説明

低速多価イオンビームの発生装置

【課題】所定の価数に制御された低速多価イオンビームを効率よく発生する。
【解決手段】多価イオンを発生させる多価イオン生成手段と、多価イオン生成手段により発生された多価イオンのなかで所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出射するトラップ制御手段とを有し、多価イオン生成手段は、高強度レーザーによってプラズマを発生させて低速多価イオンを生成するようにした。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、低速多価イオンビームの発生装置に関し、さらに詳細には、半導体プロセス分野において用いて好適な低速多価イオンビームの発生装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来の半導体プロセス分野においては、電子サイクロトロン共鳴(ECR)などにより生成されるプラズマのイオンによって活性な反応種を作り、それにより非等方的なエッチングを行うという手法が知られている。
【0003】この手法においては、プラズマのイオンは1価のイオンが主体であるが、その速度分布は低速から高速にまで分布するためイオンの運動エネルギーは大きく、例えば、SiOなどのエッチングを行う際にも十分なエッチング速度を得ることができるものであった。
【0004】また、1価の高速なイオンを打ち込むイオン注入技術においては、イオンを打ち込む速度やイオンの運動エネルギーの大きさがプロセスの重要なパラメータとなっていた。
【0005】ところが、上記したようなプロセスにおいては、イオンの運動エネルギーが大きいために、プロセスの進行とともにイオンの衝突により基板や素子が損傷したり、あるいは素子中へのイオンの混入により不純物が発生したりする恐れがあるなどの問題点があった。
【0006】ここで、こうした問題点を解決するためには、低速でかつ内部ポテンシャルエネルギーの高い多価イオンによるプロセシングを行う必要があると考えられてきた。
【0007】ところが、従来の多価イオンを発生可能なイオン発生装置においては、特定の価数の多価イオンを効率よく発生することは極めて困難であった。
【0008】即ち、従来の多価イオンを発生可能なイオン発生装置としては、電子ビームイオン源(EBIS:Electron Beam Source)や電子サイクロトロン共鳴イオン源(ECRIS:Electron CyclotronResonance Ion Source)などが知られている。
【0009】ここで、電子ビームイオン源は、希ガスに高速な電子ビームを衝突させることによりイオン化し、そこから電界によってイオンを引き出し、さらにフィルターにより価数を選択し、その後に減速するというような構成を備えており、装置全体が大型化せざるをえず、効率があまりよくないという問題点があった。
【0010】また、電子サイクロトロン共鳴イオン源は、電子サイクロトロン共鳴によりイオンを生成することになるが、電子ビームイオン源と同様に、フィルターを通過させることにより所望の多価イオンを得るものであるので、効率があまりよくないという問題点があった。
【0011】さらに、電子ビームイオン源と電子サイクロトロン共鳴イオン源との両者とも、価数選択の前後において電界による加速と減速とを必要とするため、低速であっても数100eV程度の運動エネルギーを持つことになる。その結果、多価イオンの内部ポテンシャル効果が必ずしも低価数域では顕著ではなく、プロセスとしても効率が悪いという問題点があった。
【0012】なお、高強度レーザーを固体ターゲットに照射してプラズマを発生させることにより、多価イオンの発生を効率的に行うことができるが、こうしたプラズマ中ではイオンの価数は動的に変化しており、所望の価数のイオンを選択的に生成して利用することは極めて困難であるという問題点があった。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記したような従来の技術に対する種々の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、所定の価数に制御された低速多価イオンビームを効率よく発生することのできる低速多価イオンビームの発生装置を提供しようとするものである。
【0014】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明は、高強度レーザーによってプラズマを発生させて低速多価イオンを生成するようにしたものである。ここで、高強度レーザーとしては、例えば、フェムト秒レーザーを用いることができる。
【0015】また、本発明は、低速多価イオンをトラップするように制御するものである。ここで、低速多価イオンのトラップには、RFを用いることができ、自動的に所望の価数の多価イオンのみがトラップされるようにトラップ条件を設定するものである。なお、イオンがトラップされるということは、イオンの運動エネルギーが極めて小さくなっているものであり、こうしてトラップされた運動エネルギーの極めて小さいイオンを、電圧をかけることによって所望の運動エネルギーによって所望の方向に向けてトラップから掃き出させるか、引き出すかするものである。これにより、多価イオンを低速で所望の対象へ出射することができるものである。
【0016】また、本発明は、レーザー冷却によるトラップとRFを用いたトラップとの2重構造によるトラップを用いるようにしたものである。レーザー冷却によるトラップにより対象の原子を空間的に所定の位置にトラップしておく。なお、レーザー冷却であるので、原子はドップラー温度程度の極めて低い温度(例えば、ルビジウムであれば、150μKである。)であり、原子は止まっている状態である。レーザー冷却によるトラップは中性原子をトラップすることができるが、RFはイオンのみしかトラップすることができないので、レーザー冷却によるトラップにある中性原子にレーザー光(例えば、フェムト秒レーザー光)を照射してイオン化し、RFを用いたトラップにおいてトラップされるようにする。そして、RFを用いたトラップにおいては、上記と同様に掃き出し電圧、引き出し電圧をかけることによって、所望の運動エネルギーで所望の方向に多価イオンを出射することができる。
【0017】即ち、本発明のうち請求項1に記載の発明は、多価イオンを生成させる多価イオン生成手段と、上記多価イオン生成手段により生成された多価イオンのなかで所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出射するトラップ制御手段とを有し、上記多価イオン生成手段は、高強度レーザーによってプラズマを発生させて多価イオンを生成するようにしたものである。
【0018】ここで、上記高強度レーザーは、本発明のうち請求項2に記載の発明のように、フェムト秒レーザーとすることができる。
【0019】また、上記トラップ制御手段は、本発明のうち請求項3に記載の発明のように、筒状のリング電極と、上記リング電極の軸方向における両方の端部側に配置された一対のキャップ電極と、上記リング電極にRF周波数のRF電圧およびDC電圧を印加するための第一の電源と、上記一対のキャップ電極の一方にDCパルス電圧を印加するための第二の電源とを有し、上記多価イオン生成手段によって生成された多価イオンについて、上記リング電極に対して上記第一の電源から印加されるRF周波数のRF電圧およびDC電圧に応じて、上記リング電極内において所定の単一の価数の低速な多価イオンのみをトラップし、上記一対のキャップ電極の一方に上記第二の電源によりDCパルス電圧を印加することにより、上記一対のキャップ電極の一方に印加するDCパルス電圧に応じた方向ならびに速度で、上記リング電極内にトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンを出射するものとすることができる。
【0020】また、本発明のうち請求項4に記載の発明は、中性のターゲット原子をレーザー冷却するためのレーザー光を出射する第1のレーザー手段と、中性のターゲット原子から多価イオンを発生させるためのレーザー光を出射する第2のレーザー手段と、上記第1のレーザー手段から出射されたレーザ光によって中性のターゲット原子をレーザー冷却してトラップする第1のトラップ制御手段と、上記第1のトラップ制御手段によってトラップされた中性のターゲット原子を入力して、上記第1のレーザー手段から出射されたレーザ光によって該入力した中性のターゲット原子をレーザー冷却してトラップするとともに、上記第2のレーザー手段から出射されたレーザー光によって該トラップした中性のターゲット原子から多価イオンを発生させ、該発生された多価イオンのなかで所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出力する第2のトラップ制御手段とを有するようにしたものである。
【0021】ここで、上記第2のレーザーは、本発明のうち請求項5に記載の発明のように、フェムト秒レーザーとすることができる。
【0022】また、上記第2のトラップ制御手段は、本発明のうち請求項6に記載の発明のように、筒状のリング電極と、上記リング電極の軸方向における両方の端部側に配置された一対のキャップ電極と、上記リング電極にRF周波数のRF電圧およびDC電圧を印加するための第一の電源と、上記一対のキャップ電極の一方にDCパルス電圧を印加するための第二の電源とを有し、上記第2のレーザー手段から出射されたレーザー光によって発生された多価イオンについて、上記リング電極に対して上記第一の電源から印加されるRF周波数のRF電圧およびDC電圧に応じて、上記リング電極内において所定の単一の価数の低速な多価イオンのみをトラップし、上記一対のキャップ電極の一方に上記第二の電源によりDCパルス電圧を印加することにより、上記一対のキャップ電極の一方に印加するDCパルス電圧に応じた方向ならびに速度で、上記リング電極内にトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンを出射するものとすることができる。
【0023】
【発明の実施の形態】以下、添付の図面を参照しながら、本発明による低速多価イオンビームの発生装置の実施の形態の一例を詳細に説明する。
【0024】図1には、本発明による低速多価イオンビームの発生装置の第1の実施の形態が示されている。
【0025】この低速多価イオンビームの発生装置は、多価イオンを発生させる多価イオン生成部10と、所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出力するRFトラップ制御部20とを有して構成されている。
【0026】ここで、多価イオン生成部10は、高強度レーザーとしてフェムト秒レーザーシステム12を備えて構成されている。後述するように、RFトラップ制御部20の真空チャンバー22内において、フェムト秒レーザーシステム12から照射されるフェムト秒レーザー光をサンプル(sample)14に照射することにより、多価イオンを生成するようになされている。
【0027】また、RFトラップ制御部20は、真空チャンバー22内に配置された円筒状のリング電極24と、リング電極24の軸方向における両方の端部側に配置されたキャップ電極26、28と、リング電極24にRF周波数のRF電圧およびDC電圧を印加するためのRF+DC電源30と、キャップ電極28にDCパルス電圧を印加するためのDC電源32と、真空チャンバー22内のガスを吸引して真空チャンバー22内を真空状態にするためのターボ分子ポンプ34と、真空チャンバー22内に可変リークバルブ36を介してバッファーガスを供給するためのバッファーガス供給システム38と、真空チャンバー22内に配置された4重極質量分析器(QMS:Quadrupole Mass Spectrometer)40と、電子増幅管よりなる検出器(DET)42とを有して構成されている。
【0028】ここで、フェムト秒レーザーシステム12から出射されたフェムト秒レーザー光は、リング電極24の胴部24aに形成された第1貫通孔24bから胴部24内に入射し、第1貫通孔24bに対向するようにして胴部24aに形成された第2貫通孔24cを通過して胴部24aの外部へ出射され、胴部24aの外部に配置されたサンプル14に照射されるようになされている。
【0029】なお、サンプル14は、胴部24aの外部に配置するのではなくて、胴部24aの内部に配置するようにしてもよい。
【0030】以上の構成において、フェムト秒レーザーシステム12としては、例えば、波長790nm、パルス幅110fs、パルスエネルギー1mJ、繰り返し1kHzのものを用いるものとし、また、サンプル14としては、例えば、銅(Cu)を用いるものとした場合について説明する。
【0031】なお、フェムト秒レーザーシステム12の波長、パルス幅、パルスエネルギーならびに繰り返しは、所望の値を適宜に設定することができるものであり、また、サンプル14としては、銅以外の所望の物質を適宜に選択することができるものである。
【0032】そして、この低速多価イオンビームの発生装置において、フェムト秒レーザーシステム12によって照射されるフェムト秒レーザー光を、リング電極24の胴部24aに形成された第1貫通孔24bから胴部24内に入射すると、当該入射されたフェムト秒レーザー光は第1貫通孔24bに対向するようにして胴部24aに形成された第2貫通孔24cを通過して胴部24aの外部へ出射され、胴部24aの外部に配置されたサンプル14たる銅に照射されることになる。
【0033】こうしてフェムト秒レーザー光が銅に照射されると、銅からイオン(銅イオン)が生成される。
【0034】なお、上記のようにしてサンプル14にフェムト秒レーザー光を照射することによりイオンを生成する他に、真空チャンバー22内にアルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)などの希ガスをガスジェットなどで導入し、この希ガスに対してフェムト秒レーザー光を照射することにより多価イオンを生成するようにしてもよい。
【0035】そして、生成された銅イオンは、そのままリング電極24の胴部24a内に入り込み、RF+DC電源30から印加されるRF周波数(Ω)のRF電圧およびDC電圧(RF周波数(Ω)のRF電圧およびDC電圧=VaccosΩt+Vdc)の制御により、胴部24a内において所定の単一の価数の低速な銅イオンのみがトラップされることになる(以下、上記したRF周波数(Ω)のRF電圧およびDC電圧(VaccosΩt+Vdc)の制御によるトラップを、「RFトラップ」と適宜に称することとする。)。即ち、10eV以下の低速イオンはトラップされるが、高速イオンはトラップされない。
【0036】なお、イオンをトラップするときには、キャップ電極26、28はアースされている。
【0037】具体的には、リング電極24とキャップ電極26、28との間に「V=VaccosΩt+Vdc)の電圧を加えて動作させる。そして、RF電圧の半周期毎に、ポテンシャルを閉じこめる方向をr方向(胴部24aの径方向)とz方向(胴部24aの軸方向)とに交互に変えて、イオンをトラップするものである。
【0038】そして、キャップ電極28にDC電源32によりDCパルス電圧を印加することにより、キャップ電極28に印加するDCパルス電圧に応じて、所望な方向ならびに所望な速度で、胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンが掃き出されることになる。
【0039】即ち、多価イオンはプラスイオン(+イオン)であるので、図10(a)に示すように、キャップ電極28に+DCパルス電圧を印加することにより、胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを掃き出すことができる。
【0040】ここで、電場中での、質量m、電荷eのイオンの運動方程式は、無次元化すると、図2に示すマシュー(Mathieu)方程式で表される。
【0041】また、図3には、RFトラップの安定領域を示すグラフが示されている。即ち、マシュー方程式の安定領域をr方向、z方向について重ね合わせた領域が、RFトラップの安定領域となっている。こうしたRFトラップの安定領域は、離散的に多数存在する。
【0042】なお、本発明の発明者による実験では、原点付近の第1安定領域内(図3における「β=0」、「β=1」、「β=0」、「β=1」の4本の曲線で囲まれた黒色部分の領域)にパラメータを設定すればよいことが判明した。
【0043】また、図4には、サンプル14としての銅にフェムト秒レーザーシステム12からフェムト秒レーザー光を照射して、銅をフェムト秒レーザーアブレーションした場合における、検出器40によって検出された銅2価イオン(Cu2+)の4重極質量分析器(QMS)38の分析結果を表すQMS信号強度の時間的な変化を示している。
【0044】図4における第1(1st)パルスは、レーザーアブレーション直後にRFトラップ制御部20のリング電極24にトラップされないで、直接に4重極質量分析器38に入ってきた銅2価イオンの信号である。
【0045】また、図4における第2(2nd)パルスは、リング電極24から銅2価イオンを掃き出すためのDCパルス電圧に400msの遅延時間(delay time)を与えたため、400msの間リング電極24にRFトラップされた後に、4重極質量分析器38方向に掃き出された銅2価イオンの信号である。
【0046】即ち、上記した本発明による低速多価イオンビームの発生装置によれば、所定の単一の価数の多価イオンをRFトラップし、RFトラップした所定の単一の価数の多価イオンを所望な方向ならびに所望な速度で掃き出すことができるものであり、従って、低速多価イオンビームを所望の方向に出力することができることになる。
【0047】次に、図5には、本発明による低速多価イオンビームの発生装置の第2の実施の形態が示されている。
【0048】この低速多価イオンビームの発生装置は、冷却用レーザー102と、再励起用レーザー104と、飽和吸収分光部106と、光音響素子高速スイッチ部108と、各50巻の反ヘルムホルツコイルを備えた第1磁気光学トラップ部110と、ターゲット原子輸送部112と、第2磁気光学/RFトラップ部114と、MCPイオン検出部116と、高強度レーザーとしてのフェムト秒レーザー118とを有して構成されている。
【0049】ここで、第2磁気光学/RFトラップ部116は、レーザー光の照射による磁気光学トラップと、上記した第1の実施の形態において説明したRFトラップとを行うものである。
【0050】以上の構成において、上記した低速多価イオンビームの発生装置においては、飽和吸収分光部106のフィードバック制御により安定したレーザー発振周波数を維持してレーザー発振する冷却用レーザー102から出射されたレーザー光を、水平方向において4方向から、また、垂直方向において2方向から第1磁気光学トラップ部110へ入射し、レーザー冷却により中性のターゲット原子をトラップする(以下、レーザー冷却によるトラップを「磁気光学トラップ」と適宜に称する。)。
【0051】こうして第1磁気光学トラップ部110において磁気光学トラップされた中性のターゲット原子は、ターゲット原子輸送部112を介して第2磁気光学/RFトラップ部114へ輸送される。
【0052】ここで、第2磁気光学/RFトラップ部116は、第1の実施の形態において説明したRFトラップ制御部20と同様な構成を備えており、さらに、リング電極24の胴部24a内に、水平方向において4方向から、また、垂直方向において2方向から、冷却用レーザー102から出射されたレーザー光ならびにフェムト秒レーザー118から出射されたフェムト秒レーザー光が入射されるようになされており、冷却用レーザー102および再励起用レーザー104から出射されたレーザー光によるレーザー冷却により中性のターゲット原子を磁気光学トラップするとともに、フェムト秒レーザー118から出射されたフェムト秒レーザー光により磁気光学トラップされた中性のターゲット原子を多価イオン化して、こうして生成された多価イオンのなかで所望の単一の価数の多価イオンのみを選択的にRFトラップするものである。
【0053】こうして第2磁気光学/RFトラップ部116にRFトラップされた所望の単一の価数の多価イオンは、上記した第1の実施の形態について説明したように、キャップ電極28にDC電源32によりDCパルス電圧を印加することにより、キャップ電極に印加するDCパルス電圧に応じて、所望な方向ならびに所望な速度で、リング電極24の胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンが掃き出されるものである。
【0054】ここで、ターゲット原子のレーザー冷却による磁気光学トラップについて、説明すると、まず、飽和吸収分光法により、飽和吸収分光部106においてほぼドップラーフリーの超微細構造スペクトルを得ることができる。図6には、飽和吸収分光部106によるルビジウムの超微細構造スペクトルが示されている。
【0055】さらに、冷却用レーザー102ならびに再励起用レーザー104内のグレーティングの微動用ピエゾに、周波数安定化を目的としたサーボロック回路によりフィードバック制御した電圧を印加することで、不安定なレーザーの発振周波数を制御することができるようになる。
【0056】具体的には、本発明者の実験によれば、90分間にわたり線幅5MHzの範囲内に、発振周波数を安定化させることができ、冷却用レーザー102と再励起用レーザー104と飽和吸収分光部106と光音響素子高速スイッチ部108とを、ルビジウム原子をレーザー冷却するためのルビジウム原子冷却用狭線幅レーザーシステムとして構築することができた。
【0057】そして、冷却用レーザー102から出射される周波数安定化した波長780nmの6本のビームを、各50巻の反ヘルムホルツコイルを備えた第1磁気光学トラップ部110に水平方向において4方向から、また、垂直方向において2方向から入射すると、ルビジウム原子を磁気光学トラップすることができた。
【0058】具体的には、共鳴周波数から負に離調することで、ターゲット原子であるルビジウム87を磁気光学トラップすることができた。図7には、ルビジウムを磁気光学トラップした状態が示されているが、直径1mm程度の大きさの球状に磁気光学トラップされたルビジウム87の個数は1.6×10個程度、トラップされた領域における原子密度は4.0×1011個/cmと見積もることができる。
【0059】ここで、電離係数を原子、イオンのイオン化ポテンシャル、レーザー強度、パルス形状、パルス幅などから求め、レート方程式を解き、各価数の数密度の時間変化を簡便に計算できるADK(Ammosov、Delone、Krainov)モデルによりルビジウムのトンネルイオン化について解析した結果が図8(a)(b)(c)に示されている。
【0060】図8(a)(b)(c)はいずれも光強度をパラメータとしており、図8(a)は「I=1014W/cm」の場合を示し、図8(b)は「I=1015W/cm」の場合を示し、図8(c)は「I=1016W/cm」の場合を示している。
【0061】ここで、図8(a)に示す「I=1014W/cm」の場合ではパルス終了時に1価イオンまで、図8(b)に示す「I=1015W/cm」の場合ではパルス終了時に2価イオンまで、図8(c)に示す「I=1016W/cm」の場合ではパルス終了時に7価イオンまで、多価イオン化が可能であることが判明した。
【0062】さらに、多価イオンと表面との相互作用について、クーロン爆発モデルを構築して解析した。
【0063】クーロン爆発モデルでは、(1)多価イオンの速度は零(2)半球体状の電荷領域の生成(3)多価イオンの総ポテンシャルエネルギーは電荷領域の静電エネルギーに移乗を仮定した。
【0064】図9は基板をGaAsとしたときの多価イオン照射効果を示しており、ルビジウム9価イオンで、ポテンシャルエネルギーは633.2eVあり、1個のルビジウム9価イオンで、各6以上づつのガリウム原子ならびに砒素原子のポテンシャルスパッタリングを行うことが可能であることがわかる。
【0065】また、ルビジウム7価イオンで、ポテンシャルエネルギーは347.2eVあり、1個のルビジウム7価イオンで、各3以上づつのガリウム原子ならびに砒素原子のポテンシャルスパッタリングを行うことが可能であることがわかる。
【0066】なお、上記した実施の形態においては、多価イオンはプラスイオン(+イオン)であるので、リング電極24の胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを出射させる際に、図10(a)に示すように、多価イオンの出射方向とは逆方向側に位置するキャップ電極28に+DCパルス電圧を印加することにより、胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを掃き出すようにした。しかしながら、これに限られることなしに、図10(b)に示すように、多価イオンの出射方向側に位置するキャップ電極26に−DCパルス電圧を印加することにより、胴部24a内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを引き出すようにしてもよい。
【0067】
【発明の効果】本発明は、以上説明したように構成されているので、所定の価数に制御された低速多価イオンビームを効率よく発生することのできる低速多価イオンビームの発生装置を提供することができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による低速多価イオンビームの発生装置の第1の実施の形態の概念構成説明図である。
【図2】マシュー(Mathieu)方程式を示す説明図である。
【図3】RFトラップの安定領域を示すグラフである。
【図4】銅にフェムト秒レーザー光を照射して銅をフェムト秒レーザーアブレーションした場合における、銅2価イオン(Cu2+)の4重極質量分析器(QMS)の分析結果を表すQMS信号強度の時間的な変化を示すグラフである。
【図5】本発明による低速多価イオンビームの発生装置の第2の実施の形態の概念構成説明図である。
【図6】飽和吸収分光部によるルビジウムの超微細構造スペクトルを示すグラフである。
【図7】ルビジウムを磁気光学トラップした状態を示すCCDカメライメージである。
【図8】ADK(Ammosov、Delone、Krainov)モデルによるルビジウムのトンネルイオン化の解析結果を示すグラフであり、(a)(b)(c)はいずれも光強度をパラメータとしており、(a)は「I=1014W/cm」の場合を示し、(b)は「I=1015W/cm」の場合を示し、(c)は「I=1016W/cm」の場合を示している。
【図9】基板をGaAsとしたときの多価イオン照射効果を示すグラフである。
【図10】リング電極の胴部内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを出射させる際の手法を示し、(a)は、多価イオンの出射方向とは逆方向側に位置するキャップ電極に+DCパルス電圧を印加することにより、リング電極の胴部内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを掃き出すようにした場合を示し、(b)は、多価イオンの出射方向側に位置するキャップ電極に−DCパルス電圧を印加することにより、リング電極の胴部内にRFトラップされた所定の単一の価数に制御された多価イオンを引き出すようにした場合を示す。
【符号の説明】
10 多価イオン生成部
12 フェムト秒レーザーシステム
14 サンプル(sample)
20 RFトラップ制御部
22 真空チャンバー
24 リング電極
24a 胴部
24b 第1貫通孔
24c 第2貫通孔
26、28 キャップ電極
30 RF+DC電源
32 DC電源
34 ターボ分子ポンプ
36 可変リークバルブ
38 バッファーガス供給システム
40 4重極質量分析器(QMS:Quadrupole Mass Spectrometer)
42 検出器(DET)
102 冷却用レーザー
104 再励起用レーザー
106 飽和吸収分光部
108 光音響素子高速スイッチ部
110 第1磁気光学トラップ部
112 ターゲット原子輸送部
114 第2磁気光学/RFトラップ部
116 MCPイオン検出部
118 フェムト秒レーザー

【特許請求の範囲】
【請求項1】 多価イオンを生成させる多価イオン生成手段と、前記多価イオン生成手段により生成された多価イオンのなかで所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出射するトラップ制御手段とを有し、前記多価イオン生成手段は、高強度レーザーによってプラズマを発生させて多価イオンを生成するようにしたものである低速多価イオンビームの発生装置。
【請求項2】 請求項1に記載の低速多価イオンビームの発生装置において、前記高強度レーザーは、フェムト秒レーザーであるものである低速多価イオンビームの発生装置。
【請求項3】 請求項1または請求項2のいずれか1項に記載の低速多価イオンビームの発生装置において、前記トラップ制御手段は、筒状のリング電極と、前記リング電極の軸方向における両方の端部側に配置された一対のキャップ電極と、前記リング電極にRF周波数のRF電圧およびDC電圧を印加するための第一の電源と、前記一対のキャップ電極の一方にDCパルス電圧を印加するための第二の電源とを有し、前記多価イオン生成手段によって生成された多価イオンについて、前記リング電極に対して前記第一の電源から印加されるRF周波数のRF電圧およびDC電圧に応じて、前記リング電極内において所定の単一の価数の低速な多価イオンのみをトラップし、前記一対のキャップ電極の一方に前記第二の電源によりDCパルス電圧を印加することにより、前記一対のキャップ電極の一方に印加するDCパルス電圧に応じた方向ならびに速度で、前記リング電極内にトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンを出射するものである低速多価イオンビームの発生装置。
【請求項4】 中性のターゲット原子をレーザー冷却するためのレーザー光を出射する第1のレーザー手段と、中性のターゲット原子から多価イオンを発生させるためのレーザー光を出射する第2のレーザー手段と、前記第1のレーザー手段から出射されたレーザ光によって中性のターゲット原子をレーザー冷却してトラップする第1のトラップ制御手段と、前記第1のトラップ制御手段によってトラップされた中性のターゲット原子を入力して、前記第1のレーザー手段から出射されたレーザ光によって該入力した中性のターゲット原子をレーザー冷却してトラップするとともに、前記第2のレーザー手段から出射されたレーザー光によって該トラップした中性のターゲット原子から多価イオンを発生させ、該発生された多価イオンのなかで所定の価数の多価イオンのみをトラップするとともに、トラップした多価イオンを所定の運動エネルギーで所定の方向に出力する第2のトラップ制御手段とを有するものである低速多価イオンビームの発生装置。
【請求項5】 請求項4に記載の低速多価イオンビームの発生装置において、前記第2のレーザーは、フェムト秒レーザーであるものである低速多価イオンビームの発生装置。
【請求項6】 請求項4または請求項5のいずれか1項に記載の低速多価イオンビームの発生装置において、前記第2のトラップ制御手段は、筒状のリング電極と、前記リング電極の軸方向における両方の端部側に配置された一対のキャップ電極と、前記リング電極にRF周波数のRF電圧およびDC電圧を印加するための第一の電源と、前記一対のキャップ電極の一方にDCパルス電圧を印加するための第二の電源とを有し、前記第2のレーザー手段から出射されたレーザー光によって発生された多価イオンについて、前記リング電極に対して前記第一の電源から印加されるRF周波数のRF電圧およびDC電圧に応じて、前記リング電極内において所定の単一の価数の低速な多価イオンのみをトラップし、前記一対のキャップ電極の一方に前記第二の電源によりDCパルス電圧を印加することにより、前記一対のキャップ電極の一方に印加するDCパルス電圧に応じた方向ならびに速度で、前記リング電極内にトラップされた所定の単一の価数に制御されたイオンを出射するものである低速多価イオンビームの発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2001−210247(P2001−210247A)
【公開日】平成13年8月3日(2001.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−19487(P2000−19487)
【出願日】平成12年1月28日(2000.1.28)
【出願人】(000006792)理化学研究所 (14)
【Fターム(参考)】