説明

体細胞クローン胚の選抜方法、体細胞クローン胚、非ヒトクローン動物

【課題】体細胞クローンの作製において、妊娠 ・出産し易い胚をより高い確率で選抜できる体細胞クローン胚の選抜方法を提供する
【解決手段】この発明の体細胞クローン胚の選抜方法は、当該体細胞クローン胚の特定遺伝子の発現量を測定し、その特定遺伝子が細胞融合直後には発現しておらず、それから一定時間後に適宜範囲内で発現していることを基準として、体細胞クローン胚の中から妊娠 ・出産し易いものを選抜する。
【選抜図】なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、体細胞クローン胚の選抜方法に関し、特に、移植用の仮親(レシピエント)に移植した場合に妊娠・出産する可能性の高い体細胞クローン胚を選抜する胚の選抜方法、及びこの方法によって選抜された体細胞クローン胚、及びこのクローン胚から発生した非ヒトクローン動物に関する。
【背景技術】
【0002】
クローン技術は、例えば、乳量が多く、かつ飼料効率に優れた生産能力の高い牛や、肉質が良く、かつ飼料効率に優れた牛などを多数生産・確保して家畜の品質や生産性を向上するため、畜産分野においても有効な手段の一つであると考えられており、従来から様々な研究がなされている。
【0003】
さて、畜産分野におけるクローン技術には、大きく分けて(a)受精後発生初期の胚の細胞を用いる「受精卵クローン技術」と、(b)皮膚や筋肉などの体細胞を用いる方法「体細胞クローン技術」とがある。
【0004】
「受精卵クローン技術」は、受精後5〜6日目で、16〜32細胞へと細胞分裂が進んだ状態の受精卵(胚)をひとつひとつの細胞(割球)に分け、未受精卵を除核して作ったレシピエント卵子に核移植・細胞融合して培養したのち、仮親に移植・受胎させ、お互いにクローンである家畜を作製する。これに対して、体細胞クローン技術は、クローンを作製したい家畜の皮膚や筋肉などの体細胞を培養してドナー細胞とし、このドナー細胞をレシピエント除核卵子に核移植したのち、受精卵クローン技術とほぼ同じ方法によりクローンを作製する。
【0005】
さて、「受精卵クローン技術」は既に実用化してはいるものの、両親のもつ遺伝的特性が受精卵に受け継がれるのか否かが不確実であり、クローンを成体まで育ててみなければ両親の優れた特徴を受け継いでいるか否かについての不確実性をなくすことはできない。これに対して、「体細胞クローン技術」はドナーの特質をそのまま受け継ぐので、このような不確実性はない。すなわち、体細胞クローン技術」は「受精卵クローン技術」と比べて生まれてきた家畜の特性を受け継ぐことが確実な点で優れている。
【0006】
しかし、「体細胞クローン技術」は、自然妊娠と比べればもちろん、「受精卵クローン技術」と比べても、妊娠を維持し難く、胎児の間、出産後すぐ、幼児期など幼いうちに死亡するものが多いという問題がある。そして、仮親に胚を移植したあと妊娠しなかった場合や、生後すぐに死んでしまった場合、同じ仮親に短期間で移植・妊娠させることは困難であるため、時間的、金銭的な損失が大きい。これは、妊娠期間(280日程度) が長く、一度の妊娠で1匹の子供しか妊娠しないウシなどの大型哺乳類には特に当てはまる。
【0007】
このため、「体細胞クローン技術」が上記のような問題を引き起こす原因について現在多くの研究がなされている。そして、その一つの原因として、既に死んでいる胚や妊娠過程で正常に発生できない胚を仮親の子宮に胚を移植していることが挙げられており、従来から胚をスクリーニングすることによって、よりよい胚を選抜し妊娠 ・出産の確率を高める研究がなされてきた。
【0008】
例えば、本発明者らはルシフェラーゼ遺伝子(以下、luc+と省略する。)を導入したウシ繊維芽細胞をドナー細胞として使用した体細胞クローン胚を作製し、生物発光の有無と胚盤胞期胚の発生との関連を調べた。その結果、体細胞クローン胚には融合直後から生物発光するものとしないものがあり、その割合や発光強度は経時的に変化すること、及び細胞融合直後(0hpf)に発光せず、一定期間(60hpf)培養した後に発光するクローン胚のみが胚盤胞期胚へ発生することを明らかにした(非特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3を参照。)。なお、細胞融合直後に発光せず、一定期間(60hpf)培養した後に発光するクローン胚が胚盤胞期胚へ発生する確率は、8〜17%であった。
【0009】
そこで、上記生物発光の有無により胚の選抜を行い発生の期待できる胚を移植すれば、仮親の妊娠・出産の確率も充分高くなると考えられる。しかし、この確率をより高めることにより、家畜が妊娠出産する確率をより高め、牧畜業のより一層の生産性・品質の向上を図るため、さらに良い胚の選抜方法が求められている。
【非特許文献1】前田ら、「ルシフェラーゼ遺伝子を導入したウシ繊維芽細胞によるクローン胚の遺伝子発現時期の検討」、日本畜産学会第101回大会講演要旨(2003年3月27日〜29日開催)、P.83
【非特許文献2】玉里ら、「ルシフェラーゼ遺伝子導入細胞を用いたウシクローン胚における生物発光がその後の初期発生に及ぼす影響」、第10回日本胚移植研究会大会講演要旨集(平成15年8月21日〜22日開催)、P.43
【非特許文献3】玉里ら、「ルシフェラーゼ遺伝子を導入したウシ繊維芽細胞を用いたクローン胚における遺伝子発現がその後の初期発生に及ぼす影響」、日本畜産学会第103回大会講演要旨(2003年3月29日〜31日開催)、P.113
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、この発明は、体細胞クローンの作製において、妊娠 ・出産し易い胚をより高い確率で選抜できる体細胞クローン胚の選抜方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明の体細胞クローン胚の選抜方法は、当該体細胞クローン胚の特定遺伝子の発現量を測定し、その特定遺伝子が細胞融合直後には発現しておらず、それから一定時間後に適宜範囲内で発現していることを基準として、体細胞クローン胚を、妊娠 ・出産し易いものとそうでないものとに選抜することを最大の特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
この発明の胚の選抜方法によって、体細胞クローンによる妊娠や出産の成功率が高くなり、牧畜業の生産性や品質がより向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
この発明は、非ヒト動物であるドナーの体細胞とレシピエント卵子とから製作された体細胞クローン胚のなかから、特定遺伝子の発現量の経時変化を測定することによって妊娠・出産する可能性が高い体細胞クローン胚を選抜する。
【0014】
この発明における非ヒト動物としては、ヒトを除く動物であれば特に限定する必要はないが、具体的には、豚、山羊、羊、ウサギ、ウシ、ウマ、ラット、マウス等の哺乳類やニワトリ等の鳥類が例示でき、商業的な利益を考えると哺乳類、その中でもウシが最適である。
【0015】
また、体細胞クローン胚のもとになるレシピエント卵子としては、成熟卵子であれば特に制限されるものではなく、屠場由来の卵巣から採取した卵子を体外成熟させたもののほか、プロスタグランジンF2α、クロプロステノール、絨毛ゴナドトロピン等のホルモン投与による過排卵処理により得られる体内成熟卵子であっても使用できる。ただし、着床率の点からすれば体内成熟卵子、特に性成熟した個体から採取した体内成熟卵子が好ましい。かかる体内成熟卵子は、過排卵処理により得られる個体の子宮及び卵巣をPBS溶液等によって卵管灌流して採取することができるが、卵丘細胞が付着している卵子はヒアルロニダーゼ処理を行って、卵丘細胞を除去することが好ましい。
【0016】
上記レシピエント卵子からの除核は、細胞骨格形成阻害剤であるサイトカラシンB処理を施した卵子を使用するのが好ましい。より具体的には、体外成熟卵子等のレシピエント卵子をホールディングピペットで保定し、微細なガラス針によりその透明帯を迅速・的確に切開したのち、サイトカラシンBを含有する培地でそれらのレシピエント卵子を処理し、除核操作用シャーレのサイトカラシン入りドロップに移して、除核用ピペットあるいは除核用ガラス針により第一極体の付近の細胞質を極体ごと吸引又は押し出して行う。なお、それらの極体を含む細胞質を調べることにより除核できていることを確認することが好ましく、また除核卵子からはサイトカラシンBを除去することが好ましい。
【0017】
体細胞クローン胚のもとになるドナー細胞としては、体細胞から樹立された培養細胞にレポーター遺伝子を導入したものや、遺伝子導入していない細胞など、特に制限なく利用できるが、例えば、胎児期や幼年期にある個体の繊維芽細胞に由来するものが例示できる。また、レシピエントや仮親と毛色の異なる品種をドナーとすれば、毛色からクローン動物であることを判断できる。また、ドナー細胞の細胞周期は特に制限されるものではないが、細胞周期G0/G1期に同調させた体細胞が好ましい。なお、細胞周期G0/G1期に同調させた体細胞は、例えば一定期間培養し続けコンフルエントな状態まで培養するあるいは、培養液中の血清濃度を極端に低下させた培養液に交換し血清飢餓状態で培養することにより得ることができる。
【0018】
特定遺伝子としては、その発現量を細胞が生きたままで測定できるものであれば特に制限なく使用できるが、目的とする胚を容易に選別するため、発光又は発色に関連する蛋白質をコードする遺伝子が好ましく、中でも高等生物でレポーター遺伝子としての利用実績が多いことから、ホタルルシフェラーゼ遺伝子、改良型ホタルルシフェラーゼ遺伝子、ウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子、青緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、強化青緑色蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子、青色蛍光タンパク質(BFP)遺伝子、赤色蛍光タンパク質(CFP)遺伝子などが好ましい。また、遺伝子導入するのではなく、胚の成育段階に応じて胚の表面に生じる表面抗原を利用してもよい。
【0019】
このようなレポーター遺伝子は、定法に従って、β−アクチンなどのプロモーター遺伝子やPoly A配列とともにプラスミドに組み換えられ、プラスミドごとドナー体細胞由来の培養細胞に導入され、プラスミドが導入された培養細胞だけがドナー細胞として選択培養される。なお、上記プロモーター遺伝子、プラスミドは上記培養細胞で使用可能なものであれば特に制限なく使用でき、形質転換の方法も 電気穿孔、リポソーム、ウイルスなどを利用する従来からある方法が使用できる。また、選択培養についても従来からある抗生物質耐性を利用した方法や栄養要求性を利用した方法が使用できる。
【0020】
体細胞クローン胚は、定法に従って、例えば、ドナー細胞を細胞導入用ピペットに吸い込み、このピペットの先端を除核されたレシピエント卵子の囲卵腔に差し込んでドナー細胞を注入したのち、細胞融合装置による電気融合処理、カルシウムショックを行うことにより作製される。
【0021】
このようにして製作した体細胞クローン胚において、第一の時刻及び第二の時刻における特定遺伝子の発現量を体細胞クローン胚が生きたままの状態で測定し、特定遺伝子が第一の時刻では発現しておらず、第二の時刻で適宜量発現している体細胞クローン胚のみを選抜することにより、妊娠 ・出産の確率を高める。
【0022】
特定遺伝子の発現量を測定する方法としては、例えば、ルシフェリン溶液に浸した体細胞クローン胚の発光強度をイメージングフォトンカウンターで測定する方法、ルシフェリン溶液に浸した体細胞クローン胚の発光強度に応じてセルソーターによって分離する方法、体細胞クローンとその表面抗原と結合する蛍光抗体とを混合し、蛍光抗体の蛍光強度をイメージングフォトンカウンターで測定する方法など、生きた細胞中の特定遺伝子の発現量を測定する方法であれば特に制限なく使用することができる。
【0023】
第一の時刻は、使用する特定遺伝子、ドナー、レシピエント等によって異なるが、具体的には、遺伝子導入細胞の移植時、細胞融合完了時、活性化処理完了時などがあげられるが、なかでも細胞融合完了直後から活性化処理前が好ましい。また、第二の時刻についても、使用する特定遺伝子、ドナー、レシピエント等によって異なるが、例えば細胞融合完了後、胚の発生制御が母性から胚性へと移行する胚性遺伝子の活性化時期および使用する特定遺伝子の発現時期であり、なかでも胚性遺伝子の活性化時期が好ましい。また、特定遺伝子の適宜な発現量についても、使用する特定遺伝子、ドナー、レシピエント等によって異なるが、第二の時刻に特定遺伝子の発現量が多ければ多いほどよく、なかでも、特定遺伝子が全ての割球で発現しているものが好ましい。
【実施例】
【0024】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても以下の実施例によって制限されるものではない。
【0025】
1. 導入遺伝子の調整
pIRES2/EGFPベクター (Clontech, Palo alto, CA, USA)を制限酵素PstI、BamHIで消化し、Multiple Cloning Site(MCS)に1.7kbpの改良型ホタルルシフェラーゼcDNA断片(luc+, Improved firefly luciferase gene, PicaGene Promoter Vector 2、TOYO B-Net Co., Ltd., Tokyo, Japan)を導入し、pIRES2/luc+/EGFPベクターを得た。さらに、遺伝子導入した細胞、およびその細胞による再構築胚で構成的にluc+を発現させるため、pIRES2/luc+/EGFPベクターを制限酵素AseI,、PstI,で消化して、0.6kbpのCMVプロモーター配列を除去したのち、1.5kbpのニワトリβ-アクチンプロモーター (β-act)配列を導入し、図1に示すpIRES2/β-act/luc+/EGFP(neor)の遺伝子発現を観察するため使用し、薬剤耐性遺伝子(neor)およびEGFPは、遺伝子導入細胞の選択マーカーとして使用した。
【0026】
2. 遺伝子導入細胞の獲得
(1)ウシ繊維芽細胞への遺伝子導入
遺伝子の導入には、2ヶ月齢の子ウシ耳介からトリプシン処理により樹立し、数回の継代培養を行った繊維芽細胞を使用した。まず、この繊維芽細胞を4well dish (Nunc, Roskilde, Denmark)に0.5〜0.7x105cells/wellに播種し、10%ウシ胎児血清(FBS)添加ダルベッコ変法イーグル培地 (Dulbecco's Modified Eagle Medium、以下 DMEMと省略, 日水製薬株式会社, Tokyo, Japan)により、37℃、5% CO2、95% N2、飽和湿度の炭酸ガスインキュベーター(ESPEC, Osaka, Japan)内で24時間培養した。つぎに、10%FBS 添加DMEMにより培地交換 (150μl/well)を行ったのち、100μlの無血清DMEMに遺伝子導入試薬3μl(終濃度 1.2x10-2μl/ml、GeneJammer(登録商標) Transfection Reagent (Stratagene, La Jolla, CA, USA))とpIRES2/β-act/ luc+/EGFPプラスミド溶液20μl(終濃度4μg/ml)とを添加した混合溶液を各wellに加え、37℃、5%CO2、95%空気、飽和湿度の炭酸ガスインキュベーター内で3時間培養した。その後、10%FBS添加DMEMを250μl加え、37℃、5%CO2、95%空気、飽和湿度の炭酸ガスインキュベーター内でさらに24時間培養した。このようにしてプラスミド(pIRES2/β-act/luc+/EGFP(neor))をウシ繊維芽細胞に導入した。
【0027】
(2)選択培養および遺伝子導入細胞の獲得
遺伝子導入したウシ繊維芽細胞を10%FBS添加DMEMで細胞数を5倍希釈し、24時間培養した。その後、600μg/ml G418 (Geneticin, Gibco, Grand Island, NY, USA)含有20%FBS添加DMEMを培養液として選択培養を行った。選択培養は20日間行い、培養液は4日毎に交換した。20日間選択培養を行うとほとんどの細胞は死滅したが、一部の細胞は生存し、直径約1cmのコロニー状に増殖した。つぎに、これらの増殖した細胞群を蛍光顕微鏡下で観察し、EGFPが陽性の細胞群をクローニングリング (岩城硝子株式会社, Chiba, Japan)により単離し、単離した遺伝子導入細胞を10%FBS添加DMEMで継代培養した。また、EGFP陽性の細胞全てにおいて、luc+の発現も確認できた。
【0028】
(3)遺伝子導入細胞の確認
(2)で獲得した遺伝子導入細胞を3代以上の継代培養したのち、イメージングフォトンカウンター (ARGAS 50, Hamamatsu Photonics, Hamamatsu, Japan)を用いてluc+の発現による発光の強度を測定した。最初に遺伝子導入細胞の透過光像を2.5μg/mlルシフェリン (Sigma, St. Louis, MI, USA)溶液内で撮影した。次に、luc+の発現によるLUC+シグナルを検出するため、暗所にてVIM-CCDカメラ (Hamamatsu Photonics, Shizuoka, Japan)で30分間光子を蓄積させた。そして、撮影した2枚の画像をイメージングフォトンカウンターのコンピューター上でSuperimposeにより合成した 。その結果を図2に示す。その結果、遺伝子導入細胞では、3代以上の継代培養後でも安定したluc+の発現が観察できた。なお、図2中の(a)は、遺伝子導入細胞の画像であり、(b)は luc+の発現による発光像と(a)の画像とを合成した画像である。
【0029】
また、遺伝子導入細胞について、luc+をプローブに使用して常法に従ってサザンブロット解析を行った。図3は1.65kb付近のサザンブロット解析の結果を示す図であり、この図からも染色体へのluc+の組込みが確認できた。
【0030】
さらに、遺伝子導入細胞の細胞増殖能について、10%FBS添加DMEMにより培養し、その細胞数をMatelized Counting Chamber (Becton dickinson, sparks, MD, USA)により計測した。その細胞の増殖曲線を図4に示した。遺伝子導入細胞の細胞増殖能は、遺伝子導入を行ってない遺伝子非導入細胞の細胞増殖能とほぼ同程度であった。
【0031】
加えて、これら遺伝子導入細胞の染色体標本を作製し、染色体数の正常性についても検討しところ、表1に示すように、遺伝子導入細胞の染色体数の正常性は83%であり、遺伝子非導入細胞 (87%)と同様に維持されていた 。
【0032】
【表1】

【0033】
以上の結果から、遺伝子導入細胞は、導入したpIRES2/β-act/luc+/EGFP遺伝子が染色体上に確実に組込まれ、クローン化された細胞群であり、かつ、染色体数の正常性を維持した細胞であることが確認できた。
【0034】
3.再構築胚の作製
(1)ウシ卵子の体外成熟
屠場にてウシ屠体より採取したウシ卵巣を25℃生理食塩水に保存し、屠殺後6〜8時間以内に研究室まで輸送した。ウシ卵巣表面の直径2〜5mmの卵胞から21Gの注射針 (Terumo, Tokyo, Japan)と 10mlシリンジ (Terumo)を用いてウシ卵子を卵胞液と共に吸引し回収した。回収した卵胞液から、2〜4重層の卵丘細胞が付着した卵子卵丘細胞複合体のみを選別し回収した。回収した卵子卵丘細胞複合体を成熟用培養液 (成分は表2を参照。) を使用して、39℃、5%CO2、95%空気、飽和湿度の炭酸ガスインキュベーター内で21時間成熟培養した。
【0035】
【表2】

【0036】
(2)核移植
(a)ウシ卵子の裸化
21時間成熟培養した卵子卵丘細胞複合体を0.25%ヒアルロニダーゼ(Sigma)含有5%新生子ウシ血清 (New Born Calf Serum、以下 NBCSと略, Gibco)添加TCM-199 (Hank's salts,以下 Hと略, Gibco)溶液内で5分間静置した。その後、卵子の周りに付着した卵丘細胞をピペッティング操作により完全に除去した。
【0037】
(b)除核
卵丘細胞を完全に除去した卵子を5%NBCS添加TCM-199 (H)内に移し、倒立顕微鏡下で第一極体が放出された卵子を選別した。そして、第一極体が存在する場所付近にある未受精卵子の核を除去するため、卵子の第一極体付近の透明帯を切開用ニードルで切開し、これら卵子を5μg/mlサイトカラシンB(Sigma)含有5%NBCS添加TCM-199 (H)に移し15分間静置した。その後、透明帯切開用ニードルで卵子を上から押さえ、第一極体およびその周辺の卵細胞質を透明帯切開部位から、除核用ピペットによって卵子細胞質の容量の約10〜20%を除去することで除核した。
【0038】
押し出した卵細胞質のみを20μg/mlヘキスト33342 (Sigma, USA)含有5%NBCS添加TCM-199 (Earle's salts, 以下Eと略)に移し、39℃、5%CO2、95%空気、飽和湿度下で30分間染色して、UV照射下で除去した卵細胞質内に核が存在することを確認した。なお、以後の実験では、レシピエント除核卵子には、除去した卵細胞質において核が確認できたものに対応する除核卵子のみを使用した。
【0039】
(c)細胞導入
細胞導入のドナー細胞には、継代培養11代目以降のpIRES2/β-act/luc+/EGFP遺伝子導入細胞を使用した。まず、このドナー細胞を、10%FBS添加DMEMで80%コンフルエント状態まで培養したのち、0.4%FBS添加DMEMに培養液を交換し、7日間血清飢餓培養を行った。また、これと平行して(b)のレシピエント除核卵子を5%NBCS 添加TCM-199 (H)に移した。つぎに、血清飢餓培養を行ったドナー細胞を、0.04% EDTA (Nacalai tesque, Kyoto, Japan)含有0.25%トリプシン (Difco, Sparks, MD, USA)処理により培養皿から回収して遠心処理を行ったのち、10% PVP (Nacalai tesque)溶液中に懸濁した。そして、細胞導入用ピペットにドナー細胞を吸引して、レシピエント除核卵子の透明帯切開部位から囲卵腔内にドナー細胞を導入した。なお、細胞導入用ピペットは、あらかじめピペット内にPVP溶液を吸引してPVPでコーティングし、ドナー細胞のピペットへの接着を防止した。
【0040】
(d)電気融合処理
マイクロマニピュレーターに微小電極 (Nepa gene, Chiba, Japan)をセットし、BTX細胞融合装置 (ECM200, BTX, Holliston, MA, USA)に接続した。ドナー細胞を導入したレシピエント除核卵子を細胞融合液 (Zimmerman Cell Fusion Medium、以下、 ZFMと略す。成分は表3に示す。) 内に静かに移した。微小電極、卵子細胞質および遺伝子導入細胞が一直線になるように両極から挟み、直流2.7kV/cm、11μsecを2回印加することでレシピエント除核卵子と細胞導入したドナー細胞とを融合して再構築胚とした。融合処理を行ったのち、再構築胚を5%NBCS添加TCM-199 (E) 50μlのドロップ内へ移し、39℃、5%CO2、5%O2、90%N2、飽和湿度のインキュベーター内で30分間培養した。培養後、実体顕微鏡下でドナー細胞と卵子細胞質との融合の確認した。なお、細胞融合の確認は、囲卵腔内のドナー細胞の有無により判断した。
【0041】
【表3】

【0042】
(e)活性化処理
融合した再構築胚は、暗所でCa2+イオノフォアによる活性化処理をした。再構築胚を100μlの5μM Ca2+イオノマイシン (Sigma)含有1μg/ml PVA (Polyvinyl alcohol, Sigma)を添加したD-PBS (Dulbecco's Phosphate Buffered Saline, Gibco)内に移し、5分間静置した。Ca2+イオノフォア処理後、再構築胚を直ちに10μg/mlシクロヘキシミド (Sigma, USA)含有修正合成卵管液 (modified Synthetic Oviduct Fluid; mSOF)内に移し、39℃、5%CO2、5%O2、90%N2、飽和湿度のインキュベーター内で6時間処理した。
【0043】
(f)体外培養
活性化処理を行った再構築胚を修正合成卵管液 (以下、mSOFと省略する。なお、成分は表4に示す。) に移し、2回洗浄した。その後、胚を同培養液50μlのドロップ内に20〜30個ずつ移し、39℃、5%CO2、5%O2、90%N2、飽和湿度のインキュベーター内で体外培養した。再構築胚を470個作製したところ、細胞融合後60時間 (60hpf; hours post fusion)に281個の胚が4〜8細胞期に発生した。そこで、これら4〜8細胞期胚を使用して胚におけるluc+の発現強度と発生との関係を調べた。
【0044】
【表4】

【0045】
4.遺伝子導入再構築胚での導入遺伝子 (luc+)の発現観察
(1)0hpfでの遺伝子発現強度による胚の選別
以前の研究より、血清飢餓培養を行った遺伝子導入細胞を用いた再構築胚では、融合直後ほとんど全ての胚で発現を抑制できる(融合直後に発光した胚の割合は約4%)ことを確認した。また、導入遺伝子(luc+)の測定のため長時間胚を培養器外に出すことによる胚へのダメージを考慮し、0hpfでの導入遺伝子 (luc+)の発現の測定及び胚の選抜は省略した。
【0046】
(2) 60hpfでの遺伝子発現強度による胚の選別および体外培養
ウシ胚の胚性遺伝子の活性化時期である60hpfでの遺伝子発現とその後の初期発生との関係を検討するため、イメージングフォトンカウンターを用いて遺伝子導入再構築胚でのluc+の発現による発光強度を測定した。遺伝子導入再構築胚を2.5μg/mlルシフェリン溶液内に移し、最初に透過光像を撮影した。次に、luc+の発現によるLUC+シグナルを検出するため、暗所にてVIMカメラを用いて30分間光子を蓄積させた。撮影した2枚の画像をイメージングフォトンカウンターのコンピューター上でSuperimposeにより合成した。その結果を 図5に示す。
【0047】
合成した画像(図5)をもとに発光胚を観察し、その発光強度により分類した。発光胚の分類は、>10×105ピクセル/胚の強い発光を示した胚 (+++)、5〜10×105ピクセル/胚のやや強い発光を示した胚 (++)、<5×105ピクセル/胚の弱い発光を示した胚 (+) 、そして発光の見られなかった胚 (Negative: N)の4段階に分類した。つぎに、分類した胚を39℃、5%CO2、5%O2、90%N2、飽和湿度のインキュベーター内で168hpfまで体外培養し、胚盤胞期胚の発生について検討した。
【0048】
その結果、60hpfに再構築胚137個の発光強度を測定したところ、+++胚は48個 (35%)、++胚は22個 (16%)、+胚は44個 (32%)そしてNegative胚は23個 (17%)であった 。また、それぞれの胚を168hpfまで体外培養したところ、胚盤胞期胚の発生は、+++胚において顕著に高い値を示し、その発生率は表5に示すように29% (14/48)であった 。
【0049】
【表5】

【0050】
(3) 胚の各割球での遺伝子発現と体外培養
ウシ胚の胚性遺伝子の活性化時期である60hpfでの遺伝子発現とその後の初期発生との関係をより詳細に検討するため、イメージングフォトンカウンターを用いて60hpfにおける+++胚の個々の割球でのluc+の発現状況を調べた。
【0051】
具体的には、まず、144個の再構築胚のうち60hpfに発光強度が+++であった38個の再構築胚の透明帯を0.5%プロナーゼ (Roche, Indianapolis, IN, USA)処理により除去した。また、それぞれの胚の各割球でのluc+の発現による発光強度を測定した。その結果、図6に示すように、+++胚には、全ての割球で発光が見られる胚と発光の見られる割球と見られない割球とが混在したモザイク状の胚が存在した。また、表6に示すように、全ての割球で発光が見られた胚は24個(63%)であり、1つの割球で発光が見られなかった胚は11個(29%)、2つ以上の割球で発光が見られなかった胚は、3個(8%)であった 。
【0052】
【表6】

【0053】
つぎに、図7に示すように、再構築胚を培養皿にAggregation Needles (Biological Laboratory Equipments, Maintenance and Service Ltd., Budapest, Hungary)を用いて作製した培養皿の微小な凹部に一胚ずつ導入して、39℃、5%CO2、5%O2、90%N2、飽和湿度のインキュベーター内で168hpfまで体外培養し、胚盤胞期胚の発生について検討した。
【0054】
その結果、60hpfで強い発光を示した+++胚の中で、図8に示すような全ての割球で発光が見られる胚、及び1割球のみで発光が見られなかった胚が胚盤胞期胚へ発生した 。その発生率は、表6に示すように、全ての割球で発光が見られた胚で54%(13/24)、1割球のみで発光が見られなかった胚で18%(2/11)であった 。
【0055】
上記の実施例から、同一の方法により作製された体細胞クローン胚であっても、導入された遺伝子(luc+)による発光強度には強弱の差があること、そしてこの違い、特に60hpfでの発光強度の違いによって再構築胚が胚盤胞期胚に発生できるか否かが決まることがわかった。また、60hpfで高い発光強度を示した再構築胚のうち、全ての割球で発光が見られる胚および1割球のみで発光が見られなかった再構築胚が胚盤胞期胚へ発生することもわかった。そのため、luc+等のレポーター遺伝子を導入し、60hpf等一定時間後のレポーター遺伝子の活性を測定することにより、再構築胚から胚盤胞期胚へ発生する可能性を予測することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】この発明の実施例で使用したpIRES2/β-act/luc+/EGFPプラスミドの構造を模式的に示す図である。
【図2】遺伝子導入細胞での遺伝子発現を示す図である。(a)は、遺伝子導入細胞の画像、(b)は/luc+の発現による発光像と(a)の画像とを合成した画像である。
【図3】遺伝子導入細胞のサザンブロット解析の結果を示す図である。
【図4】遺伝子導入細胞の増殖能を調べた結果を示す図である。
【図5】60hpfにおける遺伝子導入再構築胚での遺伝子発現を示す図である。(a)は+++の発光強度を示した胚、(b)は ++の発光強度を示した胚であり、(c)は+の発光強度を示した胚である。
【図6】60hpfで透明帯を除去した再構築胚の各割球での遺伝子発現の状態を示す図である。(a)全ての割球で発光が見られた胚 (b)発光の見られた割球と見られない割球とが混在したモザイク状の胚である。
【図7】割球を体外培養する様子を示す図である。
【図8】割球の体外培養により得られた胚盤胞期胚の(a)透過光像、(b)LUC+シグナル像、(c)ヘキスト染色像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト動物の体細胞から製作された体細胞クローン胚のなかから、妊娠・出産する可能性が高い体細胞クローン胚を選抜する体細胞クローン胚の選抜方法であって、
第一の時刻に体細胞クローン胚の特定遺伝子の発現量を、前記体細胞クローン胚が生きたままの状態で測定する第一の測定工程と、
第二の時刻に前記特定遺伝子の発現量を、前記体細胞クローン胚が生きたままの状態で測定する第二の測定工程と、
前記第一の時刻に前記特定遺伝子が発現しておらず、前記第二の時刻に前記特定遺伝子が適宜な量発現している体細胞クローン胚を選抜する選抜工程と、
を備えた体細胞クローン胚の選抜方法。
【請求項2】
特定遺伝子が、発光又は発色に関連する蛋白質をコードする遺伝子である請求項1に記載の体細胞クローン胚の選抜方法。
【請求項3】
特定遺伝子が、ルシフェラーゼ遺伝子、青緑色蛍光タンパク質遺伝子、強化青緑色蛍光タンパク質遺伝子のいずれかである請求項1又は2の体細胞クローンの選抜方法。
【請求項4】
第二の時刻に全ての割球において特定遺伝子が発現している体細胞クローン胚を選抜する請求項1から請求項3の何れかに体細胞クローン胚の選抜方法。
【請求項5】
非ヒト動物が哺乳動物である請求項1から請求項4の何れかに記載の体細胞クローンの選抜方法。
【請求項6】
非ヒト哺乳動物がウシである請求項5に記載の体細胞クローンの選抜方法。
【請求項7】
請求項1から請求項6の何れかに記載の体細胞クローン胚の選抜方法により選抜した体細胞クローン胚。
【請求項8】
請求項7に記載の体細胞クローン胚から発生した非ヒトクローン動物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−166828(P2006−166828A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−365451(P2004−365451)
【出願日】平成16年12月17日(2004.12.17)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】