説明

信号処理装置及び信号処理方法

【課題】計量信号の振幅の確率密度関数に基づいて物品重量を推定する技術において、雑音成分による影響をより確実に除去して、より正確な重量推定を可能にする。
【解決手段】計量信号s(t)の処理対象帯域のうち、直流分およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数Nの部分帯域の信号成分S〜Sを計量信号から抽出する複数NのフィルタCH〜CHと、荷重センサに物品が負荷されている所定期間における処理対象帯域全体の出力信号Sの振幅の確率密度関数PDFを算出する全帯域データ処理部25と、複数Nの部分帯域の信号成分S〜Sの振幅の前記所定期間における確率密度関数PDF〜PDFをそれぞれ算出する複数Nの部分帯域データ処理部30(1)〜30(N)と、得られた確率密度関数PDF〜PDFに基づいて、物品の重量を推定する重量推定部40とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷重センサに順次負荷される物品の重量を、簡単な構成、手法で正確に測定するための信号処理装置及び信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物品の重量を測定する計量装置として、物品をコンベアで搬送している間に重量検出を行う計量コンベア方式のものが従来から多用されている。この種の計量装置は、荷重センサとしての計量器で支持した計量コンベアに、前段コンベアから物品を搬入し、搬入物品が計量コンベア上を搬送している間に計量器から出力される計量信号に基づいて物品重量を検出し、重量が検出された物品を後段コンベアへ搬出する。
【0003】
このような計量装置は、主に食品等の製造ラインに組み込まれて設置されるため、他の生産設備等により起こる床振動や計量コンベアのローラやベルトによる低周期振動成分などが雑音成分として計量器の出力信号に重畳し計量精度の悪化を招く。
【0004】
このため、計量器の出力信号から雑音成分を効率よく除去し、より真の値に近い物品の重量測定が行え、高精度高速化が図れる動的重量計測手法が要望されている。ソフトウェアの観点では、計量装置により計量され、計量装置を構成するセンサ測定系の固有振動や、床振動環境下での計量搬送系の振動雑音などに乱された計測データから、いかに物品の重量を効率よく正確に推定するかという研究課題として捉えることができる。
【0005】
ここで、関連する動的重量計測分野の研究としては、例えば、ハカリ系を線形の状態空間表現でモデル化し質量の状態推定問題に帰着した研究、ロードセルの出力信号に含まれる雑音信号を除去した信号に対して線形システム理論とシステム同定法を適用した研究、加速度センサとカルマンフィルタを組み合わせた研究報告などがある。
【0006】
さらに、本体セルとは別に補償セルを付加して床振動除去を対象に相対補償原理を適用した研究がある。
【0007】
一方、振動雑音発生の事前知識を用いた研究例として、多連秤での計量測定にロードセルなどの計量器の出力信号をA/D変換して低域通過フィルタ(FIR型LPF)によるフィルタ処理を振動雑音抑圧除去に適用した報告もある。
【0008】
このように、計量器の出力信号から振動雑音成分を除去して、真の質量成分を高速高精度に抽出する研究が従来から行われてきたが、その計算手法は主に線形演算によるものであった。この線形演算を用いた信号処理として、一般的に多用されている低域通過フィルタLPFでは、LPFの遮断周波数幅を低く設定することで低い周波数の雑音成分まで除去することが可能になる。
【0009】
しかしながら、このような線形演算を用いた信号処理では、解析や評価の手順が一意的に決まる半面、処理遅延時間や時間周波数の不確定性に基づくフィルタの応答時間等には原理的な制約が伴う。具体的には、LPFの遮断周波数を低く設定した場合、センシング期間を長くする必要があり、その分だけ応答速度が遅くなるという問題があった。また、LPFの遮断周波数を制限することでLPF自らが人工雑音を発生し、計量器からの出力信号に人工雑音が重畳され、測定結果に信頼性を欠くという問題があった。そして、計量能力の限界に設定されたLPFの遮断周波数より低い周波数の雑音成分については除去することができなかった。
【0010】
このため、上記制約を取り払うひとつの考え方に、遭遇する物理現象の事前知識を有効活用する手段がある。例えば、カルマンフィルタなどは信号生成の事前知識を利用した推定手法と考えられる。
【0011】
しかしながら、信号生成の数理モデリングを確実に実態と合致させるには、初期条件の設定や突発的事象の発生などの不確定要素があり、極めて困難な作業であった。
【0012】
この問題を解決する有効な技術として、本願発明者は、物品が負荷されている間の一定期間内に、計量信号を所定周期でサンプリングして得られた振幅値の発生頻度を表す確率密度関数PDFを算出し、その確率密度関数PDFに基づいて物品重量を推定するシステムを提案している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】論手素直:「振幅確率分布(APD)測定技術を用いた動的重量計測の検討」,第27回センシングフォーラム資料,27(pp.198-202)(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記の計量信号の振幅の確率密度関数を用いた重量計測手法は、荷重センサに物品が負荷されてから一定期間が経過した計量信号のある期間の信号を取り込んでその振幅確率密度を算出し、例えばその期間の期待値等を算出してこれを基に物品重量を推定するというものであって、信号生成の数理モデリングを厳密に行うという煩雑な処理が不要で簡単で且つ実用的な精度で重量推定が行えるという利点がある。
【0015】
しかし、この手法においても、多種の雑音信号の影響の除去という点でさらなる改善が望まれる。
【0016】
本発明はこの点を改善して、計量信号の振幅の確率密度関数に基づいて物品重量を推定する技術において、雑音成分による影響をより確実に除去でき、より正確な重量推定が可能な信号処理装置及び信号処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1の信号処理装置は、
物品が負荷された状態の荷重センサが出力する計量信号を受けて、荷重された物品の重量値を検出するための処理を行う信号処理装置において、
物品の荷重に対応する直流と該直流に重畳する雑音成分とを含む計量信号の処理対象帯域のうち、直流分およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数(N)の部分帯域の信号成分(S、S、…、S)を計量信号から抽出する複数(N)のフィルタ(CH〜CH)と、
前記荷重センサに物品が負荷されている所定期間における前記処理対象帯域全体の出力信号(S)の振幅の確率密度関数(PDF)を算出する全帯域データ処理部(25)と、
前記複数(N)の部分帯域の信号成分をそれぞれ受け、該各信号成分の振幅の前記所定期間における確率密度関数(PDF〜PDF)をそれぞれ算出する複数(N)の部分帯域データ処理部(30(1)〜30(N))と、
前記全帯域データ処理部で得られた確率密度関数と、前記部分帯域データ処理部で得られた確率密度関数に基づいて、前記物品の重量を推定する重量推定部(40)とを有していることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の請求項2記載の信号処理装置は、請求項1記載の信号処理装置において、
前記重量推定部は、前記全帯域データ処理部および部分帯域データ処理部で得られた確率密度関数の期待値または下限値と上限値の中間値を算出し、該算出値に基づいて前記物品の重量を推定することを特徴とする。
【0019】
また、本発明の信号処理方法は、
物品が負荷された状態の荷重センサが出力する計量信号を受けて、荷重された物品の重量値を検出するための処理を行う信号処理方法において、
物品の荷重に対応する直流と該直流に重畳する雑音成分とを含む計量信号の処理対象帯域のうち、直流分およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数(N)の部分帯域の信号成分(S、S、…、S)を計量信号から抽出する段階と、
前記荷重センサに物品が負荷されている所定期間における前記処理対象帯域全体の出力信号(S)の振幅の確率密度関数(PDF)と、前記所定期間における前記各部分帯域の信号成分の振幅の確率密度関数(PDF〜PDF)をそれぞれ算出する段階と、
前記算出した前記処理対象帯域全体の出力信号について得られた確率密度関数(PDF)と、各部分帯域の信号成分について得られた確率密度関数(PDF〜PDF)とに基づいて前記物品の重量を推定する段階とを含むことを特徴とする。
【0020】
また、本発明の請求項4記載の信号処理方法は、請求項3記載の信号処理方法において、
前記重量を推定する段階は、
前記算出された各確率密度関数の期待値または下限値と上限値の中間値を算出し、該算出値に基づいて前記物品の重量を推定することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
上記したように、本発明は、重量計測過程の振幅変動を確率過程とみなし、荷重センサに物品が負荷されている間の所定期間に出力される計量信号に対して設定された処理対象帯域全体の振幅の確率密度関数と、その処理対象帯域のうち直流およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数の部分帯域の信号についての確率密度関数とをそれぞれ算出し、これら異なる帯域について算出した確率密度関数に基づいて物品の重量値を推定している。
【0022】
このため、物品重量に対応した直流分に重畳されている減衰振動成分や床振動成分等の雑音成分を、複数の部分帯域から抽出した信号の確率密度関数に対応付けることができ、処理対象帯域全体の確率密度関数から得られる重量推定値から、各部分帯域の信号についての確率密度関数から得られる推定値分を除去することで、多種の雑音成分の影響を取り除いたより正確な重量値を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】確率密度関数PDF、累積確率分布APDを説明するための図
【図2】本発明の多チャネルPDF測定手法の処理手順を示す図
【図3】本発明の実施形態の信号処理装置の構成を示す図
【図4】計量部の構成を示す図
【図5】計量信号の実測波形図
【図6】全帯域CHについてのシミュレーション結果を示す図
【図7】部分帯域CHについてのシミュレーション結果を示す図
【図8】部分帯域CHについてのシミュレーション結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、物品が負荷された荷重センサから出力される計量信号の振幅を確率変数とし、その確率密度関数PDFや累積確率分布APDを求めて物品重量を推定するものであるので、始めに、確率密度関数PDF、累積確率分布APDについて簡単に説明する。
【0025】
確率密度関数(確率密度分布ともいう)PDFは、図1のような時間信号を例にとると、測定時間T内において、適切なサンプリング時間で抽出された振幅値の発生頻度を必要測定精度で量子化した振幅レベルごとに計数して求められる。
【0026】
このPDF値を、確率変数で積分(累積)すればAPD値になるが、APD値の定義「信号振幅の包絡線信号がある閾値レベルを超える時間確率」を採用すると、信号振幅r(t)に対して信号振幅の離散値xを確率変数とし、測定時間Tでは、信号振幅閾値Rでの占有時間W(x)を累積加算し、Tで割るとxにおけるAPD値が次式(1)のように求められる。
【0027】
APD(x)=ΣW(x)/T ……(1)
ただし、記号Σは、i=1〜N(x)までの総和を表す
【0028】
逆に、このAPD値を確率変数について差分演算を行えば、PDF値を求めることができる。
【0029】
以上の準備のもとに、本発明の信号処理手法を説明する。なお、本発明では、物品の重量値に対応する直流と、それに重畳する有害な雑音成分とを含む計量信号について処理対象として設定された帯域全体を処理対象帯域とし、その処理対象帯域全体の信号についての確率密度関数と、処理対象帯域のうち直流とその近傍を除いた周波数範囲のうち異なる複数の帯域から抽出した信号についての確率密度関数に基づいて、物品重量を推定しており、この方式を「多チャネルPFD測定手法」と呼ぶことにする。
【0030】
図2は、本発明の多チャネルPDF測定手法の処理手順を示す図である。
前記した計量コンベア方式で用いられる荷重センサ(計量コンベアの計量器)に物品が負荷(搬入)されてからその負荷が解除(搬出)されるまでに荷重センサから出力される計量信号は、図2の(a)のような、台形波に雑音信号が重畳された波形となる。
【0031】
この計量信号を、測定基準タイミング(物品搬入タイミングが適切である)t=0から時間Tp(秒)毎に分割し、その各時間信号を図2の(b)のように、周波数軸上で配置したフィルタ群(CH〜CH)に入力し、各フィルタの出力時間信号を観測する。
【0032】
ここで、フィルタCHは、処理対象帯域全体を通過させるLPF型のフィルタとし、他のフィルタCH〜CHはBPF型で、処理対象帯域のうち直流とその近傍を除いた周波数範囲内で異なる複数Nの部分帯域の信号を選択的に通過させるように設定されている。なお、フィルタCHは、他のフィルタの前段で計量信号に対して帯域制限してもよく、A/D変換処理前に用いる帯域制限フィルタを兼用してもよい。
【0033】
そして、図2の(c)のように、各フィルタ(CH〜CH)から出力される時間信号のPDF値をそれぞれ求め、そのPDF値から、APD値、期待値E[x]等を計算する。
【0034】
フィルタCHの出力(全帯域信号)に対して算出された期待値には、取得したい物品の重量値(直流値)に対応した成分値だけでなく、過渡振動や床振動等の周波数が異なる雑音成分の影響による成分値が含まれているが、これらの雑音成分値は、他の複数NのフィルタCH〜CHの出力に対する期待値に現れる。
【0035】
したがって、図2の(d)のように、フィルタCHの出力についての処理帯域全体における期待値E[x]から、フィルタCH〜CHの出力について得られる各期待値E[x]〜E[x]の成分を除去し、その除去後の値から物品重量を推定することで、多種の雑音成分の影響下での重量推定を正確に行うことができる。なお、フィルタCH〜CHの出力について得られる期待値E[x]〜E[x]に関しては、その全てを採用する必要はなく、測定精度に応じて設定したしきい値と比較し、しきい値以下の期待値を無視することも可能である。
【0036】
また、後述するように、物品の重量値検出の目的だけでなく、測定対象の物品の種類毎に、全帯域および部分帯域についての確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等を記憶しておき、次に測定対象となる物品について新たに求めた確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等のデータと、その物品について過去の測定で得られた確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等のデータとを比較することで、計量部の動作(例えばモータの回転ムラ等)や運転環境の変化(床振動の増減)等を把握することができ、それらに影響されて測定結果に大きな誤差が含まれることを未然に防止する状態管理目的で用いることも可能である。
【0037】
なお、上記方式において、計量信号のどのタイミングの信号をどの長さで取り込むかによって、算出される各期待値が異なってくるが、その取得タイミングを変えながらサンプル品の計量を繰り返し、必要な精度で重量推定が行える時間帯を求めてから、実際の計量運転を開始すればよい。
【0038】
図3は、上記原理を用いた信号処理装置20の全体構成を示している。この信号処理装置20は、図4に示す計量部10からの計量信号を処理対象とする。
【0039】
計量部10は、荷重センサ11で支持された計量コンベア12に対して前段コンベア13から物品Wを搬入し、計量コンベア12を搬送された物品Wを後段コンベア14に搬出する構造を有しており、計量コンベア12に対する物品Wの搬入タイミングは、搬入センサ15によって検知される。また、ここでは説明を簡単にするために、計量コンベア12から出力される計量信号s(t)は、コンベア重量分が差し引かれたものとして扱うが、コンベア重量分を後述処理のいずれかの段階で差し引いて物品重量を求めてもよい。
【0040】
計量部10からの計量信号s(t)は、図3に示しているように、A/D変換部21に入力され、デジタルのデータ列に変換されてフィルタブロック22に入力される。
【0041】
フィルタブロック22は、処理対象帯域全体を通過させるLPF型のフィルタCHと、その全帯域のうち直流およびその近傍を除く周波数範囲内で複数Nの異なる部分帯域に対応した信号成分を抽出するBPF型のフィルタCH〜CHによって構成されており、フィルタCHから出力される全帯域信号Sは、全帯域データ処理部25に入力される。
【0042】
全帯域データ処理部25は、計量部10の搬入センサ15からの信号を受けてから、予め設定された時間Ta経過後の一定期間TpにフィルタCHから出力される全帯域信号Sについての確率密度関数PDF等を算出する。
【0043】
より具体的に説明すると、全帯域信号Sを正規化処理部26に入力し、負のデータなどが生じた時は全体として正のデータにするシフト処理などを行い、その正規化した値を対数変換部27によって対数変換し、その対数値を計測目標とする精度の単位で量子化する。なお、対数変換部27は、多数のデータの処理を円滑にするためであり、この構成を省くこともできる。
【0044】
そして、この対数値をPDF演算部28に入力する。PDF演算部28は、入力される対数値の各出現頻度(ヒストグラム)を求め、これを一定時間Tpに入力されたデータ総数で割ることで、正規化された確率密度関数PDFを算出する。
【0045】
また、APD演算部29は、算出された確率密度関数PDFを累積加算して、累積確率分布APDを求める。なお、確率密度関数PDFと累積確率分布APDは継続して求めても良く、測定期間として1箇所又は複数箇所、さらに回数として1回又は複数回を任意に選択することができる。また、測定期間としては雑音成分のうち、測定に影響を与えると予測される最も低い周波数成分の1周期分(またはそれ以上)が好ましい。
【0046】
一方、フィルタCH〜CHから出力される部分帯域信号S〜Sは、それぞれ部分帯域データ処理部30(1)〜30(N)に入力される。
【0047】
これら複数Nの部分帯域データ処理部30(1)〜30(N)は、全帯域データ処理部25と同一構成であり、前記一定期間TpにそれぞれのフィルタCH〜CHから出力される部分帯域信号S〜Sについての確率密度関数PDF〜PDF等を求める。
【0048】
即ち、各部分帯域信号S〜Sをそれぞれ正規化処理部31に入力し、負のデータなどが生じた時は全体として正のデータにするシフト処理などを行い、その正規化した値をそれぞれ対数変換部32によって対数変換し、その対数値を計測目標とする精度の単位で量子化する。
【0049】
そして、この対数値をそれぞれPDF演算部33に入力し、入力される対数値の各出現頻度(ヒストグラム)を求め、これを一定時間Tpに入力されたデータ総数で割ることで、正規化された確率密度関数PDF〜PDFをそれぞれ算出し、それをAPD演算部34によって累積加算して、累積確率分布APD〜APDをそれぞれ求める。
【0050】
このようにして得られた各情報は、重量推定部40に入力される。重量推定部40は、全帯域データ処理部25で得られた確率密度関数PDFと、各部分帯域データ処理部30(1)〜30(N)で得られた確率密度関数PDF〜PDFとに基づいて、物品Wの重量を推定する。
【0051】
具体的には、前記したように、各確率密度関数からそれぞれ求めた期待値E[x]、E[x]〜E[x]を用い、例えば、次の演算によって物品重量に対応した期待値E[x]を求める。なお、ここで期待値とは、一定時間Tpに出現する全ての確率変数(この場合振幅値)について、その値と頻度の積の累計を出現総数で除算した値であり、簡単に言えば、一定時間Tpに出力される信号振幅の単純平均に対応している。
【0052】
[x]=E[x]−ΣEi[x]
ただし、記号Σはi=1〜Nの総和を示す
【0053】
そして、この期待値E[x]を重量換算することで、物品Wの重量値を得ることができる。
【0054】
一方、データ管理部50は、過去に測定したときの全帯域および部分帯域についての確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等を物品の種別情報等とともに記憶しておき、次に測定対象となる物品について新たに求めた確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等のデータと、その物品について過去の測定で得られた確率密度関数PDF、累積確率密度APD、期待値E[x]等のデータとを比較する。
【0055】
ここで、例えば、計量部10の動作変調(例えばモータの回転ムラ等)や、運転環境変化(床振動の増減)等があると、全帯域および部分帯域についての確率密度関数PDFの期待値や中間値、累積確率密度APDのパターンに変化が現れるので、その変化の度合いに応じて、重量推定部40に対して重量推定処理の許可、不許可の指示を与え、計量部10の状態変化に影響されて大きな測定誤差が生じることを未然に防止する。
【0056】
以下、上記構成の信号処理装置20の動作について、3チャネルフィルタ(N=2)でシミュレーションした結果について説明する。
【0057】
APD確率分布を算出するために必要なサンプリング数は現象を把握する上では大きいほどよいが、それに応じて計算時間も長くなってしまうので、ここでは、センサ信号帯域が有する最大周波数の10倍程度の時間でサンプリングしたデータを用いる。
【0058】
また、シミュレーション条件として、全帯域用のフィルタCHは1kHzの信号帯域矩形フィルタ、部分帯域用のフィルタCHは、遮断周波数が20Hz(低域)と400Hz(高域)のBPF、フィルタCHは400Hz〜600Hzの直線位相特性のBPFである。また、計量信号としては、図5に示す計量信号の実測データ(重量真値を90.3409dBと見積もっている)を用いている。
【0059】
測定対象時間Tpは、計量信号に含まれる固有振動周波数30Hzの一周期分を包含するのに必要な50m秒とし、物品の負荷開始タイミングから700〜750m秒の期間を測定するものとする。
【0060】
各フィルタCH、CH、CHの出力に対するPDF/APDの測定結果を、図6、図7、図8に示す。各図で横軸は対数振幅レベル値(dB)、縦軸が確率を示す。PDF値は10倍して表示している。また、フィルタCH、CHの出力は振動雑音などの交流成分であるが、比較し易いように定数α(65535/2=90.3088dB表示)を加算して表示している。
【0061】
図6、図7のフィルタCH、CHの結果から、測定期間内の振動成分の周波数挙動を微視的/巨視的に観測することができる。つまり、この例では図6の全帯域のPDF特性は、図7のCHのPDF特性と類似(高い相関性をもつ)していることから、全帯域の特性の分散(つまり雑音成分)は、CHの成分が支配的であり、CHの振動雑音成分は観測できないほど小さいレベルであることが明確に容易に把握できる。
【0062】
図6のCHの成分は、振動成分CH、CHの成分を含んでいるため、重量推定値としては、線形性を前提にすると、前記したように、CHの期待値E[x]からCH、CHの期待値E[x]、E[x]を除去することで、精度の高い推定値が得られることがわかる。
【0063】
その計算結果を以下に示す。ただし、CH、CHの計算結果には、前記定数αが加算されている。
CHの期待値E[x]=90.3064dB
CHの期待値E[x]+α=90.2475dB
CHの期待値E[x]+α=90.3103dB
物品重量推定値E[x]=90.3659dB
【0064】
この結果から、複数の部分帯域の期待値分を除去して得られた物品重量推定値E[x](=90.3659dB)は、全帯域について得られた期待値E[x](=90.3064dB)よりも真値R(=90.3409dB)に近いことが確認された。
【0065】
なお、上記実施形態では、全帯域および部分帯域について求めた確率密度関数PDFからその期待値を求めて重量推定を行っていたが、確率密度関数PDFの分布が、真の重量振幅値の周りに発生する一様な雑音分布で、その分布形状が対称性を有しているとみなされるときには、前記各期待値の代わりに、確率密度関数PDFが存在する確率変数の下限値min(x)と上限値max(x)の中間値、
C={max(x)−min(x)}/2
を用い、これに基づいて重量推定を行うようにしてもよい。
【0066】
このように、本発明の信号処理装置20は、計量信号に対して設定された処理対象帯域全体の信号についての確率密度関数PDFと、処理対象帯域から直流およびその近傍を除いた周波数範囲内の異なる複数の部分帯域から抽出した信号について確率密度関数PDFとを求め、それらに基づいて物品の重量を推定するようにしているから、詳細なモデリングを準備する必要がなく、多種の雑音成分の影響を確実に除去した精度の高い測定が行える。
【0067】
なお、ここでは、計量コンベア方式の計量部からの計量信号に対する処理について説明したが、本発明は、荷重センサに対して物品の負荷とその解除を繰り返し行う計量装置であれば、同様に適用できる。例えば、計量器で支持され計量ホッパを複数設け、それらの計量ホッパに物品を投入して、その重量を求め、重量が求められた物品の組合せの中から、組合せ重量が目標範囲に入る組合せを選定してそれらをひとまとめに排出する組合せ計量装置においても本発明を適用できる。
【符号の説明】
【0068】
10……計量部、11……計量器(荷重センサ)、12……計量コンベア、15……搬入センサ、20……信号処理装置、21……A/D変換部、22……フィルタブロック、25……全帯域データ処理部、30(1)〜30(N)……部分帯域データ処理部、26、31……正規化処理部、27、32……対数変換部、28、33……PDF演算部、29、34……APD演算部、40……重量推定部、50……管理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品が負荷された状態の荷重センサが出力する計量信号を受けて、荷重された物品の重量値を検出するための処理を行う信号処理装置において、
物品の荷重に対応する直流と該直流に重畳する雑音成分とを含む計量信号の処理対象帯域のうち、直流分およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数(N)の部分帯域の信号成分(S、S、…、S)を計量信号から抽出する複数(N)のフィルタ(CH〜CH)と、
前記荷重センサに物品が負荷されている所定期間における前記処理対象帯域全体の出力信号(S)の振幅の確率密度関数(PDF)を算出する全帯域データ処理部(25)と、
前記複数(N)の部分帯域の信号成分をそれぞれ受け、該各信号成分の振幅の前記所定期間における確率密度関数(PDF〜PDF)をそれぞれ算出する複数(N)の部分帯域データ処理部(30(1)〜30(N))と、
前記全帯域データ処理部で得られた確率密度関数と、前記部分帯域データ処理部で得られた確率密度関数に基づいて、前記物品の重量を推定する重量推定部(40)とを有していることを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
前記重量推定部は、前記全帯域データ処理部および部分帯域データ処理部で得られた確率密度関数の期待値または下限値と上限値の中間値を算出し、該算出値に基づいて前記物品の重量を推定することを特徴とする請求項1記載の信号処理装置。
【請求項3】
物品が負荷された状態の荷重センサが出力する計量信号を受けて、荷重された物品の重量値を検出するための処理を行う信号処理方法において、
物品の荷重に対応する直流と該直流に重畳する雑音成分とを含む計量信号の処理対象帯域のうち、直流分およびその近傍を除く周波数範囲内で異なる複数(N)の部分帯域の信号成分(S、S、…、S)を計量信号から抽出する段階と、
前記荷重センサに物品が負荷されている所定期間における前記処理対象帯域全体の出力信号(S)の振幅の確率密度関数(PDF)と、前記所定期間における前記各部分帯域の信号成分の振幅の確率密度関数(PDF〜PDF)をそれぞれ算出する段階と、
前記算出した前記処理対象帯域全体の出力信号について得られた確率密度関数(PDF)と、各部分帯域の信号成分について得られた確率密度関数(PDF〜PDF)とに基づいて前記物品の重量を推定する段階とを含むことを特徴とする信号処理方法。
【請求項4】
前記重量を推定する段階は、
前記算出された各確率密度関数の期待値または下限値と上限値の中間値を算出し、該算出値に基づいて前記物品の重量を推定することを特徴とする請求項3記載の信号処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−83559(P2013−83559A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−223912(P2011−223912)
【出願日】平成23年10月11日(2011.10.11)
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)