説明

低温安定性に優れる重金属処理剤およびそれを用いた重金属処理方法

【課題】ピペラジンジチオカルバミン酸塩を含んでなる水溶液は、重金属処理剤として優れているが、高濃度にした場合、低温で結晶が析出し易く、特に寒冷地の使用における保存安定性に課題があった。
【解決手段】アルカリ水酸化物濃度が0.11重量%以上0.3重量%未満であり、なおかつ水酸化物イオン濃度が0.08重量%以上のピペラジンジチオカルバミン酸塩を含んでなる重金属処理剤では38〜42重量%の高濃度においても低温で結晶析出がなく、また二硫化炭素の発生がないため、効率的かつ安全に重金属処理に使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属を含有する固体廃棄物、例えば、ゴミ焼却場から排出される焼却灰及び飛灰、重金属に汚染された土壌、排水処理後に生じる汚泥等に含有する鉛、水銀、クロム、カドミウム、亜鉛及び銅等の有害な重金属を簡便に固定化し、不溶出化することを可能にする重金属処理剤に関するものであり、特に高濃度でなおかつ低温において結晶の析出がない低温保存安定性に優れた重金属処理剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
都市ゴミ焼却工場などから排出される飛灰は重金属含有率が高く、重金属の溶出を抑制する処理を施すことが必要である。その様な処理方法のひとつとして薬剤処理法があり、キレート系薬剤などの重金属処理剤を添加して重金属を処理する方法が用いられている。
【0003】
キレート系薬剤としてはアミン誘導体のジチオカルバミン酸塩が主に用いられている。特にピペラジンジチオカルバミン酸塩は他のアミン誘導体と比較して硫化水素、二硫化炭素等の有害ガス発生が少ないため、重金属処理剤として広く用いられている。(例えば特許文献1参照)しかしながら、特に高濃度のピペラジンジチオカルバミン酸塩の水溶液は低温における保存安定性が悪く、ジチオカルバミン酸塩の結晶が析出する等の問題があった。
【0004】
重金属処理剤の低温安定性を向上させる方法として、重金属処理剤成分にカルボン酸基、スルホン酸基、水酸基、リン酸基、ホスホン酸基およびこれらのアルカリ金属塩からなる群から選ばれる1種以上の官能基を有し、数平均分子量が1000〜30000のオリゴマーを添加する方法が提案されている。(例えば特許文献2参照)他にもジエチルジチオカルバミン酸塩においてピペラジン及びポリアミンからなる群から選ばれる1種を0.1から5重量%含有させる方法が提案されている。(例えば特許文献3参照)しかし、これらの方法では低温析出の抑制効果は必ずしも十分でなく、重金属処理剤に添加する添加物が高価であったり、添加後の剤の物性(粘度等)に影響が出る場合があり、さらには製造の工程が増え煩雑となり原単位が悪化する等の問題があった。
【0005】
【特許文献1】特許第3391173号(明細書第2項第0005欄1〜6行)
【特許文献2】特許第3532798号(請求項1)
【特許文献3】特開2003−105318号(請求項1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでのピペラジンジチオカルバミン酸塩を主成分とする重金属処理剤では、特に高濃度なものでは低温で結晶析出するという安定性の問題があった。本発明は、低温安定性の高い高濃度のピペラジンジチオカルバミン酸塩を主成分とする重金属処理剤を安価かつ簡便に提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、高濃度のピペラジンジチオカルバミン酸塩を主成分とする重金属処理剤において、共存するアルカリ水酸化物の含有濃度がある特定の濃度において、低温安定性が著しく高く、なおかつ有害ガスの発生もないことを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0008】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0009】
本発明の重金属処理剤は、ピペラジンジチオカルバミン酸塩を含んでなる重金属処理剤である。ピペラジンジチオカルバミン酸塩としては、特にピペラジンジチオカルバミン酸塩がピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩、さらにはピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩がカリウム塩であることが好ましい。カリウム塩では本発明のアルカリ濃度の範囲によって高濃度と低温安定性が両立した重金属処理剤となる。
【0010】
本発明のピペラジンジチオカルバミン酸塩は、ピペラジンジチオカルバミン酸のアルカリ塩を使用できるが、溶解度が高く、熱的に安定なカリウム塩であることが望ましい。
【0011】
本発明のピペラジンジチオカルバミン酸塩を含んでなる重金属処理剤は、主成分のピペラジンジチオカルバミン酸塩がピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩であることが好ましいが、本発明の効果を阻害しない範囲でピペラジンジ―N―カルボジチオ酸塩或いは他のアミン塩を含んでも良い。
【0012】
本発明の重金属処理剤のピペラジンジチオカルバミン酸塩の濃度は38〜42%の範囲であり、特に40〜42%の範囲が好ましい。38%未満では、薬剤が低濃度であり単位重量あたりの重金属処理の効率が低く、42%を越える高濃度では結晶析出を抑えることが難しい。
【0013】
ピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩は、特許文献1他に記載された方法に従い、ピペラジンとアルカリ水酸化物と二硫化炭素を反応させて製造する。この場合特に残存アルカリ水酸化物が本発明の範囲内に収まる条件、即ち過剰のアルカリ水酸化物を減らして反応することによって製造できる。
【0014】
本発明の重金属処理剤中はアルカリ水酸化物を含有するが、アルカリ水酸化物としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムからなる群から選ばれる1種または2種以上の混合物が用いられる。
【0015】
本発明で用いられるアルカリ水酸化物の合計濃度は0.11重量%以上0.3重量%未満である。0.3重量%以上の場合、−5℃度程度で結晶が析出し低温安定性は十分でなく、アルカリ水酸化物濃度が0.11重量%未満、又は水酸化物イオン濃度が0.08重量%未満の場合、二硫化炭素等の有害ガスの発生量が大きくなるため好ましく無い。
【0016】
従来のピペラジンジチオカルバミン酸塩を主成分とする重金属処理剤においては、分解生成物である二硫化炭素等のガス発生抑制等の目的からアルカリ水酸化物濃度を0.3重量%以上とすることが通常であった。本発明の重金属処理剤はアルカリ水酸化物を水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムからなる群から選ばれる1種または2種以上の混合物とし、アルカリ水酸化物濃度を0.3重量%未満とすることにより、低温安定性とガス発生の両方が著しく低くすることができる。
【0017】
本発明の重金属処理剤は、重金属汚染物質として飛灰、土壌、スラッジ等の処理に用いることができる。
【0018】
これらの重金属汚染物質中の重金属としては、鉛、カドミウム、クロム、水銀のいずれかを含有する物質が例示できる。
【0019】
本発明の重金属処理剤を用いた重金属処理方法は、特に限定されるものではなく、本発明の重金属処理剤と被処理物を十分に混合すればよい。重金属処理剤の使用量は重金属汚染物質の状態、重金属の含有量や重金属の形態により異なるが、通常、例えば飛灰に対しては0.01〜30重量%の範囲で使用される。また、処理を容易にするため、処理物に対して5〜50重量%の加湿水を混練時に添加してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の重金属処理剤は高濃度であるにもかかわらず特に低温安定性が高く、冬季、寒冷地においても結晶の析出がなく、安定して使用することができる。さらに少ない添加率で重金属の処理をすることができ、使用時の有害ガス発生量も少なく、安全に使用することができる。
【0021】
以下本発明を実施例で説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
実施例1
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化リチウムを0.15重量%、水酸化物イオンを0.11重量%となるように純水に溶解させ、ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムと水酸化リチウムの混合水溶液とした。当該水溶液60gとα―アルミナ0.5μm(和光純薬工業株式会社)10mg、回転子を100mlのガラス瓶に入れた。次に、それを恒温高湿槽LH41−13P(ナガノサイエンス株式会社)内に設置した冷媒の塩化カルシウム水溶液槽内に設置し、スターラーを用いて400〜500rpmで攪拌しながら、0℃から−8℃までの温度範囲を、−1℃/24時間で冷却し、結晶が析出する温度を確認した。その結果を表1に示す。該溶液においては−8℃まで溶液中に結晶の析出は見られず、低温安定性に優れていた。
【0023】
40mlのガラスバイアル瓶に該水溶液を3ml採り、25℃で1日静置後のバイアル瓶内の気体の二硫化炭素濃度をガスクロマトグラフィーにより測定を行った。その結果を表1に示す。その濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低いことが確認された。
【0024】
実施例2
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化リチウムを0.25重量%、水酸化物イオンを0.18重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。
【0025】
−8℃においても結晶の析出が見られず、二硫化炭素の測定濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低かった。
【0026】
実施例3
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.20重量%、水酸化物イオンを0.09重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。
【0027】
−8℃においても結晶の析出がなく、二硫化炭素濃度の測定濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低かった。
【0028】
実施例4
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.25重量%、水酸化物イオンを0.11重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。結果を表1に示す。
【0029】
−8℃においても結晶の析出がなく、二硫化炭素濃度の測定濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低かった。
【0030】
実施例5
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化カリウムを0.27重量%、水酸化物イオンを0.08重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。
【0031】
−8℃においても結晶の析出がなく、二硫化炭素濃度の測定濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低かった。
【0032】
実施例6
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.20重量%、水酸化カリウムを0.05重量%、水酸化物イオンを0.10重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0033】
−8℃においても結晶の析出がなく、二硫化炭素濃度の測定濃度は1ppm以下であり、ガス発生量が低かった。
【0034】
比較例1
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化リチウムを0.1重量%、水酸化物イオンを0.07重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0035】
二硫化炭素濃度の測定濃度は1.3ppmであり、実施例に比べてガス発生量が高かった。
【0036】
比較例2
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化リチウムを0.3重量%、水酸化物イオンを0.21重量%とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。その結果を表1に示す。
【0037】
−5℃において結晶の析出が確認され、実施例に比べて低温安定性に劣っていた。
【0038】
比較例3
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.15重量%、水酸化物イオンを0.06重量%とした以外は実施例と同様の操作を行った。
【0039】
二硫化炭素濃度の測定濃度は1.7ppmであり、実施例に比べてガス発生量が高かった。
【0040】
比較例4
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.3重量%、水酸化物イオンを0.13重量%とした以外は実施例1と同様の操作を行った。
【0041】
−6℃において結晶の析出が確認され、実施例に比べて低温安定性に劣っていた。
【0042】
比較例5
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化カリウムを0.3重量%、水酸化物イオンを0.09重量%とした以外は実施例と同様の操作を行った。
【0043】
−6℃において結晶の析出が確認され、実施例に比べて低温安定性に劣っていた。
【0044】
比較例6
ピペラジン―N,N’―ビスカルボジチオ酸カリウムを40重量%、水酸化ナトリウムを0.25重量%、水酸化カリウムを0.05重量%水酸化物イオンを0.12重量%とした以外は実施例と同様の操作を行った。
【0045】
−6℃において結晶の析出が確認され、実施例に比べて低温安定性に劣っていた。
【0046】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の重金属処理剤は、低温時に結晶析出が起こりにくく、かつ、ガス発生量も少ないために、特に寒冷地での重金属処理に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ水酸化物濃度が0.11重量%以上0.3重量%未満、なおかつ水酸化物イオン濃度が0.08重量%以上である38〜42重量%のピペラジンジチオカルバミン酸塩を含んでなる重金属処理剤。
【請求項2】
アルカリ水酸化物が水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウムからなる群より選ばれる1種または2種以上の混合物である請求項1に記載の重金属処理剤。
【請求項3】
ピペラジンジチオカルバミン酸塩がピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩を含んでなる請求項1〜2に記載の重金属処理剤。
【請求項4】
ピペラジンジ―N,N’―ビスカルボジチオ酸塩がカリウム塩である請求項1〜3に記載の重金属処理剤。
【請求項5】
請求項1〜4に記載の重金属処理剤を重金属汚染物質と混合することを特徴とする重金属汚染物質の処理方法。
【請求項6】
重金属汚染物質が飛灰、土壌、スラッジである請求項5記載の重金属汚染物質の処理方法。
【請求項7】
重金属汚染物質が鉛、カドミウム、クロム、水銀のいずれかを含有する物質である請求項5〜6に記載の重金属汚染物質の処理方法。

【公開番号】特開2008−184470(P2008−184470A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−123786(P2006−123786)
【出願日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】