説明

光学活性3−アミノピペリジンの製造方法

【課題】 光学活性3−アミノピペリジンを、工業的に有利で安価な原料から、簡便かつ高収率で製造する方法を提供する。
【解決手段】 ラセミ体の3−アミノピペリジンと光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を反応させ、生成する光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離する光学活性3−アミノピペリジンの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラセミ体の3−アミノピペリジンから光学活性3−アミノピペリジンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性3−アミノピペリジンは医薬品や農薬の原料として有用な化合物である。
【0003】
光学活性3−アミノピペリジンの製造法としては、たとえば、ラセミ3−アミノピペリジンを光学活性ジベンゾイル酒石酸や光学活性N−アセチルフェニルアラニン等の光学活性な有機酸を用いて光学分割する方法が知られている(特許文献1)。同文献に記載されている実施例の中では光学活性ジベンゾイル酒石酸を用いた場合が最も光学分割成績が良いが、この場合でも1回の晶析で得られた塩の収率は40から44%であり、その塩の光学純度は88から91%d.e.であったと記載されている。高い光学純度の塩を得るために光学純度を上げるための処理を数回繰り返して実施しており、工業的な光学活性3−アミノピペリジンの製造方法としては収率や品質面で問題がある。
【0004】
別の例として、2−メトキシフェニル酢酸やN−p−トルエンスルホニルフェニルアラニンを分割剤として用いる方法も知られている(特許文献2)。この文献に記載されている実施例の中では光学活性α−メトキシフェニル酢酸を使用した実施例8が最も好成績であるが、1回の晶析で得られた塩はその光学純度が98%d.e.以上と高いものの収率は32%と低く、この方法も工業的な光学活性3−アミノピペリジンの製造方法としては収率や品質面で問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際特許出願公開WO2007/075630
【特許文献2】特開2011−12032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、従来技術では、簡便かつ高収率に光学活性3−アミノピペリジンを製造できないのが現状であり、効率的な工業的製造法の創出が強く望まれてきた。
【0007】
本発明の目的は、光学活性3−アミノピペリジンを、工業的に有利で安価な原料から、簡便かつ高収率で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記課題を解決する方法について鋭意検討した結果、ラセミ体の3−アミノピペリジンと光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を反応させ、生成する光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離することによって光学活性3−アミノピペリジンを効率よく製造できることを見出し、本発明に到達した。
【0009】
すなわち、本発明はラセミ体の3−アミノピペリジンと、光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を反応させ、生成する光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離することによって光学活性3−アミノピペリジンを製造する方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、光学活性3−アミノピペリジンを、工業的に有利で安価な原料から、簡便かつ高収率で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、(S)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−D−グルタミン酸の1:1の塩の赤外吸収スペクトルである。
【図2】図2は、(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸の1:1の塩の塩赤外吸収スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明を具体的に述べる。原料の3−アミノピペリジンはいかなる方法で製造したものでも使用できるが、たとえば、下記の反応式、すなわち、3−アミノピリジンを触媒存在下、水素添加させることによってラセミ体の3−アミノピペリジンを製造することができる。
【0013】
【化1】

【0014】
本発明の中で用いられる光学活性N−p−トルイルグルタミン酸は、鏡像異性体のいずれか一方が95%以上過剰の光学活性体、すなわち光学純度が95%ee以上であることが好ましい。
【0015】
光学活性N−p−トルイルグルタミン酸は、たとえば下記の反応式に従って製造することができる。
【0016】
【化2】

【0017】
光学活性N−p−トルイルグルタミン酸は、例えば、光学活性なグルタミン酸ナトリウム塩の水溶液に、水酸化ナトリウム水溶液でpHを10程度に調整しながら塩化p−トルオイルを添加して反応させる。次いで、反応液に塩酸を加え、析出した結晶を濾別したのち乾燥することによって光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を製造することができる。
【0018】
光学活性N−p−トルイルグルタミン酸は、N−p−トルイル−L−グルタミン酸あるいはN−p−トルイル−D−グルタミン酸のどちらも使用できる。分離する際にN−p−トルイル−L−グルタミン酸を使用すると一般式
【0019】
【化3】

【0020】
で表される(R)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸との塩が結晶として得られる。また、N−p−トルイル−D−グルタミン酸を使用すると一般式
【0021】
【化4】

【0022】
で表される(S)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−D−グルタミン酸との塩が結晶として得られる。
【0023】
光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離する際に使用する光学活性N−p−トルイルグルタミン酸の使用量は、ラセミ3−アミノピペリジンに対して0.5〜1.2倍モルが好ましい。その際に塩酸、硫酸等の鉱酸類や光学不活性体である酢酸やプロピオン酸等の有機酸を共存させることもできる。その場合には、光学活性N−p−トルイルグルタミン酸の使用量を低減することができる。
【0024】
分離する際に使用する溶媒は、基質と反応しないことが必要であり、たとえば水、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、アセトニトリル、テトラヒドロフランが好ましく使用できる。これらは、単独でも、あるいは混合溶媒としても使用できるが、好ましくは水とアルコール類の混合溶媒であり、特に好ましくは水とメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールの混合物である。
【0025】
分離する際に使用する溶媒の使用量は、ラセミ体の3−アミノピペリジンに対して3重量倍から30重量倍の範囲で好ましく用いられる。
【0026】
光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離する方法は、原料のラセミ体の3−アミノペピリジン、光学活性N−p−トルイルグルタミン酸、溶媒、更に場合によっては鉱酸類や有機酸類を混合して溶解し、析出した塩を濾過する方法が採用できる。この場合、原料のラセミ体の3−アミノピペリジンと溶媒を仕込んだのちに、撹拌しながら光学活性N−p−トルイルグルタミン酸、場合によっては鉱酸類や有機酸類を添加する方法、逆に溶媒と光学活性N−p−トルイルグルタミン酸、場合によっては鉱酸類や有機酸類を仕込んだのちに、撹拌しながら原料のラセミ3−アミノピペリジンを添加する方法等が好ましい。これらの原料を仕込む際の温度は、−10℃から溶媒の沸点の範囲内で任意に選定できる。析出した塩を濾過する温度は、0℃から30℃が好ましい。母液の付着による影響が大きい場合や、特に高い光学純度の製品を製造する場合には、再度、溶媒を加えて溶解、あるいはスラリー洗浄し、冷却したのちに析出した光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−トルイルグルタミン酸塩の結晶を濾過することで、容易に光学純度を高くすることができる。この際の溶媒としては水、メタノール、エタノール、プロパノール、あるいはこれらの混合物が使用できる。
【0027】
かくして得られた光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−トルイルグルタミン酸塩を解塩し、光学活性3−アミノピペリジンを単離する方法は、下記の方法で実施できる。たとえば、光学活性3−アミノピペリジンと光学活性N−p−トルイルグルタミン酸の塩を水に溶かした溶液に塩に対して2倍モル以上の塩酸を添加し、析出した結晶を濾過することによって光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を取り除く。この濾液に水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを12程度に調整したのちに濃縮し、濃縮残分にエタノールを加えて析出している塩化ナトリウムを濾過し、濾液を濃縮したのちに蒸留することで留分として光学活性3−アミノピペリジンが取得できる。また、光学活性3−アミノピペリジンと光学活性N−p−トルイルグルタミン酸の塩を水に溶かした溶液に塩に対して2倍モル以上の塩酸を添加し、析出した結晶を濾過することによって光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を取り除き、濾液を濃縮したのちにエタノール等の有機溶媒を加えて晶析することで、光学活性3−アミノピペリジンの2塩酸を単離することができる。ここで、塩酸の代わりに硫酸、リン酸などの鉱酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、クエン酸などのカルボン酸類、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などのスルホン酸類も使用することができる。
【0028】
本発明の方法を用いれば、安価に製造可能なラセミ体の3−アミノピペリジンを原料として、工業的に利用可能な光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を用いることにより、高収率、かつ高純度の光学活性3−アミノピペリジンを製造することができる。
【0029】
かくして得られた光学活性3−アミノピペリジンは、医薬品や農薬の原料として有用な化合物である。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0031】
<3−アミノピペリジン定量分析(GC)>
実施例において、塩に含まれる3−アミノピペリジンは、塩を水酸化ナトリウム水溶液に溶かして解塩した溶液に内部標準物質を加え、その溶液をGC(ガスクロマトグラフィー)に注入して定量した。
カラム:Inert Cap 1(ジーエルサイエンス)
60m−0.25mm I.D. 0.4μm
温度 :100℃(5分)→7℃/分→170℃
注入口:270℃
検出器:270℃
キャリアーガス:ヘリウム(全流量52ml/min)
スプリット比:19 。
【0032】
<3−アミノピペリジンの光学純度分析(HPLC)>
3−アミノピペリジンの光学純度は、ジp−トルオイル−D−酒石酸無水物(東レ・ファインケミカル(株)製)でラベル化したのち、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分析した。
カラム:CAPCELL PAK C18 TYPE SG−120(資生堂)
5μm、150mm−4.6mmφ
移動相:A液;0.03%NH3水溶液(pH 4.7、酢酸使用)
B液;アセトニトリル
A/B=65/35
流量 :0.5ml/min
検出器:UV 243nm
温度 :40℃ 。
【0033】
実施例1
(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩の製造
容量10mlの栓付きサンプル瓶に、ラセミ3−アミノピペリジン0.50g(5.0ミリモル)、N−p−トルイル−L−グルタミン酸1.33g(5.0ミリモル)、メタノール2.78g、および水0.48gを仕込んだのち60℃に加温して溶解し、(R)−3-アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩10mgを添加した。10℃まで冷却して、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して0.84gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は94.0%e.e.(R体)であった。
【0034】
この塩の一部を採取して3−アミノピペリジンを定量したところ、含有率は27.3%であり、この塩が、3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸の1:1の塩であることが確認された。収率46%。
【0035】
実施例2
(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩の製造
容量10mlの栓付きサンプル瓶に、ラセミ3−アミノピペリジン0.50g(5.0ミリモル)、N−p−トルイル−L−グルタミン酸0.93g(3.5ミリモル)、35%塩酸0.16g(1.5ミリモル)、メタノール2.78g、および水0.30gを仕込んだのち60℃に加温して溶解し、(R)−3-アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩10mgを添加した。10℃まで冷却して、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して0.76gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は96.3%e.e.(R体)であった。
【0036】
この塩の一部を採取して3−アミノピペリジンを定量したところ、含有率は27.4%であり、この塩が、3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸の1:1の塩であることが確認された。収率42%。
【0037】
実施例3
(S)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−D−グルタミン酸塩の製造
容量20mlの栓付きサンプル瓶に、ラセミ3−アミノピペリジン1.00g(10.0ミリモル)、N−p−トルイル−D−グルタミン酸2.65g(10.0ミリモル)、メタノール5.55g、および水0.97gを仕込んだのち60℃に加温して溶解し、(S)−3-アミノピペリジンのN−p−トルイル−D−グルタミン酸塩10mgを添加した。10℃まで冷却して、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して1.57gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は95.5%e.e.(S体)であった。
【0038】
この塩の一部を採取して3−アミノピペリジンを定量したところ、含有率は27.5%であり、この塩が、3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−D−グルタミン酸の1:1の塩であることが確認された。収率43%。
【0039】
容量10mlの栓付きサンプル瓶に、この塩1.00gと水0.97gを仕込んだのち60℃に加温して溶解し、熱時にメタノール5.55gを加えた。10℃まで冷却して、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して0.91gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は99.8%e.e.(S体)であった。収率91%。赤外吸収スペクトルを図1に示す。
【0040】
実施例4
(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩の製造
容量50mlの栓付きサンプル瓶に、ラセミ3−アミノピペリジン0.50g(5.0ミリモル)、N−p−トルイル−L−グルタミン酸1.33g(5.0ミリモル)、メタノール17.5gを仕込んだのち60℃に加温して溶解し、(R)−3-アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩10mgを添加した。27℃まで冷却して、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して0.94gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は76.8%e.e.(R体)であった。収率51%。
【0041】
実施例5
(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩の製造
撹拌機、温度計、コンデンサーを装着した容量500mlの4口フラスコに、ラセミ3−アミノピペリジン22.0g(0.220モル)、N−p−トルイル−L−グルタミン酸40.9g(0.154モル)、メタノール122.1g、水13.2g、35%塩酸6.9g(0.066モル)を仕込み、沸点下に攪拌して溶解させた。(R)−3−アミノピペリジンのN−p−トルイル−L−グルタミン酸塩50mgを添加した。3℃まで冷却し、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して36.8gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は96.9%e.e.(R体)であった。
【0042】
この塩の一部を採取して3−アミノピペリジンを定量したところ、含有率は27.5%であり、この塩が、3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸の1:1の塩であることが確認された。収率46%。
【0043】
撹拌機、温度計、コンデンサーを装着した容量500mlの4口フラスコに、上記の塩36.2g、水52.4gを仕込み、加熱して溶解したのち、更にメタノール159.7gを加えた。3℃まで冷却し、析出した結晶を濾過したのち、乾燥して32.5gの塩を得た。塩に含まれる3−アミノピペリジンの光学純度は99.8%e.e.(R体)であった。収率90%。赤外吸収スペクトルを図2に示す。
【0044】
比較例1〜15
ラセミ3−アミノピペリジン5.0mmolを用い、各種の光学分割剤で光学分割した結果を表1に示す。比較例2〜5、7、8、12、14では、光学分割できず、ラセミ体が得られた。比較例1、6、9、10、15では、光学分割はできたが、3−アミノピペリジンの光学純度は84%e.e.以下であり、光学純度が低かった。比較例11、13では、3−アミノピペリジンの塩を得ることができなかった。
【0045】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラセミ体の3−アミノピペリジンと光学活性N−p−トルイルグルタミン酸を反応させ、生成する光学活性3−アミノピペリジンの光学活性N−p−トルイルグルタミン酸塩を分離する光学活性3−アミノピペリジンの製造方法。
【請求項2】
分離時の溶媒が水とアルコール類の混合溶媒である請求項1記載の光学活性3−アミノピペリジンの製造方法。
【請求項3】
アルコール類がメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールである請求項2記載の光学活性3−アミノピペリジンの製造方法。
【請求項4】
【化1】

で表される(R)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸との塩
【請求項5】
請求項1から3の光学活性3−アミノピペリジンの製造方法で得られる請求項4に記載の(R)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−L−グルタミン酸との塩。
【請求項6】
【化2】

で表される(S)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−D−グルタミン酸との塩。
【請求項7】
請求項1から3の光学活性3−アミノピペリジンの製造方法で得られる請求項6に記載の(S)−3−アミノピペリジンとN−p−トルイル−D−グルタミン酸との塩。

【図1】
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【図2】
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