧して全体的に均一になるように添加した。得られた油添加土壌は、揮発性成分を除去するために、ビニルハウス内でブルーシート上に拡げ、適宜切り返しを行いながら放置し、経時的に赤外光分光分析法(旧JIS K0102.25(1993))により、土壌中の油含有量をモニタリングした。
【0049】
揮発性成分がなくなり、油含有量の低下が落ち着いたことを確認した後、土壌改良材(腐葉土、パーライト)を添加してこれを試験土壌(模擬汚染土壌)とした。なお、土壌改良材の添加比率は、油添加土壌:腐葉土:パーライト=3:1:1(容積比)とした。
【0050】
[2]抽出促進剤(界面活性剤含有水溶液)の調整
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの一種であるラウリルベンゼンスルホン酸ナトリウムをイオン交換水に溶解して、0.05w/v%ラウリルベンゼンスルホン酸ナトリウム水溶液(界面活性剤含有水溶液)を調整した。
【0051】
[3]油分抽出手順
[1]で調製した試験土壌1.0gを10mlバイアル瓶へ分取し、これに[2]で調製した界面活性剤含有水溶液5ml及び非極性溶媒(クロロホルム又はn−ヘキサン)2mlを添加した(抽出溶媒A:界面活性剤+水+クロロホルム、抽出溶媒B:界面活性剤+水+n−ヘキサン)。また、比較試験のため、試験土壌1.0gを分取した10mlバイアル瓶に、イオン交換水5ml及び非極性溶媒(クロロホルム又はn−ヘキサン)2mlを添加した(抽出溶媒a:水+クロロホルム、抽出溶媒b:水+n−ヘキサン)。
【0052】
これらを25℃条件下で、0.5〜10分間かけて、2,500rpmで攪拌混合した。次いで、攪拌混合によって得られた抽出液に0.1N塩酸を添加して、pHを4に調整して、乳化破壊し、静置して、水相と非極性溶媒相とに分離した。得られた非極性溶媒相を 分取することによって、土壌(固形分)及び水相から単離して、新たなバイアル瓶に回収した。次いで、回収した非極性溶媒相に無水硫酸ナトリウムを添加して脱水処理を行い、これを次工程(測定工程)の被験試料とした。
【0053】
[3]油分定性・定量
[2]で得られた被験試料(非極性溶媒相)を、TLC−FID(薄層クロマトグラフ−水素炎イオン化検出器;(株)三菱化学ヤトロン製)に供して分析した。本装置を利用して全油分濃度を定量した後、展開による試料の移動距離に対応して検出されるピークの面積から下記4成分の成分比を測定した(「イアトロスキャンNew MK-5使用説明書」参照、(株)三菱化学ヤトロン)。
(1)飽和分
(2)芳香族分
(3)レジン分
(4)アスファルテン分
全油分濃度に成分比を乗じて各成分の濃度を算出した。各々のデータのばらつきをなくすため、n=5で試験を行い、平均値をとった。
【0054】
[4]コントロール
上記本発明の抽出方法に対する対照として、対照系列(control)を設定した。対照系列は、旧JIS K0102.25に従って、土壌中の油分を抽出し定量した。すなわち、上記[1]で調製した試験土壌(模擬汚染土壌)1.0gを100mlバイアル瓶に分取し、これに四塩化炭素25mlを添加した。これを25℃条件下、60分間振盪して抽出を行った。次いで得られた抽出液を被験試料として、IR(赤外分光光度計)により抽出液(四塩化炭素)中の油分を定量し、土壌中の油分含有量を算出した。また、試料をTLC−FID(三菱化学ヤトロン社製)に供して、展開による試料の移動距離に対応して検出されるピークの面積から上記4成分〔(1)〜(4)〕の成分比を測定し、全油分濃度に成分比を乗じて各成分の濃度を算出した。
【0055】
(2)結果
対照系列(抽出溶媒:四塩化炭素)について得られた結果(油分含有量)を、油分回収率100%と設定し、これから、抽出溶媒A、B、aまたはbを用いる本発明の抽出方法で得られた結果(油分含有量)について油分回収率(%)を算出した。抽出溶媒a(水+クロロホルム)または抽出溶媒b(水+n−ヘキサン)を使用した場合の結果を図1(A)に、抽出溶媒A(界面活性剤+水+クロロホルム)または抽出溶媒B(界面活性剤+水+n−ヘキサン)を使用した場合の結果を図1(B)に、それぞれ対照系列(control)(抽出溶媒:四塩化炭素)の結果と合わせて示す。
【0056】
[1]抽出系中の水の影響
図1(A)からわかるように、抽出溶媒として非極性溶媒と水の混合液(抽出溶媒a、抽出溶媒b)を用いると、非極性溶媒(クロロホルム、n−ヘキサン)の種類に関わらず、いずれも油分の回収が低減し、回収率の上限は50%程度にとどまった。すなわち、この結果は、土壌抽出系に水が存在すると、土壌中からの油分の抽出回収が阻害されることを示すものである。
【0057】
[2]界面活性剤の影響
それに対して、図1(B)からわかるように、抽出溶媒として界面活性剤と非極性溶媒と水の混合液(抽出溶媒A、抽出溶媒B)を用いると、水の存在にも関わらず(上記と同量の含水率)、いずれも油分の回収が著しく向上し、短い抽出時間で100%油分を回収することができた(クロロホルムの場合、ほぼ1〜2分;n−ヘキサンの場合、ほぼ5分)。すなわち、この結果は、土壌抽出系に非極性溶媒と界面活性剤を存在させることで、(例えば、被験土壌に含まれる水分に起因して)土壌抽出系に共存する水分による影響(油分の抽出回収に対する阻害作用)を取り除くことができることを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の方法によれば、土壌試料から油を溶媒抽出する際に、抽出溶媒として非極性溶媒と界面活性剤を併用することにより、土壌試料が水を含んでいる場合でも、油分の抽出効率の低下を防ぐことができ、効率よく且つ高い割合で油分を回収することができる。すなわち、本発明の方法によれば、土壌試料が水を含んでいる場合でも、従来のように乾燥させることなくそのまま抽出処理に供することができるため、この点からも抽出処理に要する時間を短縮することができる。
【0059】
また以上のことから、本発明の抽出方法を利用することにより、土壌試料中の油分の測定を短時間にかつ精度よく行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】(A)は、抽出溶媒として四塩化炭素(control)、抽出溶媒a(水+クロロホルム)、または抽出溶媒a(水+n−ヘキサン)を用いて土壌中油分を抽出した場合の油分回収率(%)を示す。(B)は、抽出溶媒として四塩化炭素(control)、抽出溶媒A(アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(0.01%)+水+クロロホルム)、または抽出溶媒B(アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(0.01%)+水+n−ヘキサン)を用いて土壌中油分を抽出した場合の油分回収率(%)を示す。いずれもcontrolの油分回収率(%)を100%に設定して換算した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油分含有土壌から油分を抽出する方法であって、当該土壌を、非極性溶媒及び少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出処理する工程を有する方法。
【請求項2】
油分含有土壌が水を含むものである請求項1に記載する油分抽出方法。
【請求項3】
下記の工程を有する、土壌中の油分を測定する方法:
(1) 土壌中に存在する油分を、非極性溶媒及び少なくとも1種の界面活性剤を含む抽出溶媒を用いて抽出する工程、
(2) 上記で得られた抽出液を乳化破壊処理して、非極性溶媒相を回収する工程、及び
(3) 上記で得られた非極性溶媒相を被験試料として、油分を測定する工程。
【請求項4】
油分含有土壌が水を含むものである、請求項3に記載する油分測定方法。





【図1】
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【公開番号】特開2006−266717(P2006−266717A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−81549(P2005−81549)
【出願日】平成17年3月22日(2005.3.22)
【出願人】(000211064)中外テクノス株式会社 (9)
【Fターム(参考)】