説明

低温荷電粒子線治療加速器(CBS)での荷電粒子ビーム取り出し法

【課題】シンクロトロンから、動いている3次元の複雑な腫瘍ターゲットに正確に、ビーム強度とエネルギーを可変の状態にして取り出すこと。
【解決手段】特殊な電子ビーム冷却装置による強い強度の“冷たいイオンビーム”をもつ低ビームエミッタンスをビーム強度、エネルギー可変で安定にシンクロトロンの外に取り出す方法であり、電子ビーム冷却装置によるイオンの荷電再結合現象を使うかまたはギャップの小さい10kHz超高速キッカーを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願の発明は荷電粒子の電離作用による物理的・生物学的特性を利用して主に人体のがん細胞の増加を抑制することで、陽子や各種炭素イオンなどのハドロン粒子加速器を利用したがんの治療装置に関する分野である。その中でも特に主加速器であるシンクロトロンからの荷電粒子ビーム取り出し法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
陽子や炭素イオンなどの荷電粒子線(以下イオンビームと呼ぶ)には一定以上のビーム断面積をもつ場合ブラッグピークと呼ばれる物理現象がある。これは水や人体などの物質にイオンビームを照射するとそのエネルギーに応じた深さで強いイオン化を起こす現象である。加速器物理学者のRobert Wilsonがこのブラッグピークを利用してイオンビームを深部がんに照射すれば外科手術の痛みや抗がん剤の副作用などのない理想的ながんの治療に使えると考えてこれを提案した。これをうけカリフォルニア大学付属研究所のLaurence Berkley研究所の重イオンのシンクロトロン加速器で物理の研究のかたわら治療試験が行われたが、当初期待したほどの成果を出す前にこの物理の実験装置はシャットダウンされてしまった。このあと日本の高エネルギー物理学研究所(現在の高エネルギー加速器研究機構)の陽子加速器の一部を物理実験のかたわら筑波大学が陽子線治療を行ってその効果が実証された。この陽子線治療とは独立に放射線医学総合研究所はがん治療専用の重粒子線治療装置(HIMACと呼ばれる)を建設し2005年はじめには2200人をこえるがん患者を治療した。その効果は目覚ましいもので他の治療法では困難ながんが痛み無し、副作用なしで、炭素イオンでは完治する多数の事例をうることができた。この成果を受けて兵庫県でもHIMACの縮小版を建設して治療が開始された。その後重粒子線はたんにブラッグピークの物理的特性のほかに生物細胞への効果も大きいことがはっきりと認識されてきて、ヨーロッパでもその導入をしようとする国が現れてきた。なかでもドイツがもっとも炭素イオンの効果を明確に理解し、ハイデルブルグ大学でその建設がスタートした。重粒子線の治療効果が優れていることは理論的にもあきらかで臨床においても実証されてきた。これをうけて普及させようという動きが強くなってきたが、装置の巨大さとその価格の高さが大きな障害となっている。ドイツでは患者の数を従来の数の2倍から3倍まで治療できるような法案によって、装置のコストパーフォーマンスを向上させようということで解決を計っている。
【0003】
我々はこの問題を解決するためにイオンビームを電子冷却する方法を考案した。この方法によれば、冷却されたイオンビームは非常に細くすることができその結果、装置の大きさも小さくすることが可能となった。
【0004】
シンクロトロンなどの粒子加速器をがんの治療に使うためにはこれをさまざまな治療に即した最適な方法で加速器から取り出して治療室に導く必要がある。本発明では最新の治療法に即した新しい治療法を開示する。
【0005】
【文献1】
M.Kumada and V.V.Parkhomchuk,2005年米国Knoxvilleでの加速器国際会議で発表予定。2005年東京での粒子線ワークショプPTCOG42で発表予定。本発明の科学的論理付けの国外および国内での最初の学術論文と発表。
【文献2】
V.V.Parkhomchuk.New insights in the theory of electron cooling.Nucl.Instr.Meth.Phys.Res.,A 441(2000).
本発明で使用される電子冷却装置の学術論文。
【文献3】
D.A.Swenson,Compact Injector Linacs for Proton Therapy Synchrotrons,本発明で使用される入射器の詳細の論文。
【文献4】
C.Bieth et al.,Recent results with SUPERNANOGAN ECR ion source for Hadrontherapy,PANTECHNIC,ISN Grenoble.本発明で使用されるエミッタンスの小さいイオン源の販売元。
【文献5】
D.A Swenson“BNCT Neutrons from Carbon Ion Injector Linacs”,to bepublished in Proc.of PTCOG04.本発明でオプションで可能となるBNCT治療法への入射器ライナックの応用についての学術論文。
【文献6】
V.V.Parkhomchuk、熊田雅之、“低温ビーム粒子線治療加速器”特許申請中
【文献7】
V.V.Parkhomchuk、熊田雅之、“超軽量2軸回転ガントリー”特許申請中
【文献8】
兼松伸幸、積層原体入射システムの開発(1)、放医研ニュース、
http://www.nirs.go.jp/report/nirs_news/200210/hik2p.htm
【文献9】
Th.Haberer,W.Becher,D.Schardt,G.Kraft、”Magnetic scanning system for heavy−ion therapy”,Nucl.Instr.and Meth.in Phys.Res.A 330,296−305,(1993)。ビーム強度変調ラスタースキャンシステムの最初の学術論文。ここでは電磁石でイオンビームをスキャンしている。
【文献10】
M Kramer1,O Jakel2,T Haberer1,G Kraft1,D Schardt1 and U Weber1,“Treatment planning for heavy−ion radiotherapy:physical beam model and dose optimization”,M Kramer et al 2000 Phys.Med.Biol.453299−3317。細胞の生物学的効果を考慮したビーム照射法の学術論文。
【発明の開示】
【0006】
粒子線医療加速器は電子加速器と陽子・重粒子加速器の二種類に分けられる。このうち、本発明で提案しているブラッグピーク(Bragg Peak)を使ったものは、線形加速器(ライナック)と円形加速器に分けられる。ライナックだけで深部がんの治療に必要なエネルギーにするにはコストが高すぎる。円形加速器はサイクロトロン、シンクロトロンに大別される。我々はコスト削減に“冷たいイオンビーム”をもつ低温荷電粒子線治療加速器(CBS)を発明した。CBSではコスト削減の他に性能の向上も可能である。
【0007】
シンクロトロンの加速器から腫瘍の治療を行うビーム照射室までイオンビームを導き、可能な限り腫瘍の立体的な形状に合わせた時間的空間的に一様なビーム強度の照射を行う必要がある。さらに人体中の腫瘍は呼吸などに合わせて動いているので、動きに合わせやすい動的なビーム取り出し法が好ましい。
本発明ではCBSでの“冷たいイオンビーム”を基礎原理とした二種類のビーム取り出し法である、“ペレット取り出し法“および”再結合取り出し法“の発明について開示を行う。
【発明が解決しようとした問題】
【0008】
患者の腫瘍にイオンビームを精確に照射する場合には腫瘍の立体的な形状と呼吸などに応じた時間的動きを観察し、これにあわせて、シンクロトロンからイオンビームを取り出す。この照射法のパイオニアである放射線医学総合研究所(放医研)のHIMACで日常的に行われている方法は呼吸同期RFノックアウト法を呼ばれ、体表に設置したLED等の光の動きを電気信号に変換して、臓器の位置が一定の位置に来たと判断される瞬間にRF電圧をイオンビームに印加することでイオンビームをシンクロトロンから外に取り出す。RFが単一周波数かある幅をもった周波数かなどによってさまざまなバリアント(変種)があるが、この方法では取り出したビームにRFの時間構造が反映されてしまう欠点もある。RFノックアウト法は平行電極にRF電圧を印加するが、通常のRF空洞(RF Cavity)にマイクロ波を共振しているRF電場でビームの運動量を掃引してこれを引き出す方法もある。いずれの場合も、縦方向の位相空間で安定領域にいるイオンビームに標的の動きに合わせた撹乱を与えることで、不安定領域にビームを追い出すことで、イオンビームを外に取り出す。ここで重要なのは、腫瘍の呼吸などの動きに同期して自在にシンクロトロン中のイオンビームを外に取り出すその性能である。
【0009】
以上の方法は粒子線治療のために開発された比較的新しいビーム取り出し法であり、より古典的な方法では、共鳴現象を使った遅い取り出し法とよばれ、取り出し用の四極磁石を励磁して、共鳴条件に近づけていき微細な制御により、ビームの一部を非安定条件に追い込んでいき、ビーム軌道の制御によりシンクロトロンの外に取り出す。この際、帰還制御などを追加するとより一様な時間構造をもった取り出しビームを得ることができる。しかしいずれの方法においても、高い技術が必要とされ、粒子加速器におけるビーム取り出しは常に新しい技術革新が必要とされている。
【0010】
これらの取り出し方法では取り出しエネルギーは一定であることが前提とされていた。ところで腫瘍は深さ方向にも分布をもっているからこれを考慮した照射には拡大ブラッグピーク(Spread Out Bragg Peak,SOBP)と呼ばれる腫瘍の深さ方向の大きさおよび生物学的効果(RBE)に応じた強度分布を作る必要がある。より適切に立体的なターゲットの形状に合わせた照射を実現するため(原体性)にリッジフィルターに加え動的に移動可能なレンジシフター、コリメーターなどが必要とされる。これらは散乱体を用いたブロードビーム照射法に固有な必要装置である。
【0011】
一方、スイスのPSIやドイツのGSI(重イオン研究所)で開発されたスポットスキャニング照射方式あるいは3Dラスタースキャンイング方式等では途中に横方向(transversedirection)に一様な分布を実現するための散乱体を必要としないため、イオンの利用効率が数倍から10倍高いという利点がある。これは散乱体を通した場合、中心付近の一様分布のイオンしか使えないからである。ここで重要なのは複雑な腫瘍の形状を対象として、ビーム強度とビームエネルギーの両方を制御させつつ照射を行うことである。
【0012】
以上をまとめると、最新の照射法を含めた上で、従来の治療法は、動いている深部腫瘍の標的を正確に照射する日本の呼吸同期ブロードビーム照射方式とヨーロッパの3Dスポットスキャニング方式あるいは3Dラスタースキャニング方式の二種に大別される。そしていずれの場合も、腫瘍の動きに対応したビーム取りだし法のより高い性能を実現することが課題である。本発明ではその問題解決法として電子冷却器に起因する遅い取り出し方法の“再結合取り出し法”と10kHz程度の速度の取り出し速度の“ペレット引き出し法”の二種類の発明を開示する。
【発明の効果】
【0013】
本発明でいうところの冷たいイオンビームを発生するCBSのキーコンポーネントの電子冷却器(Electron Cooler)用いる。
【0014】
その結果シンクロトロン中を周回しているイオンビームを電子ビームのビーム強度やエネルギーでイオンのビーム強度とビームプロファイルを自在に変えながらかつ、従来の方法と比べてより安定に取り出すことができる。これを”荷電変換再結合取り出し(charge exchange slow extraction on recombination)”あるいは“再結合取り出し(recombination extraction)”と呼ぶ。この方法では従来の方法のように三次共鳴や二次共鳴を使わないのでシンクロトロンの電源の性能に対する性能の要求を下げることができるので、シンクロトロン電源のコストを下げることができる。また、長時間にわたってゆっくりと微量のイオンを取り出すことができる。
【0015】
冷たいビーム、すなわち位相空間での面積が小さい低エミッタンスビームであるので取り出し時のビームサイズが極端に小さく(1.6mm)、取り出しのためにギャップの小さい(5mm)電界型の高周波キッカーを使うことができる。キッカーの周波数は10kHzの超低電力(5W)でイオンビームを蹴りだすことができる。このイオンビームを高速かつ低電力で蹴りだす装置はイオンビームのエネルギー(あるいは運動量)位相空間上でRFの第一高調波と第二高調波を組み合わせることで、取り出すイオンの量を超微細レベルで制御することが可能になり、治療の質の向上が可能となる。
【実施形態】
【0016】
(1)再結合取り出し法
お互いに非常に速度差の小さい126+と電子ビームを並走させ、電子ビームのパラメターを微調することで、荷電変換再結合により125+のビーム強度とエミッタンスをある確率で制御ができることが我々の実験で確かめられている。この過程を遅いビーム取り出しに使うことが可能である。まず図1にすでに出願済みの我々の発明の低温ビーム粒子線治療加速器(CBS)を示す。本発明1の荷電変換再結合取り出しは図2と図3のように実施される。図2には最大エネルギー時での取り出し基準ビームの水平方向の変位(X)と傾き(P/P)を図3には再結合損失の電子温度(Te)依存性を示す。イオン温度と電子温度の差の少ない状態ではわずかながら126+のイオンは図3のように125+に変換される。電子冷却器の中と両端にはソレノイド磁石が設置されているが、これは126+に対しては横方向の運動の結合を消すようにしてあるが、125+に対しては消すことができない。この為に、垂直方向に水平方向と垂直方向の運動が結合する。この結合を利用することで、わずかの量の125+を垂直方向に126+から分離することができる。分離された125+は引き出しチャンネルに導かれ、再度126+に変換されて、ビーム輸送系に導かれる。
【0017】
(2)ペレット引き出し法
シンクロトロンで1回に加速されるイオンビームの集合のなかには10から1010のビームが含まれているがこれはできるだけ小さく分割できれば、腫瘍への照射とよりこまかく分割できることになり、治療効果をあげることが期待される。
ペレット(pellet)とは“小弾丸”、“小球”がその原義であるが、10億個から100億個の数の大量のイオンを1万分割して、100万個から1000万個のイオンかたまりのペレットにして、腫瘍に照射することを狙うのがペレット引き出し法である。このときビームのかたまりであるバンチ(bunch)の長さは350ns(ナノ秒)であるがその1万分の1の長さは35ps(ピコ秒)でありそのような技術はまだ世に存在しない。
【0018】
本発明ではこれを2段階に分けて実現する。まず第一に高周波(RF)で基本波に第二高調波を重畳する。こうすることで運動の縦方向の位相空間上に第一高調波(基本波)と第二高調波の安定領域(バケット)ができる。もともとのイオンは基本波のバケット内にあり、第二高調波の振幅を徐々に増大していくことでそのバケットに基本波のバケットの1/100くらいのイオンを移動させていく。
【0019】
第二段階としてこの第二高調波のバケットを1/100にスライスしていく。図4にその様子を示す。図には二つのバケットが示されており、第二高調波のバケットに台形波が重畳されている。CBS(Cold Beam Synchrotron)のビームは極端に小さいために、このビームを真空槽の中心から外側にバンプ磁石で移動して、真空槽のその位置に設置した小さいギャップのキッカー電磁石にペレットビームを取り出す。その断面図を図5に示す。ここではギャップ長と水平方向アパーチュアーを+−2.5mmとしたときにBehlkeの高速スイッチを使えば10kHzの繰り返しで立ち上がり2ns,フラットトップ(磁場が高い状態で一定の部分)が80nsの超高速キッカーを設計製作することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】CBSの鳥瞰図である。
【図2】取り出し基準ビームの水平方向の変位(X)と傾き(P/P)の関係図である。
【図3】再結合損失の電子温度(Te)依存性の図である。
【図4】ペレット取り出し初期の図である。
【図5】ペレット取り出し後期の図である。
【図6】ペレット取り出しキッカーの断面図である。
【符号の説明】
【0021】
(図2)
1.アーク部の最初の偏向磁石
2.水平方向の傾き
3.水平方向変位
(図3)
1.Te=0.02eV
2.Te=0.1eV
3.Te=1.0eV
ここでTeは電子温度である。
(図4)
1.RFバケット1(第一高調波)
2.RFバケット2(第二高調波)
3.高周波キッカー
(図5)
1.RFバケット1(第一高調波)
2.RFバケット2(第二高調波)
3.高周波キッカー
(図6)
1.イオンビーム
2.真空槽(バキュームチャンバー)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療用シンクロトロンから電子冷却器を使って荷電変換再結合取り出しによってイオンビームを引き出す方法。
【請求項2】
請求項1においてビームエネルギーを可変に制御する方法。
【請求項3】
請求項1に取り出したイオンビームの強度を可変に制御する方法。
【請求項4】
医療用シンクロトロンから電子冷却器を使ってイオンビームを小さくした上で、RFに第二高調波を使って全体の微小部分のイオンビームを捕捉して分離する方法。
【請求項5】
請求項4において捕捉したイオンビームをさらに数kHz以上の繰り返し速度で立ち上がり/立ち下がり速度が1ns(ナノ秒)前後の超高速のコンパクトキッカー電磁石で分離し、シンクロトロンの外に取り出す方法。
【請求項6】
請求項1、2、3、5、5においてその組み合わせによって、イオンビームを繰り返し速度が秒以下から10kHz前後の速度で広い範囲でシンクロトロンの外に取り出す装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−313713(P2006−313713A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−163200(P2005−163200)
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(505170439)
【出願人】(505171296)
【上記1名の代理人】
【識別番号】505170439
【氏名又は名称】熊田 仁美
【Fターム(参考)】