説明

光偏向装置

【課題】1枚の液晶セルで、入射光の直交する両偏光成分に対して、光の進行方向を変える光偏向を行うことができる光偏向装置を提供する
【解決手段】光偏向装置は、誘電率異方性が正の液晶分子を含み、電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す液晶層と、相互に対向配置され、液晶層を挟持する第1及び第2の透明基板と、第1及び第2の透明基板の、液晶層側上方にそれぞれ形成され、液晶層に電圧を印加する第1及び第2の透明電極と、第1及び第2の透明基板の一方の、液晶層側上方に形成されたプリズム層とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の進行方向を変える光偏向を行う光偏向装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のヘッドライト等における配光切り替え技術として、液晶光学素子を用いることが提案されている。
【0003】
特許文献1は、一対の基板の一方の内面にプリズムを形成した液晶セルを用いて、光偏向を行う技術を開示する。電圧非印加状態と電圧印加状態とを切り替えて、液晶層の屈折率を変化させることにより、光の進行方向を変える。しかし、特許文献1が開示する技術では、液晶セルへの入射光の、偏光方向が相互に直交する2つの偏光成分うち、一方の偏光成分しか偏向させない。
【0004】
特許文献2は、偏光方向ごとに用意した2枚の液晶セルにより、両方の偏光成分を偏向させる技術を開示する。
【0005】
1枚の液晶セルで、入射光の両方の偏光成分を偏向させられる技術が望まれる。
【0006】
なお、特許文献3に示されるように、近年、液晶材料としてコレステリックブルー相の研究が進められており、高分子安定化処理によりコレステリックブルー相の発現温度範囲を拡大させる技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−147377号公報
【特許文献2】特開2009−26641号公報
【特許文献3】特開2003−327966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の一目的は、1枚の液晶セルで、入射光の直交する両偏光成分に対して、光の進行方向を変える光偏向を行うことができる光偏向装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一観点によれば、誘電率異方性が正の液晶分子を含み、電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す液晶層と、相互に対向配置され、前記液晶層を挟持する第1及び第2の透明基板と、前記第1及び第2の透明基板の、前記液晶層側上方にそれぞれ形成され、前記液晶層に電圧を印加する第1及び第2の透明電極と、前記第1及び第2の透明基板の一方の、前記液晶層側上方に形成されたプリズム層とを有する光偏向装置が提供される。
【発明の効果】
【0010】
液晶層への電圧印加により、液晶層の屈折率を、コレステリックブルー相の屈折率からホメオトロピック相の屈折率に変化させて、プリズムによる光偏向方向を変えることができる。コレステリックブルー相とホメオトロピック相を用いることにより、基板法線方向からの入射光の直交する両偏光成分を偏向させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の第1実施例の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。
【図2】図2は、プリズム層の概略斜視図、及びプリズムの断面形状の拡大図である。
【図3】図3は、ガラス基板上のプリズム層の概略平面図である。
【図4】図4は、ブルー相(ブルー相I)の構造を示す概略斜視図である。
【図5】図5は、応用例の照明装置を概略的に示す横方向断面図である。
【図6】図6A及び図6Bは、それぞれ、応用例の照明装置の、電圧非印加時と電圧印加時の投影像を概略的に示すスケッチである。
【図7】図7は、変形例の光偏向装置を示す概略断面図である。
【図8】図8は、第2実施例の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、本発明の第1実施例による光偏向液晶セルの構造及び作製方法について説明する。
【0013】
図1は、第1実施例の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。透明電極が形成された一対のガラス基板(透明電極2が形成されたガラス基板1、及び、透明電極12が形成されたガラス基板11)を用意した。ガラス基板1、11は、無アルカリガラスであり、厚さはそれぞれ0.7mmtである。透明電極2、12は、インジウムスズ酸化物(ITO)であり、厚さはそれぞれ150nmである。
【0014】
透明電極2、12は、所望の平面形状にパターニングされていることが望ましい。ITO膜は、例えば第二塩化鉄を用いたウエットエッチングや、レーザで不要なITO膜を除去する方法でパターニングできる。
【0015】
片側のガラス基板1の透明電極2上に、プリズム層3を形成した。プリズム層3は、ベース層3b上にプリズム3aが並んだ形状を有する。ベース層3bの厚さは、例えば2μm〜30μm程度である。
【0016】
図2は、プリズム層3の概略斜視図、及びプリズム3aの断面形状の拡大図である。各プリズム3aは、頂角75°、底角が15°及び90°の三角柱状であり、複数のプリズム3aが、プリズム長さ方向と直交する方向(プリズム幅方向)に並んでいる。プリズム3aの高さは約5.2μmであり、プリズム3aの底辺の長さ(プリズムのピッチ)は20μmである。
【0017】
プリズム層3の好適な材料について説明する。後の工程で、液晶セルのメインシール剤の焼成に例えば150℃以上での熱処理が行われる。また、第2実施例で後述するように、プリズム層3上に透明電極を形成する場合には、透明度の高い(抵抗の低い)透明電極形成のため例えば180℃以上での熱処理が行われる。また、(実施例では形成しないが、)プリズム層3上に垂直配向膜を形成する場合には、垂直配向膜の焼成に例えば160℃以上での熱処理が行われる。そこで、(例えば150℃以上の)高温での熱処理に対して、特性が劣化しにくいプリズム材料が望まれる。
【0018】
本願発明者は、複数のプリズム材料に対し、220℃で2時間ずつの熱処理を行い、熱処理前後での可視光領域の透過率の違いを評価した。その結果、アクリル系の紫外線(UV)硬化性樹脂が、短波長側でごく僅かに透過率の低下が見られるものの、ほぼ全可視波長域において熱処理前と同等の透過率を示し、特性(透過率)変化を少なくできることがわかった。なお、本明細書において、「特性(透過率)変化が少ない」とは、可視光領域(波長380nm〜780nm)での特性(透過率)変化が、熱処理前に比べて概ね2%以内である状態を示す。
【0019】
アクリル系UV硬化性樹脂は、耐熱性だけでなく、ガラスへの密着性も優れていると共に、金属には密着しにくい(離型性が良い)という性質を有しており、実施例によるプリズム材料として好適であることがわかった。なお、エポキシ系の樹脂も耐熱性に優れており、プリズム材料として使用可能であると考えられる。また、ポリイミドも使用可能である。
【0020】
図3は、ガラス基板1上のプリズム層3の概略平面図である。プリズム層3の作製方法について説明する。ガラス基板1の透明電極2上に、アクリル系UV硬化性樹脂3Rを滴下し、その上の所定位置に、プリズム層3の型が形成された金型(全体の大きさ:縦80mm×横80mm)を置き、厚手の石英部材などをガラス基板の裏側に配置して補強した状態でプレスを行った。UV硬化性樹脂3Rの滴下量は、プリズムの大きさ(プリズム形成領域の広さ)に合わせて調整した。
【0021】
プレスして1分以上放置し、UV硬化性樹脂を十分広げた後、ガラス基板1の裏側から紫外線を照射し、UV硬化性樹脂を硬化させた。紫外線の照射量は20J/cmとした。紫外線の照射量は、樹脂が硬化するように適宜設定すればよい。なお、ITOは紫外線を吸収するため、透明電極の膜厚が変われば紫外線照射量も変える必要があろう。なお、プリズム形成用の金型にはエア抜き用の微小な溝を形成してもよい。また、金型と基板とは真空中で重ね合わせてもよい。
【0022】
次に、プリズム層3の形成されたガラス基板1を、洗浄機で洗浄した。アルカリ洗剤を用いたブラシ洗浄、純水洗浄、エアーブロー、UV照射、及び赤外(IR)乾燥を順に行った。洗浄方法はこれに限らず、高圧スプレー洗浄やプラズマ洗浄等を行うこともできる。
【0023】
図1に戻って説明を続ける。次に、プリズム層3側のガラス基板1上に、ギャップコントロール剤を2wt%〜5wt%含んだメインシール剤16を形成した。形成方法として、スクリーン印刷やディスペンサが用いられる。プリズム3aの高さを含んだ(プリズムのベース層3bからの)液晶層15の厚さが、例えば10μm〜20μmとなるように、ギャップコントロール剤を選択した。ここでは、ギャップコントロール剤として径が30μmの積水化学製のプラスチックボールを選択し、これを三井化学製のシール剤ES−7500に4wt%添加して、メインシール剤とした。
【0024】
もう一方のガラス基板11上には、ギャップコントロール剤14として径が17μmの積水化学製のプラスチックボールを、乾式のギャップ散布機を用いて散布した。
【0025】
次に、両ガラス基板1、11の重ね合わせを行い、プレス機などで圧力を一定に加えた状態で熱処理することにより、メインシール剤を硬化させて、空セルを形成した。ここでは、150℃で3時間の熱処理を行った。
【0026】
なお、実施例では形成しなかったが、一方の基板1のプリズム層3上に垂直配向膜4を形成してもよく、他方の基板11の透明電極12上に垂直配向膜13を形成してもよい。垂直配向膜は、例えばポリイミドにより、フレキソ印刷等で成膜され、例えば180℃で焼成される。
【0027】
次に、空セルに、液晶材料を真空注入して、液晶層15を形成した。液晶注入後、注入口にエンドシール剤を塗布して液晶セルを封止した。なお、液晶層の形成方法は真空注入に限らず、例えばOne Drop Fill(ODF)法を用いてもよい。
【0028】
液晶層15を形成する液晶材料として、誘電率異方性Δεが正の液晶分子を含み、電圧非印加時に(所定の温度範囲で)コレステリックブルー相(以下、ブルー相と呼ぶこともある)を示すものを用いる。実施例では、フッ素系混合液晶であるJC1041−XX(チッソ製、Δn:0.142)と4−cyano−4’−pentylbiphenyl(5CB)(メルク製、Δn:0.184)を、1:1の割合で混合した混合液晶を用い、これにカイラル剤ZLI−4572(メルク製)を5.6%添加した。
【0029】
また、光重合性モノマーとして、一官能性の材料と二官能性の材料を混合した混合モノマーを添加した。具体的には、一官能性材料として、2−ethylhexylacrylate(EHA)(アルドリッチ製)を、二官能性材料としてRM257(メルク製)を用い、これらを70:30のモル比となるように混合した。
【0030】
また、光重合開始剤として、2,2−dimethoxy−2−phenylacetophenone(DMPDP)を用い、これを混合モノマーに対して5mol%となるように添加した。
【0031】
光重合開始剤を添加した光重合性混合モノマーを、カイラル剤を添加した混合液晶に対し8mol%となるように添加して、液晶層15を形成する液晶材料を調整した。
【0032】
このように形成した液晶セルを加熱すると、60℃付近の狭い温度範囲でブルー相を示した。ブルー相を示す温度に保ったまま、液晶セルに紫外線を照射し、光重合性モノマーを重合させ高分子ネットワークを形成させることにより、ブルー相の高分子安定化を行った。
【0033】
紫外線照射は、まず、1秒照射したら10秒無照射とする照射シーケンスを10回繰り返す間欠的な照射を行った。そして、間欠的な照射の後、3分間の連続的な照射を行った。紫外線強度は、30mW/cm(365nm)とした。なお、露光条件はこれに限らず、例えば、紫外線強度をもっと弱くすることもできる(ただし、光重合にかかる時間は長くなる)。
【0034】
高分子安定化処理された液晶セルは、−5℃〜60℃程度の広い温度範囲でブルー相を示した。なお、高分子安定化処理によりブルー相を示す温度範囲は、使用する液晶材料やその混合比、重合条件などを調整することによりさらに拡大することが可能であろう。
【0035】
以上のようにして、第1実施例の光偏向液晶セルを作製した。次に、第1実施例の光偏向液晶セルの動作について説明する。
【0036】
実施例の光偏向液晶セルは、電圧非印加時、ブルー相を示す。以下、ブルー相についての一般的な記載は、九州大学先導物質化学研究所融合材料部門ナノ組織化分野菊池研究室のホームページの解説記事(http://kikuchi-lab.cm.kyushu-u.ac.jp/kikuchilab/bluephase.html)を参照する。
【0037】
ブルー相は、光学的に等方性で、体心立方の対称性を有するブルー相I、単純立方の対称性を有するブルー相II、及び、等方性の対称性を有するブルー相IIIの3種類がある。最も低温側でブルー相Iが現れ、最も高温側でブルー相IIIが現れる。本実施例の光偏向液晶セルは、ブルー相Iを用いている。
【0038】
図4は、ブルー相Iの構造を示す概略斜視図である(上記解説記事による)。ブルー相では、中央付近の液晶分子については全ラテラル方向のねじれが許容された液晶分子の集合体である二重ねじれシリンダーCyを、互いに直交させて格子状に組み上げたような構造が形成されている。
【0039】
ブルー相は、光学的に等方性であるため、実施例の光偏向液晶セルの基板法線方向から見た液晶層の屈折率は、液晶材料の常光線屈折率noと異常光線屈折率neの平均的な値(2no+ne)/3になり、光偏向液晶セルへの入射光線(基板法線方向に進行する光線)の相互に直交する偏光成分の両方で等しくなる。
【0040】
一方、実施例の光偏向液晶セルは、電圧印加時、液晶層厚さ方向に電圧が印加され、正の誘電率異方性により、ブルー相における液晶分子のねじれ構造が解消しほぼ全ての液晶分子が基板垂直方向に立ち上がって、ホメオトロピック相を示す。
【0041】
ホメオトロピック相では、基板法線方向から見た液晶層の屈折率は、常光線屈折率noとなり、光偏向液晶セルへの入射光線(基板法線方向に進行する光線)の相互に直交する偏光成分の両方で等しくなる。
【0042】
実施例の液晶材料の常光線屈折率noは1.521であり、異常光線屈折率neは1.683である。従って、光偏向液晶セルへの入射光に対する液晶層の屈折率は、偏光方向に依らず、電圧非印加時のブルー相で1.574程度となり、電圧印加時のホメオトロピック相で1.521となると見積もられる。また、実施例のプリズム材料の屈折率は、1.51である。
【0043】
以上より、実施例の光偏向液晶セルは、電圧非印加時には、液晶層とプリズム層の屈折率が異なるので、プリズムの作用で入射光を偏向することとなる。一方、電圧印加時には、液晶層とプリズム層の屈折率が同等となり、入射光をほぼそのまま直進させることとなる。そして、このような作用は、入射光の偏光方向に依存しない。なお、第1の部材の屈折率と第2の部材の屈折率の差が、第1の部材の屈折率または第2の部材の屈折率に対して2%以内(より好ましくは1%以内)であるとき、両部材の屈折率が同等であるとする。
【0044】
なお、電圧印加時に液晶層とプリズム層の屈折率が同等となる実施例について説明しているが、プリズム層の屈折率はこれに限らない。プリズム層に対してブルー相とホメオトロピック相とで屈折率が変化すれば、プリズムによる偏向角度が変化するので、光の進行方向を振ることができる。例えば、(高い屈折率のプリズム材料が必要とはなるが)電圧非印加時に液晶層とプリズム層の屈折率が同等となるようにしてもよい。
【0045】
次に、第1実施例の光偏向液晶セルを光源と組み合わせて、車両のヘッドライトを想定した応用例の照明装置を作製し、電圧非印加時及び電圧印加時の投影像を観察した実験について説明する。
【0046】
図5は、応用例の照明装置を概略的に示す横方向断面図である。光源21として、高輝度放電(HID)ランプを用いた。光源21から放出された光線が、楕円型リフレクタ22で反射され、楕円型リフレクタ22の焦点に配置されたシェード23に集光される。シェード23を透過した光線が、レンズ24でほぼ平行光にされて、光偏向液晶セル25に入射する。光偏向液晶セル25を経て、照明装置から光が出射される。光偏向液晶セル25への印加電圧を、制御装置26が切り替える。
【0047】
光偏向液晶セル25は、ヘッドライト正面から見て(地面に対して)プリズム長さ方向が水平になるようにセットされている。また、プリズム側が光源21側になるようにセットされている(なお、プリズム側を光源21と反対側にしても、同様の光偏向作用が得られる)。
【0048】
図6A及び図6Bは、それぞれ、電圧非印加時と電圧印加時の投影像を概略的に示すスケッチである。図6Aに示すように、電圧非印加時に、きれいなカットオフパターンが投影されていた(ロービームに相当)。迷光など余分な方向には光は散っていなかった。
【0049】
図6Bに示すように、電圧印加により、投影像は、電圧非印加時とほぼ同じ大きさのまま連続的に、上方向に移動した(ハイビームに相当)。電圧非印加時のロービームと、電圧印加時のハイビームとで、明るさは同程度であった。電圧非印加時の投影像は残っておらず、光偏向液晶セルへの入射光はすべて偏向されていた。
【0050】
光の偏向角度は、印加電圧90Vで飽和し、最大の角度変化量は0.9°であった(最大の角度変化量は、電圧非印加時にプリズムで曲げられた光の進行方向と、充分に高い電圧印加時にそのまま直進する光の進行方向との差となる)。液晶分子が基板法線方向に立つまでは(つまり、充分高い電圧印加で、光がそのまま直進する状態となるまでは)、印加電圧の大きさに応じて屈折率も連続的に変化する。屈折率は、電界強度の二乗にほぼ比例して変化する。従って、電圧印加による偏向角度は、飽和を示す最大値まで、印加電圧に応じて連続的に変化させることができる。
【0051】
なお、第1実施例の光偏向液晶セルでは、プリズム側基板上の透明電極と液晶層との間にプリズム層が介在している。これに起因して、比較的高い駆動電圧が必要となっていると考えられる。
【0052】
なお、電圧印加による偏向角度の最大値は、プリズム斜面の角度(底角)を変化させて調整することが可能である。
【0053】
なお、図7に示す変形例のように、光偏向液晶セル27からの出射側に、プリズム等を含む補助光学系28を配置して、光偏向液晶セル27からの出射光Lを、さらに偏向させることができる。このように、補助偏向光学系を用いて、偏向角度の最大値を調整することも可能である。
【0054】
液晶分子の立ち上がりと立ち下がりの応答速度を、室温で測定したところ、立ち上がりが約200μsecであり、立ち下がりが約18μsecであった。例えばネマチック液晶に比べて、高速な応答が得られている。このように、ブルー相とホメオトロピック相の間の切り替えを利用することにより、高速動作する液晶素子が得られた。
【0055】
なお、光偏向液晶セルをセットする向きを上下反転して、電圧非印加時に相対的にハイビーム、電圧印加時に相対的にロービームとすることもできる。なお、フェールセーフの観点からは、電圧非印加状態でロービームが保たれる方が望ましい。
【0056】
なお、応用例として、上下方向に光偏向を行う照明装置について説明したが、プリズム長さ方向を変えることにより、偏向方向を変えることができる。例えば、左右方向の光偏向を行いたい場合は、光偏向液晶セルを、ヘッドライト正面から見て(地面に対して)プリズム長さ方向が垂直になるようにセットすればよい。
【0057】
以上説明したように、液晶セル内部にプリズム層を設け、ブルー相とホメオトロピック相を電圧で切り替えることにより、液晶層の屈折率を変化させて、光の進行方向を変える光偏向液晶セルとして機能させられる。
【0058】
ブルー相とホメオトロピック相を用いることにより、基板法線方向からの入射光の偏光方向に依らずに(つまり両方の偏光方向に対して)、光偏向を行うことができる。また、ブルー相とホメオトロピック相の間の切り替えを利用することにより、高速動作が得られる。
【0059】
次に、第2実施例の光偏向液晶セルについて説明する。
【0060】
図8は 第2実施例の光偏向液晶セルを概略的に示す厚さ方向断面図である。以下、第1実施例との違いについて説明する。第2実施例では、プリズム層3側のガラス基板31上に、透明電極を介さずに、プリズム層3が形成される。プリズム層3は、第1実施例と同様にして形成できる。
【0061】
第2実施例では、透明電極32が、プリズム層3の(液晶層側)上方に形成される。まず、プリズム層3を形成したガラス基板31を、第1実施例と同様にして洗浄する。ここで、透明電極32(ITO膜)の密着性を向上させるため、プリズム層3上にSiO膜33を形成することができる。SiO膜33は、例えば、基板温度を80℃とし、スパッタリング(交流放電)で、厚さ50nm形成する。
【0062】
次に、SiO膜33上に、例えば、基板温度を100℃とし、スパッタリング(交流放電)で、厚さ100nmのITO膜を形成して、透明電極32とする。SUSマスク、高温耐熱テープ等で不要部分をマスクすることにより、所望の部分に選択的にITO膜を成膜することができる。ITO膜の成膜後、ITO膜の透明性及び導電性向上のため例えば220℃で1時間の焼成を行う。
【0063】
なお、成膜方法として、スパッタリングの他に、真空蒸着、イオンビーム法、化学気相堆積(CVD)等を用いることもできる。この場合も、ITO膜の透明性及び導電性向上のため例えば220℃、1時間程度の焼成を行うことが好ましい。
【0064】
次に、透明電極32を形成したガラス基板31を、洗浄機で洗浄する。例えば、アルカリ洗剤を用いたブラシ洗浄、純水洗浄、エアーブロー、UV照射、及び赤外(IR)乾燥を順に行う。洗浄方法はこれに限らず、高圧スプレー洗浄やプラズマ洗浄等を行うこともできる。
【0065】
対向側のガラス基板11は、透明電極12が形成されたものである。透明電極12のITO膜は、レーザで不要なITO膜を除去してパターニングされている。第1実施例と同様に、両基板11、31を重ねて空セルを形成し、液晶層15を形成して、第2実施例の光偏向液晶セルを作製する。なお、必要に応じて、透明電極32上の配向膜4、透明電極12上の配向膜13を形成することもできる。
【0066】
液晶層15は、第1実施例と同様なものであり、電圧非印加時にブルー相を示す。さらに、第1実施例と同様にして、ブルー相の高分子安定化を行う。このようにして、第2実施例の光偏向液晶セルが作製される。
【0067】
第1実施例と同様に、電圧によりブルー相とホメオトロピック相とを切り替えて、光偏向を行うことができる。第2実施例では、プリズム側透明電極と液晶層との間にプリズム層が介在しないので、駆動電圧の低下が期待される。
【0068】
第2実施例の光偏向液晶セルを光源と組み合わせて、図5に示したような構造の、応用例の照明装置を作製し、電圧非印加時及び電圧印加時の投影像を観察した。第2実施例では、光の偏向角度は、印加電圧19Vで飽和した(最大の角度変化量は0.9°であった)。このように、第2実施例では、プリズム層上に透明電極を形成することにより、駆動電圧を第1実施例(90Vで飽和)に比べて低減させることができた。
【0069】
液晶分子の立ち上がりと立ち下がりの応答速度を、室温で測定したところ、立ち上がりが約300μsecであり、立ち下がりが約16μsecであった。第1実施例と同様に、高速動作する液晶素子が得られた。
【0070】
なお、以上の実施例の光偏向液晶セルは、車両のヘッドライト以外にも、各種照明装置に応用することができる。光源として、HID以外にも、発光ダイオード(LED)、電界放出型(FE)光源、蛍光灯等を用いることができる。
【0071】
また、照明に限らず、一般に、光の進行方向を変える用途に応用することができる。例えば、デジタルスチルカメラ、プロジェクター、ヘッドアップディスプレイ、3次元表示ディスプレイ等において、カメラ内に取り込まれる映像や、プロジェクターの画像(投影像)の方向を変える装置に応用することができる。なお、高速スイッチングが可能であるので、ビデオフレーム(倍速にも)対応できると期待される。
【0072】
以上実施例に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0073】
1、11、31 ガラス基板
2、12、32 透明電極
3 プリズム層
3a プリズム
3b ベース層
4、13 垂直配向膜
14 ギャップコントロール剤
15 液晶層
16 メインシール剤
33 SiO
21 HIDランプ
22 楕円型リフレクタ
23 シェード
24 レンズ
25 光偏向液晶セル
26 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘電率異方性が正の液晶分子を含み、電圧非印加状態でコレステリックブルー相を示す液晶層と、
相互に対向配置され、前記液晶層を挟持する第1及び第2の透明基板と、
前記第1及び第2の透明基板の、前記液晶層側上方にそれぞれ形成され、前記液晶層に電圧を印加する第1及び第2の透明電極と、
前記第1及び第2の透明基板の一方の、前記液晶層側上方に形成されたプリズム層と
を有する光偏向装置。
【請求項2】
前記液晶層の一部に高分子ネットワークが形成されて、前記コレステリックブルー相が高分子安定化されている請求項1に記載の光偏向装置。
【請求項3】
前記第1及び第2の透明電極のうち、前記プリズム層側の電極は、前記プリズム層の前記液晶層側上方に形成されている請求項1または2に記載の光偏向装置。
【請求項4】
前記液晶層が電圧印加により示すホメオトロピック相での屈折率と、前記プリズム層の屈折率とが、同等である請求項1〜3のいずれか1項に記載の光偏向装置。
【請求項5】
さらに、前記光偏向装置から出射した光の進行方向を変える補助偏向光学系を有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の光偏向装置。
【請求項6】
さらに、前記液晶層に光を入射させる光源を有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の光偏向装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−145571(P2011−145571A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7684(P2010−7684)
【出願日】平成22年1月18日(2010.1.18)
【出願人】(000002303)スタンレー電気株式会社 (2,684)
【Fターム(参考)】