説明

低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物

【課題】低温靱性の改善と海水環境下での孔食を回避した高品質の溶接部を有するオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物を提供する。
【解決手段】 C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、N、Alを所定量含有し、O、P、Sを制限し、さらに、Cu、Ti、Nb、VおよびWのうちの1種または2種以上を所定量含有し、かつ、耐食性の指標であるPIW値が35〜40の範囲にあり、フェライト量の指標であるδcal値が−6〜+4の範囲にあるオーステナイト系ステンレス鋼母材と、溶接部に形成された、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu、N、Alを所定量含有し、O、P、Sを制限し、Cr当量とNi当量の比(Cr当量/Ni当量)が0.85〜1.2の範囲にあり、耐孔食性の指標であるPI値が35以上である溶接金属とで構成された低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋・湾岸環境、塩化物環境下で使用される高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物に関し、特に船体構造体の外殻、隔壁、骨材、水中翼等に適用され、海水環境下での耐孔食性や耐隙間腐食性に優れ、かつ低温靱性に優れた母材部と溶接部からなる高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、オーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性が要求される環境で使用され、JISで規定されているSUS304、非酸化性酸に対する耐食性を向上させるためにNiおよびMoを多く含有したSUS316およびSUS317、耐粒界腐食性を向上させるためにCを減少されたSUS304L、SUS316LおよびSUS317Lがあり、腐食環境に応じてこれらの鋼種を選択して使用されている。
【0003】
また、これらのオーステナイト系ステンレス鋼を溶接する際に用いられる溶接ワイヤとしては、JIS Z 3321に規定されているオーステナイト系ステンレス鋼用ワイヤやJIS Z 3323に規定されているオーステナイト系ステンレス鋼用フラックス入りワイヤが多く用いられている。また、308、316、308L、316L系オーステナイト系ステンレス鋼用フラックス入りワイヤも用いられる(例えば特許文献1および2、参照)。
【0004】
一方、船体構造用には従来から重防食を施した塗装鋼板が使用されてきたが、例えば、高速船の水中翼等の用途では高速の海水流が接するため、塗装を要しない耐海水腐食性の優れたオーステナイト系ステンレス鋼の高強度材が提案されている(例えば特許文献3および4、参照)。
【0005】
また、特に耐海水腐食性を高めるためにCr、Mo、Cu、Nを含有し、かつ従来よりもMo及びNの含有量を多くして耐孔食性と耐隙間腐食性をより向上させた、例えば、SUS836L、SUS890L等の高耐食ステンレス鋼が開発されている。
【0006】
これらの高耐食ステンレス鋼高耐海水腐食性ステンレス鋼を溶接する際に用いられる溶接材料としては、Mo:6.0〜7.0%、N:0.25〜0.50%、Cr:21.5〜25.0%、Ni:17.5〜20%、Cu:0.5〜1.0%を含有した高耐食ステンレス鋼溶接用の高Mo−高N系TIGおよびプラズマ溶接ワイヤ(例えば特許文献5、参照)、Mo:2.4〜6.7%、N:0.05〜0.30%、Cr:18.6〜28.9%、Ni:12.7〜27.3%、Cu:0.8〜2.4%を含有した高耐食ステンレス鋼溶接用の高Mo−高N系フラックス入りワイヤが提案されている(例えば特許文献6、参照)。
【0007】
また、これらの共金系ワイヤを用いずに、インコネル625(60Ni−22Cr−9Mo−3.5Nb)等の高Cr−高Mo系Ni合金ワイヤを用いて高耐食ステンレス鋼を溶接する場合もあった。
【0008】
上記高Mo−高N系溶接ワイヤおよび高Cr−高Mo系Ni合金ワイヤを用いて高耐食ステンレス鋼を溶接する場合には、溶接金属の耐海水腐食性は十分に確保される。しかしながら、溶接による熱サイクルにより溶接金属中にシグマ相などの脆化相が析出し、溶接金属の靱性が著しく低下するという問題が生じ、特にワイヤ中のMo含有量が増加するとともにこの問題は顕著となる(例えば、非特許文献1参照)。
【0009】
一般に、これらオーステナイト系ステンレス鋼用の溶接ワイヤは、溶接性の観点、つまり溶接金属の高温凝固割れを防止する点から、溶接により溶接組織中に体積率で数%〜10%程度のフェライト相を含有する溶接金属が得られるように成分設計されている。しかし、溶接金属組織中にフェライト相を含有した溶接金属は、オーステナイト単相の溶接金属に比べて低温靱性が低下する問題が生じ、フェライト量の増加に伴いこの問題が顕著となる(例えば、非特許文献2参照)。
【0010】
一方、海水環境下で使用され、かつ岩礁への座礁や船舶同士の衝突事故等に対する安全性の確保が要求される、船体構造体などに適用されるオーステナイト系ステンレス鋼の溶接構造物では、溶接部として、海水環境下での耐孔食性、耐隙間腐食性に優れ、かつ、低温靱性に優れた、溶接金属を有することが望まれている。
【0011】
【特許文献1】特開昭58−205696号公報
【特許文献2】特開昭62−68696号公報
【特許文献3】特許第2783895号公報
【特許文献4】特許第2783896号公報
【特許文献5】特開平1−95895号公報
【特許文献6】特開平3−86392号公報
【非特許文献1】恩沢他;溶接学会論文集, vol.5 (1987), 262-268
【非特許文献2】D.T.Read et.al.; Welding Journal, vol.59 (1980), 104s-113
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、特に海水環境下での耐久性、衝突安全性などが要求される船体構造体の外殻、隔壁、骨材、水中翼等に適用される、海水環境下での耐孔食性や耐隙間腐食性に優れ、かつ低温靱性に優れた母材部と溶接部からなる高耐食性オーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、種々の成分組成を有するオーステナイト系ステンレス鋼ソリッドワイヤおよびフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接試験を行い、低温靱性および海水環境下での耐食性に優れた溶接金属の成分組成を鋭意検討した。
【0014】
その結果、溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト相を高温凝固割れが発生しない程度に低減し、溶接金属の低温靭性を向上させるためには、溶接金属の成分組成を、溶接金属のCr当量/Ni当量が0.85〜1.2を満足させ、さらに、海水腐食環境下での溶接金属の耐孔食性を向上するために、溶接金属のPI値を35以上とすることが有効な手段であることを知見した。
【0015】
本発明は、かかる知見を基になされたものであって、その要旨とするところは下記の通りである。
(1)質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜3.0%、Ni:15.0〜21.0%、Cr:22.0〜28.0%、Mo:1.5〜3.5%、N:0.15〜0.35%、Al:0.005〜0.1%以下を含有し、O:0.007%以下、P:0.05%以下、S:0.003%以下に制限し、かつ、下記(1)式で定義されるPIW値が35〜40の範囲にあり、下記(2)式で定義されるδcal値が−6〜+4の範囲にあり、残部が鉄および不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼母材と、溶接部に形成された、質量%で、C:0.005〜0.05%、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.1〜3.5%、Cr:25.0〜28.0%、Ni:16.0〜23.9%、Mo:1.6〜3.0%、Cu:0.1〜0.5%、Al:0.001〜0.02%、N:0.03〜0.35%を含有し、O:0.10%以下、P:0.03%以下、S:0.005%以下に制限し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、かつ、下記(3)および(4)式で定義されるCr当量とNi当量の比(Cr当量/Ni当量)が0.85〜1.2の範囲にあり、下記(5)式で定義されるPI値が35以上であり、残部が鉄および不可避的不純物からなる溶接金属とで構成されたことを特徴とする低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
PIW値=[Cr]+3.3([Mo]+0.5[W])+16[N] ・・ (1)
δcal値=2.9([Cr]+0.3[Si]+[Mo]+0.5[W])
−2.6([Ni]+0.3[Mn]+0.25[Cu]+32[C]
+20[N])−18 ・・(2)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[W]、[N]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]は鋼材中の各成分含有量(質量%)を示す。
Cr当量=[Cr]+[Mo]+1.5×[Si] ・・(3)
Ni当量=[Ni]+0.5×[Mn]+30×[C]+30×[N]・・(4)
PI値=[Cr]+3.3×[Mo]+16×[N] ・・(5)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[C]、[N]は溶接金属中の各成分含有量(質量%)を示す。
(2)前記オーステナイト系ステンレス鋼母材中に、質量%で、さらに、Cu:0.1〜2.0%、Ti:0.003〜0.03%、Nb:0.02〜0.20%、V:0.05〜0.5%、および、W:0.3〜3.0%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
(3)前記溶接金属中に、質量%で、さらに、Ti:0.01〜0.3%、および、Nb:0.01〜0.3%のうちの1種または2種を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
(4)前記溶接金属中に、質量%で、さらに、Ca:0.0005〜0.0050%、および、Mg:0.0005〜0.0050%のうちの1種または2種を含有することを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
(5)前記溶接金属は、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接を用いて形成されたことを特徴とする上記(1)〜(4)の何れかに記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
(6)前記溶接金属は、下記(5)式で定義される溶接入熱量Qが20、000J/cm以下、下記(6)式で定義される母材希釈率Dが30%以下の溶接条件で形成されたことを特徴とする上記(5)に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
Q=[溶接電流]×[溶接電圧]×[溶接時間]/[溶接長さ]・・・(5)
D=[母材の溶融体積]/[全溶接金属体積]・・・(6)
(7)前記溶接金属は、パルスアークを使用し、ピーク電流とベース電流の差が20A以上、下記(7)式で定義されるデューティ比Rが0.2〜0.6、かつ、周波数が10Hz以上とすることを特徴とする上記(5)または(6)に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
R=[ピーク電流期間]/([ピーク電流期間]+[ベース電流期間])×100・・・(7)
【発明の効果】
【0016】
本発明は、優れた低温靱性と海水環境下での優れた耐孔食性、耐隙間腐食性の溶接金属を有する溶接構造物の製造を可能にしたものであり、衝突安全性と海水による腐食が問題となるステンレス製船体構造体の溶接部の信頼性を長期にわたって確保できる。この観点から、溶接部のメンテナンスを極力少なして経済性を上げるとともに、溶接構造物の健全性を大きく向上させるものであり、本発明の適用により産業の発展に貢献するところは極めて大である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下において、本発明をさらに詳しく説明する。
【0018】
まず、本発明において、溶接継手のオーステナイト系ステンレス鋼母材部は、質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜3.0%、Ni:15.0〜21.0%、Cr:22.0〜28.0%、Mo:1.5〜3.5%、N:0.15〜0.35%、Al:0.005〜0.1%以下を含有し、O:0.007%以下、P:0.05%以下、S:0.003%以下に制限し、さらに選択的に、Cu:0.1〜2.0%、Ti:0.003〜0.03%、Nb:0.02〜0.20%、V:0.05〜0.5%、および、W:0.3〜3.0%のうちの1種または2種以上を含有し、かつ、下記(1)式で定義されるPIW値が35〜40の範囲にあり、下記(2)式で定義されるδcal値が−6〜+4の範囲にあり、残部が鉄および不可避的不純物からなるものに規定した。
PIW値=[Cr]+3.3([Mo]+0.5[W])+16[N] ・・ (1)
δcal値=2.9([Cr]+0.3[Si]+[Mo]+0.5[W])
−2.6([Ni]+0.3[Mn]+0.25[Cu]+32[C]
+20[N])−18 ・・(2)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[W]、[N]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]は鋼材中の各成分含有量(質量%)を示す。
【0019】
本発明において、溶接継手の上記オーステナイト系ステンレス鋼母材は、耐食性および低温靱性を十分に維持し、また、かかる鋼材製造時の熱間加工性を良好にするために各成分含有量の上下限を以下の理由で規定するものである。
【0020】
鋼材中のCr、Moは耐食性に有効な元素であり、その含有量が下限値を下回ると耐食性は十分ではなくなり、また、上限値を越える場合は金属間化合物等の析出により靱性が低下するため、これらの成分含有量の上下限を上記の通り規定する。
【0021】
鋼材中のNi、Nはオーステナイト相を安定にし、靱性、耐食性を向上させる元素であって、その含有量が下限値を下回ると、その効果は十分でなく、また、過剰添加はコスト的、製造上に問題をきたすため、上記のようにそれぞれの含有量の上下限を規定する。
【0022】
鋼材中のCは強度を確保する点から下限以上含有させるが、上限を超えて含有すると炭化物生成による耐食性低下が生じるため、上記のように含有量の上下限を規定する。
【0023】
鋼材中のO,P,Sは不可避的不純物であり、Oは酸化物生成により靱性低下を抑制するために、また、P、Sは熱間加工性および靱性低下を抑制するために、上記のように含有量の上限値を制限した。
【0024】
鋼材中のSi、Mn、Alは脱酸の目的で、下限値以上添加されるが、靱性確保のためにそれぞれ上限値を超えないよう規制され、上記のように含有量の上下限を規定する。
【0025】
鋼材中にCu、Ti、Nb、V、Wの1種又は2種以上を含有してもよい。
【0026】
鋼材中のCuは、耐食性に有効な元素であり、その含有量が下限値を下回ると耐食性は十分ではなくなり、また、上限値を越える場合は金属間化合物等の析出により靱性が低下するため、これらの成分含有量の上下限を上記の通り規定する。
【0027】
鋼材中のTi、Nb、V、Wは、炭化物を形成してCを固定することで、Cr炭化物の生成を抑制し、耐食性、靱性を向上させる元素であり、その含有量が下限値を下回ると耐食性、靱性は十分ではなくなり、また、過剰添加は炭化物を多量析出して靱性を低下するため、上記のように含有量の上下限を規定する。
【0028】
鋼材のPIW値は、上記(1)式で定義されるオーステナイト系ステンレス鋼の海水腐食環境下での耐食性の指標であり、海水腐食環境下での溶接継手の母材の耐孔食性を十分確保するためには、PIW値が35以上とする必要がある。しかしながら、PIW値を上げるために、Cr、Moを多量添加すると、鋼材コストが非常に高価となるため、PIW値の上限を40と規制する。
【0029】
鋼材のδcal値は、上記(2)式で定義されるオーステナイト系ステンレス鋼の組織中に含有するフェライト量の指標であり、熱間加工性を確保するためにはフェライト量を適正量に規制する必要がある。鋼材のδcal値が+4を越えると熱間製造工程で靱性が低下する。一方、鋼材のδcal値が−6より小さい場合は、フェライト量が実質的に0%となることを意味し、熱間加工性に及ぼす効果が飽和するとともに、高価なNiを多量添加することになるため、コストの観点からも−6を下限値と規制する。
【0030】
本発明は、溶接継手の母材成分組成を上記のように規定するとともに、溶接部に形成する溶接金属の成分組成を以下のように限定する。
【0031】
先ず、本発明において溶接継手に形成された溶接金属の低温靱性および海水環境下での耐食性を向上させるための技術思想および溶接金属成分の基本設計について説明する。
【0032】
本発明者らの実験などの検討によれば、オーステナイト系ステンレス鋼を共金系の溶接ワイヤにより溶接して溶接金属を形成する場合には、溶接金属成分により以下のように溶接金属の凝固形態が変化し、最終的な室温での溶接金属組織および溶接金属の低温靭性に大きく影響することを確認している。
【0033】
つまり、溶接継手に形成された溶接金属は、その成分組成に応じて、初晶凝固相がオーステナイト相もしくはフェライト相となった後、これらの相がそれぞれ単独で凝固を完了するものと、フェライト相+オーステナイト相の二相で凝固が完了するものに凝固形態が分類される。
【0034】
これらの中で、溶接金属の初晶凝固相がフェライト相で、その後、そのままフェライト単相で凝固が完了する溶接金属の凝固形態では、その後、溶接金属が室温まで冷却される過程でオーステナイト相が針状析出するが、最終的に室温の溶接金属中のフェライト相は体積率で約20%以上も残留し、この結果、溶接金属の低温靱性は著しく低下する。
【0035】
溶接金属の初晶凝固相がフェライト相で、その後、オーステナイト相の晶出によりフェライト相+オーステナイト相の二相で凝固が完了する溶接金属の凝固形態では、その後、溶接金属が室温まで冷却される過程で、オーステナイト相はデンドライト樹芯であるフェライト相中へ成長することによって、最終的に室温の溶接金属中のフェライト量は体積率で数%〜20%程度に減少する。しかし、この溶接金属中のフェライト相はネットワーク状に連結して残留し、衝撃荷重が付与されるとネットワーク状のフェライト相を介して亀裂が伝播するため、溶接金属の低温靱性は低くなる。また、室温の溶接金属においてネットワーク状に縮小したフェライト相中にはCr、Moなどが凝固時よりも濃化され、シグマ相などの脆い金属間化合物が析出しやすくなるため、溶接金属の靱性が低下する。
【0036】
一方、溶接金属の初晶凝固相がオーステナイト相で、その後、フェライト相の晶出によりオーステナイト相+フェライト相の二相で凝固が完了する溶接金属の凝固形態では、その後、室温まで冷却された溶接金属の組織は、オーステナイト樹間に球状のフェライト相が分散して残留し、フェライト量が数%以下まで低減されるため、上記の凝固形態に比べて溶接金属の低温靱性の低下は少ない。
【0037】
また、溶接金属の初晶凝固相がオーステナイト相で、その後、そのままオーステナイト単相で凝固が完了する溶接金属の凝固形態では、溶接金属の低温靱性は良好であるが、溶接時に溶接金属の高温凝固割れが発生しやすくなる傾向にある。
【0038】
本発明は、上記知見を基に、溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト相を凝固割れが発生しない程度に低減するために、溶接金属の成分組成を、溶接により形成される溶接金属の初晶凝固相がオーステナイト相となる凝固形態とし、かつ、凝固割れの発生を抑えることを技術思想とする。
【0039】
また、本発明者らの詳細な検討の結果、かかる技術思想を実現し、溶接金属の低温靭性を向上させるための溶接金属の成分系は、以下のCr当量、Ni当量の指標を用いて整理できることが判った。
【0040】
図1に、溶接金属のCr当量およびNi当量と溶接金属の凝固形態との関係を示す。
【0041】
また、図2に、バレストレイン試験による凝固割れ長さとCr当量/Ni当量の関係を示す。
【0042】
ここで、溶接金属のCr当量及びNi当量は、下記(3)式および(4)式により定義される。Cr当量はフェライト相の形成に対する溶接金属成分の寄与度を示す指標であり、Ni当量はオーステナイト相の形成に対する溶接金属成分の寄与度を示す指標である。
Cr当量=[Cr]+[Mo]+1.5×[Si] ・・(3)
Ni当量=[Ni]+0.5×[Mn]+30×[C]+30×[N]・・(4)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[C]、[N]は溶接金属中の各成分含有量(質量%)を示す。
【0043】
図1から、溶接金属のCr当量/Ni当量が1.0以上、1.2以下の場合に、溶接金属の初晶凝固相はオーステナイト相となり、その後、フェライト相の晶出によりフェライト相+オーステナイト相の二相で凝固が完了する凝固形態となり、室温で溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト量を低減し、低温靭性の向上が可能となる(図1中の●)。
【0044】
一方、溶接金属のCr当量/Ni当量が1.2を越えると溶接金属の初晶凝固相はフェライト相となり、その後、そのままフェライト単相で凝固が完了しても、或いは、オーステナイト相の晶出によりフェライト相+オーステナイト相の二相で凝固が完了しても、室温で溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト相が多く含有するため、目的とする低温靭性の向上は図れない(図1中の○)。
【0045】
また、Cr当量/Ni当量が1.0未満になると溶接金属の初晶凝固相がオーステナイト相となり、その後、そのままオーステナイト単相で凝固が完了する。この溶接金属の凝固形態は、室温で溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト量は低減され、溶接金属の低温靱性は良好となるが、溶接時に溶接金属の凝固割れが発生しやすい傾向となることが知られている(図1中の□)。
【0046】
しかしながら、Cr当量/Ni当量が1.0未満は、オーステナイト単相凝固となる凝固形態の違いのみで成分系を規定しているだけで、実際の凝固割れと対比したものではない。そこで、低温靱性に有害なフェライト相を極限まで低減させ、かつ、凝固割れを発生しない成分を鋭意検討した。その結果を図2に示す。溶接金属のCr当量/Ni当量が1.0未満でオーステナイト単相凝固であっても、Cr当量/Ni当量が0.85以上では凝固割れは発生していない。一方、Cr当量/Ni当量が0.85より小さくなると凝固割れが発生し、さらに、Cr当量/Ni当量が小さくなるにしたがい凝固割れ長さが長くなっている。すなわち、溶接金属の凝固割れ感受性の観点から見れば、オーステナイト単相凝固の成分系でもCr当量/Ni当量が0.85以上では凝固割れは発生しないことが判明した。
【0047】
したがって、本発明では、溶接金属中の低温靭性に有害なフェライト相を凝固割れが発生しない程度に低減し、溶接金属の凝固割れの発生を抑えて良好な溶接性を維持しつつ、溶接金属の低温靱性を十分に向上するために、溶接金属の成分組成を、上記(3)及び(4)でそれぞれ定義される溶接金属のCr当量とNi当量の比(Cr当量/Ni当量)が0.85〜1.2の範囲を満足するものに規定した。
【0048】
また、本発明者ら実験などの検討から、オーステナイト系ステンレス鋼を共金系の溶接ワイヤにより溶接する場合には、海水腐食環境下での溶接金属の耐孔食性は、金属成分を下記(5)式で定義されるPI値で整理させることを確認した。
【0049】
図3は、溶接金属のPI値と溶接金属の孔食電位との関係を示すものである。なお、孔食電位は、40℃の3.5%NaCl溶液中にて孔食試験を実施し、電流密度が100mA/cm2の時の電位測定値を示す。
PI値=[Cr]+3.3×[Mo]+16×[N] ・・(5)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[N]は溶接金属中の各成分含有量(質量%)を示す。
【0050】
図3から、溶接金属の上記(5)式で定義されるPI値が35以上とすることにより、孔食試験における孔食発生電位が0.73V以上となり、孔食は全く発生しなくなる。
【0051】
したがって、本発明では、海水環境下での溶接金属の耐孔食性を十分に向上させるために、溶接金属の成分組成を上記(5)で定義されるPI値が35以上を満足するものに規定した。
【0052】
次に、本発明における溶接継手に形成される溶接金属の成分組成の限定理由を以下に説明する。
【0053】
なお、以下に示す「%」は、特に説明がない限り「質量%」を意味するものとする。
【0054】
以下に説明する溶接金属の各成分含有量は、ソリッドワイヤまたはフラックス入りワイヤの何れかを用いて、上記鋼材成分の溶接金属への希釈を考慮し、ワイヤ中の成分を調整することで所定範囲に調整できる。
【0055】
C:Cは耐食性に有害であるが、強度の観点からある程度の含有が必要であるため、0.005%以上添加する。また、その含有量が0.05%超では溶接のままの状態および再熱を受けるとCはCrと結合してCr炭化物を析出し、耐粒界腐食性および耐孔食性が著しく劣化するとともに、溶接金属の靱性、延性が著しく低下するため、その含有量を0.005〜0.05%に限定した。
【0056】
Si:Siは脱酸元素および溶滴の表面張力を抑える元素として添加されるが、0.1%未満ではその効果が十分でなく、一方、その含有量が1.0%超では延性低下に伴い、靱性が大きく低下するとともに、溶接時の溶融溶込みも減少し、実用溶接上の問題になる。したがって、その含有量を0.1〜1.0%に限定した。
【0057】
Mn:Mnは脱酸元素として、およびNの溶解度を増加させる元素として添加するが、その含有量が0.1%未満では効果が十分でなく、一方、3.5%を越えて添加すると延性が低下するのでその含有量を0.1〜3.5%に限定した。
【0058】
Cr:Crはオーステナイト系ステンレス鋼の主要元素として不働態皮膜を形成し耐食性の向上に寄与する。Ni、Mo、Cu、Nを含有した場合に、初晶オーステナイト相凝固し、かつ、海水環境下で優れた耐食性を得るには25.0%以上必要である。一方、Cr含有量が多いほど海水環境下での耐孔食性は向上するが、シグマ相などの脆い金属間化合物が析出しやすくなるため靱性が低下する。また、Crはフェライト生成元素であるため、初晶オーステナイト相で凝固するには、Ni、Cu、Nも増量させる必要があり、溶接に用いるワイヤの製造性が低下するとともに製造コストも高くなるため、その含有量の上限を28.0%とした。
【0059】
Ni:Niは中性塩化物環境での腐食に対し、顕著な抵抗性を与え、かつ、不働態皮膜を強化するため、Ni含有量は多いほど耐食性に有効である。また、Niはオーステナイト生成元素でありオーステナイト系ステンレス鋼の主要元素として、オーステナイト相を生成・安定にする。本発明では、初晶オーステナイト相で凝固する成分系にする必要があるため、フェライト生成元素であるCrを25.0〜28.0%添加した場合の凝固形態および相バランスの観点から、Ni含有量は16.0%〜23.9%とした。なお、Ni含有量の上限23.9%の限定理由は、溶接に用いるワイヤの製造コストが高くなるためである。
【0060】
Mo:Moは不働態皮膜を安定化して高い耐食性を得るのに極めて有効な元素である。特に塩化物環境での耐孔食性向上は顕著であるが、1.6%未満ではその効果は不十分である。また、その含有量が3.0%を越えるとシグマ相など脆い金属間化合物を生成して溶接金属の靱性が低下するため、1.6〜3.0%に制限する。
【0061】
Cu:Cuは強度と耐食性を高めるのに顕著な効果があり、特にNi、Moと共存して中性酸環境下で優れた耐食性を示し、その効果は0.1%以上で著しいが、0.5%を越えて添加してもその効果は飽和するとともに靱性が低下するので、Cu含有量は0.1〜0.5%とする。
【0062】
Al:Alは脱酸元素として添加されるとともに溶滴移行現象を向上させる元素として添加されるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、一方、その過剰な添加はNと反応してAlNを形成し、靱性を阻害する。その程度はN含有量にも依存するが、Alが0.02%を越えると靱性低下が著しくなるため、その含有量を0.001〜0.02%に限定した。
【0063】
N:Nは強力なオーステナイト生成元素であり、塩化物環境下での耐孔食性を向上させる。0.03%以上で耐孔食性および耐隙間腐食性を向上させ、含有量が多いほどその効果は大きい。一方、N含有量を多くすると、Cr当量/Ni当量を0.85以上にするには、Cr、Moなどのフェライト生成元素を増量させる必要があり、製造コストが高くなる。さらに、0.35%を越えると溶接中にブローホールが発生しやすい。したがって、N含有量は0.03〜0.35%に制限する。
【0064】
O、P、Sは溶接金属において不可避成分であり、以下の理由で少なく制限する。
【0065】
O:Oは酸化物を生成し、過剰な含有は靱性を著しく低下させるため、その含有量の上限を0.10%とした。
【0066】
P:Pは多量に存在すると凝固時の耐高温溶接割れ性および靱性を低下させるので少ない方が望ましく、その含有量の上限を0.03%とした。
【0067】
S:Sも多量に存在すると耐高温割れ性、延性および耐食性を低下させるので少ない方が望ましく、0.005%を上限とした。
【0068】
以上を本発明の溶接ワイヤの基本成分とするが、以下の成分を選択的に添加できる。
【0069】
Ti:TiはCと結合してCr炭化物の析出を抑え、溶接金属の耐食性を向上させる作用を有する。その効果を得るために0.01%以上の添加が有効であるが、0.3%超の添加は延性、靱性を低下させるので、添加する場合は、その含有量を0.01〜0.3%とする。
【0070】
Nb:NbもCと結合してCr炭化物の析出を抑え、溶接金属の耐食性を向上させる作用を有する。その効果を得るために0.01%以上の添加が有効であるが、0.3%超の添加は延性、靱性を低下させるので、添加する場合は、その含有量を0.01〜0.3%とする。
【0071】
Ca:Caは熱間加工性を改善する元素であり、溶接に用いるワイヤの製造性を向上させる。しかし、過剰な添加は逆に熱間加工性を低下させるため、添加する場合は、その含有量を0.0005〜0.0050%とする。
【0072】
Mg:Mgも熱間加工性を改善する元素であり、溶接に用いるワイヤの製造性を向上させる。しかし、過剰な添加は逆に熱間加工性を低下させるため、添加する場合は、その含有量を0.0005〜0.0050%とする。
【0073】
本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼を母材とする溶接継手に形成する溶接金属の成分含有量を上述のように規定することにより、優れた低温靱性と海水環境下での耐食性を有する溶接金属が得られる。
【0074】
本発明では、さらに、上記効果を安定して有効なものとするために溶接継手に溶接金属を形成する際の溶接条件について以下のように限定するのが好ましい。
【0075】
本発明の溶接金属は、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接の何れの方法を用いて形成することができるが、溶接入熱量Q、母材希釈率Dを以下の理由から規定するのが好ましい。
【0076】
溶接入熱量Q:Cr、Moを含有するオーステナイト系ステンレス鋼は、700℃〜900℃の温度域に保持されると、靭性に有害なシグマ相などの脆い金属間化合物が析出し、靱性が著しく低下する。また、溶接継手に形成される溶接金属は、凝固後の冷却過程において900℃〜700℃を通過する時間が長くなると、靭性に有害なシグマ相などが析出する。また、多層パス溶接により形成された溶接金属では、前層パスが後続パスによる熱サイクルを受け、700℃〜900℃の温度域となる時間が長くなる場合も靭性に有害なシグマ相が析出する。
【0077】
本発明では、上述したようにオーステナイト系ステンレス鋼母材およびオーステナイト系ステンレス鋼溶接金属の成分組成を規定することにより、靭性に有害なシグマ相などの金属間化合物の析出を抑え、靱性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の母材および溶接金属からなる溶接継手が得られる。しかし、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接において、溶接入熱量が20,000J/cm超と過大になると、冷却速度が小さくなり、900℃〜700℃の冷却時間が長くなって、シグマ相などの金属間化合物が析出し、靱性が低下する危険性がある。また、20,000J/cm超の過大入熱量では、溶接ビード形状が凸型となって、ビード中央部に高温割れが発生する。このため、溶接継手の靱性を安定して確保するために、溶接構造物の製造条件、つまり溶接時の溶接入熱量は、20,000J/cm以下に限定するのが好ましい。
【0078】
母材希釈率D:本発明では、溶接金属の低温靱性確保の観点から、溶接金属の初晶凝固相をオーステナイト相に規制し、かつ、靭性に有害なシグマ相などの金属間化合物の析出を抑制するため、溶接継手における溶接金属の成分組成はオーステナイト系ステンレス鋼母材に比べて、Ni量を高く、Mo量を低く規定している。しかし、溶接時に母材成分が溶接金属成分中に溶解することによる母材希釈率が30%超に大きくなると、溶接金属の成分が低Ni、高Moの母材成分側へ移行するため、溶接金属のCr当量/Ni当量比が1.2より大きくなり、初晶凝固相がフェライト相となって、溶接金属の低温靭性が低下する。また、溶接金属のMo含有量も多くなるため、靭性に有害なシグマ相などの金属間化合物が析出しやすくなり、溶接金属の靭性が低下する。このため、溶接構造物の製造条件、つまり溶接条件として、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接時の母材希釈率は、30%以下に限定するのが好ましい。
【0079】
パルスアーク溶接:Nを含有する溶接ワイヤを用いて、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接して溶接金属を形成すると、溶接金属中にN2ガスによるブローホールが発生しやすく、溶接金属の靭性が低下する。本発明のオーステナイト系ステンレス溶接金属では、耐食性向上の観点から、Nを0.03以上添加し、ブローホール発生を抑制するため、0.35%含有を上限としているが、さらに、ブローホール発生を抑制する溶接方法として、パルスアーク溶接を用いるのが好ましい。
【0080】
パルスアーク溶接は、高電流と低電流を交互に供給し、トータル入熱量を下げながら深い溶け込みを得る溶接方法であるが、電流変化により溶融金属が振動するため、溶融金属中で発生したN2ガスが溶融金属表面へ浮上しやすく、ブローホール発生を抑制する効果をも有する。この際、ピーク電流とベース電流の差が20Aを下回る場合、ピーク電流期間の比率であるデューティ比Rが0.2未満および0.6超の場合、かつ、周波数が10Hz未満の場合は、溶融金属の振動が少なく、N2ガスの浮上が十分でないため、ブローホールの抑制効果を有効に活用できない。このことから、溶接構造物の製造条件、つまり溶接条件として、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接時に、パルスアークを使用し、ピーク電流とベース電流の差を20A以上、デューティ比Rを0.2〜0.6、かつ、周波数を10Hz以上に限定するのが好ましい。
【0081】
本発明では、上述のように成分含有量を規定したオーステナイト系ステンレス鋼母材とオーステナイト系ステンレス鋼溶接金属からなる溶接構造物を製造する際に、上述した溶接方法のガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接を行うことにより、優れた低温靱性と海水環境下での耐食性が確保された溶接金属を有する溶接構造物が安定して得られる。
【0082】
なお、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼溶接構造物は、プラズマ溶接、レーザ溶接でも製造することができる。さらに、当該製造方法は、溶接構造物の製造に適用するだけではなく、それら構造物の補修溶接あるいは肉盛りなどにも適用できる。
【実施例】
【0083】
以下、実施例にて本発明を説明する。
【0084】
表1に成分を示すオーステナイト系ステンレス鋼(板厚12.0mm)を母材として、開先角度60°、ルート面1mmの開先を作成した。また、表2に作製したオーステナイト系ステンレス鋼溶接用ワイヤの成分を示す。なお、ワイヤ径は1.2mmφである。これら溶接ワイヤを用い、ガスシールドアーク溶接の場合は、溶接電流:150〜200A、アーク電圧:23〜31V、溶接速度:30〜40cm/min、98%Ar+2%O2シールドガス流量:20リットル/minの条件で、タングステンアーク溶接の場合は、溶接電流:180〜220A、アーク電圧:11〜14V、溶接速度:10cm/min、100%Arシールドガス流量:15リットル/minの条件で溶接継手を作製した。
【0085】
【表1】

【0086】
【表2】

【0087】
次に、それぞれの溶接継手から、溶接金属成分を分析するとともに、溶接金属に切欠が位置するように、JIS Z 2202に規定のVノッチ試験片を採取し、試験温度−40℃でシャルピー衝撃試験を実施した。また、それぞれの溶接金属の表層より孔食試験片を採取し、40℃の3.5%NaCl溶液中にて孔食電位の測定をJIS G 0577に規定される方法に準拠して実施した。
【0088】
表3に、使用した母材と溶接ワイヤの組み合わせ、溶接方法、溶接金属成分より算出したPI値、Cr当量/Ni当量比と凝固モードおよびシャルピー衝撃試験結果と孔食試験結果を示す。なお、表3に示す溶接方法は、GMAWがガスシールドアーク溶接、GTAWがタングステンアーク溶接を示し、凝固モードは、オーステナイト単相で凝固が完了するものをA、初晶オーステナイト+フェライトの二相で凝固が完了するものをAF、初晶フェライト+オーステナイトの二相で凝固が完了するものをFAで示す。また、孔食電位は、電流密度:100mA/cm2の時の電位を示し、孔食電位の○印は、孔食は発生せず水の電気分解により酸素が発生したものを示す。
【0089】
表3において、記号K、記号Nおよび記号Oの比較例は、PI値が本発明の範囲の35より低いため、孔食が発生している。記号L、記号Mおよび記号Pの比較例は、Cr当量/Ni当量比が本発明範囲の上限である1.2を超え、初晶フェライト相凝固となっているため、シャルピー衝撃値が著しく低下している。また、記号Qの比較例では、シャルピー衝撃値および耐孔食性とも良好であるが、Cr当量/Ni当量比が本発明範囲の下限値である0.85を下回るため、溶接時に凝固割れが発生している。一方、記号A〜Jの本発明例は、溶接ワイヤの成分含有量および溶接金属中の各成分の関係が本発明の範囲内であるため、比較例に比べ、シャルピー衝撃値は高く、かつ、孔食も発生していない。なお、記号A〜Jの中で、ガスシールドアーク溶接金属のシャルピー衝撃値が、タングステンアーク溶接金属のシャルピー衝撃値より低くなっているのは、溶接金属中の酸化物が多いためである。
【0090】
【表3−1】

【0091】
【表3−2】

【0092】
次に、記号3の母材と記号aの溶接ワイヤの組み合わせで、表4に示す溶接条件で溶接継手を作製した。なお、パルスアーク溶接欄の−印は直流電源で溶接したことを示す。それぞれの溶接継手について、JIS Z 3106に規定の放射線透過試験を実施し、ブローホール発生状況を調査した。その後、前述と同様の手法で、それぞれの溶接継手から、溶接金属成分の分析、溶接金属のシャルピー衝撃試験(−40℃)および孔食電位測定を行った。
【0093】
表5に、溶接金属成分より算出したPI値、Cr当量/Ni当量比と凝固モード、シャルピー衝撃試験結果、孔食試験結果および放射線透過試験結果を示す。なお、表5に示す放射線透過試験結果は、JIS Z 3106に準拠して10mm×10mm視野中のブローホール数を示す。
【0094】
【表4】

【0095】
【表5】

【0096】
記号キおよび記号ケの比較例は、溶接入熱量が本発明範囲の20,000J/cmを超え、また、母材希釈率も本発明範囲の30%を超えているために、溶接金属成分が母材成分側に移行し、Cr当量/Ni当量比が当量比が本発明範囲の上限である1.2を超えている。それゆえ、初晶フェライト相凝固となり、シャルピー衝撃値が著しく低下している。また、記号ケでは、溶接入熱量が大きいため、溶接凝固割れが発生している。記号クの比較例は、溶接入熱量は20,000J/cmを超えているが、母材希釈率は本発明範囲内であるため、Cr当量/Ni当量比も本発明範囲内となって、シャルピー衝撃値は良好である。しかしながら、溶接入熱量が大きいため、溶接ビード形状が凸型となって、溶接凝固割れが発生している。一方、記号ア〜エの本発明例は、溶接入熱量および母材希釈率が本発明の範囲内であるため、比較例に比べ、シャルピー衝撃値は高くなっている。
【0097】
記号オおよび記号カの本発明例は、記号イおよび記号エの本発明例と溶接入熱量および母材希釈率をほぼ同程度としてパルスアーク溶接を実施したものである。記号イおよび記号エは、直流電源で溶接したため、JIS Z 3106判定基準の第1種1類または2類のブローホール発生が認められるが、本発明範囲内のパルス条件でパルスアーク溶接を実施した記号オおよび記号カではブローホールは認められない。一方、記号コおよび記号サの比較例は、本発明範囲外のパルス条件でパルスアーク溶接を実施したものであり、ほぼ同一入熱量の直流電源で溶接した記号イおよび記号ケとブローホール数は変わっていない。したがって、本発明範囲内のパルス条件でパルスアーク溶接を実施することにより、ブローホール低減が確保される。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】溶接金属のCr当量、Ni当量とその凝固形態との関係を示す図である。
【図2】バレストレイン試験による溶接金属の凝固割れ長さとCr当量/Ni当量との関係を示す図である。
【図3】溶接金属のPI値(=Cr+3.3×Mo+16×N)と40℃の3.5%NaCl溶液中での孔食電位との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005〜0.03%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜3.0%、Ni:15.0〜21.0%、Cr:22.0〜28.0%、Mo:1.5〜3.5%、N:0.15〜0.35%、Al:0.005〜0.1%以下を含有し、O:0.007%以下、P:0.05%以下、S:0.003%以下に制限し、かつ、下記(1)式で定義されるPIW値が35〜40の範囲にあり、下記(2)式で定義されるδcal値が−6〜+4の範囲にあり、残部が鉄および不可避的不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼母材と、溶接部に形成された、質量%で、C:0.005〜0.05%、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.1〜3.5%、Cr:25.0〜28.0%、Ni:16.0〜23.9%、Mo:1.6〜3.0%、Cu:0.1〜0.5%、Al:0.001〜0.02%、N:0.03〜0.35%を含有し、O:0.10%以下、P:0.03%以下、S:0.005%以下に制限し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、かつ、下記(3)および(4)式で定義されるCr当量とNi当量の比(Cr当量/Ni当量)が0.85〜1.2の範囲にあり、下記(5)式で定義されるPI値が35以上であり、残部が鉄および不可避的不純物からなる溶接金属とで構成されたことを特徴とする低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
PIW値=[Cr]+3.3([Mo]+0.5[W])+16[N] ・・ (1)
δcal値=2.9([Cr]+0.3[Si]+[Mo]+0.5[W])
−2.6([Ni]+0.3[Mn]+0.25[Cu]+32[C]
+20[N])−18 ・・(2)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[W]、[N]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[Cu]、[C]は鋼材中の各成分含有量(質量%)を示す。
Cr当量=[Cr]+[Mo]+1.5×[Si] ・・(3)
Ni当量=[Ni]+0.5×[Mn]+30×[C]+30×[N]・・(4)
PI値=[Cr]+3.3×[Mo]+16×[N] ・・(5)
但し、上記[Cr]、[Mo]、[Si]、[Ni]、[Mn]、[C]、[N]は溶接金属中の各成分含有量(質量%)を示す。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼母材中に、質量%で、さらに、Cu:0.1〜2.0%、Ti:0.003〜0.03%、Nb:0.02〜0.20%、V:0.05〜0.5%、および、W:0.3〜3.0%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
【請求項3】
前記溶接金属中に、質量%で、さらに、Ti:0.01〜0.3%、および、Nb:0.01〜0.3%のうちの1種または2種を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
【請求項4】
前記溶接金属中に、質量%で、さらに、Ca:0.0005〜0.0050%、および、Mg:0.0005〜0.0050%のうちの1種または2種を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
【請求項5】
前記溶接金属は、ガスシールドアーク溶接またはタングステンアーク溶接を用いて形成されたことを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
【請求項6】
前記溶接金属は、下記(5)式で定義される溶接入熱量Qが20、000J/cm以下、下記(6)式で定義される母材希釈率Dが30%以下の溶接条件で形成されたことを特徴とする請求項5に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
Q=[溶接電流]×[溶接電圧]×[溶接時間]/[溶接長さ]・・・(5)
D=[母材の溶融体積]/[全溶接金属体積]・・・(6)
【請求項7】
前記溶接金属は、パルスアークを使用し、ピーク電流とベース電流の差が20A以上、下記(7)式で定義されるデューティ比Rが0.2〜0.6、かつ、周波数が10Hz以上とすることを特徴とする請求項5または6に記載の低温靱性と耐海水腐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼製溶接構造物。
R=[ピーク電流期間]/([ピーク電流期間]+[ベース電流期間])×100・・・(7)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−315080(P2006−315080A)
【公開日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−294585(P2005−294585)
【出願日】平成17年10月7日(2005.10.7)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】