光学干渉薄膜
【課題】各種製品の外観色に漆塗り調の深みのある独特の色合いをもたせる光学干渉薄膜を提供する。
【解決手段】下地基板3に金属層L1を形成し、その上に屈折率nが異なる薄膜層L2〜L8を積層した干渉薄膜層Lsを設ける。干渉薄膜層Lsの表面に透明な保護層L9を形成する。干渉薄膜層Lsが反射光に波長依存性のある強度変調を与え、また薄膜層L2,L4,L8がもつ光吸収により反射光量は低く抑えられ、独特の色合いをもった外観色が得られる。屈折率n、消衰係数k,虚数iを用いて薄膜層L2,L4,L8の複素屈折率Nを「N=n−ik」としたとき、「1.36≦n≦3.5」、「0.1≦k≦6」が満たされる。
【解決手段】下地基板3に金属層L1を形成し、その上に屈折率nが異なる薄膜層L2〜L8を積層した干渉薄膜層Lsを設ける。干渉薄膜層Lsの表面に透明な保護層L9を形成する。干渉薄膜層Lsが反射光に波長依存性のある強度変調を与え、また薄膜層L2,L4,L8がもつ光吸収により反射光量は低く抑えられ、独特の色合いをもった外観色が得られる。屈折率n、消衰係数k,虚数iを用いて薄膜層L2,L4,L8の複素屈折率Nを「N=n−ik」としたとき、「1.36≦n≦3.5」、「0.1≦k≦6」が満たされる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の表面に積層された多層薄膜により装飾用の独特の反射光が得られる光学干渉薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
製品の外観色はデザイン面での影響力も大きいことから、製品外装への着色には様々な工夫がなされてきている。これまではメッキや塗装により外装表面への着色を行うのが一般であるが、排水処理や有機溶剤の処理など、環境保全のための対策が不可欠となっている。また、これらの手法で外装に着色を施した場合、いずれも顔料や染料自体の色がそのまま外観色として現れるものがほとんどで、漆塗りに見られるような深みのある高級感をもった色合いの外観色は得られていない。
【0003】
こうした背景から、微細な物理的構造によってひき起こされる光学的な干渉現象を利用して外観色に独特の色合いをもたせる試みがいくつかなされてきている。例えば、不要な反射光を除去するために光吸収性をもたせた下地面に高屈折率・低屈折率の二種類の光学薄膜を光の波長オーダーの光学膜厚で積層し、入射した光の反射・干渉現象により観察方向に応じて色が変化する構造性発色体(特許文献1)や、微細な凹凸構造をもつ下地面に、その凹凸構造が最上層まで保存されるように高屈折率・低屈折率の二種類の光学薄膜を積層し、特定色を含む限られた波長帯の外装色が鮮明に観察される構造性発色体(特許文献2)が知られている。
【特許文献1】特開平7−331532号公報
【特許文献2】特開2005−153192号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの構造性発色体に用いられる多層光学薄膜は、積層する薄膜層が充分に透明であることを前提とし、基本的には従来の光学干渉薄膜の設計原理を基本にしており、例えば反射防止膜や色分解フィルタなどのように屈折率と膜厚との組み合わせに応じた波長選択性を利用して独特の外観色を得ている。しかしながら、特許文献1の構造性発色体では観察方向を変えたときに色調が変化するという特徴、また特許文献2の構造性発色体では特定波長帯域の鮮明な反射光が得られるという特徴はあるものの、漆塗りを多層に重ねた漆器が呈するような深みのある独特の色合いをもった外観色を得ることはできない。
【0005】
また、最近では携帯してパーソナルユースで利用される双眼鏡や小型のオーディオ機器,モバイルコンピュータ,携帯電話機などでは、その外観デザインに個性化や高級感が求められている。したがって各種製品の外観色として、漆塗りが呈するような深みのある独特の色合いのものを工業的に再現できるようにすることは、製品デザインのバリエーションを広げる意味で大きなメリットがある。
【0006】
本発明は上記背景を考慮してなされたもので、各種製品の外観色に漆塗りに見られるような深みのある独特の色合いをもたせることができ、しかも工業的に簡便に製造することができる光学干渉薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成するにあたり、漆塗りが呈する独特の色合いは薄膜の光吸収を無視しては実現できないことに着目し、光学干渉薄膜を用いながらも光学薄膜に適度の光吸収能をもたせ、多層構成の薄膜による光干渉現象と光吸収現象との相乗効果を利用して独特の色合いをもつ装飾効果を得るようにしている。このため本発明の光学干渉薄膜は、下地基板側に屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を積層した干渉薄膜層を形成するとともにその表面側を透明な保護膜で覆った膜構成を有し、前記干渉薄膜層を構成するいずれかの薄膜について、その複素屈折率Nを屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いて「N=n−ik」としたとき、「1.36≦n≦3.5」かつ「0.1≦k≦6」が満たされることを特徴としている。
【0008】
保護層は外部から加わる機械的な衝撃や周囲環境の変化から干渉薄膜層を保護するためのもので、屈折率nが1.35〜1.65、膜厚が0.3〜100μmの透明な膜を利用することができる。さらに、その上に膜厚が3〜50μmの範囲となるようにテフロン(登録商標)系またはシリコン系の透明な塗装材料層を設け、これにより指紋などの汚れを防ぐようにすることが望ましい。下地基板自体が密着性に優れた材料である場合には、下地基板の表面に上記光学干渉薄膜を積層すればよいが、基板表面自体の構造が薄膜の積層に適していない場合には基板表面に密着性を高めるために金属層を形成してから前記光学干渉薄膜を積層すればよい。
【0009】
干渉薄膜層に用いられる少なくとも一種類の薄膜には屈折率nと消衰係数kが有意の値をもつことが要求されるが、このような薄膜としては窒化チタン膜を効果的に用いることができる。また、窒化チタン膜を干渉薄膜層にひとつに用いる場合には他のひとつの薄膜にも窒化膜を用いるのが簡便で、この場合、窒化シリコン膜を好適に用いることができる。さらに、これらの窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを交互に積層して干渉薄膜層を構成することも可能となる。窒化膜以外の薄膜を用いて干渉薄膜層を得ることもできるが、金属膜もその膜厚を適切に調節することによって吸収をもつ透明な薄膜として用いることができ、したがって異種の金属膜を順次に積層し、あるいは誘電体膜との組み合わせにより所期の干渉薄膜層を得ることも可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の光学干渉薄膜によれば、光学薄膜の干渉作用と光吸収作用との相乗効果により、物体表面からの反射光に適宜の着色を施すことができるだけでなく、薄膜の光吸収作用によって深みのある落ち着いた感じの色合いをもたせることができ、漆塗りのような高級感のある独特の装飾効果を得ることが可能となる。また、保護層や汚れ防止層を設けることにより、使用環境に対する耐久性や機械的な衝撃に対する耐性を高め、また指紋などの汚れを目立たなくして高品位の装飾効果を保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1に示すように、本発明の光学干渉薄膜は装飾コーティング2として用いられ、下地基板3の表面に形成された金属層L1、2層目の薄膜層L2から8層目の薄膜層L8までの7層で構成された干渉薄膜層Ls、さらにその表面に積層された9層目の保護層L9からなる。下地基板3は各種の製品あるいは部品の外装部分で、その材質は金属、プラスチック、セラミックなど適宜のものでよい。
【0012】
金属層L1は、装飾コーティング2で得られる独特の反射光に下地基板3自体の表面色が混じらないように下地基板3の表面を覆うための層で、アルミニウム(Al)や銀(Ag)、クロム(Cr),ニッケル(Ni)などの無色に近い反射色のものが適するが、必要に応じて銅(Cu)や金(Au)などの金属を用いることも可能である。また、下地基板3の材質によっては、その上に積層される薄膜に対して密着性が問題になる場合があるが、こうした場合にはこれらの金属層L1を介在させることによって密着性を高めることができる。したがって、下地基板3の表面が薄膜との密着性に優れ、しかもその表面色も装飾コーティング2で得ようとする反射光に影響を与えない程度のものであるときには、金属層L1を省略することも可能である。
【0013】
金属層L1から8層目の薄膜層L8まではイオンプレーティングにより効率的に成膜することができ、また保護層L9は塗装により簡便に形成することができる。さらに、金属層L1については、イオンプレーティングや真空蒸着などのPVDのほか、メッキ処理や塗装により形成することも可能である。上記装飾コーティング2の膜構成は表1のとおりである。
【0014】
【表1】
【0015】
表1には、各薄膜層の薄膜材料と、可視光域の略中心に相当する中心波長λ0(=560nm)における各薄膜層の屈折率n及び消衰係数k、物理的膜厚D、中心波長λ0に対する相対的な光学的膜厚nD/λ0を示してある。表1において、下地基板3の表面に接する1層目の金属層L1はアルミニウムの薄膜で、その複素屈折率Nを屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いて「N=n−ik」で表すとき、中心波長λ0における屈折率nは0.83413、消衰係数kは5.63192である。アルミニウムは下地基板3に一般に用いられる様々な素材との密着性が高く、またその上に積層される干渉薄膜層Lsとの密着性にも優れ、しかもイオンプレーティングだけでなく真空蒸着やスパッタリングなどでも容易に成膜することができる。なお、アルニウムの薄膜は密着性を高める目的で用いられるだけでなく、中心波長λ0における屈折率nが0.83413、消衰係数kが5.63192である一構成層として干渉薄膜層Lsにも利用することができる。
【0016】
2層目から8層目までの干渉薄膜層Lsは、屈折率nが2.45882の窒化チタン膜(TiN)と、屈折率nが1.70199の窒化シリコン膜(SiN)との交互層で構成されている。薄膜層L2,L4,L6,L8の窒化チタン膜は、その消衰係数kが0.28458で光吸収膜として作用するから、これらの窒化チタン膜を通過する光はそれぞれの物理的膜厚に応じて減衰する。さらに、この干渉薄膜層Lsは、窒化チタン膜及び窒化シリコン膜の屈折率nと光学的膜厚nD/λ0との組み合わせで決まる光干渉作用によって反射光に波長依存性のある強度変調を与える。なお、9層目の保護層L9は透明なフッソ樹脂の塗料材料層で、その物理的膜厚は0.3〜100μmの範囲内である10μmにしてある。
【0017】
表1の膜構成による装飾コーティング2の分光反射特性を図2に破線で示す。この特性からわかるように、短波長側で幾分のリップルはみられるものの、装飾コーティング2は中心波長λ0(=560nm)よりも短波長の光をほとんど反射せず、また長波長側でも800nmで10%程度の反射を示すだけで、暗く沈んだ赤色系の反射光色となる。なお、このような装飾コーティング2が可視光域で示す反射率のピークは必ずしも35%以下に限られず、50%以下であれば暗く沈んだ漆塗り調の反射光が得られる。
【0018】
このような分光反射特性は、干渉薄膜層Lsが反射光のピークを長波長側に偏らせるような強度変調を与え、また窒化チタン膜とアルミニウム金属層L1がもつ光吸収作用が可視光域の入射光及び反射光を減衰させることによる。これにより、中心波長λ0よりも短波長域の反射光は高々7〜8%となり、赤色反射光に埋もれてほとんど目立たないようになる。しかもこうして得られる赤色の反射光は保護層L9からの表面反射として観察されるのではなく、窒化チタン膜と窒化シリコン膜との界面からの反射光がこれらの窒化膜及び保護膜L9を通して観察されるため、漆塗りに見られるような深い色合いをもった色調となる。
【0019】
上述した干渉薄膜層Lsの作用は、必ずしも窒化チタン膜と窒化シリコン膜との交互層特有のものではない。原理的には、屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を交互に積層し、それぞれの光学的膜厚を調節することによって反射光に波長依存性のある強度変調をもたせ、また2種類の薄膜の少なくとも一方に光吸収作用をもたせればよい。また、互いに屈折率nが異なる3種類以上の薄膜を組み合わせ、そのうちの少なくとも一種類に光吸収性のものを用いて干渉薄膜層Lsを得ることも可能で、薄膜材料としても金属膜、金属酸化膜、誘電体膜などを適宜に使用することができる。
【0020】
ただし、上記実施形態のように干渉薄膜層Lsを窒化チタン膜と窒化シリコン膜との組み合わせで構成しておくと、成膜過程で窒素ガスを共通に用いることができるので成膜条件を安定に保つ上で有利であり、しかも金属層L1を成膜した後には2種類の薄膜を交互に積層すればよいので成膜作業を効率化することができる。さらに、窒化膜同士の積層であるため層間のストレスも生じにくく剥離故障を防ぐうえでも有利である。
【0021】
なお、保護層L9は干渉薄膜層Lsを機械的な衝撃から保護し、また周囲環境の変化によって干渉薄膜層Lsが劣化・変質することを防ぐ作用をもつとともに、その下層の窒化チタン膜よりも低い屈折率であることから表面反射を低減させる効果も有する。また、この保護層L9は大気から直接的に入射する場合と較べて干渉薄膜層Lsに対する外光の入射角を実質的に小さくし、多層の干渉薄膜特有の分光反射特性の角度依存性を軽減する。これにより、観察の角度を多少変えても色調変化が少ない安定した反射色を得ることが可能となる。
【0022】
さらに、保護層L9の表面反射を抑えるために、その表面に反射防止膜を積層したときの分光反射特性は破線で示すとおりで、全体的に反射光量が低下して短波長側の反射光がさらに抑えられていることがわかる。この反射防止膜にはシリコン系またはテフロン(登録商標)系の透明な塗装材料が好適に用いられ、その厚みは10〜50μmの範囲が好ましい。これらの塗装材料は指紋その他の汚れを目立たなくする作用をもち、また拭き取り性にも優れており、指紋などが付着したときには表面を少量の水や溶剤で湿らせた後に簡単に拭き取ることができる。
【0023】
同様の手法にしたがってそれぞれ膜計算を行い、青色反射用、緑色反射用、マゼンタ色反射用のサンプルを作製し、得られた各々の分光反射特性を図3〜図5に示す。それぞれ、破線が保護層まで積層したものの特性を表し、実線がさらにその上層にシリコン系またはテフロン(登録商標)系の透明な塗装材料を反射防止膜として積層させたものの特性を表している。これらの結果から、膜構成を変えることにより、様々な色調について暗く沈んだ漆塗り調の反射光を得られることがわかる。
【0024】
上述のように、装飾コーティング2によって得られる漆塗り調の独特の反射光は干渉薄膜層Lsの作用によるもので、このような干渉薄膜層Lsの設計は実質的に透明な光学薄膜(k≒0)だけを対象とした従来の薄膜設計技術では対応が困難である。このため干渉薄膜層Lsの膜設計に先立ち、特に光吸収をもたせる窒化チタン膜についてはその複素屈折率Nを「N=n−ik」とし、単層の窒化チタン膜を様々な成膜条件のもとで試験成膜した後に、そのサンプルの膜厚、分光透過率及び分光反射率などを解析して屈折率nと消衰係数kの値を求めた。
【0025】
上記試験成膜に用いたイオンプレーティング装置は模式的に図6に示す構造をもつ。図6において、真空槽10内にドーム状の基板ホルダ11が垂直な軸を中心にして図示のように回転自在に設けられ、基板ホルダ11に図4に示すサンプル12を保持させた。サンプル12は、正方形のステンレスプレート(SUS304)の4辺をθ=80°に折り曲げたもので、各辺の折り曲げ高さhが16mm、折り曲げ後の各辺の長さLは100mmである。そして、このサンプル12を下に凸となるように基板ホルダ11に固定し、各折り曲げ片の外側表面12a〜12dと、これらの折り曲げ片12a〜12dで囲まれた正方形の基板表面12eのそれぞれに、単層の窒化チタン膜を中心波長λ0(=560nm)で緑色の反射光が得られる所定膜厚で成膜した。
【0026】
成膜に先立ち、真空層10内に放電ガスとしてアルゴンガスを導入し、基板ホルダ11の下面にアルゴンガスのプラズマPを生成させる。蒸発時には反応ガスとして真空槽10内に窒素ガスを導入し、電子銃を用いた蒸発源15からチタン粒子を矢印16で示すように蒸発させ、プラズマ銃17からは基板ホルダ11に向けて加速イオンを供給する。加速イオンの供給により、サンプル12の各表面12a〜12eに緻密な窒化チタン膜を形成することができる。
【0027】
この際の成膜条件は、サンプル12の加熱温度が300°C、アルゴンガスと窒素ガスとの導入比率は、アルゴンガス130SCCM(Standard Cubic Centimeter per Minute:0°C 1気圧における流量cc/minを表す単位に相当)に対して窒素ガス40SCCM、真空度が1.23×10−2Pa、成膜速度は5オングストローム/secである。また、プラズマ銃には日本電子工業(株)製の10kWプラズマ銃を用いた。
【0028】
この成膜条件のもとでサンプル12の各表面12a〜12eに緑色の反射光を呈する窒化チタンの薄膜が得られた。表面12eの薄膜層による分光反射特性と、他の表面12a〜12dの薄膜層による分光反射特性とを比較すると、反射光量が最大となるピーク波長の差異は10nmに留まり、また反射光量の差異は5%であった。この結果から、成膜を行う下地基板に多少の凹凸があったとしても分光反射特性が局所的に極端に変化することはなく、下地基板の形状にはある程度の自由度があることを確認することができた。
【0029】
さらに、上記試験成膜によって得られた単層の窒化チタン膜について、膜厚や分光透過率、分光反射率を測定し、既知のデータ、例えば成膜前のサンプル12の表面反射率や膜厚などを考慮し、窒化チタン膜の分光反射特性を波長ごとに解析してその屈折率nと消衰係数kの値を計算によって求めた。算出された屈折率nと消衰係数kの値は図8に示すとおりで、それぞれに波長依存性のあることが確かめられた。なお、同図中、実線はサンプル12の基板温度を先の成膜条件のとおり300°Cにした場合の結果で、破線は上記成膜条件の中で基板温度だけを150°Cにしたときのものである。屈折率nと消衰係数kは、波長λに対して関数変化(Y=aX3+bX2+cX+d)していることがわかる。
【0030】
以上の解析で得られた屈折率n及び消衰係数kを用い、暗く沈んだ赤色反射光を得るために中心波長λ0=560nmで薄膜設計を行って表1の膜構成を得たが、この膜構成で成膜した装飾コーティング2により図2の分光反射特性が得られたことから、試験成膜に基づく屈折率n及び消衰係数kの値に信頼性がもてること、そして薄膜設計手順に誤りがないことが確認できた。図2に示す分光反射特性を得るには、図8の測定結果からわかるように、350nm〜800nmの波長域では窒化チタン膜の屈折率nが「2.0≦n≦3.0」の範囲にあること、そして消衰係数kが「0.5≦k≦1.5」の範囲にあることが必要である。
【0031】
窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを用いた上記干渉薄膜層Lsは、窒化チタン膜は窒化シリコン膜に対して高屈折率の薄膜として用いられている。その目的からは、屈折率nは高い方が好ましく、屈折率nが上記下限値を下回ると波長選択性のある分光反射特性が得にくくなり、所望の特性を得るには薄膜の積層数が増えて製造コストが高くなる不利がある。また、窒化チタン膜と窒化シリコン膜以外の誘電体層あるいは金属薄膜層であっても、少なくとも高低二種類の薄膜層の組み合わせにより同様の干渉薄膜層を得ることも可能であるが、そのためには複素屈折率N=n−ikで表されるいずれかの薄膜について、
1.36≦n≦3.5
0.1≦k≦6
を満たすようにするのが実用的である。屈折率nが上記下限値を下回ると波長選択性のある分光反射特性が得にくくなり、所望の特性を得るには薄膜の積層数が増えて製造コストが高くなる振りがある。逆に、屈折率nとして上限値を上回るような値を得ようとすると、その成膜条件を安定に保つことが難しく、屈折率nの値だけでなく消衰係数kの値も不安定になって工業的な製造には不向きとなる。また、消衰係数kが上記範囲から外れると反射光量の制御が難しくなり、沈んだ色合いの適度な強度の反射光が得にくくなる。
【0032】
誘電体膜の場合、消衰係数kの値は可視光域では高々「2.0」程度のものが多いが、金属膜では表1に挙げたアルミニウムの薄膜にみられるように、消衰係数kが中心波長λ0で「5.63192」にも達する。また、光透過性をもつ薄い膜厚の範囲内では屈折率n=0.83413として膜計算を行うことも可能であることから、金属膜の積層により同様の干渉薄膜層Lsを設計することが可能となる。
【0033】
以下に示す表2は、クロム(Cr)と金(Au)との二種類の金属膜を積層した干渉薄膜層の膜構成の一例(中心波長λ0=550nm)を示すもので、その分光反射特性は図9のとおりである。この分光反射特性によれば、金属膜を用いながらも全体的な反射光量が短波長側でも高々35%程度で、淡いシアン系の色が暗く沈んで観察され、独特の色合いが得られることがわかる。このような金属膜を利用した態様においても、一方の薄膜の屈折率nが「1.36〜3.5」の範囲にあり、消衰係数kが「0.1〜6」の範囲にあることが満たされている。
【0034】
【表2】
【0035】
また本発明の光学干渉薄膜は、例えばプラスチック製品の表面に形成する際に、製品の筐体そのものの表面に直接的に成膜するだけでなく、製品の筐体がプラスチックの成形品である場合にはいわゆるインサート成形手法を用いることもできる。図10はその工程を概略的に示すものである。同図(A)に示す工程では、光学干渉薄膜の支持体となるベースフイルム20に剥離可能な接着剤層21を塗布し、その下層に光学干渉薄膜を保護するためのハードコート層22を成膜しておく。ベースフイルム20には、PET(ポリエチレンテレフタレート)製のシートを好適に用いることができる。同図(B)に示す工程でハードコート層22の下層に光学干渉薄膜24を成膜する。その後、同図(C)の工程で、同図(B)までの工程で得られた積層体を製品の筐体サイズに合わせてカットされ、インサート部品25が得られる。
【0036】
同図(D)に示すように、インサート部品25の光学干渉薄膜24の表裏を反転させて下金型26にインサートしてから上金型27を合わせ、矢印に示すように溶融したプラスチックを両金型間のキャビティに射出して筐体28を成形する。これにより、インサート部品25は筐体28とともに一体に成形される。同図( E)の工程では、金型から取り出した成形品から接着剤層21とともにベースフイルム20を剥離する。これにより、最終的には筐体28の表面に、保護用のハードコート層22で覆われた光学干渉薄膜24が形成される。
【0037】
以上、図示の実施形態に基づいて本発明について説明してきたが、干渉薄膜層Lsの膜構成を変えることによって、様々な色光を暗く反射させる分光反射特性を得ることが可能である。また、表1に示す膜構成であればリアクティブスパッタ法による成膜でも図2と同様の分光反射特性が得られており、成膜方法としてもイオンプレーティング以外の種々の方法を用いることができる。さらに、金属膜の成膜には真空成膜はもとよりメッキを利用することも可能で、ほぼ同等の屈折率nと消衰係数kを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明を用いた装飾コーティングの概念図である。
【図2】装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図3】青色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図4】緑色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図5】マゼンタ色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図6】成膜装置の模式図である。
【図7】試験成膜に用いたサンプルの外観図である。
【図8】窒化チタン膜の屈折率及び消衰係数の波長依存性を示すグラフである。
【図9】金属膜による多層光学干渉薄膜の分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図10】インサート成形手法の概略を示す説明図である。
【符号の説明】
【0039】
10 真空槽
11 基板ホルダ
12 サンプル
15 蒸発源
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品の表面に積層された多層薄膜により装飾用の独特の反射光が得られる光学干渉薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
製品の外観色はデザイン面での影響力も大きいことから、製品外装への着色には様々な工夫がなされてきている。これまではメッキや塗装により外装表面への着色を行うのが一般であるが、排水処理や有機溶剤の処理など、環境保全のための対策が不可欠となっている。また、これらの手法で外装に着色を施した場合、いずれも顔料や染料自体の色がそのまま外観色として現れるものがほとんどで、漆塗りに見られるような深みのある高級感をもった色合いの外観色は得られていない。
【0003】
こうした背景から、微細な物理的構造によってひき起こされる光学的な干渉現象を利用して外観色に独特の色合いをもたせる試みがいくつかなされてきている。例えば、不要な反射光を除去するために光吸収性をもたせた下地面に高屈折率・低屈折率の二種類の光学薄膜を光の波長オーダーの光学膜厚で積層し、入射した光の反射・干渉現象により観察方向に応じて色が変化する構造性発色体(特許文献1)や、微細な凹凸構造をもつ下地面に、その凹凸構造が最上層まで保存されるように高屈折率・低屈折率の二種類の光学薄膜を積層し、特定色を含む限られた波長帯の外装色が鮮明に観察される構造性発色体(特許文献2)が知られている。
【特許文献1】特開平7−331532号公報
【特許文献2】特開2005−153192号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの構造性発色体に用いられる多層光学薄膜は、積層する薄膜層が充分に透明であることを前提とし、基本的には従来の光学干渉薄膜の設計原理を基本にしており、例えば反射防止膜や色分解フィルタなどのように屈折率と膜厚との組み合わせに応じた波長選択性を利用して独特の外観色を得ている。しかしながら、特許文献1の構造性発色体では観察方向を変えたときに色調が変化するという特徴、また特許文献2の構造性発色体では特定波長帯域の鮮明な反射光が得られるという特徴はあるものの、漆塗りを多層に重ねた漆器が呈するような深みのある独特の色合いをもった外観色を得ることはできない。
【0005】
また、最近では携帯してパーソナルユースで利用される双眼鏡や小型のオーディオ機器,モバイルコンピュータ,携帯電話機などでは、その外観デザインに個性化や高級感が求められている。したがって各種製品の外観色として、漆塗りが呈するような深みのある独特の色合いのものを工業的に再現できるようにすることは、製品デザインのバリエーションを広げる意味で大きなメリットがある。
【0006】
本発明は上記背景を考慮してなされたもので、各種製品の外観色に漆塗りに見られるような深みのある独特の色合いをもたせることができ、しかも工業的に簡便に製造することができる光学干渉薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は上記目的を達成するにあたり、漆塗りが呈する独特の色合いは薄膜の光吸収を無視しては実現できないことに着目し、光学干渉薄膜を用いながらも光学薄膜に適度の光吸収能をもたせ、多層構成の薄膜による光干渉現象と光吸収現象との相乗効果を利用して独特の色合いをもつ装飾効果を得るようにしている。このため本発明の光学干渉薄膜は、下地基板側に屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を積層した干渉薄膜層を形成するとともにその表面側を透明な保護膜で覆った膜構成を有し、前記干渉薄膜層を構成するいずれかの薄膜について、その複素屈折率Nを屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いて「N=n−ik」としたとき、「1.36≦n≦3.5」かつ「0.1≦k≦6」が満たされることを特徴としている。
【0008】
保護層は外部から加わる機械的な衝撃や周囲環境の変化から干渉薄膜層を保護するためのもので、屈折率nが1.35〜1.65、膜厚が0.3〜100μmの透明な膜を利用することができる。さらに、その上に膜厚が3〜50μmの範囲となるようにテフロン(登録商標)系またはシリコン系の透明な塗装材料層を設け、これにより指紋などの汚れを防ぐようにすることが望ましい。下地基板自体が密着性に優れた材料である場合には、下地基板の表面に上記光学干渉薄膜を積層すればよいが、基板表面自体の構造が薄膜の積層に適していない場合には基板表面に密着性を高めるために金属層を形成してから前記光学干渉薄膜を積層すればよい。
【0009】
干渉薄膜層に用いられる少なくとも一種類の薄膜には屈折率nと消衰係数kが有意の値をもつことが要求されるが、このような薄膜としては窒化チタン膜を効果的に用いることができる。また、窒化チタン膜を干渉薄膜層にひとつに用いる場合には他のひとつの薄膜にも窒化膜を用いるのが簡便で、この場合、窒化シリコン膜を好適に用いることができる。さらに、これらの窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを交互に積層して干渉薄膜層を構成することも可能となる。窒化膜以外の薄膜を用いて干渉薄膜層を得ることもできるが、金属膜もその膜厚を適切に調節することによって吸収をもつ透明な薄膜として用いることができ、したがって異種の金属膜を順次に積層し、あるいは誘電体膜との組み合わせにより所期の干渉薄膜層を得ることも可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の光学干渉薄膜によれば、光学薄膜の干渉作用と光吸収作用との相乗効果により、物体表面からの反射光に適宜の着色を施すことができるだけでなく、薄膜の光吸収作用によって深みのある落ち着いた感じの色合いをもたせることができ、漆塗りのような高級感のある独特の装飾効果を得ることが可能となる。また、保護層や汚れ防止層を設けることにより、使用環境に対する耐久性や機械的な衝撃に対する耐性を高め、また指紋などの汚れを目立たなくして高品位の装飾効果を保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
図1に示すように、本発明の光学干渉薄膜は装飾コーティング2として用いられ、下地基板3の表面に形成された金属層L1、2層目の薄膜層L2から8層目の薄膜層L8までの7層で構成された干渉薄膜層Ls、さらにその表面に積層された9層目の保護層L9からなる。下地基板3は各種の製品あるいは部品の外装部分で、その材質は金属、プラスチック、セラミックなど適宜のものでよい。
【0012】
金属層L1は、装飾コーティング2で得られる独特の反射光に下地基板3自体の表面色が混じらないように下地基板3の表面を覆うための層で、アルミニウム(Al)や銀(Ag)、クロム(Cr),ニッケル(Ni)などの無色に近い反射色のものが適するが、必要に応じて銅(Cu)や金(Au)などの金属を用いることも可能である。また、下地基板3の材質によっては、その上に積層される薄膜に対して密着性が問題になる場合があるが、こうした場合にはこれらの金属層L1を介在させることによって密着性を高めることができる。したがって、下地基板3の表面が薄膜との密着性に優れ、しかもその表面色も装飾コーティング2で得ようとする反射光に影響を与えない程度のものであるときには、金属層L1を省略することも可能である。
【0013】
金属層L1から8層目の薄膜層L8まではイオンプレーティングにより効率的に成膜することができ、また保護層L9は塗装により簡便に形成することができる。さらに、金属層L1については、イオンプレーティングや真空蒸着などのPVDのほか、メッキ処理や塗装により形成することも可能である。上記装飾コーティング2の膜構成は表1のとおりである。
【0014】
【表1】
【0015】
表1には、各薄膜層の薄膜材料と、可視光域の略中心に相当する中心波長λ0(=560nm)における各薄膜層の屈折率n及び消衰係数k、物理的膜厚D、中心波長λ0に対する相対的な光学的膜厚nD/λ0を示してある。表1において、下地基板3の表面に接する1層目の金属層L1はアルミニウムの薄膜で、その複素屈折率Nを屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いて「N=n−ik」で表すとき、中心波長λ0における屈折率nは0.83413、消衰係数kは5.63192である。アルミニウムは下地基板3に一般に用いられる様々な素材との密着性が高く、またその上に積層される干渉薄膜層Lsとの密着性にも優れ、しかもイオンプレーティングだけでなく真空蒸着やスパッタリングなどでも容易に成膜することができる。なお、アルニウムの薄膜は密着性を高める目的で用いられるだけでなく、中心波長λ0における屈折率nが0.83413、消衰係数kが5.63192である一構成層として干渉薄膜層Lsにも利用することができる。
【0016】
2層目から8層目までの干渉薄膜層Lsは、屈折率nが2.45882の窒化チタン膜(TiN)と、屈折率nが1.70199の窒化シリコン膜(SiN)との交互層で構成されている。薄膜層L2,L4,L6,L8の窒化チタン膜は、その消衰係数kが0.28458で光吸収膜として作用するから、これらの窒化チタン膜を通過する光はそれぞれの物理的膜厚に応じて減衰する。さらに、この干渉薄膜層Lsは、窒化チタン膜及び窒化シリコン膜の屈折率nと光学的膜厚nD/λ0との組み合わせで決まる光干渉作用によって反射光に波長依存性のある強度変調を与える。なお、9層目の保護層L9は透明なフッソ樹脂の塗料材料層で、その物理的膜厚は0.3〜100μmの範囲内である10μmにしてある。
【0017】
表1の膜構成による装飾コーティング2の分光反射特性を図2に破線で示す。この特性からわかるように、短波長側で幾分のリップルはみられるものの、装飾コーティング2は中心波長λ0(=560nm)よりも短波長の光をほとんど反射せず、また長波長側でも800nmで10%程度の反射を示すだけで、暗く沈んだ赤色系の反射光色となる。なお、このような装飾コーティング2が可視光域で示す反射率のピークは必ずしも35%以下に限られず、50%以下であれば暗く沈んだ漆塗り調の反射光が得られる。
【0018】
このような分光反射特性は、干渉薄膜層Lsが反射光のピークを長波長側に偏らせるような強度変調を与え、また窒化チタン膜とアルミニウム金属層L1がもつ光吸収作用が可視光域の入射光及び反射光を減衰させることによる。これにより、中心波長λ0よりも短波長域の反射光は高々7〜8%となり、赤色反射光に埋もれてほとんど目立たないようになる。しかもこうして得られる赤色の反射光は保護層L9からの表面反射として観察されるのではなく、窒化チタン膜と窒化シリコン膜との界面からの反射光がこれらの窒化膜及び保護膜L9を通して観察されるため、漆塗りに見られるような深い色合いをもった色調となる。
【0019】
上述した干渉薄膜層Lsの作用は、必ずしも窒化チタン膜と窒化シリコン膜との交互層特有のものではない。原理的には、屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を交互に積層し、それぞれの光学的膜厚を調節することによって反射光に波長依存性のある強度変調をもたせ、また2種類の薄膜の少なくとも一方に光吸収作用をもたせればよい。また、互いに屈折率nが異なる3種類以上の薄膜を組み合わせ、そのうちの少なくとも一種類に光吸収性のものを用いて干渉薄膜層Lsを得ることも可能で、薄膜材料としても金属膜、金属酸化膜、誘電体膜などを適宜に使用することができる。
【0020】
ただし、上記実施形態のように干渉薄膜層Lsを窒化チタン膜と窒化シリコン膜との組み合わせで構成しておくと、成膜過程で窒素ガスを共通に用いることができるので成膜条件を安定に保つ上で有利であり、しかも金属層L1を成膜した後には2種類の薄膜を交互に積層すればよいので成膜作業を効率化することができる。さらに、窒化膜同士の積層であるため層間のストレスも生じにくく剥離故障を防ぐうえでも有利である。
【0021】
なお、保護層L9は干渉薄膜層Lsを機械的な衝撃から保護し、また周囲環境の変化によって干渉薄膜層Lsが劣化・変質することを防ぐ作用をもつとともに、その下層の窒化チタン膜よりも低い屈折率であることから表面反射を低減させる効果も有する。また、この保護層L9は大気から直接的に入射する場合と較べて干渉薄膜層Lsに対する外光の入射角を実質的に小さくし、多層の干渉薄膜特有の分光反射特性の角度依存性を軽減する。これにより、観察の角度を多少変えても色調変化が少ない安定した反射色を得ることが可能となる。
【0022】
さらに、保護層L9の表面反射を抑えるために、その表面に反射防止膜を積層したときの分光反射特性は破線で示すとおりで、全体的に反射光量が低下して短波長側の反射光がさらに抑えられていることがわかる。この反射防止膜にはシリコン系またはテフロン(登録商標)系の透明な塗装材料が好適に用いられ、その厚みは10〜50μmの範囲が好ましい。これらの塗装材料は指紋その他の汚れを目立たなくする作用をもち、また拭き取り性にも優れており、指紋などが付着したときには表面を少量の水や溶剤で湿らせた後に簡単に拭き取ることができる。
【0023】
同様の手法にしたがってそれぞれ膜計算を行い、青色反射用、緑色反射用、マゼンタ色反射用のサンプルを作製し、得られた各々の分光反射特性を図3〜図5に示す。それぞれ、破線が保護層まで積層したものの特性を表し、実線がさらにその上層にシリコン系またはテフロン(登録商標)系の透明な塗装材料を反射防止膜として積層させたものの特性を表している。これらの結果から、膜構成を変えることにより、様々な色調について暗く沈んだ漆塗り調の反射光を得られることがわかる。
【0024】
上述のように、装飾コーティング2によって得られる漆塗り調の独特の反射光は干渉薄膜層Lsの作用によるもので、このような干渉薄膜層Lsの設計は実質的に透明な光学薄膜(k≒0)だけを対象とした従来の薄膜設計技術では対応が困難である。このため干渉薄膜層Lsの膜設計に先立ち、特に光吸収をもたせる窒化チタン膜についてはその複素屈折率Nを「N=n−ik」とし、単層の窒化チタン膜を様々な成膜条件のもとで試験成膜した後に、そのサンプルの膜厚、分光透過率及び分光反射率などを解析して屈折率nと消衰係数kの値を求めた。
【0025】
上記試験成膜に用いたイオンプレーティング装置は模式的に図6に示す構造をもつ。図6において、真空槽10内にドーム状の基板ホルダ11が垂直な軸を中心にして図示のように回転自在に設けられ、基板ホルダ11に図4に示すサンプル12を保持させた。サンプル12は、正方形のステンレスプレート(SUS304)の4辺をθ=80°に折り曲げたもので、各辺の折り曲げ高さhが16mm、折り曲げ後の各辺の長さLは100mmである。そして、このサンプル12を下に凸となるように基板ホルダ11に固定し、各折り曲げ片の外側表面12a〜12dと、これらの折り曲げ片12a〜12dで囲まれた正方形の基板表面12eのそれぞれに、単層の窒化チタン膜を中心波長λ0(=560nm)で緑色の反射光が得られる所定膜厚で成膜した。
【0026】
成膜に先立ち、真空層10内に放電ガスとしてアルゴンガスを導入し、基板ホルダ11の下面にアルゴンガスのプラズマPを生成させる。蒸発時には反応ガスとして真空槽10内に窒素ガスを導入し、電子銃を用いた蒸発源15からチタン粒子を矢印16で示すように蒸発させ、プラズマ銃17からは基板ホルダ11に向けて加速イオンを供給する。加速イオンの供給により、サンプル12の各表面12a〜12eに緻密な窒化チタン膜を形成することができる。
【0027】
この際の成膜条件は、サンプル12の加熱温度が300°C、アルゴンガスと窒素ガスとの導入比率は、アルゴンガス130SCCM(Standard Cubic Centimeter per Minute:0°C 1気圧における流量cc/minを表す単位に相当)に対して窒素ガス40SCCM、真空度が1.23×10−2Pa、成膜速度は5オングストローム/secである。また、プラズマ銃には日本電子工業(株)製の10kWプラズマ銃を用いた。
【0028】
この成膜条件のもとでサンプル12の各表面12a〜12eに緑色の反射光を呈する窒化チタンの薄膜が得られた。表面12eの薄膜層による分光反射特性と、他の表面12a〜12dの薄膜層による分光反射特性とを比較すると、反射光量が最大となるピーク波長の差異は10nmに留まり、また反射光量の差異は5%であった。この結果から、成膜を行う下地基板に多少の凹凸があったとしても分光反射特性が局所的に極端に変化することはなく、下地基板の形状にはある程度の自由度があることを確認することができた。
【0029】
さらに、上記試験成膜によって得られた単層の窒化チタン膜について、膜厚や分光透過率、分光反射率を測定し、既知のデータ、例えば成膜前のサンプル12の表面反射率や膜厚などを考慮し、窒化チタン膜の分光反射特性を波長ごとに解析してその屈折率nと消衰係数kの値を計算によって求めた。算出された屈折率nと消衰係数kの値は図8に示すとおりで、それぞれに波長依存性のあることが確かめられた。なお、同図中、実線はサンプル12の基板温度を先の成膜条件のとおり300°Cにした場合の結果で、破線は上記成膜条件の中で基板温度だけを150°Cにしたときのものである。屈折率nと消衰係数kは、波長λに対して関数変化(Y=aX3+bX2+cX+d)していることがわかる。
【0030】
以上の解析で得られた屈折率n及び消衰係数kを用い、暗く沈んだ赤色反射光を得るために中心波長λ0=560nmで薄膜設計を行って表1の膜構成を得たが、この膜構成で成膜した装飾コーティング2により図2の分光反射特性が得られたことから、試験成膜に基づく屈折率n及び消衰係数kの値に信頼性がもてること、そして薄膜設計手順に誤りがないことが確認できた。図2に示す分光反射特性を得るには、図8の測定結果からわかるように、350nm〜800nmの波長域では窒化チタン膜の屈折率nが「2.0≦n≦3.0」の範囲にあること、そして消衰係数kが「0.5≦k≦1.5」の範囲にあることが必要である。
【0031】
窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを用いた上記干渉薄膜層Lsは、窒化チタン膜は窒化シリコン膜に対して高屈折率の薄膜として用いられている。その目的からは、屈折率nは高い方が好ましく、屈折率nが上記下限値を下回ると波長選択性のある分光反射特性が得にくくなり、所望の特性を得るには薄膜の積層数が増えて製造コストが高くなる不利がある。また、窒化チタン膜と窒化シリコン膜以外の誘電体層あるいは金属薄膜層であっても、少なくとも高低二種類の薄膜層の組み合わせにより同様の干渉薄膜層を得ることも可能であるが、そのためには複素屈折率N=n−ikで表されるいずれかの薄膜について、
1.36≦n≦3.5
0.1≦k≦6
を満たすようにするのが実用的である。屈折率nが上記下限値を下回ると波長選択性のある分光反射特性が得にくくなり、所望の特性を得るには薄膜の積層数が増えて製造コストが高くなる振りがある。逆に、屈折率nとして上限値を上回るような値を得ようとすると、その成膜条件を安定に保つことが難しく、屈折率nの値だけでなく消衰係数kの値も不安定になって工業的な製造には不向きとなる。また、消衰係数kが上記範囲から外れると反射光量の制御が難しくなり、沈んだ色合いの適度な強度の反射光が得にくくなる。
【0032】
誘電体膜の場合、消衰係数kの値は可視光域では高々「2.0」程度のものが多いが、金属膜では表1に挙げたアルミニウムの薄膜にみられるように、消衰係数kが中心波長λ0で「5.63192」にも達する。また、光透過性をもつ薄い膜厚の範囲内では屈折率n=0.83413として膜計算を行うことも可能であることから、金属膜の積層により同様の干渉薄膜層Lsを設計することが可能となる。
【0033】
以下に示す表2は、クロム(Cr)と金(Au)との二種類の金属膜を積層した干渉薄膜層の膜構成の一例(中心波長λ0=550nm)を示すもので、その分光反射特性は図9のとおりである。この分光反射特性によれば、金属膜を用いながらも全体的な反射光量が短波長側でも高々35%程度で、淡いシアン系の色が暗く沈んで観察され、独特の色合いが得られることがわかる。このような金属膜を利用した態様においても、一方の薄膜の屈折率nが「1.36〜3.5」の範囲にあり、消衰係数kが「0.1〜6」の範囲にあることが満たされている。
【0034】
【表2】
【0035】
また本発明の光学干渉薄膜は、例えばプラスチック製品の表面に形成する際に、製品の筐体そのものの表面に直接的に成膜するだけでなく、製品の筐体がプラスチックの成形品である場合にはいわゆるインサート成形手法を用いることもできる。図10はその工程を概略的に示すものである。同図(A)に示す工程では、光学干渉薄膜の支持体となるベースフイルム20に剥離可能な接着剤層21を塗布し、その下層に光学干渉薄膜を保護するためのハードコート層22を成膜しておく。ベースフイルム20には、PET(ポリエチレンテレフタレート)製のシートを好適に用いることができる。同図(B)に示す工程でハードコート層22の下層に光学干渉薄膜24を成膜する。その後、同図(C)の工程で、同図(B)までの工程で得られた積層体を製品の筐体サイズに合わせてカットされ、インサート部品25が得られる。
【0036】
同図(D)に示すように、インサート部品25の光学干渉薄膜24の表裏を反転させて下金型26にインサートしてから上金型27を合わせ、矢印に示すように溶融したプラスチックを両金型間のキャビティに射出して筐体28を成形する。これにより、インサート部品25は筐体28とともに一体に成形される。同図( E)の工程では、金型から取り出した成形品から接着剤層21とともにベースフイルム20を剥離する。これにより、最終的には筐体28の表面に、保護用のハードコート層22で覆われた光学干渉薄膜24が形成される。
【0037】
以上、図示の実施形態に基づいて本発明について説明してきたが、干渉薄膜層Lsの膜構成を変えることによって、様々な色光を暗く反射させる分光反射特性を得ることが可能である。また、表1に示す膜構成であればリアクティブスパッタ法による成膜でも図2と同様の分光反射特性が得られており、成膜方法としてもイオンプレーティング以外の種々の方法を用いることができる。さらに、金属膜の成膜には真空成膜はもとよりメッキを利用することも可能で、ほぼ同等の屈折率nと消衰係数kを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明を用いた装飾コーティングの概念図である。
【図2】装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図3】青色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図4】緑色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図5】マゼンタ色系装飾コーティングの分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図6】成膜装置の模式図である。
【図7】試験成膜に用いたサンプルの外観図である。
【図8】窒化チタン膜の屈折率及び消衰係数の波長依存性を示すグラフである。
【図9】金属膜による多層光学干渉薄膜の分光反射特性の一例を示すグラフである。
【図10】インサート成形手法の概略を示す説明図である。
【符号の説明】
【0039】
10 真空槽
11 基板ホルダ
12 サンプル
15 蒸発源
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地基板側に形成され屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を積層した干渉薄膜層と、この干渉薄膜層を覆う透明な保護層とを有し、可視光域で反射を低減させるとともにその反射光に波長依存性のある強度変調を与える光学干渉薄膜において、
前記干渉薄膜層を構成するいずれかの薄膜の複素屈折率Nを、屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いてN=n−ikとしたとき、
1.36≦n≦3.5
0.1≦k≦6
を満たすことを特徴とする光学干渉薄膜。
【請求項2】
前記保護層は、屈折率が1.35〜1.65、膜厚が0.3〜100μmの膜であることを特徴とする請求項1記載の光学干渉薄膜。
【請求項3】
前記保護層の上に、膜厚が3〜50μmの透明なテフロン(登録商標)系またはシリコン系の塗装材料からなる汚れ防止層を設けたことを特徴とする請求項2記載の光学干渉薄膜。
【請求項4】
前記下地基板の表面に金属層が形成され、この金属層の上に前記干渉薄膜層が積層されたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の光学干渉薄膜。
【請求項5】
前記干渉薄膜層が、窒化チタン膜を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の光学干渉薄膜。
【請求項6】
前記干渉薄膜層が、窒化シリコン膜を含むことを特徴とする請求項5記載の光学干渉薄膜。
【請求項7】
前記干渉薄膜層が、窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを交互に積層した薄膜層であることを特徴とする請求項6記載の光学干渉薄膜。
【請求項8】
前記干渉薄膜層が、屈折率n及び消衰係数kが互いに異なる2種類の金属薄膜を交互に積層した薄膜層であり、前記保護膜が窒化チタン膜であることを特徴とする請求項1記載の光学干渉薄膜。
【請求項1】
下地基板側に形成され屈折率nが異なる少なくとも2種類の薄膜を積層した干渉薄膜層と、この干渉薄膜層を覆う透明な保護層とを有し、可視光域で反射を低減させるとともにその反射光に波長依存性のある強度変調を与える光学干渉薄膜において、
前記干渉薄膜層を構成するいずれかの薄膜の複素屈折率Nを、屈折率n、消衰係数k、虚数iを用いてN=n−ikとしたとき、
1.36≦n≦3.5
0.1≦k≦6
を満たすことを特徴とする光学干渉薄膜。
【請求項2】
前記保護層は、屈折率が1.35〜1.65、膜厚が0.3〜100μmの膜であることを特徴とする請求項1記載の光学干渉薄膜。
【請求項3】
前記保護層の上に、膜厚が3〜50μmの透明なテフロン(登録商標)系またはシリコン系の塗装材料からなる汚れ防止層を設けたことを特徴とする請求項2記載の光学干渉薄膜。
【請求項4】
前記下地基板の表面に金属層が形成され、この金属層の上に前記干渉薄膜層が積層されたことを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の光学干渉薄膜。
【請求項5】
前記干渉薄膜層が、窒化チタン膜を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載の光学干渉薄膜。
【請求項6】
前記干渉薄膜層が、窒化シリコン膜を含むことを特徴とする請求項5記載の光学干渉薄膜。
【請求項7】
前記干渉薄膜層が、窒化チタン膜と窒化シリコン膜とを交互に積層した薄膜層であることを特徴とする請求項6記載の光学干渉薄膜。
【請求項8】
前記干渉薄膜層が、屈折率n及び消衰係数kが互いに異なる2種類の金属薄膜を交互に積層した薄膜層であり、前記保護膜が窒化チタン膜であることを特徴とする請求項1記載の光学干渉薄膜。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【公開番号】特開2010−72347(P2010−72347A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−239722(P2008−239722)
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(000156396)鎌倉光機株式会社 (14)
【出願人】(592166403)株式会社ライク (8)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【出願人】(000156396)鎌倉光機株式会社 (14)
【出願人】(592166403)株式会社ライク (8)
【Fターム(参考)】
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