説明

光ファイバジャイロ

【課題】ボビンと光ファイバの熱膨張率の差により発生する熱応力の影響を排除し、温度特性に優れた高性能な光ファイバジャイロを提供する。
【解決手段】光ファイバ31よりなるセンシングコイル30に左右両回りに光を伝播させ、角速度入力により生じる左回り光と右回り光の位相差から入力角速度を検出する光ファイバジャイロにおいて、センシングコイル30を構成する光ファイバ31とは別の光ファイバ41をボビン32に巻き付けて緩衝層40を構成し、その緩衝層40上にセンシングコイル30を巻き付ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は慣性空間に対する運動体の回転運動を検出する光ファイバジャイロに関する。
【背景技術】
【0002】
図7は従来、用いられている光ファイバジャイロの構成として、特許文献1に記載されている位相変調型の光ファイバジャイロの構成を示したものである。
【0003】
図7において、符号1で示されたものは光ファイバで形成されたセンシングコイル2を有する光学系であり、このセンシングコイル2は第1カプラ3、ポラライザ4及び第2カプラ5を介して光源モジュール6及び検出器モジュール7に光ファイバ8で接続されている。センシングコイル2と第1カプラ3との間には、光ファイバ8に接し、かつセンシングコイル2の近傍に位置する状態で位相変調器9が設けられている。
【0004】
このような光学系1において、光源モジュール6から光ファイバ8に入光されるレーザ光は、第1カプラ3、ポラライザ4及び第2カプラ5を経て位相変調器9で変調された後、センシングコイル2に入光される。センシングコイル2に入光されたレーザ光は、再び第2カプラ5、ポラライザ4及び第1カプラ3を経て検出器モジュール7で光電変換されて光学系出力Sが取り出される。
【0005】
光学系1には電気系10が接続され、この電気系10の入力アンプ11には光学系出力Sが入力され、被検波光学系出力S1として出力される構成になっている。この被検波光学系出力S1には周知のサニャック効果による位相差Δθが含まれている。入力アンプ11の出力側には光源駆動回路12、変調制御回路14及びロックインアンプ17が接続されている。
【0006】
光源駆動回路12はレーザドライバ13を介して光源モジュール6に接続され、変調制御回路14はロックインアンプ17に検波クロックCを供給する発振回路15と、位相変調器9に接続されたドライバ16とに接続され、ロックインアンプ17は出力アンプ18に接続されている。
【0007】
従来の位相変調型光ファイバジャイロは、上記のような構成により、被検波光学系出力S1をロックインアンプ17で同期検波し、角速度入力により発生する光の位相差を干渉させてサニャック効果により出力アンプ18を経てジャイロ出力S2を得るような構成とされている。このような光ファイバジャイロにおいて、光ファイバ8はセンシングコイル用のボビン20に巻き付けられている。
【0008】
図8は特許文献1に記載されているボビン20の断面構造を示したものであり、光ファイバ8を巻き付ける面20aには高分子ゲル21がコーティングされている。光ファイバ8はこの高分子ゲル21のコーティングの上に巻き付けられるものとなっている。
【0009】
特許文献1ではこのようにボビン20に高分子ゲル21をコーティングすることにより、ボビン20の熱膨張・熱収縮により光ファイバ8にかかる熱応力を高分子ゲル21に吸収させるものとなっており、これにより光ファイバ8にかかる熱応力を抑制するものとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2002−228455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、光ファイバのボビンへの巻き付けにおいては、温度変化中のドリフトを低減するために、光ファイバ全長の中間点を巻き始め点とするクオドラポール巻線を一般に採用している。
【0012】
図9はこのクオドラポール巻線の巻線方法を模式的に示したものであり、図中、黒丸で示した光ファイバ31は全長の中間点から+方向(一方の端部方向)の光ファイバを示し、白丸で示した光ファイバ31は全長の中間点から−方向(他方の端部方向)の光ファイバを示す。なお、図9ではボビン32は、その中心軸に対する片側のみを示している。
【0013】
この図9に示したようなクオドラポール巻線は光ファイバ全長の中間点から対称な位置がコイル内部で近接して配置されるようにしたものであり、これにより温度変化による光ファイバの屈折率変化に基因する左右両回り光の位相差を相殺するものとなっている。
【0014】
一方、このようなクオドラポール巻線を採用したとしても、ボビンと光ファイバの熱膨張率の差により温度変化によって発生する熱応力を光ファイバが受ける問題は別問題であって排除することができず、従来においては前述したように熱応力を吸収するために高分子ゲルのコーティングをボビンに施すといったことが提案されている。
【0015】
しかしながら、このような柔軟な高分子ゲルのコーティングの上に光ファイバを巻き付ける方法では、光ファイバを高精度に整列させるのが困難となり、センシングコイルの高精度な整列巻線が要求される光ファイバジャイロにおいては採用しづらいものとなっていた。
【0016】
この発明の目的はこのような状況に鑑み、ボビンと光ファイバの熱膨張率の差により発生する熱応力のセンシングコイルへの影響を排除できるようにし、かつセンシングコイルの高精度な整列巻線を容易に実現可能とし、よって温度特性に優れた高性能な光ファイバジャイロを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
請求項1の発明によれば、光ファイバよりなるセンシングコイルに左右両回りに光を伝播させ、角速度入力により生じる左回り光と右回り光の位相差から入力角速度を検出する光ファイバジャイロにおいて、センシングコイルを構成する光ファイバとは別の光ファイバがボビンに巻き付けられて緩衝層が構成され、その緩衝層上にセンシングコイルが巻き付けられているものとされる。
【0018】
請求項2の発明では請求項1の発明において、緩衝層を構成する光ファイバはセンシングコイルを構成する光ファイバと同じ光ファイバとされる。
【0019】
請求項3の発明では請求項1又は2の発明において、緩衝層を構成する光ファイバを、光ファイバに生じる歪検出に用いる。
【0020】
請求項4の発明では請求項1又は2の発明において、緩衝層を構成する光ファイバを、センシングコイルの冗長系として用いる。
【発明の効果】
【0021】
この発明によれば、ボビンと光ファイバの熱膨張率の差により発生する熱応力の影響をセンシングコイルは受けないものとなり、よって熱応力によるセンシングコイル内部の歪発生を排除することができ、さらには温度変化中に歪の影響によるドリフトが発生するといった問題も解消することができる。
【0022】
加えて、従来のように、ボビンに高分子ゲルのコーティングを施して緩衝層を形成するものと異なり、光ファイバを巻き付けて緩衝層を形成するため、センシングコイルの高精度な整列巻線は阻害されることなく、容易に実現することができる。
【0023】
従って、この発明によれば、温度特性に優れた高性能な光ファイバジャイロを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】センシングコイル内部の歪を計測した結果を示すグラフ。
【図2】図1における光ファイバ全長の中間点付近を拡大して示したグラフ。
【図3】センシングコイルを構成する光ファイバの全長の中間点付近(コイル内層部分)の歪が温度によって変化する様子を示すグラフ、Aは25℃での計測結果、Bは40℃での計測結果、Cは60℃での計測結果。
【図4】この発明による光ファイバジャイロにおいて用いるセンシングコイルの巻線構造の一例を示す断面図。
【図5】緩衝層を構成する光ファイバを歪検出に用いる例を示す図。
【図6】緩衝層を構成する光ファイバをセンシングコイルの冗長系として用いる例を示す図。
【図7】光ファイバジャイロの構成例を示すブロック図。
【図8】センシングコイルを巻き付けるボビンの従来例を示す断面図。
【図9】クオドラポール巻線の巻線方法を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
まず、最初に、ボビンに巻き付けられたセンシングコイル内部の歪状態をBOTDR方式により調べた結果について説明する。
【0026】
BOTDR方式は光ファイバの一端から光パルスを入射したときに発生する誘導ブリルアン散乱光の周波数が歪に比例してシフトする現象を利用するもので、シフトした周波数を光ヘテロダイン検波で計測し、光ファイバの歪を算定するものである。計測装置には光ファイバ歪アナライザAQ8603(横河電機(株))を用いた。
【0027】
ボビンはアルミニウム製とし、このボビンに全長3400mのシングルモード光ファイバをクオドラポール巻線によって巻き付けてセンシングコイルを構成した。
【0028】
図1は計測結果を示したものであり、横軸は光ファイバの長さを示し、縦軸は歪を示す。
【0029】
光ファイバには巻線時の張力による歪とコイル曲げによる歪が初期歪として生じるが、図1より光ファイバ全長の中間点付近の歪が特異的に大きいことがわかる。この部分はクオドラポール巻線においてコイルの内層に位置する部分である。
【0030】
図2は図1において破線の円で囲んだ部分を拡大して示したものであり、図2中には光ファイバの中間点の位置と、コイルの何層目にあたるかを示している。1層目の歪が最も大きいことがわかる。
【0031】
このように内層の歪が大きい原因は、ボビンに光ファイバを巻き付けた後、整列巻線状態がくずれないようにコイルを接着固定するが、この際、高温で接着剤を硬化させるため、ボビンと光ファイバの熱膨張率の差により熱応力が発生し、この熱応力が常温に戻っても残留応力として残ることによると考えられる。1層目はボビンとの界面であり、熱応力の影響を大きく受けて大きな歪が生じている。2層目以降は下層の光ファイバの緩衝効果により熱応力の影響が緩和され、歪が次第に小さくなっており、図2より8層目以降は熱応力による歪が顕在化していないことがわかる。
【0032】
次に、このようなセンシングコイル内部の歪と温度との関係について調べた結果について説明する。
【0033】
図3Aは図2と同様、コイル内層部分の常温(25℃)での歪を示したものであり、この状態から温度を40℃,60℃と上げた時の歪の計測結果を図3B及びCに示す。図3A,B,Cより歪は温度により大きく変化し、高温になるほど増大することが判明した。
【0034】
以上の調査結果より、センシングコイル内層部分には大きな歪が生じており、かつこの歪は温度により変化するもので、従来より知られている温度変化による光ファイバの屈折率変化に基因する温度変化中のドリフト以外に、光ファイバジャイロにおいて歪の影響により温度変化中にドリフトが発生することが明らかになった。
【0035】
この発明は以上説明した調査結果により明らかになった事実に基づくものであり、以下、この発明の実施例を説明する。
【0036】
図4はこの発明による光ファイバジャイロにおいて用いるセンシングコイルの巻線構造を示したものである。この例ではセンシングコイルを構成する光ファイバとは別の光ファイバ41がボビン32に巻き付けられて緩衝層40が構成され、この緩衝層40の上に光ファイバ31が巻き付けられてセンシングコイル30が構成されている。
【0037】
緩衝層40は前述の図2に示した計測結果より8層目以降に歪が顕在化していないことをふまえ、この例では光ファイバ41を7層巻き付けて構成した。緩衝層40を構成する光ファイバ41はセンシングコイル30を構成する光ファイバ31と同じ(同一仕様の)光ファイバとした。センシングコイル30はこの例ではクオドラポール巻線を採用しており、センシングコイル30、緩衝層40はそれぞれ接着固定されている。
【0038】
上記のようにセンシングコイル30の光ファイバ31とは独立した別の光ファイバ41により、ボビン32に緩衝層40を設け、この緩衝層40の上にセンシングコイル30を巻き付けることで、ボビン32と光ファイバの熱膨張率の差により発生する熱応力の影響をセンシングコイル30は受けないものとなる。よって、センシングコイル30の内層部分に大きな歪は発生せず、歪の影響により温度変化中にドリフトが発生するといった、この発明に至る過程で明らかにした問題も解消することができる。
【0039】
また、従来のように、ボビンに柔軟な高分子ゲルのコーティングを施して緩衝層を形成するものと異なり、この例では光ファイバ41そのものを緩衝材として巻き付けて緩衝層40を形成するため、図4に示したように光ファイバ41を整列巻線して緩衝層40を形成することにより、この上に巻き付けられるセンシングコイル30の各層の高精度な整列巻線が可能となる。この点は屈折率変化に基因する温度変化中のドリフトを低減するクオドラポール巻線において、光ファイバ全長の中間点から対称な位置をコイル内部で近接して配置させる上で重要な要素であり、よって上述したようなセンシングコイル30の巻線構造を採用すれば、温度特性に優れた高性能な光ファイバジャイロを実現することができる。
【0040】
なお、このような高性能な光ファイバジャイロを実現する上で、緩衝層40を構成する光ファイバ41は、センシングコイル30の光ファイバ31と同じものを使用するのが好ましいが、必ずしもこれに限定されるものではない。また、センシングコイル30の巻線方法もクオドラポール巻線に必ずしも限定されるものではない。
【0041】
上述した例ではボビン32に巻き付けられた光ファイバ41は単に緩衝層40として機能するものとなっているが、この光ファイバ41を光ファイバジャイロの機能強化に積極的に用いることもできる。図5はその一例を示したものであり、この例では光ファイバ41の一端がBOTDR方式の光ファイバ歪計測装置51に接続され、光ファイバ41を歪検出に用いるものとなっている。
【0042】
このような構成を採用すれば、コイル内層部分の歪の状態を検知することができ、例えば歪量が予め設定された値以上になった場合は警告を発する等の光ファイバジャイロの高機能化が可能になる。
【0043】
一方、図6は緩衝層40を構成する光ファイバ41の両端を別のサニャック干渉計52に接続して回転運動(入力角速度)を検出できるようにし、光ファイバ41よりなるコイルをセンシングコイル30の冗長系として用いるようにしたものであり、このようにバックアップとして光ファイバ41を用いれば、光ファイバジャイロの高信頼性化を図ることができる。
【符号の説明】
【0044】
1 光学系 2 センシングコイル
3 第1カプラ 4 ポラライザ
5 第2カプラ 6 光源モジュール
7 検出器モジュール 8 光ファイバ
9 位相変調器 10 電気系
11 入力アンプ 12 光源駆動回路
13 レーザドライバ 14 変調制御回路
15 発振回路 16 ドライバ
17 ロックインアンプ 18 出力アンプ
20 ボビン 20a 面
21 高分子ゲル 30 センシングコイル
31 光ファイバ 32 ボビン
40 緩衝層 41 光ファイバ
51 光ファイバ歪計測装置 52 サニャック干渉計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光ファイバよりなるセンシングコイルに左右両回りに光を伝播させ、角速度入力により生じる左回り光と右回り光の位相差から入力角速度を検出する光ファイバジャイロであって、
前記センシングコイルを構成する光ファイバとは別の光ファイバがボビンに巻き付けられて緩衝層が構成され、その緩衝層上に前記センシングコイルが巻き付けられていることを特徴とする光ファイバジャイロ。
【請求項2】
請求項1記載の光ファイバジャイロにおいて、
前記緩衝層を構成する光ファイバは前記センシングコイルを構成する光ファイバと同じ光ファイバであることを特徴とする光ファイバジャイロ。
【請求項3】
請求項1又は2記載の光ファイバジャイロにおいて、
前記緩衝層を構成する光ファイバを、光ファイバに生じる歪検出に用いることを特徴とする光ファイバジャイロ。
【請求項4】
請求項1又は2記載の光ファイバジャイロにおいて、
前記緩衝層を構成する光ファイバを、前記センシングコイルの冗長系として用いることを特徴とする光ファイバジャイロ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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