説明

低表面張力性微量溶液の接触分注法および分注に用いる装置

【課題】平板型の反応用アレイ基板に微量溶液の複数個のスポットを形成するのに適した溶液の分注方法の提供。分注方法の実施に適した装置の提供。
【解決手段】0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成する方法。基板は下面側から磁気バネで支持および付勢されており、上下位置が変動可能である。0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成するために用いられる基板支持装置。基板を把持するための把持部材と把持部材を支持するための支持部材を含む。把持部材は、前記支持部材との間に設けた弾性体部材で支持および付勢されており、上下位置が変動可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動分注機と使い捨てピペットチップを用い、基板上へ低表面張力性の微量溶液を安定的に分注する方法および分注に用いる装置に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子操作を行う場合には試料間のコンタミネーションを防止するため、使い捨てピペットチップの使用が常である。使い捨てピペットチップは、通常、ポリエチレン、ポリプロピレンまたはポリスチレンなどの樹脂製である。多数の遺伝子含有試料を処理するため、チューブへの溶液分注を行う自動化装置も多く開発されている。
【0003】
本発明者らは、ウェル型ではなく、基板の表面を反応の場(容器)とする平板型の反応用アレイ基板を開発した。この平板型の反応用アレイ基板を使用するには、基板の表面に、反応あるいは洗浄等に用いる微量の溶液からなる複数個のスポット(アレイ)を形成する必要がある。その際液体吐出時の溶液の飛散を防止し、より簡易にかつ経済的にアレイ形成を行うために、上記自動分注機と使い捨てピペットチップを用いることを試している。しかし、上記条件を満たし基板上へ微量の溶液を安定的に分注する作業は容易ではなかった。
【0004】
一般に、高表面張力性の微量液体がチップ先端から排出される際には、球状の液滴が形成される(図1中A)。このため図2に示すように、該溶液を自動分注機と使い捨てピペットチップを用い平板状の基板上又は容器内に飛散なく分注するには、溶液排出時のチップ先端位置と基板表面との距離Dが、チップ先端から排出される液滴の直径R以下になるよう設定する必要がある。この理由は、液滴の球径Rが、使い捨てピペットチップのロット差、基板表面の凹凸や傾斜、温度変化による膨張収縮等の要因に起因する、チップ先端−基板表面間距離の変動αを吸収して、ピペットチップ先端と基板表面の液滴を介した接触により安定的な溶液分注ができるからである(特公平6-40100号公報(特許文献1)、特開2001-242183号公報(特許文献2)、特開2007-205773号公報(特許文献3))。例えば特許文献1に記載の自動分析装置のように、0.5μlの微量溶液分注には、ピペットチップ先端と基板との間で0.6mm以下の位置決め精度が必要となる。また特許文献3では、試薬プレート底面上にプレート内に突出する傾斜面を有する突起物を設け、チップ先端を前記突起物には接触しないが、チップ先端より吐出される液滴の大きさより小さい距離にノズルを配置する方法が用いられている。
【0005】
これに対し低表面張力性の微量な溶液は、その濡れ度の高さに起因してチップ先端から排出されると液滴を形成せず、チップ側面に付着する(図1中B)。このため図3に示すように、該溶液を平板状の基板表面に分注するには、溶液排出時のピペットチップ先端位置を基板表面に非常に近接させた状態にセットしなければならない。このため上記距離精度の厳密な調整が必要であることは言うまでもなく、この際、安定的に溶液を分注するには、前述した要因に起因するチップ先端−基板表面間距離の変動を、距離測定用の機器等を用いて測定し、操作毎にピペットチップ先端位置をコントロールする必要が有る。しかし、距離測定用の機器等を併用することは、費用対効果上の問題を生じる。
【0006】
別の解決法として、ピペットチップ先端を基板表面に接触させる方法が考えられる。ただしこの場合、ピペットチップ先端が基板表面に密着してしまうと、ピペットチップから溶液が排出されないため、ピペットチップ先端の特殊加工が必要となる。またこの場合もチップ先端−基板表面間距離の変動により、ピペットチップ先端が基板から離れてしまう場合や、逆に基板表面を損傷する場合があり、これらのことが原因して、安定的な溶液の分注が行われないことが多い。
【0007】
また特殊な弾性を有するピンを用い、微量溶液の分注を行うことはアレイ作成時に通常行われている方法である[特開2007-218753号公報(特許文献4)]。しかし、この場合、試料毎にピンの洗浄が必要であり、試料を遺伝子増幅等に用いる場合はコンタミネーションの恐れがある。そのためこの方法は、本発明者らが目的とする、平板型の反応用アレイ基板へのアレイの形成に用いるのは、現実的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平6-40100号公報
【特許文献2】特開2001-242183号公報
【特許文献3】特開2007-205773号公報
【特許文献4】特開2007-218753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記問題点を解決するには、使い捨てピペットチップのロット差、基板表面の凹凸や傾斜、温度変化による膨張収縮等に起因する、チップ先端−基板表面間距離の変動や、液体吐出時の溶液の飛散等の問題を解決するための安価な分注装置の出現が待たれるところである。
【0010】
本発明の目的は、平板型の反応用アレイ基板に微量の溶液からなる複数個のスポット(アレイ)を形成するのに適した溶液の分注方法であって、前記の微量溶液が低表面張力性であっても、安定して溶液分注(スポット形成)が可能な溶液の分注方法を提供することにある。さらに本発明は、上記溶液の分注方法の実施に適した装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記要因により生じるピペットチップ先端と基板表面の間の距離の変動に影響されず、ピペットチップ先端と基板表面の低接触を保つことで、低表面張力性の微量溶液であっても、基板上に分注して、安定的に複数個のスポット(アレイ)を形成することができる方法について種々検討した。その結果、磁気バネを用いて浮上支持(付勢支持)された基板に対し、溶液プロット時のピペットチップ先端の静止位置を基板表面から下の位置に設定することでピペットチップ先端と基板表面の低接触を保持し、その後ピペットチップを上昇させることでピペットチップ先端と基板表面の密着状態を解き、これにより内圧のかかったピペットチップより基板上に溶液排出を行う方法を開発した。本発明により、液体吐出時の溶液飛散を防止し、かつピペットチップ、基板および基板表面を損傷せず確実に液滴を基板表面にプロット可能な安価な装置を完成させた。
【0012】
上記目的を達成する本発明は以下の通りである。
[1]
0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成する方法であって、
前記基板は下面側から弾性体で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする前記方法。
[2]前記溶液は、表面張力が 20〜50mN/mの範囲の低表面張力性溶液である[1]に記載の方法。
[3]
弾性体が、磁気バネ、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム、またはアルファゲル(シリコーンゲル)である[1]または[2]に記載の方法。
[4]
前記弾性体の付勢力(バネ定数)は、0.001〜5N/mmの範囲である[1]〜[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5]
前記基板の上下位置の変動が、前記樹脂製ピペットチップの先端が前記基板表面に接触するときに生じる[1]〜[4]のいずれか1項に記載の方法。
[6]
プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置を、前記基板表面から0〜3000μm下の位置に設定して液滴を形成する[1]〜[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7]
ピペットチップを上昇させることでピペットチップ先端と基板表面の密着状態を解き、これにより内圧のかかったピペットチップより基板上に溶液排出を行う[1]〜[6]のいずれか1項に記載の方法。
[8]
前記溶液のプロットがピペットチップをセットした自動分注機を用いて行われる[1]〜[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9]
前記基板はガラス製であり、かつ液滴を形成する表面は樹脂製のコーティングを有する[1]〜[8]のいずれか1項に記載の方法。
[10]
0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成するために用いられる基板支持装置であって、
前記装置は、
基板を把持するための把持部材と
前記把持部材を支持するための支持部材を含み、
前記把持部材は、前記支持部材との間に設けた弾性体部材で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする前記装置。
[11]
前記弾性体部材は、把持部材の下面の少なくとも3箇所に磁気バネの一方の極を下面側にした磁石と、
前記把持部材が有する磁石に対向する位置に把持部材が有する磁石と同じ極を上面側にして前記支持部材に設けた磁石とから構成される磁気バネである[10]に記載の装置。
[12]
前記弾性体部材は、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム部材、またはアルファゲル(シリコーンゲル)部材である[10]に記載の装置。
[13]
前記把持部材の上下位置の変動が、前記樹脂製ピペットチップの先端が前記把持部材に把持された基板表面に接触するときに生じ、プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置を、前記基板表面から0〜3000μm支持部材寄りの位置に設定する[10]〜[12]のいずれか1項に記載の装置。
[14]
前記支持部材は、前記把持部材の外周の少なくとも一部の上下移動をガイドするためのガイド部材を有する[10]〜[13]のいずれか1項に記載の装置。
[15]
前記把持部材は、中央部に基板を把持するための開口を有し、開口の周辺に把持部があり、把持部に前記弾性体部材が配置されている[10]〜[14]のいずれか1項に記載の装置。
[16]
基板表面に液滴を形成するための装置であって、
[10]〜[15]のいずれかに記載の基板支持装置とピペットチップをセットし得る自動分注機とを含む、前記液滴形成装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法および装置によれば、上記要因により生じるピペットチップ先端と基板表面の間の距離の変動を吸収し、ピペットチップ先端と基板表面の低接触を保つことで、低表面張力性の微量溶液であっても、基板上に分注して、安定的に複数個のスポット(アレイ)を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】微量液体がチップ先端から排出されて球状の液滴が形成される様子の説明図。
【図2】高表面張力性の微量液体がチップ先端から排出されて、基板表面に液滴が形成される際の様子の説明図。
【図3】低表面張力性の微量液体がチップ先端から排出されて、基板表面に液滴が形成される際の様子の説明図。
【図4】本発明の方法および装置を用いた場合の微量液体がチップ先端から排出されて、基板表面に液滴が形成される際の様子の説明図。
【図5】実施例1で使用した装置の概略図。
【図6】液滴形成結果。Aは比較例、Bは実施例。
【図7】実施例2で使用した装置の概略図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[液滴形成方法]
本発明は、0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成する方法であって、前記基板は下面側から弾性体で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする。
【0016】
本発明は、通常使い捨て(ディスポーザル)タイプとして市販されている樹脂製ピペットチップを用いて、比較的微量な溶液を基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成する方法である。溶液の量は、上記ピペットチップを用い、かつ市販の自動分注機を用いることを考慮すると、0.1〜20μLの範囲である。但し、前述した平板の表面を反応の場(容器)とする平板型の反応用アレイ基板に使用するという観点からは、溶液の量は、例えば、0.2〜10μLの範囲、好ましくは0.5〜3μLの範囲であることが適当である。
【0017】
本発明で用いる樹脂製ピペットチップは、通常使い捨て(ディスポーザル)タイプとして市販されている樹脂ピペットチップであることができ、例えば、樹脂の種類やピペットチップの形状や寸法には特に制限はない。また、ピペットチップの先端付近の表面を表面処理(疎水化あるいは親水化等)したものであっても良い。
【0018】
表面の任意の位置に液滴を形成する基板は、特に制限はない。上記平板の表面を反応の場(容器)とする平板型の反応用アレイ基板の場合、基板は例えば、ガラス製であり、かつ液滴を形成する表面は樹脂製のコーティングを有するものであることができる。
【0019】
より具体的には、基板表面の少なくとも液滴を保持する面は、その他の基板表面と高低差がなく、平坦であることが、基板の作製が容易であるという観点からは好ましい。但し、基板表面の少なくとも液滴を保持する面は、その他の基板表面よりも低く、窪みを形成していることもできる。窪みとすることで、液滴の保持は、平坦である場合に比べて容易になる。尚、基板の表面は、複数の突起状囲いが整列して設けられており、前記突起状囲いは、少なくとも1つの切欠き部を有し、かつ内部には液滴を保持できる空間を有するものであることもできる。
【0020】
さらに、基板表面の少なくとも液滴を保持する面は、純水に対する接触角が90〜150°の範囲であることが、基板表面への液滴保持、保持された液滴の接触を防ぐという観点から適当である。純水に対する接触角は、表面を形成する材料(材質)と表面状態(例えば、表面粗さや表面形状等)によって変化する。材質が同一であっても、表面状態(例えば、表面粗さや表面形状等)が違えば、純水に対する接触角も変化する。表面を形成する材料(材質)と表面状態(例えば、表面粗さや表面形状等)を純水に対する接触角が90〜150°の範囲となるように、選択することかできる。
【0021】
表面を形成する材料(材質)としては、比較的撥水性の高い材料であるパラフィン樹脂、テフロン樹脂またはシリコーン樹脂等を用いることができる。基板自体をこれらの材料からなるもので形成することもできるし、基板は他の材料(例えば、ガラス基板)とし、表面に上記パラフィン樹脂、テフロン樹脂またはシリコーン樹脂等のコーティング層を設けることもできる。これらの樹脂は、材料自体の撥水性が高く平滑な表面でも上記範囲の接触角を示すことができる。しかし、必要に応じて、表面を粗面化することで、接触角を調整することもできる。
【0022】
例えば、パラフィン樹脂を用いる場合、基板表面に一定の向きに配向する微小波型凹凸(表面粗さ)を設けることができる。微小波型凹凸は、例えば、高さが1μm〜1mmの範囲であり、かつ波長が1μm〜1mmの範囲であるものであることができる。好ましくは、微小波型凹凸は、高さが1〜100μmの範囲であり、かつ波長が1μm〜100μmの範囲であるものであることができる。さらに、微小波型凹凸を有する表面は、純水に対する接触角が90〜150°の範囲となるように、凹凸形状を調整することができる。
【0023】
前記溶液は、特に制限はないが、例えば、表面張力が20〜50mN/mの範囲の低表面張力性溶液であっても、本発明の方法によれば、複数個の液滴のスポットであっても、安定して基板表面に形成することができる。
【0024】
前記溶液は、例えば、反応液または洗浄液等であることができる。反応液及び洗浄液の種類には特に制限はない。使用する反応液及び洗浄液には表面張力低下試薬を添加することが適当である。表面張力低下試薬には溶液の表面張力を減少させ、疎水性の基板上に液滴を安定的に保持させる効果がある。また表面張力低下試薬には、反応に用いる磁気ビーズ集団が液滴外へ移動する際の妨げとなる液滴の表面張力を低下させる効果を持つ。上記のように基板表面の純水に対する接触角は90〜150°の範囲とし、比較的撥水性を持たせ、そこに保持する液滴には、表面張力低下試薬を添加することで、液滴の基板表面外への広がりを抑制し、かつ液滴の基板表面に対する付着性を与え、保持力を増大させ、それにより、磁気ビーズの液滴への搬入や搬出の際にも、液滴の基板表面への保持を維持できる。また、表面張力低下試薬を添加することで、磁気ビーズ、特に粒径の比較的小さい磁気ビーズを用いた場合にも、液滴への搬出(侵入)を容易にすることができる、という利点がある。
【0025】
表面張力低下試薬は、例えば、純水において0.1%濃度とした場合において、ガラス板上の純水の接触角を30°以下に低下させることができる試薬であることが適当である。そのような表面張力低下作用を有する試薬としては、界面活性剤および肺サーファクタント蛋白質等のリポプロテイン、血清アルブミンやリポプロテインが多く含まれる血清等をあげることができる。
【0026】
界面活性剤には種々のものがあり、種類に関係なく、表面張力低下試薬として用いることができる。以下に例示をするが、これらはあくまでも例示であって、これら例示された界面活性剤に限定するいとではない。
(1)陰イオン系界面活性剤:脂肪酸ナトリウム、モノアルキル硫酸塩
(2)陽イオン系界面活性剤:アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、モノアルキルリン酸塩
(3)両性界面活性剤:アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウム塩、アルキルジメチルアミンオキシド、アルキルカルボキシベタイン、
(4)非イオン性界面活性剤:ポリオキシエチレンアルキルエーテル、脂肪酸ソルビタンエステル、アルキルポリグルコシド、脂肪酸ジエタノールアミド、アルキルモノグリセリルエーテル
陰イオン系界面活性剤の代表例として、ドデシル硫酸リチウムをあげることができ、非イオン性界面活性剤の代表例として、TritonX100を挙げることができる。
【0027】
表面張力低下試薬の添加量は、上記観点を勘案し、表面張力低下試薬の種類と基板表面の純水に対する接触角も考慮して、例えば、0.001〜1%の範囲であり、好ましくは、0.01〜1%の範囲である。但し、この範囲に制限されるものではない。この範囲の表面張力低下試薬を含む溶液は、前記のように、表面張力が20〜50mN/mの範囲の低表面張力性溶液となり得る。
【0028】
溶液のプロットは、ピペットチップをセットした自動分注機を用いて行われる。自動分注機としては、武蔵エンジニアリング株式会社製のSHOTMASTER300Sを用いることができる。ピペットチップをセットした自動分注機を用いての分注は、後述の動作説明にて説明するように実施できる。
【0029】
本発明においては、前記基板は下面側から弾性体で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする。基板の下面側から弾性体による支持および付勢については、後述する装置の説明で詳述する。弾性体としては、例えば、磁気バネ、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム、アルファゲル(シリコーンゲル)等を挙げることができる。本発明においては、弾性体は、所定のバネ定数を有するバネ弾性を有する弾性体であれば特に制限無く利用できる。所定のバネ定数とは、ピペットチップの先端の強度や基板およびその表面の強度を考慮して、0.001N/mm〜5N/mmの範囲であることが適当である。弾性体のバネ定数は、0.02N/mm〜0.2N/mmの範囲であることがより好ましい。
【0030】
磁気浮上による非接触支持法は多くの産業分野で利用されている方法である。磁気バネは、金属ばねや空気バネよりもばね定数が低く、平衡点位置での磁石間距離zと磁石の磁力を選択することで任意のバネ定数が設定でき、その構造も単純である等の利点がある。本発明の方法においては、磁気バネのバネ定数は、ピペットチップの先端の強度や基板およびその表面の強度を考慮して、0.001N/mm〜5N/mmの範囲であることが適当である。磁気バネのバネ定数は、0.02N/mm〜0.2N/mmの範囲であることがより好ましい。
【0031】
前記基板の上下位置の変動は、樹脂製ピペットチップの先端が基板表面に接触するときに生じる。プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置は、例えば、基板表面から0〜3000μm下の位置に設定して液滴を形成することが、確実に液滴を基板表面にプロットし、かつピペットチップ、基板および基板表面を損傷しないという観点から好ましい。プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置は、500〜2000μm下の位置に設定することが好ましい。
【0032】
[基板支持装置]
本発明は、0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成するために用いられる基板支持装置にも関する。溶液量、樹脂製ピペットチップ、基板および液滴形成等は、上記方法で説明したことと同様である。さらに弾性体部材を構成する弾性体についても、上記方法で説明したものと同様である。
【0033】
本発明の基板支持装置は、
基板を把持するための把持部材と
前記把持部材を支持するための支持部材を含み、
前記把持部材は、前記支持部材との間に設けた弾性体部材で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする。
【0034】
以下、図5に示す弾性体部材装置が磁気バネである装置を例に説明する。
基板10を把持するための把持部材20と
把持部材20を支持するための支持部材30を含む。
把持部材20は、下面21の少なくとも3箇所(図中は4箇所)に磁気バネの一方の極を下面側にした磁石22a、22b、22c、22dを有する。
支持部材30は、把持部材20が有する磁石22a、22b、22c、22dに対向する位置に把持部材20が有する磁石と同じ極を上面側にして磁石31a、31b、31c、31dを有する。
【0035】
磁石22a、22b、22c、22dと対向する位置にある磁石31a、31b、31c、31dは同じ極で向き合っている。これにより、把持部材20に把持された基板10が下面側から磁石22および31で構成される磁気バネで支持および付勢されている。その結果、把持部材20に把持された基板10は外力の付加と除去により、上下位置が変動可能である。
【0036】
前記把持部材の上下位置の変動が、前記樹脂製ピペットチップの先端が前記把持部材に把持された基板表面に接触するときに生じ、プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置を、前記基板表面から0〜3000μm支持部材寄りの位置に設定することが、確実に液滴を基板表面にプロットし、かつピペットチップ、基板および基板表面を損傷しないという観点から好ましい。プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置は、500〜2000μm支持部材寄りの位置に設定することがより好ましい。
【0037】
磁気バネ以外の弾性体部材は、例えば、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム部材、アルファゲル(シリコーンゲル)部材等であることができる。
【0038】
支持部材30は、把持部材20の外周の少なくとも一部の上下移動をガイドするためのガイド部材40a、40b、40c、40dを有することができる。ガイド部材40a、40b、40c、40dによって、把持部材20の支持部材30における位置決めを確実にでき、液滴のスポット位置を正確にすることができ、配列(縦横)がそろったアレイを形成することができる。
【0039】
把持部材20は、中央部に基板10を把持するための開口23を有し、開口23の周辺に把持部24があり、把持部24に磁石22a、22b、22c、22dが配置されているものであることができる。
【0040】
[液滴形成装置]
本発明は、基板表面に液滴を形成するための装置(液滴形成装置)にも関する。この装置は、上記本発明の基板支持装置とピペットチップをセットし得る自動分注機とを含む。
本発明の液滴形成装置に用いるピペットチップおよび自動分注機は特に制限はなく、前述の方法の項で説明したものを適宜利用できる。
【0041】
[動作説明]
本発明の方法および装置におけるピペットチップ、基板(平板)および弾性体の動作について、弾性体が磁気バネの場合を例に、図4に従って、以下に説明する。
【0042】
まず、平板を磁気バネにより浮上させる。次に溶液排出のため加圧が行われる際のピペットチップ先端位置を、平板表面の基準位置より下(d)に位置するようにセットする(チップ降下基準位置)。次いでピペットチップを降下させる。ピペットチップの先端は降下すると平板表面に接触し、更に降下するにつれて平板を押し下げる。しかし、磁気バネの作用により平板も降下するため平板表面並びにチップ先端は損傷しない。
【0043】
ピペットチップの先端がチップ降下基準位置(図中の停止加圧位置)まで降下した段階で、分注用ヘッドが溶液の排出を行うための加圧を行う。しかしこの状態ではピペットチップの先端が平板に密着している為、溶液の排出が行われない。次に分注用ヘッドが上昇し、これに伴い磁気バネの反発力により平板も上昇する。ここで、分注用ヘッドの上昇速度と磁気バネの反発力による平板の上昇速度に差が生じるため、ピペットチップ先端と平板表面の密着状態が解かれ、内圧のかかったピペットチップより溶液の排出が行われる。
【0044】
チップ先端−平板表面間距離の変動値が、設定したピペットチップ先端位置dの値以内であれば、ピペットチップ先端−平板表面間の安定的接触を常に保つことができる。これにより自動分注機と使い捨てピペットチップを用い、凹凸や傾斜を有する基板表面であっても、低表面張力性の微量液体を安定的に分注することが可能となる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
実施例1
図5に示す装置(バネ定数0.03N/mm)を用い、樹脂製の使い捨てピペットチップ(MultiGuard Barrier Tips, Sorenson)と分注機(SHOTMASTER300S,武蔵エンジニアリング株式会社)を用いた、0.1%TritonX PBS(10mMリン酸緩衝液,140mM 塩化ナトリウム)溶液の平板状の基板表面上への分注実験を行った。
【0046】
平板状の基板として、0.1mm厚のガラス板(表面積6mm×86mm)上に0.1mm厚のパラフィン樹脂フィルムを圧着した物を用いた。本領域はその薄さのため、完全な平面状態になっていない。
【0047】
ネオジム磁石(上の磁石がφ1.5x2.0mm,270ミリテスラ、下の磁石がφ5x2mm,320ミリテスラ)を図5のごとく配置しその上に重さ20gのプレート(86x128mm)を設置した。プレートは磁気の反発により4.5mm浮上した。
【0048】
実験A
自動分注機を用い、溶液分注時のチップ先端Z軸位置を、矢印の部位で平板と接触する位置に設定し、0.1%TritonX水溶液(表面張力30mN/m)0.5μlを128箇所(16行×8列)に分注(プロット)した。結果は図6のAに示す。使い捨てピペットチップのロット差と薄層平板の非平面性のため、溶液分注が行われていない部位が存在する。
【0049】
実験B
実験Aと同様の自動分注機を用い、図5に示す装置を用いて磁気バネにより平板を浮上させ、溶液分注時のチップ先端Z軸位置を矢印の部位で平板表面から1mm(1000μm)下部の位置に設定し、実験Aと同様に、0.1%TritonX水溶液0.5μlを128箇所に分注(プロット)した。結果は図6のBに示す。全ての部位で溶液の分注(プロット)が行われていることが分かる。
【0050】
実験C
上記AおよびBの実験をそれぞれ4回行い、それぞれの平均値及び標準偏差を示した。

【0051】
実施例2
シリコーンゲルを弾性体として用いた分注例
バネ定数00.1N/mmの超軟性シリコーンゲル(φ5mx5mm)を図7のごとく配置しその上に重さ20gのプレート(86x128mm)を設置した。自動分注機を用い、溶液分注時のチップ先端Z軸位置を、平板表面から500μm下部の位置に設定し、実施例1の実験と同様に、0.1%TritonX水溶液0.5μlを128箇所に分注(プロット)した。
【0052】
本実験を3回行ったところ、全ての部位で溶液の分注(プロット)が正しく行われた。

【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、微量溶液を用いる反応キットや操作に関係する分野において有用である。
【符号の説明】
【0054】
10 基板
20 把持部材
21 把持部材の下面
22a、22b、22c、22d 磁石
23 開口
24 把持部
30 支持部材
31a、31b、31c、31d 磁石
40a、40b、40c、40d ガイド部材
50 超軟性シリコーンゲル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成する方法であって、
前記基板は下面側から弾性体で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする前記方法。
【請求項2】
前記溶液は、表面張力が 20〜50mN/mの範囲の低表面張力性溶液である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
弾性体が、磁気バネ、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム、またはアルファゲル(シリコーンゲル)である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記弾性体の付勢力(バネ定数)は、0.001〜5N/mmの範囲である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記基板の上下位置の変動が、前記樹脂製ピペットチップの先端が前記基板表面に接触するときに生じる請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置を、前記基板表面から0〜3000μm下の位置に設定して液滴を形成する請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ピペットチップを上昇させることでピペットチップ先端と基板表面の密着状態を解き、これにより内圧のかかったピペットチップより基板上に溶液排出を行う請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記溶液のプロットがピペットチップをセットした自動分注機を用いて行われる請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記基板はガラス製であり、かつ液滴を形成する表面は樹脂製のコーティングを有する請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
0.1〜20μLの溶液を、樹脂製ピペットチップを用いて基板表面の任意の位置にプロットして液滴を形成するために用いられる基板支持装置であって、
前記装置は、
基板を把持するための把持部材と
前記把持部材を支持するための支持部材を含み、
前記把持部材は、前記支持部材との間に設けた弾性体部材で支持および付勢されており、上下位置が変動可能であることを特徴とする前記装置。
【請求項11】
前記弾性体部材は、把持部材の下面の少なくとも3箇所に磁気バネの一方の極を下面側にした磁石と、
前記把持部材が有する磁石に対向する位置に把持部材が有する磁石と同じ極を上面側にして前記支持部材に設けた磁石とから構成される磁気バネである請求項10に記載の装置。
【請求項12】
前記弾性体部材は、圧縮コイルバネ、シリコーンゴム部材、またはアルファゲル(シリコーンゲル)部材である請求項10に記載の装置。
【請求項13】
前記把持部材の上下位置の変動が、前記樹脂製ピペットチップの先端が前記把持部材に把持された基板表面に接触するときに生じ、プロット時の樹脂製ピペットチップ先端の静止位置を、前記基板表面から0〜3000μm支持部材寄りの位置に設定する請求項10〜12のいずれか1項に記載の装置。
【請求項14】
前記支持部材は、前記把持部材の外周の少なくとも一部の上下移動をガイドするためのガイド部材を有する請求項10〜13のいずれか1項に記載の装置。
【請求項15】
前記把持部材は、中央部に基板を把持するための開口を有し、開口の周辺に把持部があり、把持部に前記弾性体部材が配置されている請求項10〜14のいずれか1項に記載の装置。
【請求項16】
基板表面に液滴を形成するための装置であって、
請求項10〜15のいずれかに記載の基板支持装置とピペットチップをセットし得る自動分注機とを含む、前記液滴形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−237074(P2010−237074A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86126(P2009−86126)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度文部科学省知的クラスター創成事業(第II期)「ほくりく健康創造クラスター」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】