説明

保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物、及びその製造方法

【課題】空気中の水分に対して安定な保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物の提供。
【解決手段】有機溶媒中において、炭酸塩で処理することによって得られるピリジンカルボン酸無水物。該ピリジンカルボン酸無水物としては、3−ピリジンカルボン酸無水物(慣用名:ニコチン酸無水物)であることが好ましい。該炭酸塩としては、アルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ土類金属炭酸塩であり、特に、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、及び炭酸カルシウムよりなる群から選択されるものであることが好ましい。該有機溶剤としては、酢酸エチル、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、トルエン、及びアセトンよりなる群から選択されるものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物、及びそれを安定して得る為のプロセス条件を特定した製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ピリジンカルボン酸無水物、特に3−ピリジンカルボン酸無水物(略号:3−PCA、慣用名:ニコチン酸無水物)は、脱水縮合剤として(非特許文献1〜3)、神経系変性疾患の治療薬の原料として(特許文献1)、あるいは有機合成の原料などとして(非特許文献4)、夫々有用である。
【0003】
ピリジンカルボン酸無水物の製造方法としては、脱水縮合剤としてトリホスゲンを用いる方法が知られている。例えば非特許文献1(第327頁・右欄)“References and Notes 12”あるいは非特許文献3(第148頁・右欄)“Scheme 1”には、有機溶媒中で塩基及びトリホスゲンを用いて、3−ピリジンカルボン酸を縮合させることにより3−PCAを製造する方法が開示されている。この製造方法を化学式で表すと、以下のようなものである。
【0004】
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2657583号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chemistry Letters, Vol. 36, No.2 (2007), p. 326 - 327
【非特許文献2】Chemistry Letters, Vol. 36, No.5 (2007), p. 658 - 659
【非特許文献3】Bulletin of the Chemical Society of Japan, Vol. 81, No.1 (2008), p. 148 - 159
【非特許文献4】The Journal of Organic Chemistry, Vol. 68, (2003), p. 3295 -3298
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のピリジンカルボン酸無水物(特に3−PCA)は水に対して不安定である。以下の実施例欄で示しているように、市販の3−PCA(参考例1)では、試薬瓶を開封した後にデシケーター中で保存しておいたとしても、空気中の水分と反応して容易に加水分解していく。本発明はこのような事情に着目してなされたものであって、その目的は、空気中の水分に対して安定である保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物、並びにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成し得た本発明の保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物は、有機溶媒中において炭酸塩で処理することによって得られることを特徴とする。
なお本明細書では、「炭酸塩」とは広義の意味、すなわち炭酸を含む塩(狭義の炭酸塩のほか、炭酸水素塩も含む)という意味で使われるものとする。
【0009】
また本明細書では、「処理」の用語の他、「混合」、「存在」または「共存」といった用語を、同等または等価の意味として用いることがあり、例えば、「(炭酸塩と)混合する」、「(炭酸塩が)混合状態で存在する」、「(炭酸塩が)存在する」、「(炭酸塩と)共存させる」などはその一例である。言い換えると、本明細書で言う「有機溶媒中において炭酸塩で処理する」とは、有機溶媒中で炭酸塩と接触させ、その後、有機溶媒と炭酸塩を除去してピリジンカルボン酸無水物を回収すること、を意味する。炭酸塩の除去方法としては、ピリジンカルボン酸無水物の有機溶媒溶液から、炭酸塩を固液分離で除去する方法が挙げられる。有機溶媒の除去方法としては、ピリジンカルボン酸無水物の有機溶媒溶液から、有機溶媒を蒸発(濃縮)する方法や、ピリジンカルボン酸無水物を含み炭酸塩を含まない有機溶媒溶液から、ピリジンカルボン酸無水物を晶析し固液分離する方法が挙げられる。
【0010】
前記炭酸塩は、好ましくはアルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ土類金属炭酸塩であり、より好ましくは炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、及び炭酸カルシウムよりなる群から選択される少なくとも1種である。
【0011】
前記有機溶媒は、酢酸エチル、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、トルエン、及びアセトンよりなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0012】
本発明により保存安定性が改善されたピリジンカルボン酸無水物は、好ましくは、硫黄含有量が250質量ppm以下である。この硫黄含有量は、より好ましくは200質量ppm以下、さらに好ましくは150質量ppm以下である。なお、ピリジンカルボン酸無水物中の硫黄含有量は、例えば後述する実施例に記載の方法で測定することができる。
【0013】
また本発明により保存安定性が改善されたピリジンカルボン酸無水物は、好ましくは、温度20℃及び相対湿度40%の雰囲気下で15時間保存したとき、下記式(A)で表される純度低下率が15%以下である。この純度低下率は、より好ましくは12%以下、さらに好ましくは10%以下、さらに好ましくは8%以下、最も好ましくは5%以下である。
純度低下率(%)
=100×(保存前のピリジンカルボン酸無水物の純度−保存後のピリジンカルボン酸無水物の純度)/(保存前のピリジンカルボン酸無水物の純度) ・・・ (A)
なお、純度低下率は、例えば後述する実施例に記載の方法で測定することができる。
【0014】
本発明は、保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物の製造方法も提供する。すなわち、本発明の製造方法は、有機溶媒中でピリジンカルボン酸無水物と炭酸塩が混合状態で存在する工程を含むことを特徴とする。本発明の当該製造方法としては、トリエチルアミンなどのアルキルアミン存在下に有機溶媒中で脱水縮合剤を用いてピリジンカルボン酸を縮合してピリジンカルボン酸無水物を製造する工程を行った後に、ここで製造されたピリジンカルボン酸無水物を一旦精製するか若しくは精製せずに、次いで有機溶媒中で炭酸塩と混合する工程を行う方法が代表的であるが、上記に限定されず、2つの工程を別々に切り分けない所謂ワンポット操作として連続的に実施する方法を示すこともでき、この場合は最初の縮合工程からアルキルアミンに代って炭酸塩を共存させることが要点となる。すなわち、本発明の別の保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物の製造方法は、ピリジンカルボン酸1モルに対して0.5〜1.0モルの炭酸塩が存在する有機溶媒中で、脱水縮合剤を用いてピリジンカルボン酸を縮合する工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
ピリジンカルボン酸無水物を、炭酸塩で処理ないし炭酸塩と共存させることによって、空気中の水分に対して優れた保存安定性を示すピリジンカルボン酸無水物(特に3−PCA)を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物を得るため、本発明者らは鋭意検討を重ねた。その結果、従来のピリジンカルボン酸無水物が空気中の水分で容易に加水分解を受けるのは、製造過程の副生成物が保存安定性に悪影響を及ぼすことが原因であるとの着想を得た。従来の製造方法では、脱水縮合剤として主にトリホスゲン{(Cl3CO)2CO}が使用されており、ここで生成する副生成物は以下のようなものであると推定される。
【0017】
【化2】

【0018】
また下記比較例1では脱水縮合剤として塩化チオニル(SOCl2)を使用してピリジンカルボン酸無水物(具体的には3−PCA)を製造したが、このときの副生成物は以下のようなものであると推定される。
【0019】
【化3】

【0020】
以上のような脱水縮合反応の副生成物が、得られたピリジンカルボン酸無水物の保存安定性に悪影響を及ぼしていると考えられる(例えば、塩化チオニルを使用して製造したピリジンカルボン酸無水物であれば、製造時に副生したSO2がピリジン環に付着し、保存安定性に悪影響を及ぼすと推測される)。このような着想の下、本発明者らがさらに鋭意検討を重ねた結果、有機溶媒中でピリジンカルボン酸無水物と炭酸塩とを混合ないし共存させることによって、保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物が得られることを見出した。本発明の効果は、炭酸塩との混合処理によって、副生成物の悪影響が除去される(例えば、塩化チオニルを使用して製造したピリジンカルボン酸無水物であれば、ピリジン環に付着したSO2が炭酸塩で中和される)ことによるものであると考えられる。もっとも本発明で保存安定性が顕著に改善されるメカニズムは明確に解明されるには至っていないところ、そのメカニズム如何によって技術的範囲への属否判断が変動を受けるものではない。
【0021】
混合処理には、1種の炭酸塩を単独で使用してもよく、2種以上の炭酸塩を併用してもよい。炭酸塩は、好ましくはアルカリ金属炭酸塩及びアルカリ土類金属炭酸塩であり、より好ましくは炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、及び炭酸カルシウムよりなる群から選択される少なくとも1種であり、最も好ましくは炭酸カリウムである。また炭酸塩としては、上記のほかにも、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素カルシウム等の炭酸水素塩を用いることもできる。混合処理に用いる炭酸塩の量は、ピリジンカルボン酸無水物1モルに対して、好ましくは0.1〜1.5モル、より好ましくは0.3〜1.2モル、さらに好ましくは0.4〜1.0モルである。
【0022】
混合処理には、1種の有機溶媒を単独で使用してもよく、2種以上の有機溶媒を併用してもよい。有機溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ヘプタン、オクタンなどの炭化水素系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、ニトロベンゼン、クメン、クロロトルエン、アニソールなどの芳香族系溶媒;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、ジクロロプロパンなどのハロゲン系溶媒;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−1−ピロリドン、アセトニトリルなどの窒素含有溶媒などが挙げられる。好ましくは酢酸エチル、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、トルエン、及びアセトンよりなる群から選択される少なくとも1種、より好ましくはアセトニトリル及び/又はトルエン、さらに好ましくはトルエンである。混合処理に用いる有機溶媒の量は、ピリジンカルボン酸無水物1gに対して、好ましくは3〜50mL、より好ましくは5〜35mLである。
なお、前記有機溶媒は、ピリジンカルボン酸無水物および炭酸塩を溶解するものでなくてもよく、それらの混合物(反応系)は均一溶液状、懸濁状の如何を問わず好適な結果を与える。
【0023】
混合処理は、好ましくは、脱水したガス雰囲気下(例えば窒素雰囲気下)で行われる。混合温度は、好ましくは0℃以上、50℃以下、より好ましくは5℃以上、30℃以下であり、混合時間は、好ましくは0.5時間以上、5時間以下、より好ましくは1時間以上、3時間以下である。
【0024】
混合後に上記炭酸塩及び有機溶媒を除去することによって、保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物が得られる。混合状態では、炭酸塩が有機溶媒に対して不溶状態を呈することが多いので、処理後はまず炭酸塩を濾過によって除去し、濾液を濃縮して粗生成物を回収した後、これを再結晶処理に付すことで目的とする安定なピリジンカルボン酸無水物が得られる。
なお得られたピリジンカルボン酸無水物には、上記工程から理解されるように、炭酸塩自体またはそれに由来する金属イオン(例えば炭酸カリウムや炭酸水素カリウムを用いた場合にはカリウムイオンや、炭酸セシウムを用いた場合にはセシウムイオンなど)が混在ないし残存することもあるが、ピリジンカルボン酸無水物の使用目的や用途において問題視されることはない。
【0025】
上記混合処理に用いるピリジンカルボン酸無水物は、2−ピリジンカルボン酸無水物(CAS登録番号:16837−39−1)、3−ピリジンカルボン酸無水物(略称:3−PCA、CAS登録番号:16837−38−0)及び4−ピリジンカルボン酸無水物(CAS登録番号:7082−71−5)のいずれでもよく、これらの中でも3−PCAが好ましい。これらのピリジンカルボン酸無水物は一般に市販されている。またピリジンカルボン酸無水物は、以下のようにして製造することができる。
【0026】
本発明において保存安定性の向上を図る対象となるピリジンカルボン酸無水物は、どのような製造方法で製造されたものでもよく、あるいは市販品であってもよい。ピリジンカルボン酸無水物の最も一般的な方法としては、例えば塩基としてトリエチルアミンなどのアルキルアミンが存在する有機溶媒中で脱水縮合剤を用いてピリジンカルボン酸を縮合させることによって製造できる。
【0027】
縮合反応に用いるピリジンカルボン酸は、2−ピリジンカルボン酸(CAS登録番号:98−98−6)、3−ピリジンカルボン酸(慣用名:ニコチン酸、CAS登録番号:59−67−6)及び4−ピリジンカルボン酸(CAS登録番号:55−22−1)のいずれでもよく、これらの中でも3−ピリジンカルボン酸が好ましい。これらのピリジンカルボン酸は一般に市販されている。
【0028】
脱水縮合剤は、好ましくは塩化チオニル(CAS登録番号:7719−09−7)、メタンスルホニルクロライド(CAS登録番号:124−63−0)、及びp−トルエンスルホニルクロライド(CAS登録番号:98−59−9)よりなる群から選ばれる少なくとも1種であり、より好ましくは塩化チオニル及び/又はメタンスルホニルクロライドである。従来の製造方法で使用されているトリホスゲンは、分解すると猛毒のホスゲンを発生するため、工業的生産で使用するにはリスクが大きい。さらにトリホスゲンを用いる反応系中ではホスゲンが発生すると考えられる。これに対して塩化チオニル等を用いることによって、ホスゲン発生のリスクも回避できる。
【0029】
脱水縮合剤の使用量は、ピリジンカルボン酸1モルに対して、好ましくは0.5〜1.0モル、より好ましくは0.5〜0.75モルである。
【0030】
縮合反応に用いる塩基(アルキルアミンなど)は、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。塩基の使用量は、ピリジンカルボン酸1モルに対して、好ましくは1.0〜3.0モル、より好ましくは1.0〜1.5モルである。
【0031】
アルキルアミンは、好ましくは第3級アミンであり、トリエチルアミン及びジイソプロピルエチルアミンが好ましい。
【0032】
縮合反応では、1種の有機溶媒を単独で使用してもよく、2種以上の有機溶媒を併用してもよい。有機溶媒は、不活性であり縮合反応を阻害しないものであればよい。有機溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ヘプタン、オクタンなどの炭化水素系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、ニトロベンゼン、クメン、クロロトルエン、アニソールなどの芳香族系溶媒;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、ジメトキシエタン、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、ジクロロプロパンなどのハロゲン系溶媒;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチルなどのエステル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−1−ピロリドン、アセトニトリルなどの窒素含有溶媒などが挙げられる。これらの中でも、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、トルエン及びアセトンが好ましい。有機溶媒の使用量は、ピリジンカルボン酸1gに対して、好ましくは3〜50mL、より好ましくは5〜25mLである。
【0033】
ピリジンカルボン酸、アルキルアミン及び有機溶媒を含む有機溶液に、脱水縮合剤を添加(より好ましくは滴下)して縮合反応を行うことが好ましい。縮合反応の温度は、好ましくは0〜50℃程度、より好ましくは15〜25℃程度であり、反応時間は、好ましくは0.5〜5時間程度、より好ましくは1〜3時間程度である。縮合反応は、脱水したガス雰囲気下(例えば窒素雰囲気下)で行うことが望ましい。以上、ピリジンカルボン酸からピリジンカルボン酸無水物を製造する工程について説明したが、本発明はピリジンカルボン酸無水物の安定化を目的とするものであり、ピリジンカルボン酸無水物を生成するに至る反応工程や反応条件によって技術的範囲が左右されるものではない。
【0034】
本発明の製造方法は、有機溶媒中でピリジンカルボン酸無水物と炭酸塩が混合状態で存在する工程を含むものであるが、該工程は、上記縮合反応で生成したピリジンカルボン酸無水物に対して(もしくは後述する精製を施した後のピリジンカルボン酸無水物に対して)、上記混合処理を施すものであってもよいし、上記縮合反応において塩基として(アルキルアミンに代って)炭酸塩を共存させることにより、有機溶媒中に生成したピリジンカルボン酸無水物を逐次炭酸塩と接触させるもの(上述したワンポット操作)であってもよい。
後者の場合、上記縮合反応において、ピリジンカルボン酸1モルに対して0.5〜1.0モルの炭酸塩が存在する有機溶媒中で、脱水縮合剤を用いてピリジンカルボン酸を縮合する。好ましくは、炭酸塩はピリジンカルボン酸1モルに対して0.6モル以上、0.9モル以下である。
【0035】
いずれにせよ、縮合反応終了後、または炭酸塩との混合処理後には、得られたピリジンカルボン酸無水物を精製することが好ましい。なお前記したようなワンポット操作を行う場合は炭酸塩との混合処理のステップを省略できることはいうまでもない。精製方法については特に限定は無く、当分野で公知の方法を使用できる。精製方法としては、例えば、反応終了後に副生成物の塩をろ過で除去し、得られたろ液を濃縮して粗生成物を回収し、この粗生成物を再結晶することなどが挙げられる。縮合反応で用いた有機溶媒に副生成物の塩が溶解している場合は、使用した有機溶媒を一旦留去して濃縮物を得た後、生成物のピリジンカルボン酸無水物が溶解し、副生成物の塩が溶解しない有機溶媒にこの濃縮物を溶解させてから、塩をろ過で除去すればよい。
【実施例】
【0036】
以下、比較例、参考例及び実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例等によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0037】
比較例1
窒素雰囲気下で、500mLフラスコに3−ピリジンカルボン酸(10g、81.2mmol)、トリエチルアミン(8.63g、85.2mmol)、酢酸エチル(170mL)を加え、20〜30℃で、塩化チオニル(5.32g、44.7mmol)を滴下した。滴下終了後、窒素雰囲気下及び20〜30℃で1時間反応させた。反応終了後、酢酸エチルを留去し、トルエン(300mL)を加えて1時間撹拌した。晶析物をろ過し、ろ液を濃縮・乾固してから、クロロホルム(10mL)を加え、室温で0.5時間撹拌した。クロロホルム溶液にトルエン(40mL)を加え、10℃以下で1時間撹拌し、析出した結晶をろ取し、これを減圧乾燥することによって、白色結晶の3−PCAを8.2g(収率:89%)得た。
【0038】
比較例1で得られた3−PCAの保存安定性を、温度20℃及び相対湿度40%の雰囲気下で15時間保存したとき、下記式(A)で表される純度低下率で評価した:
純度低下率(%)
=100×(保存前の3−PCAの純度−保存後の3−PCAの純度)/(保存前の3−PCAの純度) ・・・ (A)
【0039】
保存前後の3−PCAの純度は、400MHz及び測定溶媒アセトン−d6の条件での1H−NMRによって測定した値を用いて、以下のような方法で算出した:
(a)まず生成物である3−PCAの4つのピーク(δ 9.35、8.92、8.55、7.66)のピーク面積(積分値)の合計を求め、これを3−PCAの水素数8で割った値を算出した(この値を「a値」とする)。
(b)次に3−ピリジンカルボン酸(以下3−PCということがある)の4つのピーク(δ 9.15、8.78、8.32、7.52)のピーク面積(積分値)の合計を求め、これを3−PCの水素数4で割った値を算出した(この値を「b値」とする)。
なお3−PCは、3−PCA合成の出発物であり、且つ3−PCAの加水分解物である。
(c)上記のようにして求めたa値及びb値から、下記式(B)によって3−PCAの純度を算出した。
3−PCAの純度(モル%)=100×a/(a+b) ・・・ (B)
【0040】
本発明において目標とする純度低下率は多くとも15%以下を目安としたが、より好ましくは12%以下、更には10%以下、8%以下、5%以下、といった厳格な目標を定めることもできる。
【0041】
比較例1では、上記製造直後(即ち精製直後)の3−PCAの純度を「保存前の3−PCAの純度」として測定した。そして上記条件に調節した窒素雰囲気のデシケーター中で保存した後の3−PCAの純度を「保存後の3−PCAの純度」として測定した。比較例1の3−PCAの純度低下率は18%であり、加水分解が確認された。
また比較例1で得られた3−PCAの硫黄含有量を下記の方法で測定したところ、310質量ppmであった。
【0042】
硫黄含有量の測定:試料約15mgを秤量して密閉系の石英フラスコ内で燃焼させ、発生したガスを吸収液(超純水10mL、過酸化水素水0.1mL、0.4M−Na2CO3水溶液0.1mL、0.4M−NaHCO3水溶液0.1mL)に吸収させ、吸収液中の硫酸イオン濃度をイオンクロマト法にて定量した(イオンクロマト装置;Metrohm社製「861 Advanced Compact IC」を使用、標準溶液;関東化学(株)製「イオンクロマトグラフィー用陰イオン混合標準溶液I」を使用)。
【0043】
参考例1
市販のニコチン酸無水物(3−PCA相当)の純度低下率を測定した。まず試薬瓶を開封した直後の市販3−PCAの純度を「保存前の3−PCAの純度」として測定した。そして上記条件に調節した窒素雰囲気のデシケーター中で保存した後の3−PCAの純度を「保存後の3−PCAの純度」として測定した。参考例1の3−PCAの純度低下率は16.5%であり、加水分解の進行が確認された。
【0044】
実施例1
窒素雰囲気下で、500mLフラスコに3−PC(10g、81.2mmol)、トリエチルアミン(8.63g、85.2mmol)、酢酸エチル(170mL)を加えた。更に20〜30℃で、塩化チオニル(5.32g、44.7mmol)を滴下した。滴下終了後、窒素雰囲気下及び20〜30℃で1時間反応させた。ここまでは比較例1と同様である。
【0045】
反応終了後、酢酸エチルを留去し、トルエン(300mL)および炭酸カリウム(5.62g、40.6mmol)を加えて1時間撹拌した。これをろ過し、得られたろ液を濃縮・乾固してから、クロロホルム(10mL)を加え、室温で1時間撹拌した。クロロホルム溶液にトルエン(40mL)を加え、10℃以下で1時間撹拌し、析出した結晶をろ取し、これを減圧乾燥することによって、白色結晶の3−PCAを8.1g(収率:87%)で得た。
【0046】
得られた結晶の組成比は、3−PCA/3−PC=96/4(1H−NMR、重アセトン溶媒)であり、これを温度20℃(湿度約40%)で15時間保存した後の結晶組成比は、3−PCA/3−PC=96/4(1H−NMR、重アセトン溶媒)であった。純度低下を示さなかった。
また実施例1で得られた3−PCAの硫黄含有量を比較例1と同様にして測定したところ、150質量ppmであった。
【0047】
実施例2〜8
上記実施例1に準じて、3−PCAを製造した。反応条件および保存安定性などを一括して表1、表2に示す。なお表1、表2には、参考の為、比較例1および実施例1を併記した。表1は3−PCから3−PCAを製造する工程の反応条件を示し、表2は3−PCAを精製する工程および保存安定性を示す。
【0048】
このうち、実施例4はワンポット反応を行うこととし、反応液にはトリエチルアミンなどの代わりに、最初から炭酸カリウムを加えた。脱水縮合剤としてはメタンスルホニルクロリド、反応溶媒としてはアセトニトリルを用いた。反応終了後は、ろ過、濃縮、晶析を行った。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物は、脱水縮合剤、神経系変性疾患の治療薬の原料、及び有機合成の原料などとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒中において炭酸塩で処理することによって得られることを特徴とする保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物。
【請求項2】
有機溶媒中において炭酸塩で処理することによって得られることを特徴とするピリジンカルボン酸無水物。
【請求項3】
前記炭酸塩が、アルカリ金属炭酸塩及び/又はアルカリ土類金属炭酸塩である請求項1または2に記載のピリジンカルボン酸無水物。
【請求項4】
前記炭酸塩が、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸セシウム、及び炭酸カルシウムよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項3に記載のピリジンカルボン酸無水物。
【請求項5】
前記有機溶媒が、酢酸エチル、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、トルエン、及びアセトンよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項1〜4のいずれかに記載のピリジンカルボン酸無水物。
【請求項6】
硫黄含有量が250質量ppm以下である請求項1〜5のいずれかに記載のピリジンカルボン酸無水物。
【請求項7】
温度20℃及び相対湿度40%の雰囲気下で15時間保存したとき、下記式(A)で表される純度低下率が15%以下である請求項1〜6のいずれかに記載のピリジンカルボン酸無水物。
純度低下率(%)
=100×(保存前のピリジンカルボン酸無水物の純度−保存後のピリジンカルボン酸無水物の純度)/(保存前のピリジンカルボン酸無水物の純度) ・・・ (A)
【請求項8】
有機溶媒中でピリジンカルボン酸無水物と炭酸塩が混合状態で存在する工程を含むことを特徴とする保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物の製造方法。
【請求項9】
ピリジンカルボン酸1モルに対して0.5〜1.0モルの炭酸塩が存在する有機溶媒中で、脱水縮合剤を用いてピリジンカルボン酸を縮合する工程を含むことを特徴とする保存安定性に優れたピリジンカルボン酸無水物の製造方法。

【公開番号】特開2011−207872(P2011−207872A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52046(P2011−52046)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】