説明

優れた耐食性を有する鋼板およびその製造方法

【課題】自動車や家電製品の内・外パネルなどに適用可能で、塩分の高い高湿潤環境下に長期間曝された場合でも優れた耐食性を有する安価な鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板面に、6価のタングステン(W)を含むFe酸化層を有し、前記Fe酸化層の鋼板面との界面から2nmまでの領域IのCW/(CW+CFe)をA、前記Fe酸化層の表面から2nmまでの領域SのCW/(CW+CFe)をBとしたとき、A<Bを満足することを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板;ここで、CW、CFeは、それぞれFe酸化層の領域Iあるいは領域SにおけるW、Feの原子濃度を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や家電製品の内・外パネルなどに適用可能で、加工、あるいはめっきや塗装などの表面処理を行うまでに、塩分の高い高湿潤環境下に長期間曝された場合でも優れた耐食性を有する鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の耐食性を向上させることは、鉄鋼材料が利用されるほとんどすべての分野で重要な課題である。そのため、防錆油塗布やめっき技術をはじめとするさまざまな技術が研究・開発されてきた。なかでも、加工、あるいはめっきや塗装などの表面処理を行うまでに、冷延鋼板や熱延鋼板を保管している際に鋼板表面に発生する腐食を抑制することは、製品の表面外観劣化、あるいは表面処理時のめっき剥離などを防止するために重要である。
【0003】
近年、コイル状の冷延鋼板や熱延鋼板を東南アジアなどに輸出して客先で加工や表面処理を行うことが増加するにともない、輸送中あるいは現地において塩分の高い高湿潤環境下に長期間保管中に起こる腐食の問題がクローズアップされている。こうした塩分の高い高湿潤環境下に長期間曝されて起こる腐食の対策として、非特許文献1に記載されている塗油の強化、梱包の強化、あるいは現地での鋼板保管環境の管理などがあげられる。しかし、塗油の強化はより除去しにくい油を付与することになり、鋼板使用前の洗浄で除去できなかった油成分が鋼板表面の欠陥を発生させることがある。また、塗油の強化は廃液など環境面の負荷も増加させることになるとともに、塩分の高い高湿潤環境下では腐食を十分に抑制できない場合がある。一方、梱包の強化や現地での鋼板保管環境の管理は、コスト面での負荷が多く、また、客先における鋼板保管環境の管理は困難をともなうことが多い。
【0004】
塗油や梱包を用いない耐食性向上技術としては、腐食生成物を利用した非特許文献2に記載されているステンレス鋼板や非特許文献3に記載されているクロム(Cr)、銅(Cu)、リン(P)などを添加した耐候性鋼板など、塩分の高い高湿潤環境下においても優れた耐食性を有する鋼板が知られている。しかし、前者では高価な合金元素を多量に添加するためコスト高であり、また、後者では腐食生成物層の厚みを100μm程度以上にする必要があるため板厚の薄い冷延鋼板には適用できないという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「防錆防食技術マニュアル」、(財)日本規格協会、1984、p.92-93
【非特許文献2】ゾッフィー著 (長谷川正義訳)、「ステンレス鋼入門」、特殊鋼倶楽部、1970、p.27
【非特許文献3】松島巌著、「低合金耐食鋼」、地人書館(東京)、1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、自動車や家電製品の内・外パネルなどに適用可能で、加工、あるいはめっきや塗装などの表面処理を行うまでに、塩分の高い高湿潤環境下に長期間曝された場合でも優れた耐食性を有する安価な鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討した結果、鋼板面に、6価のタングステン(W)を含む鉄(Fe)酸化層を形成し、Fe酸化層の表面近傍のW濃度を鋼板面との界面近傍のW濃度より高くすれば、1μm以下の薄いFe酸化層でも、塩分が高い高湿潤環境下で優れた耐食性を有することを見出した。
【0008】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、鋼板面に、6価のWを含むFe酸化層を有し、前記Fe酸化層の鋼板面との界面から2nmまでの領域IのCW/(CW+CFe)をA、前記Fe酸化層の表面から2nmまでの領域SのCW/(CW+CFe)をBとしたとき、A<Bを満足することを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板を提供する。ここで、CW、CFeは、それぞれFe酸化層の領域Iあるいは領域SにおけるW、Feの原子濃度を表す。
【0009】
本発明の優れた耐食性を有する鋼板では、B≧0.010で、かつB-0.001≧Aを満足することが好ましく、さらにB≧0.050であることがより好ましい。
【0010】
本発明の優れた耐食性を有する鋼板は、鋼板表面にFe酸化層を形成後、タングステン酸を含む水溶液に接触させ、水洗および乾燥を行う方法、より具体的には、鋼板を、Feが酸化する雰囲気中で300〜800℃の温度範囲に1〜300秒加熱後、あるいは3〜10質量%の塩化ナトリウム(NaCl)水溶液に1秒以上接触させ、Feが酸化する雰囲気中に1秒以上放置後、次いで、0.01〜1mol/L(リットル)のタングステン酸を含む水溶液に1秒以上接触させ、水洗および乾燥を行う方法により製造できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、自動車や家電製品の内・外パネルなどに適用可能で、塩分の高い高湿潤環境下に長期間曝された場合でも優れた耐食性を有する鋼板を安価に製造できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Fe酸化層の2層構造を模式的に示す図である。
【図2】本発明例である鋼板のアノード分極測定の一例を示す図である
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の特徴は、鋼板面に、6価のWを含み、Feの含有量が90質量%以上の鉄酸化物、水酸化鉄、オキシ水酸化鉄などのFe酸化層を形成し、Fe酸化層の安定化を図るとともに、Fe酸化層の表面近傍のW濃度を鋼板面との界面近傍のW濃度より高くすることにより塩分が高い高湿潤環境下で耐食性を大きく向上させたことにある。
【0014】
この理由は次のように考えられる。すなわち、塩分の高い高湿潤環境下では、Feが溶解する腐食アノード部では鋼板側からFeが溶解し、Fe2+となり、外側から塩素イオン(Cl-)が浸入し、腐食が進行する。しかし、鋼板表面に6価のWを含むFe主体のFe酸化層を設け、Fe酸化層の表面近傍のW濃度を鋼板面との界面近傍のW濃度より高くすると、Wは、タングステン酸イオン(WO42-)としてFe酸化層の表面近傍に存在して、表面近傍は負の電荷を帯び、相対的に鋼板面との界面近傍は正となり、上層が負で下層が正の分極構造を有する。そして、この分極構造は外部からのCl-の浸入を抑制するとともに、Feの溶解を抑制するために耐食性が向上する。
【0015】
Fe酸化層の表面近傍のW濃度を鋼板面との界面近傍のW濃度より高くするには、図1に示すようなW濃度の異なるFe酸化層を二層以上設けて多層構造としてもよく、また、厚み方向にW濃度の傾斜を設けたFe酸化層の単層構造としてもよい。いずれの場合も、Fe酸化層の表面近傍、特に表面から2nmまでの領域SのCW/(CW+CFe)(=B)を、鋼板面との界面近傍、特に界面から2nmまでの領域IのCW/(CW+CFe)(=A)より高くすれば、本発明の効果が発揮される。したがって、多層構造の場合は最上層と最下層の厚みを2nm以上に、単層構造の場合は層の厚みを4nm以上とする必要がある。また、Fe酸化層全体の厚みは、1μm以下でも本発明の効果が発揮される。そのため、本発明は板厚の薄い冷延鋼板へ適用できるとともに、Wの使用量やFe酸化層の形成時間を低減でき、製造コスト高を招くことはない。
【0016】
耐食性のさらなる向上には、B≧0.010で、かつB-0.001≧Aを満足させることが望ましい。特に、B≧0.050であることがより望ましい。Bの上限は、特に設けないが、0.9を超えるとタングステン酸鉄(FeWO4)構造の結晶性のよいFe酸化層が形成され、結晶粒界としてイオンの透過を容易にする欠陥部が多く存在するようになるので、表面の保護効果、すなわちCl-浸入の抑制効果が不十分となりやすくなるため、Bは0.9以下であることが好ましい。
【0017】
Fe酸化層の厚みやCW/(CW+CFe)は、収束イオンビーム法などで鋼板断面の薄片試料を作製し、X線分光器を備えた透過電子顕微鏡により、あるいはFe酸化層を厚み方向にアルゴン(Ar)イオンスパッタリングしながらオージェ電子分光法やX線光電子分光法により測定できる。
【0018】
本発明である優れた耐食性を有する鋼板には、各種の表面処理や塗装を問題なく行うことができる
本発明である優れた耐食性を有する鋼板は、鋼板表面に加熱や溶液処理によりFe酸化層を形成後、可溶性のタングステン酸塩、例えばタングステン酸ナトリウム(Na2WO4)の水溶液に接触させ、すなわち水溶液を塗布あるいは水溶液に浸漬し、水洗および乾燥を行う方法により製造できる。このとき、加熱や溶液処理の時間を調整することによりFe酸化層の厚みを、また、タングステン酸塩の濃度、水溶液の温度あるいは水溶液との接触時間を調整することでFe酸化層厚み方向のW濃度を変えることができる。
【0019】
具体的には、鋼板を、大気などのFeが酸化する雰囲気中で300〜800℃の温度範囲に1〜300秒加熱後、あるいは3〜10質量%のNaCl水溶液に1秒以上接触させ、大気などのFeが酸化する雰囲気中に1秒以上放置後、次いで、0.01〜1mol/Lのタングステン酸塩を含む水溶液に1秒以上接触させ、水洗および乾燥を行う方法により製造できる。このとき、Feが酸化する雰囲気中の加熱温度が300℃未満であったり、加熱時間が1秒未満だと安定した酸化層の形成が困難になり、Feが酸化する雰囲気中の加熱温度が800℃超えであったり、加熱時間が300秒超えだと酸化層が厚く成長しすぎる。また、NaCl水溶液の濃度が3質量%未満であると酸化層の形成が十分でなく、10質量%超えだと酸化層の形成が速く制御が困難になる。NaCl水溶液との接触時間が1秒未満であったり、接触後のFeが酸化する雰囲気中における放置時間が1秒未満だと安定した制御が困難になる。さらに、タングステン酸塩水溶液の濃度が0.01mol/L未満だったり、接触時間が1秒未満だと望ましい量のWを鋼板表面に付与できない。タングステン酸塩水溶液の濃度が1mol/L超えだとW濃度が高くなりすぎる。
【実施例1】
【0020】
板厚2mmの冷延鋼板(C:0.15質量%、Si:0.28質量%、Mn:1.18質量%含有)を、3質量%のNaCl水溶液に20秒以上浸漬し、大気中で20秒放置後、表1に示す濃度のNa2WO4水溶液に600秒浸漬し、水洗および乾燥して、鋼板表面にWを含む上下2層構造の平均厚み5〜6nmのFe酸化層を有する試料No.1〜6を作製した。そして、各試料において、上記に方法により上下Fe酸化層の平均厚みや領域I、SのFe酸化層におけるAおよびBを測定した。また、塩分の高い高湿潤環境をシミュレートした5質量%のNaCl水溶液中でアノード分極測定を行い、浸漬電位やアノード電流の低下の有無を求めた。なお、アノード電流の低下の有無とは、電位-400mV以上において、電流密度が試料No.6(Wを含まないFe酸化層のみの比較例)の電流密度の1/2より小さくなる電位領域が存在する場合を有、存在しな場合を無とし、耐食性を評価した。有の場合が無の場合に比べより高い耐食性を示すといえる。
【0021】
結果を図2および表1に示す。
【0022】
図2に示すように、本発明例である試料No.2では、比較例である試料No.6に比較して、浸漬電位が貴に変化しており、優れた耐食性が得られていることがわかる。また、表1に示すように、Bが0.05以上の試料No.3、4では、浸漬電位の変化に加えて電位-400mVでのアノード電流が試料No.6に比較して1桁以上低下しており、高い耐食性を有することがわかった。
【0023】
なお、試料No.1〜5のWの価数は、XPSで調べたところ、いずれも6価であった。
【0024】
【表1】

【実施例2】
【0025】
板厚0.7mmの軟質冷延鋼板(C:0.018質量%、Si:0.010質量%、Mn:0.140質量%含有)を、大気中で300℃、500℃および800℃で2分加熱後、0.3mol/LのNa2WO4水溶液に15分浸漬し、水洗および乾燥して、鋼板表面にFe酸化層を有する試料を作製した。このとき、300℃加熱の試料1では、Fe酸化層の厚みが8nm、Bが0.10、Aが0.06、500℃加熱の試料2では、Fe酸化層の厚みが38nm、Bが0.12、Aが0.06、800℃加熱の試料3では、Fe酸化層の厚みが1μm、Bが0.13、Aが0.03であった。また、5%の塩酸に1秒間浸漬し、ロールにより液を絞ったあと、液がついたまま室温で乾燥させた後に、水洗および乾燥して表面を酸化させた後、0.3mol/LのNa2WO4水溶液に15分浸漬し、水洗および乾燥した試料4を作製した。この試料のFe酸化層の厚みが0.8μm、Bが0.15、Aが0.04であった。Wの価数は、いずれも6価であった。これらの4種類の試料1〜4と処理を施していない原板の試料5を、3.5質量%のNaCl水溶液中でアノード分極測定を行った。
【0026】
その結果を表2に示す。本発明の試料1〜4は、処理を施していない比較例の試料5に比べて浸漬電位が上昇している。また、本発明の試料1〜4の電位-460mVと電位-300mV両方あるいは一方での電流密度が試料5よりも小さくなっていることから、処理をしていない試料5と比較して優れた耐食性を示すことが明らかになった。特に、800℃で酸化させた試料3および酸浸漬により酸化させた試料4では、-460mVと-300mVアノード電流が、原板の試料5の値の1/2から1/100程度と低いことから、高い耐食性を示すことが明らかになった。
【0027】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板面に、6価のタングステン(W)を含むFe酸化層を有し、前記Fe酸化層の鋼板面との界面から2nmまでの領域IのCW/(CW+CFe)をA、前記Fe酸化層の表面から2nmまでの領域SのCW/(CW+CFe)をBとしたとき、A<Bを満足することを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板;ここで、CW、CFeは、それぞれFe酸化層の領域Iあるいは領域SにおけるW、Feの原子濃度を表す。
【請求項2】
B≧0.010で、かつB-0.001≧Aを満足することを特徴とする請求項1に記載の優れた耐食性を有する鋼板。
【請求項3】
B≧0.050であることを特徴とする請求項2に記載の優れた耐食性を有する鋼板。
【請求項4】
鋼板表面にFe酸化層を形成後、タングステン酸を含む水溶液に接触させ、水洗および乾燥を行うことを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板の製造方法。
【請求項5】
鋼板を、Feが酸化する雰囲気中で300〜800℃の温度範囲に1〜300秒加熱後、次いで、0.01〜1mol/L(リットル)のタングステン酸を含む水溶液に1秒以上接触させ、水洗および乾燥を行うことを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板の製造方法。
【請求項6】
鋼板を、3〜10質量%の塩化ナトリウム(NaCl)水溶液に1秒以上接触させ、Feが酸化する雰囲気中に1秒以上放置後、次いで、0.01〜1mol/L(リットル)のタングステン酸を含む水溶液に1秒以上接触させ、水洗および乾燥を行うことを特徴とする優れた耐食性を有する鋼板の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−126941(P2012−126941A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−277922(P2010−277922)
【出願日】平成22年12月14日(2010.12.14)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】