説明

健全性診断用打撃ハンマ及びこれを用いたコンクリート構造物の健全性診断方法

【課題】ハンマに作用する打撃力と打撃力に対する構造物の応答を同時に計測可能とするとともに、マイクロホンと打撃点との相対的な位置関係を一定にし、マイクロホンに及ぼす打撃力の影響を抑制することにより、健全性診断の精度を向上させ、かつ健全性の診断作業を効率化する。
【解決手段】打撃ハンマ10のハンマヘッド部11は、一方端にコンクリート構造物の表面に打撃を与える打撃面11aが形成されるとともに、打撃力を測定するための加速度計20が内蔵された本体部14と、凹部15aに前記本体部14が前記打撃面11aを突出させた状態で嵌合設置されるとともに、外面に打音を測定するためのマイクロホン21が取り付けられたアウター部15と、前記本体部14の打撃面他方端側と前記アウター部15との間に介在され、前記本体部14とアウター部15との間に打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材16とによって構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンクリート構造物の表面に打撃力を与え、このときの打撃力と打音を測定することによりコンクリート構造物の健全性を診断するための健全性診断用打撃ハンマ及びこれを用いたコンクリート構造物の健全性診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、コンクリート構造物の健全性試験において、いわゆる打音検査が行われてきた。この打音検査は、検査用の小型ハンマで検査対象を打撃し、そのとき発生する「音」を検査員である人が聴取し、検査員の経験に基づいて検査対象構造物の健全性を評価するという手法である。しかしながら、この方法では打音の測定データが記録されることがないため、健全性判断の客観性に疑念が生じることがあった。
【0003】
このため、コンクリート構造物の健全性を客観的に評価する試験方法として、打音法あるいは衝撃弾性波法と呼ばれる方法が知られている。前記打音法は、下記特許文献1に開示されるように、コンクリート表面を打撃手段により打撃して振動を生じさせ、この打撃位置から離れた位置に配置したマイクロホンにより、コンクリート中を伝播した打撃音(振動)を空気振動として採取して電気信号に変換し、この信号を解析することによりコンクリートの健全度を判定する方法である。
【0004】
また、下記特許文献2では、ALC板に与えた外力としての加振力を電気信号に変換する外力検出手段としての加振力センサと、打撃されたALC板が発する打音を電気信号に変換する信号検出手段としてのマイクロホンとが取り付けられたハンマが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−311724号公報
【特許文献2】特開2000−131290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1記載の試験方法では、所定の位置にマイクロホンを設置する手間があった。また、ハンマによる打撃が人間の手によって行われるのが一般的であるため、ハンマによる打撃点とマイクロホンによる応答測定点との相対位置が打撃の度に異なり、一定の距離関係にないため、解析結果に弾性波の伝搬経路の影響が混入するという問題があった。
【0007】
さらに、マイクロホンを持ちながらハンマで打撃するという作業が必要になる場合も考えられ、両手がふさがると同時に、マイクロホンの設置にも注意を払う必要があり、作業効率が著しく低下するという問題があった。
【0008】
一方、上記特許文献2記載のハンマでは、ハンマに加振力センサ及びマイクロホンが取り付けられているため、マイクロホンと打撃点との相対的な位置関係が一定にできるものの、打撃時にハンマに生じた打撃振動がマイクロホンに直接伝わって、打音の測定結果に影響を及ぼし、健全性診断の精度が低下するという問題があった。
【0009】
ところで、前記衝撃弾性波法は、構造物の応答を構造物表面に加速度計等のセンサーを押しつけて測定する方法であるため、打音法と比較して安定した応答関数が得られるという特徴を有するものの、センサーを構造物表面に良好に接触させる必要があり、測定法としては打音法よりも煩雑であった。
【0010】
そこで本発明の主たる課題は、ハンマに作用する打撃力と打撃力に対する構造物の応答を同時に計測可能とするとともに、マイクロホンと打撃点との相対的な位置関係を一定にし、マイクロホンに及ぼす打撃力の影響を抑制することにより、健全性診断の精度を向上させ、かつ健全性の診断作業を効率化することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、コンクリート構造物の表面に打撃力を与え、打撃時のハンマに作用する打撃力と、この打撃力に対するコンクリート構造物の応答打音とを測定することによりコンクリート構造物の健全性を診断する健全性診断用打撃ハンマであって、
前記コンクリート構造物の表面に打撃を与えるハンマヘッド部と、検査員が把持するグリップ部とを備え、
前記ハンマヘッド部は、一方端に前記コンクリート構造物の表面に打撃を与える打撃面が形成されるとともに、打撃力を測定するための加速度計が内蔵された本体部と、凹部に前記本体部が前記打撃面を突出させた状態で嵌合設置されるとともに、外面に打音を測定するためのマイクロホンが取り付けられたアウター部と、前記本体部の打撃面他方端側と前記アウター部との間に介在され、前記本体部とアウター部との間に打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材とから構成されることを特徴とする健全性診断用打撃ハンマが提供される。
【0012】
上記請求項1記載の発明では、打撃ハンマのハンマヘッド部を、一方端に前記コンクリート構造物の表面に打撃を与える打撃面が形成されるとともに、打撃力を測定するための加速度計が内蔵された本体部と、凹部に前記本体部が前記打撃面を突出させた状態で嵌合設置されるとともに、外面に打音を測定するためのマイクロホンが取り付けられたアウター部と、前記本体部の打撃面他方端側と前記アウター部との間に介在され、前記本体部とアウター部との間に打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材とから構成することにより、前記加速度計によりハンマに作用する打撃力が計測できると同時に、前記マイクロホンにより打撃力に対する構造物の応答(打音)が計測できるようになる。
【0013】
また、マイクロホンと打撃点との相対的な位置関係を常に一定にできるため、弾性波の伝搬経路が解析結果に悪影響を与えることがなくなり、健全性診断の精度を向上させることができるようになる。
【0014】
さらに、打撃面を備えた本体部とマイクロホンが取り付けられたアウター部との間に前記緩衝材を介在させることにより、打撃時に本体部に作用する打撃振動がマイクロホンに直接伝達されず、前記緩衝材である程度緩衝されるため、打音の測定結果に及ぼす影響を抑制でき、健全性診断の精度を向上させることができるようになる。
【0015】
加えて、打撃ハンマにマイクロホンが取り付けられているため、打音測定用のマイクロホンを別途設置したり、手で持って作業をしたりすることがなくなり、健全性の診断作業を効率化することができる。
【0016】
請求項2に係る本発明として、前記マイクロホンは、打音を検知するダイヤフラム面の面方向が打撃方向に対して平行に取り付けられている請求項1記載の健全性診断用打撃ハンマが提供される。
【0017】
上記請求項2記載の発明では、前記マイクロホンのダイヤフラム面の面方向を打撃方向に対して平行に取り付けることにより、打撃時に打撃方向に発生する風圧の影響が除去できるとともに、ダイヤフラム面を打撃方向に対して平行に取り付けた場合にコンクリート表面とダイアフラム面との間で音が多重反射することによる特定周波数成分の音の生成が防止できるようになる。
【0018】
請求項3に係る本発明として、上記請求項1、2いずれかに記載の健全性診断用打撃ハンマと、前記加速度計及びマイクロホンに信号伝送可能に接続された解析処理装置とからなる健全性診断装置を用いたコンクリート構造物の健全性診断方法であって、
前記コンクリート構造物の表面を前記打撃ハンマで打撃し、前記加速度計によって測定された打撃力波形及び前記マイクロホンによって測定された打音波形を前記解析処理装置に取込み、前記打撃力波形を微分して速度波形とし、この速度波形と前記打音波形とに基づいて前記コンクリート構造物の伝達関数を算出し、この伝達関数をもって前記コンクリート構造物の健全度を評価することを特徴とするコンクリート構造物の健全性診断方法が提供される。
【0019】
上記請求項3記載の発明は、上記健全性診断用打撃ハンマを用いたコンクリート構造物の健全性診断方法において、コンクリート構造物の健全度を評価する手法として、伝達関数による評価手法を用いた場合について規定したものである。
【0020】
すなわち、コンクリート構造物の表面を打撃ハンマで打撃したとき、加速度計によって測定された打撃力波形を微分して速度波形とし、この速度波形と、マイクロホンによって測定された打音波形とに基づいてコンクリート構造物の伝達関数を算出するものである。前記伝達関数は、コンクリート構造物の固有の特性を示しているから、これをもってコンクリート構造物の健全/不健全の診断をすることができるようになる。
【0021】
請求項4に係る本発明として、上記請求項1、2いずれかに記載の健全性診断用打撃ハンマと、前記加速度計及びマイクロホンに信号伝送可能に接続された解析処理装置とからなる健全性診断装置を用いたコンクリート構造物の健全性診断方法であって、
前記コンクリート構造物の表面を前記打撃ハンマで打撃し、前記加速度計によって測定された打撃力波形及び前記マイクロホンによって測定された打音波形を前記解析処理装置に取込み、前記打音波形を周波数分析して周波数特性を算出し、この周波数特性をもって前記コンクリート構造物の健全度を評価することを特徴とするコンクリート構造物の健全性診断方法が提供される。
【0022】
上記請求項4記載の発明は、上記健全性診断用打撃ハンマを用いたコンクリート構造物の健全性診断方法において、コンクリート構造物の健全度を評価する手法として、周波数分析による評価手法を用いた場合について規定したものである。
【0023】
コンクリート構造物の表面に打撃を与えたとき、コンクリート内部では、弾性波が厚さ方向に往復して多重反射を生じる。この多重反射によるコンクリート表面の振動に伴って放出される音波をマイクロホンで測定し、周波数分析した周波数特性をもってコンクリート構造物の健全度を評価する方法である。
【0024】
さらに詳細には、健全なコンクリート構造物の場合、打撃による弾性波が厚さ方向に往復する多重反射の周波数(厚さの固有周波数)は、同質のコンクリート構造物であれば厚さに応じてほぼ一定となり、このときの打音の周波数特性は、特定の周波数にピーク値を持つスペクトルとなる。一方、不健全なコンクリート構造物の場合、欠陥部分において前記厚さの固有周波数より低い成分の弾性波が生成され、このときの打音の周波数特性は、厚さの固有周波数とは異なる周波数成分を有するスペクトルとなる。このように、打音の周波数特性によって、コンクリート構造物の健全/不健全を診断することができるようになる。
【0025】
請求項5に係る本発明として、前記加速度計及びマイクロホンによって測定する各時間波形の測定時間は、打撃開始時から10ms以内である請求項3、4いずれかに記載のコンクリート構造物の健全性診断方法が提供される。
【0026】
上記請求項5記載の発明では、打撃力波形及び打音波形の測定時間を打撃開始時から10ms以内としたものである。これは、コンクリート中の弾性波速度が約4000m/sであり、10ms間に40mの距離を伝搬することから、厚さ2m以下の一般的なコンクリート構造物では、この10msの間に弾性波が厚さ方向に少なくとも10往復するため、一回の打撃に対して十分な多重反射回数が得られ、コンクリート構造物の健全度を迅速かつ簡便に評価できるようになるためである。
【発明の効果】
【0027】
以上詳説のとおり本発明によれば、ハンマに作用する打撃力と打撃力に対する構造物の応答が同時に計測できるようになるとともに、マイクロホンと打撃点との相対的な位置関係を一定にし、マイクロホンに及ぼす打撃力の影響を抑制することにより、健全性診断の精度が向上し、かつ健全性の診断作業が効率化できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明に係る打撃ハンマ10を用いた健全性診断装置1の構成図である。
【図2】打撃ハンマ10の側面図である。
【図3】打撃ハンマ10のハンマヘッド部11の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
〔健全性診断装置1〕
健全性診断装置1は、図1に示されるように、コンクリート構造物の表面に打撃力を与え、打撃時のハンマに作用する打撃力とこの打撃力に対するコンクリート構造物の応答打音とを測定することによりコンクリート構造物の健全性を診断する健全性診断用打撃ハンマ10(以下、打撃ハンマという。)と、この打撃ハンマ10によってコンクリート構造物の表面に打撃力を与えたとき、打撃ハンマ10に備えられた加速度計20及びマイクロホン21によって測定された打撃力及び打音の各信号を適切な振幅に増幅するための入力アンプ3と、これらの信号をデジタル信号に変換するAD変換器4と、このデジタル信号を取り込んで各種解析、診断及び記録・保存などを行うパーソナルコンピュータP(以下、パソコンPという。)とから主に構成されている。そして、パソコンPに備えられた信号処理器5によって、取り込まれたデータの各種解析及び診断が行われ、パソコンPのハードディスクなどデータ記録装置6内に記録・保存されるとともに、解析結果の数値や図表がモニタ7に表示されるようになっている。
【0030】
前記打撃ハンマ10は、図2に示されるように、コンクリート構造物の表面に打撃を与えるハンマヘッド部11と、打撃時に検査員が把持するグリップ部13と、前記ハンマヘッド部11及びグリップ部13を連結するシャフト部12とから構成されている。
【0031】
前記ハンマヘッド部11は、図3に示されるように、一方端にコンクリート構造物の表面に打撃を与える打撃面11aが形成されるとともに、打撃時のハンマに作用する打撃力を測定するための加速度計20が内蔵された本体部14と、凹部15aに前記本体部14が前記打撃面11aを突出させた状態で嵌合設置されるとともに、外部の側面に打音を測定するためのマイクロホン21が取り付けられたアウター部15と、前記本体部14の打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材16と、打撃時に重さによって打撃力の大きさ及び作用時間を調整する重錘11bとから構成されている。
【0032】
本打撃ハンマ10には、本体部14に加速度計20が内蔵されるとともに、アウター部15の外部側面にマイクロホン21が取り付けられるため、前記加速度計20により打撃ハンマ10に作用する打撃力が計測できると同時に、前記マイクロホン21により打撃力に対する構造物の応答(打音)が計測できるようになる。
【0033】
また、アウター部15の外部の側面に打音を測定するためのマイクロホン21が取り付けられるため、マイクロホン21と打撃点との相対的な位置関係を常に一定にでき、弾性波の伝搬経路が解析結果に悪影響を与えることがなくなり、健全性診断の精度を向上させることができるようになる。
【0034】
さらに、前記打撃面11aを備えた本体部14とマイクロホン21が取り付けられたアウター部15との間に前記緩衝材16が介在されるため、打撃時に本体部14に作用する打撃方向の打撃振動は、緩衝材16である程度緩衝され、マイクロホン21に直接伝達されなくなる。このため、打撃振動がマイクロホン21による打音の測定結果に及ぼす影響を抑制でき、健全性診断の精度を向上させることができるようになる。
【0035】
加えて、打撃ハンマ10にマイクロホン21が取り付けられているため、打音測定用のマイクロホンを別途設置したり、手で持って作業したりすることがなくなり、健全性の診断作業を効率化することができるようになる。
【0036】
前記本体部14は、図3に示されるように、略円柱形に形成され、軸方向の一方端には突出した湾曲面状の打撃面11aが形成されている。この本体部14の内部には加速度計20が内蔵され、この加速度計20には測定された加速度信号を前記入力アンプ3に伝送するための電気コード(図示せず)が接続されている。
【0037】
前記アウター部15は、同図3に示されるように、略円筒形に形成され、軸方向一方端側には前記本体部14が嵌合設置される凹部15aが形成されている。前記アウター部15の側面外部の前記一方端側寄り位置には、マイクロホン21が取り付けられ、このマイクロホン21には測定された打音信号を前記入力アンプ3に伝送するための電気コード(図示せず)が接続されている。
【0038】
前記緩衝材16は、前記アウター部15の凹部15aに前記本体部14を嵌合設置した状態で、前記本体部14とアウター部15との間に打撃方向(軸方向)に緩衝機能が作用する位置に配設されている。前記緩衝材16としては、公知のゴム材、樹脂材、バネ材などを使用することができる。
【0039】
前記ハンマヘッド部11は、前記緩衝材16を備えることによって、打撃時に本体部14に作用する打撃力が直接マイクロホン21に伝達しないような緩衝機能を有し、マイクロホン21の打音測定に及ぼす影響が低減できるようになっている。また、打撃時に本体部14が反発しても、緩衝材16の緩衝作用によってアウター部15の反発が抑制でき、これによって打撃時のコンクリート表面とマイクロホン21との極端な距離の変化が抑制でき、測定精度を向上させることができる。
【0040】
また、前記マイクロホン21は、打音を検知するダイヤフラム面の面方向が打撃方向に対して平行に取り付られている。このため、打撃時に打撃方向に発生する風圧の影響が除去できるとともに、ダイヤフラム面を打撃ハンマの打撃方向と平行に取り付けた場合にコンクリート表面とダイアフラム面との間で音が多重反射することによる特定周波数成分の音が生成するのを防止できる。
【0041】
〔健全性診断方法〕
次に、上記健全性診断装置1を用いたコンクリート構造物の健全性診断方法について詳述する。
【0042】
本発明に係る健全性診断方法は、コンクリート構造物の表面を前記打撃ハンマ10で打撃し、前記加速度計20によって測定された打撃力波形及び前記マイクロホン21によって測定された打音波形をパソコンPに取込み、信号処理機5において打撃力波形と打音波形とに基づいてコンクリート構造物の健全度を評価するものである。
【0043】
前記コンクリート構造物の健全度を評価する手法としては、以下に詳述する伝達関数による評価手法又は周波数分析による評価手法を好適に使用することができる。
【0044】
前記伝達関数による評価手法としては、打撃力波形を微分した速度波形と打音波形とに基づいて、コンクリート構造物の伝達関数を算出し、この伝達関数をもってコンクリート構造物の健全度を評価するものである。なお、前記打撃力波形は、コンクリート表面がバネ的な性質を持つことから、コンクリート表面の変位波形と相似関係を有する。具体的には、加速度計20が打撃ハンマ10に内蔵されているため、ハンマによって測定された加速度は、実際にはコンクリート表面にハンマが衝突したことによる減速加速度である。この減速時の加速度は、コンクリート表面に発生する反力によって生成される。つまり、コンクリートがバネ的な要素を持っている場合、発生する反力はF=kD(k:バネ係数、D:変位)となり、一方ハンマ側からはF=Ma(M:ハンマ質量、a:ハンマに作用する減速加速度)の関係になる。これらの力の釣り合い(Ma=kD)から、a=D(k/M)の関係が得られ、加速度計によって測定された加速度はコンクリート表面の変位と相似関係にあるといえる。したがって、加速度計20によって測定された打撃力波形を微分することによって、速度波形を得ることができる。
【0045】
前記伝達関数の算出方法は、パソコンPにおいて、加速度計20によって測定された打撃力波形を微分して速度波形x(w)を算出する。続いて、速度波形x(w)と打音波形y(w)とから、次式(1)に示される伝達関数G(w)を算出する。次式(1)中、L[x(w)]、L[y(w)]は、それぞれ時間波形x(w)、y(w)のラプラス変換である。
【0046】
【数1】

【0047】
ここで、振動速度の連続性から、コンクリート表面の振動速度とコンクリート表面に接した空気粒子の振動速度は等しく、また自由音場では音圧波形と空気粒子の速度波形が等しくなるから、マイクロホン21によって測定された打音波形(音圧)は、コンクリート表面の振動速度とほぼ同等の時間波形となる。したがって、上式(1)の伝達関数G(w)は、コンクリート構造物の入力速度と応答速度との比を表すものである。
【0048】
上記伝達関数G(w)は、被検測体であるコンクリート構造物の固有の特性を示しているから、これをもってコンクリート構造物の健全/不健全の診断をすることができる。
【0049】
例えば、コンクリート構造物の内部に割れや劣化などの異常な部分が存在すると、その近傍では異常部分において成分の異なる弾性波が生成され、健全なコンクリートに固有の周波数とは異なる周波数において異常な伝達関数の変動が表れるようになる。したがって、上記伝達関数G(w)に異常な成分が含まれていると、コンクリート構造物の内部に割れや劣化などの異常が生じていると診断できる。
【0050】
次に、周波数分析による評価手法について詳述する。この方法は、測定された打音の周波数分析を行い、この周波数成分を比較・解析することによって、内部欠陥の有無を検知するものである。
【0051】
具体的には、コンクリート構造物の表面に打撃を与えたとき、コンクリート内部では弾性波が厚さ方向に往復して多重反射を生じる。健全なコンクリート構造物の場合、打撃による弾性波が厚さ方向に往復する多重反射の周波数(厚さの固有周波数)は、同質のコンクリート構造物であれば厚さに応じてほぼ一定となる。したがって、このときの打音の周波数分析結果は、特定の周波数にピーク値を持つスペクトルとなる。
【0052】
一方、不健全なコンクリート構造物の場合、例えばコンクリート表面近傍にひび割れを伴う剥離等がある場合、この剥離部分が膜状となって厚さの固有周波数より低い成分の弾性波が生成されるようになる。したがって、このときの打音の周波数分析結果は、厚さの固有周波数とは異なる周波数成分を含むスペクトルとなる。
【0053】
このように、打音の周波数分析を行うことによって、内部欠陥の検知が可能となる。なお、上記多重反射の周波数(厚さの固有周波数)から、コンクリート構造物の厚さを検出することもできるようになる。
【0054】
ところで、前記加速度計20及びマイクロホン21によって測定する測定時間は、打撃開始時から10ms以内であることが好ましい。これは、コンクリート中の弾性波速度が約4000m/sであり、つまり10ms間に40mの距離を伝搬することから、厚さ2m以下の一般的なコンクリート構造物では、この10msの間に弾性波が厚さ方向に少なくとも10往復するため、一回の打撃に対して十分な多重反射回数が得られ、コンクリート構造物の健全度を迅速かつ簡便に評価できるようになるためである。
【0055】
次に、打撃後に打撃ハンマが反発してマイクロホン21とコンクリート構造物表面との相対的距離が変化することによる測定打音の影響について検討する。すなわち、打撃ハンマ10は、コンクリート構造物の表面を打撃した後、反発によってコンクリート構造物の表面から遠ざかり、マイクロホン21で打音を測定中に、マイクロホン21とコンクリート構造物表面との距離が次第に大きくなる。このため、マイクロホン21で測定される打音に影響を及ぼすことが懸念される。しかしながら、前述の通り時間波形の測定時間を打撃開始時から10ms以内とした場合、この間の打撃ハンマの移動距離は、ハンマの移動速度を1m/sとすると10mm程度である。このように、コンクリート構造物の表面から10mmの範囲内においては、音波はコンクリート表面からの平面波とみなすことができ、この平面波は距離による音圧の減衰が小さいという特性を有する。このため、打撃後に反発して打撃ハンマが移動しても、10ms以内の測定時間においては、打音の測定結果に影響を与えないと言える。なお、本発明に係る打撃ハンマ10では、打撃時に打撃面11aを含む本体部14が反発しても、マイクロホン21が取り付けられたアウター部15の移動を抑制するため、ハンマヘッド部11に打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材16が備えられている。
【0056】
本発明に係る健全性診断方法において、上述の通り測定時間を10ms以内とすることは、通常の打音検査の測定時間500ms以上と比較するとかなり短い設定となっている。10ms以下の短時間の信号では、波動がコンクリート中を伝搬する多重反射の成分が主体であるが、測定時間が長くなると、構造物全体の振動によって生成される低い周波数成分が主体となる。測定時間10ms以下の場合、測定される音の周波数は5kHz〜25kHz以上が主体となり、これは防音室のような極めて静寂な場所でない限り人の聴覚では検知できない音である。これに対し測定時間500ms以上の場合、1kHz以下の周波数成分が主体であり、人の聴覚で十分に検知できる音である。
【0057】
従来の打音法は、1kHz以下の周波数成分の音に着目した測定解析技術である。このため、比較的薄層の明りょうな剥離などの欠陥は検知可能であるが、コンクリート構造物内のジャンカ(骨材分離による空隙)や内部空洞などの検知は困難であった。従来の打音法では、健全な部分は清音、欠陥のある部分は濁音というように判断している。前記清音とは、健全な部分における打撃音そのもののことであり、前記濁音とは、薄層の剥離部における膜振動(太鼓の膜のような振動)などの欠陥部による調和音が含まれる音のことである。
【0058】
これに対し、本発明に係る健全性診断においては、前述の通り多重反射の周波数を健全性評価の一指標としており、この多重反射の周波数は、5〜25kHz以上の周波数が主体となる。このため、本発明に係る健全性診断においては、測定時間を10ms以内とすることができる。このように多重反射の周波数を健全性評価の一指標とすることにより、弾性衝撃波法と同様にコンクリート構造物の厚さ、内部欠陥などが精度良く検知できるようになる。
【符号の説明】
【0059】
1…健全性診断装置、3…入力アンプ、4…AD変換器、10…健全性診断用打撃ハンマ(打撃ハンマ)、11…ハンマヘッド部、11a…打撃面、12…シャフト部、13…グリップ部、14…本体部、15…アウター部、15a…凹部、16…緩衝材、20…加速度計、21…マイクロホン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンクリート構造物の表面に打撃力を与え、打撃時のハンマに作用する打撃力とこの打撃力に対するコンクリート構造物の応答打音とを測定することによりコンクリート構造物の健全性を診断する健全性診断用打撃ハンマであって、
前記コンクリート構造物の表面に打撃を与えるハンマヘッド部と、検査員が把持するグリップ部とを備え、
前記ハンマヘッド部は、一方端に前記コンクリート構造物の表面に打撃を与える打撃面が形成されるとともに、打撃力を測定するための加速度計が内蔵された本体部と、凹部に前記本体部が前記打撃面を突出させた状態で嵌合設置されるとともに、外面に打音を測定するためのマイクロホンが取り付けられたアウター部と、前記本体部の打撃面の他方端側と前記アウター部との間に介在され、前記本体部とアウター部との間に打撃方向に対して緩衝機能を付与する緩衝材とから構成されることを特徴とする健全性診断用打撃ハンマ。
【請求項2】
前記マイクロホンは、打音を検知するダイヤフラム面の面方向が打撃方向に対して平行に取り付けられている請求項1記載の健全性診断用打撃ハンマ。
【請求項3】
上記請求項1、2いずれかに記載の健全性診断用打撃ハンマと、前記加速度計及びマイクロホンに信号伝送可能に接続された解析処理装置とからなる健全性診断装置を用いたコンクリート構造物の健全性診断方法であって、
前記コンクリート構造物の表面を前記打撃ハンマで打撃し、前記加速度計によって測定された打撃力波形及び前記マイクロホンによって測定された打音波形を前記解析処理装置に取込み、前記打撃力波形を微分して速度波形とし、この速度波形と前記打音波形とに基づいて前記コンクリート構造物の伝達関数を算出し、この伝達関数をもって前記コンクリート構造物の健全度を評価することを特徴とするコンクリート構造物の健全性診断方法。
【請求項4】
上記請求項1、2いずれかに記載の健全性診断用打撃ハンマと、前記加速度計及びマイクロホンに信号伝送可能に接続された解析処理装置とからなる健全性診断装置を用いたコンクリート構造物の健全性診断方法であって、
前記コンクリート構造物の表面を前記打撃ハンマで打撃し、前記加速度計によって測定された打撃力波形及び前記マイクロホンによって測定された打音波形を前記解析処理装置に取込み、前記打音波形を周波数分析して周波数特性を算出し、この周波数特性をもって前記コンクリート構造物の健全度を評価することを特徴とするコンクリート構造物の健全性診断方法。
【請求項5】
前記加速度計及びマイクロホンによって測定する各波形の測定時間は、打撃開始時から10ms以内である請求項3、4いずれかに記載のコンクリート構造物の健全性診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−271116(P2010−271116A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−121905(P2009−121905)
【出願日】平成21年5月20日(2009.5.20)
【出願人】(597164747)アプライドリサーチ株式会社 (4)
【Fターム(参考)】