説明

偏極イオンビーム発生方法とその実施に使用する偏極イオンビーム発生装置

【課題】測定時間を短縮して従来にはない高精度の測定が可能になるように、偏極率が18%を超える高い偏極率をもった偏極イオンビームを発生させる方法とその装置を提供する。
【解決手段】偏極イオンビーム発生方法は、2への遷移に対応するD線に波長調整した円偏光と直線偏光とを互いに直角の照射方向から準安定ヘリウム原子へ照射して光ポンピングすることを特徴とする構成を採用した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偏極イオンビームにより材料の表面及び界面の磁性を調べる検査装置における偏極イオンビーム発生方法とその実施に使用する偏極イオンビーム発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
本明細書において、以下の言葉を以下の意味で使用する。
【0003】
偏極率
上向きと下向きのスピンを持つイオンの個数を、それぞれn↑とn↓とすれば、偏極率は(n↑-n↓)/ (n↑+n↓)で定義される。本明細書では、これに100を乗じて、%表示する。
【0004】
D0線、D1線、D2線、23S1などの記号
光ポンピングによる準安定ヘリウム原子23S1のスピン偏極では、23S1と23Pの間の遷移を使う。この23P準位はスピン−軌道相互作用により微細構造を持ち、23S1からこれらへの遷移のことを、遷移エネルギーが大きい方から、D0、D1、D2線と呼んでいる。(図4参照)
【0005】
偏極イオンビームにより材料の表面及び界面の磁性を調べる検査方法においては、偏極イオンビームは表面に極めて敏感であることから、測定中の表面汚染を防ぐために測定時間は可能な限り短縮する必要がある。
従来は、非特許文献1に示されているように、準安定ヘリウム原子23S1の23P1への遷移に対応するD1線の波長を持つ円偏光を用いた光ポンピングにより、ヘリウムイオンの偏極がなされてきた。この従来技術によるヘリウムイオンの偏極率は18%であり、これ以上の偏極率を持つ偏極ヘリウムイオンの発生は不可能であった。
このため、測定中の表面汚染を避けることが困難でその測定結果にもおのずから限界が生じていた。
【非特許文献1】Review of Scientific Instruments, 70 (1999) 240, Bixler
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような実情に鑑み、測定時間を短縮して従来にはない高精度の測定が可能になるように、偏極率が18%を超える高い偏極率をもった偏極イオンビームを発生させる方法とその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、発明1の偏極イオンビーム発生方法は、2への遷移に対応するD線に波長調整した円偏光と直線偏光とを互いに直角の照射方向から準安定ヘリウム原子へ照射して光ポンピングすることを特徴とする。
【0008】
発明2は、発明1の偏極イオンビーム発生方法を実施する為の偏極イオンビーム発生装置であって、高周波ヘリウム放電管と、レーザ発振器と当該レーザ発振器からのレーザを二つに分岐し、一方を円偏光とし、他方を直線偏光として、相互に90°の照射角度差をもって前記高周波ヘリウム放電管に照射する光偏光器とにより構成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
発明1により、従来と比較して1.5倍以上の偏極率が得られ、従来と同様な精度での測定では、その測定時間を2/3以下に減少することができた。
また、発明2により、このような高偏極率の偏極ヘリウムイオンビームの発生を実現することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下の実施例は本発明の一例を示すもので、本発明の主旨に違わない限り、従来技術に基づき変更が可能なものである。
【実施例】
【0011】
図1は、光ポンピングのための照射装置を示している。
光ファイバーレーザー(1)の波長1083nm出力光を、光ファイバー経由で光ファイバー増幅器(2)に入力した。
この入力光を、光ファイバー増幅器(2)で増強し、光ファイバーコネクタ(3)から空間に放出した。
光ファイバー増幅器(2)は、出力が3Wとなるように調整した。
また、光ファイバーレーザー(1)内に設置された偏光器を用いて、この放出光が直線偏光となるように予め調整した。
空間に放出された光を、1/2波長板(5)を用いて偏光方向を調整し、その凡そ半分の強度の光の進路をハーフミラー(6)を用いて変えた。
この進路を変えた光を、次いで、1/4波長板(7)を用いて円偏光とし、高周波ヘリウム放電管(12)へ照射した。
この円偏光の照射方向を、コイル(13)で作られる磁場と平行となるように調整した。
また、コイル(13)で作られる磁場が1ガウス程度となるように直流電源(14)を調整した。
一方、ハーフミラー(6)を通過した光が放電管(12)を照射するようにミラー(9)と凹面鏡(11)を調整した。
この直線偏光の照射方向は、コイル(13)で作られる磁場と垂直となるよう調整した。
また、直線偏光の偏光成分がコイル(13)で作られる磁場と平行となるように、1/2波長板(10)で偏光方向を調整した。
光ポンピングの照射光の波長は、準安定ヘリウム原子23S1の23P0への遷移に対応するD0線へ調整した。
その際、プラズマ中の準安定ヘリウム原子の偏極率を文献1に記載の方法で観察しながら、その偏極率が最大となるように微調整した。
【0012】
図2は、偏極ヘリウムイオン源において発生したイオンの偏極率を評価するシステムについて示している。
まず、高周波ヘリウム放電管(15)において、高周波電源等(16〜19)を用いてヘリウムプラズマを発生させた。
次いで、図1で示された光ポンピングによって、このプラズマ中の準安定ヘリウム原子23S1をスピン偏極した。
偏極ヘリウムイオンは、この偏極準安定ヘリウム原子のペニングイオン化反応を利用して発生させた。
この偏極ヘリウムイオンを、リペラー電極(20)、引き出し電極(17)、レンズ(21,22,24)、ディフレクター(23,26)、減速器(25)を用いて、O/Fe/MgO磁性体基板まで輸送した。
O/Fe/MgO磁性体基板は、下記の作成方法により得た。
・ まずMgO(001)単結晶基板にFe薄膜50nm程度を室温で成長させ、
・ これを真空中で約600℃で10分間加熱し、
・ この基板を100ラングミュアーの酸素雰囲気に曝した後、
・ 基板を真空中で約500℃で10分間加熱し、
・ 真空中でパルス磁化した。
このO/Fe/MgO基板に到達した偏極ヘリウムイオンの大部分は、基板表面との間の相互作用において中性化し、基底状態のヘリウム原子となる。
この相互作用において、O/Fe/MgO基板から電子が放出される。
この電子の強度をその運動エネルギーの関数として、偏極イオンのスピンの向き別に、静電アナライザ(28)、二次電子倍増管(29)、プリアンプ(30)、マルチチャンネルスケーラー(31)及びパーソナルコンピュータ(32)を用いて計測した。
ヘリウムイオンの偏極の向き(上向き又は下向き)は、図1の1/4波長板(7)の向きで制御した。
上向きと下向きのスピン成分を持つヘリウムイオンによる放出電子強度を、それぞれIpとIapとすれば、スピン非対称率は(Ip-Iap)/(Ip+Iap)で定義される。
測定されるスピン非対称率は、偏極イオンの偏極率に比例するので、このスピン非対称率を図2で示された装置で測定することで、偏極イオンの偏極率の変化が求まる。
【0013】
偏極イオンの絶対値は、準安定ヘリウム原子の偏極率を予めStern-Gerlach分析器で求めておいた上で、準安定ヘリウム原子の放出電子スペクトル(スピン偏極準安定原子脱励起分光)と、同一の表面における偏極イオンの放出電子スペクトル(スピン偏極イオン中性化分光)とを比較することで求めた。この方法により、ヘリウム圧力が20Paのときのヘリウムイオンの偏極率は16.6%であると予め求めておいた。詳しくは、第53回応用物理学関係連合講演会講演予稿集、2 (2006) 782、鈴木拓を参照。
【0014】
図3は、放電管中のヘリウムガス圧の関数として調べたヘリウムイオンの偏極率である。
ヘリウム圧力が15Paの時の偏極率が、上記の予め求めておいた20Paの時の偏極率16.6%と等しいと仮定してプロットしてある。
スピン非対称率は、運動エネルギーが7.7から9.4eVの電子を測定して求めた。
従来技術による光ポンピングは、図1のミラー(9)を傾けて直線偏光の照射光が放電管(12)を照射しない状態にした上で、照射光波長をD1線に調整して行われた。
図3より、本技術による偏極率の最大値は、従来技術のそれの1.5倍以上であることが示される。
図3は、高周波電源電力を1Wに調整して測定された。
【産業上の利用可能性】
【0015】
産業分野で広く用いられている磁気抵抗効果素子では、しばしば磁性体・非磁性体界面の磁気的構造の解明が求められている。本発明により可能となった高偏極イオンビームをプローブとして用いることによって、その詳細な解明が可能になると期待される。他方、イオン注入技術に代表されるように、イオンビームを用いた材料の改質や整形は広く行われている。本発明により可能となった高偏極イオンビームを用いることによって、新たにスピンを制御することで、より高度な材料創成が可能になると期待される。また、本技術では準安定ヘリウム原子の高偏極化が可能となったので、偏極ヘリウム原子による磁気共鳴画像等の偏極準安定ヘリウム原子利用分野における応用も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例の偏極イオンビーム発生装置を示す概略図。
【図2】実施例の偏極イオンビームの偏極率を評価するシステムの概略図。
【図3】実施例と従来技術についてヘリウム圧力の変化に伴う偏極率の変化を示すグラフ
【図4】準安定ヘリウム原子23S1の光ポンピングに関与するエネルギー準位を説明する図
【符号の説明】
【0017】
1.光ファイバーレーザー
2.光ファイバー増幅器
3.光ファイバーコネクタ
4.レンズ
5.1/2波長板
6.ハーフミラー
7.1/4波長板
8.レンズ
9.ミラー
10.1/2波長板
11.凹面鏡
12.高周波ヘリウム放電管
13.コイル
14.直流電源
15.高周波ヘリウム放電管
16.高周波電極
17.引き出し電極
18.マッチングユニット
19.高周波電源
20.リペラー電極
21.コンデンサーレンズ
22.フォーカシングレンズ
23.ディフレクター
24.アインツェルレンズ
25.減速器
26.ディフレクター
27.O/Fe/MgO磁性体基板
28.静電アナライザ
29.二次電子増倍管
30.プリアンプ
31.マルチチャンネルスケーラー
32.パーソナルコンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏極イオンビームにより材料の表面及び界面の磁性を調べる検査装置における偏極イオンビーム発生方法であって、準安定ヘリウム原子2から2への遷移に対応するD線に波長調整した円偏光と直線偏光とを互いに直角の照射方向から準安定ヘリウム原子へ照射して光ポンピングすることを特徴とする偏極イオンビーム発生方法
【請求項2】
請求項1に記載の偏極イオンビーム発生方法を実施する為の偏極イオンビーム発生装置であって、高周波ヘリウム放電管と、レーザ発振器と当該レーザ発振器からのレーザを二つに分岐し、一方を円偏光とし、他方を直線偏光として、相互に90°の照射角度差をもって前記高周波ヘリウム放電管に照射する光偏光器とにより構成されていることを特徴とする偏極イオンビーム発生装置

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−135308(P2008−135308A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−321044(P2006−321044)
【出願日】平成18年11月29日(2006.11.29)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】