説明

光学活性β−アミノチオールまたは光学活性β−アミノスルホン酸誘導体の合成法

【課題】
容易に光学活性なβ-アミノチオールおよびβ-アミノスルホン酸へと変換ができる前駆体の簡便かつ高エナンチオ選択的合成法の創生を目的とする。
【解決手段】
アジリジン類の窒素上にヘテロアレーンスルホニル基を導入し、不斉有機分子触媒とアルコール存在下でイソチオシアネート類を反応させ不斉開環反応により光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法を創生した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性β-アミノチオールまたは光学活性β-アミノスルホン酸誘導体の合成法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学活性なβ-アミノチオールおよびβ-アミノスルホン酸は、医農薬品合成の中間体に広く用いられるため、その不斉合成技術は盛んに研究されてきた。このための最も有効な合成法としては、アジリジン類へのチオールの不斉付加反応があげられ、近年、広範囲に研究が行われている(非特許文献1−8)。しかしながら、この手法による合成は、主に光学活性β-アミノスルフィドを与え、光学活性β-アミノチオールおよびβ-アミノスルホン酸への変換に於いて困難を伴う場合が多い。このため、容易に光学活性なβ-アミノチオールおよびβ-アミノスルホン酸へと変換ができる前駆体の簡便かつ高エナンチオ選択的合成法の開発が重要であるが、そのような手法は報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】M. Hayashi, K. Ono, H. Hoshimi, N. Oguni, J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1994, 2699-2700;
【非特許文献2】M. Hayashi, K. Ono, H. Hoshimi, N. Oguni, Tetrahedron 1996, 52, 7817-7832;
【非特許文献3】Z. -B. Luo, X.-L. Hou, L.-X. Dai, Tetrahedron: Asymmetry 2007, 18, 443-446;
【非特許文献4】Z. Wang, X. Sun, S. Ye, W. Wang, B. Wang, J. Wu, Tetrahedron: Asymmetry 2008, 19, 964-969;
【非特許文献5】A. Lattanzi, G. D. Sala, Eur. J. Org. Chem. 2009, 1845-1848.
【非特許文献6】S. E. Larson, J. C Baso, G. Li, J.C. Antilla, Org. Lett. 2009, 11, 5186-5189
【非特許文献7】G. D. Sala, A. Lattanzi, Org. Lett. 2009, 11, 3330-3333.
【非特許文献8】Y. Zhang, C. W. Kee, R. Lee, X. Fu, J. Y.-T. Soh, E. M. F. Loh, K.-W. Huang, C.-H. Tan, Chem. Commun. 2011, 3897-3899.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は上記点に鑑みて、容易に光学活性なβ-アミノチオールおよびβ-アミノスルホン酸へと変換ができる前駆体の簡便かつ高エナンチオ選択的合成法の創成を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明では、下式で示される反応によりアジリジン類の窒素上にヘテロアレーンスルホニル基を導入し、不斉有機分子触媒とアルコール存在下でイソチオシアネート類を反応させ不斉開環反応により光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法を創成した。
【0006】
【化1】

【0007】
(R2は、環状アルキル基、鎖状アルキル基またはアリール基である。ここで、R1は2-ピリジンスルホニル基、トシル基、ノシル基、ベンゼンスルホニル基、ピコリル基、ベンゾイル基のいずれか一つであり、また、R3はTMS基、TBS基、TES基、TBDPS基、K、NH4のいずれか一つであり、また、前記触媒は、VAPOL由来のキラルブレンステッド酸触媒または、他のキラルブレンステッド酸触媒であり、また、アルコールは2,4-tBuフェノール、他の芳香族系アルコール、脂肪族アルコールのいずれか一つである。)
【発明を実施するための形態】
【0008】
(第1実施形態)
【0009】
【化2】

【0010】
上式は、本発明の合成方法の反応式である。上式のような種々のアジリジン類に触媒とアルコール存在下でイソチオシアネート類を反応させると、高エナンチオ選択的に生成物を与える。R2は、環状アルキル基、鎖状アルキル基またはアリール基である。
ここで、R1は2-ピリジンスルホニル基が最もよく、トシル基、ノシル基、ベンゼンスルホニル基、ピコリル基、ベンゾイル基でも良い。また、R3はTMS基が最もよく、TBS基、TES基、TBDPS基、K、NH4でもよい。また、用いる触媒は、VAPOL由来のキラルブレンステッド酸触媒が最も良く、他のキラルブレンステッド酸触媒でもよい。また、アルコールは2,4-tBuフェノールが最適であり、他の芳香族系アルコール、脂肪族アルコールでもよい。
(その他の実施形態)
R1は、他のヘテロアレーンスルホニル基、アルキルスルホニル基、ジアルキルホスホニル基、アリールカルボニル基、アルコキシカルボニル基、アリール基、アルキル基でも良い。
また、用いる触媒は光学活性ビナフチルリン酸化合物、光学活性チオウレア類、修飾されたキナアルカロイド類、二量化型キナアルカロイド、スクエアアミド類でもよい。
アルコールは、フェノール、パラニトロフェノールのような芳香族系アルコール、tBuOH、iPrOH、HFIPのような脂肪族系アルコールなどでも良い。
(参考例1)
本発明の原料として用いる下記化学式で与えられるN-(2-ピリジンスルホニル)シクロヘキサンアジリジンは、次のようにして得られる。
【0011】
【化3】

【0012】
シクロヘキセン由来の無置換のアジリジン(1.47 g, 15.2 mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(18.0 mg, 0.152 mmol)、トリエチルアミン(5.30 ml, 38.0 mmol)をTHF 9.0 mlに溶かし、氷浴下2-ピリジンスルホニルクロライド(3.23 g, 18.2 mmol)を加えた。24時間攪拌後水を加え、塩化メチレンで抽出、飽和食塩水で洗浄をし、無水硫酸ナトリウムで乾燥した。精製はシリカゲルカラムクロマトグラフィー (Benzene:AcOEt = 95:5)で行い、目的生成物を2.00 g (55%)で得た。
得られたN-(2-ピリジンスルホニル)シクロヘキサンアジリジンのスペクトル等は次のとおりである。
m.p. 81.5-82.0 °C
1H NMR (CDCl3) δ 1.10-1.52 (m, 4H, CH2), 1.84-1.90 (m, 4H, CH2), 3.23-3.25 (m, 2H, CH), 7.49-7.55 (m, 1H, Py), 7.88-7.97 (m, 1H, Py), 8.07-8.11 (m, 1H, Py), 8.72-8.76 (m, 1H, Py)
13C NMR (CDCl3) δ 19.3, 22.7, 40.5, 122.5, 127.0, 137.9, 150.1, 156.7
IR(KBr) 2946, 1434, 1316, 1172, 1115, 990, 970, 926, 850, 794, 776, 605, 569 cm−1
APCIMS m/z 239.1 [M+H]
(実施例1)
参考例1に示したN-(2-ピリジンスルホニル)シクロヘキサンアジリジン(20 mg, 0.0839 mmol)、(R)- VAPOL phosphoric acid(5.0 mg, 0.00839 mmol)、2,4-tBuphenol(20.8 mg, 0.101 mmol)をp-キシレン1.68 mlに溶解させ、トリメチルシリルイソチオシアネート(14.2 ml, 0.101 mmol)を加えて室温にて反応させた。反応はTLCにて確認後、水を加え、塩化メチレンで抽出、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。減圧下で溶媒を留去後、精製はシリカゲルカラムクロマトグラフィー(Hexane:AcOEt = 50:50)で行い、下式で表わされる開環生成物の2-(2-ピリジンスルホニル)アミノシクロヘキサンチオシアネートを 99 %の収率で得た。
【0013】
【化4】

【0014】
得られた2-(2-ピリジンスルホニル)アミノシクロヘキサンチオシアネートのスペクトル等は次のとおりである。
1H NMR (CDCl3) δ 1.26-1.47 (m, 3H, CH2), 1.64-1.78 (m, 3H, CH2), 2.01-2.11 (m, 1H, CH2), 2.30-2.35 (m, 1H, CH2), 3.02-3.11 (m, 1H, CH), 3.37 (s, 1H, CH), 6.12 (s, 1H, NH ), 7.54-7.58 (m, 1H, Py), 7.97 (t, J = 7.7 Hz, 1H, Py), 8.08 (d, J = 7.8 Hz, 1H, Py), 8.76 (d, J = 4.8 Hz, 1H, Py),
ESIMS m/z 319.86 [M+Na, 100]
HPLC (CHIRALPAK(R) OD-H, hexane/i-PrOH=70:30, 1.0 ml/min) tf8.8 (fast), tS 10.6 (slow) min.
【0015】
(実施例2−14)
下記反応式(化5)で示すN-(2-ピリジンスルホニル)-シクロヘキサンアジリジンの代わりに窒素上の置換基を種々変更したメソアジリジンへ及び下式(化6乃至化10)で示される種々の不斉有機触媒を用いた実施例の結果を表1に示す。


【0016】
【化5】

【0017】
【化6】

【0018】
【化7】

【0019】
【化8】

【0020】
【化9】

【0021】
【化10】

【0022】
【表1】

【0023】
表1から、R1としては、2-ピリジンスルホニル基が最も良く、触媒はVAPOL phosphoric acidが最も良い。さらに、アルコールの添加により選択性が向上する。
(実施例15−19)
下式でN-(2-ピリジンスルホニル)-シクロヘキサンアジリジンの代わりに、他のアジリジン類に対するトリメチルシリルイソチオシアネートによる付加開環反応を示す。ここで用いるアジリジン類は、参考例1の合成法に従い、他の無置換のアジリジンと2-ピリジンスルホニルクロライドを反応させ合成した。
【0024】
【化11】

【0025】
【表2】

【0026】
以下、上記した化合物8〜12について説明する。
化合物8(化学式12参照)のスペクトルテータ等(実施例15)
【0027】
【化12】

【0028】
白色結晶
シリカゲルカラムクロマトグラフィー (Hexane:AcOEt = 50:50)
1H NMR (CDCl3) δ 1.57-1.86 (m, 4H, CH2), 1.73-1.77 (m, 3H, CH2), 2.04-2.10 (m, 1H, CH2), 2.22-2.35 (m, 1H, CH2), 3.40-3.47 (m, 1H, CH), 3.67-3.77 (m, 1H, CH), 6.38 (d, J = 6.6 Hz, 1H, NH ),7.56-7.60 (m, 1H, Py), 7.96-8.02 (m, 1H, Py), 8.12 (d, J = 7.8 Hz, 1H, Py), 8.76 (d, J = 4.2 Hz, 1H, Py),
HPLC (CHIRALPAK(R) OD-H, hexane/i-PrOH=70:30, 0.5 ml/min) tf18.2 (fast), tS 19.9 (slow) min.

化合物10(化学式13参照)のスペクトルテータ等(実施例17)
【0029】
【化13】

【0030】
白色結晶
シリカゲルカラムクロマトグラフィー (Hexane:AcOEt = 60:40)
1H NMR (CDCl3) δ 1.55-2.25 (m, 10H, CH2), 3.32-3.39 (m, 1H, CH), 3.59-3.63 (m, 1H, CH), 5.54 (d, J = 7.5 Hz, 1H, NH ),7.52-7.56 (m, 1H, Py), 7.96 (t, J = 6.9 Hz, 1H, Py), 8.06 (d, J = 7.8 Hz, 1H, Py), 8.75 (d, J = 3.6 Hz, 1H, Py),
HPLC (CHIRALPAK(R) OD-H, hexane/i-PrOH=70:30, 0.5 ml/min) tf21.0 (fast), tS 30.3 (slow) min.

化合物11(化学式14参照)のスペクトルテータ等(実施例18)
【0031】
【化14】

【0032】
白色結晶
Rf = 0.15 (Hexane:AcOEt = 50:50)
1H NMR (CDCl3) δ 3.74-3.84 (m, 3H, CH2,CH), 4.08-4.13 (m, 2H, CH2), 4.30-4.35 (m, 1H, CH), 6.01 (d, J = 5.7 Hz, 1H, NH ), 7.57-7.61 (m, 1H, Py), 7.97-8.03 (m, 1H, Py), 8.11 (d, J = 7.8 Hz, 1H, Py), 8.75 (d, J = 4.5 Hz, 1H, Py),
ESIMS m/z 307.99 [M+Na, 100], 592.88 [M×2+Na, 10]
HPLC (CHIRALPAK(R) OD-H, hexane/i-PrOH=70:30, 0.5 ml/min) tf27.9 (fast), tS 31.1 (slow) min.
化合物12(化学式15参照)のスペクトルテータ等(実施例19)
【0033】
【化15】

【0034】
白色結晶
1H NMR (CDCl3) δ 2.11-2.19 (m, 1H, CH2), 2.36-2.56 (m, 2H, CH2), 2.81-2.89 (m, 1H, CH2), 3.58-3.65 (m, 1H, CH), 3.72-3.79 (m, 1H, CH), 5.56-5.65 (m, 2H, CH), 5.83 (s,1H, NH ),7.56 (t, J = 6.2 Hz, 1H, Py), 7.97 (t, J = 7.7 Hz, 1H, Py), 8.07 (d, J = 7.8 Hz, 1H, Py), 8.76 (d, J = 4.5 Hz, 1H, Py),
HPLC (CHIRALPAK(R) OD-H, hexane/i-PrOH=70:30, 0.5 ml/min) tf20.9 (fast), tS 24.5 (slow) min.

(実施例20)
実施例14で得られた生成物を出発物質として下式により光学活性アミノチオールが合成できる。
【0035】
【化16】

【0036】
水素化リチウムアルミニウム(10mg, 0.28 mmol)のジエチルエーテル(0.4 ml)溶液に、イソチオシアネート(29mg, 0.10 mmol)のジエチルエーテル、ベンゼン1:1溶液(0.8 ml)をゆっくり滴下した。その後2時間攪拌した後、氷浴下で6規定塩酸を加え、ジエチルエーテルで抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥、濾過を行った後、減圧下で溶媒を留去した後シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製を行うことで、目的物を35%収率で得た。
【0037】

実施例12で得られた生成物を出発物質として下式によりアミノスルホン酸が合成できる。
【0038】
【化17】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式で示される反応によりアジリジン類の窒素上にヘテロアレーンスルホニル基を導入し、不斉有機分子触媒存在下でイソチオシアネート類を反応させ不斉開環反応により光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法。

【化18】


(R2は、環状アルキル基、鎖状アルキル基またはアリール基である。ここで、R1は2-ピリジンスルホニル基、トシル基、ノシル基、ベンゼンスルホニル基、ピコリル基、ベンゾイル基のいずれか一つであり、また、R3はTMS基、TBS基、TES基、TBDPS基、K、NH4のいずれか一つであり、また、前記触媒は、VAPOL由来のキラルブレンステッド酸触媒または、他のキラルブレンステッド酸触媒であり、また、アルコールは2,4-tBuフェノール、他の芳香族系アルコール、脂肪族アルコールのいずれか一つである。)
【請求項2】
前記アジリジン類がメソアジリジン類であることを特徴とする請求項1に記載の光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法。
【請求項3】
前記イソチオシアネート類がトリメチルシリルイソチアネートであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法。
【請求項4】
前記不斉有機分子触媒が、下式(化19乃至化23)で示される有機触媒のいずれかであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法。
【化19】


【化20】


【化21】


【化22】


【化23】

【請求項5】
前記不斉有機分子触媒が、VAPOL phosphoric acidであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の光学活性β-アミノチオール酸誘導体または光学活性β-アミノスルホン酸誘導体を合成する方法。

【公開番号】特開2012−240959(P2012−240959A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112152(P2011−112152)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】