説明

光ゲート素子

【課題】光吸収層の層厚を増加させることなく、消光比の偏波依存性の低減と、光閉じ込め係数の向上とを同時に図ることが可能な光ゲート素子を提供する。
【解決手段】半導体基板11上に、第1のクラッド層12、バルク材料からなる光吸収層13、および、第2のクラッド層14が順次積層された導波路構造を備え、前記導波路構造は、光吸収層13と第1のクラッド層12との間、および、光吸収層13と第2のクラッド層14との間に光閉じ込め層15、16をさらに有し、光閉じ込め層15、16の屈折率が、第1および第2のクラッド層12、14の屈折率よりも大であるとともに、光吸収層13の屈折率よりも小であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ゲート素子に係り、特に、相互吸収飽和特性を利用して光信号のサンプリングを行うために用いられる光ゲート素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、光サンプリング装置においては、光信号のサンプリングを行う光ゲート素子として、電界吸収効果を利用した電界吸収型半導体光変調器(以下、EA光変調器と記す)が用いられている。電界吸収効果とは、電界の印加により半導体材料のバンド構造が変化し、それに伴って光の吸収係数が変化する効果である。
【0003】
図14は、EA光変調器における光の吸収特性を示す概念図である。図14に示すように、EA光変調器の光吸収層に逆バイアス電圧が印加されていない時の吸収特性(実線)と比較して、光吸収層に逆バイアス電圧が印加されている時の吸収特性(破線)は、全体的に長波長側にシフトする。このことは、逆バイアス電圧非印加時に吸収係数が十分小さい値となるとともに、逆バイアス電圧印加時に吸収係数が十分に大きな値となる波長域が存在することを意味している。
【0004】
従って、上記の波長域に、EA光変調器に入力される光信号の波長(図14中に動作波長として示す)が含まれるようにEA光変調器を設計することにより、EA光変調器は、逆バイアス電圧非印加時に光信号を透過させ、逆バイアス電圧印加時に光信号を遮断する光ゲート素子として機能する。
【0005】
このような光ゲート機能を実現できる素子としては、例えば、バルク構造の光吸収層を備えたもの(例えば、特許文献1参照)や、多重量子井戸(MQW)構造の光吸収層を備えたもの(例えば、特許文献2参照)等が公知である。
【0006】
なお、EA光変調器は、上述のように、印加される逆バイアス電圧に応じて吸収係数が変化する電界吸収効果を利用して光信号を強度変調するだけでなく、ポンプ光として入力される光パルスの光強度に応じて吸収係数が変化する相互吸収飽和特性を利用して光信号を強度変調することもできる。
【0007】
この場合は、例えば、図14の破線で示した吸収特性を与える逆バイアス電圧をEA光変調器に印加する。ポンプ光がオンとなる期間では、光吸収層における光吸収が飽和し、吸収係数(光損失)が小さい状態(即ち、ゲートが開いた状態)となる。一方、ポンプ光がオフとなる期間では、光吸収係数(光損失)が大きい状態(即ち、ゲートが閉じている状態)となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−59981号公報
【特許文献2】特開2004−163753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
通常、光通信システムを構成する光ファイバや各種光素子の状態は、外的要因(環境温度や外力等)によって時々刻々変化し、これに起因して光通信システムから送出される光信号の偏波方向も時々刻々変化する。このため、光通信システムからの光信号を測定する装置に適用される光ゲート素子には、任意の偏波方向の光信号に対して常に一定の消光比を実現するために偏波無依存性が求められる。MQW構造の光吸収層には、バルク構造の光吸収層と比較して偏波依存性が大きいという欠点がある。
【0010】
図15は、バルク構造の光吸収層を備えたEA光変調器における光吸収層の層厚と光吸収層の光閉じ込め係数の関係を示すグラフである。光吸収層の層厚が薄い場合には、光吸収層と水平方向に電界成分を持つTEモードに対する光閉じ込め係数が、光吸収層と垂直方向に電界成分を持つTMモードに対する光閉じ込め係数に比べて大きな値を持つ。一方、光吸収層の層厚を十分に厚くすると、両者の差は縮まり、共に1に近づく。従って、EA光変調器で偏波無依存化を実現するためには、光吸収層を厚くして光閉じ込め係数を大きくすることが有効である。
【0011】
また、従来から、MQW構造の光吸収層を備えたEA光変調器においては、光閉じ込め係数を増大させるために、光閉じ込め層(SCH層)で光吸収層を挟む方法も用いられてきた。一方、バルク構造の光吸収層を備えたEA光変調器では、MQW構造と比較して光吸収層の光閉じ込め係数が大きいため、わざわざSCH層で光吸収層を挟む方法は用いられなかった。
【0012】
既に述べたように、相互吸収飽和特性を利用したEA光変調器においては、入力されるポンプ光のオン/オフに応じて、ゲートが開いたり閉じたりする。ここで、ポンプ光の発生装置は、レーザ光を出射するレーザ光源と、該レーザ光を増幅するファイバアンプと、を含むものである。ポンプ光の発生装置のコスト低減とサイズ低減の観点からは、ポンプ光パワーを低減してファイバアンプの数を減らした構成とすることが重要である。ポンプ光パワーを低減するためには、EA光変調器の光吸収層の体積を極力小さくしておくことが有効である。
【0013】
しかしながら、光吸収層の幅を細くして体積を減少させる場合には、光吸収層の側面の平坦度の乱れの影響が顕著になり、それに伴う光散乱が増えるため損失が増大するという問題が生じる。一方、光吸収層を薄くして体積を減少させる場合は、偏波無依存化のために光吸収層を厚くする要請と矛盾することになる。即ち、ポンプ光パワーの低減のために光吸収層を薄くすると、偏波依存性が悪化し、消光比が劣化するという結果を招いていた。
【0014】
本発明は、このような従来の課題を解決するためになされたものであって、光吸収層の層厚を増加させることなく、消光比の偏波依存性の低減と、光閉じ込め係数の向上とを同時に図ることが可能な光ゲート素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の請求項1の光ゲート素子は、半導体基板上に、第1のクラッド層、バルク材料からなる光吸収層、および、第2のクラッド層が順次積層された導波路構造を備え、相互吸収飽和特性を利用して光信号のサンプリングを行うために用いられる光ゲート素子であって、前記導波路構造は、前記光吸収層と前記第1のクラッド層との間、および、前記光吸収層と第2のクラッド層との間に光閉じ込め層をさらに有し、前記光閉じ込め層の屈折率が、前記第1および第2のクラッド層の屈折率よりも大であるとともに、前記光吸収層の屈折率よりも小である構成を有している。
【0016】
この構成により、光吸収層の層厚を増加させることなく、消光比の偏波依存性の低減と、光閉じ込め係数の向上とを同時に図ることが可能な光ゲート素子を実現できる。
【0017】
また、本発明の請求項2の光ゲート素子は、前記光閉じ込め層の組成波長が、前記光吸収層の組成波長よりも70nm以上短い構成を有している。
この構成により、逆バイアス電圧印加時に光閉じ込め層が光吸収層として作用することを妨げることができる。
【0018】
また、本発明の請求項3の光ゲート素子は、前記導波路構造は、ハイメサ導波路構造と、光入射端面および光出射端面のうちの少なくとも一方の端面と前記ハイメサ導波路構造との間に形成され、前記ハイメサ導波路構造と光の導波方向に連続する埋込み導波路構造と、を含み、前記埋込み導波路構造における前記光吸収層は、前記導波方向に直交する幅が、前記少なくとも一方の端面に向かって狭くなる幅減少領域を有する構成を有している。
【0019】
この構成により、ハイメサ導波路構造において光吸収層幅を広く、埋込み導波路構造において光吸収層幅を狭くすることにより、任意の偏波方向の光信号に対するサンプリングを可能とするとともに、光ファイバや光導波路素子との結合効率が良好な光ゲート素子を実現できる。
【0020】
また、本発明の請求項4の光ゲート素子は、前記埋込み導波路構造における前記光吸収層が、前記少なくとも一方の端面と前記幅減少領域との間に、前記幅減少領域と前記導波方向に連続し、かつ、前記導波方向に直交する幅が一定である幅一定領域をさらに有する構成を有している。
【0021】
この構成により、光ゲート素子の製造工程における劈開位置のずれの許容範囲が広くなり、素子端面における光吸収層の幅が劈開により変動することを防止できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、光吸収層と第1のクラッド層との間、および、光吸収層と第2のクラッド層との間に光閉じ込め層を具備することにより、光吸収層の層厚を増加させることなく、消光比の偏波依存性の低減と、光閉じ込め係数の向上とを同時に図ることが可能な光ゲート素子を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る光ゲート素子の概略構成を示す斜視図
【図2】本発明に係る光ゲート素子の概略構成を示す上面図
【図3】本発明に係る光ゲート素子の概略構成を示す正面図、A−A'線断面図、B−B'線断面図
【図4】本発明に係る光ゲート素子の要部の構成を示す正面図
【図5】光導波路層の光閉じ込め係数を数値計算により求めた結果を示すグラフ
【図6】光導波路層およびクラッド層の屈折率特性の一例を示す概念図
【図7】光導波路層およびクラッド層の屈折率特性の他の例を示す概念図
【図8】逆バイアス電圧非印加時と逆バイアス電圧印加時における、光信号の波長と光吸収層における損失(消光比)の関係を示すグラフ
【図9】本発明に係る光ゲート素子の他の構成を示す上面図
【図10】本発明に係る光ゲート素子の製造方法を示す工程図
【図11】本発明に係る光ゲート素子の製造方法を示す工程図
【図12】本発明に係る光ゲート素子を適用したサンプリング波形測定装置の要部の構成を示す概略図
【図13】本発明に係る光ゲート素子を適用したサンプリング波形測定装置の測定原理を説明する説明図
【図14】従来のEA光変調器における光の吸収特性を示す概念図
【図15】従来のハイメサ導波路構造における光吸収層の層厚と光吸収層の光閉じ込め係数の関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る光ゲート素子の実施形態について図面を用いて説明する。本発明に係る光ゲート素子は、相互吸収飽和特性を利用して光信号のサンプリングを行うものである。
【0025】
図1は本実施形態に係る光ゲート素子1の概略構成を示す斜視図であり、図2は上面図、図3は正面図(a)、図2のA−A'線断面図(b)、および図2のB−B'線断面図(c)である。なお、各図面上の各構成の寸法比は、実際の寸法比と必ずしも一致していない。
【0026】
図2に示すように、光ゲート素子1は、劈開によって形成された光入射端面10aと光出射端面10bとの間に形成された導波路構造を備える。この導波路構造は、さらに、ハイメサ導波路構造Iと、光入射端面10aおよび光出射端面10bのうちの少なくとも一方の端面とハイメサ導波路構造Iとの間に形成され、ハイメサ導波路構造Iと光の導波方向に連続する埋込み導波路構造IIa、IIbと、を含む。ここで、IIaは光入射端面10a側の埋込み導波路構造を、IIbは光出射端面10b側の埋込み導波路構造を指している。なお、以降では、単に導波路構造と記述する場合は、ハイメサ導波路構造Iと埋込み導波路構造IIa、IIbの両方を指すものとする。
【0027】
図1、図3に示すように、導波路構造I、IIa、IIbは、n−InPからなる半導体基板11と、半導体基板11上に形成されたn−InPからなるn型クラッド層(第1のクラッド層)12と、n型クラッド層12の上方に形成されたバルクのInGaAsPからなる光吸収層13と、光吸収層13の上方に形成されたp−InPからなるp型クラッド層(第2のクラッド層)14と、を有する。
【0028】
さらに、光吸収層13は、InGaAsPからなるSCH層(光閉じ込め層)15、16に上下を挟まれている。即ち、n型クラッド層12、SCH層15、光吸収層13、SCH層16、およびp型クラッド層14は、この順に積層されている。以降では、特に、SCH層15、光吸収層13、およびSCH層16を光導波路層と呼ぶ。光導波路層は、光入射端面10aから入射した光信号を導波させ、印加される逆バイアス電圧に応じて光信号を光吸収層13で吸収するようになっている。
【0029】
埋込み導波路構造IIa、IIbにおいては、光導波路層の光の導波方向に直交する幅方向の側面に、p−InPからなる下部埋込み層17およびn−InPからなる上部埋込み層18が形成されている。
【0030】
逆バイアス電圧非印加時には、n−InPからなる上部埋込み層18およびp−InPからなる下部埋込み層17は、逆バイアスの方向となり、電流ブロック層として機能する。一方、逆バイアス電圧印加時には、n−InPからなるn型クラッド層12およびp−InPからなる下部埋込み層17、ならびに、n−InPからなる上部埋込み層18およびp−InPからなるp型クラッド層14が、電流ブロック層として機能する。
【0031】
導波路構造I、IIa、IIbに含まれるp型クラッド層14上には、p−InGaAsまたはp−InGaAsPからなるコンタクト層19が形成されている。一方、図2、図3に符号20a、20b、20cを付して示す溝部によって導波路構造I、IIa、IIbと隔てられたp型クラッド層14の上面、ならびに、溝部20a〜20cの側面および底面には、例えばSiNx膜またはSiO2膜からなる絶縁層21が形成されている。
【0032】
さらに、p型クラッド層14上には、コンタクト層19または絶縁層21を介して、p型の上部電極22が取付られている。一方、半導体基板11の下面にはn型の下部電極23が取付けられている。
【0033】
上部電極22は、導波路構造I、IIa、IIbの上部にコンタクト層19を介して形成される主電極部22aと、溝部20b、20cによって導波路構造I、IIa、IIbと隔てられた領域の下部埋込み層17および上部埋込み層18の上部に絶縁層21を介して形成される電極パッド部22bと、からなる。なお、図2の上面図において、間隔の広い斜線を施した部分は上部電極22を示しており、間隔の狭い斜線を施した部分は光吸収層13を示している。
【0034】
コンタクト層19は、図3(c)などに示したように、主電極部22aの直下に形成されるが、電極パッド部22bの直下、かつ、下部埋込み層17および上部埋込み層18の直上には形成されないことが好ましい。これは、上部電極22および下部電極23間の下部埋込み層17および上部埋込み層18を介したリーク電流を低減するためである。
【0035】
以下、導波路構造I、IIa、IIbが有するSCH層15、16の構成について詳細に述べる。図4は、光ゲート素子1の要部の構成を示す正面図である。SCH層15、16は、図4(a)に示すように単層、または図4(b)に示すように多層(例えば3層)からなるものである。
【0036】
図5に、SCH層15、16が単層からなる場合(図4(a))について、光導波路層の光閉じ込め係数を数値計算により求めた結果を示す。ここでは、光吸収層13の層厚は0.3μm、その組成波長は1.47μm、SCH層15、16の組成波長はいずれも1.35μmとしている。
【0037】
図5(a)において、実線はTEモードに対する光閉じ込め係数を、破線はTMモードに対する光閉じ込め係数のSCH層15、16の層厚依存性を示している。ここで、グラフの横軸のSCH層厚とは、SCH層15とSCH層16の層厚の和を意味している。図5(a)のグラフより、いずれの伝播モードについても、光閉じ込め係数のSCH層厚依存性に極大値が存在することが分かる。
【0038】
図5(b)は、図5(a)に示したTMモードに対する光閉じ込め係数を、TEモードに対する光閉じ込め係数で除した結果を示すものである。このグラフから、SCH層厚が厚いほど、光閉じ込め係数の偏波依存性が解消されることが分かる。
【0039】
以上の数値計算結果から、SCH層15、16の層厚が厚いほど偏波依存性は解消されるが、光閉じ込め係数には最適値(極大値)が存在するため、これらの両方の効果のバランスを考慮してSCH層15、16の層厚を設計する必要があることが分かる。
【0040】
下記の[表1]に、n型クラッド層12、光吸収層13、SCH層15、16、p型クラッド層14の組成波長および層厚の設計例をまとめる。即ち、[表1]に示した設計例においては、SCH層厚としてTEモードに対する光閉じ込め係数の極大値近傍の値を採用している。また、図5(b)より、この場合の光閉じ込め係数の偏波依存性は、SCH層15、16が存在しない場合と比較して、明らかに解消されていることが分かる。さらに、SCH層厚をTEモードに対する光閉じ込め係数の極大値近傍の値から増加させると、光閉じ込め係数の偏波依存性はさらに解消されることが分かる。
【表1】

【0041】
図6に、各層の屈折率特性の概念図を示す。図6においては、n型クラッド層12およびp型クラッド層14の屈折率をnc、光吸収層13の屈折率をna、SCH層15、16の屈折率をnsとしている。図6に示した各層の屈折率の大小関係は、組成波長の大小関係と一致し、光吸収層13から遠ざかるに従って小さくなるように設定されている。即ち、SCH層15、16の屈折率は、クラッド層12、14の屈折率よりも大であるとともに、光吸収層13の屈折率よりも小である。
【0042】
次に、SCH層15、16がそれぞれ3層からなる場合(図4(b))について、下記の[表2]にn型クラッド層12、光吸収層13、SCH層15、16、p型クラッド層14の組成波長および層厚の設計例をまとめる。また、図7に、各層の屈折率特性の概念図を示す。図7においては、n型クラッド層12およびp型クラッド層14の屈折率をnc、光吸収層13の屈折率をna、SCH層15を構成する各層15a、15b、15cの屈折率をそれぞれn1、n2、n3としている。同様に、SCH層16を構成する各層16a、16b、16cの屈折率をそれぞれn1、n2、n3としている。
【表2】

【0043】
この場合も、各層の屈折率の大小関係は、組成波長の大小関係と一致し、光吸収層13から遠ざかるに従って小さくなるように設定されている。また、SCH層15、16を構成する層相互間の屈折率差は、全て等しくてもよいし、次式に示すように光吸収層13から各クラッド層12、14に向かうに従って小さくなってもよい。
【数1】

【0044】
なお、図6、7には各層の屈折率が階段状に変化する屈折率特性を示したが、屈折率特性は、これに限定されず、屈折率が直線状あるいは曲線状に変化する領域を有していてもよい。また、屈折率特性は、光吸収層13を中心として対称であっても非対称であってもよい。
【0045】
既に述べたように、光吸収層13に逆バイアス電圧が印加されると、吸収特性は長波側へシフトする。図8は、逆バイアス電圧非印加時(0V)と逆バイアス電圧印加時(−2V,−4V,−6V)における、光信号の波長と光吸収層13における損失(消光比)の関係を示すグラフである。例えば、波長1550nmの光信号に対して30dB以上の消光比を確保できる逆バイアス電圧(例えば、−4V)を光吸収層13に印加する場合の吸収特性は、逆バイアス電圧非印加時の吸収特性から約70nmシフトすることが図8のグラフから読み取れる。
【0046】
このような吸収特性のシフトは、光吸収層13と同様にバルクのInGaAsPからなるSCH層15、16についても起こる。つまり、上記の逆バイアス電圧を印加した時にSCH層15、16も光吸収層として作用しないようにするためには、SCH層15、16の組成波長は光吸収層13の組成波長より70nm以上短いことが好ましい。
【0047】
以下、導波路構造I、IIa、IIbが有する光吸収層13の構成について詳細に述べる。
埋込み導波路構造IIa、IIbにおける光吸収層13は、光の導波方向に直交する幅が、光入射端面10aおよび光出射端面10bのうちの少なくとも一方の端面に向かって狭くなる幅減少領域(図2中のテーパ部)を有する。
【0048】
さらに、埋込み導波路構造IIa、IIbにおける光吸収層13は、光入射端面10aおよび光出射端面10bのうちの少なくとも一方の端面と幅減少領域との間に、幅減少領域と光の導波方向に連続し、かつ、光の導波方向に直交する幅が一定である幅一定領域(図2中の平行部)をさらに有していてもよい。
【0049】
なお、図1〜図3には、光入射端面10aおよび光出射端面10bの両端面とハイメサ導波路構造Iとの間に埋込み導波路構造IIa、IIbが形成される構成を示した。光入射端面10aおよび光出射端面10bにおける光吸収層13の幅Wa、Wbは、光入射端面10aおよび光出射端面10bのそれぞれを介して光結合する光ファイバや光導波路素子との結合効率が適切な値となるように設定すればよい。
【0050】
どちらか一方の端面を介した光結合のみで高い結合効率を得られればよい場合には、図9に示すように、埋込み導波路構造IIaまたはIIbが該一方の端面とハイメサ導波路構造Iとの間のみに形成されてもよい。即ち、10aを光入射端面、10bを光出射端面としてもよく、またはその逆としてもよい。
【0051】
なお、光入射端面10aおよび光出射端面10bにおける光吸収層13の幅Wa、Wbは、ハイメサ導波路構造Iにおける光吸収層13の幅よりも細くすることが望ましい。
【0052】
また、光入射端面10aおよび光出射端面10bにおける光吸収層13の幅Wa、Wbが適切な値でありさえすれば、光吸収層13の幅減少領域の幅は、図2や図9に示したテーパ状に限らず、例えば、階段状などの任意の形状に従って減少してもよい。
【0053】
なお、下部埋込み層17および上部埋込み層18は、上述のp型およびn型のInPの代わりに、例えばFeドープの半絶縁性InPやノンドープInPを用いて形成してもよい。また、半導体基板11としてn−InP材料を採用したが、p−InP基板や半絶縁性InP基板などを採用してもよい。また、光吸収層13を構成するバルク材料としてInGaAsPを採用したが、InGaAsやInGaAlAsを採用してもよい。
【0054】
以下、本実施形態に係る光ゲート素子1の製造方法の一例を図10、図11を用いて説明する。ここでは、SCH層15、16がそれぞれ3層からなる構成について述べる。まず、(100)結晶面を上面とし、長尺方向が<011>方向、短尺方向が<0−11>方向である長方形に形成され、n型の不純物がドープされたn−InPからなる半導体基板11を準備する。
【0055】
図10(a)に示すように、半導体基板11の上面に、有機金属気相成長(MOVPE)法を用いて、層厚が0.5μmのn−InPからなるn型クラッド層12を形成する。このn型クラッド層12の上面に、層厚がそれぞれ15nmのInGaAsPからなるSCH層15c、15b、15aを順次積層する。なお、SCH層15a、15b、15cの組成波長は、[表2]に示した通りである。
【0056】
そして、SCH層15(15c)の上面に、層厚が0.1〜0.3μm程度でノンドープのInGaAsPからなるバルクの光吸収層13を形成し、これに引き続き層厚がそれぞれ15nmのSCH層16a、16b、16cを順次積層する。なお、SCH層16a、16b、16cの組成波長は、[表2]に示した通りである。
【0057】
次に、プラズマCVD法を用いて、SiNx膜(またはSiO2膜)をSCH層16(16c)の上面に積層した後、レジスト(不図示)を塗布し、フォトリソグラフィによって光導波路層を形成するための形状を有したマスクパターンを露光して現像する。そして、フッ酸によるエッチングでマスクパターンをSiNx膜(またはSiO2膜)に転写して、絶縁性のエッチングマスク27を形成する。
【0058】
なお、図10(a)にはマスクパターン27として1つの素子に相当する部分のみを示しているが、同様のマスクパターンが素子の長尺方向である<011>方向に繰り返し形成されていてもよい。
【0059】
次に、図10(b)に示すように、上記により形成されたエッチングマスク27を用いて、SCH層16、光吸収層13、SCH層15、およびn型クラッド層12の途中までをウェットエッチングまたはドライエッチングする。ウェットエッチングの場合は、エッチング液として塩酸系あるいは塩酸/リン酸系のエッチング液を使用することにより、<0−11>方向にほぼ垂直のエッチング面を形成することができる。
【0060】
次に、図10(c)に示すように、エッチングで除去された部分にMOVPE法を用い、エッチングマスク27を成長阻害マスクとして利用して、p−InPからなる下部埋込み層17およびn−InPからなる上部埋込み層18を順次積層する。
【0061】
次に、エッチングマスク27をフッ酸で除去して、図11(d)に示すように、層厚が0.45μmのp−InPからなるp型クラッド層14と、p−InGaAsまたはInGaAsPからなるコンタクト層19を積層して、上部埋込み層18の上面を覆う。
【0062】
さらに、図11(d)に示すように、プラズマCVD法を用いて、SiNx膜(またはSiO2膜)をコンタクト層19の上面に積層した後、レジスト(不図示)を塗布し、フォトリソグラフィによって導波路構造I、IIa、IIbを形成するための形状を有したマスクパターンを露光して現像する。そして、フッ酸によるエッチングでマスクパターンをSiNx膜(またはSiO2膜)に転写して、絶縁性のエッチングマスク28を形成する。
【0063】
次に、上記により形成されたエッチングマスク28を用いて、コンタクト層19、p型クラッド層14、上部埋込み層18、下部埋込み層17、およびn型クラッド層12をウェットエッチングまたはドライエッチングする。なお、このエッチングは、n型クラッド層12の底面まで行ってもよいし、n型クラッド層12の途中まで行ってもよい。既に述べたように、ウェットエッチングの場合は、<0−11>方向に垂直な面を形成するために、エッチング液として塩酸系あるいは塩酸/リン酸系のエッチング液を使用する。そして、図11(e)に示すように、エッチングマスク28をフッ酸で除去して、コンタクト層19の上面を露出させる。
【0064】
次に、エッチングマスク(不図示)を用いて導波路構造I、IIa、IIbの上部以外のコンタクト層19をエッチングで除去する。そして、導波路構造I、IIa、IIbの上部のコンタクト層19、およびコンタクト層19が形成されていないp型クラッド層14の上面と、エッチングマスク28を用いたエッチングによって形成されたp型クラッド層14、上部埋込み層18、下部埋込み層17、およびn型クラッド層12の各側面と、n型クラッド層12(または半導体基板11)の上面に、SiNx膜(またはSiO2膜)からなる絶縁層21を形成する。そして、図11(f)に示すように、主電極部22aが形成される部分の絶縁層21をフッ酸で除去する。
【0065】
最後に、図1に示したように、コンタクト層19の上面および絶縁層21の上面の一部にp型の上部電極22を蒸着形成し、さらに、半導体基板11の下面にn型の下部電極23を蒸着形成する。
【0066】
なお、以上の説明では1つの素子に相当する部分のみを示したが、実際には図10、図11に示した工程において、素子の長尺方向や短尺方向に複数の素子が連なった半導体ウエハを形成し、最後に劈開を行って個々の光ゲート素子に分離する。
【0067】
なお、埋込み導波路構造IIa、IIbにおける光吸収層13が既に述べた幅一定領域(光吸収層13の幅が一定)を有する場合には、劈開位置が<011>方向に多少前後しても光入射端面10aおよび光出射端面10bにおける光吸収層13の幅Wa、Wbが変化しないため好ましい。
【0068】
以上のように製造される本実施形態の光ゲート素子1の動作を、光ゲート素子1をサンプリング波形測定装置に適用した場合を例に取って説明する。ここでは、光ゲート素子1は、ポンプ光として入力される光パルスPsの光強度に応じて吸収係数が変化する相互吸収飽和特性を利用して、光信号の強度変調を行うとする。
【0069】
図12は、本実施形態の光ゲート素子1を適用したサンプリング波形測定装置の要部の構成を示す概略図である。光ゲート素子1の光吸収層13を含む光導波路層に、光入射端面10a側から光通信システム(不図示)からの光信号(例えば、40Gbps)が入力される。光ゲート素子1には、光信号の波長に対して高い吸収係数を示す逆バイアス電圧Vbが、直流電源40から上部電極22および下部電極23を介して加えられている。
【0070】
この状態で、光パルス発生器(不図示)からの光パルスPsが光サーキュレータ50を介して光出射端面10b側から光導波路層に入力される。光パルスPsがオンとなる期間では、光吸収層13内でキャリアが励起される。この励起キャリアが光吸収層13内に蓄積されることにより、光吸収層13における光吸収が飽和し、吸収係数(光損失)が小さい状態(即ち、ゲートが開いた状態)となる。
【0071】
一方、光パルスPsがオフとなる期間では、光パルスPsがオンとなる期間に励起されたキャリアが速やかに光吸収層13に吸収され、吸収係数(光損失)が大きい状態(即ち、ゲートが閉じている状態)となる。
【0072】
これにより、光パルスPsがオンとなるタイミングで光信号がサンプリングされて光出射端面10b側から出力される。サンプリングされた光信号は光サーキュレータ50を介して受光器(不図示)に入力される。
【0073】
図13は、サンプリング波形測定装置のサンプリング波形の測定原理を説明する説明図である。光パルスPs(図13(b))の繰返し周期は光信号(図13(a))の繰返し周期の整数倍よりも僅かに長く設定されており、光信号のパルス波形上の相対的なサンプリング位置は、その一つ前のサンプリング位置よりも僅かに後方となる。
【0074】
この相対的なサンプリング位置の差をΔtとすると、光信号が繰返し波形の場合、光信号を0、Δt、2Δt、3Δt・・・の位置でサンプリングしたものと等価な信号が光ゲート素子1から出力される。
【0075】
光ゲート素子1の出力信号(図13(c))からは、光信号のパルス波形を時間軸方向に拡大した包絡線が得られる。従って、低速の受光器(不図示)やAD変換回路(不図示)を用いて高速の光信号の波形を観測することが可能になる。
【0076】
以上説明したように、本発明に係る光ゲート素子は、光吸収層とn型クラッド層との間、および、光吸収層とp型クラッド層との間に光閉じ込め層を具備することにより、光吸収層の層厚を増加させることなく、消光比の偏波依存性の低減と、光閉じ込め係数の向上とを同時に図ることができる。
【0077】
さらに、本発明に係る光ゲート素子は、任意の偏波方向の光信号に対するサンプリングを可能とするとともに、光ファイバや光導波路素子との結合効率を良好にすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明に係る光ゲート素子は、サンプリング波形測定装置や、サンプリング波形測定装置に光信号の品質を表す値を算出する信号品質算出回路を追加した信号品質モニタに適用可能な光ゲート素子として有用である。
【符号の説明】
【0079】
1 光ゲート素子
10a 光入射端面
10b 光出射端面
11 半導体基板
12 n型クラッド層(第1のクラッド層)
13 光吸収層
14 p型クラッド層(第2のクラッド層)
15、15a、15b、15c SCH層(光閉じ込め層)
16、16a、16b、16c SCH層(光閉じ込め層)
17 下部埋込み層
18 上部埋込み層
19 コンタクト層
20a〜20c 溝部
21 絶縁層
22 上部電極
22a 主電極部
22b 電極パッド部
23 下部電極
27、28 エッチングマスク
40 直流電源
50 光サーキュレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体基板(11)上に、第1のクラッド層(12)、バルク材料からなる光吸収層(13)、および、第2のクラッド層(14)が順次積層された導波路構造を備え、相互吸収飽和特性を利用して光信号のサンプリングを行うために用いられる光ゲート素子であって、
前記導波路構造は、前記光吸収層と前記第1のクラッド層との間、および、前記光吸収層と第2のクラッド層との間に光閉じ込め層(15、16)をさらに有し、
前記光閉じ込め層の屈折率が、前記第1および第2のクラッド層の屈折率よりも大であるとともに、前記光吸収層の屈折率よりも小であることを特徴とする光ゲート素子。
【請求項2】
前記光閉じ込め層の組成波長が、前記光吸収層の組成波長よりも70nm以上短いことを特徴とする請求項1に記載の光ゲート素子。
【請求項3】
前記導波路構造は、ハイメサ導波路構造と、
光入射端面(10a)および光出射端面(10b)のうちの少なくとも一方の端面と前記ハイメサ導波路構造との間に形成され、前記ハイメサ導波路構造と光の導波方向に連続する埋込み導波路構造と、を含み、
前記埋込み導波路構造における前記光吸収層は、前記導波方向に直交する幅が、前記少なくとも一方の端面に向かって狭くなる幅減少領域を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光ゲート素子。
【請求項4】
前記埋込み導波路構造における前記光吸収層が、前記少なくとも一方の端面と前記幅減少領域との間に、前記幅減少領域と前記導波方向に連続し、かつ、前記導波方向に直交する幅が一定である幅一定領域をさらに有することを特徴とする請求項3に記載の光ゲート素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−181351(P2012−181351A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−44127(P2011−44127)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(000000572)アンリツ株式会社 (838)
【Fターム(参考)】