光反応性アミノ酸を有する変異タンパク質
【課題】光機能性を有する変異タンパク質を提供する。
【解決手段】ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPのアミノ酸配列において、1又はそれ以上のアミノ酸を光反応性アミノ酸に置換し、光を照射することによって機能を制御することができる変異タンパク質を作製する。
【解決手段】ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPのアミノ酸配列において、1又はそれ以上のアミノ酸を光反応性アミノ酸に置換し、光を照射することによって機能を制御することができる変異タンパク質を作製する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を照射することによって機能の発現が制御されるという光機能性を有する変異タンパク質に関するものであり、その中でも特に、光機能性のDNA結合タンパク質に関するものである。さらに、本発明はガン(癌)の治療薬剤等に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
自身の塩基配列に遺伝情報を記憶しているDNAや、自身のアミノ酸同士の相互作用によって立体構造を形成して機能を発現しているタンパク質などの生体分子の機能を模倣した人工生体分子の研究は、物理、化学、生物、医学、薬学、情報科学などの広い分野で活発に行われている。生体分子の機能や動作原理を基本にした人工生体分子の機能化の最も有効で現実的な方法として、光を利用して人工生体分子の機能発現を制御する方法が検討されている。
【0003】
ところで、光の照射によって活性化されたり、失活されたりする生理活性物質は、ケージド化合物と呼ばれている。上記ケージド化合物は、生理活性物質内の活性に必須な部分を、光分解性の保護基によって保護することにより、通常の状態では活性を失っている化合物である。そして、上記ケージド化合物は、適当な波長および強さの光が照射されることによって、保護基が脱離し、本来の活性を取り戻すという性質を有している。ケージド化合物の一例として、アデノシン3リン酸、γ−1(2−ニトロフェニル)エチルエステルなどを挙げることができる。これらは試薬として実用化されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、光照射によって生体反応の制御を可能にするという光機能性を有するタンパク質については、実用化されるには至っていないのが現状である。上記のような光機能性タンパク質が実用化されれば、酵素活性、タンパク質の相互作用、リン酸化等の光照射による制御を可能にし、生体研究やバイオ産業の発展に寄与するものと思われる。さらに、上記光機能性タンパク質は、医薬分野にも応用できる可能性を有することから、非常に有用性が高い。
【0005】
また、生体機能の多くはタンパク質の働きに支配されている。このタンパク質としては、生体の活動に必要な酵素や器官を構成するものから、情報伝達や遺伝子発現にかかわるものまで存在し、生体内で精密に制御されている。これら生体の恒常性を維持するために働くタンパク質に異常をきたすと、多くの疾患を起こすことが知られている。その端的な一例はガンである。従来のガン治療は化学療法や放射線療法である。しかしながら、化学療法や放射線治療によるガン治療では、ガン細胞のみならず、正常な細胞にも薬物や放射線の影響を及ぼし、様々な副作用を引き起こす。ガン細胞選択的に治療が可能であれば、現在の不可避な副作用は著しく軽減され、治癒効率が極めて改善されることが期待される。即ち、生体中ではタンパク質によって最終的に機能が発現されるため、その機能を人為的に制御できれば、細胞のもつ生体機能の制御が可能になり、ガン細胞の除去などに大きく貢献することが期待される。
【0006】
本発明は上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、ヒト由来のDNA結合タンパク質であるhTBPに光反応性アミノ酸を導入し、光照射によって機能の発現を制御することが可能な変異タンパク質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、光を外部刺激とした生体内反応の発現および制御を可能とする光機能性デバイスの構築を目指し、4塩基コドン法を用いて光応答性分子として光反応性アミノ酸を組み込んだ光機能性の変異タンパク質の創製を試みた。その結果、光を照射することによって、天然型タンパク質に本来備えられている機能の発現を制御することが可能な光機能性を有する変異タンパク質を作製することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明に係る変異タンパク質は、タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする。
【0009】
多くのタンパク質の機能は構造によって制御されているため、その機能発現はタンパク質の構造に変化を加えることによって調節することができる。本発明においては、タンパク質の構造を変化させるために光反応性アミノ酸を使用する。上記光反応性アミノ酸とは、光が照射されることによって構造を変化させるアミノ酸である。上記光反応性アミノ酸としては、例えば、ケージド化合物のように光照射によって保護基が脱離する光分解性を有するもの、あるいは、照射する光の波長によってシス−トランス異性化反応を起こす光異性化性を有するものなどが挙げられる。
【0010】
即ち本発明においては、タンパク質のアミノ酸配列中の1以上のアミノ酸を、後述する4塩基コドン法を用いて上述のような光反応性アミノ酸に置換し、細胞内で発現できる系を構築することによって、目的とする変異タンパク質を得ることができるのである。このようにして得られた上記変異タンパク質は、通常の状態では構造が変化しているため、本来の機能を失っているが、適当な光を照射することによって天然型の構造に戻るなどして構造を変化させ、本来の機能を取り戻すことができる。それゆえ、本発明に係る変異タンパク質は、光が照射されることによって機能の発現を制御することができるという光機能性を有している。
【0011】
光機能性を有する上記変異タンパク質を細胞内に導入すれば、例えば、レーザー光などを細胞へ向けて照射することで、細胞の持つ情報伝達経路及び遺伝子発現経路へ直接外部から制御することが可能になる。従って、上記変異タンパク質は、生体研究やバイオ産業への高い利用価値を有している。
【0012】
本発明に係る変異タンパク質として、具体的には、配列番号8に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質を挙げることができる。
【0013】
配列番号8に示すアミノ酸配列は、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPのアミノ酸配列である。従って、上記変異タンパク質は、DNA結合タンパク質hTBPの変異タンパク質である。
【0014】
さらに具体的には、本発明の変異タンパク質は、配列番号8に示されるアミノ酸配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなる変異タンパク質である。
【0015】
上記変異タンパク質は、光反応性アミノ酸を用いているため、通常は不活性な状態である。そのため、活性を失った安全な状態で生体内へ導入することが可能である。上記変異タンパク質を生体内に導入し、例えば、レーザー光による局所的な光照射を行えば、細胞選択的に上記変異タンパク質の機能を発現させることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明に係る変異タンパク質は、タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする変異タンパク質である。
【0017】
上記変異タンパク質は、光の照射によって生体反応の制御をすることができるという光機能性タンパク質である。従って、上記変異タンパク質は、生体研究やバイオ産業、ひいては医薬分野にも種々に利用することができるため、バイオ産業および医薬分野の発展に多大に貢献することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の実施の形態であるDNA結合タンパク質hTBPの変異体、および、その参考例である制限酵素BamHIの変異体について、図1ないし図5および図13ないし図16を用いて以下に説明する。なお、本発明は特にこの記載に限定されるものではない。
【0019】
制限酵素BamHIは、2量化によって活性を持つエンドヌクレアーゼの一つである。上記BamHIは、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質である。また、配列番号1に示す塩基配列を有するcDNAは、上記BamHIをコードする遺伝子の一つである。
【0020】
図2(a)には、2量化したBamHIの模式図を示す。図2(a)に示すように、BamHIは各サブユニットBamHI−1とBamHI−2とが、図中矢印Aで示す位置(この位置を2量化インターフェースと称する。)において相互作用することによって、複合体を形成している。即ち、図2(b)に示すように、BamHI−1のαへリックス(α4)内の132番目のアミノ酸であるリジン(K132)及び133番目のアミノ酸であるヒスチジン(H133)と、BamHI−2のαへリックス(α6’)内の167番目及び170番目のアミノ酸である2つのグルタミン酸とを介して、側鎖が水素結合及び静電的な相互作用をすることによって2量体を形成している。このように2つのBamHIが2量化し複合体を形成することによって、図2(a)に示すように、BamHIの基質となるDNA3は、BamHI−1とBamHI−2との中間の位置において切断される。
【0021】
従って、配列番号2に示すアミノ酸配列において、132番目のアミノ酸であるリジン、133番目のアミノ酸であるヒスチジン、167、170番目のアミノ酸であるグルタミン酸は、上記BamHIが2量体を形成し、機能を発現して活性化するために必須の領域であると言える。
【0022】
本実施の形態に係る変異タンパク質は、上記BamHIにおいて、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって活性化されるものである。
【0023】
上記変異タンパク質においては、配列番号2に示すアミノ酸配列において、機能の発現に必須である132番目のリジン、133番目のヒスチジン、167及び170番目のグルタミン酸のうち、何れか1つのアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されることが好ましい。
【0024】
また、上記変異タンパク質は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、その配列中の132番目のリジンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。これによれば、後述の実施例にも示すように、光を照射することによって機能の発現を確実に制御することができる。
【0025】
上記光反応性アミノ酸としては、例えば、図3(a)に示す非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジン、図3(b)に示す非天然アミノ酸γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸などが挙げられる。なお、上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、リジンのε−アミノ基に、保護基として6−ニトロベラチロキシカルボニル(NVOC)基を導入することによって得られる。上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸のε−カルボキシル基に、保護基として6−ニトロベラチル基を導入することによって得られる。
【0026】
上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンでは、波長(λ)365nmの光を照射することによって、図4(a)に示すようなNVOC基の光脱離反応が起こり、ε−アミノ基が露出する。即ち、上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、波長365nmの光を照射することによってリジンとなる。
【0027】
また、上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸では、波長365nmの光を照射することによって、図4(b)に示すような6−ニトロベラチル基の光脱離反応が起こり、ε−カルボキシル基が露出する。即ち、上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、波長365nmの光を照射することによってグルタミン酸となる。従って、上記2つの光反応性アミノ酸は、光照射によって保護基が脱離するケージド化合物の一種である。
【0028】
上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、上述のように、波長365nmの光照射によってリジンとなる。従って、上記変異タンパク質は、配列番号1に示すアミノ酸配列中の132番目のリジンが、光反応性アミノ酸として、次に示す式(1)
【0029】
【化1】
【0030】
で表される非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンに置換されたものであることが好ましい。
【0031】
上記変異タンパク質は、波長365nmの光を照射することによって、NVOC基が脱離し、天然型BamHIとなることができる。即ち、上記変異タンパク質は、図1(a)に示すように、通常の状態では132番目のリジン(K132)がNVOC基に保護されて変異型BamHIとなっているため、2量化が阻害され、不活性(inactive)である。しかし、波長(λ)365nmの光を照射することによって、図1(b)に示すように、上記変異タンパク質からNVOC基が脱離するため、2量体が形成され、天然型BamHIと同じ構造になって活性化(active)される。
【0032】
なお、図5には、上記変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を模式的に示す。図5(a)においては、2つのBamHI変異タンパク質において、132番目の酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンおよび133番目のヒスチジンと、167番目および170番目の2つのグルタミン酸とが、それぞれのNVOC基に邪魔されて2量化を阻害されている様子を示す。一方、図5(b)には、波長365nmの光が照射されることによって、NVOC基が脱離した上記変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を示す。図5(b)に示すように、上記2つのBamHI変異タンパク質は、NVOC基が脱離することによって、天然型と同様に2量化インターフェースを形成することができる。
【0033】
本実施の形態において上記変異タンパク質の作製は、従来文献:T.Hohsaka, Y. Ashizuka, H. Taira, H. Murakami and M. Sisido, Biochemistry 2001, 40, 11060-1106に記載されている4塩基コドン法によって実施される。
【0034】
上記4塩基コドン法においては、4塩基アンチコドンを有するtRNAに上記光反応性アミノ酸を結合させ、アミノアシルtRNAを作製する。また、変異させるタンパク質のアミノ酸配列においては、置換を行うアミノ酸をコードするコドンを、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドンと置き換えて、変異遺伝子のmRNAを作製する。なお、上記変異遺伝子の作製は、従来公知の方法によって実施すればよい。このようにして得られた変異遺伝子のmRNAについて、上記4塩基アンチコドンを有するアミノアシルtRNAを添加して翻訳することによって、目的とする位置に上記光反応性アミノ酸が導入された変異タンパク質を得ることができる。上記4塩基コドン法による変異タンパク質の作製方法については、後述の実施例にて詳述する。
【0035】
DNA結合タンパク質hTBPから得られる変異タンパク質の実施の形態について、さらに説明する。
【0036】
ヒトなどの真核生物のクラスII転写(mRNAの合成)は、プロモーターに基本転写因子が結合し、制御することでRNAポリメラーゼIIに正確な位置からRNA合成を開始させる。上記hTBPは、この基本転写因子の一つであるTFIIDを構成し、DNAのTATAボックス位置に結合するDNA結合タンパク質である。
【0037】
図13は、ヒトのクラスII転写における基本転写因子TFIIA、TFIIB、TFIIC、TFIID、TFIIE、TFIIF、TFIIHと、DNAとの複合体に、RNAポリメラーゼが作用し、転写を行う様子を模式的に示す図である。基本転写因子TFIIDは、上記DNA結合タンパクhTBP(図中ではTBP)とTBP結合因子(図中ではTAFs)とから構成され、上記hTBPがDNAのプロモーター領域(Core promoter)内のTATAボックスと結合する。上記TFIIDが、基本転写因子の中で唯一DNAに配列特異的に結合し、この結合によって、DNAと基本転写因子との複合体は形成され、転写反応が行われる。
【0038】
このように、上記hTBPは、転写因子の機能を果たすために必須のタンパク質であり、その機能の発現を制御することで、遺伝子の発現の制御までをも行うことが可能である。従って、上記hTBPから本発明に係る変異タンパク質を作製すれば、光照射でその機能の発現を制御することによって、遺伝子の発現の制御を行うことができると思われ、有用性が高い。
【0039】
上記hTBPは、配列番号8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であり、配列番号7に示す塩基配列を有するcDNAは、上記hTBPをコードする遺伝子の一つである。従って、上記変異タンパク質は、配列番号8に示されるアミノ酸配列中の任意のアミノ酸が、光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されるものであってもよい。
【0040】
また、上記hTBPは、配列番号8に示すアミノ酸配列中の197番目および288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが、上記TATAボックスにインターカレートすることで、図14の模式図に示すように、結合するDNAをマイナーグルーブ側に90度折り曲げる性質を有している。このように、DNAを折り曲げることで、転写が活性化されるのである。即ち、上記配列中の197番目および288番目のフェニルアラニンは、上記hTBPにおいて、その機能を発現する上で必須のアミノ酸であると言える。
【0041】
従って、上記変異タンパク質は、配列番号8に示すアミノ酸配列において、その配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0042】
上記hTBPの変異タンパク質に導入される光反応性アミノ酸としては、例えば、次に示す式(2)
【0043】
【化2】
【0044】
で表される非天然アミノ酸を挙げることができる。なお、上記非天然アミノ酸は、図15(a)に示すフェニルアゾフェニルアラニンである。上記フェニルアゾフェニルアラニンは、波長365nmの光を照射することによって、ジアゾベンゼン基が図15(a)に示すトランス体から、図15(b)に示すシス体へ異性化される。さらに、図15(b)に示すシス体へ波長450nmの光を照射すると、図15(a)に示すトランス体へ異性化される。即ち、上記フェニルアゾフェニルアラニンは光異性化性を有するアミノ酸である。
【0045】
上記フェニルアゾフェニルアラニンを、4塩基コドン法を用いて、上記hTBPのアミノ酸配列中の197番目のフェニルアラニンと置換することによって得られた変異タンパク質の模式図を図16に示す。図16(a)は、上記変異タンパク質(図中TBP)の197番目のアミノ酸であるフェニルアゾフェニルアラニンがトランス体の場合を示す。この時、DNAは、図にも示されるように、天然型と同様に上記197番目のアミノ酸がDNAのTATAボックスにインターカレートし、DNAは折り曲げられる。従って、DNAの転写は活性化される。一方、図16(b)に示す変異タンパク質(図中TBP)は、197番目のアミノ酸であるフェニルアゾフェニルアラニンがシス体の場合のものである。この時、フェニルアゾフェニルアラニンはDNAにインターカレートせず、DNAの転写は行われないと予想される。
【0046】
即ち、上記変異タンパク質は、波長365nm、450nmの光をそれぞれ照射することによって、図16(a)から図16(b)へ、あるいは、図16(b)から図16(a)へ構造変化すると考えられる。従って、上記変異タンパク質は、光照射によって、機能の発現を制御することができる。
【0047】
なお、本発明に用いられるタンパク質の具体的な例としては、以上のような制限酵素BamHIおよびDNA結合タンパク質hTBPを挙げることができるが、本発明はこれに限定されるものではない。上記以外のものとしては、例えば、2つ以上のサブユニットからなるホモまたはヘテロの多量体を形成するタンパク質を用いることができる。上記多量体を形成するタンパク質は、生体中で各サブユニットである個々のタンパク質が単量体として存在する場合、その機能は不活性であるか、あるいは著しく活性の低下した状態であることが多い。従って、上記多量体を形成するタンパク質から、本発明の変異タンパク質を作製すれば、適当な波長及び強さの光を照射することによって、機能の発現を制御することができるため、生体研究などに有用である。
【0048】
また、その他のタンパク質としては、遺伝子発現制御に関わる転写因子、細胞内情報伝達に関わるタンパク質、あるいは、アポトーシスを誘導するカスパーゼなどを用いることが好ましい。
【0049】
上記転写因子の具体例として、上述の塩基配列中のTATAボックスに結合するDNA結合タンパク質hTBP、あるいはSTAT(signal transducer and activator transcription)、NF−κB(nuclear factor-κB)などを挙げることができる。上記細胞内情報伝達に関わるタンパク質として具体的には、細胞増殖のシグナルを伝達するRasタンパク質、STATなどを挙げることができる。Rasタンパク質は、GTP(グアノシン3リン酸)を結合した状態で活性化され、次にキナーゼであるRafタンパク質と結合し、シグナルを伝達する。Rasタンパク質から上記変異タンパク質を作製すれば、Rasタンパク質とGTPとの結合及び、Ras−GTPとRafタンパク質との結合を光照射によって制御することができる。
【0050】
また、インターフェロンをシグナルとして情報伝達と転写の活性化の両方を行うSTATは、リン酸化で活性化される。上記STATから上記変異タンパク質を作製し、光照射によってリン酸化されるようにすれば、情報伝達の制御を行うことができる。
【0051】
なお、本実施の形態においては、4塩基コドン法によって光反応性アミノ酸への置換を行っているが、本発明はこれに限定されることなく、他の置換方法を用いることもできる。上記置換方法として、例えば、アンバーサプレッション法、非天然塩基コドン法などを挙げることができる。
【0052】
変異させるタンパク質のアミノ酸配列中で、光反応性アミノ酸に置換するアミノ酸としては、そのタンパク質の立体構造、ひいてはその機能を維持する上で必須のアミノ酸を選択することが好ましい。これによれば、得られた変異タンパク質は、光照射をしない通常の状態では、著しく活性を失うことが可能であり、容易に機能の発現の制御を行うことができると考えられる。
【0053】
上記光反応性アミノ酸としては、側鎖(α−アミノ基、α−カルボキシル基以外の側鎖)に光反応性基を有するものであれば、特に限定されるものではないが、天然のアミノ酸の側鎖が光照射によって脱離する保護基で修飾されたものを用いることが好ましい。これによれば、光照射によって上記保護基が脱離し、天然のアミノ酸に戻ることができるため、上記変異タンパク質において活性を取り戻すことが可能である。上記保護基として、具体的には、NVOC基、6−ニトロベラチル基、ニトロベンジル基などを挙げることができ、天然のアミノ酸の側鎖に応じて適宜選択すればよい。
【0054】
また、上記光反応性アミノ酸として、側鎖に光異性化可能な構造を有するものを使用することもできる。この光反応性アミノ酸として、具体的には、フェニルアゾフェニルアラニンを挙げることができる。
【0055】
本発明に係る変異タンパク質は光反応性のアミノ酸を用いているので、安全な不活性の状態で細胞内に導入でき、レーザーによる局所的な光照射で細胞選択的にタンパクの発現を行うことが可能である。従って、アポトーシスを強力に誘導できるタンパク、例えばカスパーゼなどに光反応性アミノ酸を導入し変異タンパク質を作製した後、不活性な状態で細胞に導入し、導入後にガン化した細胞のみに選択的に光照射を行うことで、ガン細胞を死滅させることが可能になる。それゆえ、本発明に係る変異タンパクは、局部的な光照射を用いることによって、ガン細胞除去に応用することができる。
【0056】
さらに、昨今の光学機器の精密化、特に短パルス高ピークパワーのレーザーの開発によって、細胞透過性の良い長波長の光照射でも2光子反応を起こすことが可能になり、細胞内小器官程度の大きさのターゲットに対して空間的及び時間的に光反応制御を行うことが可能になってきている。そのため、上記変異タンパク質を生体内に導入した後、上記短パルス高ピークパワーのレーザーを用いて、ガン細胞のみに選択的にレーザー光を照射すれば、より確実にガン細胞のみを死滅させることができる。
【0057】
従って、本発明に係るガンの治療薬剤は、上記変異タンパク質を含んでなり、かつ、生体内に導入した後に、ガン細胞特異的に上述のレーザー光などの光を照射するという方法で利用することが好ましい。これによれば、上記変異タンパク質を含むガンの治療薬剤は、ガン細胞内だけで機能を発現し、ガン細胞を死滅させることができる。なお、上記治療薬剤に含まれる変異タンパク質は、機能を発現した場合に、ガン細胞を死滅させるように作用することが好ましい。上記変異タンパク質としては、例えば、細胞内の遺伝子を切断して発現を抑制するBamHIなどの制限酵素の変異体、あるいは、アポトーシスを誘導するカスパーゼなどの変異体であることが好ましい。
【0058】
なお、本発明は、以下の発明を含有するものであってもよい。
(1)タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されることを特徴とする変異タンパク質。
(2)前記変異タンパク質は、2量体を形成する制限酵素BamHIの変異体であることを特徴とする上記(1)欄に記載の変異タンパク質。
(3)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって活性化されることを特徴とする変異タンパク質。
(4)前記変異タンパク質は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、その配列中の132番目のアミノ酸であるリジンが前記光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする上記(2)欄または(3)欄に記載の変異タンパク質。
(5) 前記光反応性アミノ酸は、上記式(1)欄で表される非天然アミノ酸であることを特徴とする上記(4)欄に記載の変異タンパク質。
【実施例】
【0059】
〔参考例〕
本発明の参考例を、図6ないし図12を用いて説明する。本参考例においては、4塩基コドン法を用いて制限酵素BamHIより変異タンパク質を作製した。以下にその方法を示す。
【0060】
1.4塩基アンチコドンを導入したtRNAの合成
4塩基アンチコドンを導入したtRNAは、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のフェニルアラニンのtRNAの塩基配列に基づいて作製された。
【0061】
先ず、酵母由来のtRNAの塩基配列中に、4塩基アンチコドン「CCCG」を導入した塩基配列を含む2本鎖DNAが、DNA合成機によって合成された。合成された上記2本鎖DNAの塩基配列を、図6に模式的に示す。なお、図中において、A、T、G、Cは、それぞれアデニン、チミン、グアニン、シトシンを示し、上段に示す2本鎖DNAと下段に示す2本鎖DNAとは、それぞれaとa’と、またはbとb’とでつながっている。図6に示す上記2本鎖のセンス鎖は、5’末端から順に、EcoRI制限酵素配列、T7プロモーター配列、tRNAの配列、FokI制限酵素配列、BamHI制限酵素配列となっている。
【0062】
上記tRNAの塩基配列は、図6中の矢印Bに示すグアニンから、矢印Cに示すアデニンまでである。また、上記tRNA配列中の太字で示した部分「CCCG」が上記4塩基アンチコドンである。なお、上記tRNA配列は、配列番号4に示す塩基配列に相当する。配列番号4に示す塩基配列は、酵母由来のフェニルアラニンのtRNAの塩基配列中に、4塩基アンチコドン「CCCG」が挿入された塩基配列でもある。なお、配列番号4に示す塩基配列において、上記4塩基アンチコドンは、34番目から37番目の配列に相当する。
【0063】
続いて、合成された上記2本鎖DNAをpUG19プラスミドのEcoRIとBamHIの制限酵素サイトへ挿入した。上記2本鎖DNAが挿入されたプラスミドは、大腸菌DH5α株に導入され形質転換された後、アンピシリンで選択し精製した。上記プラスミドの配列はDNAシークエンシングによって確認された。その後、上記プラスミドは制限酵素FokIで切断され、T7RNAポリメラーゼによって転写された。この転写反応によって得られた4塩基アンチコドンが導入されたtRNAは、ポリアクリルゲル電気泳動によって精製された。
【0064】
2.非天然アミノ酸の合成
本参考例においては、光反応性アミノ酸として、図3に示す2つの非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジン、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸を合成した。
【0065】
Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、図7(a)から(c)に示す手順に従って合成された。この方法よって、Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、図7(c)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図7(a)から(b)の合成には、6−ニトロベラチルクロロフォルメートおよびNaHCO3が使用され、図7(b)から(c)の合成にはCNCH2Clが使用された。
【0066】
また、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、図7(d)から(h)に示す手順に従って合成された。この方法によって、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、図7(h)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図7(d)から(e)の合成には6−ニトロベラチルアルコールが使用され、図7(e)から(f)の合成にはトリフルオロ酢酸(TFA)が使用され、図7(f)から(g)の合成にはBoc2Oが使用され、図7(g)から(h)の合成にはCNCH2Clが使用された。
【0067】
上記の合成方法によって得られた上記2つの非天然アミノ酸は、1H−NMR及び質量分析ESI−MSで同定された。
【0068】
3.非天然アミノ酸の核酸2量体pdCpAへのアミノアシル化
図7(c)および(h)に示す非天然アミノ酸は、核酸2量体pdCpAへアミノアシル化され、図8(a)または(b)に示す化学式において、非天然アミノ酸由来のα−アミノ基がBoc基で保護された物質、pdCpA−Boc−NVOC−Lys、pdCpA−Boc−NVO−Gluがそれぞれ得られた。
【0069】
上記pdCpA−Boc−NVOC−Lysは、1HNaOHによってpdCpAとBoc−NVOC−Lysとに加水分解された。その結果を図9(a)、(b)に示す。図9に示すHPLC分析のチャートにおいて、横軸は保持時間(分)を示し、反応前後の試料中に含まれる物質を分析した結果を示すものである。なお、図9(a)が反応前、図9(b)が反応後である。図9(a)に示すピーク(保持時間約14.5分)は、pdCpA−Boc−NVOC−Lysを示し、図9(b)に示す左側のより大きなピーク(保持時間約7分)は、分解によって生成したpdCpAを、右側のより小さなピーク(保持時間約17分)は、分解によって生成したBoc−NVOC−Lysを示す。この結果より、pdCpA−Boc−NVOC−Lysは、pdCpAとBoc−NVOC−Lysとがエステル結合で結合していることがわかる。
【0070】
また、pdCpA−Boc−NVOC−Lysに波長365nmの光を照射した場合の、試料中に含まれる物質をHPLC分析で経時的に分析した結果を、時間の経過順に図9(c)から(e)に示す。図9(c)に示されるピーク(保持時間約14.5分)は、原料のpdCpA−Boc−NVOC−Lysを示す。図9(d)に示される右側のピーク(保持時間約14.5分)は、原料のpdCpA−Boc−NVOC−Lysを、左側のピークは、分解によって生成したpdCpA−Boc−Lysを示す。図9(e)に示される大きなピークは、分解して得られたpdCpA−Boc−Lysを示す。この結果より、光照射によって、容易にNVOC基が脱離することがわかる。なお、0℃におけるpdCpA−Boc−NVOC−Lysの半減期は2分であった。
【0071】
4.アミノアシルtRNAの合成
得られたpdCpA−Boc−NVOC−Lys及びpdCpA−Boc−NVO−Gluは、トリフルオロ酢酸(TFA)によって処理され、Boc基が脱保護され、図8(a)および(b)に示すNVOC−Lys−pdCpA、NVO−Glu−pdCpAが得られた。その後、NVOC−Lys−pdCpAおよびNVO−Glu−pdCpAは、3’末端のCAを欠いた4塩基アンチコドンが導入された上記tRNAとT4リガーゼによって結合された。これによって、図10(a)及び(b)に示すアミノアシルtRNA(即ち、NVOC−Lys−tRNAcccg及びNVO−Glu−tRNAcccg)が得られた。
【0072】
5.BamHI発現用プラスミドとBamHIのmRNAの合成
制限酵素BamHIをコードするcDNAの塩基配列は、プロテインデータバンク(PDB ID:1BAM)より得た。なお、この塩基配列は、配列番号1に示す塩基配列に相当する。この塩基配列をDNA合成機によって分割して合成し、オリゴマーのリン酸化及びライゲーションによって全長のcDNAを得た。得られたcDNAは、pUCベクターのEcoRI/BamHIサイトに組み込まれた。塩基配列はシークエンシングによって確認された。得られた全長のcDNAは、PCRによって増幅し、タンパク発現用のpET26bベクターのNdeI/XhoIサイトに導入され、BamHI発現用プラスミドが得られた。
【0073】
また、上記BamHI発現用プラスミドの上記cDNAの塩基配列において、BamHIタンパク質のアミノ酸配列の132番目のリジンをコードするコドン「AAA」(配列番号1に示す塩基配列において394から396番目)が、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。この塩基配列は、配列番号3に示す塩基配列に相当する。
【0074】
同様にして、167番目のグルタミン酸をコードするコドン「GAA」(配列番号1に示す塩基配列において499から501番目)、170番目のグルタミン酸をコードするコドン「GAA」(配列番号1に示す塩基配列において508から510番目)について、それぞれ上記4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。なお、この塩基配列は、配列番号5あるいは配列番号6に示す塩基配列に相当する。
【0075】
これらのプラスミド(T7プロモーターを有する)より、T7RNAポリメラーゼによる細胞外転写反応でmRNAを合成した。なお、ここで得られるmRNAは、天然型BamHIをコードする天然型mRNA及び、各部位に4塩基コドンが導入された変異型mRNA(3種)である。
【0076】
6.天然型BamHI及び変異型BamHIの細胞外翻訳反応
上述の4種のプラスミドを使用して、天然型BamHI及び光反応性アミノ酸NVOC−Lys又はNVOC−Gluを導入した変異型BamHIの合成を行った。上記変異型BamHIの翻訳反応においては、4塩基アンチコドンが導入されたアミノアシルtRNAを添加して翻訳反応を進めることによって、上記変異型mRNAの4塩基コドンに相当する位置において、上記アミノアシルtRNAに含まれるNVOC−Lys又はNVOC−Gluという光反応性アミノ酸に置換することができると考えられる。
【0077】
上記翻訳反応は、E.Coli S30 Extract Systemにおいて、温度37℃で、2時間行われた。これによって、BamHIタンパク質を得た。
【0078】
図11には、変異型mRNAのうち、132番目のリジンに相当するコドンが上記4塩基コドンに置換されたものについて行われた翻訳反応の結果を示す。なお、比較のために天然型BamHIについて翻訳反応を行った結果も併せて示す。図11は、上記翻訳反応よって得られた生成物について、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った結果を示す模式図である。図11において、レーン1は、天然型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーン2は、NVOC−Lys−tRNAを添加しない場合の、上記変異型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーン3は、NVOC−Lys−tRNAを添加した場合の、上記変異型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーンMは、分子量マーカーである。
【0079】
図11において、点線で囲んだ部分に示されるように、レーン1および3においては、分子量30kDa付近に全長のBamHIタンパク質のバンドが確認されたが、レーン2においては全長のBamHIタンパク質のバンドは検出されなかった。この結果より、NVOC−Lys−tRNAが存在したときのみ、変異型mRNAより全長のBamHIタンパク質が得られることが確認された。
【0080】
即ち、上記変異型mRNAは、NVOC−Lys−tRNAの存在下での翻訳反応によって、天然型BamHIのアミノ酸配列において132番目のリジンが光反応性アミノ酸であるNVOC−Lysに置換された変異タンパク質に翻訳される。この132番目のリジンがNVOC−Lysに置換された変異タンパク質を、変異型BamHI(K132X)と称する。
【0081】
7.変異型BamHI(K132X)のDNAの加水分解反応の光照射による制御
得られた天然型BamHI及び変異型BamHI(K132X)の、塩基配列特異的なDNAの加水分解反応の活性を、λDNAを基質として調べた。
【0082】
その結果を図12に示す。なお、図12は、加水分解反応後の試料について電気泳動を行って得られたゲルのパターンを示す模式図である。図12において、レーン1は、変異型BamHI(K132X)を光照射せずにλDNAと反応させたものである。レーン2は、変異型BamHI(K132X)を光照射後にλDNAと反応させたものである。レーンMは、DNAマーカーである。
【0083】
図12に示すように、光照射せずに変異型BamHI(K132X)をλDNAと反応させた場合は、レーン1に示すように、分解して得られるはずの7233bp、6527bp及び5626bpの生成物は全く得られなかった。一方、変異型BamHI(K132X)に対して光照射(波長365nm、0℃、20分間)を行った後に、λDNAと反応させた場合は、レーン2の点線で囲む部分に示すように、7233bpの分解生成物が得られた。また、図12では明瞭ではないが、レーン2では6237bp及び5626bpの分解生成物のバンドも弱いながら観察された。
【0084】
なお、天然型BamHIの結果については、図示されていないが、市販のBamHIと同様の加水分解活性及び塩基配列特異的な切断パターンを示した。
【0085】
この結果より、変異型BamHI(K132X)においては、光照射によって活性が発現されることが確認された。即ち、本参考例においては、光照射によってNVOC基が脱離し2量体を形成して、制限酵素としての機能を発現することのできる変異タンパク質BamHIを作製することに成功した。
【0086】
〔実施例〕
本発明の実施例を、図17ないし図20を用いて説明する。本実施例においては、4塩基コドン法を用いて、DNA結合タンパク質hTBPより変異タンパク質を作製した。以下にその方法を示す。
【0087】
1.非天然アミノ酸の合成
本実施例においては、光反応性アミノ酸として光異性化性を有する非天然アミノ酸フェニルアゾフェニルアラニン(Ph−Azo−Phe)(図15(a)参照)を使用した。
【0088】
Ph−Azo−Pheは、図17(a)から(d)に示す手順に従って合成された。この方法よって、Ph−Azo−Pheは、図17(d)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図17(a)から(b)の合成には、Boc2Oが使用され、図17(b)から(c)の合成には、ニトロソベンゼンが使用され、図17(c)から(d)の合成には、CNCH2Clが使用された。
【0089】
上記の合成方法によって得られた非天然アミノ酸Ph−Azo−Pheは、1H−NMR及び質量分析ESI−MSで同定された。
【0090】
図18には、上記Ph−Azo−Pheを波長365nmあるいは波長450nmの光照射による光異性化反応における、トランス体の量の変化を波長300nm付近の光の吸光度によって示す。なお、図18のグラフにおいて、横軸は波長(nm)を、縦軸は吸光度(abs)を示す。また、図18(a)は、波長365nmの光を照射した場合、図18(b)は、波長450nmの光を照射した場合を示す。図18(a)においては、矢印Dに示すトランス体の特徴を示す波長300nm付近の吸収ピークは、波長365nmの光の照射時間の経過とともに矢印Eのように減少する一方、波長440nm付近のシス体の特徴を示す吸収ピークは、照射時間の経過とともに増加しており、トランス体からシス体への光異性化反応が進んでいることを示す。また、図18(b)においては、シス体の特徴を示す波長440nm付近の吸収ピークは、波長450nmの光の照射時間の経過とともに減少する一方、矢印Fに示すトランス体の特徴を示す波長300nm付近の吸収ピークは、照射時間の経過とともに矢印Gに示すように増加している。即ち、図18(b)においては、波長450nmの光照射によって、シス体からトランス体への光異性化反応が進んでいることを示す。即ち、非天然アミノ酸Ph−Azo−Pheは、適当な波長の光照射によって、シス体からトランス体へ、または、トランス体からシス体へ構造を変化させることができる。
【0091】
2.非天然アミノ酸の核酸2量体pdCpAへのアミノアシル化、及び、アミノアシル−tRNAの合成
図17(d)に示す非天然アミノ酸は、参考例と同じ方法を用いて、核酸2量体pdCpAへアミノアシル化され、図19(a)に示す化学式において、非天然アミノ酸由来のα−アミノ基がBoc基で保護された物質、Boc−Ph−Azo−pdCpAを得た。上記Boc−Ph−Azo−pdCpAの構造は、1H−NMRで同定された。
【0092】
続いて、上記Boc−Ph−Azo−pdCpAは、TFAでBoc基が脱保護され、図19(a)に示すPh−Azo−Phe−pdCpAを得た。上記Ph−Azo−Phe−pdCpAは、参考例と同様に、3’末端のCAを欠いた4塩基アンチコドンが導入された上記tRNAとT4リガーゼによって結合された。これによって、図19(b)に示すアミノアシルtRNA(即ち、Ph−Azo−Phe−tRNAcccg)が得られた。
【0093】
3.hTBP発現用プラスミドとhTBPのmRNAの合成
ヒト由来のhTBPをコードするcDNAの塩基配列は、プロテインデータバンク(PDB ID:1VOL)より得た。なお、この塩基配列は、配列番号7に示す塩基配列に相当する。この塩基配列中の475番目から1017番目までをPCRによって増幅した。なお、配列番号8に示すアミノ酸配列は上記hTBPタンパク質のアミノ酸配列である。それゆえ、PCRによって増幅した配列番号7に示す塩基配列中の475番目から1017番目までの配列は、配列番号8に示すアミノ酸配列中の159番目のセリンから339番目のトレオニンをコードする遺伝子に相当する。得られたPCR産物は、pETベクターのNdeI/XhoIサイトに組み込まれ、プラスミドが作製された。
【0094】
また、配列番号7に示す塩基配列において、hTBPタンパク質のアミノ酸配列の197番目及び288番目のフェニルアラニン(それぞれPhe197、Phe288と称する)をコードするコドン「TTT」(配列番号7に示す塩基配列において589から591番目、及び、862から864番目)が、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。なお、この塩基配列は、それぞれ配列番号9又は配列番号10に示す塩基配列に相当する。
【0095】
得られたプラスミドの全ての配列は、シークエンシングによって確認された。これらのプラスミド(T7プロモーターを有する)より、T7RNAポリメラーゼによる細胞外転写反応でmRNAを合成した。なお、ここで得られるmRNAは、天然型hTBPをコードする天然型mRNA及び、各部位に4塩基コドンが導入された変異型mRNA(2種)である。
【0096】
4.天然型hTBP及び変異型hTBPの細胞外翻訳反応
上述の3種のプラスミドを使用して、天然型hTBPと光反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheを導入したhTBPの合成を行った。上記変異型hTBPの翻訳反応においては、4塩基アンチコドンが導入されたアミノアシルtRNAを添加して翻訳反応を進めることによって、上記変異型mRNAの4塩基コドンに相当する位置において、上記アミノアシルtRNAに含まれるPh−Azo−Pheという光反応性アミノ酸に置換することができると考えられる。
【0097】
上記翻訳反応は、E.Coli S30 Extract Systemにおいて、温度30℃で、4時間行われた。これによって、hTBPタンパク質を得た。
【0098】
図20には、上記翻訳反応によるhTBPの合成を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動で確認した結果を示す模式図である。図20において、各レーンは以下の通りである。レーン1は、天然型mRNAから生成した反応混合物である。レーン2は、Phe197に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン2は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加されていない場合である。レーン3は、Phe197に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン3は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加された場合である。レーン4は、Phe288に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン4は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加されていない場合である。レーン5は、Phe288に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン5は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加された場合である。レーンMは、分子量マーカーである。
【0099】
図20の模式図のレーン3及び、レーン5に示すように、変異型mRNAにおいては、アミノアシルtRNAが存在したときのみ、全長hTBPが生成した。即ち、本実施例では、アミノアシルtRNAの存在下において、上記変異型mRNAから、hTBPタンパク質のPhe197あるいはPhe288が、光反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheに置換された変異タンパク質を作製することができたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】本発明に係る変異タンパク質の一例であり、2量体を形成するBamHI変異タンパク質を示す模式図である。(a)は光が照射されていない状態、(b)は、光が照射された状態を示す。
【図2】(a)は、2量化した天然型BamHIの模式図を示す。(b)は、BamHIの2量化インターフェースにおける各アミノ酸残基間の相互作用の様子を示す模式図である。
【図3】光反応性アミノ酸の一例の構造を示す化学式である。(a)は、酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンであり、(b)は、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸である。
【図4】(a)は、6−ニトロベラチロキシカルボニル基の光脱離反応の様子を示す化学反応式であり、(b)は、6−ニトロベラチル基の光脱離反応の様子を示す化学反応式である。
【図5】本発明の参考形態であるBamHI変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を示す模式図である。(a)は、光が照射されていない状態で、(b)は、光が照射された状態である。
【図6】本発明の参考例において使用したtRNAを得るために作製した2本鎖DNAの塩基配列を示す模式図である。
【図7】本発明の参考例において行われた非天然アミノ酸の合成方法を示す化学式である。(a)から(c)は、Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンの合成方法であり、(d)から(h)は、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸の合成方法である。
【図8】(a)は、本発明の参考例において作製されたNVOC−Lys−pdCpAを示す化学式であり、(b)は、本実施例1において作製されたNVO−Glu−pdCpAを示す化学式である。
【図9】(a)および(b)は、1NNaOHによってpdCpA−Boc−NVOC−Lysを加水分解した場合の試料について、HPLC分析を行った場合の結果を示すグラフである。また、(c)から(e)は、pdCpA−Boc−NVOC−Lysを波長365nmの光照射によって分解させた場合の試料について、HPLC分析を行った場合の結果を示すグラフである。なお、(a)から(e)において、横軸は保持時間(分)を、縦軸は各成分の濃度を示す。
【図10】(a)は、光反応性アミノ酸NVOC−Lysを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。(b)は、光反応性アミノ酸NVOC−Gluを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。
【図11】本発明の参考例における翻訳反応よって得られた生成物について、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行って得られたゲルのパターンを示す模式図である。
【図12】本発明の参考例において作製された変異タンパク質を用いて行った加水分解反応後の試料について、電気泳動を行った後に得られたゲルのパターンを示す模式図である。
【図13】ヒトクラスII転写の様子を示す模式図である。
【図14】DNA結合タンパク質hTBPの構造を示す模式図である。
【図15】光反応性アミノ酸の一つフェニルアゾフェニルアラニンの構造を示す化学式である。(a)はトランス体であり、(b)はシス体である。
【図16】本実施の形態に係る変異タンパク質であるhTBPの変異体の構造を示す模式図である。(a)は、197番目のフェニルアゾフェニルアラニンがトランス体の場合であり、(b)は、197番目のフェニルアゾフェニルアラニンがシス体の場合である。
【図17】本発明の実施例において行われた非天然アミノ酸の合成方法を示す化学式である。
【図18】Ph−Azo−Pheの光照射によるシス−トランス光異性化の様子を紫外線可視吸収スペクトル測定を行って測定した結果を示すグラフである。なお、(a)、(b)において、横軸は波長(nm)を、縦軸は吸光度(abs)を示す。
【図19】(a)は、本発明の実施例において作製されたPh−Azo−Phe−pdCpAを示す化学式であり、(b)は、反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。
【図20】本発明の実施例において、翻訳反応によるhTBPの合成を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動で確認した結果を示すゲルのパターンの模式図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を照射することによって機能の発現が制御されるという光機能性を有する変異タンパク質に関するものであり、その中でも特に、光機能性のDNA結合タンパク質に関するものである。さらに、本発明はガン(癌)の治療薬剤等に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
自身の塩基配列に遺伝情報を記憶しているDNAや、自身のアミノ酸同士の相互作用によって立体構造を形成して機能を発現しているタンパク質などの生体分子の機能を模倣した人工生体分子の研究は、物理、化学、生物、医学、薬学、情報科学などの広い分野で活発に行われている。生体分子の機能や動作原理を基本にした人工生体分子の機能化の最も有効で現実的な方法として、光を利用して人工生体分子の機能発現を制御する方法が検討されている。
【0003】
ところで、光の照射によって活性化されたり、失活されたりする生理活性物質は、ケージド化合物と呼ばれている。上記ケージド化合物は、生理活性物質内の活性に必須な部分を、光分解性の保護基によって保護することにより、通常の状態では活性を失っている化合物である。そして、上記ケージド化合物は、適当な波長および強さの光が照射されることによって、保護基が脱離し、本来の活性を取り戻すという性質を有している。ケージド化合物の一例として、アデノシン3リン酸、γ−1(2−ニトロフェニル)エチルエステルなどを挙げることができる。これらは試薬として実用化されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、光照射によって生体反応の制御を可能にするという光機能性を有するタンパク質については、実用化されるには至っていないのが現状である。上記のような光機能性タンパク質が実用化されれば、酵素活性、タンパク質の相互作用、リン酸化等の光照射による制御を可能にし、生体研究やバイオ産業の発展に寄与するものと思われる。さらに、上記光機能性タンパク質は、医薬分野にも応用できる可能性を有することから、非常に有用性が高い。
【0005】
また、生体機能の多くはタンパク質の働きに支配されている。このタンパク質としては、生体の活動に必要な酵素や器官を構成するものから、情報伝達や遺伝子発現にかかわるものまで存在し、生体内で精密に制御されている。これら生体の恒常性を維持するために働くタンパク質に異常をきたすと、多くの疾患を起こすことが知られている。その端的な一例はガンである。従来のガン治療は化学療法や放射線療法である。しかしながら、化学療法や放射線治療によるガン治療では、ガン細胞のみならず、正常な細胞にも薬物や放射線の影響を及ぼし、様々な副作用を引き起こす。ガン細胞選択的に治療が可能であれば、現在の不可避な副作用は著しく軽減され、治癒効率が極めて改善されることが期待される。即ち、生体中ではタンパク質によって最終的に機能が発現されるため、その機能を人為的に制御できれば、細胞のもつ生体機能の制御が可能になり、ガン細胞の除去などに大きく貢献することが期待される。
【0006】
本発明は上記の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、ヒト由来のDNA結合タンパク質であるhTBPに光反応性アミノ酸を導入し、光照射によって機能の発現を制御することが可能な変異タンパク質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、光を外部刺激とした生体内反応の発現および制御を可能とする光機能性デバイスの構築を目指し、4塩基コドン法を用いて光応答性分子として光反応性アミノ酸を組み込んだ光機能性の変異タンパク質の創製を試みた。その結果、光を照射することによって、天然型タンパク質に本来備えられている機能の発現を制御することが可能な光機能性を有する変異タンパク質を作製することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明に係る変異タンパク質は、タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする。
【0009】
多くのタンパク質の機能は構造によって制御されているため、その機能発現はタンパク質の構造に変化を加えることによって調節することができる。本発明においては、タンパク質の構造を変化させるために光反応性アミノ酸を使用する。上記光反応性アミノ酸とは、光が照射されることによって構造を変化させるアミノ酸である。上記光反応性アミノ酸としては、例えば、ケージド化合物のように光照射によって保護基が脱離する光分解性を有するもの、あるいは、照射する光の波長によってシス−トランス異性化反応を起こす光異性化性を有するものなどが挙げられる。
【0010】
即ち本発明においては、タンパク質のアミノ酸配列中の1以上のアミノ酸を、後述する4塩基コドン法を用いて上述のような光反応性アミノ酸に置換し、細胞内で発現できる系を構築することによって、目的とする変異タンパク質を得ることができるのである。このようにして得られた上記変異タンパク質は、通常の状態では構造が変化しているため、本来の機能を失っているが、適当な光を照射することによって天然型の構造に戻るなどして構造を変化させ、本来の機能を取り戻すことができる。それゆえ、本発明に係る変異タンパク質は、光が照射されることによって機能の発現を制御することができるという光機能性を有している。
【0011】
光機能性を有する上記変異タンパク質を細胞内に導入すれば、例えば、レーザー光などを細胞へ向けて照射することで、細胞の持つ情報伝達経路及び遺伝子発現経路へ直接外部から制御することが可能になる。従って、上記変異タンパク質は、生体研究やバイオ産業への高い利用価値を有している。
【0012】
本発明に係る変異タンパク質として、具体的には、配列番号8に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質を挙げることができる。
【0013】
配列番号8に示すアミノ酸配列は、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPのアミノ酸配列である。従って、上記変異タンパク質は、DNA結合タンパク質hTBPの変異タンパク質である。
【0014】
さらに具体的には、本発明の変異タンパク質は、配列番号8に示されるアミノ酸配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなる変異タンパク質である。
【0015】
上記変異タンパク質は、光反応性アミノ酸を用いているため、通常は不活性な状態である。そのため、活性を失った安全な状態で生体内へ導入することが可能である。上記変異タンパク質を生体内に導入し、例えば、レーザー光による局所的な光照射を行えば、細胞選択的に上記変異タンパク質の機能を発現させることができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明に係る変異タンパク質は、タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする変異タンパク質である。
【0017】
上記変異タンパク質は、光の照射によって生体反応の制御をすることができるという光機能性タンパク質である。従って、上記変異タンパク質は、生体研究やバイオ産業、ひいては医薬分野にも種々に利用することができるため、バイオ産業および医薬分野の発展に多大に貢献することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の実施の形態であるDNA結合タンパク質hTBPの変異体、および、その参考例である制限酵素BamHIの変異体について、図1ないし図5および図13ないし図16を用いて以下に説明する。なお、本発明は特にこの記載に限定されるものではない。
【0019】
制限酵素BamHIは、2量化によって活性を持つエンドヌクレアーゼの一つである。上記BamHIは、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質である。また、配列番号1に示す塩基配列を有するcDNAは、上記BamHIをコードする遺伝子の一つである。
【0020】
図2(a)には、2量化したBamHIの模式図を示す。図2(a)に示すように、BamHIは各サブユニットBamHI−1とBamHI−2とが、図中矢印Aで示す位置(この位置を2量化インターフェースと称する。)において相互作用することによって、複合体を形成している。即ち、図2(b)に示すように、BamHI−1のαへリックス(α4)内の132番目のアミノ酸であるリジン(K132)及び133番目のアミノ酸であるヒスチジン(H133)と、BamHI−2のαへリックス(α6’)内の167番目及び170番目のアミノ酸である2つのグルタミン酸とを介して、側鎖が水素結合及び静電的な相互作用をすることによって2量体を形成している。このように2つのBamHIが2量化し複合体を形成することによって、図2(a)に示すように、BamHIの基質となるDNA3は、BamHI−1とBamHI−2との中間の位置において切断される。
【0021】
従って、配列番号2に示すアミノ酸配列において、132番目のアミノ酸であるリジン、133番目のアミノ酸であるヒスチジン、167、170番目のアミノ酸であるグルタミン酸は、上記BamHIが2量体を形成し、機能を発現して活性化するために必須の領域であると言える。
【0022】
本実施の形態に係る変異タンパク質は、上記BamHIにおいて、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって活性化されるものである。
【0023】
上記変異タンパク質においては、配列番号2に示すアミノ酸配列において、機能の発現に必須である132番目のリジン、133番目のヒスチジン、167及び170番目のグルタミン酸のうち、何れか1つのアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されることが好ましい。
【0024】
また、上記変異タンパク質は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、その配列中の132番目のリジンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることがさらに好ましい。これによれば、後述の実施例にも示すように、光を照射することによって機能の発現を確実に制御することができる。
【0025】
上記光反応性アミノ酸としては、例えば、図3(a)に示す非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジン、図3(b)に示す非天然アミノ酸γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸などが挙げられる。なお、上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、リジンのε−アミノ基に、保護基として6−ニトロベラチロキシカルボニル(NVOC)基を導入することによって得られる。上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸のε−カルボキシル基に、保護基として6−ニトロベラチル基を導入することによって得られる。
【0026】
上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンでは、波長(λ)365nmの光を照射することによって、図4(a)に示すようなNVOC基の光脱離反応が起こり、ε−アミノ基が露出する。即ち、上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、波長365nmの光を照射することによってリジンとなる。
【0027】
また、上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸では、波長365nmの光を照射することによって、図4(b)に示すような6−ニトロベラチル基の光脱離反応が起こり、ε−カルボキシル基が露出する。即ち、上記γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、波長365nmの光を照射することによってグルタミン酸となる。従って、上記2つの光反応性アミノ酸は、光照射によって保護基が脱離するケージド化合物の一種である。
【0028】
上記Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、上述のように、波長365nmの光照射によってリジンとなる。従って、上記変異タンパク質は、配列番号1に示すアミノ酸配列中の132番目のリジンが、光反応性アミノ酸として、次に示す式(1)
【0029】
【化1】
【0030】
で表される非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンに置換されたものであることが好ましい。
【0031】
上記変異タンパク質は、波長365nmの光を照射することによって、NVOC基が脱離し、天然型BamHIとなることができる。即ち、上記変異タンパク質は、図1(a)に示すように、通常の状態では132番目のリジン(K132)がNVOC基に保護されて変異型BamHIとなっているため、2量化が阻害され、不活性(inactive)である。しかし、波長(λ)365nmの光を照射することによって、図1(b)に示すように、上記変異タンパク質からNVOC基が脱離するため、2量体が形成され、天然型BamHIと同じ構造になって活性化(active)される。
【0032】
なお、図5には、上記変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を模式的に示す。図5(a)においては、2つのBamHI変異タンパク質において、132番目の酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンおよび133番目のヒスチジンと、167番目および170番目の2つのグルタミン酸とが、それぞれのNVOC基に邪魔されて2量化を阻害されている様子を示す。一方、図5(b)には、波長365nmの光が照射されることによって、NVOC基が脱離した上記変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を示す。図5(b)に示すように、上記2つのBamHI変異タンパク質は、NVOC基が脱離することによって、天然型と同様に2量化インターフェースを形成することができる。
【0033】
本実施の形態において上記変異タンパク質の作製は、従来文献:T.Hohsaka, Y. Ashizuka, H. Taira, H. Murakami and M. Sisido, Biochemistry 2001, 40, 11060-1106に記載されている4塩基コドン法によって実施される。
【0034】
上記4塩基コドン法においては、4塩基アンチコドンを有するtRNAに上記光反応性アミノ酸を結合させ、アミノアシルtRNAを作製する。また、変異させるタンパク質のアミノ酸配列においては、置換を行うアミノ酸をコードするコドンを、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドンと置き換えて、変異遺伝子のmRNAを作製する。なお、上記変異遺伝子の作製は、従来公知の方法によって実施すればよい。このようにして得られた変異遺伝子のmRNAについて、上記4塩基アンチコドンを有するアミノアシルtRNAを添加して翻訳することによって、目的とする位置に上記光反応性アミノ酸が導入された変異タンパク質を得ることができる。上記4塩基コドン法による変異タンパク質の作製方法については、後述の実施例にて詳述する。
【0035】
DNA結合タンパク質hTBPから得られる変異タンパク質の実施の形態について、さらに説明する。
【0036】
ヒトなどの真核生物のクラスII転写(mRNAの合成)は、プロモーターに基本転写因子が結合し、制御することでRNAポリメラーゼIIに正確な位置からRNA合成を開始させる。上記hTBPは、この基本転写因子の一つであるTFIIDを構成し、DNAのTATAボックス位置に結合するDNA結合タンパク質である。
【0037】
図13は、ヒトのクラスII転写における基本転写因子TFIIA、TFIIB、TFIIC、TFIID、TFIIE、TFIIF、TFIIHと、DNAとの複合体に、RNAポリメラーゼが作用し、転写を行う様子を模式的に示す図である。基本転写因子TFIIDは、上記DNA結合タンパクhTBP(図中ではTBP)とTBP結合因子(図中ではTAFs)とから構成され、上記hTBPがDNAのプロモーター領域(Core promoter)内のTATAボックスと結合する。上記TFIIDが、基本転写因子の中で唯一DNAに配列特異的に結合し、この結合によって、DNAと基本転写因子との複合体は形成され、転写反応が行われる。
【0038】
このように、上記hTBPは、転写因子の機能を果たすために必須のタンパク質であり、その機能の発現を制御することで、遺伝子の発現の制御までをも行うことが可能である。従って、上記hTBPから本発明に係る変異タンパク質を作製すれば、光照射でその機能の発現を制御することによって、遺伝子の発現の制御を行うことができると思われ、有用性が高い。
【0039】
上記hTBPは、配列番号8に示すアミノ酸配列を有するタンパク質であり、配列番号7に示す塩基配列を有するcDNAは、上記hTBPをコードする遺伝子の一つである。従って、上記変異タンパク質は、配列番号8に示されるアミノ酸配列中の任意のアミノ酸が、光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されるものであってもよい。
【0040】
また、上記hTBPは、配列番号8に示すアミノ酸配列中の197番目および288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが、上記TATAボックスにインターカレートすることで、図14の模式図に示すように、結合するDNAをマイナーグルーブ側に90度折り曲げる性質を有している。このように、DNAを折り曲げることで、転写が活性化されるのである。即ち、上記配列中の197番目および288番目のフェニルアラニンは、上記hTBPにおいて、その機能を発現する上で必須のアミノ酸であると言える。
【0041】
従って、上記変異タンパク質は、配列番号8に示すアミノ酸配列において、その配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0042】
上記hTBPの変異タンパク質に導入される光反応性アミノ酸としては、例えば、次に示す式(2)
【0043】
【化2】
【0044】
で表される非天然アミノ酸を挙げることができる。なお、上記非天然アミノ酸は、図15(a)に示すフェニルアゾフェニルアラニンである。上記フェニルアゾフェニルアラニンは、波長365nmの光を照射することによって、ジアゾベンゼン基が図15(a)に示すトランス体から、図15(b)に示すシス体へ異性化される。さらに、図15(b)に示すシス体へ波長450nmの光を照射すると、図15(a)に示すトランス体へ異性化される。即ち、上記フェニルアゾフェニルアラニンは光異性化性を有するアミノ酸である。
【0045】
上記フェニルアゾフェニルアラニンを、4塩基コドン法を用いて、上記hTBPのアミノ酸配列中の197番目のフェニルアラニンと置換することによって得られた変異タンパク質の模式図を図16に示す。図16(a)は、上記変異タンパク質(図中TBP)の197番目のアミノ酸であるフェニルアゾフェニルアラニンがトランス体の場合を示す。この時、DNAは、図にも示されるように、天然型と同様に上記197番目のアミノ酸がDNAのTATAボックスにインターカレートし、DNAは折り曲げられる。従って、DNAの転写は活性化される。一方、図16(b)に示す変異タンパク質(図中TBP)は、197番目のアミノ酸であるフェニルアゾフェニルアラニンがシス体の場合のものである。この時、フェニルアゾフェニルアラニンはDNAにインターカレートせず、DNAの転写は行われないと予想される。
【0046】
即ち、上記変異タンパク質は、波長365nm、450nmの光をそれぞれ照射することによって、図16(a)から図16(b)へ、あるいは、図16(b)から図16(a)へ構造変化すると考えられる。従って、上記変異タンパク質は、光照射によって、機能の発現を制御することができる。
【0047】
なお、本発明に用いられるタンパク質の具体的な例としては、以上のような制限酵素BamHIおよびDNA結合タンパク質hTBPを挙げることができるが、本発明はこれに限定されるものではない。上記以外のものとしては、例えば、2つ以上のサブユニットからなるホモまたはヘテロの多量体を形成するタンパク質を用いることができる。上記多量体を形成するタンパク質は、生体中で各サブユニットである個々のタンパク質が単量体として存在する場合、その機能は不活性であるか、あるいは著しく活性の低下した状態であることが多い。従って、上記多量体を形成するタンパク質から、本発明の変異タンパク質を作製すれば、適当な波長及び強さの光を照射することによって、機能の発現を制御することができるため、生体研究などに有用である。
【0048】
また、その他のタンパク質としては、遺伝子発現制御に関わる転写因子、細胞内情報伝達に関わるタンパク質、あるいは、アポトーシスを誘導するカスパーゼなどを用いることが好ましい。
【0049】
上記転写因子の具体例として、上述の塩基配列中のTATAボックスに結合するDNA結合タンパク質hTBP、あるいはSTAT(signal transducer and activator transcription)、NF−κB(nuclear factor-κB)などを挙げることができる。上記細胞内情報伝達に関わるタンパク質として具体的には、細胞増殖のシグナルを伝達するRasタンパク質、STATなどを挙げることができる。Rasタンパク質は、GTP(グアノシン3リン酸)を結合した状態で活性化され、次にキナーゼであるRafタンパク質と結合し、シグナルを伝達する。Rasタンパク質から上記変異タンパク質を作製すれば、Rasタンパク質とGTPとの結合及び、Ras−GTPとRafタンパク質との結合を光照射によって制御することができる。
【0050】
また、インターフェロンをシグナルとして情報伝達と転写の活性化の両方を行うSTATは、リン酸化で活性化される。上記STATから上記変異タンパク質を作製し、光照射によってリン酸化されるようにすれば、情報伝達の制御を行うことができる。
【0051】
なお、本実施の形態においては、4塩基コドン法によって光反応性アミノ酸への置換を行っているが、本発明はこれに限定されることなく、他の置換方法を用いることもできる。上記置換方法として、例えば、アンバーサプレッション法、非天然塩基コドン法などを挙げることができる。
【0052】
変異させるタンパク質のアミノ酸配列中で、光反応性アミノ酸に置換するアミノ酸としては、そのタンパク質の立体構造、ひいてはその機能を維持する上で必須のアミノ酸を選択することが好ましい。これによれば、得られた変異タンパク質は、光照射をしない通常の状態では、著しく活性を失うことが可能であり、容易に機能の発現の制御を行うことができると考えられる。
【0053】
上記光反応性アミノ酸としては、側鎖(α−アミノ基、α−カルボキシル基以外の側鎖)に光反応性基を有するものであれば、特に限定されるものではないが、天然のアミノ酸の側鎖が光照射によって脱離する保護基で修飾されたものを用いることが好ましい。これによれば、光照射によって上記保護基が脱離し、天然のアミノ酸に戻ることができるため、上記変異タンパク質において活性を取り戻すことが可能である。上記保護基として、具体的には、NVOC基、6−ニトロベラチル基、ニトロベンジル基などを挙げることができ、天然のアミノ酸の側鎖に応じて適宜選択すればよい。
【0054】
また、上記光反応性アミノ酸として、側鎖に光異性化可能な構造を有するものを使用することもできる。この光反応性アミノ酸として、具体的には、フェニルアゾフェニルアラニンを挙げることができる。
【0055】
本発明に係る変異タンパク質は光反応性のアミノ酸を用いているので、安全な不活性の状態で細胞内に導入でき、レーザーによる局所的な光照射で細胞選択的にタンパクの発現を行うことが可能である。従って、アポトーシスを強力に誘導できるタンパク、例えばカスパーゼなどに光反応性アミノ酸を導入し変異タンパク質を作製した後、不活性な状態で細胞に導入し、導入後にガン化した細胞のみに選択的に光照射を行うことで、ガン細胞を死滅させることが可能になる。それゆえ、本発明に係る変異タンパクは、局部的な光照射を用いることによって、ガン細胞除去に応用することができる。
【0056】
さらに、昨今の光学機器の精密化、特に短パルス高ピークパワーのレーザーの開発によって、細胞透過性の良い長波長の光照射でも2光子反応を起こすことが可能になり、細胞内小器官程度の大きさのターゲットに対して空間的及び時間的に光反応制御を行うことが可能になってきている。そのため、上記変異タンパク質を生体内に導入した後、上記短パルス高ピークパワーのレーザーを用いて、ガン細胞のみに選択的にレーザー光を照射すれば、より確実にガン細胞のみを死滅させることができる。
【0057】
従って、本発明に係るガンの治療薬剤は、上記変異タンパク質を含んでなり、かつ、生体内に導入した後に、ガン細胞特異的に上述のレーザー光などの光を照射するという方法で利用することが好ましい。これによれば、上記変異タンパク質を含むガンの治療薬剤は、ガン細胞内だけで機能を発現し、ガン細胞を死滅させることができる。なお、上記治療薬剤に含まれる変異タンパク質は、機能を発現した場合に、ガン細胞を死滅させるように作用することが好ましい。上記変異タンパク質としては、例えば、細胞内の遺伝子を切断して発現を抑制するBamHIなどの制限酵素の変異体、あるいは、アポトーシスを誘導するカスパーゼなどの変異体であることが好ましい。
【0058】
なお、本発明は、以下の発明を含有するものであってもよい。
(1)タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されることを特徴とする変異タンパク質。
(2)前記変異タンパク質は、2量体を形成する制限酵素BamHIの変異体であることを特徴とする上記(1)欄に記載の変異タンパク質。
(3)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって活性化されることを特徴とする変異タンパク質。
(4)前記変異タンパク質は、配列番号2に示すアミノ酸配列において、その配列中の132番目のアミノ酸であるリジンが前記光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする上記(2)欄または(3)欄に記載の変異タンパク質。
(5) 前記光反応性アミノ酸は、上記式(1)欄で表される非天然アミノ酸であることを特徴とする上記(4)欄に記載の変異タンパク質。
【実施例】
【0059】
〔参考例〕
本発明の参考例を、図6ないし図12を用いて説明する。本参考例においては、4塩基コドン法を用いて制限酵素BamHIより変異タンパク質を作製した。以下にその方法を示す。
【0060】
1.4塩基アンチコドンを導入したtRNAの合成
4塩基アンチコドンを導入したtRNAは、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のフェニルアラニンのtRNAの塩基配列に基づいて作製された。
【0061】
先ず、酵母由来のtRNAの塩基配列中に、4塩基アンチコドン「CCCG」を導入した塩基配列を含む2本鎖DNAが、DNA合成機によって合成された。合成された上記2本鎖DNAの塩基配列を、図6に模式的に示す。なお、図中において、A、T、G、Cは、それぞれアデニン、チミン、グアニン、シトシンを示し、上段に示す2本鎖DNAと下段に示す2本鎖DNAとは、それぞれaとa’と、またはbとb’とでつながっている。図6に示す上記2本鎖のセンス鎖は、5’末端から順に、EcoRI制限酵素配列、T7プロモーター配列、tRNAの配列、FokI制限酵素配列、BamHI制限酵素配列となっている。
【0062】
上記tRNAの塩基配列は、図6中の矢印Bに示すグアニンから、矢印Cに示すアデニンまでである。また、上記tRNA配列中の太字で示した部分「CCCG」が上記4塩基アンチコドンである。なお、上記tRNA配列は、配列番号4に示す塩基配列に相当する。配列番号4に示す塩基配列は、酵母由来のフェニルアラニンのtRNAの塩基配列中に、4塩基アンチコドン「CCCG」が挿入された塩基配列でもある。なお、配列番号4に示す塩基配列において、上記4塩基アンチコドンは、34番目から37番目の配列に相当する。
【0063】
続いて、合成された上記2本鎖DNAをpUG19プラスミドのEcoRIとBamHIの制限酵素サイトへ挿入した。上記2本鎖DNAが挿入されたプラスミドは、大腸菌DH5α株に導入され形質転換された後、アンピシリンで選択し精製した。上記プラスミドの配列はDNAシークエンシングによって確認された。その後、上記プラスミドは制限酵素FokIで切断され、T7RNAポリメラーゼによって転写された。この転写反応によって得られた4塩基アンチコドンが導入されたtRNAは、ポリアクリルゲル電気泳動によって精製された。
【0064】
2.非天然アミノ酸の合成
本参考例においては、光反応性アミノ酸として、図3に示す2つの非天然アミノ酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジン、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸を合成した。
【0065】
Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、図7(a)から(c)に示す手順に従って合成された。この方法よって、Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンは、図7(c)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図7(a)から(b)の合成には、6−ニトロベラチルクロロフォルメートおよびNaHCO3が使用され、図7(b)から(c)の合成にはCNCH2Clが使用された。
【0066】
また、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、図7(d)から(h)に示す手順に従って合成された。この方法によって、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸は、図7(h)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図7(d)から(e)の合成には6−ニトロベラチルアルコールが使用され、図7(e)から(f)の合成にはトリフルオロ酢酸(TFA)が使用され、図7(f)から(g)の合成にはBoc2Oが使用され、図7(g)から(h)の合成にはCNCH2Clが使用された。
【0067】
上記の合成方法によって得られた上記2つの非天然アミノ酸は、1H−NMR及び質量分析ESI−MSで同定された。
【0068】
3.非天然アミノ酸の核酸2量体pdCpAへのアミノアシル化
図7(c)および(h)に示す非天然アミノ酸は、核酸2量体pdCpAへアミノアシル化され、図8(a)または(b)に示す化学式において、非天然アミノ酸由来のα−アミノ基がBoc基で保護された物質、pdCpA−Boc−NVOC−Lys、pdCpA−Boc−NVO−Gluがそれぞれ得られた。
【0069】
上記pdCpA−Boc−NVOC−Lysは、1HNaOHによってpdCpAとBoc−NVOC−Lysとに加水分解された。その結果を図9(a)、(b)に示す。図9に示すHPLC分析のチャートにおいて、横軸は保持時間(分)を示し、反応前後の試料中に含まれる物質を分析した結果を示すものである。なお、図9(a)が反応前、図9(b)が反応後である。図9(a)に示すピーク(保持時間約14.5分)は、pdCpA−Boc−NVOC−Lysを示し、図9(b)に示す左側のより大きなピーク(保持時間約7分)は、分解によって生成したpdCpAを、右側のより小さなピーク(保持時間約17分)は、分解によって生成したBoc−NVOC−Lysを示す。この結果より、pdCpA−Boc−NVOC−Lysは、pdCpAとBoc−NVOC−Lysとがエステル結合で結合していることがわかる。
【0070】
また、pdCpA−Boc−NVOC−Lysに波長365nmの光を照射した場合の、試料中に含まれる物質をHPLC分析で経時的に分析した結果を、時間の経過順に図9(c)から(e)に示す。図9(c)に示されるピーク(保持時間約14.5分)は、原料のpdCpA−Boc−NVOC−Lysを示す。図9(d)に示される右側のピーク(保持時間約14.5分)は、原料のpdCpA−Boc−NVOC−Lysを、左側のピークは、分解によって生成したpdCpA−Boc−Lysを示す。図9(e)に示される大きなピークは、分解して得られたpdCpA−Boc−Lysを示す。この結果より、光照射によって、容易にNVOC基が脱離することがわかる。なお、0℃におけるpdCpA−Boc−NVOC−Lysの半減期は2分であった。
【0071】
4.アミノアシルtRNAの合成
得られたpdCpA−Boc−NVOC−Lys及びpdCpA−Boc−NVO−Gluは、トリフルオロ酢酸(TFA)によって処理され、Boc基が脱保護され、図8(a)および(b)に示すNVOC−Lys−pdCpA、NVO−Glu−pdCpAが得られた。その後、NVOC−Lys−pdCpAおよびNVO−Glu−pdCpAは、3’末端のCAを欠いた4塩基アンチコドンが導入された上記tRNAとT4リガーゼによって結合された。これによって、図10(a)及び(b)に示すアミノアシルtRNA(即ち、NVOC−Lys−tRNAcccg及びNVO−Glu−tRNAcccg)が得られた。
【0072】
5.BamHI発現用プラスミドとBamHIのmRNAの合成
制限酵素BamHIをコードするcDNAの塩基配列は、プロテインデータバンク(PDB ID:1BAM)より得た。なお、この塩基配列は、配列番号1に示す塩基配列に相当する。この塩基配列をDNA合成機によって分割して合成し、オリゴマーのリン酸化及びライゲーションによって全長のcDNAを得た。得られたcDNAは、pUCベクターのEcoRI/BamHIサイトに組み込まれた。塩基配列はシークエンシングによって確認された。得られた全長のcDNAは、PCRによって増幅し、タンパク発現用のpET26bベクターのNdeI/XhoIサイトに導入され、BamHI発現用プラスミドが得られた。
【0073】
また、上記BamHI発現用プラスミドの上記cDNAの塩基配列において、BamHIタンパク質のアミノ酸配列の132番目のリジンをコードするコドン「AAA」(配列番号1に示す塩基配列において394から396番目)が、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。この塩基配列は、配列番号3に示す塩基配列に相当する。
【0074】
同様にして、167番目のグルタミン酸をコードするコドン「GAA」(配列番号1に示す塩基配列において499から501番目)、170番目のグルタミン酸をコードするコドン「GAA」(配列番号1に示す塩基配列において508から510番目)について、それぞれ上記4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。なお、この塩基配列は、配列番号5あるいは配列番号6に示す塩基配列に相当する。
【0075】
これらのプラスミド(T7プロモーターを有する)より、T7RNAポリメラーゼによる細胞外転写反応でmRNAを合成した。なお、ここで得られるmRNAは、天然型BamHIをコードする天然型mRNA及び、各部位に4塩基コドンが導入された変異型mRNA(3種)である。
【0076】
6.天然型BamHI及び変異型BamHIの細胞外翻訳反応
上述の4種のプラスミドを使用して、天然型BamHI及び光反応性アミノ酸NVOC−Lys又はNVOC−Gluを導入した変異型BamHIの合成を行った。上記変異型BamHIの翻訳反応においては、4塩基アンチコドンが導入されたアミノアシルtRNAを添加して翻訳反応を進めることによって、上記変異型mRNAの4塩基コドンに相当する位置において、上記アミノアシルtRNAに含まれるNVOC−Lys又はNVOC−Gluという光反応性アミノ酸に置換することができると考えられる。
【0077】
上記翻訳反応は、E.Coli S30 Extract Systemにおいて、温度37℃で、2時間行われた。これによって、BamHIタンパク質を得た。
【0078】
図11には、変異型mRNAのうち、132番目のリジンに相当するコドンが上記4塩基コドンに置換されたものについて行われた翻訳反応の結果を示す。なお、比較のために天然型BamHIについて翻訳反応を行った結果も併せて示す。図11は、上記翻訳反応よって得られた生成物について、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った結果を示す模式図である。図11において、レーン1は、天然型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーン2は、NVOC−Lys−tRNAを添加しない場合の、上記変異型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーン3は、NVOC−Lys−tRNAを添加した場合の、上記変異型mRNAから得られた反応後の生成物である。レーンMは、分子量マーカーである。
【0079】
図11において、点線で囲んだ部分に示されるように、レーン1および3においては、分子量30kDa付近に全長のBamHIタンパク質のバンドが確認されたが、レーン2においては全長のBamHIタンパク質のバンドは検出されなかった。この結果より、NVOC−Lys−tRNAが存在したときのみ、変異型mRNAより全長のBamHIタンパク質が得られることが確認された。
【0080】
即ち、上記変異型mRNAは、NVOC−Lys−tRNAの存在下での翻訳反応によって、天然型BamHIのアミノ酸配列において132番目のリジンが光反応性アミノ酸であるNVOC−Lysに置換された変異タンパク質に翻訳される。この132番目のリジンがNVOC−Lysに置換された変異タンパク質を、変異型BamHI(K132X)と称する。
【0081】
7.変異型BamHI(K132X)のDNAの加水分解反応の光照射による制御
得られた天然型BamHI及び変異型BamHI(K132X)の、塩基配列特異的なDNAの加水分解反応の活性を、λDNAを基質として調べた。
【0082】
その結果を図12に示す。なお、図12は、加水分解反応後の試料について電気泳動を行って得られたゲルのパターンを示す模式図である。図12において、レーン1は、変異型BamHI(K132X)を光照射せずにλDNAと反応させたものである。レーン2は、変異型BamHI(K132X)を光照射後にλDNAと反応させたものである。レーンMは、DNAマーカーである。
【0083】
図12に示すように、光照射せずに変異型BamHI(K132X)をλDNAと反応させた場合は、レーン1に示すように、分解して得られるはずの7233bp、6527bp及び5626bpの生成物は全く得られなかった。一方、変異型BamHI(K132X)に対して光照射(波長365nm、0℃、20分間)を行った後に、λDNAと反応させた場合は、レーン2の点線で囲む部分に示すように、7233bpの分解生成物が得られた。また、図12では明瞭ではないが、レーン2では6237bp及び5626bpの分解生成物のバンドも弱いながら観察された。
【0084】
なお、天然型BamHIの結果については、図示されていないが、市販のBamHIと同様の加水分解活性及び塩基配列特異的な切断パターンを示した。
【0085】
この結果より、変異型BamHI(K132X)においては、光照射によって活性が発現されることが確認された。即ち、本参考例においては、光照射によってNVOC基が脱離し2量体を形成して、制限酵素としての機能を発現することのできる変異タンパク質BamHIを作製することに成功した。
【0086】
〔実施例〕
本発明の実施例を、図17ないし図20を用いて説明する。本実施例においては、4塩基コドン法を用いて、DNA結合タンパク質hTBPより変異タンパク質を作製した。以下にその方法を示す。
【0087】
1.非天然アミノ酸の合成
本実施例においては、光反応性アミノ酸として光異性化性を有する非天然アミノ酸フェニルアゾフェニルアラニン(Ph−Azo−Phe)(図15(a)参照)を使用した。
【0088】
Ph−Azo−Pheは、図17(a)から(d)に示す手順に従って合成された。この方法よって、Ph−Azo−Pheは、図17(d)に示すようなα−アミノ基とα−カルボキシル基とが、それぞれt−ブトキシ基とシアノメチル基とで保護された形で得られた。なお、図17(a)から(b)の合成には、Boc2Oが使用され、図17(b)から(c)の合成には、ニトロソベンゼンが使用され、図17(c)から(d)の合成には、CNCH2Clが使用された。
【0089】
上記の合成方法によって得られた非天然アミノ酸Ph−Azo−Pheは、1H−NMR及び質量分析ESI−MSで同定された。
【0090】
図18には、上記Ph−Azo−Pheを波長365nmあるいは波長450nmの光照射による光異性化反応における、トランス体の量の変化を波長300nm付近の光の吸光度によって示す。なお、図18のグラフにおいて、横軸は波長(nm)を、縦軸は吸光度(abs)を示す。また、図18(a)は、波長365nmの光を照射した場合、図18(b)は、波長450nmの光を照射した場合を示す。図18(a)においては、矢印Dに示すトランス体の特徴を示す波長300nm付近の吸収ピークは、波長365nmの光の照射時間の経過とともに矢印Eのように減少する一方、波長440nm付近のシス体の特徴を示す吸収ピークは、照射時間の経過とともに増加しており、トランス体からシス体への光異性化反応が進んでいることを示す。また、図18(b)においては、シス体の特徴を示す波長440nm付近の吸収ピークは、波長450nmの光の照射時間の経過とともに減少する一方、矢印Fに示すトランス体の特徴を示す波長300nm付近の吸収ピークは、照射時間の経過とともに矢印Gに示すように増加している。即ち、図18(b)においては、波長450nmの光照射によって、シス体からトランス体への光異性化反応が進んでいることを示す。即ち、非天然アミノ酸Ph−Azo−Pheは、適当な波長の光照射によって、シス体からトランス体へ、または、トランス体からシス体へ構造を変化させることができる。
【0091】
2.非天然アミノ酸の核酸2量体pdCpAへのアミノアシル化、及び、アミノアシル−tRNAの合成
図17(d)に示す非天然アミノ酸は、参考例と同じ方法を用いて、核酸2量体pdCpAへアミノアシル化され、図19(a)に示す化学式において、非天然アミノ酸由来のα−アミノ基がBoc基で保護された物質、Boc−Ph−Azo−pdCpAを得た。上記Boc−Ph−Azo−pdCpAの構造は、1H−NMRで同定された。
【0092】
続いて、上記Boc−Ph−Azo−pdCpAは、TFAでBoc基が脱保護され、図19(a)に示すPh−Azo−Phe−pdCpAを得た。上記Ph−Azo−Phe−pdCpAは、参考例と同様に、3’末端のCAを欠いた4塩基アンチコドンが導入された上記tRNAとT4リガーゼによって結合された。これによって、図19(b)に示すアミノアシルtRNA(即ち、Ph−Azo−Phe−tRNAcccg)が得られた。
【0093】
3.hTBP発現用プラスミドとhTBPのmRNAの合成
ヒト由来のhTBPをコードするcDNAの塩基配列は、プロテインデータバンク(PDB ID:1VOL)より得た。なお、この塩基配列は、配列番号7に示す塩基配列に相当する。この塩基配列中の475番目から1017番目までをPCRによって増幅した。なお、配列番号8に示すアミノ酸配列は上記hTBPタンパク質のアミノ酸配列である。それゆえ、PCRによって増幅した配列番号7に示す塩基配列中の475番目から1017番目までの配列は、配列番号8に示すアミノ酸配列中の159番目のセリンから339番目のトレオニンをコードする遺伝子に相当する。得られたPCR産物は、pETベクターのNdeI/XhoIサイトに組み込まれ、プラスミドが作製された。
【0094】
また、配列番号7に示す塩基配列において、hTBPタンパク質のアミノ酸配列の197番目及び288番目のフェニルアラニン(それぞれPhe197、Phe288と称する)をコードするコドン「TTT」(配列番号7に示す塩基配列において589から591番目、及び、862から864番目)が、上記4塩基アンチコドンに対応する4塩基コドン「CGGG」に置換された塩基配列を有するプラスミドが作製された。なお、この塩基配列は、それぞれ配列番号9又は配列番号10に示す塩基配列に相当する。
【0095】
得られたプラスミドの全ての配列は、シークエンシングによって確認された。これらのプラスミド(T7プロモーターを有する)より、T7RNAポリメラーゼによる細胞外転写反応でmRNAを合成した。なお、ここで得られるmRNAは、天然型hTBPをコードする天然型mRNA及び、各部位に4塩基コドンが導入された変異型mRNA(2種)である。
【0096】
4.天然型hTBP及び変異型hTBPの細胞外翻訳反応
上述の3種のプラスミドを使用して、天然型hTBPと光反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheを導入したhTBPの合成を行った。上記変異型hTBPの翻訳反応においては、4塩基アンチコドンが導入されたアミノアシルtRNAを添加して翻訳反応を進めることによって、上記変異型mRNAの4塩基コドンに相当する位置において、上記アミノアシルtRNAに含まれるPh−Azo−Pheという光反応性アミノ酸に置換することができると考えられる。
【0097】
上記翻訳反応は、E.Coli S30 Extract Systemにおいて、温度30℃で、4時間行われた。これによって、hTBPタンパク質を得た。
【0098】
図20には、上記翻訳反応によるhTBPの合成を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動で確認した結果を示す模式図である。図20において、各レーンは以下の通りである。レーン1は、天然型mRNAから生成した反応混合物である。レーン2は、Phe197に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン2は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加されていない場合である。レーン3は、Phe197に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン3は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加された場合である。レーン4は、Phe288に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン4は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加されていない場合である。レーン5は、Phe288に4塩基コドンを導入したDNAから転写した変異型mRNAより生成した反応混合物である。なお、レーン5は、Ph−Azo−Phe−tRNAcccgが添加された場合である。レーンMは、分子量マーカーである。
【0099】
図20の模式図のレーン3及び、レーン5に示すように、変異型mRNAにおいては、アミノアシルtRNAが存在したときのみ、全長hTBPが生成した。即ち、本実施例では、アミノアシルtRNAの存在下において、上記変異型mRNAから、hTBPタンパク質のPhe197あるいはPhe288が、光反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheに置換された変異タンパク質を作製することができたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】本発明に係る変異タンパク質の一例であり、2量体を形成するBamHI変異タンパク質を示す模式図である。(a)は光が照射されていない状態、(b)は、光が照射された状態を示す。
【図2】(a)は、2量化した天然型BamHIの模式図を示す。(b)は、BamHIの2量化インターフェースにおける各アミノ酸残基間の相互作用の様子を示す模式図である。
【図3】光反応性アミノ酸の一例の構造を示す化学式である。(a)は、酸Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンであり、(b)は、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸である。
【図4】(a)は、6−ニトロベラチロキシカルボニル基の光脱離反応の様子を示す化学反応式であり、(b)は、6−ニトロベラチル基の光脱離反応の様子を示す化学反応式である。
【図5】本発明の参考形態であるBamHI変異タンパク質の2量化インターフェースの部分を示す模式図である。(a)は、光が照射されていない状態で、(b)は、光が照射された状態である。
【図6】本発明の参考例において使用したtRNAを得るために作製した2本鎖DNAの塩基配列を示す模式図である。
【図7】本発明の参考例において行われた非天然アミノ酸の合成方法を示す化学式である。(a)から(c)は、Nε−(6−ニトロベラチロキシカルボニル)リジンの合成方法であり、(d)から(h)は、γ−6−ニトロベラチルグルタミン酸の合成方法である。
【図8】(a)は、本発明の参考例において作製されたNVOC−Lys−pdCpAを示す化学式であり、(b)は、本実施例1において作製されたNVO−Glu−pdCpAを示す化学式である。
【図9】(a)および(b)は、1NNaOHによってpdCpA−Boc−NVOC−Lysを加水分解した場合の試料について、HPLC分析を行った場合の結果を示すグラフである。また、(c)から(e)は、pdCpA−Boc−NVOC−Lysを波長365nmの光照射によって分解させた場合の試料について、HPLC分析を行った場合の結果を示すグラフである。なお、(a)から(e)において、横軸は保持時間(分)を、縦軸は各成分の濃度を示す。
【図10】(a)は、光反応性アミノ酸NVOC−Lysを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。(b)は、光反応性アミノ酸NVOC−Gluを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。
【図11】本発明の参考例における翻訳反応よって得られた生成物について、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行って得られたゲルのパターンを示す模式図である。
【図12】本発明の参考例において作製された変異タンパク質を用いて行った加水分解反応後の試料について、電気泳動を行った後に得られたゲルのパターンを示す模式図である。
【図13】ヒトクラスII転写の様子を示す模式図である。
【図14】DNA結合タンパク質hTBPの構造を示す模式図である。
【図15】光反応性アミノ酸の一つフェニルアゾフェニルアラニンの構造を示す化学式である。(a)はトランス体であり、(b)はシス体である。
【図16】本実施の形態に係る変異タンパク質であるhTBPの変異体の構造を示す模式図である。(a)は、197番目のフェニルアゾフェニルアラニンがトランス体の場合であり、(b)は、197番目のフェニルアゾフェニルアラニンがシス体の場合である。
【図17】本発明の実施例において行われた非天然アミノ酸の合成方法を示す化学式である。
【図18】Ph−Azo−Pheの光照射によるシス−トランス光異性化の様子を紫外線可視吸収スペクトル測定を行って測定した結果を示すグラフである。なお、(a)、(b)において、横軸は波長(nm)を、縦軸は吸光度(abs)を示す。
【図19】(a)は、本発明の実施例において作製されたPh−Azo−Phe−pdCpAを示す化学式であり、(b)は、反応性アミノ酸Ph−Azo−Pheを導入したアミノアシルtRNAの構造を示す模式図である。
【図20】本発明の実施例において、翻訳反応によるhTBPの合成を、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動で確認した結果を示すゲルのパターンの模式図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、
ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項2】
配列番号8に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項3】
配列番号8に示されるアミノ酸配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項4】
前記光反応性アミノ酸は、次に示す式(2)
【化1】
で表される非天然アミノ酸であることを特徴とする請求項3に記載の変異タンパク質。
【請求項1】
タンパク質のアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換され、かつ光を照射することによって機能の発現が制御される変異タンパク質であって、
ヒト由来のDNA結合タンパク質hTBPの変異体であることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項2】
配列番号8に示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなり、かつ光を照射することによって機能の発現が制御されることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項3】
配列番号8に示されるアミノ酸配列中の197番目又は288番目のアミノ酸であるフェニルアラニンが光反応性アミノ酸に置換されたアミノ酸配列からなることを特徴とする変異タンパク質。
【請求項4】
前記光反応性アミノ酸は、次に示す式(2)
【化1】
で表される非天然アミノ酸であることを特徴とする請求項3に記載の変異タンパク質。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図11】
【図12】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図11】
【図12】
【図20】
【公開番号】特開2006−169258(P2006−169258A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−25110(P2006−25110)
【出願日】平成18年2月1日(2006.2.1)
【分割の表示】特願2002−129172(P2002−129172)の分割
【原出願日】平成14年4月30日(2002.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年2月1日(2006.2.1)
【分割の表示】特願2002−129172(P2002−129172)の分割
【原出願日】平成14年4月30日(2002.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
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