説明

光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの製造方法及び精製方法

【課題】光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの製造方法、並びに精製方法(光学純度向上方法)の提供。
【解決手段】一般式(I):


(Rは置換又は非置換の炭素原子数1〜12の炭化水素基)で表されるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを、酵素、酵素固定化物、微生物、菌体培養液、又は菌体処理物の存在下で不斉加水分解する製造方法;並びに当該方法で得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を再結晶する精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、農薬等の原料又は中間体として有用な光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸及びそのエステルは、従来1,1,1-トリフルオロアセトンとシアン化ナトリウムを原料として合成されることが報告されている(Journal of Chemical Society, 2329, 1951)。また、同報告においてはブルシンを用いた光学分割法によるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸からの光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の製造方法を報告している。更にWO93/23358には(S)-(-)-α−メチルベンジルアミンを用いた光学分割法によるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸からの光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の製造方法が報告されている。
【0003】
しかしながら、いずれの方法も光学純度を上げるためには高価な分割剤を必要とし、生産コストが高額となる。更に、これらの方法では、分割剤との塩の形で数回以上再結晶を繰り返した後に、脱分割剤処理を行う必要があり、操作が煩雑である。
【0004】
また、上記の文献では、再結晶による光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の精製(光学純度の向上)については何ら触れられておらず、再結晶により光学純度を向上させることが可能か否かは全く不明であった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、医薬、農薬等の原料又は中間体として有用な光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの光学分割剤を使用しない製造方法、並びに当該方法で得られる光学活性体の簡便な精製方法(光学純度向上方法)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを光学選択的に加水分解する活性を有する酵素を見い出し、更に、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を再結晶することによりその光学純度が向上することを見い出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0008】
(1)一般式(I):
【化1】

(式中、Rは置換又は非置換の炭素原子数1〜12の炭化水素基である。)
で表されるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを、エステル不斉加水分解能力を有する酵素、酵素固定化物、微生物、菌体培養液、又は菌体処理物の存在下で不斉加水分解することを特徴とする、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの製造方法。
【0009】
(2)上記(1)に記載の方法で得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸、又は上記(1)に記載の方法で得られる対掌体エステルを加水分解して得られる対掌体光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を再結晶し、結晶を回収することを特徴とする光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の精製方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、医薬、農薬等の原料又は合成中間体として有用な光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びそのエステル類を光学分割剤を使用せず製造することができる。また、本発明により得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を再結晶すれば、簡便な手法での精製(光学純度の向上)が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
一般式(I)中において、Rは置換又は非置換の炭素原子数1〜12の炭化水素基である。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、n-ヘキシル基等の炭素原子数1〜12のアルキル基;ビニル基、プロペニル基、イソプロペニル基、ブテニル基、イソブテニル基、ヘキセニル基等の炭素原子数2〜12のアルケニル基;エチニル基、プロピニル基、ブチニル基等の炭素原子数2〜12のアルキニル基;シクロヘキシル基等の炭素原子数3〜12、好ましくは3〜7のシクロアルキル基;フェニル基、トリル基、ナフチル基等のアリール基;ベンジル基等のアラルキル基等が例示される。また、この炭化水素基は、その炭素原子に結合する水素原子がハロゲン等の置換基で置換されていてもよい。
【0012】
原料となるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルは、例えば、Journal of Chemical Society, 2329(1951)等に記載されたような公知の方法により合成することができる。すなわち、1,1,1-トリフルオロアセトン水溶液に、冷却下でシアン化ナトリウム水溶液を滴下した後、硫酸を添加して室温にて一昼夜反応させることによってα−トリフルオロメチルラクトニトリルを合成し、次いで、これを硫酸等の強酸で加水分解することによりα−トリフルオロメチル乳酸を合成し、続いてこれを常法に従いエステル化することにより製造することができる。
【0013】
本発明において使用するエステル不斉加水分解酵素は、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを不斉加水分解して光学活性α−トリフルオロメチル乳酸とその対掌体エステルを製造する能力を有するエステル不斉加水分解酵素であれば酵素の種類及びその製造源を問わないが、その中でも一般にリパーゼ類、エステラーゼ類、プロテアーゼ類と称される酵素が特に有効である。
【0014】
エステル不斉加水分解酵素としては、例えば、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを不斉加水分解して光学活性α−トリフルオロメチル乳酸とその対掌体エステルを製造する能力を有する微生物から分離された粗酵素又は精製酵素を使用することができる。そのような微生物としては、バシラス属(Bacillus)、アスペルギルス属(Aspergillus)、キャンディダ属(Candida)、シュードモナス属(Pseudomonas)、リゾップス属(Rhizopus)、ムコール属(Mucor)、フミコラ属(Humicola)等に属する微生物が挙げられる。
【0015】
バシラス属に属する微生物としては、Bacillus subtilis, Bacillus licheniformus, Bacillus polymixa等が、アスペルギルス属に属する微生物としては、Aspergillus flavus, Aspergillus fumigatus, Aspergillus oryzae, Aspergillus foetides, Aspergillus niger, Aspergillus phoenics, Aspergillus saitoi, Aspergillus sojae等が、キャンディダ属に属する微生物としては、Candida rugosa, Candida antarcia, Candida utilus等が、シュードモナス属に属する微生物としては、Pseudomonas fluorescence, Pseudomonas antarcia, Pseudomonas sp. MR-2301(FERM BP-4870)等が、リゾップス属に属する微生物としては、Rhizopus juponicus等が、ムコール属に属する微生物としては、Mucor juponicus, Mucor miehei等が、フミコラ属に属する微生物としては、Humicola lanuginosa等が例示される。
【0016】
また、本発明において使用するエステル加水分解酵素としては、市販のものを使用することができる。微生物により生産される酵素としては、代表的なものとして、例えばNOVO社製アルカラーゼ(Bacillus属由来)、NOVO社製デュラザイム(Bacillus属由来)、NOVO社製エスペラーゼ(Bacillus属由来)、NOVO社製サビナーゼ(Bacillus属由来)、NOVO社製ニュートラーゼ(Bacillus属由来)、NOVO社製リポラーゼ(Humicola属由来)、NOVO社製フラボザイム(Aspergillus属由来)、ナガセ生化学工業社製ビオプラーゼコンク(Bacillus属由来)、ナガセ生化学工業社製デナチームAP及びAP-15(共にAspergillus属由来)、ナガセ生化学工業社製リパーゼ2G(Pseudomonas属由来)、天野製薬社製リパーゼP(Pseudomonas属由来)、天野製薬社製リパーゼPS(Pseudomonas属由来)、天野製薬社製ニューラーゼF(Rhizopus属由来)、天野製薬社製リパーゼMFL、天野製薬社製リパーゼM(Mucor属由来)、天野製薬社製リパーゼAY(Candida属由来)、天野製薬社製リパーゼA(Aspergillus属由来)、天野製薬社製リパーゼM−AP−10、旭化成工業社製LP−015−S等の酵素等が挙げられ、動物起源のエステル加水分解酵素としては、ブタあるいはウシ由来のパンクレアチン、トリプシン等が挙げられる。
【0017】
更に、上記のような微生物から分離された粗酵素又は精製酵素のみならず、該微生物を培地中で培養して得られる培養物をそのままか、又は該培養物から遠心分離等の集菌操作によって得られる培養上清、菌体、若しくは菌体処理物の存在下で一般式(I)で表されるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを不斉加水分解することにより光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルを製造することもできる。菌体処理物としては、アセトン、トルエン等で処理した菌体、菌体の破砕物、菌体を破砕した無細胞抽出物等が挙げられる。
【0018】
本発明の製造方法において、上記エステル不斉加水分解酵素を反応に供するに際しては、該酵素が活性を示す限りその使用形態は特に限定されず、酵素を適当な担体に固定化して使用することもできる。酵素を固定化して用いることにより、反応終了後の光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステル並びに酵素の分離・回収が容易になるとともに、酵素の再利用も可能となる。
【0019】
本発明において、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルの光学選択的加水分解は、以下の方法で行うことができる。反応溶媒に基質であるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを溶解もしくは懸濁する。また、基質を反応溶媒に添加する前に又は添加した後に触媒となる上記不斉加水分解する能力を有する酵素、酵素固定化物、微生物、菌体培養液、又は菌体処理物を添加する。そして、反応温度、必要により反応液のpHを制御しながらα−トリフルオロメチル乳酸エステルの半量程度が加水分解されるまで反応を行う。場合によっては反応の初期段階で反応を中断したり、あるいは過剰に反応させることもある。
【0020】
反応液の基質濃度は、0.1〜80重量%の間で特に制限はないが、生産性等を考慮すると1〜50重量%の濃度で実施するのが好ましい。
反応液の酵素濃度は、通常、0.01〜10重量%であり、好ましくは0.05〜5重量%である。
【0021】
反応液のpHは用いる酵素の至適pHに依存するが、一般的にはpH4〜11の範囲である。化学的加水分解反応による光学純度の低下及び収率の低下を抑えることができるという点でpH5〜9で反応を行うのが好ましい。また、反応が進行するに従いpHが低下してくるが、この場合は適当な中和剤、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム水溶液等を添加して最適pHに調整することが望ましい。
反応温度は5〜70℃が好ましく、10〜50℃がより好ましい。
【0022】
反応溶媒は、通常イオン交換水、緩衝液等の水性媒体を使用するが、有機溶媒を含んだ系でも反応を行うことができる。有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、イソブタノール、t-ブチルアルコール、t-アミルアルコール等のアルコール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒、塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系溶媒、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒、その他アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド等を適宜使用できる。また、これらの有機溶媒を水への溶解度以上に加えて2層系で反応を行うことも可能である。有機溶媒を反応系に共存させることで、選択率、変換率、収率等が向上することも多い。
【0023】
反応時間は、通常、1時間〜1週間、好ましくは1〜72時間であり、そのような時間で反応が終了する反応条件を選択することが好ましい。
【0024】
尚、以上のような基質濃度、酵素濃度、pH、温度、溶媒、反応時間及びその他の反応条件はその条件における反応収率、光学収率等を考慮して目的とする光学活性化合物が最も多く採取できる条件を適宜選択することが望ましい。
【0025】
上記の反応により、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルが不斉加水分解されて、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸が生成する。また、残存基質は、その生成した光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の対掌体エステルとなる。
【0026】
生成した光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及び光学活性α−トリフルオロメチル乳酸エステル(すなわち、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の対掌体エステル)の反応混合液からの単離は抽出、蒸留、カラム分離等通常の単離法で行うことができる。
【0027】
例えば、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸エステルは、例えば、反応液のpHを中性付近に調整後、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル類;酢酸エチル等のエステル類;ヘキサン、オクタン、ベンゼン、トルエン等の炭化水素類;塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素等、一般的な有機溶媒により抽出分離することができる。
【0028】
一方、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は、上記抽出残液に硫酸、塩酸等の強酸を加えた後に、上記と同様の一般的な有機溶媒で抽出分離することができる。
【0029】
更に、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸エステルは、通常の方法で加水分解することにより光学活性を維持したままα−トリフルオロメチル乳酸にすることができる。また、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は通常の方法でエステル化することにより光学活性を維持したままα−トリフルオロメチル乳酸エステルにすることができる。従って、任意の立体配置のα−トリフルオロメチル乳酸及びそのエステルを取得することができる。
【0030】
以上のようにして得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は、再結晶により更に精製し、その光学純度を向上させることができる。以下に、再結晶による精製について詳細に説明する。
【0031】
本発明において、再結晶に供する光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は、R体及びS体のいずれの光学活性体でもよい。その光学純度は0%e.e.でなければ、即ち、R体及びS体のいずれか一方が他方よりも多く含まれていれば、特に制限はないが、10%e.e.以上のものが好ましい。なお、本明細書においては、光学純度はエナンチオマー過剰率(%e.e.)で表す。
【0032】
本発明に従って不斉加水分解することにより得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は、そのままの形で再結晶に供することができる。一方、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸と同時に製造されるその対掌体エステルは、再結晶に供する前に、エステル結合を通常の方法により加水分解する必要がある。
【0033】
光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の再結晶に使用する溶媒は、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸と反応しないものであれば、特に制限はなく、用いる原料の光学純度、目的とする光学純度等に応じて、目的物の回収率を勘案して適宜決定することができる。上記溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の脂肪族炭化水素系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系溶媒;ジエチルエーテル、イソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン系溶媒;並びにアセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド等が挙げられ、その中でも、汎用性及び経済性の面で、トルエン、n-ヘキサン、酢酸エチル、塩化メチレン、クロロホルム、イソプロピルエーテル、アセトン及びアセトニトリルが好ましく、これらのうち、トルエンは、凝固点〜沸点(1気圧下、−95℃〜110.6℃)の範囲が取り扱い易い範囲内にあり、かつその範囲が広いため、特に好ましい。これらの再結晶溶媒は、単独で又は組み合わせて用いることができる。
【0034】
また、メタノール、エタノール、プロパノール及びブタノールに代表されるアルコール系溶媒は、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸とエステル化反応を起こさない程度の量であれば、他の溶媒と組み合わせて混合溶媒として使用することも場合によっては有効である。
【0035】
再結晶操作は一般的な方法に従って実施することができ、特に制限はない。即ち、上記再結晶溶媒に原料となる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を加温下で溶解させ、その後に冷却させることにより析出させることができる。また、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の貧溶媒を加えることにより、結晶を析出させてもよい。更に、結晶の析出を円滑かつ効率的に行うために、結晶種を播種することもできる。結晶種としては、特に制限はないが、目的に応じて、光学純度の高い結晶、ラセミ体結晶等を用いることが好ましい。
【0036】
再結晶操作の温度条件は、使用する溶媒の沸点及び凝固点により適宜決定することができ、一般には、室温(25℃)から溶媒の沸点温度で原料を溶解させ、−80℃〜50℃で結晶を析出させることができる。溶媒としてトルエン(1気圧下、凝固点:−95℃、沸点:110.6℃)を使用する場合には、90℃〜110℃で原料を溶解させ、−20℃〜50℃で結晶を析出させることが好ましい。また、再結晶溶媒及び原料となる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の量関係は、完全に溶解する範囲内であれば、特に制限はないが、用いる原料の光学純度、目的とする光学純度等に応じて、目的物の回収率を勘案して適宜決定することができる。
【0037】
次に、精製された光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の回収は、濾過、遠心分離等、常法に従い行うことができる。
【0038】
これら光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の光学純度は、常法によりエステル化し、光学分割用GCキャピラリーカラムを用いるガスクロマトグラフィーにより容易に測定することができる。光学純度(エナンチオマー過剰率;%e.e.)は、一般的に、GCによる(S)-α−トリフルオロメチル乳酸及び(R)-α−トリフルオロメチル乳酸の各ピーク面積から、以下の式によって算出することができる。
【0039】
[数1]
R>Sの場合:
R体の光学純度(%e.e.)=(R−S/R+S)×100
S>Rの場合:
S体の光学純度(%e.e.)=(S−R/R+S)×100
S:(S)-α−トリフルオロメチル乳酸のピーク面積
R:(R)-α−トリフルオロメチル乳酸のピーク面積
【0040】
以上のようにして得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸は、上記の再結晶による精製を更に1回又は複数回同様に繰り返すことにより、更に光学純度の高い光学活性体とすることができる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例の範囲に限定されるものではない。
〔参考例1〕
ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステルの合成
n-ブタノール65mlにラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸60g及び濃硫酸1mlを加え、還流しながら15時間反応を行った。次いで、蒸留にて過剰のブタノールを除去した。残液を氷水に入れた後、それぞれ60mlのジエチルエーテルにて3回抽出を行った。3回の抽出操作で得られたジエチルエーテル層を一つにまとめて減圧にて蒸留して精製し、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステル64gを得た。
【0042】
〔実施例1〕
pHコントローラーのついた反応器に、0.1Mリン酸緩衝液 300ml、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステル15g及びデナチームAP(ナガセ生化学工業社製)3gを加えて、2Nの水酸化ナトリウム水溶液で反応液のpHを7.0に調整しながら30℃で一昼夜反応させた。
【0043】
反応終了後、それぞれ100mlのジイソプロピルエーテルを用いて3回抽出を行った。3回の抽出操作で得られたジイソプロピルエーテル層を一つにまとめて無水硫酸マグネシウムを加えて脱水した後、蒸留にてジイソプロピルエーテルを除いた。このようにして得られたα−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステル(4.8g)について、光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CB カラム)をつけたキャピラリーガスクロマトグラフィーにて分析したところ、光学活性体(S体)であり、光学純度は96.5%e.e.であった。
【0044】
上記で得られた光学活性エステルに5%水酸化ナトリウム水溶液50mlを加えて、室温にて2時間加水分解反応を行った。次いで、硫酸を加えてpHを1.5に調整し、それぞれ50mlの酢酸エチルにて3回抽出を行った。3回の抽出操作で得られた酢酸エチル層を一つにまとめて硫酸マグネシウムで脱水した後、溶媒を除去した。このようにして得られたα−トリフルオロメチル乳酸(2.3g)についてジアゾメタンでエステル化後、光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CBカラム)をつけたキャピラリーガスクロマトグラフィーにて分析したところ、光学活性体(S体)であり、光学純度は96.5%e.e.であった。
【0045】
また、(S)-α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステル抽出残液(水層)を100mlに濃縮した。これに濃硫酸を加えてpH1.0に調整した後、それぞれ50mlの酢酸エチルを加えて3回抽出を行った。3回の抽出操作で得られた酢酸エチル層を一つにまとめて無水硫酸マグネシウムを加えて脱水した後、溶媒を除去した。このようにして得られたα−トリフルオロメチル乳酸(3.3g)についてジアゾメタンでエステル化後、光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CB カラム)をつけたキャピラリーガスクロマトグラフィーにて分析したところ、光学活性体(R体)であり、光学純度は58.9%e.e.であった。
【0046】
〔実施例2〜45〕
各実施例において、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステルを1重量%懸濁した0.1Mリン酸緩衝液(pH=7.0)0.5mlに、表1に示した酵素をそれぞれ10mg添加して、30℃にて24時間振盪した後、0.5mlのジイソプロピルエーテルを加えて攪拌した。ジイソプロピルエーテル層に含まれる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸n-ブチルエステルを実施例1と同様にして光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CB カラム)を付けたガスクロマトグラフィーにて分析し立体配置及び光学純度を測定した結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
〔実施例46〕
ペプトン(Difco社製)10g、酵母エキス(Difco社製)5g、食塩5g、蒸留水1Lからなる組成の液体培地を調製し、この液体培地を300mlエルレンマイヤーフラスコに50mlづつ分注し、120℃で15分間蒸気滅菌した。このフラスコ5本にシュードモナス sp. MR-2301(FERM BP-4870)を1白金耳植菌し、30℃で1日間振盪培養した。次に各フラスコ内の培養液から遠心分離により菌体を集めて水洗した後、50mMリン酸緩衝液(pH=7.0)10mlに懸濁した。この菌体懸濁液0.5mlにラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸n−ブチルエステルを2重量%懸濁した0.1Mリン酸緩衝液(pH=7.0)4.5mlを添加して、30℃にて24時間振盪しながら反応した。
【0049】
反応液に、5mlのジイソプロピルエーテルを加えて攪拌した。ジイソプロピルエーテル層に含まれる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸n−ブチルエステルを実施例1と同様にして光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CB カラム)を付けたガスクロマトグラフィーにて分析し、立体配置及び光学純度を測定した結果、R体であり光学純度は30%e.e.であった。
【0050】
〔実施例47〜61〕
実施例2と同様にして、ラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸メチルエステルを1重量%懸濁した0.1Mリン酸緩衝液(pH=7.0)0.5mlに、表2に示した酵素をそれぞれ10mg添加して、30℃にて24時間振盪した後、0.5mlのジイソプロピルエーテルを加えて攪拌した。ジイソプロピルエーテル層に含まれる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸メチルエステルを実施例1と同様にして光学分割カラム(クロムパック社製Chirasil-DEX CB カラム)を付けたガスクロマトグラフィーにて分析し立体配置及び光学純度を測定した結果を表2に示す。
【0051】
【表2】

【0052】
〔実施例62〕
実施例1で得られた96.5%e.e.の(S)-α−トリフルオロメチル乳酸1.0gにトルエン10mlを加え、100℃にて溶解させ、室温で一晩静置した。析出した結晶を回収したところ、99%e.e.以上の(S)-α−トリフルオロメチル乳酸0.8gが得られた。
【0053】
なお、光学純度の測定は、次のようにして行った。得られた結晶に、ジアゾメタンのエーテル溶液を加え、メチルエステル化し、この溶液を以下の条件のガスクロマトグラフィー(GC)によって分析し、(S)-α−トリフルオロメチル乳酸及び(R)-α−トリフルオロメチル乳酸のピーク面積から上記式により光学純度(エナンチオマー過剰率)を算出した。
カラム:CP-Chirasil DEX CB 0.25mm × 25 m(クロムパック社製)
カラム温度:70℃
検出器:FID
【0054】
〔実施例63〕
実施例1で得られた58.9%e.e.の(R)-α−トリフルオロメチル乳酸1.0gにトルエン50mlを加え、100℃にて溶解させ、30℃で3時間静置した。析出した結晶を回収したところ、79%e.e.の(R)-α−トリフルオロメチル乳酸0.28gを得た。なお、光学純度の測定は、実施例62に記載の方法によって行った。
【0055】
〔実施例64〕
実施例1で得られた58.9%e.e.の(R)-α−トリフルオロメチル乳酸1.0gにn-ヘキサン500mlを加え、沸点近傍に加温して溶解させ、室温にて一晩静置した。析出した結晶を回収したところ、70%e.e.の(R)-α−トリフルオロメチル乳酸0.4gが得られた。なお、光学純度の測定は、実施例62に記載の方法によって行った。
【0056】
〔実施例65〕
反応時間を半分にした以外は実施例1と同様にして得られた64%e.e.の(S)-α−トリフルオロメチル乳酸2.0gを表3に示す溶媒に加温して溶解させ、室温にて3時間静置して結晶を析出させた。使用した溶媒、溶媒量、結晶回収量及び得られた結晶の光学純度を表3に示す。なお、光学純度の測定は、実施例62に記載の方法によって行った。
【0057】
【表3】

【0058】
〔実施例66〕
反応時間を半分にした以外は実施例1と同様にして得られた64%e.e.の(S)-α−トリフルオロメチル乳酸2.0gを酢酸エチル又はイソプロピルエーテルに溶解させ、更にn-ヘキサンを加えた後、−20℃にて5時間静置して結晶を析出させた。使用した溶媒、溶媒量、結晶回収量及び得られた結晶の光学純度を表4に示す。なお、光学純度の測定は、実施例62に記載の方法によって行った。
【0059】
【表4】

【0060】
〔実施例67〕
反応時間を半分にした以外は実施例1と同様にして得られた64%e.e.の(S)-α−トリフルオロメチル乳酸2.0gをアセトニトリル又はアセトンに溶解させ、更に室温にてトルエンを加えた後、−20℃にて5時間静置して結晶を析出させた。使用した溶媒、溶媒量、結晶回収量及び得られた結晶の光学純度を表5に示す。なお、光学純度の測定は、実施例62に記載の方法によって行った。
【0061】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I):
【化1】

(式中、Rは置換又は非置換の炭素原子数1〜12の炭化水素基である。)
で表されるラセミ体α−トリフルオロメチル乳酸エステルを、エステル不斉加水分解能力を有する酵素、酵素固定化物、微生物、菌体培養液、又は菌体処理物の存在下で不斉加水分解することを特徴とする、光学活性α−トリフルオロメチル乳酸及びその対掌体エステルの製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法で得られる光学活性α−トリフルオロメチル乳酸、又は請求項1記載の方法で得られる対掌体エステルを加水分解して得られる対掌体光学活性α−トリフルオロメチル乳酸を再結晶し、結晶を回収することを特徴とする光学活性α−トリフルオロメチル乳酸の精製方法。

【公開番号】特開2007−202563(P2007−202563A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61892(P2007−61892)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【分割の表示】特願平10−151307の分割
【原出願日】平成10年6月1日(1998.6.1)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】