説明

光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドの製造方法

【課題】光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを効率良く得る方法を提供する。
【解決手段】
アミノ酸アミドを、アミダーゼ活性を有する酵素と接触させることにより、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを製造する方法において、反応液中に精製するアンモニアを低減又は除去させながら反応を行うことを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドは医薬品等の合成中間体として有用な化合物である。
【0003】
生体触媒を用いた光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドの製造方法としては、例えば、アミダーゼ活性を有する生体触媒を用いた光学分割による製造方法が知られている(特許文献1〜5)。アミダーゼ活性を有する生体触媒としては、アミダーゼを産生する微生物が、菌体そのまま又は菌体処理物(洗浄菌体、乾燥菌体、菌体破砕物、菌体抽出物、粗酵素、精製酵素、及びこれらの固定化物)として反応に使用されている(特許文献5等)。
【0004】
菌体そのままを反応に使用する場合、反応後の菌体の分離に時間を要するという問題がある。従って、菌体から取り出した酵素を反応に使用すれば、より効率よく光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを製造することができると考えられ、様々な研究がなされている。
【0005】
しかしながら、酵素を反応に使用すると、反応が進むにつれて反応速度が低下する、反応が途中で止まるなどの問題が生じていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭59−159789号公報
【特許文献2】特開昭61−293394号公報
【特許文献3】特開平1−186850号公報
【特許文献4】特開2001−328970号公報
【特許文献5】特開2008−125364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の目的は、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを効率良く製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、アミダーゼ活性を有する酵素を用いてアミノ酸アミドの立体選択的加水分解を行う際に、反応液中からアンモニアを低減又は除去しながら反応を行うことにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、下記一般式(1)
【0010】
【化1】

【0011】
(一般式(1)中、R1は水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基及びアリール基を示す。R2は水素原子又はC1〜20のアルコキシカルボニル基を示す。)
で示されるアミノ酸アミドを、アミダーゼ活性を有する酵素と接触させることにより、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを製造する方法において、反応液中に生成するアンモニアを低減又は除去しながら反応を行うことを特徴とする方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡便な操作により、高収率で(効率良く)光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(1)アミノ酸アミド
本発明におけるアミノ酸アミドは、下記一般式(1)で示されるアミノ酸アミドである。
【0014】
【化2】

【0015】
一般式(1)中、R1は水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基及びアリール基を示す。好ましくは、C1〜C20のアルキル基、C1〜C20のアルケニル基、C6〜C20のシクロアルキル基及びC6〜C20のアリール基である。より好ましくは、C1〜C10のアルキル基、C1〜C10のアルケニル基、C6〜C15のシクロアルキル基及びC6〜C15のアリール基である。
【0016】
R2は水素原子又はC1〜20のアルコキシカルボニル基を示す。C1〜20のアルコキシカルボニル基としては、例えば、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロポキシカルボニル基、i−プロポキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基、i−ブトキシカルボニル基、sec−ブトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基、n−ペンチロキシカルボニル基、n−ヘキシロキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基等が挙げられる。好ましくは、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基、ベンジルオキシカルボニル基である。
【0017】
一般式(1)で示されるアミノ酸アミドとしては、アラニンアミド、バリンアミド、ノルバリンアミド、ロイシンアミド、イソロイシンアミド、ノルロイシンアミド、t−ロイシンアミド、メチオニンアミド、トリプトファンアミド、フェニルアラニンアミド、セリンアミド、システインアミド、チロシンアミド、リジンアミド、シクロヘキシルアラニンアミド、2−アミノ酪酸アミド、フェニルグリシンアミド、及びそのアルコキシ誘導体などが挙げられる。好ましくは、アラニンアミド、バリンアミド、ロイシンアミド、t−ロイシンアミド、フェニルアラニンアミドである。
【0018】
本発明においては、アミノ酸アミドとして、ラセミ体のアミノ酸アミド、S体の方が多く含まれるアミノ酸アミド、R体の方が多く含まれるアミノ酸アミドのいずれも基質として使用することができる。
【0019】
(2)光学活性アミノ酸

本発明の方法で得られる光学活性アミノ酸は、下記一般式(2)で示される光学活性体である。
【0020】
【化3】

【0021】
一般式(2)中、R1及びR2は、前記一般式(1)と同じである。
【0022】
一般式(2)で示されるアミノ酸としては、アラニン、バリン、ノルバリン、ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、t−ロイシン、メチオニン、トリプトファン、フェニルアラニン、セリン、システイン、チロシン、リジン、シクロヘキシルアラニン、2−アミノ酪酸、フェニルグリシン、及びそのアルコキシ誘導体などが挙げられる。好ましくは、アラニン、バリン、ロイシン、t−ロイシン、フェニルアラニンである。
【0023】
(3)光学活性アミノ酸アミド
本発明の方法で得られる光学活性アミノ酸アミドは、下記一般式(3)で示される光学活性体である。
【0024】
【化4】

【0025】
一般式(3)中、R1及びR2は、前記一般式(1)と同じである。
【0026】
一般式(3)で示されるアミノ酸アミドとしては、アラニンアミド、バリンアミド、ノルバリンアミド、ロイシンアミド、イソロイシンアミド、ノルロイシンアミド、t−ロイシンアミド、メチオニンアミド、トリプトファンアミド、フェニルアラニンアミド、セリンアミド、システインアミド、チロシンアミド、リジンアミド、シクロヘキシルアラニンアミド、2−アミノ酪酸アミド、フェニルグリシンアミド、及びそのアルコキシ誘導体などが挙げられる。好ましくは、アラニンアミド、バリンアミド、ロイシンアミド、t−ロイシンアミド、フェニルアラニンアミドである。
【0027】
(4)加水分解反応
本発明は、光学活性の無いアミノ酸アミドを立体選択的に加水分解する酵素(アミダーゼ活性を有する酵素)を用いて加水分解することにより、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを得る方法に関する。
【0028】
アミダーゼ活性を有する酵素を用いたアミノ酸アミドの立体選択的加水分解は、アミノ酸アミド水溶液にアミダーゼ活性を有する酵素を加え、アミノ酸アミドに該触媒を作用させて行う。
【0029】
(4−1)酵素
立体選択的加水分解に使用するアミダーゼ活性を有する酵素としては、アミノ酸アミドに立体選択的に作用し、光学活性アミノ酸と対応する光学活性アミノ酸アミドを生成させるものであれば、特に限定なく使用することができる。
【0030】
例えば、以下に例示する微生物が産生するアミダーゼが好適に使用される。
・エンテロバクター・クロアッセイ N−7901(FERM BP−873)
・バチルス・ステアロサーモフィラス NCIMB8923
・サーマス・アクアチカ NCIMB11243
・サーマス属 O−3−1株(FERM BP−8139)
・オクロバクテリウム・アントロピ NCIB40321
・クレブシェラ属 NCIB40322株
・E.coli JM109/pLA205( FERM BP−7132)
・E.coli JM109/pM501KN
本発明においては、酵素反応が菌体外で起こるようにする。すなわち、これらの微生物を破砕した菌体破砕物、菌体を破砕し菌体残渣をろ過した粗酵素又はそれを精製した精製酵素を、アミダーゼ活性を有する酵素として反応に使用することができる。
【0031】
(4−2)反応条件
基質として使用するアミノ酸アミド水溶液中のアミノ酸アミド濃度は、1〜70質量%であることが好ましく、5〜60質量%であることがより好ましい。70質量%以下とすることにより、効率よく加水分解反応が進み、原料であるアミノ酸アミドをできるだけ残存させなくすることができる。一方、1質量%以上とすることにより、反応後に濃縮する水の量が少なくできるため、製造効率が良くなる。
【0032】
アミダーゼ活性を有する酵素の使用量は、その活性や基質濃度等の条件に応じて適宜選択することができる。例えば、アミノ酸アミドに対して1/10000〜1質量であることが好ましく、1/1000〜1/10質量であることがより好ましい。使用量を1質量以下とすることにより、粗酵素等と共に混入した菌体残渣を反応後に除去することが容易となる。使用量を1/10000質量以上とすることにより、反応速度を速くすることができ、製造に要する時間を短くすることができる。
【0033】
加水分解反応を行う際の水溶液のpHは、35〜45℃の範囲において6〜9であることが好ましい。pHを9以下とすることにより、アミダーゼ活性を有する酵素の活性が低下しにくくなり、反応効率の低下が起こりにくくなる。一方、pHを6以上とすることにより、原料であるアミノ酸アミドが析出しにくくなり、反応が進行しやすくなる。
【0034】
反応温度は、10〜60℃であることが好ましく、20〜50℃であることがより好ましい。温度が10〜60℃の場合は、アミダーゼ活性を有する酵素の活性が十分に発揮され、収率の低下や反応時間の増加を防止できるという点で好ましい。

反応時間は、アミダーゼ活性を有する酵素の使用量や基質であるアミノ酸アミドの種類・濃度に応じて適宜選択できるが、通常は5〜60時間であることが好ましい。反応時間を5時間以上とすることにより、十分な反応収率が得られやすい。一方、反応時間を60時間以下とすることにより、製造効率の面からも好ましくなる。
【0035】
(4−3)アンモニアの除去
アミノ酸アミドの加水分解反応においては、反応の進行とともにアンモニアが発生する。そのため、反応が進むにつれ、反応速度が低下する、反応が途中で止まるなどの問題が生じる。本発明では、このような問題を回避するために、反応液中からアンモニアを低減又は除去しながら反応を行う。
【0036】
反応液中からアンモニアを低減又は除去する方法としては、例えば、反応液に酸を添加することでアンモニウム塩を形成させる方法が挙げられる。また、生成する成分が揮発性のアンモニアであることから、気体を供給することも効果的である。また、反応液中のアンモニアは、低圧、高温下で揮発しやすくなることから、減圧下での反応も効果的である。これらの方法は単独で行ってもよく、2種以上を組み合わせて行ってもよい。
【0037】
(イ)の添加
反応液に酸を添加することでアンモニウム塩を形成させることにより、反応液中からアンモニアを低減又は除去することができる。反応液に添加する酸は、アンモニアを中和させたり、固定化できたりするものであればよく、限定はされない。
【0038】
例えば、塩酸、硫酸、リン酸、硝酸等の無機酸;ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸等の有機酸;陽イオン交換樹脂、高酸価ビーズ等の酸性の樹脂を使用することができる。これらは1種を単独で使用することもできるし、2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0039】
(ロ)気体の供給
(a)気体の種類
反応液に気体を供給することにより、反応液中からアンモニアを低減又は除去することができる。反応液に供給する気体の種類は、加水分解に悪影響を及ぼさず、効率良く加水分解反応を進行させることができるものであれば限定はされない。例えば、窒素、ヘリウム、アルゴン、二酸化炭素等の不活性ガス、水蒸気、空気を使用することができる。なかでも、酸化が起こらない不活性ガスが好ましい。これらの気体は1種を単独で使用することもできるし、2種以上を混合して使用することもできる。
【0040】
(b)供給方法
反応液に気体を供給する方法は、効率良く加水分解反応を進行させることができれば特に限定はされない。
【0041】
例えば、アミノ酸及びアミノ酸アミドを含む溶液に、散気装置を用いて気体をバブリングすることができる。散気装置は、気体を供給することによってアミノ酸及びアミノ酸アミドを含む溶液中で気泡を発生させるものであれば、その形態は特に限定されない。また、空気透過膜を通して気体を供給することもできる。このとき使用する空気透過膜の形態や種類も限定されない。
【0042】
気体の供給速度と供給時間は、効率良く加水分解反応を進行させることができるものであれば特に限定はされず、アミノ酸及びアミノ酸アミドの濃度の条件等に応じて適宜選択することができる。例えば、アミノ酸及びアミノ酸アミドを含む溶液1000mLに対して、0.5〜30mL/minとするのが好ましい。1.0〜3.0mL/minがより好ましく、1.5〜2.0mL/minが更に好ましい。0.5mL/min以上とすることにより、効率良く加水分解反応を進行させることができる。30mL/min以下とすることにより、発泡による反応液のエントレイメントを抑制することができる。供給時間については、反応中継続することが好ましいが、部分的に通気しても問題はない。
【0043】
気体を供給する際の環境は、密閉下であっても開放下であってもよい。また、常圧、減圧、いずれの状態で行ってもよい。また、気体を供給する場合に、攪拌下に行うことが好ましい。気体を供給する効果(効率の良い加水分解)がより良く得られるからである。
【0044】
(ハ)減圧下での反応
減圧下での反応を行うことにより、反応液中からアンモニアを低減又は除去することができる。減圧下で反応を行う場合の圧力は、反応温度にもよるが、1000hPa以下とするのが好ましい。さらに、900hPa以下であることが好ましく、800hPa以下であることがさらに好ましい。下限値としては、反応温度にもよるが、溶媒の気化熱による温度低下を抑制する観点から、600hPa以上であることが好ましい。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を製造例、実施例及び比較例により具体的に説明する。
【0046】
なお、実施例及び比較例中の化合物の分析は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて行った。
〈分析条件〉
カラム Inertsil ODS−3V(GLサイエンス社製)
溶離液 0.1%リン酸水溶液
流速 1.0ml/min
検出 UV 210nm
[製造例]
アミダーゼ活性を有する酵素の調製
WO2000/063354号記載の方法に従い、E.coli JM109/pLA205( FERM BP−7132)の培養を行った。1%バクトトリプトン、0.5%バクトイーストエキス、0.5%NaCl、0.05%MgSO・7HO、0.02%MnSO・4〜6HO、0.002%ZnSO・7HO、0.002%CaCl・2HOからなる培地(pH 7.2)100mlを500ml容三角フラスコに入れてオートクレーブ滅菌した後、アンピシリンナトリウム(50μg/ml)を添加し、E.coli JM109/pLA205を植菌して、37℃にて19時間振盪培養した。培養液500mlを遠心分離し、次いで湿潤菌体を蒸留水に懸濁した。さらに菌体懸濁液を破砕した後に、遠心分離し、粗酵素溶液20gを調製した。
[実施例1]
攪拌機及び温度計を付した1000ml三口フラスコに、t−ロイシンアミド200.0g(1.54mol)を秤量し、純水600mlを加えて溶解した。この水溶液に98%硫酸を25.3g添加して、pHを11.3から8.0(40℃)に調整した。この溶液に製造例で調製した粗酵素溶液20gを添加した。反応温度を38〜42℃で制御するとともに、発生したアンモニアを98%硫酸で中和しながら反応を行った。中和に要した98%硫酸は38.5gであった。24時間後のL−t−ロイシンアミドの転化率は99%以上であり、L−t−ロイシン101.0g(0.77mol)が生成した。
[実施例2]
硫酸の添加の代わりに2.0mL/minの通気をした以外は、実施例1と同様の方法で行った。24時間後のL−t−ロイシンアミドの転化率は99%以上であり、L−t−ロイシン101.0g(0.77mol)が生成した。
[比較例1]
硫酸の添加を実施しなかった以外は、実施例1と同様の方法で行った。24時間後のL−t−ロイシンアミドの転化率は72%で反応が停止した。
[参考例]
製造例で破砕処理を実施しなかった菌体懸濁液を使用し、硫酸の添加を実施しなかった以外は、実施例1と同様の方法で行った。36時間後のL−t−ロイシンアミドの転化率は99%以上であり、L−t−ロイシン101.0g(0.77mol)が生成した。しかし反応後の菌体の分離に時間を要した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

(一般式(1)中、R1は水素原子又は置換基を有していてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基及びアリール基を示す。R2は水素原子又はC1〜20のアルコキシカルボニル基を示す。)
で示されるアミノ酸アミドを、アミダーゼ活性を有する酵素と接触させることにより、光学活性アミノ酸及び光学活性アミノ酸アミドを製造する方法において、反応液中に生成するアンモニアを低減又は除去しながら反応を行うことを特徴とする方法。
【請求項2】
アンモニアを低減又は除去する方法が、(イ)酸の添加、(ロ)反応液への気体の供給及び(ハ)減圧下での反応からなる群から選ばれる少なくとも1つの工程を含む、請求項1記載の方法。

【公開番号】特開2012−44931(P2012−44931A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−190436(P2010−190436)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】