説明

偏光もつれ光子対発生源及びその製造方法

本発明は、基底状態0と、1つの素励起及び異なるスピンを有する2つの縮退状態Xと、2つの素励起を有する状態XXとを有する量子エミッタBQを含むもつれ光子対発生源に関する。該もつれ光子対発生源はまた、上記量子エミッタが挿入される第1の光共振器μPと、上記第1の共振器と結合される第2の光共振器μPとを備えることを特徴とする。第1の共振器及び第2の共振器の幾何形状、及びそれらの結合の力は、結合された両方の共振器によって形成される全体が、量子エミッタからの、2つの素励起を有する状態と1つの素励起を有する2つの縮退状態との間の遷移と共振する、第1の偏光縮退モード対AL+、AL−と、1つの素励起を有する上記縮退状態と基底状態との間の遷移と共振する第2の偏光縮退モード対L+、L)とを有するように選択される。本発明はそのような発生源を製造するための方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、もつれ光子対の発生源、より詳細には偏光もつれ光子対の発生源、及びその発生源の製造方法に関する。本発明は特に量子暗号の分野に、より一般的には量子情報の分野に適用される。
【背景技術】
【0002】
量子暗号は大きく発展している技術であり、孤立光子(isolated photons)の使用に基づく通信プロトコルを利用することにより、送信されたメッセージ(詳細には、暗号化鍵)が傍受されたことを検出できるようにすることによって、量子力学の法則を利用して通信のための完全な機密性を提供する技術である。
【0003】
実用的な量子暗号システムを実現する際に直面する主な難題のうちの1つは、線路損失に対処することである。通信のセキュリティを損なうことなく、送信された信号を増幅することはできない。数百キロメートルの距離にわたって安全に暗号化鍵を送信できるようにするために、「量子リレー」として知られている装置を設置する必要があり、その量子リレーにおいて不可欠な構成要素がもつれ光子対の発生源である。2つの光子が、分離できない量子状態、すなわち、単一の光子をそれぞれ表す2つの状態間のテンソル積の形で書くことができない量子状態によって全体的に表されるときに、その2つの光子はもつれていると言われる。
【0004】
理想的には、もつれ光子対の発生源は、励起パルスを受信する度に1つだけ、そのような光子対を放出すべきである。残念なことに、現時点で入手可能である発生源は、データレートに関して非常に制限される。励起パルスごとに、もつれ光子対が実際に放出され、収集されることになる確率は、僅かに約2%〜5%である。
【0005】
偏光もつれ光子対を生成するには主に2つの技法、すなわち非線形光学媒体におけるパラメトリック周波数変換及び半導体量子ドットにおける放射カスケードがある。
【0006】
パラメトリック変換は非線形光学効果である。二次非線形性である電気感受率を示す媒体内を伝搬している周波数υの光子が、2つの周波数もつれ光子υ及びυに分裂することができる。ただし、υ+υ=υである。放出される光はポアソン統計を示すので、その効果に基づく発生源のデータレートには本質的な限界がある。2つの光子対が放出される確率は、単一の対が放出される確率の二乗に比例する。それゆえ、単一の対を放出する確率は通常約5%であるが、この確率が低くない限り、ポンピングパルスあたり2つ以上の光子対を放出する確率を無視できることを保証することはできない。したがって、実際には、ポンピングパルスの約5%のみがもつれ光子対の放出を引き起こす。
【0007】
半導体量子ドットのような量子エミッタにおいて生じる放射カスケードでは、励起パルスごとに1つのもつれ光子対を生成することができる。それにもかかわらず、それらの光子は、高い屈折率を有する媒体内で等方的に放出され、それは、光子のごく一部、約2%しか抽出できないことを意味する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、励起パルスごとに1つのみの偏光もつれ光子対を放出するか、又は少なくとも、従来技術において既知である発生源よりも著しく高い確率で偏光もつれ光子対を放出する「高データレート」発生源を構成できるようにすることを目指す。本発明によれば、この目的は、量子エミッタにおいて放射カスケードによって放出される光子対が抽出される効率を高めることによって達成される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明がベースにする第1の着想は、パーセル効果によって放出される光子の抽出を容易にするために、生成用量子エミッタを光共振器内に配置することである。その技法は、それ自体が既知であり、孤立光子の発生源を構成するために特に用いられる。しかしながら、特別な予防措置を講じることなく、所与の対の光子間のもつれを保存することはできない。本発明がベースにする第2の着想は、第1の共振器に結合される第2の共振器を設けることである。2つの共振器間の結合(「フォトニック分子」)によって、光子のもつれに悪影響を及ぼすことなく、効率的に生成される光子を抽出できるようになる。
【0010】
したがって、一態様では、本発明は例えば、基底状態と、単一の素励起を有する2つの状態であって、該状態は縮退しており、異なるスピンを有する、2つの状態と、2つの素励起を有する状態とを示す量子ドットのような量子エミッタを含む偏光もつれ光子対発生源であって、該発生源は、前記量子エミッタが挿入される第1の光共振器、及び該第1の光共振器と結合される第2の光共振器をも含み、前記第1の共振器及び前記第2の共振器の幾何形状、及び前記共振器が結合される強度は、前記2つの結合される共振器によって構成されたアセンブリが、2つの素励起を有する状態と単一の素励起を有する2つの縮退状態との間の前記量子エミッタの遷移と共振する第1の偏光縮退モード対と、単一の素励起を有する前記縮退状態と基底状態との間の遷移と共振する第2の偏光縮退モード対とを示すように選択されることを特徴とする、量子エミッタを含む偏光もつれ光子対発生源を提供する。具体的には、これらの条件を満たすために措置を講じることができるパラメータは通常、それらの共振器の寸法(マイクロディスク又はマイクロピラーの直径)、及びそれらの共振器の相対的な離隔距離である。それらの共振器は一般的に、それらの共振器が形成される基板の平面内、及び/又は光放射方向に対して垂直な平面内に並置される。それらの共振器によって、光を3次元において閉じ込めることができるようにすることが好ましい。
【0011】
素励起は励起子(クーロン相互作用によって互いに結合される電子/正孔対)とすることができ、その場合に、「励起子」状態又は「双励起子(bi-exciton)」状態であると言われる。
【0012】
2つの量子状態又は2つのモードのエネルギー差(それは決して厳密に0ではない)がそのスペクトル幅(それは常に有限である)よりも小さいときに、それらの2つの量子状態又は2つのモードは縮退しているとみなされる。
本発明の種々の実施の形態
前記対の各対のモードは、70%以上、好ましくは80%以上重なり合う放出パターンを示すことができる。その重なりのパーセンテージは、それらのモードの正規化された電界のスカラー積を計算することによって求められる。実際には、重なりは98〜99%、又はそれ以上に達することができる。
【0013】
前記光共振器の幾何形状は、2つの素励起を有する前記状態と単一の素励起を有する前記縮退状態との間の遷移の自然放出がパーセル効果によって促進し、単一の素励起を有する前記縮退状態と前記基底状態との間の遷移の自然放出もパーセル効果によって促進するように選択することができる。詳細には、前記自然放出の促進は、比F/(F+γ)≧0.5、好ましくは、F/(F+γ)≧0.75によって特徴付けることができ、Fは前記遷移の光学モードのパーセル因子であり、γは全ての他の光学モードへの前記遷移の正規化された自然放出比である。
【0014】
例えば、Fは3以上とすることができ、それにより、γが約1である場合でも、(約75%の)満足のいく抽出率になる。
【0015】
前記結合された共振器の幾何形状は、単一の素励起を有する前記縮退状態と前記基底状態との間の遷移のためのパーセル因子が、2つの素励起を有する前記状態と単一の素励起を有する前記2つの縮退状態との間の遷移のためのパーセル因子よりも高いように選択することができる。これは特に、異なる寸法をもつ2つの共振器をともに結合することによって得ることができる。
【0016】
前記結合された共振器は、マイクロピラータイプ共振器、マイクロディスクタイプ共振器、及びフォトニック結晶共振器から選択することができる。
【0017】
本発生源は、前記量子エミッタをポンピングするための電気的若しくは光学的ポンピング手段及び/又は前記共振器を周波数同調させるための手段も含むことができる。
【0018】
別の態様では、本発明はまた、上述したような偏光もつれ光子対発生源を製造する方法であって、該方法は、
ブラッグミラーを形成する誘電体層の第1のスタックと、量子エミッタを含むアクティブ層と、ブラッグミラーを形成する誘電体層の第2のスタックとによって構成される構造を作製することにあるステップと、
前記構造の表面上に感光性樹脂の層を堆積するステップと、
前記樹脂を硬化させるのに適していないが、所望の電子的特性を示す前記アクティブ層の前記量子エミッタの蛍光を刺激するのに適している第1のレーザービームを用いて前記表面を走査することにあるステップと、
所望の電子的特性を示す量子エミッタを該量子エミッタの蛍光波長に基づいて選択することにあるステップと、
前記第1のレーザービームによる前記刺激に応答して放出される前記蛍光の光を測定することによって、前記量子エミッタのうちの少なくとも1つの量子エミッタの位置を特定することにあるステップと、
前記第1の共振器及び前記第2の共振器をリソグラフィによって製造するための領域を画定するように、第2のレーザービームを用いて前記樹脂を硬化させることにあるステップと、
を含む、偏光もつれ光子対発生源を製造する方法を提供する。
【0019】
本発明の他の特徴、詳細及び利点は、例として与える添付図面を参照して行う以下の説明を読むことにより明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明を実施する際に用いるのに適している量子エミッタ、より厳密には量子ドットのエネルギー状態図である。
【図2】そのような量子ドットにおいてもつれ光子対を生成するプロセスを示す図である。
【図3】「マイクロピラー」タイプの光共振器と結合される量子ドットを示す図である。
【図4】図4Aおよび図4Bは、2つの同一の光共振器によって形成される「フォトニック分子」に結合される量子ドットによって構成される、本発明の一実施形態における発生源の正面図および断面図である。
【図5】図5A〜図5Cは、結合された光共振器間の距離の関数としての「フォトニック分子」におけるモードのエネルギー線図である。
【図6】フォトニック分子放出パターンの画像を示す図である。
【図7】「フォトニック分子」を周波数同調させるための技法を示す図である。
【図8】図8Aは非対称の「フォトニック分子」を示す図であり、図8Bはそのような分子の2つのモードのための光強度の空間分布を示す図である。
【図9】本発明の発生源を作製する方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
半導体量子ドットは、広い禁制帯を有する材料内に狭い禁制帯を有するナノメートルサイズの材料を挿入したものである。量子ドットは、許されるエネルギー状態が離散的であるような、3つ全ての空間次元におけるキャリアのためのトラップである。詳細には、2つの電子−正孔対が量子ドット内に閉じ込められる場合には、2つの光子が続けて放出されることになる。すなわち、それら2つの光子は2つの異なるエネルギー、すなわち、双励起子から励起子への遷移の場合にEXX、励起子から基底状態への遷移の場合にEにおいて放出される。なぜなら、量子ドット内に閉じ込められたキャリア間の相互作用が、2つのキャリアが存在するか、4つのキャリアが存在するかによって異なるためである(図1のエネルギー線図及び図2の左側の放射スペクトルを参照されたい)。2つの電子−正孔対によって占有される量子ドットの状態は、以下において双励起子状態(XX)と呼ばれ、1つの対のみを有する状態は励起子状態(X)と呼ばれる。
【0022】
双励起子状態XXは、スピンが確定されない状態である。対照的に、励起子状態Xは、2つの異なるスピン状態を示す場合がある。すなわち、電子(e)のスピンが「アップ」の場合があり、一方、正孔(h)のスピンが「ダウン」であるか、又は逆もある。双励起子状態から第1の励起子状態への遷移は、右円偏光した(σ+)エネルギーEXXの光子の放出を伴う。その後、基底状態への遷移は、左円偏光した(σ−)エネルギーEの光子の放出を伴う。逆に、双励起子状態から第2の励起状態への遷移は、左円偏光した(σ−)エネルギーEXXの光子の放出を伴い、その後、基底状態への遷移は、右円偏光した(σ+)エネルギーEの光子の放出を伴う。
【0023】
量子ドットの幾何学的特性に応じて、2つの励起子スピン状態は縮退である場合も、縮退でない場合もある。縮退であるとき(すなわち、2つの状態間のエネルギー差が、0ではないが、必然的に有限の幅よりも小さいとき)、双励起子状態XXと基底状態0との間の両方の取り得る再結合経路は識別できず、放出される光子は偏光もつれ状態にある(図2を参照されたい)。2つの励起子状態間のエネルギー差が遷移幅よりも大きいとき、放出される光子は、偏光相関があるが、もつれてはいない。
【0024】
半導体量子ドット内の放射カスケードによる偏光もつれ光子対の放出は、O. Benson他「Regulated and entangled photons from a single quantum dot」(Phys. Rev. Lett. 84, 2513 (2000))及びT. M. Stace他「Entangled two-photon source having bi-exciton emission of an asymmetric quantum dot in a cavity」(Phys. Rev. B, 67, 085317 (2003))によって予測され、その後、幾つかのグループによって実験的に具体的に示された。例えば、R. M. Stevenson他「A semiconductor source of triggered entangled photon pairs」(Nature 438, 179 (2006))を参照されたい。
【0025】
任意の「点状」光源と同様に、量子ドットは準等方的に光子を放出する。さらに、量子ドットは、相対的に高い屈折率(例えば、GaAsマトリックスの場合に3.5)の光学媒体内に挿入される。したがって、空気/半導体界面(それぞれ屈折率1及び3.5)における内部全反射に起因して、量子ドットによって放出される光子の約6%だけが実際に半導体から出て、1%〜3%未満が光ファイバに実効的に結合することができる。
【0026】
量子ドットが単一の量子源として用いられるときにも、光子を抽出するという問題が生じる。この分野では、この問題は「パーセル効果」として知られている現象を利用することによって解決されており、このテーマに関しては、E. Moreau他による論文「Single mode solid-state photon source based on isolated quantum dots in pillar microcavities」(Appl. Phys. Lett. 79, 2865 (2001))と、また、J. M. Gerard及びB. Gayralによる論文「Strong Purcell effect for InAs quantum boxes in three-dimensional solid-state microcavities」(J. Lightwave Technol. 17, 2089 (1999))とを参照することができる。
【0027】
エミッタの自然放出速度は、その電磁環境に依存することが知られている。したがって、電磁界を閉じ込める光共振器内にエミッタを配置することによって、パーセル因子と呼ばれる因子Fによってその自然放出を促進させることができる。その際、エミッタからの放出は共振器モードにおいて方向を変更され、そのモードにおける放出割合はF/(F+γ)である。ただし、γは、固体半導体内の放出速度に関して正規化された、その構造の他のモードにおける放出再結合速度である。したがって、因子γ≒1であり、パーセル因子F=5である場合に、光子の83%を収集することができ、パーセル因子F=10の場合に、90%よりも多くの光子を収集することができる。図3は、マイクロピラータイプ共振器μPの場合のこの原理を示す。そのような共振器では、2つの「ブラッグ」又は干渉ミラーM1、M2が、z方向において電磁界を閉じ込める。その材料と空気との間の屈折率の相違によって、他の2つの方向において閉じ込めが実現される(光ファイバタイプの誘導効果)。光子のうちの割合F/(F+γ)が共振器におけるMOモードにおいて放出され、一方、γ/(F+γ)に等しい残りの割合は、他のモードにおいて放出される。
【0028】
マイクロピラータイプ光共振器内に挿入される量子エミッタの場合、自然放出速度γは1に近い値を有する。それゆえ、高い抽出率、例えば、約75%の抽出率を達成するために、F≧3を有する必要がある。他の共振器、例えば、フォトニック結晶共振器又は金属めっきされた側面を有するマイクロピラーは、因子γ≪1(例えば、約0.1)を示す。そのような状況下では、約1のパーセル因子であっても、極めて満足のいく抽出率を達成できるようになる。
【0029】
O. Benson他による論文は、パーセル効果を用いて、量子ドットによって放出されるもつれ光子対の抽出を助長する可能性を提起する。それにもかかわらず、その論文は、単一の光子を抽出する方法を詳述し、もつれを保存しながら、もつれ光子対を抽出するために満たされなければならない条件を考慮に入れることなく、もつれ光子対に拡張することを提案する、単なる理論的なタイプの研究である。実際には、もつれ光子対を生成することにパーセル効果抽出技法を適用することは、根本的な難題に直面する。単一光子の高効率の発生源として光共振器に結合される量子ドットを用いることが望まれるとき、その共振器を単一のXX→X遷移に、又は単一のX→0遷移に同調させれば十分である。対照的に、もつれ光子対の場合、その共振器は、両方の遷移の場合に共振しなければならない。一般的に、これは、量子ドットに結合されるのに適している微視的寸法の光共振器を同調させるために実際に利用可能である唯一のパラメータ、すなわち、そのサイズに作用することによって達成することはできない。
【0030】
光子間の偏光もつれの度合いを低下させるのを避けるために満たされる必要がある2つの付加的な条件も存在する。第一に、共振器のモードは偏光に関して縮退している必要がある。なぜなら、縮退していない場合には、2つの放出再結合経路のうちの一方が、他方にとって不利益になるほど、選ばれるためである。第二に、双励起子の放出再結合経路についての情報を、その放出パターンを観測することによって得ることができないように、共振器の、同じ波長であるが異なる偏光モードが、実際には同一である放出パターンを示す必要がある。縮退は、それ自体が、放出パターンを重ね合わせることができることを意味しないことに気がつくことが重要である。このテーマに関しては、M. Larque他による論文「Optimized Hl cavities for the generation of entangled photon pairs」(New Journal of Physics, 11 (2009) 033022)を参照すべきである。
【0031】
これらの制約のため、量子ドットによって生成された偏光もつれ光子対を満足のいく効率で抽出することは、これまで不可能であった。
【0032】
本発明の発生源では、量子ドットによって放出されたもつれ光子は、「フォトニック分子」によって、すなわち、互いに結合され、かつ量子ドットに結合される2つの光共振器から構成される構造によって効率的に抽出され、それらの共振器は、3次元において光を閉じ込めることができることが好ましい。
【0033】
2つの共振器が互いに向かって動かされるとき、そのエバネッセント電磁界が部分的に重なり合う。2つの共振器間の結合が現れ、新たな光学モードが確定される。その際、双励起子から励起子への遷移及び励起子から基底状態への遷移の2つの波長間の中間にある共振波長を得るために、個々の共振器のサイズ(直径D、又は同様に半径r)を選択することができる。その後、2つの共振器間の距離(d)によって、2つの結合した共振器モード間の縮退を解消することができ、かつ上記モードをエネルギーE及びEXXに調整できるようになる。図4Aは、2つのマイクロピラータイプ共振器μP1及びμP2によって形成される構造(「フォトニック分子」)の走査型電子顕微鏡画像を示す。図4Bは、そのような構造の断面図を極めて概略的に示す。以下に説明されるように、2つの共振器が同一であることは不可欠でない場合もあるが、ここでは、同一であると仮定される。
【0034】
共振器が偏光に関して縮退モードを示すことを確実にするために、本発明者は、基本的に偏光しない結合モードを保持しながら、結合を達成できることに気がついている。マイクロピラータイプ共振器は、その円対称性に起因して、個々に見たときに、偏光に関して縮退であるモードを示す。共振器の各モードは、その結合に起因して、異なるエネルギーの2つのモードに分裂する。しかしながら、そして驚くべきことに、対称性が明らかに失われるにもかかわらず、偏光縮退は実質的に保存される(「分子」の軸に対して平行又は垂直に偏光するモード間のエネルギー差は、モードの共振スペクトル幅と比べて極めて小さいままである)。この特性は、2つの放出された光子の識別不能性を保存するのに不可欠である。
【0035】
図5A〜図5Cは、種々の中心間距離dの場合の、直径D=3マイクロメートル(μm)(図5A及びその拡大図5B)並びにD=2.5μm(図5C)を有する2つのGaAs/AlAs(平均屈折率3.2)ピラーによって構成されるフォトニック分子において測定されたフォトニックモードのエネルギー(ミリ電子ボルト(meV)単位)を示す。非常に距離が離れている2つのピラーの場合、4つの光学モードが波長に関して縮退しており、円偏光を有する。ピラーが互いに近づくと、2つの共振器間の結合がこの縮退を解消する。すなわち、4つのモードは2つの波長間(結合モードLと反結合モードALとの間で)共有される。これらの波長(L又はAL)ごとに、フォトニック分子は、互いに非常に近い2つのエネルギーモード(+及び−)を示す。言い換えると、その分子は第1の偏光縮退モード対(L+、L−)と、より大きなエネルギーの第2の偏光縮退モード対(AL+、AL−)とを示す。非常に強い結合の場合にのみ、偏光縮退が解消され、各モードが直線偏光を示す。
【0036】
中間結合の範囲全体を通して、モードAL+とAL−(又はL+とL−)との間のエネルギー差がモードのスペクトル幅よりもはるかに小さい場合、モードAL及びLを量子ドットのXX→X遷移及びX→0遷移と同調させるために、共振器のサイズ及びその中心間距離を調整することができる。その際、ALモード及びLモードは偏光せず、それらのモードによって、偏光もつれ光子対を効率的に抽出できるようになる。
【0037】
実際には、それぞれの個々の共振器は、結合の結果として繰り返される複数のモードを示す。結果として、フォトニック分子は、各マイクロピラーの第2のモードを繰り返すことから生じるモードL及びALも示し、それ以外も同様である。フォトニック分子のパラメータd及びDは、XX→X遷移及びX→0遷移をこれらのモードのいずれか2つと同調させるように選択することができる。
【0038】
さらに、双励起子に関連する再結合経路についての情報を、その放出パターンを観測することによって得ることができないように、AL+/AL−モード、L+/L−モード及びL+/L−モードは、95%よりも大きく重なり合う放出パターンを示す。これが図6に示される。この図は、H直線偏光(分子の軸に対して平行)及びV直線偏光(上記軸に対して垂直)におけるモードAL、L及びLの放出パターンの画像を示す。直線偏光したモード(H/V)の放出パターンが概ね同一であることから、円偏光モード(+/−)のパターンを推定することができ、そのパターンは、直線偏光モードの放出パターンの一次結合である。これらは角度パターンである。すなわちこれは、図において規定されるように、図の軸が角度θ及びφに対応することを意味する。これらの結果は、D=2.4μm及びd=1.8μmに対応する。
【0039】
図7は、温度の関数としてのフォトニック結晶に結合される量子ドットからの放出強度の図である。5Kでは、X→0遷移及びXX→X遷移はフォトニック分子のモードL及びALと共振状態にある。この図は、温度Tを微調整することによって、フォトニック分子のモードを量子ドットの遷移と同調させることができることを示す。X→0遷移及びXX→X遷移がモードL及びALと共振状態にあるときに、信号強度の大きな増加が観測される。この信号増加は、量子ドットの両方の遷移の場合の自然放出の促進によって、放出方向が変更されたことの痕跡である。自然放出速度はこのタイプの共振器の固体材料(γ≒1)の場合の自然放出速度と同程度であるので、その際、光子抽出率はF/(F+1)によって与えられる。
【0040】
図7は、この例において考慮中の発生源が70K未満の極低温において動作することを示す。この制約は、900ナノメートル(nm)において放出するInAs/GaAsタイプの量子ドットを用いることに特有である。それにもかかわらず、本発明は、放射カスケードが生じる任意のタイプの単一の量子エミッタに適用することができる。そのようなエミッタは、3次元においてキャリアを閉じ込めるタイプである。例えば、II−IV族半導体のナノ結晶は、より高い温度において動作するそのような発生源を形成する場合の有力な候補である。
【0041】
直線偏光AL+及びAL−(L+及びL−;L+及びL−)におけるスペクトル線の僅かな量の重複が放出される光子対のもつれの度合いに影響を及ぼさないのを確実にするために、共振器モードのスペクトル線の幅は、モードAL+及びAL−(L+及びL−;L+及びL−)のエネルギー差よりもはるかに大きくなるように選択される。例えば、D=3μmを有する2つのGaAs/AlAsピラーの場合、2つの異なる偏光モード間のエネルギー差は約50マイクロ電子ボルト(μeV)であり、一方、各モードの幅は約400μeVである。パーセル因子は約5であり、それにより、約80%の収集を保証する。
【0042】
図7の例では、X→0遷移はXX→X遷移よりも高いエネルギーにある。本発明の原理は、逆の条件下でも同じままである。すなわち、その際、ALモードはX→0遷移と共振し、LモードはXX→X遷移と共振する。より一般的には、フォトニック分子の全てのモード(L、AL、L、AL、...)が2つの遷移XX→X及びX→0と同調することができる。
【0043】
本発明の発生源は種々の方法において最適化することができる。
【0044】
構造の上部に向かって光子の80%の抽出を達成するために、後部ミラーの反射率は上部ミラーの反射率よりも大きくなるように選択される必要がある。両方のミラーが同じ反射率を示す場合には、光子の一部F/2(F+γ)のみが上方に方向を変更される。
【0045】
異なるサイズの2つの共振器を使用することが好都合な場合もある。上記で検討された例の場合のように、2つの同一の共振器が用いられるとき、自然放出の促進は両方の遷移の場合に同じである。それにもかかわらず、双励起子の場合よりも、励起子の場合に自然放出をより強く促進させることが好都合な場合がある。大部分の量子ドットは、僅かな量の形状異方性によって、又は量子ドット内のキャリアの波動関数によって引き起こすことができる、励起子状態の僅かな縮退解消を示す。この縮退解消が遷移のスペクトル幅よりも大きい場合には、放出される光子対はもはやもつれない。この問題に対する1つの解決策は、自然放出を促進させることによって、X→0遷移を広くすることにある(T. M. Stace他による上述の論文を参照されたい)。これは、その共振器を含む共振器μPが他の共振器μPよりも僅かに大きい(rがrよりも約2%だけ大きい)非対称のフォトニック分子を用いることによって可能となる。このように、励起子Xと共振する結合モードLの電界は、双励起子XXと共振する反結合モードALよりも強い。それゆえ、パーセル効果は、XX→X遷移よりも広げられたX→0遷移の場合に強い。対照的に、2つのスペクトル線の場合の抽出率は実際には同じままである。なぜなら、F≧4−5であるなら、Fへの抽出率の依存度は低いためである。図8Aは、そのような非対称フォトニック分子の断面図を示しており、図8Bは、この例においてそれぞれXX→X遷移及びX→0遷移と共振するALモード及びLモードの場合の上記分子内の光強度の空間分布を示す。
【0046】
X→0遷移がXX→X遷移よりも高いエネルギーを有する場合には、今度は量子ドットを含むピラーの直径を小さくすることによって、上述の原理が引き続き適用される。
【0047】
その原理を具体的に示すのに、共振器のモードとスペクトル線E及びEXXとの間のスペクトル同調のために温度制御を使用することが適切である。しかしながら、実用的な応用形態では、z軸に沿って電界をかけることによって、シュタルク効果を利用することが好ましい。このテーマに関しては、A. Laucht他による論文「Electrical control of spontaneous emission and strong coupling for a single quantum dot」(New, J. Phys. 11, 023034 (2009))を参照することができる。
【0048】
半導体レーザーのようなポンプ光源との結合によって、共振器を光学的にポンピングすることができる。その技法を用いて、本発明の原理の有効性を検証した。工業への応用形態の場合、マイクロピラー共振器の端部に配置される2つの電極(光子を抽出できるようにするために、上部電極はリング形状である)を用いて、電気的なポンピングに頼ることが好ましいと思われる。マイクロピラー共振器内に位置する量子ドットの電気的なポンピングは、最近になって、C. Bockler他「Electrically-driven high-Q quantum dot micropillar cavities」(Appl. Phys. Lett. 92, 091107 (2008))によって具体的に示された。
【0049】
本発明は、2つのマイクロピラー共振器を結合することによって形成されるフォトニック分子を参照しながら、上記で説明された。本発明を実施するのに他の共振器を用いることもできるので、それは不可欠な制約ではない。一例として、マイクロディスクタイプ、又はフォトニック結晶タイプの共振器について言及することができる。オプションでは、異なるタイプの2つの共振器を用いることもできる。唯一の制約は、共振器が偏光縮退モードを示さなければならないこと、及びマイクロピラー共振器の場合に生じるように、縮退が結合によってほとんど影響を及ぼされないべきであることである。技術的な観点から、共振器は、それらの共振器が形成される基板の平面内で、かつ/又は光放射方向に対して垂直な平面内で並置されることが重要である。
【0050】
本発明の発生源の製造は、本発明者が所属するチームによって最近になって開発された技法を利用する。A. Dousse他による論文「Controlled light-matter coupling for a single quantum dot embedded in a pillar microcavity using far-field optical lithography」(Phys. Rev. Lett. 101, 267404 (2008))を参照されたい。
【0051】
最初に、図に示されるように、平面微小共振器CPが分子ビームエピタキシーによって形成され、その微小共振器は、その中心に、10又は10ドット/平方センチメートル(cm)の密度で量子ドットBQがランダムに分布する平面を含む。量子ドットの寸法は統計的なばらつきを示すので、その放射波長も統計的なばらつきを示す。それにもかかわらず、量子ドットの不均一な分布の放射最大値は、平面光共振器のモードの中心に位置する。その後、急速高温熱アニールを実行するために、そのサンプルの表面は保護される。そのようなアニールによって、励起子の状態の縮退解消が減少することが示されている(D. J. P. Ellis他「Control of fine-structure splitting of individual InAs quantum dots by rapid thermal annealing」(Appl. Phys. Lett. 90, 011907 (2007)))。そのアニーリングは、全ての量子ドットの場合にこの縮退解消を減少させるように選択される。
【0052】
量子ドットを含む平面微小共振器は、感光性樹脂RPの層に覆われ、低温(通常10K)まで冷却される。その後、樹脂を硬化させるのに適していない赤色レーザーLRが、その表面を走査する。このレーザーの波長は、蛍光(F)によって量子ドットの放射を励起するように選択される。この放射の波長は、所望のエネルギー特性を示す量子ドットを特定し、したがって、選択するのを可能にする。選択された各量子ドットの放射最大値を検出することによって、約10nm程度の精度で、その位置を特定することができる。その後、上記赤色レーザーと同じ軸上を伝搬する緑色の第2のレーザーLVが、単一エミッタに対する所与の位置において樹脂を硬化させる役割を果たす。フォトニック分子を形成するために、その樹脂は最初に、量子ドットの中心に位置するようにして硬化し、その後、サンプルは、第2の共振器を硬化させるために距離dだけ動かされる。パラメータD及びdは、X→0遷移及びXX→X遷移のエネルギーを測定することによって選択される。その後、サンプルは周囲温度まで高められ、その樹脂は現像される。分子をエッチングするために、金属が堆積され、その後、リフトオフされる。こうして、単一のリソグラフィステップにおいて数多くのフォトニック分子を形成することができ、それにより、相対的に低い製造コストを達成できるようになる。
【0053】
この製造技法によれば、エミッタ(量子ドット)の周囲に、その2つの遷移の波長に応じてフォトニック分子が形成されることに気がつくべきである。フォトニック分子を構成する2つの共振器が並置されるのではなく、重ね合わせられていたなら、それは不可能であるか、又ははるかに難しくなっていたであろう。
【0054】
少なくとも或る特定の状況では、量子ドットの蛍光を観測できるようにするために、極低温までの冷却が必要である。上記ドットの性質によっては、より高い温度において操作を実行することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基底状態(0)と、単一の素励起を有する2つの状態(X)であって、該状態は縮退しており、異なるスピンを有する、2つの状態(X)と、2つの素励起を有する状態(XX)とを示す量子エミッタ(BQ)を含む偏光もつれ光子対発生源であって、
該発生源は、前記量子エミッタが挿入される第1の光共振器(μP)、及び該第1の共振器と結合される第2の光共振器(μP)をも含み、前記第1の共振器及び前記第2の共振器の幾何形状、及び前記共振器が結合される強度は、前記2つの結合される共振器によって構成されたアセンブリが、2つの素励起を有する状態と単一の素励起を有する2つの縮退状態との間の前記量子エミッタの遷移と共振する第1の偏光縮退モード対(AL+、AL−)と、単一の素励起を有する前記縮退状態と前記基底状態との間の遷移と共振する第2の偏光縮退モード対(L+、L−)とを示すように選択され、前記対のそれぞれのモードは、70%以上、好ましくは80%以上重なり合う放出パターンを示すことを特徴とする、量子エミッタ(BQ)を含む偏光もつれ光子対発生源。
【請求項2】
前記共振器は、光放射方向に対して垂直な平面内で並置される、請求項1に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項3】
前記光共振器の幾何形状は、2つの素励起を有する前記状態と単一の素励起を有する前記縮退状態との間の遷移の自然放出がパーセル効果によって促進し、単一の素励起を有する前記縮退状態と前記基底状態との間の遷移の自然放出もパーセル効果によって促進するように選択される、請求項1又は2に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項4】
前記自然放出の促進は、比F/(F+γ)≧0.5、好ましくは、F/(F+γ)≧0.75によって特徴付けられ、Fは前記遷移の光学モードのパーセル因子であり、γは全ての他の光学モードへの前記遷移の正規化された自然放出比である、請求項3に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項5】
前記結合された共振器の幾何形状は、単一の素励起を有する前記縮退状態と前記基底状態との間の遷移のためのパーセル因子が、2つの素励起を有する前記状態と単一の素励起を有する前記2つの縮退状態との間の遷移のためのパーセル因子よりも高いように選択される、請求項3又は4に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項6】
前記結合された2つの共振器は異なる寸法を示す、請求項5に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項7】
前記結合された共振器は、マイクロピラータイプ共振器と、マイクロディスクタイプ共振器と、フォトニック結晶共振器とから選択される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項8】
前記量子エミッタをポンピングするための電気的又は光学的ポンピング手段を含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項9】
前記共振器を周波数同調させるための手段を含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の偏光もつれ光子対発生源。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか一項に記載の偏光もつれ光子対発生源を製造する方法であって、該方法は、
ブラッグミラーを形成する誘電体層の第1のスタックと、量子エミッタを含むアクティブ層と、ブラッグミラーを形成する誘電体層の第2のスタックとによって構成される構造を作製することにあるステップと、
前記構造の表面上に感光性樹脂の層を堆積することにあるステップと、
前記樹脂を硬化させるのに適していないが、前記量子エミッタの蛍光を刺激するのに適している第1のレーザービームを用いて前記表面を走査することにあるステップと、
所望の電子的特性を示す量子エミッタを該量子エミッタの蛍光波長に基づいて選択することにあるステップと、
前記第1のレーザービームによる前記刺激に応答して放出される前記蛍光の光を測定することによって、前記量子エミッタのうちの少なくとも1つの量子エミッタの位置を特定することにあるステップと、
前記第1の共振器及び前記第2の共振器をリソグラフィによって製造するための領域を画定するように、第2のレーザービームを用いて前記樹脂を硬化させることにあるステップと、
を含む、請求項1〜9のいずれか一項に記載の偏光もつれ光子対発生源を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2013−517534(P2013−517534A)
【公表日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−549393(P2012−549393)
【出願日】平成23年1月14日(2011.1.14)
【国際出願番号】PCT/FR2011/000021
【国際公開番号】WO2011/089336
【国際公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【出願人】(502205846)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ シアンティフィク (154)
【Fターム(参考)】