説明

光学物品およびその製造方法

【課題】耐水性等の諸性能が良好な反射防止層、および反射防止層を備えたレンズなどの光学物品を提供する。
【解決手段】レンズ10は、n+1層の低屈折率層31とn層(nは2以上の整数)の高屈折率層32から構成される反射防止層3を含む。低屈折率層31と高屈折率層32とが交互に積層され、複数の高屈折率層32のうちの少なくとも1層は酸化ジルコニウムを主成分とする第1の蒸着源のみを用いて蒸着形成された第1タイプの層であり、その他の高屈折率層32は酸化チタンを主成分とする第2の蒸着源のみを用いて蒸着形成された第2タイプの層である。複数の低屈折率層31はそれぞれ酸化シリコンを主成分とする第3の蒸着源のみを用いて蒸着形成された第3タイプの層である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズなどのレンズ、その他の光学材料あるいは製品に用いられる光学物品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に、外部衝撃による傷やクラックの発生を抑制できる反射防止膜及びそれを用いた光学部材を提供することが開示されている。この反射防止膜は、最外層が低屈折率層となるように、基板側から低屈折率層と高屈折率層が交互に積層されてなるものである。低屈折率層と高屈折率層との間には、金属酸化物からなる緩衝層が少なくとも一層設けられている。低屈折率層は、SiO2及びAl23から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなる。高屈折率層は、Ta25、Nb25及びZrO2から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなる。緩衝層は、InSnO、InZnO、In23及びTiO2から選ばれる少なくとも一種の金属酸化物からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−42278号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
光学基材の上に形成される反射防止層に求められる機能は、反射防止性能に加え、防傷性、耐熱性(耐久性)など多様である。このため、特許文献1のように1つの高屈折率層を成分の異なる混合層で形成したり、高屈折率層を二酸化ジルコニウム、二酸化チタン、五酸化タンタル、三酸化イットリウムなどの高屈折率層を形成する主たる成分の混合系で形成することが提案されている。しかしながら、いずれの構成も反射防止層を成膜する際に1つの層の途中で蒸着成分を変えたり、高屈折率層を形成するために性質の異なる3つあるいは4つ以上の主たる成分が必要になり、製造方法が複雑になる。このため、経済性が低下するだけではなく、反射防止層を形成する工程において歩留まりを確保することも難しくなる。
【0005】
さらに、近年、反射防止層の下層となるハードコート層とのマッチングも要望されており、反射防止層に求められる性能あるいは機能はさらに複雑になっており、この要望に答えるために反射防止層の構成はますます複雑化する傾向にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を含む光学物品である。この反射防止層は、n+1層(nは2以上の整数)の低屈折率層とn層の高屈折率層とから構成され、低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層してなるもの、より具体的には、最外層が低屈折率層となるように、光学基材側から低屈折率層と高屈折率層とを交互に積層してなるものである。
【0007】
さらに、この反射防止層は、n層の高屈折率層のうちの少なくとも1層は酸化ジルコニウムを主成分とする第1の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第1タイプの層であり、その他の高屈折率層は酸化チタンを主成分とする第2の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第2タイプの層であり、n+1層の低屈折率層はそれぞれ酸化シリコンを主成分とする第3の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第3タイプの層であり、さらに、n層の高屈折率層の層厚の合計(以下、高屈折率層の総膜厚TTともいう)に対する(占める)第2タイプの層の層厚の合計(以下、第2タイプの層の総膜厚T2Tともいう)の割合(高屈折率層の総膜厚に占める第2の層の総膜厚の割合)P(P=T2T/TT)が以下の範囲である。
15%≦P≦90% ・・・(1)
【0008】
この反射防止層は、それぞれ第1の蒸着源、第2の蒸着源および第3の蒸着源のみを用いて蒸着形成される第1タイプの層、第2タイプの層および第3タイプの層から構成され、1つの高屈折率層の蒸着途中で蒸着源を変えるような、複合タイプあるいは混合タイプといった複雑系の高屈折率層は含まない。この出願の発明者らは、この反射防止層が、2つの単一組成の高屈折率層と単一組成の低屈折率層を単純に積み上げた簡易な構成であるにも関わらず、2つの単一組成の高屈折率層の層厚を上記の範囲に制御することにより、反射防止性のみならず、防傷性、耐熱性、耐水性、耐紫外線劣化性といった反射防止層に要求される諸性能(諸特性)を高いレベルで発揮することを見出した。さらに、本願の発明者らは、この反射防止層に帯電防止機能を付与できること、また、反射防止層の下に二酸化チタン(チタニア)を含むような機能層、例えばハードコート層が設けられているような場合には、その劣化による変色を抑え、有機系のバインダーの分解を抑制する機能を発揮することを見出した。
【0009】
したがって、個々の高屈折率層を複雑にしなくても、この反射防止層を用いることにより、様々な機能を備えた、あるいは様々な機能を高いレベルで備えた光学物品を、複雑系の高屈折率層を省いて提供することが可能となる。このため、高品質の光学物品をさらに低コストで歩留まり良く提供できる。
【0010】
なお、(1)式の下限を下回ると第2の蒸着源により形成される第2タイプの高屈折率層に起因するいくつか性能が低下し、(1)式の上限を上回ると第1の蒸着源により形成される第1タイプの高屈折率層に起因するいくつか性能が低下することが確認されている。
【0011】
また、この光学物品においては、上記割合Pが以下の範囲であることがさらに好ましい。
20%≦P≦60% ・・・(2)
【0012】
(2)式の条件により、耐水性、反射防止性などの幾つかの性能をさらに高いレベルで備えた光学物品を提供できる。
【0013】
また、この光学物品においては、第2タイプの層の層厚の合計(第2の層の総膜厚T2T)は、15nm以上45nm以下であることが好ましい。
【0014】
さらに、この光学物品においては、第2タイプの層の少なくとも1層は、蒸着形成後、表面が導電処理された層であることが好ましい。ここで、表面の導電処理とは、典型的には、表面電気抵抗を下げる処理を指す。導電処理方法の一例は、第2タイプの層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することであり、他の蒸着源と組み合わせずに、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を付与することができる。第2タイプの層が複数存在する場合、全ての第2タイプの層の表面を導電処理してもよいし、第2タイプの複数の層のうちの1層の表面だけを導電処理してもよい。たとえば、最も光学基材に近い第2タイプの層の表面を導電処理することができる。
【0015】
この光学物品においては、上記nが2、3、4のいずれか、すなわち、反射防止層が5層構造、7層構造、9層構造のいずれかであることが好ましい。これにより、反射防止層の製造コストに対して十分な反射防止特性を得ることができる。
【0016】
この光学物品は、反射防止層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層をさらに有するものであってもよい。光学基材の典型的なものはプラスチックレンズ基材である。また、光学物品の一形態は眼鏡レンズであり、本発明の他の態様の1つは、眼鏡レンズと、眼鏡レンズが装着されたフレームとを有する眼鏡である。
【0017】
本発明の他の態様は、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を含む光学物品の製造方法である。ここで、反射防止層は、n+1層(nは2以上の整数)の低屈折率層とn層の高屈折率層とから構成され、低屈折率層と前記高屈折率層とを交互に積層してなるものである。複数の高屈折率層の少なくとも一層は酸化ジルコニウムを主成分とする第1タイプの層であり、その他の高屈折率層は酸化チタンを主成分とする第2タイプの層であり、複数の低屈折率層はそれぞれ酸化シリコンを主成分とする第3タイプの層である。さらに、高屈折率層の各層の層厚の合計に対する(占める)前記第2タイプの層の各層の層厚の合計の割合Pが15%以上90%以下である。
【0018】
この光学物品の製造方法は、以下の工程を含む。
(a)酸化ジルコニウムを主成分とする第1の蒸着源のみを用いて第1タイプの層を蒸着形成する。
(b)酸化チタンを主成分とする第2の蒸着源のみを用いて第2タイプの層を蒸着形成する。
【0019】
1つの高屈折率層の蒸着途中で蒸着源を変えるような複雑な製造方法を採用せずに、反射防止性のみならず、防傷性、耐熱性、耐水性、耐紫外線劣化性といった反射防止層に要求される諸性能(諸特性)を高いレベルで備えた反射防止層を成膜できる。
【0020】
製造方法は、さらに、第2タイプの層のうちの少なくとも1層の表面を導電処理することを含むことが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】7層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図2】反射防止層の製造工程を示すフローチャート。
【図3】反射防止層の製造に用いる蒸着装置の一例を模式的に示す図。
【図4】7層構造の反射防止層を含む実施例1〜5のサンプルの層構造を纏めて示す図。
【図5】7層構造の反射防止層を含む比較例1〜3のサンプルの層構造を纏めて示す図。
【図6】反射防止層に含まれるSiO2層、ZrO2層およびTiO2層の成膜条件を纏めて示す図。
【図7】TiO2層の表面の導電処理の様子を模式的に示す図であって、(a)はSiO2層の上にTiO2層を成膜した状態を示す図、(b)はTiO2層の表面にイオンビームを照射している状態を示す図、(c)は表面に導電処理を施したTiO2層の上にSiO2層を成膜した状態を示す図。
【図8】5層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図9】5層構造の反射防止層を含む実施例6、7のサンプルおよび比較例4、5のサンプルの層構造を纏めて示す図。
【図10】9層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図11】9層構造の反射防止層を含む実施例8、9のサンプルおよび比較例6、7のサンプルの層構造を纏めて示す図。
【図12】SiO2層、ZrO2層およびTiO2層の光学定数を示す図であって、(a)は波長と屈折率との関係を示す図、(b)は波長と消衰係数との関係を示す図。
【図13】実施例1〜5のサンプルおよび比較例1〜3のサンプルのベイヤー値の測定結果およびベイヤー比を纏めて示す図。
【図14】実施例1〜5のサンプルおよび比較例1〜3のサンプルについて、高屈折率層の総膜厚中に占めるTiO2層の総膜厚の割合とベイヤー比との関係を示す図。
【図15】実施例1〜5のサンプルおよび比較例1〜3のサンプルについて、TiO2層の総膜厚とベイヤー比との関係を示す図。
【図16】7層構造の反射防止層を含む実施例1〜5のサンプルおよび比較例1〜3のサンプルの各種測定結果を纏めて示す図。
【図17】5層構造の反射防止層を含む実施例6、7のサンプルおよび比較例4、5のサンプルの各種測定結果を纏めて示す図。
【図18】9層構造の反射防止層を含む実施例8、9のサンプルおよび比較例6、7のサンプルの各種測定結果を纏めて示す図。
【図19】実施例1〜9のサンプルおよび比較例1〜7のサンプルについて、波長に対する透過率を測定した結果を示す図。
【図20】実施例1〜9のサンプルおよび比較例1〜7のサンプルについて、波長に対する反射率を測定した結果を示す図。
【図21】SiO2層、ZrO2層およびTiO2層の応力を纏めて示す図。
【図22】石英基板および石英基板上に形成されたハードコート層における、波長と透過率との関係を示す図。
【図23】O/Tiの値が互いに異なる複数の酸素欠損型ルチル型TiO2の色を示す図。
【図24】眼鏡の一例の概要を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下では、光学物品として眼鏡用のレンズを例示して説明する。ただし、本発明を適用可能な光学物品はこれに限定されるものではない。
【0023】
1. 第1の実施形態
図1に、本発明の第1の実施形態のレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。図1は、基材1を中心として下側に各層を積層した図を示している。したがって、以降においては、各層の外側(上側および下側)に積層される層を、上側に積層された層として説明する。レンズ(光学物品)10(10a)は、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性で多層構造の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。以降、レンズを総称(共通)する場合についてはレンズ10と呼び、第1の実施形態のレンズを指す場合にはレンズ10aと呼ぶことにする。
【0024】
1.1 レンズ基材
レンズ基材1は、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとしてスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を挙げることができる。レンズ基材1の屈折率は、たとえば、1.60〜1.75程度である。レンズ基材1の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0025】
1.2 ハードコート層(プライマー層)
レンズ基材1の上に形成されるハードコート層2は、レンズ10(レンズ基材1)に防傷性(耐擦傷性)を付与する、あるいはレンズ10(レンズ基材1)の耐久性(強度)を高めるためのものである。ハードコート層2に使用される材料としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。
【0026】
ハードコート層2の一例は、シリコン系樹脂である。ハードコート層2は、例えば、金属酸化物微粒子、シラン化合物を含むコーティング組成物を塗布して硬化させることにより、形成することができる。このコーティング組成物には、コロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
【0027】
このコーティング組成物に含まれる金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、CeO2、La23、Fe23、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。これらの微粒子を分散媒(たとえば、水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒)にコロイド状に分散させたものを、コーティング組成物に混合することができる。
【0028】
この実施形態においては、金属酸化物として、シリカ、チタニアゾルを用いており、これらを上述した樹脂で固めてハードコート層2を形成している。また、層厚は、1000nm〜3000nmとしている。しかしながら、ハードコート層2の層厚はこれに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0029】
レンズ基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、レンズ基材1とハードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層は、高屈折率レンズ基材の欠点である耐衝撃性を改善するためにも有効である。プライマー層に使用される材料(プライマー層のベースを形成するための樹脂)としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としては、ウレタン系樹脂およびポリエステル系樹脂が好適である。
【0030】
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法である。
【0031】
1.3 反射防止層
このレンズ10においてハードコート層2の上に形成される反射防止層3は無機系の反射防止層である。無機系の反射防止層3は多層膜構造であり、n+1層の低屈折率層31と、n層(nは2以上の整数)の高屈折率層32とから構成されている。低屈折率層31と高屈折率層32とは交互に積層されている。低屈折率層31は、例えば、屈折率が1.3〜1.6であり、高屈折率層32は、例えば、屈折率が1.8〜2.6である。製造コストおよび反射防止性能を考慮すると上記nは、2、3、4のいずれかが選択されることが多い。すなわち、反射防止層3は、全5層、全7層および全9層の構成を含む。本実施形態においては、反射防止層3は7層構造(n=3)であり、4層の低屈折率層31と、3層の高屈折率層32とを含み、最外層が低屈折率層31となるように、基板側から低屈折率層31と高屈折率層32が交互に積層されている。
【0032】
この実施形態においては、複数の低屈折率層31はそれぞれ酸化シリコン(SiO2)を主成分とする第3タイプの層である。また、複数の高屈折率層32のうちの少なくとも1層は酸化ジルコニウム(ZrO2)を主成分とする第1タイプの層であり、その他の高屈折率層32は酸化チタン(TiOx(0<x≦2)、以下、便宜上、TiO2と記載することもある)を主成分とする第2タイプの層である。複数の低屈折率層31である第3タイプの層は、酸化シリコン(SiO2)を主成分とする第3の蒸着源を用いて蒸着形成され、高屈折率層32のうちの少なくとも1層である第1タイプの層は、酸化ジルコニウム(ZrO2)を主成分とする第1の蒸着源を用いて蒸着形成され、高屈折率層32のうちの少なくとも1層である第2タイプの層は、酸化チタン(TiOx)を主成分とする第2の蒸着源を用いて蒸着形成された層である。
【0033】
さらに、高屈折率層32の各層の層厚の合計(以下、高屈折率層32の総膜厚TTともいう)に対する(占める)第2の層の1層または各層の層厚の合計(以下、第2の層の総膜厚T2Tともいう)の割合(高屈折率層32の総膜厚に占める第2の層の総膜厚の割合)Pは以下の範囲である。
15%≦P≦90% ・・・(1)
【0034】
図2に反射防止層3を形成する方法(製造方法)の概要をフローチャートにより示している。反射防止層3は、低屈折率層31および高屈折率層32を必要な層数だけ繰り返して蒸着形成する。本明細書における蒸着には、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などを含む。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0035】
まず、ステップ51において第3の蒸着源のみを用いて低屈折率層(第1層)31を形成する。次に、ステップ52において第1の蒸着源または第2の蒸着源を選択し、ステップ53において選択された第1の蒸着源または第2の蒸着源のみを用いて高屈折率層(第2層)32を形成する。ステップ54において蒸着形成した高屈折率層32の表面を導電化する必要があれば、ステップ55において導電処理する。ステップ56において、さらに第3の蒸着源を用いて低屈折率層(第3層)31を形成する。ステップ57において所定の数の層が形成されるまでステップ52に戻って高屈折率層32および低屈折率層31を蒸着形成する。
【0036】
したがって、この製造方法において反射防止層3の低屈折率層31および高屈折率層32は、選択された1種類の蒸着源のみを用いて形成され、1つの高屈折率層32を、目的あるいは主成分が異なる複数の蒸着源を同時にまたは連続的に切り替えて用いて形成したり、低屈折率層31および高屈折率層32との間に、実質的に低屈折率層あるいは高屈折率層として機能するが組成あるいは名前が異なる層を挟んだりすることはない。
【0037】
1.3.1 導電処理
導電処理は、高屈折率層32の1または複数の層に帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を付与する目的で行われる。この反射防止層3の製造方法においては、第2タイプの層、すなわち、酸化チタン(TiOx)を主成分とする高屈折率層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射する。この処理により導電化される理由の1つは、第2タイプの層の表面の一部の酸化チタンの酸素原子が分離あるいは離脱し、金属原子と酸素原子との化学量論比が所定の化合物としての比から外れた組成(非化学量論な組成)となることであると考えられる。第2タイプの層の表層域に酸素欠陥(酸素欠損)が生じ、この酸素欠損がキャリアとなって導電性が発現する(表面電気抵抗(シート抵抗)が低下する)と考えられる。
【0038】
また、第2タイプの層の表層域にアルゴンが局在した状態で残るので、酸素欠損の再結合が抑制される、あるいは、局在準位が形成される。このため、時間とともに導電性が低下するといったことがないか、あるいは、少ない。導電処理を施した第2タイプの層を含む反射防止層3は、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を有し、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能は長期にわたり維持される。また、導電処理による酸素欠損域は表層域に限られるため、反射防止層3の光学的性能への影響は少ない。
【0039】
なお、第2タイプの層の表面に炭酸ガス(CO2ガス)をイオン化させて照射(炭酸ガスイオンビーム照射)したり、シリコンをイオンアシスト蒸着により打ち込むなどしても、第2タイプの層の表面電気抵抗を下げ、導電処理として利用できることが本願の発明者らの実験により確認されている。
【0040】
1.4 防汚層
眼鏡レンズ10においては、反射防止層3の上に、撥水膜または親水性の防曇膜(防汚層、防汚染層)4を形成することが多い。防汚層4の一例は、光学物品(レンズ)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したものである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
【0041】
含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)として用いることが好ましい。防汚層4は、この撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層上に塗布することにより形成することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができる。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層を形成することも可能である。
【0042】
上記のような撥水撥油性を有する防汚層4は、その層厚は特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層4の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層4の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
【0043】
2. 第1の実施形態の実施例(反射防止層:7層構造)
全7層の反射防止層3を含むレンズ10aについて、いくつかのサンプル(実施例1〜5、比較例1〜3)を製造した。図3に、各実施例および比較例のサンプルの製造に用いる蒸着装置の一例を模式的に示している。図4および図5に、全7層の反射防止層3の各実施例および比較例のサンプルの層構造を纏めて示している。図6に、反射防止層3に含まれる低屈折率層(SiO2層、第3タイプの層)63、第1タイプの高屈折率層(第1タイプの層、ZrO2層)61、第2タイプの高屈折率層(第2タイプの層、TiO2層)62の成膜条件を纏めて示している。
【0044】
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 レンズ基材の選択およびハードコート層の成膜
レンズ基材1としては、屈折率1.67の眼鏡用のプラスチックレンズ基材(商品名:セイコースーパーソブリン(SSV)(セイコーエプソン(株)製))を用いた。
【0045】
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセランE102(荒川化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して、塗布液(コーティング液、コーティング溶液)を得た。このコーティング溶液を、所定の厚さになるようにスピンコーターを用いてレンズ基材1の上に塗布した。塗布後のレンズ基材1を125℃で2時間焼成して、シリカおよびチタニアゾルを樹脂で固めたタイプの層厚が1000nm〜3000nmのハードコート層2を成膜した。
【0046】
2.1.2 反射防止層の成膜
実施例1のレンズサンプルS1の反射防止層3を成膜した。以降では、各々の実施例のサンプルはサンプルS1と呼び、第1の実施形態の各々の実施例のサンプルを総称(共通)する場合についてはサンプル10aと呼び、さらに、すべての実施形態のサンプルを纏めて呼ぶ場合はサンプル10と呼ぶ。以下のようにして、反射防止層3を真空蒸着法により形成した。
【0047】
2.1.2.1 蒸着装置
図3に示した蒸着装置100は図2に示した各ステップを実行でき、無機系の多層構造の反射防止層3を連続的に成膜(製造)できる。さらに、蒸着装置100はステップ55に示した導電処理も、層を蒸着形成する処理に連続して行うことができる。この蒸着装置100は、電子ビーム蒸着装置であり、真空容器110と、排気装置120と、ガス供給装置130とを備えている。真空容器110は、ハードコート層2までが形成(成膜)されたレンズサンプル10が載置されるサンプル支持台115と、サンプル支持台115にセットされたレンズサンプル10を加熱するための基材加熱用ヒーター116と、熱電子を発生するフィラメント117とを備えている。基材加熱用ヒーター116は、例えば赤外線ランプであり、レンズサンプル10を加熱することによりガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズサンプル10の表面に形成される層の密着性を確保する。
【0048】
また、この蒸着装置100は、低屈折率層31の第3タイプの層63を形成するための第3の蒸着源112aを収納する収容部112と、高屈折率層32の第1タイプの層61を形成するための第1の蒸着源113aおよび第2タイプの層62を形成するための第2の蒸着源113bを収納する収容部113とを備えている。具体的には、収容部112には、第3の蒸着源112aを入れるるつぼ(不図示)が用意され、収容部113には、2つのるつぼ、すなわち、第1タイプの層を形成するための第1の蒸着源113aを入れるるつぼ(不図示)と、第2タイプの層を形成するための第2の蒸着源113bを入れるるつぼ(不図示)とが用意されている。
【0049】
電子銃(不図示)により、これらるつぼにセットされたいずれかの蒸着源(金属酸化物)に熱電子114を照射して蒸発させ、レンズサンプル10に各層を連続的に成膜する。本例においては、第3の蒸着源112aとしてSiO2の粒、第1の蒸着源113aとしてZrO2焼結体(タブレット)、第2の蒸着源113bとしてTiO1.7の顆粒が用いられる(図6参照)。第2タイプの層621は、TiO1.7を蒸着源とし酸素ビームにより蒸着している。このため、TiO2だけでなく、非化学量論的な物質TiOx(0<x≦2)を含んでいてもよい。
【0050】
さらに、この蒸着装置100は、イオンアシスト蒸着を可能とするために、真空容器110の内部に導入したガスをイオン化して加速し、レンズサンプル10に照射するためのイオン銃118を備えている。また、真空容器110には、残留した水分を除去するためのコールドトラップや、層厚を管理するための装置等をさらに設けることができる。層厚を管理する装置としては、例えば、反射型の光学膜厚計や水晶振動子膜厚計などがある。
【0051】
真空容器110の内部は、排気装置120に含まれるターボ分子ポンプまたはクライオポンプ121および圧力調節バルブ122により、高真空、例えば1×10-4Paに保持することができる。一方、真空容器110の内部は、ガス供給装置130により所定のガス雰囲気にすることも可能である。例えば、ガス供給装置130に含まれるガス容器131には、アルゴン(Ar)、窒素(N2)、酸素(O2)などが用意されている。ガスの流量は、流量制御装置132により制御でき、真空容器110の内圧は、圧力計135により制御できる。
【0052】
この蒸着装置100における主な蒸着条件は、蒸着材料、電子銃の加速電圧および電流値、イオンアシストの有無である。イオンアシストを利用する場合の条件は、イオンの種類(真空容器110の雰囲気)と、イオン銃118の加速電圧値およびイオン電流値とにより与えられる。以下において、特に記載しない限り、電子銃の加速電圧は5〜10kVの範囲、電流値は50〜500mAの範囲の中で、成膜レートなどをもとに選択される。また、イオンアシストを利用する場合は、イオン銃118が電圧値200V〜1kVの範囲、電流値が100〜500mAの範囲で、成膜レートなどをもとに選択される。
【0053】
2.1.2.2 前処理
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10をアセトンにて洗浄した。そして、真空容器110の内部にて約70℃の加熱処理を行い、レンズサンプル10に付着した水分を蒸発させた。次に、レンズサンプル10の表面にイオンクリーニングを実施した。具体的には、イオン銃118を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズサンプル10の表面に照射し、レンズサンプル10の表面に付着した有機物の除去を行った。この処理(方法)により、レンズサンプル10の表面に形成する層(膜)の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンの代わりに、不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)ガスやキセノン(Xe)ガス、あるいは、窒素(N2)を用いて同様の処理を行ってもよい。また、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
【0054】
2.1.2.3 低屈折率層および高屈折率層の形成
真空容器110の内部を十分に真空排気した後、電子ビーム真空蒸着法により、低屈折率層31および高屈折率層32を交互に積層して反射防止層3を製造した。実施例1のレンズサンプルS1においては、低屈折率層31の第1層、第3層、第5層、第7層は、第3の蒸着源112aを用いて酸化ケイ素(SiO2)層63を形成した。また、高屈折率層32の第2層および第6層は、第1の蒸着源113aを用いて酸化ジルコニウム(ZrO2)層61を形成し、第4層は、第2の蒸着源113bを用いて酸化チタン(TiO2)層62を形成した(図4参照)。
【0055】
図6に示すように、SiO2層63は、第3の蒸着源112aとしてSiO2の粒を用い、イオンアシストは行わずに形成した。具体的には電子ビームでの加熱条件は、電圧を6kV、電流を100mAとした。この際、真空容器(チャンバー)110内に、アルゴンガスを5sccmで導入した。第1層、第3層、第5層、第7層の膜厚(層厚)は、それぞれ、29.6nm、209.8nm、34.0nm、101.6nmとなるように管理した。
【0056】
ZrO2層61は、第1の蒸着源113aとしてタブレット状のZrO2焼結体材料を用い、イオンアシストを行って形成した(イオンアシスト蒸着)。具体的には電子ビームでの加熱条件は、電圧を6kV、電流を280mAとした。この際、イオンアシストとして、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスを用い、イオン加速電圧を600V、イオンビーム電流を150mAとして、アルゴンと酸素の混合ビームを照射した。真空容器(チャンバー)110内へのガスの導入は行わなかった。第2層および第6層の膜厚(層厚)は、それぞれ、9.3nm、44.8nmとなるように管理した。
【0057】
TiO2層62は、第2の蒸着源113bとしてTiO1.7の顆粒を用い、イオンアシストを行って形成した(イオンアシスト蒸着)。具体的には電子ビームでの加熱条件は、電圧を6kV、電流を320mAとした。この際、イオンアシストとして、酸素ガスを用い、イオン加速電圧を500V、イオンビーム電流を150mAとして、酸素ビームを照射した。さらに、このイオンアシスト蒸着は、真空容器(チャンバー)110内に、酸素ガスを15sccmで導入しながら行った。第4層の膜厚(層厚)は、19.1nmとなるように管理した。
【0058】
2.1.2.4 導電処理(導電化、導電化処理)
第4層のTiO2層62の成膜の後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、TiO2層62の表面に導電処理を施した。図7に、TiO2層62の表面を導電処理する様子を模式的に示している。図7(a)は、SiO2層63(実施例1では第3層の低屈折率層31)の上にTiO2層62(実施例1では第4層の高屈折率層32)を形成(成膜)した状態を示している。図7(b)は、TiO2層62の表面にイオンビームを照射している状態を示している。図7(c)は、表面に導電処理を施したTiO2層62の上にSiO2層63(実施例1では第5層の低屈折率層31)を成膜した状態を示している。
【0059】
導電処理は、TiO2層62を蒸着形成した後、蒸着装置(真空蒸着装置)100を用い、TiO2層62の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射した。イオン銃に導入されたガスは、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスであり、たとえば、アルゴンガス(Arガス)16.5sccm、酸素ガス(O2ガス)3.5sccmを含む(混合比約4.7:1)照射イオンビームのエネルギー(イオン加速電圧)は800eV、イオンビーム電流は200mAとし、2分照射(処理)した。なお、このガスの混合比は真空度やTiO2層62の膜厚により決定されるもので、必ずしもこの混合比でなくても構わない。真空度が悪い場合やTiO2層62の膜厚が薄い場合は、欠陥密度を増やすことが必要で、アルゴンの濃度を上げることが好ましい。逆の場合は、酸素濃度を下げることが好ましい。
【0060】
以上により、第1層が層厚29.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚9.3nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層が層厚209.8nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚19.1nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第5層が層厚34.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚44.8nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層が層厚101.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成された7層構造の反射防止層3を有するレンズ10aを製造した。図4および図5にこれらの値を纏めて示している。なお、導電処理されたTiO2層62にはアスタリスクを付している(以下同様)。
【0061】
このサンプルS1の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:54.1nm
TiO2層62の総膜厚T2T:19.1nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:73.2nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:26.1%。
【0062】
2.1.3 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後のレンズサンプル10に酸素プラズマ処理を施し、真空容器110内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発させて、反射防止層3の上(反射防止層3の最終のSiO2層31の上)に防汚層4を成膜した。蒸着時間は約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終のSiO2層31の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)を高めることができる。
【0063】
蒸着終了後、真空蒸着装置100からレンズサンプル10を取り出し、反転して再び投入し、上記の2.1.2.2〜2.1.2.4および2.1.3の工程を同じ手順で繰り返し、反射防止層3の成膜、および防汚層4の成膜を行った。その後、レンズサンプル10を真空蒸着装置100から取り出した。これにより、レンズ基材1の両面に、ハードコート層2、反射防止層3、および防汚層4が形成された、実施例1のレンズサンプルS1が得られた。
【0064】
2.2 実施例2(サンプルS2)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例2のサンプルS2を製造した。ただし、実施例2のサンプルS2においては、反射防止層3の高屈折率層32の第2層および第4層をZrO2層61とし、第6層をTiO2層とした。また、第6層のTiO2層の表面に導電処理を施した。
【0065】
実施例2のサンプルS2の反射防止層3は、第1層が層厚29.5nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚9.8nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層が層厚208.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚40.0nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層が層厚29.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚26.1nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第7層が層厚101.5nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0066】
このサンプルS2の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:49.8nm
TiO2層62の総膜厚T2T:26.1nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:75.9nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:34.4%。
【0067】
2.3 実施例3(サンプルS3)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例3のサンプルS3を製造した。ただし、実施例3のサンプルS3においては、反射防止層3の高屈折率層32の第6層をZrO2層61とし、第2層および第4層をTiO2層とした。また、第4層のTiO2層の表面に導電処理を施した。
【0068】
実施例3のサンプルS3の反射防止層3は、第1層が層厚27.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚5.4nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層が層厚201.4nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚19.2nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第5層が層厚32.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚45.6nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層が層厚100.1nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0069】
このサンプルS3の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:45.6nm
TiO2層62の総膜厚T2T:24.6nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:70.2nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:35.0%。
【0070】
2.4 実施例4(サンプルS4)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例4のサンプルS4を製造した。ただし、実施例4のサンプルS4においては、反射防止層3の高屈折率層32の第4層をZrO2層61、第2層および第6層をTiO2層62とした。そして、第6層のTiO2層62の表面に導電処理を施した。
【0071】
実施例4のサンプルS4の反射防止層3は、第1層が層厚28.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚5.4nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層が層厚202.8nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚35.4nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層が層厚33.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚24.2nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第7層が層厚102.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0072】
このサンプルS4の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:35.4nm
TiO2層62の総膜厚T2T:29.6nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:65.0nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:45.5%。
【0073】
2.5 実施例5(サンプルS5)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例5のサンプルS5を製造した。ただし、実施例5のサンプルS5においては、反射防止層3の高屈折率層32の第2層をZrO2層61とし、第4層および第6層をTiO2層62とした。第6層のTiO2層の表面に導電処理を施した。
【0074】
実施例5のサンプルS5の反射防止層3は、第1層が層厚29.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚9.6nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層が層厚209.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚21.0nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第5層が層厚42.8nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚23.7nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第7層が層厚106.1nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0075】
このサンプルS5の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:9.6nm
TiO2層62の総膜厚T2T:44.7nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:54.3nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:82.3%。
【0076】
2.6 比較例1(サンプルR1)
上記の実施例1〜5により得られたサンプルと比較するために、実施例1のサンプルS1と同様にして比較例1のサンプルR1を製造した。ただし、比較例1のサンプルR1においては、反射防止層3の高屈折率層32の全て(第2層、第4層、第6層)をZrO2層61とした。
【0077】
比較例1のサンプルR1の反射防止層3は、第1層が層厚33.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚9.0nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層が層厚220.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚32.0nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層が層厚29.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚44.0nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層が層厚100.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0078】
このサンプルR1の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:85.0nm
TiO2層62の総膜厚T2T:0.0nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:85.0nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:0.0%。
【0079】
2.7 比較例2(サンプルR2)
比較例1のサンプルR1と同様に比較例2のサンプルR2を製造した。ただし、比較例2のサンプルR2においては、高屈折率層32の第2層がTiO2層62、第4層および第6層をZrO2層61とし、第2層のTiO2層62の表面を導電処理した。
【0080】
比較例2のサンプルR2の反射防止層3は、第1層が層厚28.85nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚5nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第3層が層厚203nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚35.58nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層が層厚22.41nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚49.34nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層が層厚96.25nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0081】
このサンプルR2の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:84.9nm
TiO2層62の総膜厚T2T:5.0nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:89.9nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:5.6%。
【0082】
2.8 比較例3(サンプルR3)
比較例1のサンプルR1と同様に比較例3のサンプルR3を製造した。ただし、比較例3のサンプルR3においては、反射防止層3の高屈折率層32の全て(第2層、第4層、第6層)をTiO2層62とした。また、第6層のTiO2層62の表面を導電処理した。
【0083】
比較例3のサンプルR3の反射防止層3は、第1層が層厚31.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層が層厚6.0nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層が層厚215.4nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層が層厚23.2nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第5層が層厚37.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層が層厚26.9nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第7層が層厚103.8nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成されている。
【0084】
このサンプルR3の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:0.0nm
TiO2層62の総膜厚T2T:56.1nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:56.1nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:100.0%。
【0085】
3. 第2の実施形態
図8に、本発明の第2の実施形態のレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。レンズ(光学物品)10(10b)は、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性で多層構造の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。ただし、反射防止層3は5層(n=2)であり、第1層、第3層、第5層が低屈折率層31、第2層、第4層が高屈折率層32である。他の構成は、第1の実施形態と同様であるため、図面に同符号を付して説明を省略する。
【0086】
全5層の反射防止層3を含むレンズ10bについて、いくつかのサンプル(実施例6〜7、比較例4〜5)を製造した。図9に、全5層の反射防止層3の各実施例および比較例のサンプルの層構造を纏めて示している。
【0087】
3.1 実施例6(サンプルS6)
実施例1のサンプルS1と同様に実施例6のサンプルS6を製造した。ただし、実施例6のサンプルS6の反射防止層3は5層であり、高屈折率層32の第2層をZrO2層61、第4層をTiO2層62により構成した。すなわち、このサンプルS6の反射防止層3は、第1層を層厚164.1nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚32.3nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層を層厚34.4nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚22.1nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第5層を層厚98.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0088】
このサンプルS6の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:32.3nm
TiO2層62の総膜厚T2T:22.1nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:54.4nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:40.6%。
【0089】
3.2 実施例7(サンプルS7)
実施例6のサンプルS6と同様に実施例7のサンプルS7を製造した。ただし、実施例7のサンプルS7においては、高屈折率層32の第4層をZrO2層61、第2層をTiO2層62により構成した。すなわち、このサンプルS7の反射防止層3は、第1層を層厚161.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚17.4nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第3層を層厚33.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚41.4nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層を層厚97.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0090】
このサンプルS7の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:41.4nm
TiO2層62の総膜厚T2T:17.4nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:58.8nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:40.0%。
【0091】
3.3 比較例4(サンプルR4)
上記の実施例6〜7により得られたサンプルと比較するために、実施例6のサンプルS6と同様に比較例4のサンプルR4を製造した。ただし、比較例4のサンプルR4においては、高屈折率層32の全て(第2層および第4層)をZrO2層61とした。すなわち、このサンプルR4の反射防止層3は、第1層を層厚159.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚31.6nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層を層厚25.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚42.7nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層を層厚91.8nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0092】
このサンプルR4の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:74.3nm
TiO2層62の総膜厚T2T:0.0nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:74.3nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:0.0%。
【0093】
3.4 比較例5(サンプルR5)
比較例4と同様に比較例5のサンプルR5を製造した。ただし、比較例5のサンプルR5においては高屈折率層32の全て(第2層および第4層)をTiO2層62とした。また、第4層のTiO2層62の表面を導電処理した。すなわち、サンプルR5の反射防止層3は、第1層を層厚166.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚18.7nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層を層厚41nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を表面が導電処理された層厚22.9nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第5層を層厚102.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0094】
このサンプルR5の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:0.0nm
TiO2層62の総膜厚T2T:41.5nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:41.5nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:100.0%。
【0095】
4. 第3の実施形態
図10に、本発明の第3の実施形態のレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。レンズ(光学物品)10(10c)は、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性で多層構造の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。ただし、反射防止層は9層(n=4)であり、第1層、第3層、第5層、第7層、第9層が低屈折率層31、第2層、第4層、第6層、第8層が高屈折率層32である。高屈折率層32の第2層、第4層、第6層、第8層の少なくとも1層がZrO2層61であり、その他の層がTiO2層62である。他の構成は、第1の実施形態と同様であるため、図面に同符号を付して説明を省略する。
【0096】
全9層の反射防止層3を含むレンズ10cについて、いくつかのサンプル(実施例8〜9、比較例4〜5)を製造した。図11に、全9層の反射防止層3の各実施例および比較例のサンプルの層構造を纏めて示している。
【0097】
4.1 実施例8(サンプルS8)
実施例1のサンプルS1と同様に実施例8のサンプルS8を製造した。ただし、実施例8のサンプルS8の反射防止層3は9層であり、高屈折率層32の第8層をZrO2層61、第2層、第4層および第6層をTiO2層62で構成し、第6層のTiO2層62の表面を導電処理した。すなわち、サンプルS8の反射防止層3は、第1層を層厚20.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚8.3nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層を層厚57.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚7.9nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第5層を層厚213.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層を層厚20.3nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第7層を層厚30.2nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第8層を層厚48.4nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第9層を層厚98.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0098】
このサンプルS8の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:48.4nm
TiO2層62の総膜厚T2T:36.5nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:84.9nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:43.0%。
【0099】
4.2 実施例9(サンプルS9)
実施例8のサンプルS8と同様に実施例9のサンプルS9を製造した。ただし、高屈折率層32の第4層および第6層をZrO2層61、第2層および第8層をTiO2層62で構成し、第2層のTiO2層62の表面を導電処理した。すなわち、サンプルS9の反射防止層3は、第1層を層厚20.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚8.3nmであって表面が導電処理されたTiO2層62(高屈折率層32)、第3層を層厚58.0nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚12.9nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層を層厚216.5nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層を層厚37.9nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層を層厚31.5nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第8層を層厚25.0nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第9層を層厚101.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0100】
このサンプルS9の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:50.9nm
TiO2層62の総膜厚T2T:33.3nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:84.2nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:39.6%。
【0101】
4.3 比較例6(サンプルR6)
上記の実施例8〜9により得られたサンプルと比較するために、実施例8と同様に比較例6のサンプルR6を製造した。ただし、比較例6のサンプルR6においては、高屈折率層32の第4層、第6層、8層をZrO2層61とし、第2層をTiO2層62として導電処理した。すなわち、サンプルR6の反射防止層3は、第1層を層厚13.1nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を導電処理された層厚6.7nmのTiO2層62(高屈折率層32)、第3層を層厚51.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚11.7nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層を層厚207.2nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層を層厚36.9nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層を層厚19.6nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第8層を層厚51.6nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第9層を層厚94.3nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0102】
このサンプルR6の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:100.2nm
TiO2層62の総膜厚T2T:6.7nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:106.9nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:6.3%。
【0103】
4.4 比較例7(サンプルR7)
比較例7と同様に比較例7のサンプルR7を製造した。ただし、高屈折率層32の全て(第2層、第4層、第6層、第8層)をZrO2層61とした。すなわち、サンプルR7の反射防止層3は、第1層を層厚27.7nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第2層を層厚13.1nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第3層を層厚62.4nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第4層を層厚10.4nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第5層を層厚217.2nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第6層を層厚35.8nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第7層を層厚21.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)、第8層を層厚50.0nmのZrO2層61(高屈折率層32)、第9層を層厚95.9nmのSiO2層63(低屈折率層31)により構成した。
【0104】
このサンプルR7の膜厚の各値は以下の通りである。
ZrO2層61の総膜厚T1T:109.4nm
TiO2層62の総膜厚T2T:0.0nm
高屈折率層の各層の層厚の合計(総膜厚)TT:109.4nm
高屈折率層の総膜厚TTに占めるTiO2層の総膜厚T2Tの割合P:0.0%。
【0105】
5. 膜の光学定数
図12に、SiO2層63、ZrO2層61およびTiO2層62の光学定数を示している。図12(a)は、波長と屈折率との関係を示しており、図12(b)は、波長と消衰係数との関係を示している。
【0106】
図12(a)および(b)に示すように、波長が400nm以下の領域(近紫外線の波長領域)の光においては、TiO2層62、ZrO2層61、SiO2層63の順番で、屈折率および減衰係数が大きいことが分かる。中でも、TiO2層62は、可視光のうち、近紫外線領域の光を反射および吸収しやすく、紫外線領域においても同様の傾向を示す。したがって、TiO2層62を高屈折率層32として採用することによりハードコート層2の紫外線による劣化を抑制することができる。
【0107】
すなわち、ハードコート層2は、典型的には、シリカ(二酸化ケイ素、SiO2)ゾル、チタニア(二酸化チタン、TiO2)ゾルなどを樹脂(有機系のバインダー)で固めたものであり、数千nm程度の層厚を有する。チタニアは光活性材料であり、光触媒効果により有機物を分解する作用がある。これにより、ハードコート層2に含まれる有機系のバインダー成分が分解される。すなわち、有機系のバインダーのC−C結合が切断されると、ハードコート層2の剥離の原因となる。また、紫外線は、有機系のバインダーのC−C結合を直接的に分解する作用もある。したがって、TiO2層62はZrO2層61に比較してハードコート層2に届く紫外線量を減らすという機能を備えている。さらに、TiO2層62は表面を導電処理しやすいという利点を備えている。
【0108】
その一方、ZrO2層61と比較するとTiO2層62は水分の透過性が低い。このため、レンズ10として良好な耐水性を得ることが難しい。すなわち、膜の水分の透過性が低いと、光学物品のむくみなどの要因となるので、耐水性という点ではTiO2層62は使用しにくい。
【0109】
さらに、ハードコート層2は、上述のように、一般にチタニアゾルを含んでいるが、このハードコート層2に含まれるチタニアは、紫外線(UV)により酸素欠損を含むTiOxとなり、青く変色するという問題がある。このハードコート層2の変色に対しては、チタニアの周囲に水分が存在すると、TiOxの生成が抑えられ、変色も抑制できることが経験的に知られている。TiO2層62は近紫外線領域および紫外線領域の透過率が比較的低いという点で変色を抑制できる。しかしながら、TiO2層62は水分の透過性も比較的低いためハードコート層2に水分を十分に供給できず、TiO2層62ではハードコート層2が変色する問題を解決することができない。
【0110】
6. サンプルS1〜S9およびR1〜R7の評価
上記により製造されたサンプルS1〜S9およびR1〜R7について、防傷性、紫外線による劣化、反射防止特性、耐熱性、耐水性、紫外線によるハードコート層の変色、帯電防止性能を評価した。各項目の評価方法を以下に記載する。
【0111】
6.1 防傷性
これらのサンプルを代表し、7層構造の反射防止層を含むサンプル、すなわち、レンズサンプルS1〜S5およびR1〜R3について防傷性をベイヤー試験にて評価した。
【0112】
ベイヤー試験機(COLTS Laboratories社製)を用い、レンズサンプルS1〜S5およびR1〜R3と、標準レンズ((株)サンルックス社製、CR39(ノンコート))とを、500gのメディアで600回往復させて、同時に傷をつけた。これは、COLTS Laboratories社の指定する標準条件である。その傷をつけたサンプルのヘーズ値Hを試験機(スガ試験機(株)製、自動ヘーズコンピュータ)を使用して測定し、以下に示す算出式(3)によりベイヤー値VRを求めた。
【0113】
VR={Hst(試験後)−Hst(試験前)}/{Hsa(試験後)−Hsa(試験前)}
・・・(3)
なお、式中の記号は、VR:ベイヤー値、H:ヘーズ値、ST:標準レンズ、SA:レンズサンプルを示している。さらに、上記で求めた各サンプルのベイヤー値VRを、サンプルR1のベイヤー値VR1により規格化して、規格化されたベイヤー値VRNにより防傷性を評価した。サンプルR1の規格化されたベイヤー値(以降ではベイヤー比)VRNが1.00となる。
【0114】
図13に測定されたベイヤー値VRと、ベイヤー比(規格化したベイヤー値)VRNとを示している。図14に、高屈折率層32の総膜厚中TTに占めるTiO2層62の総膜厚T2Tの割合Pに対するベイヤー比VRNの関係を示している。ベイヤー値VRは標準レンズに対する耐擦傷性を示しており、いずれのサンプルS1〜S5およびR1〜R3においても標準レンズよりも高い耐擦傷性を示した。しかしながら、これらのサンプルの中で比較例1のサンプルR1の耐擦傷性が最も低く、実施例2のサンプルS2の耐擦傷性が最も高いという結果が得られた。
【0115】
さらに、本願の発明者らの実験により、図14に示すように、ベイヤー比VRNは、高屈折率層32の総膜厚中TTに占めるTiO2層62の総膜厚T2Tの割合Pに対して比例(線形に変化)しないことが見出された。すなわち、ZrO2層61が100%の比較例1のサンプルR1およびTiO2層62が100%の比較例3のサンプルR3に対して、実施例1〜5のサンプルS1〜S5は高いベイヤー比を示し、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることで耐擦傷性が向上することが分かった。ZrO2層61に対しTiO2層62の方が耐擦傷性は高いが、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることで耐擦傷性が向上することが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用せずに、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより耐擦傷性が向上することが分かった。
【0116】
割合Pが5.6%の比較例2のサンプルR2のベイヤー比は、割合Pが100%のサンプルR3とほぼ同じであることから、割合Pは以下の範囲が好ましいことが分かる。
15%≦P≦90% ・・・(1)
【0117】
割合Pがこの範囲であれば、ZrO2層61が100%の比較例1のサンプルR1に対してベイヤー比がほぼ1.4以上の耐擦傷性を備えたレンズ10を得ることができる。さらに、図14より、割合Pは以下の範囲がさらに好ましいことが分かる。
20%≦P≦60% ・・・(2)
【0118】
割合Pがこの範囲であれば、ZrO2層61が100%の比較例1のサンプルR1に対してベイヤー比がほぼ1.5以上の耐擦傷性を備えたレンズ10を得ることができる。
【0119】
図15にTiO2層62の総膜厚T2Tに対するベイヤー比VRNを示している。本図に示すように、ベイヤー比VRNはTiO2層62の総膜厚T2Tに対して線形に変化せず、TiO2層62の総膜厚T2Tが15nm〜45nm程度のときに比較例1のサンプルR1のベイヤー比VRNに対して約1.4以上の耐擦傷性(防傷性)を備えたレンズ10を提供できることが分かった。
【0120】
6.2 紫外線による劣化(紫外線耐性)
レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、紫外線による劣化の程度(紫外線耐性、耐久性)を評価した。紫外線による劣化は、以下のようにして評価した。レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7を50℃に加熱しながら、結露環境下で、UV−Aランプを5時間照射した。これを繰り返し8サイクル行った。装置はQ-Panel Lab Products Weathering Tester装置、ランプはUVA−340を用いた。
【0121】
評価基準は以下の通りである。
◎:ハードコート層の剥離が全く無いもの
○:若干のハードコート層の剥離が確認できるが眼鏡レンズとして問題のない程度(許容できる程度)
×:剥離がひどく、UV耐久性に劣るもの
【0122】
また、レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、反射防止層3の透過率を計算し、紫外線から近紫外線領域の光(315nm〜380nm)の透過率の平均値(平均透過率)を求めた。
【0123】
図16ないし図18に各サンプルの評価結果と、平均透過率とを示している。また、図19に各サンプルの波長に対する透過率の計算結果を示している。
【0124】
眼鏡レンズ10は、レンズ基材1の上にハードコート(HC)層2が形成されており、防傷性を向上させるとともに、反射防止層の密着性を向上させている。ハードコート層2は、上述のように、シリカ、チタニアの粒子(シリカ、チタニアのゾル)を樹脂(有機系のバインダー)により固めたものである。したがって、ハードコート層2には有機物(樹脂)が存在し、この有機物は紫外線、特に、UV−A(波長:315nm〜380nm)によって劣化する可能性があり、反射防止層3によりUV−Aの透過を抑制できればハードコート層2および反射防止層3の剥離を抑制でき、耐久性の高い眼鏡レンズ10を提供できる。
【0125】
図16ないし図18に示すように、実施例のサンプルS1〜S9は、評価結果が○または◎でありハードコート層2の剥離が認められないか、ほとんど認められない程度であった。したがって、実施例のサンプルS1〜S9は良好な紫外線耐性を有することがわかった。また、高屈折率層3が全てTiO2層62である比較例のサンプルR3およびR5の評価結果が◎であった。一方、高屈折率層3が全てZrO2層61、または、TiO2層62を含んでいても割合Pが10%に満たない比較例のサンプルR1、R2、R4、R6、R7は、いずれも、評価結果が×であり、紫外線耐性が低いことがわかった。したがって、上記の条件(1)を満足することにより、防傷性に加え、良好な紫外線耐性を有するレンズ10を提供できることがわかった。
【0126】
この評価結果は、図19に示した透過率および図16ないし図18に示したUV−Aの平均透過率との相関があると考えられ、UV−Aの平均透過率が60%程度より低いことが好ましいことが分かる。
【0127】
このように、ZrO2層61に対しTiO2層62の方がUV−Aの平均透過率が低く、良好な紫外線耐性を示すが、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせても良好な紫外線耐性を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な紫外線耐性を備えたレンズ10を提供できることが分かった。
【0128】
6.3 反射防止性
反射防止性(反射防止特性)を評価するために、レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、反射率を測定した。これを用いて、可視光領域(400nm〜700nm)の反射率の平均値を求めた。
【0129】
評価基準は以下の通りである。
◎:可視光領域の反射率の平均値が0.5%未満
○:可視光領域の反射率の平均値が0.5%以上1%未満
×:可視光領域の反射率の平均値が1%以上
【0130】
眼鏡レンズ10においては、可視光領域全般(400nm〜700nm)での低反射が要求され、反射防止層3はこの条件を満足することが要求される。また、美観的に、波長510nm付近で1%程度の反射率を持たせて、緑色の干渉色を持たせるのが好ましい。
【0131】
図16ないし図18に評価結果を示し、図20に、実施例1〜9のサンプルS1〜S9および比較例1〜7のサンプルR1〜R7について反射分光特性の計算結果を示している。また、図16ないし図18に可視光領域(400nm〜700nm)の反射率の平均値を評価結果と共に示している。
【0132】
実施例のサンプルS1〜S9の平均反射率は全て1%未満で評価結果が○または◎であった。また、いずれのサンプルS1〜S9も、波長510nm付近で1%〜1.5%程度の反射率を有し、緑色の干渉色を有していることがわかった。したがって、良好な防傷性および紫外線耐性に加え、良好な反射防止性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることがわかった。また、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせても良好な反射防止性を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることが確認された。したがって、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な反射防止性を備えたレンズ10を提供できることが分かった。
【0133】
6.4 耐熱性
プラスチック眼鏡レンズ用の反射防止層は、熱によりクラックが生じる。このため、レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、耐熱性、すなわち、クラックの発生のしがたさを評価した。耐熱性は、60℃の高湿下(結露した状態)で長時間(160時間)放置し、反射防止層3のクラックの発生状態にて評価した。
【0134】
評価基準は以下の通りである。
○:クラックが全く発生していない
△:数本のクラックが発生している
×:多数のクラックが発生している
【0135】
図16ないし図18に評価結果を示している。実施例のサンプルS1〜S9はいずれも、評価結果が○であり、良好な耐熱性を有することがわかった。また、高屈折率層が全てTiO2層62である比較例のサンプルR3およびR5もまた、評価結果が○であり、良好な耐熱性を有する。しかしながら、高屈折率層が全てZrO2層61である、または、TiO2層62を含んでいても割合Pが10%に満たない比較例のサンプルR1、R2、R4、R6、R7は、いずれも、評価結果が×または△であり、耐熱性が低いことがわかった。したがって、上記の条件(1)を満足することにより、良好な防傷性、紫外線耐性および反射防止性に加え、良好な耐熱性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることがわかった。
【0136】
クラックが発生する要因として、プラスチック眼鏡レンズ基材1と反射防止層3を形成する材料の線膨張係数の差が2桁程度あり、レンズ基材1の線膨張に反射防止層3が耐えられずクラックが発生することが挙げられている(特開2009−217018参照)。反射防止層3に適当な圧縮応力を与えることにより、耐熱性を高めることができると考えられており、多層膜構造の反射防止層3においては、多層膜中の各材料の成分比を求め、それぞれの成分比に単層膜の応力をかけ、その後、これらの値を足し合わせることにより、多層膜全体(反射防止層3全体)の応力を算出することができる。
【0137】
図21に、真空蒸着法により形成される反射防止層3の各層の膜応力の典型的な値を示している。多層膜の反射防止層3の応力は、以下の式(4)により求めることができる。図16ないし図18に、各サンプルの反射防止層3について計算した応力の値を示している。この係数は各材料の単層膜の応力を実験より求めたものである。
【0138】
多層膜の反射防止層3の応力=
SiO2層63の総膜厚の比率×(−138.8)+
ZrO2層61の総膜厚の比率×87.7+
TiO2層62の総膜厚の比率×110.2・・・(4)
ここで
SiO2層の総膜厚の比率=SiO2層63の各層の膜厚の合計(総膜厚)/
反射防止層3のトータルの膜厚・・・(4−1)
ZrO2層の総膜厚の比率=ZrO2層61の各層の膜厚の合計(総膜厚)T1T/
反射防止層3のトータルの膜厚・・・(4−2)
TiO2層の総膜厚の比率=TiO2層62の各層の膜厚の合計(総膜厚)T2T/
反射防止層3のトータルの膜厚・・・(4−3)
である。
【0139】
図16ないし図18に示した反射防止層3の応力とクラック発生の評価結果との相関をみると、反射防止層3の応力が−98MPa以下(圧縮応力が98MPa以下)程度であれば、クラックが発生しがたく、耐熱性の高い反射防止層3およびそれを備えたレンズ10を提供できることが分かる。ZrO2層61(波長550nmにおける屈折率2.05)を採用した反射防止層に対し、屈折率の高いTiO2層62(波長550nmにおける屈折率2.431)を採用した反射防止層の方が、耐熱性が高いとの評価が一般的である。しかしながら、上記の結果により、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることにより良好な耐熱性を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な耐熱性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることが分かった。
【0140】
6.5 耐水性(耐湿性、むくみ)
耐水性(耐湿性)は、恒温恒湿度環境試験を行うことにより評価した。具体的には、作製した各サンプルレンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7を恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置し、表面または裏面の表面反射光を観察し、耐水性(むくみ)を評価した。
【0141】
具体的には、各サンプルの凸面における蛍光灯の反射光を観察した。蛍光灯の反射光の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「◎(むくみの発生なし)」と判定した。また、蛍光灯の反射光の像の輪郭が多少ぼやけているまたはかすれて観察される場合は「○(多少のむくみの発生はあるが許容できるレベル)」と判定した。さらに、蛍光灯の反射光の像の輪郭が許容できない程度にぼやけているまたはかすれて観察される場合は「×(むくみが許容できないレベル)」と判定した。
【0142】
図16ないし図18に評価結果を示している。実施例のサンプルS1〜S9はいずれも、評価結果が○または◎であり、良好な耐水性を有することがわかった。むくみは、反射防止層3の水分の透過性が低い場合に発生する。すなわち、むくみの発生は、反射防止層3を構成する膜材料に起因するところが大きい。経験的に、ZrO2層を含む反射防止層はむくみが無いまたは少ない(比較例1、2、4、7を参照)が、TiO2層、Ta25層、ITO層を含む反射防止層はむくみが発生しやすい(比較例3を参照)。特に、イオンアシスト蒸着を行い、緻密な層を意図的に形成した場合には、むくみの発生が顕著に起こる。これは、緻密な層では水分の透過性がさらに低下し、その層の下に水分が閉じ込められるためであると考えられている。また、むくみが発生する環境では、ハードコート層2と反射防止層3との界面付近にも水分が多くなる(水分が閉じ込められてしまう)。このため、反射防止層3などの剥離が起こり易くなるという問題がある。
【0143】
しかしながら、上記の結果により、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることにより良好な耐水性を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な耐水性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることが分かった。したがって、良好な防傷性、紫外線耐性、反射防止性および耐熱性に加え、良好な耐水性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることがわかった。
【0144】
さらに、上記の評価結果より、TiO2層62の割合Pを90%以下とすること、および/または、TiO2層62の総膜厚(膜厚の総和)T2Tを45nm以下とすることにより、高屈折率層32としてTiO2層62を用いても、むくみの発生を抑制できることがわかった。
【0145】
6.6 紫外線によるハードコート層の変色防止性
これを鑑み、レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、スガ試験株式会社製キセノンウエザーメーターにて75W/mの照度で20時間試験し、ハードコート層2の変色を評価した。評価基準は以下の通りである。
◎:ハードコート層の変色が発生していない
○:多少のハードコート層の変色はあるが許容できるレベル
×:ハードコート層の変色が許容できないレベル
【0146】
図16ないし図18に評価結果を示す。実施例のサンプルS1〜S9はいずれも、評価結果が○または◎であり、ハードコート層2の変色が良好に抑制されていることがわかった。しかしながら、高屈折率層が全てTiO2層である比較例のサンプルR3は、評価結果が×であり、ハードコート層2が変色し易いことがわかった。
【0147】
紫外線(UV)によりハードコート層(HC)2が変色することが報告されている。紫外線および近紫外線の透過性については、上記6.2において、ZrO2層61に対しTiO2層62の方がUV−Aの平均透過率が低く、良好な紫外線耐性を示すとともに、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせても良好な紫外線耐性を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることを説明した。したがって、高屈折率層が全てTiO2層である比較例のサンプルR3はUV−Aの透過率が低いので、紫外線によるハードコート層2の変色を防止できると予測されるが、実際の評価結果は×であった。
【0148】
したがって、上記の結果により、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることにより良好な変色防止性(変色抑制性)を示す反射防止層3およびレンズ10が得られることが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な変色防止性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることが分かった。したがって、良好な防傷性、紫外線耐性、反射防止性、耐熱性および耐水性に加え、良好な変色防止性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることがわかった。
【0149】
ハードコート層2の変色については次のようなメカニズムが考えられる。ハードコート層2を形成するための材料には、チタニア微粒子(チタニアゾル)が用いられる。ここで用いられるチタニアとしては、アナターゼ型やルチル型が一般的である。ところで、アナターゼ型およびルチル型のバンドキャップは、それぞれ、3.0eVおよび3.2eVである。したがって、400nm以下の波長の光、すなわち、紫外線がチタニアに吸収され、青く見えると予想される。
【0150】
図22は、石英基板の場合と、石英基板上にハードコート層2を形成した場合の、波長と透過率との関係(分光透過率)を示している。石英基板上に形成されたハードコート層2においては、400nm以下で光吸収が発生し、透過率が減少する。この紫外線によって、ハードコート層中のチタニアは変色することがある。ハードコート層中のチタニアは、青色や灰色に見えることが多い。そして、可視光領域全般にわたって2%〜4%程度の光吸収を生じさせ、上述のような色に見える。
【0151】
チタニアの変色は、チタニア(TiO2)に酸素欠損が生成されることが原因であると考えられている。チタニア(TiO2)に酸素欠損が生成されると、その吸収端が可視光側にシフトし、可視光活性が発現するため着色する。また、酸素欠損の度合いは、TiO2中のO/Tiの値(O/Tiモル比)の低下で表される。
【0152】
図23は、O/Tiモル比が互いに異なる複数の酸素欠損型ルチル型TiO2の色を示している。図23に示すように、O/Tiモル比が低下すると、色が黄色(淡黄色)から青黒色に変化することが報告されている(平成19年6月22日財団法人かがわ産業支援財団地域共同研究施設における発表「高性能可視光型二酸化チタン光触媒の新しい製造方法の開発」(発表者株式会社カナック陳再華、高温高圧流体技術研究所湯衛平)参照)。
【0153】
眼鏡レンズにおいてもハードコート層2に紫外線による変色が発生するがチタニアの周囲に水分が存在すると、変色しないあるいは変色し難いことが経験的にわかっている。変色は、紫外線によってハードコート層2に酸素欠損が発生するためであると考えられ、チタニアの周囲に水分が存在すると、チタニアにおける酸素欠損の発生が抑えられ、変色しないあるいは変色し難いと考えられている。したがって、眼鏡レンズの場合は、ハードコート層2の上に、十分な透水性があり、さらに、紫外線を透過しにくい反射防止層3が形成できれば変色を抑制できる。しかしながら、TiO2層62は紫外線の透過性を抑制できるが透水性が低く、ZrO2層61は透水性があっても紫外線の吸収性が低い。
【0154】
これに対し、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることにより、紫外線の透過性が低く、良好な透水性を備えた、ハードコート層2の変色を抑制できる反射防止層3が提供できることが分かった。
【0155】
6.7 帯電防止性能
レンズサンプルS1〜S9およびR1〜R7のそれぞれについて、帯電防止性を評価した。評価基準は以下の通りである。
○:帯電防止に容易に適応
×:帯電防止に適応しにくい
【0156】
本願の発明者らの研究により、TiO2層を含んでいれば、その表面を導電処理することが可能であり、表面抵抗を下げることができることが分かっている。したがって、図16ないし図18に示すように、実施例のサンプルS1〜S9はいずれも、帯電防止に容易に適応でき(帯電防止性能を容易に付与でき)、評価結果が○である。
【0157】
したがって、上記の結果により、ZrO2層61とTiO2層62とを組み合わせることにより良好な帯電防止性(帯電防止機能)を備えた反射防止層3およびレンズ10が得られることが分かった。さらに、ZrO2とTiO2の成分を混ぜたり、1つの高屈折率層をZrO2とTiO2とのハイブリッドにするなどの複雑な成分系を採用しなくても、複数の高屈折率層のある層をZrO2層61とし、他の層をTiO2層62とすることにより良好な帯電防止性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることが分かった。したがって、良好な防傷性、紫外線耐性、反射防止性、耐熱性、耐水性および変色防止性に加え、良好な帯電防止性を備えた反射防止層3およびレンズ10を提供できることがわかった。
【0158】
眼鏡レンズにおいて、当該レンズの表面電気抵抗を1×1011Ω以下にすることが帯電防止性能を得るために重要である。従来は、表面電気抵抗を下げるために、反射防止層にITOを含める構成が用いられている。反射防止層にITO層を含める場合、高屈折率層としてITO層を用いる、あるいは、高屈折率層と低屈折率層の間にITO層を形成する、などといったことが行われている。しかしながら、インジウム(In)の価格高騰、資源枯渇性、あるいは酸に対する耐久性などの問題から、ITOを使用しない眼鏡レンズが求められている。
【0159】
また、高屈折率層と低屈折率層の間にITO層を挟んだ場合、系が複雑になり、従来の多層膜の反射防止層に1層加えたことになるため、工程時間の増加が発生するという問題もある。さらには、ITO層は水分透過性が低く、むくみが発生しやすい。このため、反射防止層にITO層を含ませると、むくみが発生したり、ハードコート層を変色させるおそれがある。これに対し、本例のレンズ10においては、TiO2層62の表面を導電処理することにより帯電防止性を付与できる。したがって、ITOを省くことができ、また、ITOを含めた膜設計を新たに行わなくても済むという利点がある。
【0160】
7. サンプルS1〜S9およびR1〜R7の総合的な評価
以上の結果より、実施例のサンプルS1〜S9は、いすれも、良好な防傷性、紫外線耐性、反射防止性、耐熱性、耐水性、変色防止性および帯電防止性を備えている。なかでも、実施例2のサンプルS2は、防傷性、耐水性、紫外線によるハードコート層の変色のし難さなどの点が他の実施例のサンプルと比べても優れている。したがって、実施例2のサンプルS2は、これらの実施例のサンプルの中でも特に良好なサンプルであるといえる。
【0161】
したがって、本実施形態のレンズ10(10a、10b、10c)は、反射防止特性、耐熱性、耐水性、帯電防止性能および電磁遮蔽性能が良好であって、紫外線により劣化し難く、ハードコート層の変色も抑制できる。
【0162】
なお、上記の実施例で示した反射防止層の層構造は幾つかの例にすぎず、本発明がそれらの層構造に限定されることはない。例えば、11層以上の反射防止層に適用することも可能である。
【0163】
上述のような光学物品(レンズ)10を備えた物品(製品)あるいはシステムの一例としては、眼鏡を挙げることができる。図24に、上記の反射防止層3を備える眼鏡レンズ10と、その眼鏡レンズ10が装着されたフレーム201とを含む眼鏡200を示している。
【0164】
また、以上では光学物品の例として眼鏡レンズを例に説明しているが、本発明は眼鏡レンズに限定されない。本発明の異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を投影および/または取得する装置とを有するシステムである。投影するための装置を含むシステムの典型的なものはプロジェクターである。この場合、光学物品の典型的なものは、投射用のレンズ、ダイクロイックプリズム、カバーガラスなどである。画像形成装置の1つであるLCD(液晶デバイス)などのライトバルブあるいはそれらに含まれる素子にこの技術を適用してもよい。カメラなどの光学物品を通して画像を取得するためのシステムに適用することも可能である。この場合、光学物品の典型的なものは、結像用のレンズ、カバーガラスなどである。撮像装置の1つであるCCDなどにこの技術を適用してもよい。また、DVDなどの光学物品を介して情報源にアクセスする情報記録装置にこの技術を適用してもよい。
【符号の説明】
【0165】
1 プラスチックレンズ基材(光学基材)、 2 ハードコート層、 3 反射防止層
10(10a、10b、10c) レンズサンプル(眼鏡レンズ、光学物品)
31 低屈折率層、 32 高屈折率層、 200 眼鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を含む光学物品であって、
前記反射防止層は、n+1層(nは2以上の整数)の低屈折率層とn層の高屈折率層とから構成され、前記低屈折率層と前記高屈折率層とを交互に積層してなるものであり、
前記n層の高屈折率層のうちの少なくとも1層は酸化ジルコニウムを主成分とする第1の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第1タイプの層であり、その他の前記n層の高屈折率層は酸化チタンを主成分とする第2の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第2タイプの層であり、前記n+1層の低屈折率層はそれぞれ酸化シリコンを主成分とする第3の蒸着源のみを用いて蒸着形成した第3タイプの層であり、
前記n層の高屈折率層の層厚の合計に占める前記第2タイプの層の層厚の合計の割合Pが15%以上90%以下である、光学物品。
【請求項2】
請求項1において、前記割合Pが20%以上60%以下である、光学物品。
【請求項3】
請求項1または2において、前記第2タイプの層の層厚の合計が15nm以上45nm以下である、光学物品。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、前記第2タイプの層のうちの少なくとも1層は、表面が導電処理された層である、光学物品。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、前記光学基材と前記反射防止層との間に形成された、二酸化チタンを含むハードコート層を有する、光学物品。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかにおいて、前記nが2、3、4のいずれかである、光学物品。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかにおいて、前記光学基材はプラスチックレンズ基材である、光学物品。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかにおいて、当該光学物品は眼鏡レンズである、光学物品。
【請求項9】
光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を含む光学物品の製造方法であって、
前記反射防止層は、n+1層(nは2以上の整数)の低屈折率層とn層の高屈折率層とから構成され、前記低屈折率層と前記高屈折率層とを交互に積層してなるものであり、
前記n層の高屈折率層のうちの少なくとも1層は酸化ジルコニウムを主成分とする第1タイプの層であり、その他の前記n層の高屈折率層は酸化チタンを主成分とする第2タイプの層であり、前記n+1層の低屈折率層はそれぞれ酸化シリコンを主成分とする第3タイプの層であり、
前記n層の高屈折率層の層厚の合計に占める前記第2タイプの層の層厚の合計の割合Pが15%以上90%以下であり、
当該製造方法は、
酸化ジルコニウムを主成分とする第1の蒸着源のみを用いて前記第1タイプの層を蒸着形成することと、
酸化チタンを主成分とする第2の蒸着源のみを用いて前記第2タイプの層を蒸着形成することとを有する製造方法。
【請求項10】
請求項9において、さらに、
前記第2タイプの層のうちの少なくとも1層の表面を導電処理することを含む、製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【公開番号】特開2012−128135(P2012−128135A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−278919(P2010−278919)
【出願日】平成22年12月15日(2010.12.15)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】