説明

低水分油脂改質剤および低水分油脂の改質方法

【課題】低水分でも油脂を改質することができる油脂改質剤を提供する。
【解決手段】単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する低水分油脂改質剤、好ましくは、トリグリセライド、グリセロリン脂質およびグリセロ糖脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する低水分油脂改質剤。本酵素を含有する油脂改質剤を用いることにより、多くの水を添加することなく、特別な装置の必要もなく、微生物汚染の可能性なく油脂を改質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低水分条件下で用いることができる油脂改質剤に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素を用いて油脂を改質する方法は古くから知られており、該酵素としてはリパーゼが挙げられる。リパーゼを用いた油脂の改質方法としては大きく分けて2通りあり、1つは加水分解反応を利用して油脂すなわちトリグリセライドを分解し、ジグリセライドあるいはモノグリセライドを製造するものである。もう1つはエステル交換反応を利用するものであり、低水分条件下で作用させることにより、油脂の脂肪酸種を変換することができる。特に近年エステル交換反応を利用した油脂の改質が盛んになり、リパーゼは産業上有用な酵素であるとの認識が高まってきた。
【0003】
リパーゼは蛋白であるから、立体構造の維持および触媒機能の発現のためには水の存在が欠かせないものとされている。しかしながら油脂に含有される水分は微量であり、油脂の品質改良を行うためには水の添加が必要であると認識されていた。すなわち、水溶性のリパーゼと油脂とが界面で作用すると考えられている。
【0004】
油脂の改質の一つである加水分解反応を触媒する際には水の使用は問題ないが、反応を起こさせるために多くの水を添加すると、油脂と水とを均一に混合することが困難になり反応にムラが生じる、あるいは所期の反応後油脂から水を除去する工程が煩雑になるなど、産業上望ましくないことが生じることが容易に推測される。すなわち、可能な限り少ない水分量で反応が進行することが望ましい。
【0005】
一方エステル交換反応は、低水分条件下での反応であり、リパーゼを働かせようとするあまり水を添加しすぎると、エステル交換反応ではなく加水分解反応が進行してしまうことになる。すなわち、リパーゼ/油脂複合体が初期に形成され、その後、水が反応するのかもう1分子の油脂に含有されている脂肪酸が反応するのかにより、加水分解反応が進行するのか、エステル交換反応が進行するかが選択される。したがって、水は可能な限り少ない条件で反応させることが望ましい。
【0006】
このような認識のもと、エステル交換反応に関しては検討がなされており、リパーゼの固定化(特許文献1)や超音波によるリパーゼの分散(特許文献2)、リパーゼ粉末製剤(特許文献3)などが考案されてきた。
【0007】
特許文献1には、基材に固定化されたリパーゼが記載されているが、油脂の中では基材は異物であり、バッチ式で用いる場合にはこれを除去する工程が必要になる。またカラムで用いる場合には、使用後の保管状態如何では微生物汚染の心配があり、産業上必ずしも良い方法とはいえない。さらには、基材に固定化することで、本来のリパーゼの機能が基材の立体障害のために阻害される可能性がある。
【0008】
また、特許文献2には、エステル共存下にリパーゼを分散する方法が記載されているが、リパーゼ粉末を均一に分散するために超音波を用いることから特別な装置を必要とする。
【0009】
特許文献3には、リパーゼ粉末製剤を用いる方法が記載されているが、凍結乾燥してはいるものの製剤中に水分、蛋白および油脂が含まれており、微生物の好適培地になりえる要素を含んでおり、常に汚染を監視する必要がある。また、凍結乾燥は高価であり、近年
の特徴として水分の減少にはスプレードライが多用されていることを考えると、産業上凍結乾燥は採用しにくい方法である。乾燥方法をスプレードライに変える場合には、該製剤に含まれる蛋白は卵白由来であり、スプレードライ条件下で安定に存在するとは考えにくい。
【0010】
このように現在までに様々に工夫はされているものの、油脂の改質において、加水分解反応のための方法は十分ではなく、またエステル交換反応において、特別な装置を必要とせず、微生物による汚染を心配する必要が無い産業上有用な方法は、十分なものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭59−179091号公報
【特許文献2】特開平7−79789号公報
【特許文献3】特開2010−68750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、低水分でも油脂を改質することができる油脂改質剤を提供することを課題とする。すなわち、油脂に多くの水を添加する必要がなく、また、特別な装置も必要なく、微生物汚染の可能性もなく、添加するだけで油脂を改質することができる油脂改質剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため鋭意検討した結果、単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する油脂改質剤を用いることにより、上記課題を解決できることがわかり、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する低水分油脂改質剤、該油脂改質剤を用いて製造された低水分油脂、該油脂改質剤を含有する低水分油脂組成物および該油脂改質剤を水分が0.1重量%以下である低水分油脂に添加する低水分油脂の改質方法に存する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の低水分油脂改質剤は、低水分下において、油脂に多くの水を添加せずとも、油脂を改質することができる。水の添加が不要であるため、反応ムラが少なく、反応後、油脂から水を除去する工程も必須ではない。また、特別な装置も必要なく、微生物汚染の可能性なく、添加するだけで油脂を改質することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、これらの内容に特定はされない。
【0016】
本発明は、単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する低水分油脂改質剤に関する。ここで、単純脂質とは、脂肪酸およびグリセリンのみがエステル結合してできている脂質であり、例えば、トリグリセライド、ジグリセライド、モノグリセライドなどが挙げられる。また、複合脂質とは、分子中にエステル結合した脂肪酸およびグリセリン以外に、リン酸やリン酸エステルあるいは糖や糖鎖などを含む脂質であり、例えば、グリセロリン脂質、グリセロ糖脂質などが挙げられる。
【0017】
本発明においては、単純脂質としてトリグリセライドのエステル結合を分解し、複合脂質としてグリセロリン脂質及び/またはグリセロ糖脂質のエステル結合を分解する、基質
選択性が低い酵素を用いることが好ましい。特に、トリグリセライド、グリセロリン脂質及びグリセロ糖脂質のエステル結合を分解する酵素を用いることが好ましい。
【0018】
尚、本発明において、単純脂質のエステル結合を分解する酵素とは、トリグリセライド分解活性を有する酵素であり、複合脂質のエステル結合を分解する酵素とは、複合脂質分解活性を実質的に有する酵素である。
【0019】
(トリグリセライド分解活性)
トリグリセライド分解活性は、以下の方法により測定することができる。
オリーブ油(ナカライテスク社製)100mgとアラビアガム(和光純薬社製)50mg、水10mlを加え、ブレンダー(日本精機社製)で10,000r.p.m.、1分間乳化する。この溶液(500μl)、400mM MOPS(ナカライテスク社製) pH 6緩衝液(250μL)および100mM 塩化カルシウム溶液(50μl)の混合液を37℃で5分間保温したのち、酵素水溶液(100μl)を加え均一に分散させたのち、37℃で10分間保温する。この液に1N塩酸(100μL)を加え酵素反応を停止させたのち、4重量%Triton X−100(Sigma−Aldrich Japan社製)水溶液(1mL)を加えて酵素反応の結果生じた遊離脂肪酸を溶解させ、20μLをデタミナーNEFA755(協和メディックス社製)で測定する。
酵素反応の結果生じた遊離脂肪酸量での吸光度をAaとする。また、同様にオレイン酸(標準物質)の1μmolの吸光度を測定し、これをAbとする。
次式より、該酵素のトリグリセライド分解活性を求める。
トリグリセライド分解活性=
(Aa/Ab)×(酵素の希釈倍率)/(反応時間) ・・・・・式1
ここで、反応時間は10分間とする。
尚、1分間に1μmolの遊離脂肪酸を生じさせる酵素量を1ユニットと定義する。
【0020】
(複合脂質分解活性)
複合脂質分解活性としては、グリセロリン脂質分解活性やグリセロ糖脂質分解活性が挙げられる。本発明において、複合脂質分解活性を実質的に有する酵素とは、該酵素の上記トリグリセライド分解活性に対して、10%以上の複合脂質分解活性を有する酵素である。
【0021】
(グリセロリン脂質分解活性)
グリセロリン脂質分解活性は、下の方法により測定することができる。
予め37℃に加温した4wt%Triton X−100(Sigma−Aldrich Japan社製)水溶液(10mL)にレシチン(SLP-ホワイト 辻製油社製)(200mg)を少しずつ加えて完全に溶解するまで攪拌する。この基質溶液(500μL)および400mM MOPS(ナカライテスク社製) pH6緩衝液(250μL)の混合液を37℃で5分間保温したのち、1重量%Triton X−100に溶解した酵素溶液(150μL)を加え均一に分散させたのち、37℃で10分間保温する。この反応液に1N塩酸(100μL)を加え酵素反応を停止させたのち、20μLをデタミナーNEFA755(協和メディックス社製)で測定する。
酵素反応の結果生じた遊離脂肪酸量での吸光度をAcとする。また、同様にオレイン酸の1μmolの吸光度を測定し、これをAdとする。
グリセロリン脂質分解活性=
(Ac/Ad)×(酵素の希釈倍率)/(反応時間) ・・・・・式2
ここで、反応時間は10分間とする。
本発明においては、上記式1で得られた値を100%としたときの、式2で得られる値の比率が10%以上であれば、グリセロ糖脂質分解活性を有する酵素とする。
尚、1分間に1μmolの遊離脂肪酸を生じさせる酵素量を1ユニットと定義する。
【0022】
(グリセロ糖脂質分解活性)
グリセロ糖脂質分解活性は、例えば、以下の方法により測定することができる。
すなわち、予め37℃に加温した4wt%Triton X−100(Sigma−Aldrich Japan社製)水溶液(50mL)にジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)(1.0g)を少しずつ加えて完全に溶解するまで攪拌する。この基質溶液(210μL)及び400mM MOPS(ナカライテスク社製)pH6.0緩衝液(30μL)の混合液を37℃で5分間保温した後、1重量%Triton X−100に溶解した酵素溶液(30μL)を加え、均一に分散させた後、37℃で10分間保温する。この反応液に1N塩酸(30μL)を加え酵素反応を停止させたのち、20μLをデタミナーNEFA755(協和メディックス社製)で測定する。
酵素反応の結果生じた遊離脂肪酸量での吸光度をAeとする。また、同様にオレイン酸の1μmolの吸光度を測定し、これをAfとする。
グリセロ糖脂質分解活性=
(Ae/Af)×(酵素の希釈倍率)/(反応時間) ・・・・・式3
ここで、反応時間は10分間とする。
本発明においては、上記式1で得られた値を100%としたときの、式3で得られる値の比率が10%以上であれば、グリセロ糖脂質分解活性を有する酵素とする。
尚、1分間に1μmolの遊離脂肪酸を生じさせる酵素量を1ユニットと定義する。
尚、上記方法に使用する装置等が存在しない場合は、同様の測定が可能なものを使用してもよい。また、測定条件は、同等に測定可能であれば、使用する酵素に応じて適宜変更してもよい。
【0023】
本発明に用いられる単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素は、上記の通り、基質選択性が低いリパーゼであることが好ましい。通常のリパーゼは基質選択性が高く、油脂(トリグリセライド)をよく分解するものの、グリセロリン脂質やグリセロ糖脂質は実質上分解しない。本発明では、選択するリパーゼを抜本的に見直すことにより、低水分下において、油脂に水を添加せずとも、油脂を改質することができることを見出した。
【0024】
尚、本発明において、低水分とは、水分計(例えば、島津製作所社製 MOC−120H)で測定したとき、油脂に対して0.1重量%以下の水分含量であることを言う。
本発明による低水分での油脂の改質が起こる理由は定かではないが、以下の通り推測される。
【0025】
リパーゼが加水分解反応を触媒するとはすなわち、加水分解反応の中間体であるヘミアセタール構造を安定化させることに起因することが知られている。通常不安定な状態を安定化させることにより、基底状態から中間体へ至るエネルギーレベルを低下させることにより、緩和な条件下加水分解反応が生じるとされている。
【0026】
リパーゼにおいて中間体構造を安定化させる機能に関わるアミノ酸の部位(触媒残基近傍)は、いくつかの種類に分類されているものの、リパーゼ反応の根幹であるため基質選択性への関与は希薄なものと推定される。基質の認識はそれ以外のアミノ酸の部位でなされており、基質認識能が高いということは、酵素の立体構造が他の基質に対して閉鎖的な状態にあると考えられる。すなわち、触媒残基近傍が他のアミノ酸部位に埋没しており、ある基質にのみ都合がいい立体構造をなしていることが想定される。酵素反応はリパーゼ/基質複合体が形成されるところから開始される。当該複合体が形成される際に酵素の立体構造は変化し、触媒残基近傍は混み合った状態になり、水が立体的、電子的に入り込みにくいために、少量の水では酵素反応は進行しにくいと推定される。反応させるためには、ある程度の量の水を添加し、酵素の立体構造を若干変化させるとともに、反応部位への水の到達確率を上げてやることが必要となると推測している。したがって、水よりも更に立体的に混み合っている状態が想定されるエステル交換反応でも反応しにくいことが推測される。
【0027】
一方、基質認識能が低いということは、触媒残基近傍およびその周囲の立体構造が比較的緩和であり、他のアミノ酸部位が立体的、電子的に邪魔になりにくいため、多少の基質の構造変化に対して柔軟に対応できると考えられる。触媒残基近傍およびその周囲の立体構造が比較的緩和であると、リパーゼ/基質複合体が形成された際にも、水が反応場近傍に存在する障壁が低いために、少量の水でも反応が進行するものと推測している。したがって、水よりも更に立体的に混み合っている状態が想定されるエステル交換反応でも、反応しやすいことが推測される。このような反応は、油脂の加水分解反応は言うに及ばず、エステル交換反応でも適用できるものと考えられる。
【0028】
本発明に用いられる酵素は、上記のとおり、トリグリセライド、グリセロリン脂質および/またはグリセロ糖脂質の分解活性を有する酵素であることが好ましい。
すなわち、トリグリセライド分解活性を100としたときのグリセロリン脂質分解活性が、トリグリセライド分解活性:グリセロリン脂質分解活性で、通常、100:10〜100:10,000、好ましくは100:50〜100:5,000、より好ましくは100:70〜100:1,300である。
また、トリグリセライド分解活性を100としたときのグリセロ糖脂質分解活性が、トリグリセライド分解活性:グリセロ糖脂質分解活性で、通常、100:5〜100:10,000、好ましくは100:10〜100:10,000、より好ましくは100:50〜100:5,000、さらに好ましくは100:100〜100:1,000である。
さらにまた、グリセロリン脂質およびグリセロ糖脂質の両方の分解活性を有する場合、グリセロ糖脂質分解活性を100としたときのグリセロリン脂質分解活性が、グリセロ糖脂質分解活性:グリセロリン脂質分解活性で、100:1〜100:500、好ましくは100:3〜100:300、より好ましくは100:5〜100:250である。
【0029】
また、油脂の改質能力をより高めるため、トリグリセライド分解活性よりも、グリセロリン脂質分解活性の方が高い酵素、または、トリグリセライド分解活性よりも、グリセロ糖脂質分解活性の方が高い酵素であることが好ましい。
【0030】
本発明に用いられる酵素は、動植物由来、微生物由来、遺伝子非組み換え、遺伝子組み換え等のいずれの酵素であってもよく、特に限定されない。特に、糸状菌から単離されたものが好ましく、アスペルギルス属由来の物が更に好ましく、アスペルギルス・ジャポニクス(Aspergillus japonicus)由来のものが更に好ましい。
【0031】
また、本発明に用いられる酵素は完全に精製したものでも、部分的に精製したものでもよく、また全く精製していないものでもよく、特に精製度合いにより、限定されるものではないが、製品の製造に悪影響を及ぼす可能性が有る物質を排除する点で、精製されているものが好ましい。さらに、本発明の低水分油脂改質剤においては、1種の酵素を含有していても、2種以上の酵素を含有していてもよい。
【0032】
本発明の低水分油脂改質剤として用いられる酵素量は、酵素活性に基づいて設定することができ、トリグリセライド分解活性としては、油脂1kgに対して通常0.5ユニット以上、好ましくは100ユニット以上、より好ましくは250ユニット以上、通常100,000ユニット以下、好ましくは50,000ユニット以下、より好ましくは20,000ユニット以下である。
【0033】
特に、グリセロ糖脂質分解活性が、油脂1kgに対して通常0.5ユニット以上、好ましくは100ユニット以上、より好ましくは250ユニット以上、通常200,000ユニット以下、好ましくは50,000ユニット以下、より好ましくは10,000ユニット以下である。
【0034】
少なすぎると油脂の改質に使用した際に、油脂中での分散が不十分になり、所望の効果が得られない場合があり、多すぎると酵素の触媒としての機能が失われ、酵素1分子あたりの水分子が少なくなり、かえって所望の効果が得られない場合がある。
【0035】
本発明に用いられる酵素の具体例としては、例えば、LipopanF(登録商標、ノボザイムズ社製)、PANAMORE GOLDEN(登録商標、DSM社製)、PANAMORE SPRING(登録商標、DSM社製)、PANAMORE LIPASE(登録商標、DSM社製)及びBAKEZYME PH800(登録商標、DSM社製)など、および特開2008−206515号公報に記載の基質選択性が低いリパーゼが挙げられる。
【0036】
本発明の低水分油脂改質剤には、上記酵素が含有されるが、低水分油脂改質剤としては、酵素の培養液をそのまま乾燥したもの、培養液を基材に吹き付け乾燥したもの、あるいは酵素を糖類などで賦形したものいずれでもよく、基質選択性が低い状態を維持できるものが好ましい。ただし、油脂への水の持込を行わないため、水溶液でないことが好ましい。
【0037】
また、本発明の酵素を含む水溶液と、以下に詳述するさまざまな酵素あるいは配合剤を混合した上で、凍結乾燥あるいはスプレードライなどにより乾燥させてもよい。また、本発明の酵素の粉末状のものとその他の酵素あるいは物質を直接混合してもよい。
本発明の低水分油脂改質剤は、他の酵素を含んでいてもよい。上記酵素以外の酵素としては、アミラーゼ、ヘミセルラーゼ等の糖質分解酵素、タンパク質分解酵素、グルコースオキシダーゼ等の酸化酵素等を用いることができる。
【0038】
さらに、本発明の低水分油脂改質剤は、糖類、タンパク質、乳化安定剤、色素、抗酸化剤、香料、塩等の配合剤等を本発明の効果を損なわない範囲で含有していてもよい。
ただし、本発明の低水分油脂改質剤は、単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素のみからなることが好ましい。
【0039】
本発明の低水分油脂改質剤は、ショートニングなどの製パン用油脂、パーム油などの乳化物作製用油脂などの油脂に含有させることで、油脂を改質することができる。油脂を例えば、乳化機能を向上させた油脂、親水性を向上させた油脂、フレーバーを向上させた油脂などとすることができる。
【0040】
本発明の低水分油脂改質剤が適用できる油脂として、さらに具体的には、例えば、乳脂、魚鯨油などの動物性油脂、ヤシ油、パーム油、カカオ脂、ゴマ油、サフラワー油、大豆油、トウモロコシ油、菜種油、ひまわり油、綿実油、落花生油、オリーブ油などの植物性油脂、これらを含有する動植物性油脂、これら動植物性油脂の硬化、分別、エステル交換等を施した加工油脂などが挙げられる。
【0041】
特に、本発明の低水分油脂改質剤は、低水分下で反応可能であることから、水分が低い油脂に用いることが好ましく、例えば、油脂中の水分含量は、通常0.1重量%以下、好ましくは0.07重量%以下、より好ましくは0.05重量%以下である。
このようにして、本発明の低水分油脂改質剤を用いて製造された油脂は、本発明の低水分油脂改質剤を除去することなく、そのまま小麦粉、飲料、調味料などの食品に用いるこ
とができる。また、その食品をも改質することができる。
【0042】
本発明の低水分油脂改質剤を用いて油脂を改質する方法としては、上記本発明の低水分油脂改質剤を上記のような低水分油脂に対して添加した低水分油脂組成物とすればよい。
【0043】
例えば、下記のような条件で改質することも好ましい。
すなわち、油脂は室温で液体のものが好ましいが、固体油脂を用いる場合には、本発明の酵素を均一に分散させるためには溶解させることが必要で、酵素の安定性を鑑み、通常70℃以下、好ましくは60℃以下、より好ましくは50℃以下で溶解する油脂を用いることが望ましい。
【0044】
さらに酵素を含有させた油脂の改質に要する時間は保存温度にも依るが、通常30日間以下、好ましくは20日間以下、より好ましくは15日間以下である。
尚、上記油脂組成物は、低水分油脂や低水分油脂改質剤を含むものであるが、これ以外にもタンパク質、乳化安定剤、色素、抗酸化剤、香料、塩等の配合剤等を本発明の効果を損なわない範囲で含有していてもよい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例の記載に限定されるものではない。
【0046】
(製造例1) 基質選択性が低いリパーゼの調製
滅菌した下記組成の培地100mlが入っている500ml容の三角フラスコにSANK11298株(FERM BP−10753)を接種し、26℃にて4日間、170rpm振とう培養を行った。なお、SANK11298株は、平成18年12月27日付けで、受託番号FERM BP−10753で、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに寄託されている(特開2008−206515号公報)。
【0047】
<培地組成>
グルコース 20 g
イーストエクストラクト 10 g
カザミノ酸 10 g
すりゴマ 20 g
トゥイーン80 10 g
リン酸水素2カリウム 0.1 g
硫酸マグネシウム 0.05g
純水で1000mlとした。
【0048】
培養終了後、4℃、10,000×Gにて10分間の遠心分離を行った。得られた上清を凍結乾燥し、基質選択性が低いリパーゼとした。
【0049】
(測定例1)
製造例1記載の基質選択性が低いリパーゼ、LipopanF(登録商標、ノボザイムズ社製)、PANAMORE GOLDEN(登録商標、DSM社製)、PANAMORE SPRING(登録商標、DSM社製)、PANAMORE LIPASE(登録商標、DSM社製)、BAKEZYME PH800(登録商標、DSM社製)、リパーゼAY「アマノ」30G(天野エンザイム社製)およびリパーゼA「アマノ」6(天野エンザイム社製)について、トリグリセライド分解活性、グリセロ糖脂質分解活性及びグリセロリン脂質分解活性を上記明細書中に説明した測定方法により測定し算出した。トリグリセライド分解活性を100%としたときの相対活性で表した結果を表1に示す。尚、表1
において、TGはトリグリセライド分解活性、LTはグリセロリン脂質(レシチン)分解活性、DGはグリセロ糖脂質(DGDG)分解活性を表す。
【0050】
【表1】

【0051】
<酵素の精製>
製造例1記載の基質選択性が低いリパーゼおよびLipopan F(登録商標、ノボザイムズ社製)、について精製をおこない、トリグリセライド分解活性、グリセロ糖脂質分解活性及びグリセロリン脂質分解活性を測定した。
【0052】
(精製例1)
製造例1記載の基質選択性が低いリパーゼ1gに1M硫安(ナカライテスク社製)溶液200mLを加え可溶化した液を、予め1M硫安で平衡化したToyopearl Butyl 650M(登録商標 東ソー社製)カラム(直径2.2cm×長さ20cm)に添加し、吸着させた。1M硫安で該カラムを十分洗浄した後、600ml中に1乃至0M硫安の直線的濃度勾配を作製して該カラムに吸着した成分を溶出させた。オリーブオイル分解活性は硫安濃度が0M乃至0.5Mの画分(300ml)に溶出された。
この画分を2M硫安溶液4Lに対して3回透析を行った溶液を、予め2M硫安で平衡化したHiTrap Butyl FF 5mL(登録商標 GEヘルスケア社製)カラムに添加し、吸着させた。2M硫安で該カラムを十分洗浄した後、250ml中に2乃至0M硫安の直線的濃度勾配を作製して該カラムに吸着した成分を溶出させた。オリーブオイル分解活性は硫安濃度が0.4M乃至0.8Mの画分(50ml)に溶出された。この画分は、電気泳動的に単一バンドであり、水4Lに対して3回透析を行い、基質選択性が低いリパーゼ精製酵素とした。
【0053】
(精製例2)
Lipopan F製剤1gに1M硫安(ナカライテスク社製)溶液200mLを加え可溶化した液を、予め1M硫安で平衡化したToyopearl Butyl 650M(登録商標 東ソー社製)カラム(直径2.2cm×長さ20cm)に添加し、吸着させた。1M硫安で該カラムを十分洗浄した後、600ml中に1乃至0M硫安の直線的濃度勾配を作製して該カラムに吸着した成分を溶出させた。オリーブオイル分解活性は硫安濃度が0M乃至0.2Mの画分(120ml)に溶出された。
この画分を2M硫安溶液4Lに対して3回透析を行った溶液を、予め2M硫安で平衡化したHiTrap Butyl FF 5mL(登録商標 GEヘルスケア社製)カラムに添加し、吸着させた。2M硫安で該カラムを十分洗浄した後、250ml中に2乃至0
M硫安の直線的濃度勾配を作製して該カラムに吸着した成分を溶出させた。オリーブオイル分解活性は硫安濃度が0M乃至0.4Mの画分(50ml)に溶出された。この画分は、電気泳動的に単一バンドであり、水4Lに対して3回透析を行い、Lipopan F精製酵素とした。
【0054】
(測定例2)
精製酵素の基質選択性を測定した。方法は測定例1と同様にしておこなった。結果を表2に示す。トリグリセライド分解活性を100%としたときの相対活性で表した。
尚、表2において、TGはトリグリセライド分解活性、LTはグリセロリン脂質(レシチン)分解活性、DGはグリセロ糖脂質(DGDG)分解活性を表す。
【0055】
【表2】

【0056】
この結果から、測定例1に記載した未精製酵素の活性比は、トリグリセライド、グリセロリン脂質、グリセロ糖脂質それぞれを分解する酵素の集合体ではなく、単一の酵素が複数の基質を効率よく分解する性質を有する、基質選択性の低い酵素であることがわかった。
【0057】
<油脂中の水分含量の測定法>
実施例に用いた油脂の水分は以下のようにして測定した。
油脂約20gを水分計(島津製作所社製 MOC−120H)にセットする。110℃に加温し、重量減少量を測定する。重量減少量を含有水分量とし、百分率にて水分量を算出する。
この手法にてショートニングの水分量を測定したところ、0.04重量%、パーム油の水分量を測定したところ、0.03重量%であった。
【0058】
(実施例1)
油脂としてショートニング(花王社製、ニューエコナVE(M))を50℃に加熱し、液状とした。これに、次に、油脂改質剤として、製造例1で記載した基質選択性が低いリパーゼをトリグリセライド分解活性として8.8ユニット/gとなるように加え油脂組成物とし、攪拌しながら氷冷し、20℃で保存した後(2日、6日、13日)の酸価を表3に示す。0日の酸価を100としたときの相対値で表記した。
尚、保存日数0日とは、油脂組成物調製直後を示す。
酸価は酵素による油脂の加水分解反応により生じる遊離脂肪酸の指標となるため、酸価(基準油脂分析法2.3.1−1996)を測定することで、酵素による油脂の改質度を評価することができる。酸価の測定方法は以下の通りである。
【0059】
<酸価の測定方法>
油脂組成物0.5〜10gを三角フラスコに秤量し、50℃温浴中で溶解させる。速やかにヘキサン/イソプロパノール(1:1)溶液100mlを加えて振り、完全に油脂組成物を溶解させる。ここに1%フェノールフタレイン溶液を1滴滴下し、0.1mol/Lの水酸化カリウム標準液で滴定し、溶液の変色が30秒間続いたときの中和点を終点と
する。
酸価の計算には下記の式を用いた。
酸価=5.611×A×F/B
ただし、A:0.1mol/L水酸化カリウム標準液使用量(ml)、
F:0.1mol/L水酸化カリウム標準液のファクター、
B:油脂組成物採取量(g)
である。
【0060】
(比較例1)
実施例1と同様にして、基質選択性の高いリパーゼであるリパーゼAY「アマノ」30Gをショートニングに、トリグリセライド分解活性として8.8ユニット/gとなるように加えた。20℃で保存した後の酸価を表3に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0061】
(比較例2)
実施例1と同様にして、基質選択性の高いリパーゼであるリパーゼA「アマノ」6をショートニングに、トリグリセライド分解活性として8.8ユニット/gとなるように加えた。20℃で保存した後の酸価を表3に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0062】
【表3】

【0063】
(実施例2)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、PANAMORE GOLDENをトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにショートニングに加えた。20℃で保存した後(4日、10日)の酸価を表4に示す。0日の酸価を100としたときの相対値で表記した。
【0064】
(実施例3)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、PANAMORE SPRINGをトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにショートニングに加えた。20℃で保存した後の酸価を表4に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0065】
(実施例4)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、PANAMORE LIPASEをトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにショートニングに加えた。20℃で保存した後の酸価を表4に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0066】
(実施例5)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、BAKEZYME PH800をトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにショートニングに加えた。20℃で保存した後の酸価を表4に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0067】
【表4】

【0068】
(実施例6)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、LipopanFをトリグリセライド分解活性として、17.7ユニット/gとなるようにショートニングに加えた。冷蔵保存した後(2日、7日)の酸価を表5に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0069】
【表5】

【0070】
(実施例7)
実施例1と同様にして、油脂改質剤として、製造例1で製造したリパーゼをトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにパーム油に加え、20℃で保存した後(7日)の酸価を表6に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0071】
(比較例3)
実施例7と同様にして、基質選択性の高いリパーゼであるリパーゼAY「アマノ」30Gをトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにパームに加えた。20℃で保存した後の酸価を表6に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0072】
(比較例4)
実施例7と同様にして、基質選択性の高いリパーゼであるリパーゼA「アマノ」6をトリグリセライド分解活性として、8.8ユニット/gとなるようにパーム油に加えた。2
0℃で保存した後の酸価を表6に示す。0日の酸価を100としたときの相対活値で表記した。
【0073】
【表6】

【0074】
以上のとおり、本発明の油脂改質剤は、低水分下でも、効率よく油脂を分解して、油脂の改質を行うことができることがわかった。また、室温下や冷蔵保存下でも油脂の改質を行うことができることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単純脂質および複合脂質のエステル結合を分解する酵素を含有する低水分油脂改質剤。
【請求項2】
単純脂質がトリグリセライドであり、かつ、複合脂質がグリセロリン脂質およびグリセロ糖脂質であることを特徴とする、請求項1に記載の低水分油脂改質剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の低水分油脂改質剤を用いて製造された低水分油脂。
【請求項4】
請求項1または2に記載の低水分油脂改質剤および低水分油脂を含有する低水分油脂組成物。
【請求項5】
請求項1または2に記載の低水分油脂改質剤を水分が0.1重量%以下である低水分油脂に添加することを特徴とする、低水分油脂の改質方法。

【公開番号】特開2013−32444(P2013−32444A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−169257(P2011−169257)
【出願日】平成23年8月2日(2011.8.2)
【出願人】(593204214)三菱化学フーズ株式会社 (45)
【Fターム(参考)】