説明

光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物の異性化方法

【課題】
光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物の優れた異性化方法を提供すること。


【解決手段】
式(1)


〔式中、R1及びR2は各々C1−C4アルキル基を表し、m及びnは各々0〜5の整数を表す。但し、mが2以上の整数である場合、R1は同一又は相異なっていてもよく、nが2以上の整数である場合、R2は同一又は相異なっていてもよい。〕
で示される光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物を
ラネーニッケル及び水の存在下で、60〜100℃の加熱条件下で反応させることにより、該光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物を効率的に異性化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学活性アミン化合物、具体的には光学活性α,β−ジアリールエチルアミンの異性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ある種の光学活性α−フェニル−β−(アルキルフェニル)エチルアミンが医薬品の重要中間体としての工業的に有利な製法が知られている(特許文献1参照。)。
また、ある種の左旋性のα,β−アルキル置換フェニルエチルアミンをラセミ化する方法が知られている。しかしながら、ラセミ化の際に用いられるラネーニッケル触媒(Raney Nickel catalyst)は安定に保存するために水若しくはアルコールなどの存在下に保存されるため、使用時には水若しくはアルコールを共沸若しくは減圧蒸留により除去する乾燥操作を要することが知られている。また乾燥操作により得られる乾燥ラネーニッケル触媒(dry Raney nickel catalyst)は容易に発火するため、防災面などを考慮した場合、必ずしも工業的に有用な方法ではなかった(例えば、特許文献2及び3参照。)。
【0003】
【特許文献1】特公昭48−34736号公報
【0004】
【特許文献2】米国特許第3954870号明細書
【0005】
【特許文献3】特公昭48−34737号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は防災面及び効率面等において優れた光学活性α,β−ジアリールエチルアミンの異性化方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこれらの課題を解決すべく検討した結果、ラネーニッケル触媒の乾燥操作を必要とせず、また100℃を上回る高温での加熱条件を必須としない、さらには副反応を抑制する式(1)で示される光学活性α,β−ジアリールエチルアミンの異性化方法を見出し、本発明に至った。
即ち、本発明は式(1)

〔式中、R1及びR2は各々C1−C4アルキル基を表し、m及びnは各々0〜5の整数を表す。但し、mが2以上の整数である場合、R1は同一又は相異なっていてもよく、nが2以上の整数である場合、R2は同一又は相異なっていてもよい。〕で示される光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物をラネーニッケル及び水の存在下で、60〜100℃の加熱条件下で反応させることを特徴とする該光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物の異性化方法(以下、本発明方法と記す。)を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明方法は水の存在下において進行することから、ラネーニッケルの保存時に用いられる水を除去するための共沸若しくは減圧蒸留による乾燥操作を必要とせず、従来より安全かつ効率的に式(1)で示される光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物の異性化を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について説明する。
本発明において、式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物における、R1及びR2としてはメチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基及びt−ブチル基等のC1−C4アルキル基が挙げられる。なお、本発明において、”o−”は”オルト”を表し、”m−”は”メタ”を表し、”p−”は”パラ”を表し、”n−”は”ノルマル”を表し、”i−”は”イソ”を表し、”t−”は”ターシャリー”を表す。
【0010】
式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物の具体例としては、以下の化合物が挙げられる。
α、β−ジフェニルエチルアミン;
α−フェニル−β−(o−、m−またはp−トリル)−エチルアミン;
α−フェニル−β−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−エチルアミン;
α−フェニル−β−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−エチルアミン;
α−フェニル−β−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−エチルアミン;
【0011】
α−(o−、m−またはp−トリル)−β−フェニル−エチルアミン;
α−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−β−フェニル−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−β−フェニル−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−β−フェニル−エチルアミン;
【0012】
α−(o−、m−またはp−トリル)−β−(o−、m−またはp−トリル)−エチルアミン;
α−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−β−(o−、m−またはp−トリル)−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−β−(o−、m−またはp−トリル)−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−β−(o−、m−またはp−トリル)−エチルアミン;
α−(o−、m−またはp−トリル)−β−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−エチルアミン;
【0013】
α−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−β−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−β−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−β−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−エチルアミン;
【0014】
α−(o−、m−またはp−トリル)−β−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−エチルアミン;
α−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−β−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−β−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−β−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−エチルアミン;
【0015】
α−(o−、m−またはp−トリル)−β−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−エチルアミン;
α−(o−、m−またはp−エチルフェニル)−β−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−またはi−)−プロピルフェニル〕−β−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−エチルアミン;
α−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−β−〔o−、m−またはp−(n−、i−またはt−)−ブチルフェニル〕−エチルアミン。
【0016】
本発明方法は、式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物をラネーニッケル及び水の存在下で反応させることによって行われる。
本発明方法における反応温度は通常60〜100℃、好ましくは70〜100℃、より好ましくは80〜100℃の範囲である。
本発明方法に用いられるラネーニッケルとしては、例えば市販されるラネーニッケル合金を、例えば1〜20重量%の水酸化ナトリウム水溶液で展開し、得られる濾上物を水(例えば蒸留水)を用いて、洗浄液のpHが8〜9程度になるまで洗浄する等の一般的な操作を行うことにより調製することができる。前記により調製されるラネーニッケルは、通常水分量の調整、乾燥等の操作を行うことなくそのまま用いることができるが、該ラネーニッケルを水中に保存し、必要に応じて該保存物中から取り出して用いることもできる。
なお、本発明方法の効果が示される程度に活性を有する場合には、市販されるラネーニッケルを、含水状態にてそのまま使用することも可能である。
用いられるラネーニッケルの量は特に限定されるものではないが、ラネーニッケルの乾燥量に換算して、式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物1重量部に対して通常0.01〜1重量部、好ましくは0.05〜0.5重量部、特に好ましくは0.05〜0.3重量部の割合である。
本発明方法に用いられる水としては、前記のラネーニッケル調製時にラネーニッケル中に含有される水、又は前記のラネーニッケルの保存に用いられかつ使用時にラネーニッケルとともに保存物から取り込まれる水のみであってもよいが、さらに水を追加することも可能である。用いられる水の量は、式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物1重量部に対して通常0.01〜10重量部、好ましくは0.05〜5重量部、特に好ましくは0.05〜2重量部の割合である。
本発明方法は通常有機溶媒の非存在下で行われるが、有機溶媒の存在下で行うことも可能である。有機溶媒の存在下で行う場合に用いられる有機溶媒としては、例えばベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素、1,4−ジオキサン等のエーテル、へキサン、ヘプタン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素、酢酸エチル、酢酸ブチル等の脂肪族エステル及びこれらの混合物が挙げられる。
本発明方法はさらに無機塩基の存在下でも行うことができる。その場合に用いられる無機塩基としては例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化物、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩、酢酸ナトリウム等の酢酸塩、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩及びアンモニアが挙げられる。これらの無機塩基のうちで特にアンモニアが好ましい。本発明方法を無機塩基の存在下で行う場合には、通常無機塩基の水溶液が用いられるが、アンモニアの場合にはアンモニア水を用いる以外に、アンモニアガスの気流下若しくは封入下で反応を行うことも可能である。
本発明方法に用いられるアンモニア水の濃度は通常5〜28重量%の割合であり、アンモニア水以外の無機塩基の水溶液の濃度は通常1〜50重量%、好ましくは5〜20重量%の範囲である。
本発明方法における反応時間は、用いられるラネーニッケルの量、温度等によって異なるため特に限定されるものではないが、通常1〜20時間の範囲である。
反応終了後は、例えば反応混合物に必要に応じて有機溶媒、水等を加えてから濾過、洗浄し、濾液を分液して得られた有機層を濃縮及び/または蒸留することにより、式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物を単離することができる。また、分液して得られた有機層または単離された式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物に酸(例えば、酢酸)を加えることにより式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物の塩として単離、精製することもできる。
【実施例】
【0017】
次に、本発明を以下の例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの例のみに限定されるものではない。
なお、実施例中のGC面百値とはガスクロマトグラフィーでの分析時に用いた溶媒(トルエン)、及び反応溶媒を除いた試料中の式(1)で示されるα,β−ジアリールエチルアミン化合物の面積百分率を表す。
また、実施例中の回収率及び異性化率は各々、次式により求めた。



【0018】
〔例1〕
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)16.00g及びラネーニッケル(含水率50%程度)4.0gを加え、窒素気流下、内温80〜85℃で8時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン16gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン16gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=48.3:51.7、光学純度3.4%ee、化学純度94.3重量%)15.76gを得た。
回収率 :94.8%
異性化率 :96.5%
GC面百値 :94.2
【0019】
〔例2〕
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)8.18g、ラネーニッケル(含水率50%程度)2.0g及びアンモニア水(28重量%)10gを加え、窒素気流下、内温95〜100℃で4時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン10gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン10g及び水10gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=48.8:51.2、光学純度2.4%ee、化学純度94.8重量%)8.08gを得た。
回収率 :95.5%
異性化率 :97.6%
GC面百値 :95.7
【0020】
〔例3〕
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)8.09g、ラネーニッケル(含水率50%程度)2.0g及び炭酸ナトリウム水溶液(10重量%)10gを加え、窒素気流下、内温95〜100℃で3時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン10gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン10g及び水10gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=48.1:51.9、光学純度3.8%ee、化学純度91.1重量%)7.94gを得た。
回収率 :91.2%
異性化率 :96.1%
GC面百値 :92.2
【0021】
〔例4〕
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)8.10g、ラネーニッケル(含水率50%程度)2.0g及び水酸化ナトリウム水溶液(5重量%)10gを加え、窒素気流下、内温95〜100℃で3時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン10gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン10g及び水10gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=46.2:53.8、光学純度7.6%ee、化学純度93.0重量%)7.96gを得た。
回収率 :93.2%
異性化率 :92.3%
GC面百値 :94.1
【0022】
参考例1
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)16.00g及びラネーニッケル(含水率50%程度)4.0gを加え、窒素気流下、内温100〜105℃で3時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン16gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン16gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=49.7:50.3、光学純度0.6%ee、化学純度90.0重量%)15.61gを得た。
回収率 :89.6%
異性化率 :99.6%
GC面百値 :91.5
【0023】
参考例2
温度計、コンデンサーを装着した100ml四ッ口フラスコにα−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミン(R体:S体=0.9:99.1、光学純度98.2%ee、化学純度98.0重量%)16.00g及びラネーニッケル(含水率50%程度)4.0gを加え、窒素気流下、内温145〜150℃で2時間撹拌した。室温付近まで放冷した反応混合液にトルエン16gを加えてから濾過した後、濾上物をトルエン16gで洗浄した。得られた濾液と洗浄液とを併せて分液し、有機層を減圧下濃縮することにより、α−フェニル−β−(p−トリル)エチルアミンのトルエン溶液(R体:S体=50.0:50.0、光学純度0.0%ee)を得た。
異性化率 :>99.9%
GC面百値 :63.2
【0024】
本発明に用いられるラネーニッケルの調製について参考例3に示す。
参考例3
ラネーニッケル(和光純薬工業株式会社製、ニッケル含量:50重量%)2.5gに5重量%水酸化ナトリウム水溶液190gを加え、35℃で3時間、60℃で1時間撹拌する。室温付近で混合物を濾過し、洗液のpHが9付近になるまでイオン交換水で洗浄する。前記の操作により得られる濾上物をそのまま本発明方法に用いる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)

〔式中、R1及びR2は各々C1−C4アルキル基を表し、m及びnは各々0〜5の整数を表す。但し、mが2以上の整数である場合、R1は同一又は相異なっていてもよく、nが2以上の整数である場合、R2は同一又は相異なっていてもよい。〕
で示される光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物を
ラネーニッケル及び水の存在下で、60〜100℃の加熱条件下で反応させることを特徴とする該光学活性α,β−ジアリールエチルアミン化合物の異性化方法。
【請求項2】
80〜100℃の加熱条件である請求項1記載の異性化方法。
【請求項3】
アンモニアの存在下に反応させる請求項1又は2記載の異性化方法。
【請求項4】
不活性ガスの存在下に反応させる請求項1又は2記載の異性化方法。
【請求項5】
不活性ガスが窒素ガスである請求項4記載の異性化方法。





【公開番号】特開2006−249008(P2006−249008A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−68715(P2005−68715)
【出願日】平成17年3月11日(2005.3.11)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】