説明

保存安定性に優れた塩酸テモカプリルの錠剤

【課題】本発明の課題は、主薬である塩酸テモカプリルの他に賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤などの各種助剤の組み合わせにおいて、高温、高湿下でも安定な塩酸テモカプリル錠剤を提供することにある。
【解決手段】塩酸テモカプリルを主薬とし、滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL-ロイシンを、好ましくは賦形剤として乳糖又はD−マンニトールを、結合剤としてヒドロキシプロピルセルロースを、崩壊剤として低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いた錠剤が、高温、高湿環境下でも安定であることが判明した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温、高湿下においても保存安定性に優れた塩酸テモカプリル錠剤に関する。
【背景技術】
【0002】
高血圧症等の治療薬として用いられているアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤の中には、湿度、温度に依存して不安定であるものが知られている(Leo Gu, et al. Pharmaceutical Research 7(4)379(1990))。
特に、ACE阻害剤として使用されている化合物(2S,6R)−[[(1S)−1−(エトキシカルボニル)−3−フェニルプロピル]アミノ]テトラヒドロ−5−オキソ−2−(2−チエニル)1,4−チアゼピン−4(5H)−酢酸・塩酸塩(一般名:塩酸テモカプリル)は、高温、高湿下では分解が進み易いという性質を有している。
この塩酸テモカプリルは通常錠剤の形で提供されるが、錠剤を製造する場合、有効成分に賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等の助剤を用いて直打や転動造粒法などにより製剤としている。
しかし、主薬が不安定な化合物である場合、助剤との化学的な相互作用により主薬の分解が促進されるほか、助剤同士が互いに影響しあって、その結果として主薬に悪影響を与えたり、その傾向が高湿、高温下で一層促進されることも知られている。
【0003】
錠剤を製造する場合、賦形剤として通常使用される助剤としてはセルロース類が挙げられる。しかしながら、このセルロース類は、吸湿性が高く、通常環境、例えば25℃、60%RHのような環境における平衡水分値はかなり高い。このため、製剤の成形性を保てる量のセルロースを処方すると、製剤中の水分が必然的に高くなり、その上、製剤の保管環境によっては温度の影響もさらに加わるため、上記のような温度や湿度に対し不安定な化合物を主薬として含む製剤においては、その主薬の分解が促進されてしまうという欠点を有していた。
そこで、製剤中のACE阻害剤の安定化方法としては、アルカリ性金属塩を配合することによって主薬の分解を抑制する方法(特許文献1、2)親油性成分を配合する方法(特許文献3、4)およびケイ酸塩を配合する方法(特許文献5)などが提案されてきた。
【0004】
【特許文献1】特開昭63−225322号公報
【特許文献2】特表2002−516881号公報
【特許文献3】特開2000−264843号公報
【特許文献4】特開2001−131068号公報
【特許文献5】特開2004−346066号公報 しかし、これらの報告はいずれもマレイン酸エナラプリルや塩酸キナプリルといったテモカプリルとは異なる化学構造を有するACE阻害剤に関するものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に錠剤を調製する際には、主薬の他に賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤などの助剤を使用し、場合によりさらに、色素、抗酸化剤、安定剤などを配合する。
そこでまず、塩酸テモカプリルと各種添加剤を混合篩過して、得られた粉体を60℃、60%RHの高温、高湿条件下に保存する配合変化試験を行ったところ、前記特許文献1、2、5とは逆に、アルカリ性金属塩やケイ酸塩は塩酸テモカプリルの加水分解物量の増加、変色を生じさせる傾向が認められた。
そこで、汎用されている他の助剤を用いて錠剤を調製し、その温度や湿度に対する安定性、崩壊性を調べたところ、崩壊剤であるクロスカルメロースナトリウム、カルメロースカルシウムやカルボキシメチルスターチナトリウム、滑沢剤のステアリン酸マグネシウムやステアリン酸カルシウムなど、金属を含む助剤も塩酸テモカプリルを不安定にすることが判明した。
ところが滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンを用いると、高温、高湿条件下でも主薬含量の低下や分解物の増加は認められないことを突き止めた。さらに、賦形剤として乳糖またはマンニトールを、結合剤としてヒドロキシプロピルセルロース(HPC)を、崩壊剤として低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いると、錠剤の崩壊性は一段と良好になり、崩壊時間が大幅に改善された。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このように、本発明者らは、湿度や温度により分解し易い不安定な本発明の主薬が、安定な錠剤として提供されるための処方につき鋭意検討した結果、特定の滑沢剤を選択することにより、さらにまた賦形剤、結合剤、崩壊剤などもある種のものを選択することによって、一層安定な錠剤を得ることができるという知見を得、これらの知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成した。
【0007】
すなわち本発明は、
(1)
塩酸テモカプリルを主薬とし、賦形剤、崩壊剤、結合剤及び滑沢剤を含んでなる錠剤において、滑沢剤としてステアリン酸及び/L−ロイシンを使用したことを特徴とする保存安定性に優れた塩酸テモカプリルの錠剤、
(2)
ステアリン酸及び/又はL−ロイシンの使用量が、製剤に対して0.5〜10重量%である、(1)に記載の錠剤、
(3)
賦形剤が乳糖水和物又はD−マンニトールである(1)に記載の錠剤、
(4)
崩壊剤が低置換度ヒドロキシプロピルセルロースである(1)に記載の錠剤、
(5)
結合剤がヒドロキシプロピルセルロースである(1)に記載の錠剤、
(6)
塩酸テモカプリルを主薬として含有する錠剤に、滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンを使用する塩酸テモカプリル含有錠剤の安定化方法、
に関するものである。
【0008】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明の錠剤の主薬は、ACE阻害剤として有効な塩酸テモカプリルであって、高温、高湿下で不安定な化合物である。なお、本発明において高温下というとき、室温を含めて室温よりやや高い温度からさらに高温までを含む。また高湿というときは、例えば常温で相対湿度が80%を超える場合をいう。
【0009】
特公平05−59909号公報に記載の塩酸テモカプリルの(1S)−1−のエトキシカルボニルエステル部分は、高温、高湿下で比較的容易に加水分解されて経口吸収性の低いカルボキシル体に変化する。本発明は、塩酸テモカプリルのこのような分解を抑制し、保存安定性を高めた製剤、及びその安定化法に関するものである。
【0010】
次に、本発明で用いる安定化剤成分について説明する。
【0011】
本発明においては滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンが用いられるが、その配合量は、製剤中0.5〜10重量%、好ましくは、1〜6重量%である。
【0012】
本発明の錠剤では、滑沢剤の他、特定の賦形剤、崩壊剤及び結合剤の助剤を用いるとより安定且つ崩壊性に富んだ錠剤とすることができる。
賦形剤とは、容積を増やすための添加物であり、一般には糖類(乳糖、マンニトール)、デンプン類(トウモロコシデンプン、部分アルファー化デンプン)、セルロース類(結晶セルロース)等を挙げることができるが、本発明においては乳糖又はマンニトールが好ましい。その配合量は、製剤に対して25〜90重量%、好ましくは70〜90重量%である。
【0013】
崩壊剤は、錠剤を内服後、固体の製剤の速やかな崩壊を促すための成分であり、一般には低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、クロスポビドン、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム等が用いられるが、本発明においては低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いる。その配合量は錠剤中、5〜15重量%が適当である。
【0014】
結合剤は、粒子間の結合を強化し、流動性や均一性を向上させるための添加剤であり、一般にはヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアルコール等を挙げることができるが、本発明においてはヒドロキシプロピルセルロースが好ましく用いられる。その配合量は錠剤中、1〜15重量%、好ましくは3〜6重量%である。
【0015】
必要によりさらに安定化剤を配合することができるが、本発明においては金属塩を含まない化合物、たとえば安息香酸が外観変化(着色性)がなく好ましいものである。その配合量は、錠剤中0.1〜1重量%、好ましくは0.5〜5重量%である。
以上の各助剤は単独には特に問題の無いものでも、複合使用すると互いに反応しあって思わぬ結果のでることもある。
いずれにしても、主薬の塩酸テモカプリルは、自体不安定な化合物であり、保存中のある程度の分解、変色は避けられない。
また、主薬の成分が充分量残存していても、主薬の変色に伴う錠剤の外観変化の著しいものは商品価値が低下するので、その点からは外観の着色変化に直接影響を与える滑沢剤の選択は重要である。
これらの助剤に、必要によりさらに、顔料、香料、酸化防止剤、などを配合することができる。
【0016】
主薬である塩酸テモカプリルの配合量は、製剤一単位当たり、0.5〜4mg含むことができる。本発明の錠剤に含まれる賦形剤、崩壊剤、結合剤及び滑沢剤の用量は、賦形剤が5〜90重量%、好ましくは70〜90重量%、崩壊剤が5〜15重量%、結合剤が3〜6重量%及び滑沢剤が1〜6重量%である。
【0017】
本発明の安定な錠剤の製造方法の一例について説明する。
塩酸テモカプリルに乳糖水和物又はD−マンニトール、ヒドロキシプロピルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースおよびステアリン酸又はL−ロイシンを加え、例えばターブラーミキサー、V型混合機や高速攪拌混合機などの適当な混合機を用い混合する。得られた混合末を単発打錠機などの打錠機により製錠し、錠剤とする。なお、混合末の個々の成分を均一にするために、混合順序を変えたり、一部の成分を適切な造粒機を用いて一旦顆粒とした後、その他の成分と混合したりすることができる。
【0018】
工業的に製造する場合においても、上記と同様の方法によるが、目的とする製造スケールに応じて容量の異なるV型混合機や高速攪拌混合機などの適当な混合機を用いる。
打錠工程を経て、最終の錠剤を製することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の主薬として塩酸テモカプリルを、滑沢としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンを含有する錠剤は、高温多湿下においても主薬の分解率が低い。さらに賦形剤として乳糖マンニトールを、結合剤としてヒドロキシプロピルセルロースを、崩壊剤として低置換度ヒドロキシプロピルセルロースを用いると、錠剤の崩壊性は一段と良好になり、崩壊時間が大幅に改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に試験例、実施例、比較例を挙げて本発明を具体的に説明する。
【0021】
[試験例1]
各種助剤に対する主薬の安定性試験
先ず、各種助剤の塩酸テモカプリルに対する安定性を見るために、塩酸テモカプリルと表1に掲げる助剤を記載の配合比率でめのう乳鉢に入れてよく混合し、30号篩で篩過した。これを2回繰り返し、試料とした。
各試料を60℃、60RHの環境下に2週間保存し、1週間目、2週間目の試料中の主薬の残存率をHPLCにより、色の変化を目視と色差計で測定し、その結果を表1に記載した。
【0022】
【表1】

この試験の結果から次の事実が判明した。
(1)賦形剤は錠剤の成分中大部分を占めるものであるが、デンプンより、乳糖水和物、D−マンニトールの方が主薬の安定性、外観において優れていた。
(2)結合剤はヒドロキシプロピルセルロースがよく、他は主薬の安定性、外観変化にやや劣る結果となった。
(3)崩壊剤、低置換度ヒドロキシプロピルセルロースが特に優れていた。
(4)安定化剤としては、金属含有化合物が主薬の安定性、外観ともに劣る結果となり、金属を含まない安息香酸がよい結果を示した。
(5)滑沢剤は、錠剤の外観に直接影響を与える成分であるので色状の変化に注目した。安定化剤と同様にステアリン酸等の金属塩はいずれもかなり変色の度合いが大きかった。可塑剤として汎用されるポリエチレングリコールは固結してしまった。
これに対しステアリン酸およびL−ロイシンは主薬の安定性に優れ、着色変化も少なく、良好な結果を与えた。
2)錠剤の安定性
上記1)配合変化試験の結果を踏まえ、乳糖マンニトール、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、および滑沢剤としてステアリン酸および/又はL−ロイシンを使用し、下記の製造方法により錠剤を調製した。得られた錠剤について、加温加湿条件(60℃、60%RH)下の安定性試験を行った。
【0023】
[試験製剤]塩酸テモカプリル3g、乳糖水和物もしくはD−マンニトール適量、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース30gをハイスピードミキサー中で3分間混合した。次にヒドロキシプロピルセルロース水溶液(固形分10.5g)を添加し、ハイスピードミキサーにより湿式練合法により造粒を行った。得られた造粒物を60℃で乾燥、整粒し、ステアリン酸および/又はL−ロイシンを添加後、V型混合機にて7分間混合して打錠前粉末300gを得た。この粉末を単発打錠機にて打錠(打圧約800kg)し、厚み約2.30mm、径約6.5mm、重量約100mgの錠剤を製した。
ステアリン酸もしくはL−ロイシンに代えて、ステアリン酸Mgあるいは硬化油、ショ糖脂肪酸エステルを用いて同様に錠剤を調製し、比較例とした。
調整した錠剤の組成を表2に掲げる。
【0024】
【表2】

【0025】
[試験方法]各錠剤を60℃、60%RHの環境下で2週間保管後、錠剤中の主薬含量および加水分解物量をHPLC法により測定するとともに、錠剤の色差変化と水中での崩壊時間を評価した。
その試験結果を表3に示した。
【0026】
【表3】

【0027】
[試験結果]ステアリン酸Mgを配合した比較例錠剤は変色が著しく、かつ錠剤中の主薬含量も約60%と大きく低下するとともに、加水分解物量は対主薬25%まで増加していた。また、硬化油およびショ糖脂肪酸エステルを配合した錠剤は、錠剤外観の変化や主薬の分解は抑えられたものの、錠剤の崩壊時間が製造直後の2〜3分から10分もしくは30分と著しく遅延していた。
これに対し、ステアリン酸および/又はL−ロイシンを添加した錠剤は、主薬含量の低下や加水分解物量の増加が抑えられ、なおかつ錠剤の崩壊遅延もない、優れた製剤であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の塩酸テモカプリル錠剤は、高温、高湿下においても安定であるので、病院、薬局などで、常温、常湿下に保存することが可能である。また患者が処方された薬品を家庭に持ち帰った場合、常温の室内に保存しておいても1ヶ月以内に主薬の分解が進むというようなことはないので、医療機関としても安心して投薬することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸テモカプリルを主薬とし、賦形剤、崩壊剤、結合剤及び滑沢剤を含んでなる錠剤において、滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンを使用したことを特徴とする保存安定性に優れた塩酸テモカプリルの錠剤。
【請求項2】
ステアリン酸及び/又はL−ロイシンの使用量が、製剤に対して0.5〜20重量%である、請求項1に記載の錠剤。
【請求項3】
賦形剤が乳糖水和物又はD−マンニトールである請求項1に記載の錠剤。
【請求項4】
崩壊剤が低置換度ヒドロキシプロピルセルロースである請求項1に記載の錠剤。
【請求項5】
結合剤がヒドロキシプロピルセルロースである請求項1に記載の錠剤。
【請求項6】
塩酸テモカプリルを主薬として含有する錠剤に、滑沢剤としてステアリン酸及び/又はL−ロイシンを使用する塩酸テモカプリル含有錠剤の安定化方法。

【公開番号】特開2009−91292(P2009−91292A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−263034(P2007−263034)
【出願日】平成19年10月9日(2007.10.9)
【出願人】(000209049)沢井製薬株式会社 (24)
【Fターム(参考)】