説明

低摩擦摺動部材および低摩擦転動部材

【課題】大気中、真空中、水中および潤滑剤中で低摩擦係数を有し、耐久性、耐荷重性に優れる摺動部材および転動部材を提供する。
【解決手段】基材最上層にダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成された第一の摺動面を有する第一の摺動部材と、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入れ処理および焼戻し処理により表面硬さがロックウェル硬さで45〜55HRCとなる鉄基合金または鉄基合金層からなる第二の摺動面を有する第二の摺動部材と、を有し、第一の摺動面と第二の摺動面とで摺動可能にされていることを特徴とする低摩擦摺動部材とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は大気中、真空中および水中などの潤滑状態の悪い環境下や潤滑剤中でも使用可能な、低摩擦特性と高い耐摩耗性を有する摺動部材および転動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
機械の摺動部あるいはころがり摺動(以下、転動とする)部には通常潤滑油が使われているが、真空下など潤滑油の使用を嫌う雰囲気ではその代替として、黒鉛、窒化ホウ素、二硫化モリブデンなどの劈開性固体潤滑剤、あるいは金、銀、鉛などの軟質金属が使われている。また、フッ素樹脂被膜も低摩擦材として用いられる。例えば、宇宙機器の分野では、真空中で低摩擦を示す二硫化モリブデンとステンレス鋼SUS440Cの組合せが用いられているが、大気中で高い摩擦係数を示すことと、長時間の耐久性に問題がある。また、二硫化タングステンは真空中と大気中で低い摩擦係数を示すが、耐久性の問題と、大気中でも湿度の高い雰囲気で摩擦係数が高くなるという問題がある。さらに、フッ素系のコーティング膜は、真空から大気中までの幅広い雰囲気中で低い摩擦係数を示すが耐荷重性能に問題がある。以上のように、これらの固体潤滑剤は摩耗しやすく、薄膜として基材に被覆した場合には、摩耗によって摺動面から除去されるとその効果がなくなるので、著しく寿命が短いという問題がある。なお、特に断らない限り、以後に述べる大気とは、通常の水分を含む組成の空気を指し、脱水空気は指さない。
【0003】
一般に、大気中ではダイヤモンドやダイヤモンド状炭素(以下、DLCとする)が他の材料との間で約0.1の低摩擦係数を持つことが知られており、特にダイヤモンドは古くから時計などの摺動部に使われてきた。ダイヤモンドが大気中で低摩擦を示す理由として、ダイヤモンドが大気中の水分を表面に吸着し、それが低摩擦をもたらしていると言われている。また、ダイヤモンドの表面の炭素を水素終端することでも表層の炭素が安定化するため、低摩擦係数が得られる。しかしながら、真空中には水分や水素がほとんど存在しないので、初期にその表面を水分子や水素で終端したとしても、摩擦でその表面層が除去されるとその効果が無くなるので、ダイヤモンドが低摩擦を維持できないのである。そのため、真空中ではこれらの摩擦係数は大きいと言われ、前記のような固体潤滑剤が用いられてきた背景がある。このようなことから、大気中、真空中、水中および潤滑剤中のいずれの雰囲気でも低摩擦特性を持ち、耐久性の高い軸受などに適用される摺動部材あるいは転動部材が求められてきた背景がある。
【0004】
そこで、特許文献1においては、中心線平均粗さRaが0.2μm以下の鏡面近くまで研磨したダイヤモンドどうしを摺動させるようにして、水素雰囲気中、真空中、放射線暴露下などの特殊な環境での低摩擦摺動面が開示されている。また、真空中ではないが、特許文献2においては、表面粗さRaが0.3μm以下の表面層をダイヤモンドとしたバルブリフタとステンレス鋼、アルミニウム、銅、黄銅および鋳鉄を相手材とした動弁装置の摺動部材の組合せが開示されている。さらに、特許文献3においては、中心線平均粗さRaが0.02μm以下のダイヤモンド膜又はDLC膜を一方又は双方の摺動面に形成してリニアモータのガイドウエー等に適用した例が開示されている。また、特許文献4においては、基材上にダイヤモンド膜を置き、その上層にダイヤモンド粒を保持させた膜を置くことで摺動面に対する攻撃性及び摩擦係数を低下する方法が開示されている。さらに、特許文献5においては、Cr等を含有する複数層から成るDLC膜を被覆することにより高真空環境下においても優れた潤滑性を有する転がり摺動部材が開示されている。また、非特許文献1においては、ダイヤモンドとNiを5〜90重量%含有する合金との組み合わせが、0.1以下の摩擦係数を有する摺動部材の組み合わせとして、開示されている。
【特許文献1】特開2004−116770号公報
【特許文献2】特開2002−070507号公報
【特許文献3】特開2002−142434号公報
【特許文献4】特開2001−200849号公報
【特許文献5】特開2006− 97871号公報
【非特許文献1】基昭夫、後藤賢一、神田一隆、高野茂人:CVDダイヤモンドに対して真空中と大気中で低摩擦係数を持つ金属材料、トライボロジスト、52,2、(2007)165
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1にように両摺動面をダイヤモンド膜とすることは、被覆処理や加工に平滑化加工に時間がかかるのみならず、硬質材料どうしが衝突すると簡単に欠けるという弱点もあわせ持つことになる。また、ダイヤモンドでも同一材どうしの摺動は摩擦が大きくなるので好ましい組合せではないことは自明である。さらに、研磨したダイヤモンド膜の相手材として、金属やセラミックスの具体的な種類までは開示されていない。
【0006】
また、特許文献2においては、ダイヤモンド膜のバルブリフタのシム表面への適用が開示され、摩擦係数がステンレス鋼で0.025、アルミニウムで0.045、黄銅で0.059、鋳鉄で0.064が開示されている。しかしながら、この系は基本的に潤滑油が存在する雰囲気であり、真空中を想定しておらず真空中ではどのような挙動を示すか開示されていない。また、例示材料の特性も記載されていない。
【0007】
さらに、特許文献3においては、リニアモータ用軸受へのダイヤモンド膜、DLC膜を使用した例が記載されているが、ダイヤモンド膜、DLC膜以外の具体的な相手摺動部材については記載がない。
【0008】
また、特許文献4には基材上にダイヤモンド膜を置き、その上層にダイヤモンド粒を保持させた膜を置く方法が開示されているが、摺動の相手材の種類や硬さを制限する開示はなされていない。特許文献5にはCr、W、Ti、Si、およびNiを含有するDLC膜の摺動部材および転動部材への適用例が示されているが、これらはダイヤモンドに比べると軟質であり、金属を含有させているので真空中では摩擦抵抗が大きくなるという欠点がある。また、摺動の相手材には軸受鋼等の鋼を想定しており、その他の材料についての開示はない。さらに、非特許文献1に示すNiを含有する合金は、合金組成の大半をNiが占めると、高価格かつ重量増に加えて、被削性も低下するため、摺動部材への適用範囲も限定されるという問題がある。
【0009】
本発明の目的はかかる状況に鑑みて、大気中、真空中、水中および潤滑剤中で低摩擦係数を有し、耐久性、耐荷重性に優れる摺動部材および転動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは研究の結果、特定組成範囲のCとNiとCrを含有し、かつ特定範囲の硬さを有する鉄基合金または鉄基合金層とダイヤモンド膜との組み合わせで、大気中に限らず、真空中、水中および潤滑剤中で低摩擦係数を発現できることを知得した。
【0011】
かかる知得にもとづき、本発明においては、基材最上層にダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成された第一の摺動面を有する第一の摺動部材と、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入焼戻し処理により表面硬さがロックウェル硬さで45〜55HRCとなる鉄基合金または鉄基合金層からなる第二の摺動面を有する第二の摺動部材と、を有し、第一の摺動面と第二の摺動面とで摺動可能にされている低摩擦摺動部材を提供することにより、前述した課題を解決した。
【0012】
すなわち、ダイヤモンドを第一の摺動面とする第一の摺動部材および規定量のCとNiとCrを含む鉄基合金または鉄基合金層を焼入焼戻し処理により規定範囲の硬さとする第二の摺動面を有する第二の摺動部材を組み合わせることにより、大気中、真空中、水中および潤滑剤中での摩擦係数が低下した。以下に、C、NiおよびCrの各元素の含有量を制限した理由について説明する。
【0013】
Cは、焼入焼戻し後のマトリクスの硬さを確保するために0.15重量%以上を下限とした。一方、Cを過剰に添加するとダイヤモンド膜と親和性を示し、摩擦係数の上昇を招いたり、同時にC上昇により合金元素と炭化物を過多に生成し、繰返し疲労強度や衝撃特性が劣化するため、0.55重量%以下を上限とした。
【0014】
Niは、強度と焼入性の向上に加えて、低摩擦係数を保持することができる本発明で最も重要な添加元素であり、その効果を発揮するために、3.5重量%以上を下限とした。一方、Ni添加によってオーステナイトが安定化し、焼入焼戻し後の硬さが低くなるため、10.0重量%を上限とした。Ni添加による低摩擦を発現する機構としては、その触媒作用により大気中、水中および潤滑剤中の水素基が活性化され、ダイヤモンド膜のダングリングボンドを水素終端化することで説明できる。ただし、水素基のほとんど存在しない真空中においては、その発現機構は不明である。
【0015】
Crは、強度と焼入性の向上のため8.0重量%以上を下限とし、過剰添加では炭化物を過多に生成するので、25.0重量%を上限とした。
【0016】
焼入焼戻し処理は、一般的に基地組織が全てオーステナイトに変化するAC3変態点よりも50℃程度高い温度に保持した後に冷却して、再度加熱保持後に冷却する一連の熱処理を言う。焼入焼戻し処理時の各々の保持温度および保持時間は、被処理材の成分や大きさにより異なる。なお、本発明の焼入れ時の保持温度は900〜1100℃とすることが好ましく、950〜1050℃とすることがより好ましい。同様に、焼き戻し時の保持温度は80〜550℃とすることが好ましく、100〜500℃とすることがより好ましい。
【0017】
焼入焼戻し処理後の表面硬さをロックウェル硬さで45〜55HRCと制限したのは、次の理由による。すなわち、45HRC未満であると表面硬さが十分でないために、潤滑状態の悪い環境下で摺動部分へ異物が混入した場合に圧痕跡が残りやすくなり、耐摩耗性が著しく低下するためである。また、55HRCを超えると、表面部の靭性が低下するためにクラックなどが生じやすくなり、摺動部材の寿命を短縮させるためである。
【0018】
なお、Ni、CrおよびCが前述した含有量の鉄基合金とダイヤモンドとの間で低摩擦が発現する要因がそれらの元素の存在にあることから、鉄基合金の焼入焼戻し処理後に窒化処理を行って表層を硬くしても、ロックウェル硬さで45〜55HRCであれば摩擦係数が低下することは言うまでもない。
【0019】
また、請求項2に記載の発明においては、基材最上層にダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成された第一の転動面を有する第一の転動部材と、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入焼戻し処理により表面硬さがロックウェル硬さで45〜55HRCとなる鉄基合金または鉄基合金層からなる第二の転動面を有する第二の転動部材と、を有し、第一の転動面と第二の転動面とで転動可能にされていることを特徴とする低摩擦転動部材とした。
【0020】
すなわち、ダイヤモンドを転動面とする第一の転動部材および規定量のCとNiとCrを含む鉄基合金または鉄基合金層を焼入焼戻し処理により規定範囲の硬さとする第二の転動部材を組み合わせることにより、大気中、真空中、水中および潤滑剤中での摩擦係数が低下する。
【0021】
さらに、請求項3に記載の発明においては、第二の摺動面または第二の転動面が、Mo、W、VおよびNbの少なくとも一種の元素を0.1〜3.0重量%含有している低摩擦摺動部材または低摩擦転動部材とした。
【0022】
すなわち、第二の摺動部材もしくは転動部材に、Mo、W、VおよびNbのいずれか一種または二種以上の各元素を規定量添加することにより、焼入焼戻し時の軟化抵抗性が向上する。以下に、Mo、W、VおよびNbの各元素の含有量を制限した理由について説明する。
【0023】
Moは、焼入性と焼戻軟化抵抗性を向上させるために0.1重量%以上を下限として、過剰添加すると凝集炭化物が生成するので、3.0重量%を上限とした。Wは、焼戻し軟化抵抗性を向上させるために0.1重量%以上を下限とし、過剰添加では焼入性を劣化させるため、3.0重量%以下を上限とした。Vは、焼戻し軟化抵抗性と繰返し疲労特性を向上させるため0.1重量%以上を下限とし、3.0質量%以上では焼入性を劣化させるため、上限とした。Nbは、焼戻し軟化抵抗性と衝撃特性を向上させるために0.1重量%以上を下限とし、過剰添加では焼入性が劣化するので、3.0重量%を上限とした。
【0024】
ダイヤモンドから成る第一の摺動面または転動面は摺動または転動のため、表面が平滑である必要があるが、特にCVD法で形成されるダイヤモンド膜は膜厚が厚くなるとともに表面が粗くなる傾向がある。また、厳しい表面粗さが要求される用途に対しては、ダイヤモンド膜形成後にその表面を研磨して用いることが望ましく、十点平均粗さRzが1.0μm以下で使用される場合がほとんどである。そこで、請求項4に記載の発明においては、第一の摺動面または転動面の十点平均粗さRzが1.0μm以下である低摩擦摺動部材もしくは低摩擦転動部材とした。
【0025】
すなわち、第一の摺動面または第一の転動面の十点平均粗さRzを1.0μm以下とすることにより、用途によって異なる必要な表面粗さの大部分に対応する。
【発明の効果】
【0026】
本発明においては、少なくとも二以上の平面または曲面が接触している摺動部材または転動部材において、その一方はダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成され、平滑面を有する第一の摺動面または転動面を持つ部材であり、他方はCが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入焼戻し処理により表面硬さがロックウエル硬度で45〜55HRCの鉄基合金または鉄基合金層から成る第二の摺動面または転動面を持つ部材から成る摺動部材または転動部材を用いることによって、大気中、真空中、水中および潤滑剤中のいずれの環境下においても摩擦係数が低下するので、耐摩耗性および耐荷重性が向上して、従来使用されてきた産業機器の他に、幅広い環境下で稼働する航空宇宙機器、真空機器用の摺動部材または軸受部品などの転動部材としてきわめて有用となった。また、真空中で使用する摺動部材や転動部材を、大気環境下の製造、組立て、試運転、調整などに供することも可能となった。さらに、Ni含有量が比較的少量の範囲に限定されているため、非特許文献1に開示された摺動部材の組み合わせよりも低価格かつ軽量化の摺動部材または転動部材を提供できる(請求項1および2)。
【0027】
また、第二の摺動面または第二の転動面が、Mo、W、VおよびNbの少なくとも一種の元素を0.1〜3.0重量%含有している低摩擦摺動部材または低摩擦転動部材を用いることにより、焼入焼戻し時の軟化抵抗性が向上するので、耐摩耗性が向上した(請求項3)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1(a)はダイヤモンド被覆円板部材の相手材にピンを用いて摺動部材の評価を行うピンオンディスク試験装置の概略断面図、同図(b)は概略平面図である。図2(a)は、ダイヤモンド被覆円板部材の相手材に転動部材の評価を行うスラスト寿命試験機の概略断面図、同図(b)は概略平面図である。
【0029】
図1に示すピンオンディスク試験装置1は、凹状の受け皿2内に、保持具3を設け、保持具3上にピンにされた第二の摺動面と同一材料の第二の摺動部材4が固定されている。図示しない支柱に回転自在に回転軸5が保持具3中心軸Cと同心にかつ対向して設けられており、回転軸5にダイヤモンドが被覆された第一の摺動面であるダイヤモンド被覆円板部材6がナット7により回転軸5先端に同軸に取り付けられている。本装置1は真空装置内に置かれ、大気中、真空中、水中および油等の潤滑剤中で試験を実施することができる。使用に当たっては、真空または大気等の所定の環境中で、受け皿2を上昇させ、ダイヤモンド被覆円板部材6にピン4を所定荷重で押し当てながら回転軸5を回転させ、そのときの発生トルクを測定することにより摩擦係数を測定するようにされている。水中での実施は、受け皿2内に水を供給し、ダイヤモンド被覆円板部材6とピン4の接触部を水没させて行う。また、油等の潤滑剤中における実施も水中と同様の方法で行う。なお、ここで潤滑剤とは、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤の他に、スピンドル油などに代表されるJIS(日本工業規格)のK2001に規定される工業用潤滑油なども使用することができる。
【0030】
図2に示すスラスト寿命試験装置11は、図1に示す試験装置と同様に凹状の受け皿12内底部に、ダイヤモンドが被覆された第一の摺動面であるダイヤモンド被覆円板部材13が固定されている。図示しない支柱に回転自在に回転軸14が、ダイヤモンド被覆円板部材13の中心と同心かつ対向して設けられており、回転軸14の先端には、第二の摺動面と同一材料の第二の摺動部材である鋼球15が保持具16と押さえ板17により固定された状態で取り付けられている。本装置11は真空装置内に置かれ、大気中、真空中、水中および油等の潤滑剤中で試験を実施することができる。使用に当たっては、真空または大気等の所定の環境中で、受け皿12を上昇させ、受け皿12外底部に設置された緩衝球18を介して、鋼球15にダイヤモンド被覆円板部材13を所定面圧で押し当てながら回転軸14を回転させることができる。水中での実施は、図1に示す試験装置と同様に受け皿12内に水を供給し、ダイヤモンド被覆円板部材13と鋼球15の接触部を水没させて行う。また、油等の潤滑剤中における実施も水中と同様の方法で行う。
【実施例1】
【0031】
表1は、本発明および比較例に用いた試験片の化学成分、熱処理条件および熱処理後の表面硬さを示す。本発明に係る試験片は、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%およびCrが8〜25重量%を含有した鋼材からなる試験片(3種類)およびこれらの元素に加えてMo、W、VおよびNbのいずれか一種または二種以上の各元素を0.1〜3.0重量%含有した鋼材からなる試験片(7種類)の計10種類を用いた。一方、比較例となる試験片は、本発明に係る化学成分の範囲外の鋼材からなる8種類の試験片を用いた。また、試験片となる半球状ピン(直径5mm、長さ20mm)の作製には、表1に示す本発明および比較例の化学成分の鋼を100kg真空誘導溶解炉にて溶解し、造塊した後、1100〜1200℃に加熱して直径50mmに鍛伸した素材を用いた。これから各試験片を割り出し、比較例となる一部の試験片(試料番号14、15および17)を除いて焼入焼戻しを行った後、所定の形状に仕上げ加工を行った。焼入焼戻し後の試験片の表面硬さは、本発明に係る試験片では、ロックウェル硬さで45.3〜53.9HRCの範囲にあり、比較例となる試験片では、ロックウェル硬さで14.2〜60.2HRCの範囲にあった。
【0032】
【表1】

【0033】
図1に示す装置を用いて、大気中、真空中、水中および油中での各種材料の摩擦係数を測定した。表2は、本発明および比較例のピンオンディスク試験による大気中、真空中、水中および油中での摩擦係数を測定した結果である。半球状ピン試験片を保持具上の半径15mmの円周上に1本のみ取り付けて100Nの荷重を与えながら、摩擦速度31mm/secの条件下で摺動距離70mとした時の摩擦係数の最大値を調べた。試験は、大気中と真空中(5×10−4Pa)と水中と油中(スピンドル油#60)の4種類の環境下で行った。ダイヤモンド被覆円板部材には、直径37mm×厚さ7mmの超硬合金(WC−Co6重量%)製円板の表面に熱フィラメントCVD法にて厚さが約15μmのダイヤモンド膜を形成し、その表面を十点平均粗さRzが0.5μmになるよう研磨したものを用いた。
【0034】
なお、半球状ピン試験片は、上述した方法の他に鋳造材、鍛造材、圧延材または溶射や肉盛等による方法であっても製作可能であることは言うまでもない。
【0035】
【表2】

【0036】
表2に示すように、本発明にかかる試験片は、ダイヤモンドとの摺動において大気中、真空中、水中および油中のいずれの環境下でも摩擦係数は0.1以下の低摩擦を示し、それぞれの環境下との差異もほとんど見られない。これに対して、比較例では水中および油中では0.1以下の良好な摩擦係数を示すが、大気中または真空中では0.1を超える摩擦係数を示す試料がいくつか発生した。また、大気中または真空中で0.1以下の良好な摩擦係数を示す試験片もあるが、これらは全て焼入焼戻し処理後の表面硬さが、ロックウェル硬さで45.0HRC未満のため、前述した理由により耐摩耗性が著しく低下し、摺動部材または転動部材への適用は困難と考えられる。以上のように、C、NiおよびCrの元素の組み合わせ、またはこれらの元素に加えてMo、W、VおよびNbの少なくとも一種の元素を特定の成分範囲で含有する鉄基合金が焼入焼戻し処理により特定の表面硬さを有することで、大気中、真空中、水中および油中のいずれの環境下でも低摩擦特性を示すことが明らかになった。
【0037】
図3は、上述のピンオンディスク試験において、Cが0.16重量%、Niが3.97重量%、Crが15.23重量%を含有し、残部がFeである材料(表1中の試料番号1)とダイヤモンドとの摩擦係数の摺動距離による変化を示すグラフであり、(a)は大気中、(b)は真空中、(c)は水中で行った結果を示すグラフである。
【0038】
図3(a)および(c)に示すように、大気中および水中においては、本発明の摺動部材の摩擦係数の変化が0.02〜0.06の間で一定している。また、同図(b)に示す真空中における摩擦係数は、多少の変動が見られるものの0.01〜0.08程度の低摩擦係数である。いずれの場合も摩擦係数は0.1以下を示しており、本発明の摺動部材は、押付け荷重が大きい条件にも係わらず、大気中、真空中および水中においても低摩擦係数を示していることがわかった。
【実施例2】
【0039】
つぎに、表1に示した本発明にかかる5種類の試験片および比較例の3種類の試験片について、図2に示すスラスト寿命試験機を用いてダイヤモンド膜が剥離に至るまでの耐久寿命時間の測定を行った。表3は、本発明および比較例の試験片による耐久寿命時間の比較結果(試料番号18(比較例−潤滑なし)の寿命時間を1.0とする)および焼入焼戻し後の表面硬さである。スラスト寿命試験機には、前述した超硬合金製の円板状部材を凹状の受け皿内底部に、本発明および比較例の試験片(3/8インチ鋼球)を保持具の半径19.15mmの円周上に押さえ板で取り付けて行った。試験条件は、回転数:1200rpm、面圧:360kgf/mm2とした。スラスト条件は、潤滑なしおよび潤滑あり(スピンドル油#60)の2水準とした。
【0040】
【表3】

【0041】
表3に示すように、試料番号18(比較例−潤滑なし)の寿命時間を1.0とした場合、本発明にかかる試料は、潤滑あり(スピンドル油#60)の場合で3.6〜6.9倍の寿命時間であり、潤滑がない場合でも1.8〜3.8倍の長寿命を示した。これに対して、比較例の試料は、潤滑の有無に関わらず、概ね1.0以下の短寿命であった。以上のように、本発明にかかる化学成分および焼入焼戻し後の表面硬さを有する試料は、比較例の試料に比べて、ダイヤモンド膜を有する材料との組み合わせにおいて、潤滑なしおよび潤滑ありのいずれの条件においても耐久寿命が延長され、耐摩耗性に優れていることが判った。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の試験の実施に用いた(a)はダイヤモンド被覆円板部材の相手材にピンを用いたピンオンディスク試験装置の概略断面図、(b)は概略平面図である。
【図2】本発明の試験の実施に用いた(a)はダイヤモンド被覆円板部材の相手材に鋼球を用いたスラスト寿命試験機の概略断面図、同図(b)は概略平面図である。
【図3】ピンオンディスク試験において、Cが0.16重量%、Niが3.97重量%、Crが15.23重量%を含有し、残部がFeである材料(表1中の試料番号1)とダイヤモンドとの摩擦係数の摺動距離による変化を示すグラフであり、(a)は大気中、(b)は真空中、(c)は水中で行った結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0043】
4 ピン(第二の摺動部材)
6、13 ダイヤモンド被覆円板部材(第一の摺動部材)
15 鋼球(第二の摺動部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材最上層にダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成された第一の摺動面を有する第一の摺動部材と、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入焼戻し処理により表面硬さがロックウェル硬さで45〜55HRCとなる鉄基合金または鉄基合金層からなる第二の摺動面を有する第二の摺動部材と、を有し、前記第一の摺動面と第二の摺動面とで摺動可能にされていることを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項2】
基材最上層にダイヤモンドまたはダイヤモンド膜が形成された第一の転動面を有する第一の転動部材と、Cが0.15〜0.55重量%、Niが3.5〜10.0重量%、Crが8.0〜25.0重量%を含有して残部がFeと不可避な不純物からなり、焼入焼戻し処理により表面硬さがロックウェル硬さで45〜55HRCとなる鉄基合金または鉄基合金層からなる第二の転動面を有する第二の転動部材と、を有し、前記第一の転動面と第二の転動面とで転動可能にされていることを特徴とする低摩擦転動部材。
【請求項3】
前記第二の摺動面または第二の転動面が、Mo、W、VおよびNbの少なくとも一種の元素を0.1〜3.0重量%含有している請求項1または請求項2に記載の低摩擦摺動部材または低摩擦転動部材。
【請求項4】
前記第一の摺動面または第一の転動面の十点平均粗さRzが1.0μm以下であることを特徴とする請求項1乃至3にいずれか1記載の低摩擦摺動部材または低摩擦転動部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−62575(P2009−62575A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−230736(P2007−230736)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(000005197)株式会社不二越 (625)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】