説明

光学デバイス、光学分析チップ、およびその製造方法

【課題】 透明媒体中の埋設路を利用する光学的測定を容易にする。
【解決手段】 本発明のある態様においては、少なくとも一部において外部と連通する埋設路110が内部に形成された透明媒体102と、埋設路110を囲む壁面の少なくとも一部に配置された透明被覆体120とを備えた光学デバイス100が提供される。ある典型的な透明被覆体120は、前駆体ゾルからゾルゲル法により形成された透明導電体であり、別の典型的な透明被覆体120は、透明媒体102より高い屈折率を有しているとともに、埋設路の内部に流体用通路130を残すように配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学デバイス、光学分析チップ、およびその製造方法に関する。さらに詳細には、本発明は、透明被覆体が壁面に配置されている埋設路を有する光学デバイス、光学分析チップ、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
中空構造を形成した透明媒体は、例えば太陽電池および有機ELディスプレイなどの各種電子デバイス、ならびにMEMS(micro electro mechanical systems)に適用される可能性を秘めている。そのような媒体のうち近年注目を集めているものにマイクロ流体デバイス(microfluidics devices)と呼ばれる装置を挙げることができる。マイクロ流体デバイスは、ガラスやサファイヤなどの透明媒質または透明媒体の内部に3次元的な微細な中空構造を形成し、その中空構造をマイクロチャネルなどの流路として利用するものである。マイクロ流体デバイスの適用分野として有望視されているものに、バイオテクノロジー等の分野に用いられるLab on a chip、μ-TAS(micro total analysis system) といったマイクロチップを挙げることができる。これらのマイクロチップは、何らかの分析、実験、観察または検査(以下、分析等という)において、対象物が流体である場合や、例えば細胞などの流体とともに存在するものである場合に利用される。マイクロチップの中には、マイクロチャネルの内部の現象を外部から光学的に分析等するものも知られている。そのような分析等の精度を高め作業を容易にする目的で、マイクロチップに複数の機能を集積することが研究開発の対象となっている。マイクロ流体デバイスを用いて光学的な分析等を行なうための装置は、特に光学流体デバイス(optofluidics devices)と呼ばれることもある。
【0003】
マイクロチャネルなど中空構造を透明媒体中に作製するために光学的手段を活用する手法も知られている。例えば、フェムト秒レーザー光を利用する手法が非特許文献1(K. Sugioka et. al, Applied Physics A81, 1 (2005))に報告されている。この報告による手法においては、可視から赤外の波長域のピコ秒(10−12秒)より短いパルス期間のレーザー(フェムト秒レーザー)が感光性ガラスの内部に集光して照射される。すると、レーザーが照射された部分のうち、集光によってある強度以上にエネルギーが集中した部分においてのみ感光性ガラスの材質が改質される。その後にフッ酸などの酸水溶液によってエッチングを行なうと、改質された部分の材質が、改質されていない他の部分に比して高い選択比でエッチングされ選択的に除去される。この手法を用いると、透明な感光性ガラスの内部に精密なパターンを持つ中空構造、例えば3次元的なマイクロチャネルを形成することが可能となる。
【0004】
一方、透明媒体の内部に設けられた中空構造を電気的な経路つまり導体配線として利用するための技術も開発されている。例えば、絶縁体の内部に形成された中空構造の表面にメッキにより選択的に金属配線を形成する手法が特許文献1(特開2005−209817号公報)に開示されている(特許文献1、段落[0014])。別の例として、金属配線の形成のために中空構造に対して金属により導電性を付与することも試みられている。例えば、特許文献2(特開2009−176926号公報)には、例えばAu80wt%−Sn20wt%の金錫合金を中空構造の中に充填する溶融金属充填法が開示されている(特許文献2、段落[0027]、[0028])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−209817号公報、例えば段落[0014]
【特許文献2】特開2009−176926号公報、例えば、段落[0027]および[0028]
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K. Sugioka et. al, Applied Physics A81, 1 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記非特許文献1の手法に特許文献1や特許文献2の手法を組み合わせることにより、透明媒体中に形成した中空構造を利用して3次元的な導体配線(以下、「配線」という)を作製することが考えられる。例えば、透明媒体中にコイル状の中空構造を形成しておいて、その中空構造に金属を充填させてコイル状の配線とすることも考えられる。ところが、形成される配線が金属を利用するものである限り、形成される配線は光の透過性を阻害するものとなる。この透過性の阻害は、光学流体デバイスなどのマイクロ流体デバイスにおいて分析等を光学的な手段を活用して実行することに対する障害となる。例えば、透明媒体中のマイクロチャネルの被検査流体に電気化学的な作用を及ぼそうとしたり、透明媒体中に例えばコイル状の配線によってヒーターを形成して被検査流体を加熱しようとしたりする際に光の透過が阻害されると、被検査流体の挙動を光学的に分析等するのに支障を来す。
【0008】
また一般に、透明媒体に形成したマイクロチャネル中の流体の分析等を光学的手段によって実施するために、透明媒体の外部からプローブ光を照射して、マイクロチャネル内部の被検査流体の光吸収等の光学的現象が測定されることがある。このような測定を行なう従来の手法においては、プローブ光が、マイクロチャネルの延びる向きに対して交差するように入射される。図1は被検査流体に対してプローブ光を照射する従来の配置を示しており、特に図1(a)は、被検査流体に対してプローブ光を交差させて照射する従来の配置を示している。この従来の配置においては、透明媒体TMに形成されたマイクロチャネルC1をポートP1からポートP2に向かって通る流体に対して、マイクロチャネルC1を横断する向きにプローブ光LPが入射されている。
【0009】
ところが、図1(a)に示した従来の配置においては、被検査流体を通過する距離が短くなるために、必ずしも常にプローブ光が被検査流体と十分な相互作用を起こすとは限らない。この場合、測定の感度を高めるためには、図1(b)に示すように、透明媒体TM中においてマイクロチャネルC1が延びる向きにプローブ光LPを通過させながら被検査流体とプローブ光LPとを相互作用させ距離を増大させることも考えられる。しかし今度は、光の発散などによってマイクロチャネルの壁面で透明媒体中に光が戻ってしまったり、プローブ光LPが被検査流体から逃げてしまい、プローブ光LPと被検査流体との相互作用を十分には生じさせにくいという課題を生じる。
【0010】
本発明は、上述した課題の少なくともいずれかを解決するためになされたものである。本発明は、全体として透明性ができるだけ維持されており、光学的な各種の分析等に適する光学流体デバイスを提供することにより、光学流体デバイスの技術分野のみならず、その光学流体デバイスを採用して知見を得る任意の技術分野の発展に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願の発明者は、中空構造であるような埋設路を囲む透明媒体の壁面の少なくとも一部にITO(インジウムスズ酸化物、または、スズドープインジウム酸化物)を形成することにより、透明媒体のもつ透明性が損なわれず、上述の課題の少なくともいずれかが解決されることを見出した。ここで、ITOは、可視波長域において高い透光性または透明性を示すばかりか、電極用の導電体として用いられるほどに低い電気抵抗率を示し、しかも、多くの透明媒体に比して高い屈折率を有している。これらの性質のうち、ITOの高い透明性と導電性とを活用すれば、金属の導電体を形成する場合に見られるようなプローブ光への悪影響を防止しつつ導電性を確保することが可能となる。
【0012】
すなわち、本発明のある態様においては、少なくとも一部において外部と連通する埋設路が内部に形成された透明媒体と、該埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に配置された透明被覆体とを備え、該透明被覆体が、該透明被覆体の前駆体ゾルからゾルゲル法により形成された透明導電体である光学デバイスが提供される。
【0013】
また、本発明のある態様においては、透明媒体の内部に、少なくとも一部において該透明媒体の外部と連通させて埋設路を形成する工程と、該埋設路の内部に、透明導電体である透明被覆体の前駆体ゾルを配置する工程と、前記埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に、ゾルゲル法により前記透明被覆体を前記前駆体ゾルから形成する工程とを含む光学デバイスの製造方法が提供される。
【0014】
これらの態様においては、透明被覆体である透明導電体の透明性と導電性とが利用される。つまり、透明導電体を埋設路の壁面に配置すれば、マイクロチャネルなどの埋設路に対して導電性を与えながら、透明媒体を利用した光学的な測定を行なうことが可能となる。なお、埋設路の壁面に配置される透明被覆体は、必ずしもITOでなくとも同様の効果が達成される。特に、この透明被覆体としてゾルゲル法によって形成する透明導電体を採用すれば、埋設路の内部に透明性と導電性とを両立した透明被覆体を形成することが可能となり、とりわけ有用である。
【0015】
本発明においては別の態様も提供される。その態様は、透明被覆体のもつ透明性と高い屈折率とを利用するものである。例えば上記ITOは、大半の透明媒体よりも高い屈折率を有する。埋設路の壁面をITOなどの高い屈折率の透明被覆体により被覆すると、埋設路に入射されたプローブ光の少なくとも一部を埋設路に沿う方向に伝播させ、その近傍の流体用通路に対してプローブ光を効率良く相互作用させることが可能となる。
【0016】
すなわち、本発明のある態様においては、少なくとも一部において外部と連通する埋設路が内部に形成された透明媒体と、該埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に配置された透明被覆体とを備え、該透明被覆体が、前記透明媒体より高い屈折率を有しているとともに、前記埋設路の内部に流体用通路を残すように配置されている光学デバイスが提供される。
【0017】
さらに、本発明のある態様では、光学デバイスの製造方法も提供される。すなわち、本発明のある態様においては、透明媒体の内部に、少なくとも一部において該透明媒体の外部と連通させて埋設路を形成する工程と、前記空中通路の内部に流体用通路を残して、前記埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に前記透明媒体より高い屈折率を有している透明被覆体を配置する工程とを含む光学デバイスの製造方法が提供される。
【0018】
これらの態様において、上述した各課題の解決に寄与する透明被覆体の性質は、屈折率が高いことである。このため、透明被覆体の材質は必ずしもITOであることを要さない。例えば、透明被覆体は埋設路が形成される光学媒体よりも高い屈折率の透明な材質のものであればよい。
【0019】
本発明においては、上述した各態様に加えて、光学分析チップも提供される。つまり、本発明のある態様においては、前記埋設路に被検査流体が通るようになっている上記いずれかの態様の光学デバイスを備える光学分析チップが提供される。
【0020】
加えて、本発明のある態様においては、前記埋設路が両端で前記透明媒体の外部に対して連通しており、透明導電体である前記透明被覆体が該埋設路の一端から他端に電気的につながり該一端と該他端とに接続された電流源からの電流を流すようになっており、前記流体用通路が、被検査流体を通すようになっている上記いずれかの態様の光学デバイスを備え、前記流体用通路が前記埋設路の近傍に形成されている光学分析チップが提供される。
【0021】
さらに加えて、本発明のある態様においては、前記埋設路の前記流体用通路が、被検査流体を収容するようになっている薄層形状に形成され、該被検査流体を供給または排出するためのポートにおいて前記透明媒体の外部と連通しており、前記透明被覆体が、該埋設路の壁面に該薄層形状の広がりに沿って形成され、前記流体用通路に収容されている被検査流体に対して作用電極として機能する、前記透明媒体の外部に電気的に接続されている透明導電体である上記いずれかの態様の光学デバイスを備える光学分析チップが提供される。
【0022】
本発明の光学デバイス、光学分析チップまたはその製造方法の各態様において、透明媒体とは、任意の形状をもつ任意の材質からなる光を透過させる材質の物体を指しており、典型的な透明媒体は、石英ガラス、感光性ガラス等のガラス材のある厚みのブロックなどである。これ以外にも、透明媒体としてサファイヤ基板などを用いることも可能である。透明媒体の内部の埋設路とは、透明媒体の外形をなす範囲より内部において、透明媒体が存在しない領域として画定される任意の領域をいう。最も典型的には、透明媒体の内部の埋設路は、透明媒体となるブロックの内部に、透明媒体を除去して形成されたトンネル状の領域である。なお、典型的な埋設路は、それが形成されている透明媒体が少なくとも一時的に除去されて中空となることによって形成された当該透明媒体の内部の空間領域である。その埋設路は、形成された後に、他の物質がその埋設路に配置されて塞がれたり、他の物質によって埋められることもある。例えば埋設路の内部が何らかの物質によって埋められて中実となるようにされることもある。その埋設路は、一つには、被検査流体などの流体が通過することもある。また、例えば電気伝導がその埋設路を通じて行なわれる場合には、電流を担う電荷がその埋設路を通ることもある。
【0023】
そのような埋設路に配置されるものの一つが、透明被覆体である。ここで、透明被覆体とは、埋設路が形成されている透明媒体の材質とは区別される任意の透明な材質からなり、埋設路の壁面に配置することが可能な任意の媒体を指す。透明被覆体は、典型的には透明媒体の壁面に接するように配置される。そして、光学デバイスとは、光学的な作用を利用することにより何らかの機能を果たすように作製されるデバイスである。このデバイスが機能を果たすために利用される光学作用には、透過、屈折、回折、散乱、吸収、発光といった線形および非線形の任意の光学現象が含まれている。また、この光学作用には、古典光学、物理光学、量子光学など分野において説明される任意の作用または現象を含んでいる。そして、透明導電体とは、透明性と導電性とを両立させる任意の物質である。典型的な透明導電体は上述したITOであるが、これ以外にも、金属酸化物や酸化物半導体に適宜ドーピングした材質を採用することができる。透明導電体としては、例えば酸化亜鉛(ZnO)、酸化スズ(SnOまたはSnO)などを採用してもよい。また、他の透明導電体としては、導電性ポリマーも利用することができる。
【0024】
なお、本出願全般において透明とは、伝播する光の少なくとも一部を通す性質のみを一般的に指し、例えば屈折したり、散乱したりすることによって、透過の前後において光の向きが影響を受ける場合を含んでいる。その意味で本出願において透明とは、光のエネルギーの少なくとも一部を通過させるような性質、つまり透光性のある性質を指している。また、透明性あるいは透光性が判断される波長域は特に限定されず、例えば、可視波長範囲に含まれるいずれかの波長や、分析等に利用される光の波長から選択される。その意味において、本出願における光との用語には、可視光のみならず紫外光や赤外光をも含む場合がある。ゾルゲル法とは、アルコキシド系のゾルから、加熱などにより、必要に応じてゲル状態を経て、金属酸化物や無機ガラスなどのセラミックスを形成する手法をいう。
【発明の効果】
【0025】
本発明の各態様によれば、マイクロチャネルや導電路となる埋設路が形成された透明媒体を利用して実施される各種の分析等において、光学的な検出能力を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】従来の光学流体デバイスにおいて採用されるプローブ光の向きを説明するための説明図である。
【図2】本発明のある実施形態実施形態の光学デバイスの構造を示す説明図である。図2(a)は、光学デバイスの構成を示す斜視図であり、図2(b)は、特に埋設路の構成を示す概略断面図である。
【図3】本発明のある実施形態の光学デバイスにおける埋設路の構成のバリエーションを例示する概略断面図である。
【図4】本発明のある実施形態の光学デバイスの製造方法を示すフローチャートである。
【図5】本発明のある実施形態の光学デバイスにおいて、透明被覆体のための前駆体ゾルを作製するための製造方法を示すフローチャートである。
【図6】本発明のある実施形態に従って実際に作製した光学デバイスのポート付近の走査型電子顕微鏡像である。
【図7】本実施形態に従って実際に作製した実施例サンプルの構成を示す平面図(図7(a))ならびに概略断面図(図7(b)および(c))である。
【図8】本実施形態に従って実際に作製した実施例サンプルの平面視での光学顕微鏡像である。
【図9】本発明のある実施形態において、被検査流体を流すマイクロチャネルの延びる方向にプローブ光を通しながら、被検査流体の光吸収を測定する光学分析チップの構造を示す構造図である。図9(a)は、光学分析チップの斜視図であり、図9(b)は概略断面図であり、図9(c)は、埋設路を伝播する光の強度を説明する説明図である。
【図10】本発明のある実施形態において、マイクロチャネルを流れる被検査流体の加熱に対する挙動を分析等するために用いられる光学分析チップの構造図であり、図10(a)は、光学分析チップの斜視図であり、図10(b)は、マイクロチャネルである流体用通路を横断する面における概略断面図である。
【図11】本発明のある実施形態において、マイクロリザーバ内において電気化学的な作用を受けている被検査流体を光学的な分析等の対象にするために用いられる光学分析チップを示す構造図であり、図11(a)は、光学分析チップの斜視図であり、図11(b)および(c)は概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について説明する。以下の説明に際し特に言及がない限り、全図にわたり共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0028】
本発明の実施形態の説明において、第1実施形態として、本発明において提供される光学デバイスの典型的な構成およびそれらの製造方法について説明する。その中では実際に作製された光学デバイスの実施例についても説明する。次いで、本発明の第2〜第4実施形態として、第1実施形態にて説明した光学デバイスを用いる光学分析チップの典型的な実施形態を説明する。
【0029】
<第1実施形態>
[1 構造]
[1−1 概略]
図2に本発明の第1実施形態として説明する光学デバイス100の構造を示す。このうち図2(a)は光学デバイス100の構成を示す斜視図であり、図2(b)は特に埋設路の構成を示す概略断面図である。本実施形態の光学デバイス100は透明媒体102を有しており、その透明媒体102には、例えば被検査流体が流されるマイクロチャネルとなる埋設路110が形成されている。この埋設路110は少なくとも一部において透明媒体102の外部と連通している。例えば、光学デバイス100における埋設路110は、ポート112および114において媒体天面102Tに接続している。
【0030】
透明媒体102は媒体天面102Tと媒体底面102Bとによる厚みを有するガラスであり、埋設路110はそのガラスの内部に形成されている。図2(b)に示すように、埋設路110を囲む透明媒体102の壁面の少なくとも一部には、透明被覆体120が形成されている。この透明被覆体120の材質は、典型的には、透明被覆体120の前駆体ゾルからゾルゲル法により形成された透明導電体である。透明被覆体120の厚みが薄い場合、埋設路110のうち透明被覆体120のさらに内部には流体用通路130が形成されている。この流体用通路130は、例えば被検査流体(図示しない)を通すためのマイクロチャネルとされる場合がある。
【0031】
[1−2 埋設路のバリエーション]
本実施形態において、埋設路110の具体的な構成は、光学デバイス100によって実施する分析等の目的や、光学デバイス100に採用される具体的材料等に依存して種々変形される。したがって、本実施形態の一部として、光学デバイス100の構成の細部が異なるいくつかのバリエーションを採用することが可能である。図3は、この埋設路110の構成のバリエーションを例示する概略断面図である。
【0032】
図3(a)に示す光学デバイス100Aは、図2(b)に示した光学デバイス100の埋設路110と同様の構成の埋設路110A、つまり、流体用通路130Aを内部に有するような埋設路110Aを有している。この場合、透明被覆体120Aは、ポート112からポート114までの範囲において、流体用通路130Aの周囲を取り囲むように形成されている。
【0033】
これに対して、図3(b)に示す光学デバイス100Bは、透明被覆体120Bが、流体用通路が残されない程度に厚く形成された本実施形態の変形である。この場合、透明被覆体120Bにより埋まっているため、流体を通すためのマイクロチャネルとして埋設路110を利用することはできない。しかし、光学デバイス100Bでは、例えば埋設路110に形成された透明被覆体120Bの電気抵抗を低減することが可能である。なお、この光学デバイス100Bの構成においても、ポート112やポート114において媒体天面102Tに接続していることから、埋設路110は透明媒体102の外部に連通していると表現する。
【0034】
さらに、本実施形態は、図3(c)に示す光学デバイス100Cように、埋設路110の一部分にのみ透明被覆体120Cを形成して残りを流体用通路130Cとするように変形することも可能である。光学デバイス100Cの構造が採用されるのは、分析等の目的など何らかの理由により、透明被覆体120Cを配置する範囲と配置しない範囲を埋設路110の内部に設ける場合である。なお、この埋設路110のように、埋設路110の内部において透明被覆体120Cの配置される範囲を限定した構成は容易に作製可能である。例えば、透明被覆体を一旦埋設路110の内部全面にわたって光学デバイス100A(図3(a))に示す透明被覆体120Aのように形成しておき、その後に、レーザーアブレーションなどの手法によって、不要な範囲の透明被覆体を除去する手法を採用することができる。
【0035】
[2 製造方法]
次に、図4を参照して、本実施形態の光学デバイス100の例示の製造方法について説明する。図4は、光学デバイス100の製造方法を示すフローチャートである。
【0036】
光学デバイス100を製造するためには、まず、透明媒体として準備した感光性ガラスにフェムト秒レーザーを直描することよって、感光性ガラスの内部に潜像を形成する(S102)。具体的には、感光性ガラスの内部のうち、後に埋設路110となる空間領域に集光させながらフェムト秒レーザーを照射する。この集光照射により、時間的および空間的に圧縮された強度の強い光が感光性ガラスに部分的に照射され、エネルギーが集中した部分の感光性ガラスが改質される。この直描処理では、感光性ガラスとレーザーの集光位置との相対的な位置を移動させながら感光性ガラスの内部の埋設路110とする位置の範囲にわたりレーザーの集光位置がスキャンされる。
【0037】
次に、潜像が書き込まれた感光性ガラスをアニール処理する(S104)。このアニール処理は、例えば5℃/分のレートで500℃まで昇温させて1時間維持し、その後にさらに3℃/分のレートで605℃まで昇温させて一時間維持する熱処理である。この処理によって、感光性ガラスのうち潜像が書き込まれた位置のみが結晶化される。
【0038】
さらに、アニール後の感光性ガラスを10%フッ酸液に浸漬し超音波を印加することにより、ウエットエッチングされる(S106)。このウエットエッチングの直前には、レーザーが集光照射された位置の感光性ガラスが結晶化されており、他の部分は結晶化されていないアモルファス状態である。アモルファス状態の部分に比して結晶化された部分のウエットエッチングの際のエッチレートが十分に高くなるため、レーザーを集光照射した空間領域感光性ガラスの内部において埋設路110となる。ウエットエッチングの後に、埋設路110の内部の微細な凹凸をならす平滑化アニール処理が施されることにより(S108)、埋設路110となる中空構造が形成される。
【0039】
次に、形成された埋設路110となる中空構造の内部にITOによる透明被覆体120を形成する。ここで、さらに図5を参照して、透明被覆体120を形成するための前駆体ゾルを準備する処理について説明する。図5は、透明被覆体120のための前駆体ゾルを作製するための製造方法を示すフローチャートである。前駆体ゾルを作製するためには、まず、インジウムアルコキシド溶液として、無水塩化インジウムのアセチルアセトン溶液を還流しながら60℃にて混合する(S202)。また、スズアルコキシド溶液として、無水塩化錫のエタノール溶液を室温にて混合する(S204)。最後にインジウムアルコキシド溶液とスズアルコキシド溶液とを室温にて互いに混合することによって(S206)、ITOゾルである前駆体ゾルが生成される。
【0040】
図4を再び参照する。生成された前駆体ゾルが埋設路110となる中空構造の内部に注入される(S110)。この注入処理のためには、浸漬、圧入、スピンコートなど、任意の手法を単独でまたは組み合わせて採用することができる。例えば、シリンジを利用して前駆体ゾルを中空構造に圧入する工程が注入の典型的な工程である。そして、透明媒体102全体を前駆体ゾルとともに、例えば大気雰囲気において高温(550℃)で焼成する(S112)。この焼成処理により、埋設路110の内部の透明被覆体120が結晶化し導電性を示し始める。なお、焼成して結晶化する前の前駆体ゾルは、適当な温度で乾燥させてゲル化しておく場合もある。ただし、その場合であっても、焼成前の前駆体は通常はアモルファス状態であり、導電性はほとんど示さない。
【0041】
その後、透明被覆体120が形成されていない部分を埋設路110に設ける場合、つまり、光学デバイス100C(図3(c))に示したような構造に作製する場合には、必要に応じてレーザーアブレーション(S114)が実施される。このために用いるレーザーは、典型的には、感光性ガラスの内部に潜像を形成するために用いたものと同様のフェムト秒レーザーである。
【0042】
なお、図4および図5に基づいて上述した製造方法は、具体的に採用する材質等の条件に対応して適宜変形することが可能である。例えば、透明媒体として感光性ガラスを採用する代わりに、石英ガラスを採用すれば、潜像を書き込んだ後のアニール処理(S104)は不要となる。また、焼成処理(S112)の前にレーザーアブレーション(S114)を行なっても、透明被覆体120が形成されていない領域を埋設路110に設けることができる。本実施形態では、焼成処理(S112)とレーザーアブレーション(S114)の順序は具体的な材質等の選択によって適宜選択される。
【0043】
さらに、上述した製造方法の説明においては、インジウムアルコキシド溶液とスズアルコキシド溶液とを用いたゾルゲル法によりITOである透明被覆体120を形成する手法について説明した。しかし、本実施形態は、この具体的材料や製造方法にのみ限定されるものではない。透明被覆体120としてITO以外の材料を採用する場合には、その材料に応じた前駆体溶液が選択され、それに合わせた透明被覆体120の形成条件が採用される。
【0044】
その一例は、透明被覆体120として、透明性と導電性とを示す酸化亜鉛(ZnO)薄膜を採用するものである。この場合には、酢酸亜鉛二水和物を2-プロパノールを溶媒として溶解することによって得られる前駆体ゾルを採用する。この場合に結晶化した透明導電体の透明被覆体120を形成するため、図4に示したアニール処理(S112)は、110℃程度で前駆体ゾルを乾燥させて前駆体ゲルとする処理と、透明媒体102である感光性ガラスが耐える600℃程度の温度で30分程度加熱する処理との二段階の処理によって行なわれる。
【0045】
ITOやZnO以外であっても、透明性のある材料を、例えばゾルゲル法などの埋設路110において成膜しやすい手法によって形成することが本発明の実施形態に含まれている。透明被覆体120に用いるITO以外の材料の別の例としては、アンチモンドープ酸化スズ(SnO:Sb)を形成することも可能である。アンチモンドープ酸化スズもゾルゲル法によって形成することができる透明導電体であるため、ITOに基づいて上述したように、前駆体ゾルを経て透明被覆体120と同様の透明性および電気特性の透明被覆体を形成するための良い候補となる。その場合、原料にはSnClとSbClが用いられる。例えば、SnCl・5HOとSbClを、塩酸(HCl)、水(HO)およびエチルアルコールに混合し、よく攪拌して溶液とする。そして、その溶液を埋設路110に導入する。透明媒体102を例えば600℃程度に加熱すれば、埋設路110の壁面には透明被覆体120としてSnO:Sbが形成される。
【0046】
透明被覆体120に用いるITO以外の材料のさらに別の例としては、導電性ポリマーを用いることも可能である。導電性ポリマーは、例えば重合等の化学反応を生じる低分子材料の前駆体溶液に適当な重合開始剤を混入させた溶液や、適当な溶媒に溶解させたり、熱によって融解したりすることによって得られる前駆体溶液または前駆体となる融液を経て形成される。それらの前駆体溶液または融液の状態では、埋設路110に容易に導入することが可能であり、その状態で重合開始のために紫外線による露光を行なったり、加熱によって熱重合を開始させたりすることにより、所望のタイミングで導電性ポリマーを形成する。この際、紫外線等に代えて、フェムト秒レーザーを利用すれば、埋設路110の壁面の所望の領域にのみ導電性ポリマーをパターニングして形成することが可能である。このように、透明被覆体120としては導電性ポリマーを採用することも本実施形態には含まれている。
【0047】
[実施例:実施例サンプル1]
本実施形態の実施例として、図4および図5に基づき上述した製造方法に従って作製した光学デバイスの実施例サンプル1について説明する。説明のためこれまで用いた図面および符号を参照する。より詳細には、透明媒体102として感光性ガラスであるFoturan(ドイツ・ショット社製)を準備し、その内部に500μm四方の正方形断面を持つ埋設路110を作製した。埋設路110は、媒体天面102Tに沿った向きの長さが5mmになるように形成した。また、上述した製造方法に従って、埋設路110の内部に透明被覆体120を形成した。フェムト秒レーザーは、波長775nm、パルス期間140±5fs、パルス周期1kHzのものを用いた。透明導電体としての透明被覆体はITOを採用した。
【0048】
図6は、本実施形態に従って実際に作製した光学デバイス100構造を持つ実施例サンプル1のポート112付近の走査型電子顕微鏡像である。図6の顕微鏡像には、ポート112が形成されていること、および、そのポート112の周囲に透明被覆体120が形成されていることが明瞭に示されている。ポート112の周囲の透明被覆体120は図6において明るく写っている部分であり、作製時に前駆体ゾルがポート112からあふれて透明被覆体120として形成されたものである。なお、作製した実施例サンプル1においては、形成された透明被覆体120が高い結晶性を示す膜となっていることを、同時に形成した解析用のサンプルから取得したX線回折像(図示しない)により確認している。また、ポート112とポート114との間において測定された電気抵抗は約450Ωであった。その値から換算して得られた埋設路110の内部での透明被覆体120の示す電気抵抗率は10−3Ω・cm程度であった。こうして、実施例サンプル1において十分な導電性を示す透明導電体として透明被覆体120が形成されていることを確認した。さらに、作製した実施例サンプル1を光学顕微鏡により観察したところ、電子顕微鏡像(図6)において明瞭に確認されたポート周囲の透明被覆体120は、その周縁の端部がかろうじて確認できる程度にのみ観察され、透明被覆体120自体は透明であった。
【0049】
[実施例:実施例サンプル2]
本実施形態においては、透明媒体102の内部に複数の埋設路を作製し、それぞれを別々の配線として利用することも可能である。図7は、本実施形態に従って実際に作製した実施例サンプル2の構成を示す平面図(図7(a))ならびに概略断面図(図7(b)および(c))である。実施例サンプル2は、図4および図5に基づき上述した製造方法に従って作製した光学デバイスである。また、具体的な材質等の詳細な条件は、実施例サンプル1と同様とした。
【0050】
実施例サンプル2においては、一体の透明媒体102に二つの埋設路を同時に作製し、それぞれの埋設路に透明被覆体120を同時に形成することによって別々の配線を形成した。つまり、実施例サンプル2により調査したのは、具体的には、埋設路110Sと埋設路110Uとの両者の壁面に、図2(b)の透明被覆体120のように透明被覆体(図7において図示しない)を形成した場合に、埋設路110Sと埋設路110Uとを互いに絶縁された電気配線として利用可能かどうかである。透明媒体102として採用したのは、実施例サンプル1と同種の感光性ガラスである。その透明媒体102には、互いに交差する方向に延び、ねじれの関係にある二つの埋設路110Sと埋設路110Uを形成した。媒体天面102Tからみて浅い位置には埋設路110Sを形成し、深い位置には埋設路110Uを形成した。そして、電気配線を作製するために、実施例サンプル2では上述した実施例サンプル1と同様の作製手順を採用した。また、埋設路110Sと埋設路110Uには、媒体天面102Tと連通する位置にリセス部116を設け、リセス部116の中にポートを設けた。具体的には、埋設路110Sには、ポート112Sおよび114Sを設け、埋設路110Uには、ポート112Uおよび114Uを設けた。さらに、実施例サンプル2は、図4および図5により説明した製造方法によって作製した。
【0051】
図8は、本実施形態に従って実際に作製した実施例サンプル2の平面視での光学顕微鏡像である。実施例サンプル2において、埋設路110Sと埋設路110Uとは互いに絶縁を保った別々の配線として機能した。具体的には、埋設路110Sに形成された透明被覆体を通じて、ポート112Sとポート114Sは互いに抵抗が約400Ωとなる程度の導通が得られ、同様に、埋設路110Uに形成された透明被覆体を通じて、ポート112Uとポート114Uは互いに抵抗が約400Ωとなる程度の導通が得られた。また、ポート112Sおよびポート114Sは、ポート112Uともポート114Uとも一切導通がなく、同様に、ポート112Uおよびポート114Uは、ポート112Sともポート114Sとも一切導通がなかった。なお、各ポートにおける導通は、リセス部116の内部の一部にも形成された透明被覆体を用いて測定した値である。また、図8において透明被覆体が光学的には観察できず、しかも、媒体天面102Tから、埋設路110Sを透かして埋設路110Uが観察されている。これらから、透明被覆体が形成された各埋設路は十分に透明であるといえる。
【0052】
なお、実施例サンプル2により実証されたのは、本実施形態によって透明媒体中に任意の電気配線を形成しうることである。実施例サンプル2にて形成された複数の埋設路が同一の埋設路内で導通し別々の埋設路間で絶縁されていたからである。したがって、本実施形態における埋設路110の数や形状は、図2または図3に示したような形状に限られない。例えば、埋設路110に設けられている屈曲部は、図2または図3に示したものではいずれも2箇所のみであるが、その数には限定はない。さらに、埋設路110の断面として採用可能な形状は、図6に示したような概ね正方形の断面を有する形状にも限られず、例えば、円形断面、帯状に延びる薄層状の断面など種々の断面形状であり、特段制限されない。図示しないが、分岐のある形状や、任意の数だけ外部と連通している形状などの種々の形状の埋設路110を本実施形態に採用することが可能である。
【0053】
<第2実施形態>
本発明の実施形態には、マイクロ流体デバイスである光学分析チップとして実施することも含まれている。図9は、被検査流体を流すマイクロチャネルの延びる方向にプローブ光を通しながら、被検査流体の光吸収を測定する光学分析チップ200の構造を示す構造図である。図9(a)は光学分析チップ200の斜視図であり、図9(b)は光学分析チップ200の埋設路210を含む面における概略断面図である。さらに、図9(c)は埋設路210を伝播する光の強度を説明する説明図である。
【0054】
光学分析チップ200は、媒体天面202Tと媒体底面202Bとを両面とするある厚みの透明媒体202によって作製されており、その透明媒体202の内部には埋設路210が形成されている。埋設路210は、透明媒体202の外部に連通しているポート212とポート214とを媒体天面202Tに有しており、分析等を実施する際にはポート212とポート214とを利用して被検査流体がその内部に通される。透明媒体202に形成された埋設路210は、ポート212および214のそれぞれの付近において、媒体天面202Tから、および、媒体天面202Tに向かって延びるシャフト(縦坑)部210S1および210S2を有している。また、シャフト部210S1および210S2の間には、媒体天面202Tに平行にレベル(横坑)部210Lが延びている。つまり、埋設路210は、シャフト部210S1、レベル部210L、およびシャフト部210S2によって構成されている。透明被覆体220は、埋設路210のうち、レベル部210Lのさらに一部、つまりレベル部210Lの両端を除いた部分の周囲の壁面に形成されている。埋設路210のうち透明被覆体220の占める領域を除いた中空の部分は流体用通路230をなしており、その流体用通路230が被検査流体に対するマイクロチャネルとして機能する。
【0055】
光学分析チップ200の透明媒体202には埋設路210以外にも微小な構造が作り込まれている。具体的には透明媒体202には入射光導波路240と出射光導波路250が形成されている。これらは典型的には、埋設路210のレベル部210Lの延びる向きに向けられ、レベル部210Lに同軸になるように位置合わせされた光導波路である。入射光導波路240がシャフト部210S1側に、また、出射光導波路250がシャフト部210S2側に配置され、それぞれ、透明媒体202に対してプローブ光を結合させるように配置されている。光学分析チップ200の透明媒体202には、媒体天面202Tおよび媒体底面202Bとは別の側面となる互いに対向している第1側面204と第2側面206とが形成されている。光学分析チップ200において、入射光導波路240は第1側面204に、また、出射光導波路250は第2側面206に、それぞれの一端を露出させている。この光学分析チップ200は、典型的には外部の光源や光検出器(いずれも図示しない)に接続されて利用される。
【0056】
レベル部210Lにおいては、屈折率の高い透明被覆体220に導かれてプローブ光が伝番してゆく。つまり、プローブ光は、局所的な強度の中心を筒状の透明被覆体220に位置させながら、透明媒体202中を大きく広がることなくレベル部210Lを伝播する。その理由は、透明被覆体220の屈折率が周囲の屈折率よりも有意に大きいためである。例えば、透明被覆体220がITOによって形成されている場合、透明被覆体220の屈折率は可視波長において1.7〜1.8程度となる。これに対し、被検査流体の屈折率は、例えば1.33前後(水の値)〜1.52前後(顕微鏡観察用インマージョンオイルの値)が代表的な範囲であり、ほとんどの流体で可視波長において1.6に満たない。また、透明媒体202の可視波長の屈折率も、例えば上記Foturanでは775nmの波長に対して1.52程度であり、石英ガラスなどを考慮しても、1.4〜1.6程度の屈折率の範囲となる。このような屈折率の組み合わせによって透明被覆体220が導波路として機能する。
【0057】
透明被覆体220のレベル部210Lにおける厚みは、典型的には例えば100nm〜1000nm程度の範囲である。この厚みの透明被覆体220を伝播する光では、その実質的な割合がエバネッセント波として流体用通路230の内部にも染み出しながらレベル部210Lを伝播する。図9(c)には、埋設路210の断面方向を紙面の上下方向にむけ、各位置における伝播するプローブ光の強度を右向きに光強度Iとして模式的に示している。図9(c)に示すように、光強度Iの曲線が二つの山として描かれている。透明被覆体220からみて流体用通路230側に染み出す光は、エバネッセント波EWとして流体用通路230に染み出る(図の斜線部)。このように第1側面204から入射光導波路240を通じて入射されたプローブ光は、被検査流体と相互作用しながらレベル部210Lの範囲を長手方向に進行し、出射光導波路250を通じて第2側面206から取り出される。取り出されたプローブ光は、例えば適当な検出器または測定器(図示しない)によって吸収スペクトルを測定するなどして分析等される。
【0058】
なお、図9(b)に示すように、入射光導波路240からシャフト部210S1を挟んで透明被覆体220に至るまでの距離D1と、透明被覆体220からシャフト部210S2を挟んで出射光導波路250に至るまでの距離D2とは、可能な限り短くなるように作製されている。これ以外にも、透明媒体202中を大きく広がることなくプローブ光がレベル部210Lを伝播するよう、例えば入射光導波路240や出射光導波路250の太さが調整されたり、レベル部210Lの透明媒体202に対してこれらの導波路を結合させるといった光学的な工夫が必要に応じて行なわれる。
【0059】
本実施形態において、埋設路210を形成し、その内側を透明被覆体220によって被覆する処理は、図4および図5を参照して説明した第1実施形態と同様に行なわれる。また、入射光導波路240や出射光導波路250は、図4に示した工程S102〜工程S108の処理と同様にして透明媒体202中に中空構造を作製することによって形成される。つまり、一旦作製した中空構造の内部を、プローブ光に対して大きな吸収を示さず、透明媒体202に比べて高い屈折率を示すような任意の透明媒体により埋めれば、入射光導波路240や出射光導波路250は容易に作製される。
【0060】
本実施形態において活用される透明被覆体220の性質が、導電性ではなく、透明であり屈折率が高いことである点には留意すべきである。つまり、本実施形態に適用される透明被覆体220は、必ずしも導電性を示す必要はない。例えば、透明被覆体220の屈折率を透明媒体202や被検査流体の屈折率より有意に大きくすることによっても、本実施形態の光学分析チップ200と同様の動作をする光学流体デバイスを作製することが可能である。透明被覆体220として採用可能な材料は、周囲より相対的に高屈折率である透明な材質である限り限定されず、例えば実施形態1に説明したITOに加え、例えば、十分には結晶化されていないITO、高屈折率ガラス、例えばTiO(屈折率:アナターゼ型では2.52、ルチル型では2.71)、Al(屈折率:1.76)、TeO(屈折率2.26)等の高屈折率で透明な金属酸化物や、ZnO薄膜(屈折率:1.9程度)等の高屈折率の透明導電体などを採用することが可能である。
【0061】
<第3実施形態>
本発明は、第2実施形態とは別のマイクロ流体デバイスである光学分析チップとしても実施することが可能である。図10は、マイクロチャネルを流れる被検査流体の加熱に対する挙動を分析等するために用いられる光学分析チップ300の構造図である。このうち図10(a)は光学分析チップ300の斜視図であり、図10(b)はマイクロチャネルである流体用通路360を横断する面における概略断面図である。
【0062】
本発明の第3実施形態として説明する光学分析チップ300は、媒体天面302Tと媒体底面302Bとを両面とするある厚みの透明媒体302によって作製されており、透明媒体302の内部には中空構造として流体用通路360が形成されている。流体用通路360は、媒体天面302Tに対して連通している流体ポート362と流体ポート364とを有しており、それらを利用して、流体用通路360には分析等の際に被検査流体が通される。透明媒体302に形成された流体用通路360は、媒体天面302Tに平行に延びるレベル部360Lを有している。光学分析チップ300には、さらに加熱用配線となる埋設路330が形成されている。埋設路330は、流体用通路360のレベル部360Lの長手方向中央部に対して透明媒体302を通じて熱を伝えるコイル状のマイクロヒーター部332を備えている。このため、流体用通路360は埋設路330とは別のものである。マイクロヒーター部332からはジュール熱によって熱が生成される。そのジュール熱を生成するための電流は、マイクロヒーター部332に対して接続される伝達配線部334および336を通じて透明媒体302の外部から供給される。なお、埋設路330には透明被覆体320が形成されている。埋設路330から透明被覆体320を除いた部分は中空であっても中実であってもよい。
【0063】
光学分析チップ300を利用する際、分析等の目的や条件に応じて、レベル部360Lを通過中の被検査流体は埋設路330のマイクロヒーター部332によって加熱される。マイクロヒーター部332は、マイクロチャネルとして機能するレベル部360Lに近接して配置される。このため、レベル部360Lの内部の局所的な被検査流体を所望の温度にまで均一に加熱することができる。例えば、流体用通路360に互いに化学反応を起こす2つの異なる液体試料を導入しながらマイクロヒーター部332により加熱を行なえば、微量の液体試料であっても、化学反応を正確に制御することが可能となる。また、被検査流体が例えば水棲微生物を含んでおり、その微生物の観察のために光学分析チップ300が利用されるような場合には、マイクロヒーター部332を用いることによって、微生物の環境温度を正確に調整することが可能となる。
【0064】
これらに例示される分析等を行なうための光学分析チップ300の光学的な構成は、典型的には次のとおりに二つに場合分けされる。光学分析チップ300の第1の典型的な光学的な構成は、この温度上昇に伴う被検査流体の変化を、例えば媒体天面302Tに面して位置する対物レンズ380(図10(b))を通じて光学顕微鏡像として観察したり記録したりするものである。また、光学分析チップ300の第2の典型的な光学的な構成は、温度上昇に伴う被検査流体の変化を、例えば、透明媒体302に形成された入射光導波路340と出射光導波路350とを用いて光学的に分析等するものである。ここで、入射光導波路340と出射光導波路350とは、第2実施形態の光学分析チップ200に関して説明した入射光導波路240と出射光導波路250と同様に作製される。ただし、入射光導波路340と出射光導波路350との間には、レベル部360Lとマイクロヒーター部332とが横切るように配置されている。光学分析チップ300においては、入射光導波路340は第1側面304に、また、出射光導波路350は第2側面306に、それぞれの一端を露出させている。光学分析チップ300を第2の典型的な光学的構成によって使用する場合、その露出部を利用して外部の光源や光検出器(いずれも図示しない)との間でプローブ光の導入および取り出しが行なわれる。
【0065】
第1および第2の典型的な光学的構成のいずれにおいても、観察光やプローブ光はマイクロヒーター部332を通過する。光学分析チップ300においては、いずれの光学的構成であってもマイクロヒーター部332が観察や分析のための光を透過させるように、埋設路330の内部に透明導電体からなる透明被覆体320が配置されている。
【0066】
なお、透明被覆体320は、透明な電気配線としての役割を果たす限り任意の材質から作製される。例えば、第1実施形態の光学デバイス100のために説明したITOやZnOは透明被覆体320として好ましい材質の例である。なお、光学分析チップ300に基づいて説明した本実施形態は、例えば必要に応じてマイクロヒーター部332の数を複数設けるなどの変形が可能である。また、図10(b)に示したマイクロヒーター部332のように、光が通る経路に位置する埋設路330は、例えば観察光やプローブ光が通る方向に対して界面が直交する形状に作製されている。このような形状に埋設路330が作製されていれば、埋設路330およびその内部の透明被覆体320を透過する際にこれらの光が受ける屈折や散乱などの影響を抑止することが可能となる。
【0067】
<第4実施形態>
本発明は、第2実施形態とも第3実施形態とも異なるマイクロ流体デバイスとして、別の構成の光学分析チップとしても実施することが可能である。図11は、マイクロリザーバ内において電気化学的な作用を受けている被検査流体を光学的な分析等の対象にするために用いられる光学分析チップ400を示す構造図である。図11(a)は、光学分析チップ400の斜視図であり、図11(b)および(c)は、それぞれ、シャフト部412および414を通過する面、ならびに、シャフト部416および418を通過する面における概略断面図である。
【0068】
光学分析チップ400では、媒体天面402Tと媒体底面402Bとが厚みをなす透明媒体402の内部にマイクロリザーバとなる薄層埋設路410が形成されている。薄層埋設路410は、マイクロチャネルとなる4本のシャフト部412、414、416および418を通じ、媒体天面402Tにて透明媒体402の外部と連通している。薄層埋設路410のいずれかの壁面にITO薄膜である透明被覆体420が部分的に配置されている。図11では、透明被覆体420は薄層埋設路410の底面すなわち媒体底面402B側の壁面に形成されている場合を示している。この透明被覆体420のパターニングも、第1実施形態において説明した光学デバイス100Cと同様に、例えばフェムト秒レーザーを照射するレーザーアブレーションによって行なうことが可能である。透明被覆体420は、典型的にはITO等の透明導電体によって形成され、薄層埋設路410の内部に配置される被検査流体にとって電気化学的な作用電極として機能する。
【0069】
シャフト部412、414は、例えば溶液試料などの被試験流体を導入し排出するために利用される。これに対し、シャフト部416、418は、分光電気化学分析を行なうための対極電極432(白金線)および参照電極434(銀線)を導入するために利用される。つまり、光学分析チップ400を利用すると、電気化学的な情報と分光法からの情報を取得する分光電気化学分析を、マイクロリザーバ中の被検査流体に対して実施することが可能となる。ここで、分光電気化学分析においては、電気化学的な情報と分光法からの情報を用いて、作用電極(透明被覆体420)の表面や界面における被検査流体の挙動を調べることができる。典型的には、透明被覆体420に対して、透明被覆体420の面直方向、例えば、媒体天面402T側から媒体底面402B側に向かってからプローブ光を照射し、媒体底面402B側に透過したプローブ光を受光素子で検出することにより、被検査流体の薄層埋設路410における吸光度が測定される。このような測定では作用電極には透明性が要求され、透明被覆体420を採用する光学分析チップ400はその測定に好適なものとなる。
【0070】
なお、被検査流体の吸光度を測定するマイクロリザーバとして薄層埋設路410を用いる理由は、被検査流体を、プローブ光の透過方向にできるだけ薄い溶液層とするためである。このような被検査流体の溶液層を透過するプローブ光に対しては、被検査流体の液バルクの吸収が低減される。また、作用電極である透明被覆体420の
電極近傍において被検査流体の吸収波長と吸光度を測定することにより、その位置に存在する化学種を同定することが可能となる。その結果、光学分析チップ400を用いれば、反応生成物や不純物を同定することが可能となるなど、電気化学的な知見を分光的に得ることが可能となる。したがって、3次元流体構造として厚みが小さく形成された薄層埋設路410に、透明被覆体420を配置したマイクロリザーバを有する光学分析チップ400は、分光電気化学分析のための好適な装置といえる。
【0071】
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。上述の各実施形態および実施例は、発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の各態様によれば、マイクロチャネルなどの中空構造が形成された透明媒体を利用して各種の分析等の光学的な検出能力を高められ、光学的な分析等を利用する任意の産業に貢献する。
【符号の説明】
【0073】
100、100A〜C 光学デバイス
200、300、400 光学分析チップ
102、202、302、402 透明媒体
102T、202T、302T、402T 媒体天面
102B、202B、302B、402B 媒体底面
110、110A、110S、110U、210、330 埋設路
112、112S、112U、114、114S、114U、212、214 ポート
116 リセス部
120、120A〜C、220、320、420 透明被覆体
130、130A、130C、230、360 流体用通路
204、304 第1側面
206、306 第2側面
210S1、210S2、412、414、416、418 シャフト部
210L、360L レベル部
240、340 入射光導波路
250、350 出射光導波路
362、364 流体ポート
332 マイクロヒーター部
334、336 伝達配線部
380 対物レンズ
410 薄層埋設路
432 対極電極
434 参照電極
D1、D2 距離
EW エバネッセント波

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部において外部と連通する埋設路が内部に形成された透明媒体と、
該埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に配置された透明被覆体と
を備え、
該透明被覆体が、該透明被覆体の前駆体ゾルからゾルゲル法により形成された透明導電体である
光学デバイス。
【請求項2】
少なくとも一部において外部と連通する埋設路が内部に形成された透明媒体と、
該埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に配置された透明被覆体と
を備え、
該透明被覆体が、前記透明媒体より高い屈折率を有しているとともに、前記埋設路の内部に流体用通路を残すように配置されている
光学デバイス。
【請求項3】
前記透明被覆体がスズドープインジウム酸化物(ITO)である
請求項1または請求項2に記載の光学デバイス。
【請求項4】
前記透明被覆体が、インジウムアルコキシド溶液とスズアルコキシド溶液とを混合したITOゾルからゾルゲル法により形成されたITOである
請求項3に記載の光学デバイス。
【請求項5】
前記透明媒体が感光性ガラスであり、
前記埋設路が、前記感光性ガラスの内部にフェムト秒レーザーを集光照射して形成されたものである
請求項1または請求項2に記載の光学デバイス。
【請求項6】
前記透明媒体の内部に、前記埋設路とは別の流体用通路をさらに含む
請求項1に記載の光学デバイス。
【請求項7】
前記埋設路に被検査流体が通るようになっている請求項1または請求項2に記載の光学デバイスを備える
光学分析チップ。
【請求項8】
前記透明媒体に形成されており、前記埋設路の長手方向に向けて前記透明被覆体へとプローブ光を導く入射光導波路と、
前記透明媒体に形成されており、前記被検査流体と相互作用した該プローブ光を前記透明被覆体から導く出射光導波路と
をさらに備える
請求項7に記載の光学分析チップ。
【請求項9】
前記埋設路が両端で前記透明媒体の外部に対して連通しており、透明導電体である前記透明被覆体が該埋設路の一端から他端に電気的につながり該一端と該他端とに接続された電流源からの電流を流すようになっており、前記流体用通路が、被検査流体を通すようになっている請求項6に記載の光学デバイス
を備え、
前記流体用通路が前記埋設路の近傍に形成されている
光学分析チップ。
【請求項10】
前記光学デバイスに形成されており、該被検査流体が通っている前記流体用通路の少なくとも一部に対して照射されるプローブ光を導く入射光導波路と、
前記光学デバイスに形成されており、該プローブ光が前記被検査流体を透過した透過光を導き、前記埋設路の前記近傍において、前記流体用通路を挟んで前記照射導波路に光を結合させるようになっている出射光導波路と
をさらに備える
請求項9に記載の光学分析チップ。
【請求項11】
前記埋設路の前記流体用通路が、被検査流体を収容するようになっている薄層形状に形成され、該被検査流体を供給または排出するためのポートにおいて前記透明媒体の外部と連通しており、前記透明被覆体が、該埋設路の壁面に該薄層形状の広がりに沿って形成され、前記流体用通路に収容されている被検査流体に対して作用電極として機能する、前記透明媒体の外部に電気的に接続されている透明導電体である請求項1または請求項2に記載の光学デバイス
を備える
光学分析チップ。
【請求項12】
透明媒体の内部に、少なくとも一部において該透明媒体の外部と連通させて埋設路を形成する工程と、
該埋設路の内部に、透明導電体である透明被覆体の前駆体ゾルを配置する工程と、
前記埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に、ゾルゲル法により前記透明被覆体を前記前駆体ゾルから形成する工程と
を含む
光学デバイスの製造方法。
【請求項13】
透明媒体の内部に、少なくとも一部において該透明媒体の外部と連通させて埋設路を形成する工程と、
前記空中通路の内部に流体用通路を残して、前記埋設路を囲む壁面の少なくとも一部に前記透明媒体より高い屈折率を有している透明被覆体を配置する工程と
を含む
光学デバイスの製造方法。
【請求項14】
前記透明被覆体がスズドープインジウム酸化物(ITO)である、
請求項12または請求項13に記載の光学デバイスの製造方法。
【請求項15】
前記前駆体ゾルが、インジウムアルコキシド溶液と、スズアルコキシド溶液との混合溶液であるITOゾルであり、
前記透明被覆体が、該ITOゾルからゾルゲル法により形成されたITOである
請求項14に記載の光学デバイスの製造方法。
【請求項16】
前記埋設路とは別の流体用通路を形成する工程
をさらに含む
請求項12または請求項13に記載の光学デバイスの製造方法。
【請求項17】
入射光導波路および出射光導波路のうちの少なくともいずれかを前記透明媒体に形成する工程
をさらに含む
請求項12または請求項13に記載の光学デバイスの製造方法。
【請求項18】
前記壁面の前記透明被覆体を少なくとも部分的にレーザーにより除去する工程
をさらに含む
請求項12または請求項13に記載の光学デバイスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図6】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−194020(P2012−194020A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−57556(P2011−57556)
【出願日】平成23年3月16日(2011.3.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (刊行物1) Springer Science + Business Media社(ドイツ)、Applied Physics A,オンライン発行日2011年1月5日、http://www.springerlink.com/content/h661824kt1004764/fulltext.pdf,Volume 102,No.2,265−269.
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】