説明

光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法

【課題】光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の工業的に有利な製造方法を提供すること。
【解決手段】ホスフィン−ボラン化合物(1)を脱ボラン化した後、リチオ化し、次いで、その反応生成物を、RaPX’2で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、RbMgX”で表されるグリニャール試薬と反応させて、光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体(A)を得る。R1及びR2は炭素数1〜8のアルキル基を示し、R1とR2とでは炭素数が異なる。RaはR1及びR2の一方であり、Rbはもう一方である。X、X’及びX”はハロゲン原子を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リン原子上に不斉中心を有する光学活性なホスフィン配位子は、遷移金属錯体を用いる触媒的不斉合成反応において重要な役割を果たしている。リン原子上に不斉中心を有する光学活性なホスフィン配位子としては、例えば特許文献1に、1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体が提案されている。このベンゼン誘導体を配位子とした遷移金属錯体は、不斉合成触媒として優れた性能を持つ化合物である。特許文献1には、1,2−ビス(ホスフィノ)ベンゼンを出発物質として使用する前記ベンゼン誘導体の製造方法が記載されている。
【0003】
また、非特許文献1にも、光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法が提案されている。該製造方法においては、1,2−ジフルオロベンゼントリカルボニルクロミウム及びビス(ジアルキルホスフィン)ボロニウム塩が出発物質として使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−319288号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ORGANIC LETTERS, 2006, Vol. 8, No. 26, 6103-6106
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び非特許文献1に記載の製造方法で使用されている出発物質は、いずれも高価であり、これらの製造方法は、経済性の観点からすると工業的に有利とは言えない。従って、本発明の目的は、光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の工業的に有利な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法において、下記一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化した後、リチオ化し、次いで、その反応生成物を、一般式RaPX’2(Raは下記一般式(A)におけるR1及びR2の一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、一般式RbMgX”(Rbは下記一般式(A)におけるR1及びR2のうち、Raとは異なる方の基であり、X”はハロゲン原子を示す)で表されるグリニャール試薬と反応させることを特徴とする光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法を提供することにより、前記目的を達成したものである。
【0008】
【化1】

【0009】
【化2】

【0010】
また、本発明は、前記製造方法により得られた光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を配位子とする遷移金属錯体を触媒として用いた不斉水素化方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、出発物質として高価な化合物を使用せず工業的に有利に、光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を製造することができる。しかも、本発明の製造方法によれば、該ベンゼン誘導体のアルキルホスフィノ基が嵩高いものであっても、容易に導入可能である。また、本発明の製造方法により得られたベンゼン誘導体を配位子とする遷移金属錯体を触媒として用いて不斉水素化反応を行うと、高い光学純度及び化学収率を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき詳細に説明する。
本発明の製造方法における目的物は、前記一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体である。一般式(A)において、R1及びR2は炭素数1〜8のアルキル基であり、R1とR2とでは炭素数が異なる。R1の方が炭素数が多い場合は、一般式(A)で表されるベンゼン誘導体は(R,R)体である。R2の方が炭素数が多い場合は、一般式(A)で表されるベンゼン誘導体は(S,S)体である。
【0013】
1及びR2で表される炭素数1〜8のアルキル基としては、非環式アルキル基と脂環式アルキル基が挙げられる。
非環式アルキル基には、直鎖状アルキル基と分岐状アルキル基がある。直鎖状アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基の炭素数1〜8のものが挙げられる。分岐状アルキル基としては、イソプロピル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、イソヘプチル基、イソヘキシル基、1,1,3,3−テトラメチルブチル基等の炭素数3〜8のものが挙げられる。脂環式アルキル基としては、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等の炭素数3〜8のものが挙げられる。また、これらのアルキル基は、一個以上の一価の置換基(例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子)で置換されたものであってもよい。
【0014】
1とR2の炭素数の差は少なくとも1であることが必要である。一般式(A)において、R1及びR2のうち炭素数が多い方の基は、立体障害性を有する嵩高い置換基であることが好ましい。この観点から、R1及びR2のうち炭素数が多い方の基は、一級アルキル基よりも二級アルキル基が好ましく、二級アルキル基よりも三級アルキル基が好ましい。また、脂環式のアルキル基であることも好ましい。好ましいアルキル基としてはtert−ブチル基が挙げられる。
【0015】
ここで、一般式(A)で表されるベンゼン誘導体を、不斉合成触媒用金属錯体の配位子として用いた場合、高度な不斉空間が形成されることを考慮すると、R1とR2の立体障害性に大きな差があることが好ましい。つまり、R1及びR2の一方が立体障害性を有する嵩高い置換基、つまり極大基であるのに対して、他方は極小基であることが好ましい。従って、R1とR2の炭素数の差は大きいほど好ましい。具体的には、R1とR2の炭素数の差は2以上、特に3以上、とりわけ4以上であることが好ましい。R1及びR2のうち炭素数が少ない方の基は、極小基であることに鑑みれば、同じ炭素数の脂環式アルキル基と非環式アルキル基では、非環式アルキル基の方が好ましい。さらに、同じ炭素数の非環式アルキル基の中では、分岐状アルキル基より直鎖状アルキル基の方が好ましい。最終的には、R1及びR2のうち炭素数が少ない方の基として最も好ましい基はメチル基であると言える。しかし、一般的には、炭素数が少ない方の基として用い得る基は、炭素数が多い方の基との関係で相対的に決定される。R1とR2の好ましい組み合わせとしては、例えばR1=tert−ブチル基、R2=メチル基の組み合わせ、R1=メチル基、R2=tert−ブチル基の組み合わせが挙げられる。
【0016】
尚、一般式(A)における二つのR1は、互いに同一であっても異なっていてもよく、同一であることが好ましい。二つのR2についても同様である。二つのR1及び二つのR2は、一般式(A)における二つの−PR12基のいずれにおいても、R1の方が炭素数が多いか又はR2の方が炭素数が多ければよい。
【0017】
一般式(A)で表されるベンゼン誘導体のベンゼン環は、さらに1〜4個の一価の置換基を有してもよい。該置換基の例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、メトキシ基、エトキシ基、トリフルオロメチル基、1,4−ブチレン基等が挙げられる。
【0018】
本発明の製造方法においては、先ず、第1工程として、一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化する。脱ボラン化は、以下の反応式1で表される反応である。一般式(1)において、Xはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子であり、臭素であることが好ましい。
【0019】
【化3】

【0020】
本発明の製造方法における出発物質である一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物は、例えば下記反応式(i)に従って合成することができる。
【化4】

【0021】
反応式(i)においては、先ず2−ハロゲノアニリンをジアゾ化してジアゾニウム塩とする。この2−ハロゲノアニリンとしては市販品を使用することができる。ジアゾ化の反応は、常法に従って行うことができ、例えば亜硝酸ナトリウムの存在下で行われる。このジアゾニウム塩は、テトラフルオロホウ酸塩として単離することができる。次に、得られたジアゾニウム塩をジアルキルホスフィン−ボランと反応させる。
【0022】
ジアゾニウム塩と反応させるジアルキルホスフィン−ボランは、特開2001−253889号公報に記載の方法等の公知の方法によって調製することができる。ジアルキルホスフィン−ボランは、テトラヒドロフラン等の不活性溶媒中で脱プロトン化する。脱プロトン化には、例えばブチルリチウムが用いられる。脱プロトン化された状態のジアルキルホスフィン−ボランを、前記のジアゾニウム塩に作用させる。この反応は、極低温環境下ないし室温下で速やかに進行する。この反応によって、反応系内には一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物が生成する。
【0023】
一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物において、R1の炭素数をR2の炭素数より多くする場合(該ホスフィン−ボラン化合物がR体の場合)、ジアルキルホスフィン−ボランとしてはS体のものを用いる。これとは逆に、一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物において、R2の炭素数をR1の炭素数より多くする場合(該ホスフィン−ボラン化合物がS体の場合)、ジアルキルホスフィン−ボランとしてはR体のものを用いる。
【0024】
尚、目的物である一般式(A)で表されるベンゼン誘導体として、一般式(A)におけるベンゼン環が置換基を有するものであるものを得る場合、該置換基は、反応式(i)における2−ハロゲノアニリンの段階で容易に導入することができる。置換基の導入は常法に従って行うことができる。
【0025】
本発明の製造方法の第1工程である一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物の脱ボラン化は、従来公知の方法に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中、1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、N−メチルモルホリン、トリエチルアミン、ピロリジン、ジエチルアミン等の塩基の存在下で行うことができる。塩基としては、これらの中でもDABCOを用いることが好ましい。塩基の使用量は、一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1〜3モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜5時間とすることができる。反応温度は20〜110℃とすることができる。
【0026】
次に、第2工程としてリチオ化を行う。リチオ化は、以下の反応式2で表される反応である。
【0027】
【化5】

【0028】
リチオ化は、従来公知の方法に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中、ブチルリチウムを用いて行うことができる。ブチルリチウムとしては、n−ブチルリチウム、sec−ブチルリチウム、tert−ブチルリチウム等が挙げられ、これらの中でもsec−ブチルリチウムが好ましい。ブチルリチウムの使用量は、第1工程で使用した一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜1.5モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜5時間とすることができる。反応温度は−100〜20℃とすることができる。
【0029】
次に、第3工程として、第2工程の反応生成物を、一般式RaPX’2(Raは一般式(A)におけるR1及びR2の一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させる。Raは、R1及びR2のうちの炭素数が多い方の基であることが好ましい。X’で表されるハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられ、塩素が好ましい。一般式RaPX’2で表されるアルキルジハロゲノホスフィンは、市販品として入手可能である。また、工業的にも安価に製造可能である(例えば、特開2002−255983号公報、特開2001−354683号公報等参照)。例えばRaがR1である場合、第3工程の反応は以下の反応式3で表される。
【0030】
【化6】

【0031】
第3工程の反応は、例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行うことができる。一般式RaPX’2で表されるアルキルジハロゲノホスフィンの使用量は、第1工程で使用した一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜2.0モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜24時間とすることができる。反応温度は−100〜20℃とすることができる。
【0032】
次に、第4工程として、第3工程の反応生成物を、一般式RbMgX”(Rbは一般式(A)におけるR1及びR2のうち、Raとは異なる方の基であり、X”はハロゲン原子を示す)で表されるグリニャール試薬と反応させる。X”で表されるハロゲン原子としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等が挙げられ、塩素、臭素が好ましい。例えばRbがR2である場合、第4工程の反応は以下の反応式4で表される。
【0033】
【化7】

【0034】
第4工程の反応は、従来公知のグリニャール反応に準じて行うことができる。例えば、THF、ヘキサン、トルエン、ジメトキシエタン等の有機溶媒中で行うことができる。一般式RbMgX”で表されるグリニャール試薬の使用量は、第1工程で使用した一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物1モルに対し1.0〜3.0モルの割合が好ましい。また、反応時間は0.5〜24時間とすることができる。反応温度は0〜100℃とすることができる。
【0035】
尚、以上の第1〜4工程の反応は、不活性ガス下で行うことが好ましい。
【0036】
以上の第1〜4工程により、目的物である前記一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体が得られる。目的物である該ベンゼン誘導体は(R,R)体又は(S,S)体であるところ、第1〜4工程後には目的物以外の成分として(R,S)体又は(S,R)体、例えばメソ体が含有された混合物が得られる場合がある。例えば目的物が(R,R)体であり、二つのR1が同一のアルキル基で且つ二つのR2が同一のアルキル基である場合には、(R,R)体とメソ体との混合物が得られる場合がある。そのため、必要により精製(a)を行うことにより、該混合物から本発明の目的物である(R,R)体又は(S,S)体を分離すると、目的物を純度よく得ることができる。この分離は、通常の精製方法により行えばよく、通常は再結晶で十分である。また、この分離は、必要に応じてカラム分離により行うことができる。また、精製(a)を行うに当たって、適宜、脱溶媒、洗浄等の精製方法により、精製(a’)を行っておくことが好ましい。
【0037】
本発明の製造方法において出発物質として用いる前記一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物は−PR12BH3基を一つ有しており、該化合物を脱ボラン化してなる前記一般式(2)で表される化合物は−PR12基を一つ有している。これらの化合物のXの部位に、さらにもう一つの−PR12基を直接導入することは、該−PR12基の嵩高さに起因する立体障害のために困難である。そこで、本発明では、先ず、−PR12基を一つ有する一般式(2)で表される化合物に対し、リン原子と共にR1及びR2の一方を導入し、次にR1及びR2のもう一方を導入する。このような段階的な工程を経ることによって、導入しようとする−PR12基が嵩高いものであっても、容易に導入することが可能となる。
【0038】
また、本発明の製造方法によれば、第1〜4工程を連続的に行うことができるので、工業的に有利に目的とする光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を得ることができという利点を有する。
【0039】
本発明の製造方法により得られた前記一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体は、配位子として、遷移金属と共に錯体を形成することができる。錯体を形成することができる遷移金属としては、例えば、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、パラジウム、ニッケル、鉄、銅等が挙げられ、好ましくはロジウム金属である。一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を配位子としてロジウム金属と共に錯体を形成させる方法としては、例えば、実験化学講座 第4版(日本化学会編、丸善株式会社発行 第18巻 327〜353頁)に記載されている方法に従えばよく、例えば、一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体と、ビス(シクロオクタン−1,5−ジエン)ロジウムヘキサフルオロアンチモン酸塩、ビス(シクロオクタン−1,5−ジエン)ロジウムテトラフルオロホウ酸塩等と反応させることにより、ロジウム錯体を製造することができる。
【0040】
得られるロジウム錯体を具体的に例示すると、[Rh((S,S)−(A))(cod)]Cl、[Rh((S,S)−(A))(cod)]Br、[Rh((S,S)−(A))(cod)]I、[Rh((R,R)−(A))(cod)]Cl、[Rh((R,R)−(A))(cod)]Br、[Rh((R,R)−(A))(cod)]I、[Rh((S,S)−(A))(cod)]SbF6 、[Rh((S,S)−(A))(cod)]BF4 、[Rh((S,S)−(A))(cod)]ClO4 、[Rh((S,S)−(A))(cod)]PF6 、[Rh((S,S)−(A))(cod)]BPh4 、[Rh((R,R)−(A))(cod)]SbF6、[Rh((R,R)−(A))(cod)]BF4、[Rh((R,R)−(A))(cod)]ClO4、[Rh((R,R)−(A))(cod)]PF6、[Rh((R,R)−(A))(cod)]BPh4、[Rh((S,S)−(A))(nbd)]SbF6、[Rh((S,S)−(A))(nbd)]BF4 、[Rh((S,S)−(A))(ndb)]ClO4 、[Rh((S,S)−(A))(ndb)]PF6 、[Rh((S,S)−(A))(ndb)]BPh4、[Rh((R,R)−(A))(nbd)]SbF6、[Rh((R,R)−(A))(nbd)]BF4、[Rh((R,R)−(A))(ndb)]ClO4、[Rh((R,R)−(A))(ndb)]PF6、[Rh((R,R)−(A))(ndb)]BPh4等が挙げられ、本発明では[Rh((S,S)−(A))(cod)]SbF6 又は[Rh((R,R)−(A))(cod)]SbF6が好ましい。尚、上記のロジウム錯体中の(A)は、一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体、codは1,5−シクロオクタジエン、nbdはノルボルナジエン、Phはフェニルを示す。
【0041】
一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を配位子とした遷移金属錯体(以下、本発明に係る遷移金属錯体ともいう)は、不斉合成触媒として有用なものである。不斉合成としては、例えば不斉水素化反応、不斉ヒドロシリル化反応、不斉マイケル付加反応等が挙げられる。これらの不斉合成反応は、本発明に係る遷移金属錯体を用いる点以外は、通常と同様に行うことができる。
【0042】
本発明に係る遷移金属錯体は、特に不斉水素化反応における触媒として好適である。不斉水素化反応において基質として用いられる化合物としては、例えば、プロキラル炭素原子を含むC=C二重結合又はC=O二重結合を有する化合物が挙げられる。該化合物としては、例えば、αデヒドロアミノ酸、βデヒドロアミノ酸、イタコン酸、エナミド、β―ケトエステル、エノールエステル、α,β不飽和カルボン酸、β、γ不飽和カルボン酸等が挙げられる。不斉水素化反応において、基質と触媒である本発明に係る遷移金属錯体とのモル比(基質/触媒)は、限りなく大きいほうが好ましいが、実用的には通常は100〜100,000であることが好ましい。
【実施例】
【0043】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、あくまで例示であって、本発明の適用範囲はこれらに限定されない。
【0044】
〔製造例1〕(R)−2−(ボラナト(tert−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンの合成
下記反応式に従い以下の手順で(R)−2−(ボラナト(tert−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンを合成した。
【0045】
【化8】

【0046】
200mLの4つ口フラスコに濃塩酸9.5mL、純水65mL、2−ブロモアニリン6.0g(35mmol)を仕込み、加熱して溶解させた。0℃に冷却した後、予め純水7.5mLに溶解させた亜硝酸ナトリウム2.46g(35.1mmol)の溶液を約10分かけて滴下した。初め、かゆ状であった反応液は30分攪拌を行うことで淡黄色透明液となった。次いで、42質量%HBF4水溶液12.5g(59.8mmol)を約5分かけて滴下したところ、直ちに淡黄色結晶が析出した。30分攪拌した後、グラスフィルターにてろ過、純水30mLで洗浄し、さらにメタノール8mLとエーテル32mLの混合溶液にて洗浄した。その後、減圧乾燥を行い2−ブロモベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸塩4.5g(収率48%)を得た。
【0047】
よく乾燥した30mLシュレンク管に(S)−tert−ブチルメチルホスフィン−ボラン236mg(2.00mmol)を仕込み、Ar置換した後に脱水THF6mLを加え攪拌して溶解させた。−78℃に冷却した後、nBuLiのヘキサン溶液(1.6mol/L)1.5mL(2.4mmol)をゆっくり加えた。20分攪拌した後、前記の2−ブロモベンゼンジアゾニウムテトラフルオロホウ酸塩650mg(2.40mmol)を少量づつ添加した。暗赤紫色透明液を2時間かけて室温へ昇温し、さらに室温で2時間攪拌を行った。食塩水と酢酸エチルを加えて有機層を分液し、食塩水で洗浄した。MgSO4で乾燥後、溶媒を濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィーにより精製を行い、(R)−2−(ボラナト(tert−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼンを60mg(収率11%)得た。得られた化合物の分析結果を以下に示す。
【0048】
(分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ: 0.20-1.05 (m, 3H), 1.19 (d, J=14.3 Hz, 9H), 1.91 (d, 9.7 Hz, 3H), 7.32 (t, 8.7 Hz, 1H), 7.40 (t, 7.5 Hz, 1H), 7.64 (d, 9.0 Hz, 1H), 8.06 (dd, 12.6,12.9 Hz, 1H);
31P NMR (202 MHz, CDCl3) δ:38.3.
APCI-MS:m/z 275, 273 (M++H).
【0049】
〔実施例1〕(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼンの合成
下記反応式に従い、以下の手順で(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼンを合成した。
【0050】
【化9】

【0051】
よく乾燥した50mLの2口フラスコに、製造例1の手順で得られた(R)−2−(ボラナト(tert−ブチル)メチルホスフィノ)ブロモベンゼン1.365g(5.00mmol)と1,4−ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)589mg(5.25mmol)を仕込み、Ar置換した後に脱水テトラヒドロフラン10mLを加え攪拌して溶解させた。この溶液を穏やかな還流の元で約70℃にて2時間反応させた。その後−78℃へ冷却し、sec−ブチルリチウムのヘキサン溶液(1.03mol/L)5.10mLをシリンジでゆっくり加えた。30分後、tert−ブチルジクロロホスフィン875mg(5.5mmol)のTHF溶液3mlを一度に加えた。次いで1時間かけて室温(20℃)へ昇温し、さらに1時間攪拌を行った。その後0℃へ冷却し、メチルマグネシウムブロミドのTHF溶液(0.96mol/L)12.5mlをシリンジで加えた後、室温へ昇温し、さらに1時間攪拌を行った。次いで大部分の溶媒を濃縮し、脱気したヘキサン25mlと15質量%NH4Cl水溶液10mlを加えた。ヘキサン層を分離した後、飽和食塩水で洗浄し、Na2SO4で乾燥した。その後溶媒を濃縮し、残渣の油状物に脱気したメタノールを加えた。生じた結晶をろ過し、少量の冷やしたメタノールで洗浄した後、減圧乾燥し、無色の結晶として、(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン539mg(収率38%)を得た。得られた化合物の分析結果を以下に示す。
【0052】
(分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ: 0.96 (t, J = 6.0 Hz, 18H), 1.23 (t, J = 3.2 Hz, 6H), 7.26−7.35 (m, 2H), 7.48−7.50 (m, 2H)
13C NMR (125 MHz, CDCl3) δ: 5.69 (t, J = 6.0 Hz), 27.24 (t, 8.4 Hz), 30.37 (t, 7.2 Hz), 127.75 (S), 131.47 (S), 144.86 (t, 6.0 Hz)
31P NMR (202 MHz, CDCl3) δ: -25.20 (s).
APCI-MS:m/z 283 (M++H).
HRMS(TOF): Calcd.for C16H28NaP2: 305.1564, Found: 305.1472
Mp. 125〜126℃
[α]D24:+222.9 (c, 0.535, EtOAc)
【0053】
〔製造例2〕ロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネートの合成
下記反応式に従い、以下の手順でロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネートを合成した。
【0054】
【化10】

【0055】
よく乾燥した10mLの2口フラスコに[Rh(cod)2]SbF644.8mg(0.08mmol)を仕込み、Ar置換した後に脱水ジクロロメタン1mLを加え撹拌して溶解させた。ここに実施例1で得た(R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン24.8mg(0.088mmol)とジクロロメタン1mLを滴下した。溶液の色は暗赤色からオレンジ色に変化した。室温で30分撹拌した後、0.5mLまで濃縮し、ジエチルエーテルを2mL滴下した。生じたオレンジ色の結晶をろ過し、ジエチルエーテルで洗浄した後に減圧乾燥し、ロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネート57.6mg(収率98%)を得た。得られた化合物の分析結果を以下に示す。
【0056】
(分析結果)
1H NMR (500 MHz, CDCl3) δ: 1.05 (d, J = 14.3 Hz, 18H), 1.73 (t, J = 8.9 Hz, 6H), 2.20 − 2.25 (m, 4H), 2.50 − 2.57 (m, 2H), 2.65 − 2.69 (m, 2H), 4.89 − 4.90 (m, 2H), 5.99 (t, J = 6.9 Hz, 2H), 7.74 (t, J = 2.3 Hz, 4H)
31P NMR (202 MHz, CDCl3) δ: 57.59 (d, J = 158 Hz)
HRMS(TOF): Calcd.for C24H40P2Rh: 493.1660, Found: 493.1574
【0057】
〔実施例2−1〜2−8〕αデヒドロアミノ酸の不斉水素化反応
下記反応式に従い、以下の手順でαデヒドロアミノ酸の不斉水素化を行った。
【0058】
【化11】

【0059】
実施例2−1について、以下に詳述する。
50mLのガラス製オートクレーブに、基質としてαデヒドロアミノ酸である2−(N−アセチルアミノ)−3−フェニル−2−プロペン酸メチルエステル460mg(2.10mmol)、不斉水添触媒として製造例2で得たロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネート1.50mg(2.06×10-3mmol)を仕込み、水素で5回置換を行い、予め脱気した脱水メタノール5mLを加えた。次いで、水素圧を3気圧として反応を開始した。反応は室温で攪拌しながら行った。反応開始から20分後に、容器内の水素の消費が停止したため反応終了とした。反応液を濃縮した後、残存した白色結晶を酢酸エチルに溶解して、シリカゲルカラムに通した。得られた溶出液をHPLCにて分析したところ、(R)−2−(N−アセチルアミノ)−3−フェニルプロパン酸メチルエステルが99.9%の鏡像異性体過剰率(ee)で得られた。また、1H−NMRによって分析を行ったところ、化学収率は99%以上であった。尚、HPLC分析の条件は以下の通りである。
(HPLC分析条件)
カラム Daicel Chiralcel OJ,1.0mL/min,ヘキサン:2−プロパノール=9:1
各エナンチオマーの保持時間 (R)t1=13.3min,(S)t2=19.3min.
【0060】
実施例2−2〜2−8においては、表1に記載の条件で、実施例2−1と同様にして不斉水素化反応を行った。
尚、表1に記載のR1〜R3は、上記反応式における基質を示す一般式中のR1〜R3に対応する。また、実施例2−2〜2−8においては、表1記載の基質と触媒のモル比(S/C)となるように、触媒の量は実施例2−1と同じとし、
基質の量を変更した。
下記表1に、実施例2−1〜2−8の不斉水素化反応の条件及び結果をまとめる。
【0061】
【表1】

【0062】
〔実施例3−1〜3−7〕βデヒドロアミノ酸の不斉水素化反応
下記反応式に従い、以下の手順でβデヒドロアミノ酸の不斉水素化を行った。
【0063】
【化12】

【0064】
実施例3−1について、以下に詳述する。
50mLガラス製オートクレーブに、基質としてβデヒドロアミノ酸である(E)−メチル 3−アセトアミド−2−ブテノエート450.2mg(2.86mmol)、不斉水添触媒として製造例2で得たロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネート2.07mg(2.84×10-3mmol)を仕込み、水素で5回置換を行い、予め脱気した脱水メタノール5mLを加えた。次いで、水素圧を3気圧として反応を開始した。反応は室温で攪拌しながら行った。反応開始から50分後に、容器内の水素の消費が停止したため反応終了とした。反応液を濃縮した後、残存した白色結晶を酢酸エチルに溶解して、シリカゲルカラムに通した。得られた溶出液をGCにて分析したところ、(R)−3−アセトアミドブタン酸メチルエステルが99.6%の鏡像異性体過剰率(ee)で得られた。また、1H−NMRによって分析を行ったところ、化学収率は99%以上であった。尚、GC分析の条件は以下の通りである。
(GC分析条件)
カラム Varian Chirasil DEX CB,135℃
各エナンチオマーの保持時間 (S)t1=7.6min,(R)t2=8.1min.
【0065】
実施例3−2〜3−7においては、表2に記載の条件で、実施例3−1と同様にして不斉水素化反応を行った。
尚、表2に記載のR1〜R3は、上記反応式における基質を示す一般式中のR1〜R3に対応する。実施例3−5及び3−6においては、基質として、E体(R1がHで、R2がMeOOCであるもの)とZ体(R1がMeOOCで、R2がHであるもの)との混合物(モル比1:1)を用いた。また、実施例3−2〜3−7においては、表2記載の基質と触媒のモル比(S/C)となるように、触媒の量は実施例3−1と同じとし、基質の量を変更した。
下記表2に、実施例3−1〜3−7の不斉水素化反応の条件及び結果をまとめる。
【0066】
【表2】

【0067】
〔実施例4〕イタコン酸ジメチルの不斉水素化反応
下記反応式に従い、以下の手順でイタコン酸ジメチルの不斉水素化を行った。
【0068】
【化13】

【0069】
50mLのガラス製オートクレーブに、基質としてイタコン酸ジメチル395mg(2.50mmol)、不斉水添触媒として製造例2で得たロジウム(I)((R,R)−1,2−ビス(tert−ブチルメチルホスフィノ)ベンゼン)(1,5−シクロオクタンジエン)ヘキサフルオロアンチモネート3.64mg(5.00×10-3mmol)を仕込み、水素で5回置換を行い、予め脱気した脱水メタノール5mLを加えた。次いで、水素圧を3気圧として反応を開始した。反応は室温で攪拌しながら行った。反応開始から1時間後、容器内の水素の消費が停止したため反応終了とした。反応液を濃縮した後、残存した白色結晶を酢酸エチルに溶解して、シリカゲルカラムに通した。得られた溶出液をHPLCにて分析したところ、ジメチル(S)−メチルスクシネートが97.2%の鏡像異性体過剰率(ee)で得られた。また、1H−NMRによって分析を行ったところ、化学収率は99%以上であった。尚、HPLC分析の条件は以下の通りである。
(HPLC分析条件)
カラム Daicel Chiralcel OD-H,0.8mL/min,ヘキサン:2−プロパノール=98:2
各エナンチオマーの保持時間 (R)t1=7.9min,(S)t2=12.0min.
【0070】
尚、以上の製造例及び実施例では、本発明の製造方法により、前記一般式(A)で表されるベンゼン誘導体として(R,R)体を製造した(実施例1)後、該(R,R)体を配位子として用いて遷移金属錯体を製造し(製造例2)、該遷移金属錯体を触媒として用いて不斉水素化方法を行った(実施例2〜4)。これらの製造例及び実施例から、本発明の製造方法により、前記一般式(A)で表されるベンゼン誘導体として(S,S)体を製造できることができ、また、該(S,S)体を配位子として用いて遷移金属錯体を製造し、該遷移金属錯体を触媒として用いて不斉水素化方法を行うと高い光学純度及び化学収率を実現できることは、当業者に明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(A)で表される光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法において、
下記一般式(1)で表されるホスフィン−ボラン化合物を脱ボラン化した後、リチオ化し、
次いで、その反応生成物を、一般式RaPX’2(Raは下記一般式(A)におけるR1及びR2の一方であり、X’はハロゲン原子を示す)で表されるアルキルジハロゲノホスフィンと反応させた後、
一般式RbMgX”(Rbは下記一般式(A)におけるR1及びR2のうち、Raとは異なる方の基であり、X”はハロゲン原子を示す)で表されるグリニャール試薬と反応させることを特徴とする光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体の製造方法。
【化1】

【化2】

【請求項2】
請求項1記載の製造方法により得られた光学活性な1,2−ビス(ジアルキルホスフィノ)ベンゼン誘導体を配位子とする遷移金属錯体を触媒として用いた不斉水素化方法。

【公開番号】特開2012−17288(P2012−17288A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−155399(P2010−155399)
【出願日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】