光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法とその装置
【課題】本発明の目的は、装置の外部環境に応じた有色ノイズであっても低減することができ、計測信頼性の劣化が少なくより遠距離まで計測可能で、広い飛行速度範囲に対応できる光学式遠隔気流計測装置を提供することにある。
【解決手段】本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、レーザ光を送信信号として大気中に放射して、受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うものとした。
【解決手段】本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、レーザ光を送信信号として大気中に放射して、受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うものとした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学式遠隔気流計測装置に関し、特にレーザ光を大気中に放射して、そのレーザ光の大気中での散乱光を受信することにより、数100mから10数km程度までの遠隔領域の風速をドップラー効果に基づき計測する光学式遠隔気流計測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
航空機事故の主要因として近年乱気流が注目されており、航空機に搭載して乱気流を事前に検知する装置として、レーザ光を利用したドップラーライダーが研究開発されている(例えば、非特許文献1を参照。)。なお、ライダー(LIDAR)とは、光を利用した検知手法で「Light Detection And Ranging」を略したものである。また、照射された光線が、大気中に浮遊する微小なエアロゾルによって散乱され、そのレーザ散乱光を受信してドップラー効果による周波数変化量(波長変化量)を測定することによって風速を測定することからドップラーライダーと呼ばれている。一般的なドップラーライダーは、パルス状のレーザ光を放射して、そのレーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を前記ドップラーライダーで受信することにより、ドップラー効果に基づき遠隔領域の風速を計測するものであり、地上に設置して上空の気流を観測する装置は既に実用化されている。
【0003】
本発明者は先に特許文献1の「風擾乱予知システム」を提示した。この発明は、3次元的な風擾乱を計測することができ、従来のウインドシア警告システムのような予告なしの突然の警告ではなく、信頼できる警告かどうかを事前に確認することができ、どのような対処をするべきか判断しやすい形態で検知でき、そして、航空機に搭載する際、空気力学的や構造的な影響が少なく、更に、ピト一管では計測出来ない20〜30m/s以下の速度、さらに気流方向が機体軸線と大きく異なる場合でも測定が可能で位置誤差を生じない計測システムを提供することを目的としたもので、この風擾乱予知システムは、ヘテロダイン受信器を内蔵したコヒーレント方式のレーザ風速計を航空機に搭載し、レーザ光を円錐状に走査しながら照射して、飛行中の機体前方の風擾乱領域からの散乱光を受光することにより、遠方の三次元的な気流の速度を計測する方式を採用した。また、計測した3次元の気流情報を上下風および前後風が機体に及ぼす影響を考慮して、上下風のみに換算して2次元に簡易化表示し、風擾乱について乱流強度および平均風に分解して表現するようにした。また、計測した気流情報を操縦者に伝達する際、擾乱の位置を距離ではなく、その擾乱に遭遇するまでの時間を基準として表示するようにし、風計測ライダの円筒状の光学系を一部切欠いて搭載性を向上させるようにしたものである。
【0004】
この種のドップラーライダーでは、ノイズの中から有用な信号を取り出す技術が重要となっており、ノイズを低減することができれば、観測の信頼性が向上するとともに、遠距離観測における信号強度が小さい領域でも観測が可能となり、最大観測距離を拡大することができる。従来の技術では、観測信号の積分によるノイズの平滑化と信号の重畳が一般的であったが、ノイズの発生特性が不規則ではない場合、すなわち有色ノイズに対しては有用な信号と区別がつかないため、低減することができなかった。
【0005】
このため受信系固有のノイズパターンを事前に計測して、観測信号からノイズパターンを差し引く手法が試されているが、この手法の場合、観測中に有色ノイズの状況が変化しても対応できないし、オフセット速度を観測中に変えることができない。オフセット速度とは、ドップラー周波数の計測範囲に制限があるために、飛行速度に相当するドップラー周波数を観測周波数から差し引いて、風速情報のドップラー周波数のレンジに整合させる機能において用いられる一定の速度である。従来はオフセット速度が一定値であったために、広い範囲の飛行速度に対応することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−14845号公報(特許第3740525号公報)「風擾乱予知システム」 平成15年1月15日公開
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Inokuchi, H.Tanaka, and T.Ando, " Development of an Onboard Doppler LIDAR for Flight Safety," Journal of Aircraft, Vol. 46, No. 4, pp. 1411-1415, July-August 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するものであり、その目的は、装置の外部環境に応じた有色ノイズであっても低減することができ、計測信頼性の劣化が少なくより遠距離まで計測可能で、広い飛行速度範囲に対応できる光学式遠隔気流計測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うものとした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の1形態では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定するようにした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の他の形態では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した計測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ計測の専用領域として通常の計測領域よりも遠方に設定するものとした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の更なる形態では、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に計測した有色ノイズを無信号データとして用いるものとした。
更に、変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにして、オフセット速度を観測中に変更することが可能とした。
【0010】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置であって、散乱光の信号強度がほとんどないとみなし得る最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出する手段と、観測された散乱光スペクトルに対して前記ノイズ分布を用い、前記ドップラー周波数成分毎に減算処理を行う手段とを備えるものとした。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し低減することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することが可能となる。
本発明装置の有色ノイズ低減方法が航空機に採用されることによって、パイロットが飛行前方の乱気流を事前に余裕を持って容易かつ確実に検知し、危険を回避するための適切な措置を取ることが出来るようになる。従って、航空機の乱気流事故を防止することが好適に期待でき、空の安全性を高めることに大きな貢献ができる。
【0012】
本発明の1実施形態である光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することとしたため、信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を有効に用いて有色ノイズの推定を効果的に行うことができる。
本発明の他の実施形態である光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した観測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ観測の専用領域として通常の観測領域よりも遠方に設定することとしたため、レンジ分解能を高めて近距離に重点を置いて観測する場合でも確実に有色ノイズを低減することができる。
更に、本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにしたことにより、オフセット速度を観測中に変更することが可能となるので、広い範囲の飛行速度に対応して適正レンジで風速を精度よく計測することが出来る。
【0013】
本発明の更なる実施形態の光学式遠隔気流計測装置では、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に観測した有色ノイズを無信号データとして用いることとしたため、様々な気象条件に対応可能となった。
【0014】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し低減することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することが可能となる方式を採用したものであるから、上記の効果を実機に於いて実現させることが出来るだけでなく、航空機に搭載可能な小型省電力の装置として構成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の光学式遠隔気流計測装置としてのドップラーライダーを示す構成説明図である。
【図2】本発明に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。
【図3】本発明に係る平均化段数Lに対する有色ノイズ推定結果の一例を示す図である。
【図4】本発明に係る平均化段数Lと残差2乗和の関係を示す図である。
【図5】本発明に係る有色ノイズ推定/除去結果の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施例1に係る乱気流計測結果の一例を示す図である。
【図7】本発明の実施例1に係る時間変動する有色ノイズ推定/除去結果の一例を示す図である。
【図8】本発明の実施例1に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【図9】本発明の実施例2に係る有色ノイズ推定領域の判定の一例を示す図である。
【図10】本発明の実施例2に係る乱気流計測結果の一例を示す図である。
【図11】本発明の実施例2に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【図12】本発明の実施例3に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。
【図13】本発明の実施例4に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図に示す実施の形態により本発明をさらに詳細に説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
図1は、本発明の光学式遠隔気流計測装置としてのドップラーライダー100の基本構成をを示す図である。このドップラーライダー100は、大気中に浮遊するエアロゾルに対しレーザ光を送信光として照射して、エアロゾルからのレーザ散乱光を受信光として受信する光学系10と、その受信光と送信光との波長変化量(ドップラーシフト量)に基づいて風速を計測する計測器本体20とからブロック構成されている。
【0017】
光学系10は、送信光となる微弱なレーザ光(参照光)を発生する基準光源1と、その微弱なレーザ光を増幅して送信光とする光ファイバアンプ2と、該光ファイバアンプ2を励起するポンプ光としてのレーザ光を発生する励起光源3と、送信光を遠方に放射すると共に遠方からの散乱光を集光する光学望遠鏡4とから成る。なお、送信光としては例えば波長1.5μm帯の近赤外線レーザ光を、励起光源としては高効率のレーザダイオードを各々使用することが可能である。また、上記ドップラーライダー100のような、ファイバアンプ式のドップラーライダーは、小型、軽量、省電力、低電磁ノイズ、レイアウトの高い自由度、耐振動性、高い防塵性、加工容易性を備え、液体冷却機構の省略を可能にする等、枚挙に暇がない程の多項目にわたり航空機搭載用として優れた利点を備えている。
【0018】
計測本体20は、レーザ散乱光を受信し参照光と合成しビート信号を出力する光受信機5と、そのビート信号を処理し機体前方の気流の風速を計測する信号処理器6と、風速の計測結果を表示する表示器7とから構成されている。なお、後述するように、信号処理器6では、計測信号に対する有色ノイズ推定/除去処理により、受信強度が低下する主に遠距離に係る計測精度の劣化を防止している。
【0019】
前述したように、上記ドップラーライダー100は、パルス状のレーザ光(送信光)を大気中に放射して、そのレーザ光の大気中でのレーザ散乱光(受信光)を受信することにより、ドップラー効果に基づき遠隔領域の風速を計測する装置である。そして、受信光を時系列に分割することにより、距離方向の計測領域を特定して、同時に複数領域の風速を計測することが可能である。
このようなドップラーライダー100において送信光については、光線が収束されているために空間伝搬損失は少ないが、該受信光は散乱光が拡散するために距離の2乗にほぼ反比例して受信強度が低下する。このため遠方領域の計測では内部ノイズ成分の比率が卓越し、不正な計測値が増加することとなる。また近距離であっても特異な大気状態により一時的に受信強度が低下するという現象が生じることもある。
【0020】
本発明では、ドップラーライダー100が受信した散乱光のパワースペクトルに対し、信号処理器6では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し除去することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止する。まず、計測距離RをmΔR(m:レンジビン番号、ΔR:レンジビン長)、ドップラー周波数fをnΔfd(n:ドップラービン番号、Δfd:ドップラー分解能)と定義し、各レンジビン番号m(=0〜M-1)におけるドップラービン番号n(=0〜N-1)の散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)に対し、図2に示すように、その最遠方の計測領域に対応したレンジビン番号m(=M-L〜M-1)の範囲において、ドップラービン番号毎に平均化段数Lの散乱光パワースペクトルの平均化処理を行い、ノイズのパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)を算出する。すなわち、以下のように算出する。
【数1】
観測された散乱光パワースペクトルS(m,n)から式(1)でドップラービン番号毎に算出された雑音のパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)の減算処理を行い、有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)を算出する。すなわち、以下のように算出する。
【数2】
【0021】
次に、式(2)の有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)から、以下のようにして風速を算出する。まず、式(2)の有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)に対し、そのスペクトルのピーク位置Pk(m)の左右演算範囲内における1次モーメントを求めることにより、各レンジビン番号mにおける平均ドップラー周波数のドップラービン番号Fs(m)(m=0〜M-1)を算出する。
【数3】
なお、GW1は演算処理範囲を決めるパラメータであり、Ks=Pk(m)-GW1、Ke=Pk(m)+GW1である。
式(3)より、平均風速v(m)を以下のようにして算出する。
【数4】
ただし、λはレーザ光の波長、vd(m)はレンジビン番号mにおけるドップラー周波数、fsは受信信号のサンプリング周波数、NFFTはFFT(高速フーリエ変換)のポイント数(NFFT=2N)である。
【0022】
図3は、ドップラーライダー100を用いて実際の飛行実験により観測した散乱光のパワースペクトルに対し、本発明により有色ノイズの推定を行った結果の一例である。この評価において、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、平均化段数Lを変化させた場合における有色ノイズの推定結果を評価したものである。また、図4は、図3における有色ノイズの推定結果に対し、平均化段数Lと残差2乗和の関係を評価した図である。なお、残差2乗和については、平均化段数L=32の有色ノイズ推定結果を基準とし、その基準に対する誤差を評価したものである。図3、図4の評価結果から、平均化段数Lを大きくすることにより有色ノイズの推定結果のばたつきが小さくなり、平均化段数がL=16程度以上であれば、残差2乗和の値も小さくなっているのがわかる。
【0023】
図5は、図3、4と同様に、ドップラーライダー100を用いて実際の飛行実験により観測した散乱光パワースペクトルに対する有色ノイズの推定/除去結果の一例であり、図5(a)は有色ノイズを除去する前の散乱光パワースペクトル、図5(b)は本発明により推定された有色ノイズのパワースペクトル、図5(c)は本発明により推定された有色ノイズのパワースペクトルにより有色ノイズを除去した後の散乱光パワースペクトルである。なお、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、平均化段数L=16として有色ノイズの推定を行っている。この図5(a)では、ドップラーライダー100によって観測された散乱光パワースペクトルの中に、信号成分以外に装置の外部環境に依存して発生したと思われる有色ノイズが観測されている。この観測された散乱光パワースペクトルに対して、本発明により有色ノイズを推定し除去した結果が図5(c)であり、この図から信号成分にはほとんど影響を与えることなく計測の障害となる有色ノイズのみを効果的に除去できているのがわかる。
【0024】
すなわち、本発明の光学式遠隔気流計測装置は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し除去することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することができ、航空機に搭載可能な小型省電力の装置として構成することが可能となる。
また、本発明の光学式遠隔気流計測装置は、図2に示したように、受信した散乱光パワースペクトル毎にノイズ分布の推定を行い観測信号からその推定されたノイズ分布を差し引く手法であるため、オフセット速度を観測中に変更することが可能となり、広い範囲の飛行速度に対応することができるようになる。なお、ノイズ分布の時間的な変動が小さい場合は、ノイズ分布の推定間隔を受信した散乱光パワースペクトル毎ではなく、ある一定間隔で行うようにすることにより、演算量を低減することも可能である。
【0025】
また、本発明の光学式遠隔気流計測装置では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することも可能であり、これにより信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を用いて効果的に有色ノイズの推定を行うこともできる。また、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した観測領域の最遠方ではなく、有色ノイズを観測する専用領域として通常の観測領域よりも遠方に設定することも可能であり、レンジ分解能を高めて近距離に重点を置いて観測する場合でも確実に有色ノイズを推定し除去することもできる。さらに、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に観測した有色ノイズを無信号データとして用いることとし、様々な気象条件に対応させることも可能である。
【実施例1】
【0026】
図6は、本発明の実施例1に係る乱気流計測結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、(a)がドップラーライダー100によって観測されたノイズ除去前の乱気流計測結果、(b)が本発明によるノイズ除去後の乱気流計測結果であり、有色ノイズ推定のための平均化段数はL=16としている。図6(a)、(b)では、機体が縦軸上向き方向に速度約220m/sで飛行しており、小さな四角形1マスの縦の長さ(レンジビン長ΔR)は300mで、1秒間で縦の1列のデータが同時に計測でき、それを時系列に横に並べている。すなわち、図2に示す散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)が1秒毎に観測され、この観測された散乱光パワースペクトルを用いて式(1)〜(4)により風速を算出し、その風速の変動量から算出した乱気流強度が縦の1列のデータに対応する。なお、今回の計測では、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、そのうちのレンジビン番号0から40までの計測結果を図示している。また、四角形1マスの色の濃淡は風速の変動量から算出した乱気流強度の大きさを示しており、白に近いほど乱気流強度の値が大きいことを示している。ただし、散乱光パワースペクトルの受信強度が低いと計測結果の信頼性が低くなるため、受信信号の品質を表す信号電力対雑音電力比(S/N)が7dBより低い場合は黒色を表示するようにしている。
図6から、飛行している所々に風速の変化している領域が確認でき、その領域が時間の経過とともに機体に近づいてくる様子が確認できる。通常、計測距離が大きくなるに従ってS/Nが低下するため、遠方の計測領域では計測結果の信頼性が低いと判定された黒色の表示が多くなるが、図6(a)のノイズ除去前の評価結果では、有色ノイズを信号と判定し、かつ、そのレベルが7dB以上となっているため、乱気流強度の誤った計測が多数発生している。一方、図6(b)のノイズ除去後の評価結果では、本発明による有色ノイズの推定/除去により誤った計測の原因となっている有色ノイズが効果的に除去できているため遠方の計測領域における計測結果の信頼性が低い領域は黒色の表示となり、その結果、正しく計測された信頼できる計測結果のみが表示されるようになり、有色ノイズによる計測結果の信頼性低下が低減されているのがわかる。なお、ごく近距離の計測については、送信信号の装置内部における回り込みが発生しているため、正しい計測値ではない。
【0027】
図7は実施例1に係る時間変動する有色ノイズの推定/除去結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、有色ノイズの形状が時間的に変化している様子を示している。この場合、受信系固有のノイズパターンを事前に計測して観測信号からノイズパターンを差し引く従来の手法では効果的に有色ノイズを除去することはできなかったが、本発明では、受信した散乱光パワースペクトル毎に有色ノイズの推定/除去を行っているため、時間的に変動する有色ノイズであっても効果的に有色ノイズを除去できている。
【0028】
図8は本発明の実施例1に係るS/Nの距離特性の一例を示す図であり、同じく実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、ある時刻における受信信号のS/Nに対する距離特性を示したものである。図8から、本発明に係る有色ノイズの推定/除去を行うことにより、遠方の計測領域における雑音レベルが低減され、計測距離が約40%程度改善されており、本発明による計測距離向上の効果が確認できる。
【実施例2】
【0029】
本発明の実施例1に係る有色ノイズの推定/除去では、図2に示すように、有色ノイズの推定範囲として平均化段数Lとしたレンジビン番号m(=M-L〜M-1)の固定範囲で有色ノイズの推定を行っていた。しかしながら、計測距離は大気中のエアロゾルの密度等で変動するため散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域の範囲も変動することになり、この領域が狭くなった場合は散乱光の信号強度が存在する領域を有色ノイズの推定範囲に含んでしまうことも考えられ、信号成分にも悪影響を与えてしまう可能性がある。そこで、散乱光の信号強度がほとんどない雑音のみと想定される領域を推定し、その推定された範囲で有色ノイズの推定/除去を行う。
【0030】
図9は、本発明の実施例2に係る有色ノイズ推定領域の判定の一例を示す図である。図9では、受信した散乱光パワースペクトルのS/Nに対し、計測距離間におけるS/Nの変動量を算出し、その変動量に対してある閾値を設定し、設定した閾値以下の場合は信号成分はほとんどなくノイズ成分のみの領域と判定し、この領域を有色ノイズ推定領域とする。具体的には、まず、受信強度の変動量をD(m)を以下のようにして算出する。
【数5】
なお、Δは変動量を算出するレンジビン番号間の間隔である。
レンジビン番号mをM-1、M-2、…としてこの変動量D(m)を順次計算し、この変動量がある設定した閾値DthをDcnt回連続して超えた時点でのレンジビン番号Xに対して雑音位置オフセット量Nofstを加えたレンジビン番号を有色ノイズ推定の開始レンジビンとする。なお、この雑音位置オフセット量Nofstは、ノイズ除去をしていない場合の受信レベルの変化点には信号成分が含まれている可能性があるため、信号成分が除去されないように有色ノイズ推定の開始位置を補正するものである。すなわち、有色ノイズの推定を行うレンジビン範囲は(X+Nofst)〜M-1となる。この場合の雑音のパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)は以下のように算出される。
【数6】
この式(6)を用いて、式(2)〜(4)と同様の手順で風速を算出する。
【0031】
図10は、本発明の実施例2に係る乱気流計測結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、(a)は全レンジビン数M=50に対し平均化段数固定(L=16)として有色ノイズの推定/除去を行った場合の乱気流強度、(b)は同じく全レンジビン数M=50に対し平均化段数可変として有色ノイズの推定/除去を行った場合の乱気流強度を示している。図10(a)、(b)では、機体が縦軸上向き方向に速度約140m/sで飛行しており、小さな四角形1マスの縦の長さ(レンジビン長ΔR)は300mで、1秒間で縦の1列のデータが同時に計測でき、それを時系列に横に並べている。すなわち、図2に示す散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)が1秒毎に観測され、この観測された散乱光パワースペクトルを用いて式(1)〜(4)により風速を算出し、その風速のばらつきから算出した乱気流強度が縦の1列のデータに対応する。なお、今回の計測では、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、そのうちのレンジビン番号0から40までの計測結果を図示している。また、四角形1マスの色の濃淡は風速のばらつきから算出した乱気流強度の大きさを示しており、白に近いほど乱気流強度の値が大きいことを示している。ただし、散乱光パワースペクトルの受信強度が低いと計測結果の信頼性が低くなるため、受信信号の品質を表す信号電力対雑音電力比(S/N)が6dBより低い場合は黒色を表示するようにしている。また、図11は、図10の評価データにおける300mのレンジビン長毎に1秒間隔で観測した有色ノイズ除去後のS/Nの4分間の平均値に対する距離特性である。なお、これらの評価では、平均化段数可変処理の効果を確認するため、全レンジビン数M=50として散乱光の信号強度がほとんどない領域を狭くしている。
図10から、全レンジビン数M=50に対して有色ノイズ推定範囲を固定(L=16)とした場合は、計測距離が10kmを超える付近から有色ノイズだけでなく信号成分を除去してしまうことによる計測距離の低下が見られるが、有色ノイズ推定範囲を可変とした場合は、例えば90〜150秒付近で10kmを超える計測距離が確認できる。また、図11から、信号成分の除去がなく有色ノイズの推定誤差も小さい全レンジビン数M=80に対するL=16の特性と比較して、M=50に対するL=16の特性は計測距離10〜13km付近でS/Nが約1dB低下しているが、Lが可変の特性はS/Nの低下があまり見られず、信号成分の除去による計測距離の低下が低減されているのがわかる。
このように、信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を判定してその領域を有効に利用し有色ノイズの推定を行うため、効果的に有色ノイズを除去できるようになる。
【実施例3】
【0032】
図12は、本発明の実施例3に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。現在JAXAで開発中の装置では、パルス状のレーザ光線放射の繰返し周波数fpが4kHzであり、パルス幅は500〜950nsである。したがって、約37km(≒c/(2fp),c:光速)以下の距離の観測領域であれば、レーザパルスが往復する間に次のレーザパルスが放射されることはないので、次のレーザパルスによる受信光と区別が付く。すなわち、計測可能領域0〜37kmの内で、信号計測領域を0〜(M-1)ΔRとした場合、残りのMΔR〜37kmの領域の内の(K-L)ΔR〜(K-1)ΔRの領域を有色ノイズ推定領域として有色ノイズの推定を行うことも可能である。
【実施例4】
【0033】
図13は、本発明の実施例4に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。図13に示すように、一般的には雲などにより遠方での信号強度が一時的に高くなることがあるが、そのような場合にはそれよりも遠方の信号強度が急激に低下するため、ごく短時間で無信号データを再取得することができる。例えば、図13の時刻1)のように、有色ノイズ推定領域で雲の影響等により信号強度が一時的に高くなった場合は、信号強度が一時的に高くなる直前での有色ノイズ推定結果を用いて有色ノイズの除去処理を行い、時刻2)のように、飛行機の移動などにより雲が自機に近づいて有色ノイズ推定領域が雲の遠方となった場合は、その信号強度が急激に低下するため、ごく短時間で無信号データを再取得することができるようになる。仮に連続的に信号強度が高くなるような特異な現象があったとしても、その場合にはノイズ低減をしなくても観測領域内で充分な強度の信号が得られるので、何ら問題ない。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、航空機の前方の乱気流を検知する危険回避手段または危険予知手段として好適に適用することが出来る。また、地上に設置して上空の気流を計測するドップラーライダーにも適用可能である。
【符号の説明】
【0035】
1 基準光源 2 光ファイバアンプ
3 励起光源 4 光学望遠鏡
5 光受信機 6 信号処理器
7 表示器 10 光学系
20 計測器本体
100 ドップラーライダー
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学式遠隔気流計測装置に関し、特にレーザ光を大気中に放射して、そのレーザ光の大気中での散乱光を受信することにより、数100mから10数km程度までの遠隔領域の風速をドップラー効果に基づき計測する光学式遠隔気流計測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
航空機事故の主要因として近年乱気流が注目されており、航空機に搭載して乱気流を事前に検知する装置として、レーザ光を利用したドップラーライダーが研究開発されている(例えば、非特許文献1を参照。)。なお、ライダー(LIDAR)とは、光を利用した検知手法で「Light Detection And Ranging」を略したものである。また、照射された光線が、大気中に浮遊する微小なエアロゾルによって散乱され、そのレーザ散乱光を受信してドップラー効果による周波数変化量(波長変化量)を測定することによって風速を測定することからドップラーライダーと呼ばれている。一般的なドップラーライダーは、パルス状のレーザ光を放射して、そのレーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を前記ドップラーライダーで受信することにより、ドップラー効果に基づき遠隔領域の風速を計測するものであり、地上に設置して上空の気流を観測する装置は既に実用化されている。
【0003】
本発明者は先に特許文献1の「風擾乱予知システム」を提示した。この発明は、3次元的な風擾乱を計測することができ、従来のウインドシア警告システムのような予告なしの突然の警告ではなく、信頼できる警告かどうかを事前に確認することができ、どのような対処をするべきか判断しやすい形態で検知でき、そして、航空機に搭載する際、空気力学的や構造的な影響が少なく、更に、ピト一管では計測出来ない20〜30m/s以下の速度、さらに気流方向が機体軸線と大きく異なる場合でも測定が可能で位置誤差を生じない計測システムを提供することを目的としたもので、この風擾乱予知システムは、ヘテロダイン受信器を内蔵したコヒーレント方式のレーザ風速計を航空機に搭載し、レーザ光を円錐状に走査しながら照射して、飛行中の機体前方の風擾乱領域からの散乱光を受光することにより、遠方の三次元的な気流の速度を計測する方式を採用した。また、計測した3次元の気流情報を上下風および前後風が機体に及ぼす影響を考慮して、上下風のみに換算して2次元に簡易化表示し、風擾乱について乱流強度および平均風に分解して表現するようにした。また、計測した気流情報を操縦者に伝達する際、擾乱の位置を距離ではなく、その擾乱に遭遇するまでの時間を基準として表示するようにし、風計測ライダの円筒状の光学系を一部切欠いて搭載性を向上させるようにしたものである。
【0004】
この種のドップラーライダーでは、ノイズの中から有用な信号を取り出す技術が重要となっており、ノイズを低減することができれば、観測の信頼性が向上するとともに、遠距離観測における信号強度が小さい領域でも観測が可能となり、最大観測距離を拡大することができる。従来の技術では、観測信号の積分によるノイズの平滑化と信号の重畳が一般的であったが、ノイズの発生特性が不規則ではない場合、すなわち有色ノイズに対しては有用な信号と区別がつかないため、低減することができなかった。
【0005】
このため受信系固有のノイズパターンを事前に計測して、観測信号からノイズパターンを差し引く手法が試されているが、この手法の場合、観測中に有色ノイズの状況が変化しても対応できないし、オフセット速度を観測中に変えることができない。オフセット速度とは、ドップラー周波数の計測範囲に制限があるために、飛行速度に相当するドップラー周波数を観測周波数から差し引いて、風速情報のドップラー周波数のレンジに整合させる機能において用いられる一定の速度である。従来はオフセット速度が一定値であったために、広い範囲の飛行速度に対応することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−14845号公報(特許第3740525号公報)「風擾乱予知システム」 平成15年1月15日公開
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Inokuchi, H.Tanaka, and T.Ando, " Development of an Onboard Doppler LIDAR for Flight Safety," Journal of Aircraft, Vol. 46, No. 4, pp. 1411-1415, July-August 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するものであり、その目的は、装置の外部環境に応じた有色ノイズであっても低減することができ、計測信頼性の劣化が少なくより遠距離まで計測可能で、広い飛行速度範囲に対応できる光学式遠隔気流計測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うものとした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の1形態では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定するようにした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の他の形態では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した計測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ計測の専用領域として通常の計測領域よりも遠方に設定するものとした。
また、本発明に係る光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法の更なる形態では、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に計測した有色ノイズを無信号データとして用いるものとした。
更に、変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにして、オフセット速度を観測中に変更することが可能とした。
【0010】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置であって、散乱光の信号強度がほとんどないとみなし得る最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出する手段と、観測された散乱光スペクトルに対して前記ノイズ分布を用い、前記ドップラー周波数成分毎に減算処理を行う手段とを備えるものとした。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し低減することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することが可能となる。
本発明装置の有色ノイズ低減方法が航空機に採用されることによって、パイロットが飛行前方の乱気流を事前に余裕を持って容易かつ確実に検知し、危険を回避するための適切な措置を取ることが出来るようになる。従って、航空機の乱気流事故を防止することが好適に期待でき、空の安全性を高めることに大きな貢献ができる。
【0012】
本発明の1実施形態である光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することとしたため、信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を有効に用いて有色ノイズの推定を効果的に行うことができる。
本発明の他の実施形態である光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した観測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ観測の専用領域として通常の観測領域よりも遠方に設定することとしたため、レンジ分解能を高めて近距離に重点を置いて観測する場合でも確実に有色ノイズを低減することができる。
更に、本発明の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法は、変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにしたことにより、オフセット速度を観測中に変更することが可能となるので、広い範囲の飛行速度に対応して適正レンジで風速を精度よく計測することが出来る。
【0013】
本発明の更なる実施形態の光学式遠隔気流計測装置では、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に観測した有色ノイズを無信号データとして用いることとしたため、様々な気象条件に対応可能となった。
【0014】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し低減することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することが可能となる方式を採用したものであるから、上記の効果を実機に於いて実現させることが出来るだけでなく、航空機に搭載可能な小型省電力の装置として構成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の光学式遠隔気流計測装置としてのドップラーライダーを示す構成説明図である。
【図2】本発明に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。
【図3】本発明に係る平均化段数Lに対する有色ノイズ推定結果の一例を示す図である。
【図4】本発明に係る平均化段数Lと残差2乗和の関係を示す図である。
【図5】本発明に係る有色ノイズ推定/除去結果の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施例1に係る乱気流計測結果の一例を示す図である。
【図7】本発明の実施例1に係る時間変動する有色ノイズ推定/除去結果の一例を示す図である。
【図8】本発明の実施例1に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【図9】本発明の実施例2に係る有色ノイズ推定領域の判定の一例を示す図である。
【図10】本発明の実施例2に係る乱気流計測結果の一例を示す図である。
【図11】本発明の実施例2に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【図12】本発明の実施例3に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。
【図13】本発明の実施例4に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図に示す実施の形態により本発明をさらに詳細に説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
図1は、本発明の光学式遠隔気流計測装置としてのドップラーライダー100の基本構成をを示す図である。このドップラーライダー100は、大気中に浮遊するエアロゾルに対しレーザ光を送信光として照射して、エアロゾルからのレーザ散乱光を受信光として受信する光学系10と、その受信光と送信光との波長変化量(ドップラーシフト量)に基づいて風速を計測する計測器本体20とからブロック構成されている。
【0017】
光学系10は、送信光となる微弱なレーザ光(参照光)を発生する基準光源1と、その微弱なレーザ光を増幅して送信光とする光ファイバアンプ2と、該光ファイバアンプ2を励起するポンプ光としてのレーザ光を発生する励起光源3と、送信光を遠方に放射すると共に遠方からの散乱光を集光する光学望遠鏡4とから成る。なお、送信光としては例えば波長1.5μm帯の近赤外線レーザ光を、励起光源としては高効率のレーザダイオードを各々使用することが可能である。また、上記ドップラーライダー100のような、ファイバアンプ式のドップラーライダーは、小型、軽量、省電力、低電磁ノイズ、レイアウトの高い自由度、耐振動性、高い防塵性、加工容易性を備え、液体冷却機構の省略を可能にする等、枚挙に暇がない程の多項目にわたり航空機搭載用として優れた利点を備えている。
【0018】
計測本体20は、レーザ散乱光を受信し参照光と合成しビート信号を出力する光受信機5と、そのビート信号を処理し機体前方の気流の風速を計測する信号処理器6と、風速の計測結果を表示する表示器7とから構成されている。なお、後述するように、信号処理器6では、計測信号に対する有色ノイズ推定/除去処理により、受信強度が低下する主に遠距離に係る計測精度の劣化を防止している。
【0019】
前述したように、上記ドップラーライダー100は、パルス状のレーザ光(送信光)を大気中に放射して、そのレーザ光の大気中でのレーザ散乱光(受信光)を受信することにより、ドップラー効果に基づき遠隔領域の風速を計測する装置である。そして、受信光を時系列に分割することにより、距離方向の計測領域を特定して、同時に複数領域の風速を計測することが可能である。
このようなドップラーライダー100において送信光については、光線が収束されているために空間伝搬損失は少ないが、該受信光は散乱光が拡散するために距離の2乗にほぼ反比例して受信強度が低下する。このため遠方領域の計測では内部ノイズ成分の比率が卓越し、不正な計測値が増加することとなる。また近距離であっても特異な大気状態により一時的に受信強度が低下するという現象が生じることもある。
【0020】
本発明では、ドップラーライダー100が受信した散乱光のパワースペクトルに対し、信号処理器6では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し除去することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止する。まず、計測距離RをmΔR(m:レンジビン番号、ΔR:レンジビン長)、ドップラー周波数fをnΔfd(n:ドップラービン番号、Δfd:ドップラー分解能)と定義し、各レンジビン番号m(=0〜M-1)におけるドップラービン番号n(=0〜N-1)の散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)に対し、図2に示すように、その最遠方の計測領域に対応したレンジビン番号m(=M-L〜M-1)の範囲において、ドップラービン番号毎に平均化段数Lの散乱光パワースペクトルの平均化処理を行い、ノイズのパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)を算出する。すなわち、以下のように算出する。
【数1】
観測された散乱光パワースペクトルS(m,n)から式(1)でドップラービン番号毎に算出された雑音のパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)の減算処理を行い、有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)を算出する。すなわち、以下のように算出する。
【数2】
【0021】
次に、式(2)の有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)から、以下のようにして風速を算出する。まず、式(2)の有色ノイズ等の雑音を低減したパワースペクトルSnr(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)に対し、そのスペクトルのピーク位置Pk(m)の左右演算範囲内における1次モーメントを求めることにより、各レンジビン番号mにおける平均ドップラー周波数のドップラービン番号Fs(m)(m=0〜M-1)を算出する。
【数3】
なお、GW1は演算処理範囲を決めるパラメータであり、Ks=Pk(m)-GW1、Ke=Pk(m)+GW1である。
式(3)より、平均風速v(m)を以下のようにして算出する。
【数4】
ただし、λはレーザ光の波長、vd(m)はレンジビン番号mにおけるドップラー周波数、fsは受信信号のサンプリング周波数、NFFTはFFT(高速フーリエ変換)のポイント数(NFFT=2N)である。
【0022】
図3は、ドップラーライダー100を用いて実際の飛行実験により観測した散乱光のパワースペクトルに対し、本発明により有色ノイズの推定を行った結果の一例である。この評価において、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、平均化段数Lを変化させた場合における有色ノイズの推定結果を評価したものである。また、図4は、図3における有色ノイズの推定結果に対し、平均化段数Lと残差2乗和の関係を評価した図である。なお、残差2乗和については、平均化段数L=32の有色ノイズ推定結果を基準とし、その基準に対する誤差を評価したものである。図3、図4の評価結果から、平均化段数Lを大きくすることにより有色ノイズの推定結果のばたつきが小さくなり、平均化段数がL=16程度以上であれば、残差2乗和の値も小さくなっているのがわかる。
【0023】
図5は、図3、4と同様に、ドップラーライダー100を用いて実際の飛行実験により観測した散乱光パワースペクトルに対する有色ノイズの推定/除去結果の一例であり、図5(a)は有色ノイズを除去する前の散乱光パワースペクトル、図5(b)は本発明により推定された有色ノイズのパワースペクトル、図5(c)は本発明により推定された有色ノイズのパワースペクトルにより有色ノイズを除去した後の散乱光パワースペクトルである。なお、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、平均化段数L=16として有色ノイズの推定を行っている。この図5(a)では、ドップラーライダー100によって観測された散乱光パワースペクトルの中に、信号成分以外に装置の外部環境に依存して発生したと思われる有色ノイズが観測されている。この観測された散乱光パワースペクトルに対して、本発明により有色ノイズを推定し除去した結果が図5(c)であり、この図から信号成分にはほとんど影響を与えることなく計測の障害となる有色ノイズのみを効果的に除去できているのがわかる。
【0024】
すなわち、本発明の光学式遠隔気流計測装置は、従来のレーザ送信出力を増加させる方式または受光面積を増大させる方式には依らずに、それに代わり散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域における計測信号から有色ノイズを推定し除去することにより、計測レンジの拡大を実現しながら同時に遠距離領域の計測精度劣化を防止することができ、航空機に搭載可能な小型省電力の装置として構成することが可能となる。
また、本発明の光学式遠隔気流計測装置は、図2に示したように、受信した散乱光パワースペクトル毎にノイズ分布の推定を行い観測信号からその推定されたノイズ分布を差し引く手法であるため、オフセット速度を観測中に変更することが可能となり、広い範囲の飛行速度に対応することができるようになる。なお、ノイズ分布の時間的な変動が小さい場合は、ノイズ分布の推定間隔を受信した散乱光パワースペクトル毎ではなく、ある一定間隔で行うようにすることにより、演算量を低減することも可能である。
【0025】
また、本発明の光学式遠隔気流計測装置では、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することも可能であり、これにより信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を用いて効果的に有色ノイズの推定を行うこともできる。また、散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した観測領域の最遠方ではなく、有色ノイズを観測する専用領域として通常の観測領域よりも遠方に設定することも可能であり、レンジ分解能を高めて近距離に重点を置いて観測する場合でも確実に有色ノイズを推定し除去することもできる。さらに、遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に観測した有色ノイズを無信号データとして用いることとし、様々な気象条件に対応させることも可能である。
【実施例1】
【0026】
図6は、本発明の実施例1に係る乱気流計測結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、(a)がドップラーライダー100によって観測されたノイズ除去前の乱気流計測結果、(b)が本発明によるノイズ除去後の乱気流計測結果であり、有色ノイズ推定のための平均化段数はL=16としている。図6(a)、(b)では、機体が縦軸上向き方向に速度約220m/sで飛行しており、小さな四角形1マスの縦の長さ(レンジビン長ΔR)は300mで、1秒間で縦の1列のデータが同時に計測でき、それを時系列に横に並べている。すなわち、図2に示す散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)が1秒毎に観測され、この観測された散乱光パワースペクトルを用いて式(1)〜(4)により風速を算出し、その風速の変動量から算出した乱気流強度が縦の1列のデータに対応する。なお、今回の計測では、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、そのうちのレンジビン番号0から40までの計測結果を図示している。また、四角形1マスの色の濃淡は風速の変動量から算出した乱気流強度の大きさを示しており、白に近いほど乱気流強度の値が大きいことを示している。ただし、散乱光パワースペクトルの受信強度が低いと計測結果の信頼性が低くなるため、受信信号の品質を表す信号電力対雑音電力比(S/N)が7dBより低い場合は黒色を表示するようにしている。
図6から、飛行している所々に風速の変化している領域が確認でき、その領域が時間の経過とともに機体に近づいてくる様子が確認できる。通常、計測距離が大きくなるに従ってS/Nが低下するため、遠方の計測領域では計測結果の信頼性が低いと判定された黒色の表示が多くなるが、図6(a)のノイズ除去前の評価結果では、有色ノイズを信号と判定し、かつ、そのレベルが7dB以上となっているため、乱気流強度の誤った計測が多数発生している。一方、図6(b)のノイズ除去後の評価結果では、本発明による有色ノイズの推定/除去により誤った計測の原因となっている有色ノイズが効果的に除去できているため遠方の計測領域における計測結果の信頼性が低い領域は黒色の表示となり、その結果、正しく計測された信頼できる計測結果のみが表示されるようになり、有色ノイズによる計測結果の信頼性低下が低減されているのがわかる。なお、ごく近距離の計測については、送信信号の装置内部における回り込みが発生しているため、正しい計測値ではない。
【0027】
図7は実施例1に係る時間変動する有色ノイズの推定/除去結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、有色ノイズの形状が時間的に変化している様子を示している。この場合、受信系固有のノイズパターンを事前に計測して観測信号からノイズパターンを差し引く従来の手法では効果的に有色ノイズを除去することはできなかったが、本発明では、受信した散乱光パワースペクトル毎に有色ノイズの推定/除去を行っているため、時間的に変動する有色ノイズであっても効果的に有色ノイズを除去できている。
【0028】
図8は本発明の実施例1に係るS/Nの距離特性の一例を示す図であり、同じく実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、ある時刻における受信信号のS/Nに対する距離特性を示したものである。図8から、本発明に係る有色ノイズの推定/除去を行うことにより、遠方の計測領域における雑音レベルが低減され、計測距離が約40%程度改善されており、本発明による計測距離向上の効果が確認できる。
【実施例2】
【0029】
本発明の実施例1に係る有色ノイズの推定/除去では、図2に示すように、有色ノイズの推定範囲として平均化段数Lとしたレンジビン番号m(=M-L〜M-1)の固定範囲で有色ノイズの推定を行っていた。しかしながら、計測距離は大気中のエアロゾルの密度等で変動するため散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域の範囲も変動することになり、この領域が狭くなった場合は散乱光の信号強度が存在する領域を有色ノイズの推定範囲に含んでしまうことも考えられ、信号成分にも悪影響を与えてしまう可能性がある。そこで、散乱光の信号強度がほとんどない雑音のみと想定される領域を推定し、その推定された範囲で有色ノイズの推定/除去を行う。
【0030】
図9は、本発明の実施例2に係る有色ノイズ推定領域の判定の一例を示す図である。図9では、受信した散乱光パワースペクトルのS/Nに対し、計測距離間におけるS/Nの変動量を算出し、その変動量に対してある閾値を設定し、設定した閾値以下の場合は信号成分はほとんどなくノイズ成分のみの領域と判定し、この領域を有色ノイズ推定領域とする。具体的には、まず、受信強度の変動量をD(m)を以下のようにして算出する。
【数5】
なお、Δは変動量を算出するレンジビン番号間の間隔である。
レンジビン番号mをM-1、M-2、…としてこの変動量D(m)を順次計算し、この変動量がある設定した閾値DthをDcnt回連続して超えた時点でのレンジビン番号Xに対して雑音位置オフセット量Nofstを加えたレンジビン番号を有色ノイズ推定の開始レンジビンとする。なお、この雑音位置オフセット量Nofstは、ノイズ除去をしていない場合の受信レベルの変化点には信号成分が含まれている可能性があるため、信号成分が除去されないように有色ノイズ推定の開始位置を補正するものである。すなわち、有色ノイズの推定を行うレンジビン範囲は(X+Nofst)〜M-1となる。この場合の雑音のパワースペクトルNave(n)(n=0〜N-1)は以下のように算出される。
【数6】
この式(6)を用いて、式(2)〜(4)と同様の手順で風速を算出する。
【0031】
図10は、本発明の実施例2に係る乱気流計測結果の一例を示す図であり、実際の飛行実験により得られたデータを用いたもので、(a)は全レンジビン数M=50に対し平均化段数固定(L=16)として有色ノイズの推定/除去を行った場合の乱気流強度、(b)は同じく全レンジビン数M=50に対し平均化段数可変として有色ノイズの推定/除去を行った場合の乱気流強度を示している。図10(a)、(b)では、機体が縦軸上向き方向に速度約140m/sで飛行しており、小さな四角形1マスの縦の長さ(レンジビン長ΔR)は300mで、1秒間で縦の1列のデータが同時に計測でき、それを時系列に横に並べている。すなわち、図2に示す散乱光パワースペクトルS(m,n)(m=0〜M-1,n=0〜N-1)が1秒毎に観測され、この観測された散乱光パワースペクトルを用いて式(1)〜(4)により風速を算出し、その風速のばらつきから算出した乱気流強度が縦の1列のデータに対応する。なお、今回の計測では、レンジビン数M=80、ドップラービン数N=256であり、そのうちのレンジビン番号0から40までの計測結果を図示している。また、四角形1マスの色の濃淡は風速のばらつきから算出した乱気流強度の大きさを示しており、白に近いほど乱気流強度の値が大きいことを示している。ただし、散乱光パワースペクトルの受信強度が低いと計測結果の信頼性が低くなるため、受信信号の品質を表す信号電力対雑音電力比(S/N)が6dBより低い場合は黒色を表示するようにしている。また、図11は、図10の評価データにおける300mのレンジビン長毎に1秒間隔で観測した有色ノイズ除去後のS/Nの4分間の平均値に対する距離特性である。なお、これらの評価では、平均化段数可変処理の効果を確認するため、全レンジビン数M=50として散乱光の信号強度がほとんどない領域を狭くしている。
図10から、全レンジビン数M=50に対して有色ノイズ推定範囲を固定(L=16)とした場合は、計測距離が10kmを超える付近から有色ノイズだけでなく信号成分を除去してしまうことによる計測距離の低下が見られるが、有色ノイズ推定範囲を可変とした場合は、例えば90〜150秒付近で10kmを超える計測距離が確認できる。また、図11から、信号成分の除去がなく有色ノイズの推定誤差も小さい全レンジビン数M=80に対するL=16の特性と比較して、M=50に対するL=16の特性は計測距離10〜13km付近でS/Nが約1dB低下しているが、Lが可変の特性はS/Nの低下があまり見られず、信号成分の除去による計測距離の低下が低減されているのがわかる。
このように、信号成分がほとんどない雑音成分のみの領域を判定してその領域を有効に利用し有色ノイズの推定を行うため、効果的に有色ノイズを除去できるようになる。
【実施例3】
【0032】
図12は、本発明の実施例3に係る有色ノイズの推定手順を示す図である。現在JAXAで開発中の装置では、パルス状のレーザ光線放射の繰返し周波数fpが4kHzであり、パルス幅は500〜950nsである。したがって、約37km(≒c/(2fp),c:光速)以下の距離の観測領域であれば、レーザパルスが往復する間に次のレーザパルスが放射されることはないので、次のレーザパルスによる受信光と区別が付く。すなわち、計測可能領域0〜37kmの内で、信号計測領域を0〜(M-1)ΔRとした場合、残りのMΔR〜37kmの領域の内の(K-L)ΔR〜(K-1)ΔRの領域を有色ノイズ推定領域として有色ノイズの推定を行うことも可能である。
【実施例4】
【0033】
図13は、本発明の実施例4に係るS/Nの距離特性の一例を示す図である。図13に示すように、一般的には雲などにより遠方での信号強度が一時的に高くなることがあるが、そのような場合にはそれよりも遠方の信号強度が急激に低下するため、ごく短時間で無信号データを再取得することができる。例えば、図13の時刻1)のように、有色ノイズ推定領域で雲の影響等により信号強度が一時的に高くなった場合は、信号強度が一時的に高くなる直前での有色ノイズ推定結果を用いて有色ノイズの除去処理を行い、時刻2)のように、飛行機の移動などにより雲が自機に近づいて有色ノイズ推定領域が雲の遠方となった場合は、その信号強度が急激に低下するため、ごく短時間で無信号データを再取得することができるようになる。仮に連続的に信号強度が高くなるような特異な現象があったとしても、その場合にはノイズ低減をしなくても観測領域内で充分な強度の信号が得られるので、何ら問題ない。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の光学式遠隔気流計測装置は、航空機の前方の乱気流を検知する危険回避手段または危険予知手段として好適に適用することが出来る。また、地上に設置して上空の気流を計測するドップラーライダーにも適用可能である。
【符号の説明】
【0035】
1 基準光源 2 光ファイバアンプ
3 励起光源 4 光学望遠鏡
5 光受信機 6 信号処理器
7 表示器 10 光学系
20 計測器本体
100 ドップラーライダー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うことを特徴とする光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項2】
散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することを特徴とする請求項1に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項3】
散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した計測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ計測の専用領域として通常の計測領域よりも遠方に設定することを特徴とする請求項1に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項4】
遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に計測した有色ノイズを無信号データとして用いることを特徴とする請求項1乃至請求項3に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項5】
変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにして、オフセット速度を観測中に変更することが可能としたことを特徴とする請求項1乃至請求項4に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項6】
レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置であって、散乱光の信号強度がほとんどないとみなし得る最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出する手段と、観測された散乱光スペクトルに対して前記ノイズ分布を用い、前記ドップラー周波数成分毎に減算処理を行う手段とを備えたものである、請求項1に記載の有色ノイズ低減方法を実施する光学式遠隔気流計測装置。
【請求項1】
レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置において、最遠方以遠の領域では散乱光の信号強度がほとんどないとみなし、その最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出し、該ノイズ分布をある距離間隔で分割された計測領域の信号強度分布のすべてに対して該ドップラー周波数成分毎に減算処理を行うことを特徴とする光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項2】
散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、計測距離間の信号強度の変動量を算出し、該変動量が設定した閾値より小さい領域を有色ノイズの計測領域に設定することを特徴とする請求項1に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項3】
散乱光の信号強度がほとんどない遠方計測領域として、連続した計測領域の最遠方ではなく、有色ノイズ計測の専用領域として通常の計測領域よりも遠方に設定することを特徴とする請求項1に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項4】
遠方計測領域であっても、気象条件に応じて一時的に信号強度が高くなった場合には、その直前回に計測した有色ノイズを無信号データとして用いることを特徴とする請求項1乃至請求項3に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項5】
変動する飛行速度に相当するドップラー周波数を、前記受信信号から順次差し引くようにして、オフセット速度を観測中に変更することが可能としたことを特徴とする請求項1乃至請求項4に記載の光学式遠隔気流計測装置の有色ノイズ低減方法。
【請求項6】
レーザ光を送信信号として大気中に放射(送信)して、該レーザ光の大気中のエアロゾルによるレーザ散乱光を受信信号として受信し、該送信信号と該受信信号との間の周波数のドップラーシフト量に基づき遠隔領域の気流の風速を計測する光学式遠隔気流計測装置であって、散乱光の信号強度がほとんどないとみなし得る最遠方以遠の計測領域においてある周波数間隔で分割されたドップラー周波数成分毎に信号強度の平均化処理を行ってノイズ分布を算出する手段と、観測された散乱光スペクトルに対して前記ノイズ分布を用い、前記ドップラー周波数成分毎に減算処理を行う手段とを備えたものである、請求項1に記載の有色ノイズ低減方法を実施する光学式遠隔気流計測装置。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図13】
【図2】
【図6】
【図10】
【図12】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図13】
【図2】
【図6】
【図10】
【図12】
【公開番号】特開2013−83467(P2013−83467A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221741(P2011−221741)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】
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